Y
「はぁっ⁉ す、スマホ落としたぁ⁉」
花丸が、スマホではなく固定電話で電話をかけてきた時点で妙だなとは思っていたが、最悪の事態になったことを知って善子は思わず声を上げた。
「ど、どうしよう善子ちゃん……」
「どうするもこうするも……ちゃんと探したの?」
「うん……下校途中に気づいて、すぐ学校に戻って図書室とか手当たり次第探したんだけど、なかったずら……」
「なかったずらって……アンタって奴はもう。どうすんのよ、もし中のモノ見られちゃったら!」
「だ、だから……助けて善子ちゃん」
電話越しに泣きつかれて、善子は「はぁ……」と溜息をついた。言わんこっちゃない、まだスマホ初心者の花丸にあのアプリを持たせたことに善子はいまさら後悔していた。それは自分への保身からではなく、もしも誰かにあのアプリの中身を見られてしまって、花丸を責めるような状況になってしまうのは何としても避けたかった。
「わかったわ、とりあえずアプリのGPSで探してみるから」
「ジーピーエス?」
「とにかくずら丸は、明日の朝一番でもう一回学校を探して」
通話を終えた善子はすぐ部屋に戻り、ノートパソコンを開いた。
もし誰かに拾われているなら、電源さえ入れてくれればスマホがどこにあるかはすぐにわかる。
「お願い、反応して……あっ! 出た」
花丸のスマホの現在地を調べると、すぐにGPSで場所がわかった。ということは現時点で電源が入っているということだ。
「ん? ここって……えっ? え?」
そこは内浦の、千歌の家……のおとなりさん。
「リリーの、家?」
ふと、花丸はちゃんとスマホの画面にロックをかけていたかどうか善子は思い返した。
たぶん、かけてなかったような気がする……。
そういえば、夕方に花丸へLINEを送っていたが、アレは既読になっていたことを善子は思い出した。だが現状を鑑みて、既読したのが花丸以外の可能性もある。
(ま、マズい……)
そう思っていた矢先、スマホが鳴った。LINEの通知音で、相手は件の人物からだった。善子はドキドキしながらLINEを確認した。
『善子ちゃん。いま、ちょっと話せる?』
R
時を少し
「これ、誰のスマホかな?」
借りていた本を返却しに来ていた梨子は、貸し出しカウンターの内側にスマホが置かれていたことに気づいた。まだ新品のようで、どこかで見覚えがあった。
「あ、花丸ちゃんのかな」
最近、国木田花丸がスマホを持ち始めたことは梨子も知っていた。LINEも交換したし、花丸がスマホを持ってくれたおかげでAqoursのグループLINEも出来た。
まだカバーもストラップも何も付いていない、新品のスマホ。
「もしかして、忘れちゃったのかな……明日渡してあげようかな」
梨子はそう思ってスマホに手を伸ばそうとした。その刹那、画面にLINE通知の表示が浮かんだ。
『ちょっと見てよ! 曜の家でまさかの3Pよ!』
送ってきたのは『善子ちゃん』と登録された相手から……津島善子だ。
(3P? 3Pって……アノ3Pのこと? えっ?)
3Pという用語を、梨子は知っている。密かな趣味である〝薄い本〟の中には、三人プレイの内容もあったからだ。
(曜ちゃんの家でって、どういうこと? だって今日はCYaRonで集まってるって……えっ、まさか?)
梨子は動揺しつつ、カウンターに置かれていたスマホを手に取って、かなり逡巡しつつも画面をタップした。するとロックのかかっていない画面はすぐに起動して、LINEを表示した。
そこには、曜の自宅をどこからか撮影した写真が一枚添付されていた。ソレを見て梨子は「へっ⁉」と変な声を出した。
その写真には、曜、千歌、ルビィの三人が写っている。それはまだいいとしても、曜と千歌がルビィの左右に座って、曜はルビィの胸を揉んでいて、千歌はルビィとキスをしている。
「な、何なのこの写真……えぇっ?」
梨子はすぐに整理ができず、とりあえずスマホを貸し出しカウンターに置いた。
だが興味が優って、もう一度その写真を見た。間違いなく曜の部屋だ。そして写っているのも、本人たち。
「……やっぱこれ、花丸ちゃんのスマホだ」
梨子はLINEのアカウントを確認して、このスマホがやはり国木田花丸のものだと察した。ホーム画面にすると、驚いた顔をしている善子の写真が背景写真に使われていた。
「……なんだろう、このアプリ」
ホーム画面にはいくつかアプリが表示されていて、『LINE』『天気予報』のほかに、『Devil's eyes』という見たことのないアプリがあったことに梨子は気づいた。悪魔の目……アプリの見た目は、〝人の目〟を象ったちょっと不気味なものだった。
梨子は、しばらく考え込んでから、そのアプリをタップした。
そして、〝すべて〟を見てしまった。
「な、なにこれ……えぇっ⁉」
そこにはAqoursメンバーたちの盗撮写真や映像が保存されていて、中には梨子を写したモノもあった。自分の部屋でオナニーをしている場面とか……千歌と卑猥なことをしている場面とかも……。
なんだ、これは。
それが率直な梨子の感想だった。いったい誰が何のために、こんなモノを記録しているのか。
このスマホの持ち主である花丸でないことは確かだろうと梨子は思った。花丸はまだスマホを持ち始めて間もない子だし、そもそも〝文明の利器〟にめっぽう疎い。こんなアプリを開発する技術などあるはずがない。
「……まさか、善子ちゃん?」
さっきのLINEといい、このアプリの名称といい、可能性が高いとすれば津島善子、梨子はそう確信した。
では、どうするか。この事実を。
「…………ど、どうしよう」
このまま見なかったことにしてしまおうか、そうも思った。だがそれは無理だった。梨子はかなりの量の〝秘匿すべき〟映像や写真をすでに見てしまっていた。千歌と曜のことも、三年生組の過激なモノも、花丸のオナニーも……いまさら忘れられるはずがない。というより、こんなこと、あってはならないことだ。紛れもない犯罪だ。
「……と、とりあえず。預かっておこうかな……うん」
今の梨子には、それしか出来ることがなかった。誰にも相談できないし、かといってこのまま見て見ぬふりも出来ない。いったん家で冷静になってから、いちど善子に連絡を取ろう。そう思って梨子は花丸のスマホを持ち帰ることにした。重要な証拠品として。
ただスマホを拾っただけで、こんなにドキドキする日が来るなんて……梨子はそう思いながら図書室を辞した。
Y
「も、もしもし?」
電話をかけて来たのは、善子の方だった。
「も、もしもし……」
梨子もスマホ越しに声をかけた。
「あ、あのさー……そのー……えっと、ず、ずら丸のスマホ、知らない?」
善子は、すでに位置情報で把握はしていたが、相手に揺さぶりをかけるつもりでそう問いかけた。
「あ、アイツさぁ、スマホなくしちゃったみてでさぁ……」
「……知ってるよ。というか、私が持ってる」
少し間があってから善子は言った。
「ま、マジで? そっか、拾ってくれたってわけね?」
「まぁ、そうなるね……」
「……よ、よかった。うん、よかった、アハハ……」
また少し二人の間に沈黙が流れて、梨子は「ふぅ」と息をついてから言った。
「アノ写真は、何? 善子ちゃん」
見られていた……。
善子は静かにショックを受けていた。いちばん恐れていた事態になったと。
「善子ちゃん? 聞いてる?」
梨子が呼びかけるが、善子は眉間に
「……アプリ作ったの、善子ちゃんなの?」
「……ええ、そうよ」
善子は白状した。どう言い逃れしようとも、それは無駄なことだと諦めた。LINEが既読になっていたのは、梨子が見てしまったからだと察した。となれば、なぜ渡辺家の盗撮写真を善子が持っているのか、どう言い逃れすればいいのか、まるで名案が浮かばない。もう無理だと諦めるしかなかった。
「……私の、家にも仕掛けてたんだ……カメラ」
「うん……ごめん。本当にごめんなさい」
「……見てたんだ、私と千歌ちゃんがやってる事とか」
「うん……」
「お、オナニーも……」
「はい……すいませんでした」
またしばらく沈黙があった。重苦しい、どんよりとした沈黙が。
「……ば、バラす? みんなに」
善子が訊ねると、梨子はすぐに返事をしなかった。十秒ほど経ってから、梨子は言った。
「い、言えるわけないじゃない。そんなことしたら……善子ちゃん、Aqoursにいられなくなっちゃうじゃない。嫌よ、そんなの」
「梨子……」
善子は、思わず泣きそうになってしまった。今更ながらに、自分は何てことをしてしまったんだろうかと罪の意識に苛まれた。
「Aqoursもそうだし、ギルキスもそうだし、それに私たち友達でしょ? バレたら、マズいよ善子ちゃん」
善子は鼻をすすり、梨子の温情に心をほだされていた。
「ごめん……本当ごめん……ちょっと、調子に乗っちゃって……」
「……とにかく、このことは誰にも言わないから。というか、言えないよこんなこと」
「うん……ありがと梨子……」
「……その代わり、ひとつお願いがあるの」
「……ん?」
「今度の休み、私の家に来てほしいの」
「え?」
「……その、見せてほしいの。盗撮した写真とか、動画を」
「はっ⁉」
善子は開いた口が塞がらなかった。とても清純でAqoursでいちばんの常識人たる梨子の発言とは思えなかったのだ。
「な、何で?」
「何でって……い、家に来てくれたら話すから。いいでしょ? 善子ちゃん」
意図はよくわからなかったが、善子に反論する術はなかった。主導権は、梨子が握っている。
「わ、わかった……行くわよ」
「うん……ああ、スマホは明日、花丸ちゃんに返しておくから。じゃあね、善子ちゃん」
通話が終わってから、善子はしばらく放心状態だった。
そもそも花丸がスマホを忘れなければ、こんなことにはならなかった……いや、そもそも盗撮なんて始めなければ、こんなに困ることもなかった……結局は自分が悪いという事実に、善子は打ちのめされていた。
それにしても、梨子はなぜ家に自分を呼ぶのか。あんな盗撮したもの、梨子が興味を持つとはとても思えないが……とにもかくにも、今の善子は梨子に従うほかはなかった。今度の休みは花丸と二人きりで過ごす予定だったが、取り止めるしかない。
花丸の半ベソをかきそうな顔が浮かんで、善子はずーんと気が重くなった。