ミルスとヴェーダは城主と共に、森を南北に縦断する街道の入り口にて陣を敷いていた。そこに一騎の飛竜騎兵が飛んでやって来て、森の東側で争う音がすると伝えた。
城主の代わりに応対したヴェーダは、只ならぬことと予感して城主に進言した。
「争いはどのあたりで起こった? そちらに増援を向かわせよう」
飛竜騎兵が言った。案外近い。城主は騎兵を向かわせた。三十騎。森の中だから道でよりも速く走れないが、それでも徒歩よりだいぶ良かった。
視界は闇だが暗視がある。馬にも人にもかけるのだ。それを用いるのは騎兵である。彼等はある程度の魔法の習得を行っていた。
立ちふさがった敵をあらかた叩きのめしたヴァーリンデンとデリタは、そこに留まって様子を見ていた。増援の騎馬斥候が来るのを待ち構えてもいた。森を抜けてからは徒歩では追撃に遭うし、大軍相手だと不利になる。
「……来るようです」
小腹がすいてパンをかじっていたヴァーリンデンにデリタが告げる。彼は倒れてうなだれていた者達から武器を奪い取った。弓と矢。
「弓と矢は存分にあるよ。木の上に登ろう」
「なるほど。その方がいいかもしれませんね」
騎兵に関しては油断は不可。遠慮しなくていいとヴァーリンデンは付け加えた。その理由は魔法も使えるということだ。小さな火炎球の魔法や投げナイフの飛距離を伸ばす魔法を使える。中には矢に追尾の魔法を仕掛ける者もいる。
ヴァーリンデンとデリタは、倒れている兵士達から離れた木の上に登った。南側、風上だ。果たして四つ足の生き物の足音が聞こえて来た。騎兵たちだ。
「みんなやられているようだ!」
「誰がしでかしたんだ、こんなこと!」
騎兵らが驚いたところをヴァーリンデンが矢を射る。その矢は歩兵らの屍から放たれる血臭を嫌って鼻をつまんだ1人の甲冑を貫き胸を貫いた。うめき声をあげながら馬から落ちた。
それが合図だった。デリタもそれに倣った。
武芸百般を習得し、達人の域にまであったヴァーリンデンはいわずもがな、デリタもデュライ家での修練や、『前世』での騎射を含めた訓練で的を外さなかった。『前世』のは弓が得意な耳長族の薫陶を受けていた。
ゆえに兜の面や鎧の隙間を狙って射抜けた。ある者は眼球を撃たれ、またある者は喉を突き刺された。
混乱のうちにヴァーリンデンは10人の騎兵を射落とした。デリタに至っては6人だ。
「何奴!」
「あちらだ!」
矢を射ろ。声と共に番えられて放たれたが、矢はデリタ達がいたところよりも高くに射られた。たちまち木の上を通り過ぎて行く。
だが、その矢には魔力が籠っていた。ヴァーリンデンが言う通り、通り過ぎた後に回転し、デリタ達に向かって飛んできた。しかも勢いをつけてだ。
(なるほど、初見殺しの手か!)
背中を箙で守り、矢が刺さった衝撃を感じた後にわざと木から落ちた。やったぞ、という声の後に数名が近づいてきた。彼等は倒れたデリタが死んだのかを調べようと馬から降りる。デリタはすぐ傍に近づくのを待つ。
自分の頭まであと一歩、というところで彼は素早く剣で払った。強化付与が為された刃が相手の左足を骨ごと断ち切った。
絶叫と共に乱戦が始まる。デリタは素早く起き上がり、驚いた後ろの男の腹を貫いた。柄から剣を抜くともう1本を鞘から抜いた。これも強化を施している。
「貴様、何者だ!」
デリタは答えずに打ちかかる。身構えた相手はもう2人と組んで3人がかりで攻めて来た。剣はそこそこ学んでいるようだった。踏み込みからの突きを払い、反撃でデリタの左頬をかすめる。
背後と斜め前から刃が迫って来た。デリタは身をひるがえして後ろにいた者に体当たりし、その拍子に相手の喉元を斬り裂く。1人潰した。
「やるな、こいつ!」
やられた仲間達の仇を討とうと残り2人は躍起になる。剣に殺気が籠っていた。だが興奮と重装備による安心とで守りがおろそかになっていた。デリタは身をかがめながら走り、舞った。
剣の軌跡は鞭の様にしなっていた。『前世』で覚えた剣術だ。1人の右腕を斬り飛ばし、もう1人の兜を引っ掛けて跳ね飛ばし、とどめを刺した。
跳ね飛ばした兜を奪ってかぶり、落ちていた剣を奪った。素早く印を切って強化を施す。敵はまだいる。だが矢は飛んでこなかった。騎兵たちがいる方に目を向けた。
「こっちは片付いたよ!」
騎乗したヴァーリンデンが、乗り手がいなくなった馬を5頭連れてやって来た。
「すごいね。法術は剣の強化もできるのかい?」
「これは『前世』で覚えた魔法です。ドワーフという武器づくりが得意な種族の魔法ですよ」
「そうなのか。私にも教えて欲しい。馬は替えだよ。呼びかけて説得したから一緒に旅をしてくれるよ」
(ほう、動物とも話ができるのか、この男は。この世界だと聖魔法だろうか?)
ちなみにデリタも『前世』でその術を学んでいた。ただ、この世界のかれらとは話ができなかった。精霊術式とは違う体系の魔法でないと無理なのだろう。
「さあ乗って? そろそろ応援が来るところだろうからね」
デリタはその1頭の鐙に足をかけて飛び乗った。手綱を掴むと馬は走ってくれた。急ぎ足で北へ向かう。平野に出た後がひと勝負になるだろうとヴァーリンデンは言った。
□ □ □ □ □
「どうやらやられたようです。生存者によればたった2人らしいと」
斥候の魔道士より知らせを受けたグスタフ=マグリブは、指揮棒を高々と掲げた。全軍を移動させるという意味合いだった。
ミルスとヴェーダが伝令となって方々をまわり声をかけると、馬から降りて休んでいた騎兵たちは急ぎ騎乗し、寝転がっていた歩兵らは起き上がって脱いでいた靴を履いた。
2人は戻って来ると移動の準備が出来たとグスタフに言った。グロッグ城の
「お二方とも、いよいよ初の合戦ですな!」
ミルスは違うと答えた。小規模だが、父の代理として何度か戦いに赴いている。ヴェーダもそうだ。士官候補生の頃から実地研修と称して、剣や槍を持って戦う事がしばしばあった。
「ははは! 流石はダイスダック様! 実の子にも甘いところを見せぬようで! 私も見習わなければなりませんな!」
グスタフにはこの2人より少し年下で年子の娘が3人いるが、ベイオルブ軍には入れていなかった。蝶よ花よと甘やかし過ぎて、剣を取れない非力だったからだ。強い騎士を婿にする為にしか役に立ちそうが無かった。
「そういえばグスタフ様には、男の子が2人いらっしゃると聞き及んでおりますが?」
ヴェーダが尋ねるとグスタフは苦笑い。妾に産ませた男児たちである。だがまだ会話ができるようになったばかり。どの子も人形の様に細い母親似で、骨太な父とは違う道を選びそうだった。
グスタフとヴェーダが仲良く話している傍らで、ミルスが物思いに沈んだ顔をし始めた。ヴェーダが兄の顔を覗き込む。
「何を考えているの?」
「いや、敵は本当に2人だけかと思ってね。本当はもっと数がいるんじゃないかなと。ヴァーリンデンもただの猪武者ではないらしいし」
「考えすぎよ。なんたって相手は北の勇者。1人で1万の軍勢に匹敵すると言われている強敵なのよ?」
北の勇者はあくまで予測だ、とミルスは付け加えた。
「でも1人があのヴァーリンデンなら……じゃあもう1人というのは一体何者なんだろう? 黒い肌の南の大陸人だという情報はあるけれど……」
「バーフレアじゃないことは確かね。そうだったら今頃私達は死んでいるか城に逃げ帰ろうとしているかのどちらかになるわ?」
総大将が指揮棒を振るった。号令と共に軍は動き出した。騎兵らが先発となり、グスタフらは後備えの歩兵にあわせて馬を走らせた。後から森の中に展開していた兵士達も加わるだろう。追撃の別動隊としてだ。
その中で一番早く動いたのは空を飛ぶ飛竜騎兵たちだった。彼等は集合して北に向かった。障害物が無いからすんなりと森の上空を抜けて平野に出ると、竜を地上に降ろして待ち伏せた。
飛竜騎兵の武器は飛び道具だ。長弓や弩弓を使う。魔道の遣い手もいる。竜から降りれば狙撃手に。彼等は狙い撃ちを得意とする名射手でもあった。
「たった2人と聞いたが、本当のことか?」
「わからん。諜報の話はあてが外れる事が多い」
「2人だけ、ということに期待しよう。夜更かしはお肌の美容に悪いからな……」
そう言って欠伸するのは女の騎兵だった。いや、全員がそうだ。ベイオルブ軍が飼う飛竜達は、男に乗られるのをひどく嫌う。だから女ばかりが飛竜騎兵となった。
たおやかな乙女、と言うにはいささか腕が太く肩も広いが、それでも脂ぎった武人の男が放つにおいは発さなかった。
それとベイオルブ軍が所望する、これら大陸の東側の飛竜たちはとても清潔好きだ。朝と昼と夜、水浴びをしないと機嫌を損ねる。西側の同種と違って繊細だった。
飛竜達に翼を休ませてから15分が経った。索敵を行っていた魔道士が、かわりばんこにうつらと眠っていた仲間達に「来る」と告げた。
「蹄の音。馬の数は6頭。2人ではない。話と違う」
「乗れ! 空から狙えば容易に片づけられるだろうさ! 空を飛ぶ
飛竜達が一斉に飛び上がる。そして南の向こうに速足でやって来る馬の列の姿を見た。
「馬は6頭だが……2人だぞ!」
その馬に乗るヴァーリンデンとデリタもまた、飛竜騎兵らの姿を目にしていた。
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