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「あっ! 花丸ちゃーん、ルビィちゃーん、おはよー!」
登校途中、後ろから千歌が元気な声で挨拶をしてきた。
「あ、千歌さんおはよー!」
「お、おはよー」
花丸は、少しぎこちなく挨拶を返した。何せ昨日、善子に見せられた映像が脳裏に焼き付いている。曜と梨子、それに善子によれば、まだ桃色なことをしている相手はいるらしい。太陽のようにまぶしい笑顔の裏で、千歌が複数の相手と秘め事をしているという事実に、花丸はまだ困惑していた。
「今日の放課後練習だからねー!」
千歌は満面の笑みでそう言った。
はたして集中できるだろうか。花丸は、少し不安になってしまった。だが二日連続で練習をサボるわけにもいかない。振り付けだってまだ完璧に覚えられていない。みんなの足を引っ張ることだけは、したくなかった。
(そ、それもこれも善子ちゃんが悪いずら。そもそも善子ちゃんが盗撮なんかしてなかったら、マルがこんなに困ることもないずらよ、まったく……困った堕天使ずら)
責任を善子にすべて押しつけると、少しだけ心が軽くなった。こういう時は堕天使も役に立つものだと思いながら、花丸はルビィと一緒に正門を通った。
校舎の玄関には、下駄箱でちょうど上履きを履き終えていた善子の姿があった。
「あ、善子ちゃんおはよー」
「善子言うな! ヨハネ! ……おはよ」
善子は、ルビィには厳しく当たり、花丸にはちょっとしおらしく挨拶した。
「おはよう善子ちゃん」
「……ちょっと、昼休みに話があるの。校舎裏で待ってるから」
いつものように〝ヨハネ〟と訂正させることもなく、耳打ちするように小声でそう告げると、善子はさっさと行ってしまった。
「善子ちゃん、何て言ってたの?」
ルビィが気にして訊ねると、花丸は「あー、借りてたマンガ返してって」と嘘をついた。純粋なルビィは、すんなりと信じた。
話とは何だろう……まぁ、どうせ盗撮絡みのことだろうと思いながら、花丸は靴を履き替え始めた。
「はい! これにサインしてちょうだい、ずら丸」
昼休み、約束どおり校舎裏に来た花丸に、善子は一枚の紙とボールペンを手渡してきた。
「な、なにずら?」
「私との契約書よ。例の動画とか写真とか、一緒に見たいならこれにサインしてちょうだい」
花丸は、あっけに取られた。まるで自分にすべての主導権があるかのように振る舞う善子に、ほとほと呆れていた。ただ一応、その契約書とやらの中身を確認してみた。
『一つ・堕天使ヨハネの聖なる行いについて誰にも話さないこと
一つ・堕天使ヨハネの聖なる行いについて理解すること
一つ・堕天使ヨハネのリトルデーモンになること』
それは手書き風の独特なフォントを使ってプリントされたもので、紙も古紙をイメージしているのか、クラフト紙を使うというこだわりぶりだった。
まぁそれはそれとして、盗撮を〝聖なる行い〟と呼称していることに、花丸は違和感を抱いた。〝完全な犯罪行為〟の間違いだと。
「……こんなの、サインできないずらよ」
「えー? じゃあもう動画見せてあげない。せっかくずら丸が興味ありそうなのピックアップしといたのになー」
「きょ、興味って……私は善子ちゃんとは違うずらよ!」
「でも昨日言ってたじゃない、他の写真とか動画も見たいって」
「そ、それは……そう、だけど……」
「だったら契約を交わしなさい。この堕天使ヨハネ様とね」
「盗撮魔ヨシコずら」
「むきーっ! それ言うな! だ、だいたい昨夜のアレは何よっ! 誰がスケベよ!」
「あ、やっぱ見てたずらね。うふふ、ちょっとしたイタズラずらよ」
「もうずらずらうるさい! とにかくサインしてくれないなら、見せてあげない!」
「……まったく、しょうがないずらね」
花丸は、校舎の壁に契約書をくっつけて、ボールペンで『国木田花丸』とサインした。
が、最後の条文である『堕天使ヨハネのリトルデーモンになること』には斜線を引いて消した。
「あっ! ちょっと何すんのよー!」
「何って、オラは善子ちゃんのリトルデーモンになんかならないずらよ」
花丸は意地悪く笑いながら、紙とペンを善子に返した。善子は「ぐぬぅ」と呻きながらも、サインをもらえたことに安心はしたようだった。
「まぁいいわ。ともかくこれで正式にアンタとは同盟を結んだからね、ずら丸」
「まぁいいずらよ。二人だけの秘密……何かちょっと、面白いずら」
その点では、二人の意見は合致していた。何だかんだ古い付き合いの二人は、無二の友であることをあらためて認識した。
「でも、共犯にはならないずらよ。マルはあくまで善子ちゃんの暴走を止めるためにサインしたんだから」
「くっくっく、今度見せてあげる動画を見ても同じことが言えるかしらねぇ。そうだ、写真ならあるから、ちょっとだけ見せてあげるわ」
善子はスカートのポケットからスマホを取り出して、或る写真を見せてきた。ソレを見た花丸は、思わず「ひぇっ⁉」と変な声を上げた。
「さぁ、これを見て部活でも平常心でいられるかしら? ず、ら、ま、る」
今度は善子が意地悪くそう笑って、「あー、罪深いのは私なのかー、それとも他の誰かさんかしらー♪」とオペラのように歌いながら去って行った。
花丸はしばらくその場で放心状態になり、先ほど見せられた写真の光景が脳裏に焼き付いてしまった。
放課後には、スクールアイドル部の練習がある。
今日は、盛大にミスをする自信がある。花丸はそう思った。
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「今度のライブを完璧にこなすためにも、一に練習二に練習、三四に練習五に練習ですわ!」
まるで鬼軍曹のように厳然と宣言した黒澤ダイヤは、『完璧主義!』と書き殴られた白ボードの前に仁王立ちしていた。Aqoursのリーダーは千歌なのだが、実質的に取り仕切っているのは生徒会長でもあるダイヤだった。そもそもAqours自体、最初はダイヤ、鞠莉、果南の三人で発足したスクールアイドルグループだったのだ。初代Aqours解散後、ダイヤは千歌が発起人となった校内でのスクールアイドル活動を徹底的に弾圧していたが、今では心を入れ替えてすっかり立場が変わっている。
「特に! 昨日練習に参加できなかった花丸さんと善子さん! お二人にはみっちり振り付けを覚えてもらいますわ!」
「は、はいずらっ」
「ヨハネっ!」
二人はそう返事をした。
そして各自、練習着に着替えて、校舎の屋上で振り付けの練習を行った。
「……まったく、ダイヤもあんな風に張り切ってるけど、実はあんなことしてるもんねぇ」
となりから善子が小声で話しかけてきて、練習に集中しようと一所懸命だった花丸はドキッとした。
「い、今それ言わないでよ……集中できないずら」
「くっくっく、明日楽しみにしてなさいよね。もっとすごいもの見せてあげるから」
善子はニヤニヤとしながら、軽快に踊って見せた。
花丸は、昼休みに見せられた写真が頭に浮かび、興奮のあまりうっかり足を踏み外して倒れかけた。
「わっ、ちょ、ちょっと!」
すぐに気づいた善子が花丸を受け止めて、二人は抱き合う形で屋上の床に寝転んだ。
刹那、二人の脳裏には同じ写真の場面が浮かんでしまい、顔が赤くなってしまった。
「大丈夫ー? 怪我しなかった?」
千歌が心配して駆け寄り、他のメンバーたちも善子と花丸を囲んだ。
「だ、大丈夫大丈夫。ったく、ずら丸がいけないのよ、運動神経ないんだから」
「ご、ごめんずら……ていうか、善子ちゃんがいけないずらよ」
後半は小声でそう言って、花丸は善子の手を引いて二人は立ち上がった。
「まったく、二人ともしっかりなさってください。全員の息が合わないと完璧なパフォーマンスにならないですわ!」
ダイヤも二人を心配しつつ、鬼軍曹ぶりは変わらずだった。
「ダイヤー、ちょっと厳しすぎじゃない?」
「そうよー、ダイヤはもっとマイルドにならなきゃ」
果南と鞠莉がダイヤをなだめて、いったん休憩に入ることになった。
「……あの三人も三人よ。すごいんだから」
花丸のとなりに座る善子がひそひそ声でそう言ってきた。
「す、すごいって?」
「それも明日、見せてあげる。くっふっふっ……」
善子は多くを語らず、ただ小悪魔のように笑うだけだった。
三人? 三人で、ナニをしてるというのか。花丸は妄想を膨らませようとしたが、そこへルビィが駆け寄ってきた。
「花丸ちゃん、大丈夫だった?」
「う、うん。平気ずら」
「よかったー。善子ちゃんがクッションになってくれてよかったね」
「善子いうな! 誰がクッションよ! その……たまたまこっちに倒れかかってきたから、仕方なかったの!」
「とか何とか言ってー、花丸ちゃんのこと守ろうとしたくせにー」
ルビィにおちょくられた善子は頬を赤らめて「ふんっ!」とそっぽを向いた。
「……ありがと、善子ちゃん」
花丸が小声でそう言うと、善子はまた「ふ、ふんっ!」と照れ隠しに鼻を鳴らした。
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無事に練習が終わり、メンバーは散会した。
花丸は何とか動揺する気持ちを抑えて、振り付けを覚えつつあった。
明日は土曜日で休日、そして善子の家に行く約束をしている。
「楽しみにしてなさいね、ずら丸」
善子は校舎玄関でそう言って、先に帰って行った。
花丸も途中までルビィと一緒に帰り、自宅である寺院に帰った。
花丸は、或ることを考えていた。親へのおねだり。普段はあまりそういうことはしないのだが、花丸はどうしても
両親は快諾してくれて、明日の午前中に母と買いに行く手筈になった。家の固定電話から善子に電話をして、津島家に行くのは昼過ぎになることを告げた。
翌日、花丸は母親と一緒に沼津市街地に行って、花丸は
「ありがとう、お母さん。大事にするずら」
花丸は母にお礼を言って、二人で外食をしてから別れた。
花丸が向かったのは、狩野川沿いにあるマンション。……
「はーい、いらっしゃ……どぅわっ⁉」
玄関のドアを開けた善子は、いきなりカシャっと写真を撮られた。
「ふふふー、ビックリしたずらか?」
新品のスマホを持つ花丸が、愛らしく笑いながら言った。
「あ、アンタっ! スマホ買ったの⁉」
「そうずら。だから来るのが遅くなったずら」
得意気な花丸に対し、善子はあんぐりと口を開けたままだった。
「……て、ていうか今の写真消して! 恥ずかしい顔してたでしょ絶対!」
「嫌ずらよ。せっかくのファーストショットだもん、記念ずら~」
「もうー……ハァ、まぁいいわよ。さぁ入って、今日は親がいないからのんびりできるわ」
善子はそう言って、花丸を家に上がらせた。
「さぁ、素晴らしい鑑賞会の始まりよ」
ベッドに腰掛ける善子は、膝に置いたノートパソコンの画面に表示されていた動画を再生しようとした。
「ま、待って!」
となりに座っていた花丸が、善子の手をつかんだ。
「な、何よ? 見たくないの?」
「いや、見たいけど……こ、心の準備が」
「まぁ無理もないわね。この写真がこれから動き出すわけだから」
善子は自身のスマホを起動して、昨日見せた例の写真を表示した。
スクールアイドル部室で、千歌とダイヤが抱き合う写真……。
しかも二人は、上半身が裸だった。
再びその衝撃的な写真を見せられて、花丸の顔は真っ赤になった。
「曜と梨子はまだわからなくもないけれど、まさかあのダイヤともだったなんてねぇ~」
「ふ、不埒ずら……」
「し、か、も。他のメンバーとも、千歌はヤってる」
「え、えぇ~⁉ そ、そんなまさか……えぇ~」
花丸は信じたくなかったが、善子は構わなかった。
「さぁ
善子は、動画の再生ボタンを押した。
花丸はまだ心の準備が出来ていなかったが、黙って映像に注目した。
それはスクールアイドル部の、部室を映したものだった。