The first symptom of true love in man is timidity, in a girl it is boldness. 作:ikos
原作:ARMORED CORE
タグ:R-18
Ⅲ「……レイヴン、今すぐフロイトのところへ行って、色仕掛けで籠絡してこい。肉体の必要性を思い出させろ……!」
Ⅸ「諦めてセクハラ発言に走るのやめません!?」
の続きです(※本編にそんな台詞はありません)
羞恥心は!浜に!埋めました!
ただの軽口だろうと思っていたのに、あれよあれよという間に、オキーフの言う「作戦」の準備を整えられてしまった。
うっかり同意させられてしまったのがまずかった。今思い返しても、どうしてあの会話の流れが生まれて「やります」という羽目になったのか理解できない。プルーフゲームのような怒濤の勢いで退路をふさがれて、もう、そう答えるしかなかったのだ。
――そして今、押し流されてしまったそのことを、心の底から後悔している。
一説には最古の職業とも呼ばれる性産業は、このルビコンにおいても企業や独立傭兵やわずかばかりの現地民を相手に営まれている。……いや、一生懸命堅苦しくして誤魔化すのはよそう。要はきれいなおねえさんがえっちなサービスをしてくれるお店の、一番お高いランクの一室を、一体全体どんなツテなのか私用に借り出してきたのだ。いや本当にどんなツテだ。
諜報活動にはこういう場所を押さえるのが重要だと聞いたことはあるが、だがしかし、ちょっとオキーフを見る目が変わってしまいそうである。
場所はもちろん問題だ。だが、今頭を抱えたくなっているのはそれではない。
問題は――そう、問題は。
これを着ろと寄越された衣裳の方だ。*1
大豊擁する大人気キャンペーンガール、大豊娘娘ならまだわかる。正統派で健康的なお色気だし、社会的にもギリギリ受け入れられる範囲だろう。
だが、アーキュバスとは何だ。
水着を更に80%ほど際どくした上で、イロモノ感を150%ほど添加したような完成図と説明図に、本気で眩暈がした。
サキュバスが元ネタ? それアーキバス関係なくない? そもそもこんな年齢制限かかりそうなものを一体どこで使うというのか、予算を振ったのは一体誰だ。企業が何の用途でこんなものを作るというのだ。
「……待って、おかしい、絶対におかしい……。嘘でしょう、これ本当に着るの? 着て大丈夫なの? 色っぽい通り越してドン引きしない……!?」
綺麗なおねえさん方に寄って集って着替えさせられそうになってあわてて追い出したはいいものの、どうにも思い切れずに途方にくれた。
半泣きになりながら時計を見る。オキーフが取り付けた約束の時間までもう30分もない。時間通りに来るかはわからないし、そもそも来ないかもしれないが――いやもういっそ来ないで欲しい。逃げたい。
頭を抱えていたところへ、メッセージが着信してびくりと身を震わせた。
おそるおそる確認して、見なければ良かったと後悔する。
――男が喜ぶ卑猥な言葉50選って何だ。それを送ってくるツィイーも本当になんなのだ確かに途方に暮れて相談はしたけれども!
メッセージの最後に書かれた、「人類のためだよ、頑張って!」という言葉が空々しい。空々しいのだが――やるしかない。
うう、と唸りながらも顔を上げ、衣裳を手に取った。
扉が開く音に、びくりと肩が震えた。こんな時に限って時間を守ってきたらしい。
どうしても度胸が出なくて、バスルーム前から足が前に進まない。
扉口からフロイトの声がする。
「……レイヴン? いるんだろう、何を隠れてるんだ」
「ちょ、ちょっと、その、見せられる状況ではないというか……あの、ごめん、もう少しだけ待って……!」
「なんだ、面白そうな状況だな。素直に待つと思うか?」
「思わないけどお願いだから待って!?」
気配には気付いていたのだろう、迷いなく近づいてきたフロイトがこちらの姿を確かめ、目を瞬いて、顎に手をやった。
視線が頭から爪先まで振られる。
声が笑いを含んでいた。
「……なんだその格好」
「やっぱりそうよね!? ないわよね!?」
半泣きになって、身を隠すように自分を抱きしめた。
布面積の少ないビキニめいた部分だけでも恥ずかしいのに、脚部はほとんど革のブーツで覆われていて、背中には玩具の羽と尻尾、極めつけにカチューシャで角までついている。
ちょっといい年をした堅気の大人がやる格好ではない。
「ち、ちがうの、用意されてたの、私の趣味じゃなくてとにかくもう……! ああ、もう、やだもう、忘れて……!」
「すごい取り乱しようだな」
耐えきれずにしゃがみ込んで顔を覆ってしまった。
フロイトがその前に屈み込み、手を伸ばして、乱れた髪を耳にかける。
その感触に思わず身を竦めると、面白がるような声が言った。
「……で? 誘惑してくれると聞いてきたんだが、忘れて帰った方が良いのか?」
ぐ、と喉を詰まらせる。
ここで頷いてしまっては、すべてが無駄になってしまう。
視線を落としたまま、見える袖口をつまんだ。
「よ……よく、ない」
「そうか。じゃあ頑張れ」
「……ベッド、連れてって」
面白がってニヤニヤしているのが雰囲気でわかる。腹は立つがもう顔を上げることもできず、抱き上げられて肩口に顔を押し付けた。
だめだ、と内心で焦りが渦巻いた。
いつになく負けてしまっている。ここから主導権を取れる気がしない。
丁寧でもないがまあ投げ出すというほどでもない、という感じにベッドに下ろし、フロイトが心底面白そうにこちらの姿態を眺めてきた。
いよいよ羞恥心がひどいことになる。もうシーツに丸まって埋まってしまいたい。
思いついたが早いか、シーツを引っ張って身体を傾けた。
「や、やっぱり、むり、ちょっとまって」
「こら待て。隠してどうする」
「だってもうほんとこれはないでしょう!」
「そうでもない。ありかなしかでいうなら、まあギリギリありだな」
「うそだ、笑ってるくせに……!」
「笑えるものは笑えるだろう。本当にすごい格好だな。これとかどうなってるんだ?」
「ひぁっ」
背中の――多分羽根を触ろうとしたのだろうと思う。
指の感触に妙な声を出してしまって、思わず口を覆った。
失態が過ぎた。
目を瞬いたフロイトが、それはもう実に面白そうに、笑い声を忍ばせた。
「……お前、何しに来たんだ? ただ食われに来たなら普通にやるが」
あからさまな挑発だった。
思わず顔をしかめた。なけなしの負けん気をどうにかかき集め、フロイトを押しのける。
抵抗せずに身体を起こしたフロイトが、それで、と楽しげに続きを促した。
――そうだ、いつまでもうだうだしているわけにはいかない。
大きく深呼吸をする。眦をつり上げて、男の腕を引いてベッドに座らせた。その膝に乗り上げ、融けるような色をした目を見下ろす。お尻の下に固いものが熱を持っているのがわかって、かなりほっとした。無反応だったらもう本当にいたたまれない。
こうして眺めるのは久しぶりだと思って、少しだけ、緊張がほぐれた。
肉の薄い頬に両手で触れる。こういうときは何と言うんだったか、と、ツィイーの寄越したとんでもなく不確かな情報を思い出す。
「『どうして欲しい』?」
「そうきたか。籠絡してくれるんだろう、お前の好きなようにすればいい」
あっさりと打ち返されて、思わず唇を曲げた。まあ、そう簡単にはいかない。
「……じゃあ、いい子にしてて」
目蓋に口づける。
ひんやりしたジャケットに手をかけて、肩を撫でるようにして腕から抜き取った。渇いた音を立ててベッドに落ちる。無防備な首筋に噛みついて、インナーに包まれた背中に掌を滑らせた。押し付けるようになった胸が押しつぶされて、ふよんと形を変える。裾までたどり着いて肌に触れ、腰の辺りをたくし上げるように撫で上げたところ、ようやくフロイトが身じろぎをした。
そのまま背骨をなぞろうとして、手が捕まる。
「よせ、くすぐったい」
「好きにさせるって言ったじゃない」
文句をつけるが、さっさとインナーを脱がれてしまう。せっかくそれっぽくなっていたのに残念だ。
引き締まった上半身はACを一番うまく扱えるようにいつでもメンテナンスされているが、気のせいか、少し痩せたような気がした。
訊ねようとして、原因は自分たちがアーキバスにふっかけている戦争もあるのだろうと思い至り、結局口を噤む。
気を取り直して、じゃあ次は、と頭を捻った。
口でするのはなしだ。一回へたくそだと言われてから、もう二度とやるものかと決めている。やったところで喜ばせられる気もしない。
ふと、申し訳程度に隠された胸を、フロイトが眺めているのに気付いた。馬鹿にしていたわりに目は取られるらしい。
掻き抱くように胸を寄せて、首を傾げてみた。
「まあ、妙な格好ではあるんだけど……これだとさわりたくならない?」
「……くそ。久しぶりなんだぞ、普通に俺のほうが不利だろ」
唸るように言って、フロイトが乳房に手を伸ばした。撫でるようだった触れ方はすぐに揉みしだくようなものに変わり、ん、と声を飲む。
やわやわと胸の形を変える大きな手の感触が、久しぶりだからか思っていた以上に気持ちいい。あっさりと引き出された快楽で腰の辺りがぞわぞわする。
「……反応がいいな?」
「ん……気持ち、いい」
フロイトが意外そうな顔をして、はたと思い当たったように頷いた。
「ああ、そうだったな。籠絡か」
「うそじゃ、なくて……ん……、頑張って、言ってるだけ……っ」
「ならいいんだが。まあ、たまになら素直なのもいいな」
「貴方の、手、大きくて、あったかくて……っ。どきどき、す」
フロイトが唇を塞いだ。腰を引き寄せて舌を絡めてくる。胸の先の尖りを擦られて、腰が跳ねた。
「ん、ふ……っ。……もうっ、ちょっと……言ってる……途中……!」
「伝わったからいいだろ」
片手がするりと降りてきた。臍をたどって下腹部へ。衣裳の上から、強めに押し擦られる。ぴりつく電流のような感覚が走って、あわてて口元を押さえた。
「っや……! ん、んう、んんっ……ん……!」
「その辺はいつもどおりか」
「うる、さ……っ、も……まって、ってば!」
逃れるように膝から降りた。というか落ちた。
不満そうなフロイトに、それこそ不満をぶつける。
「今日は私がするんだから、もうちょっとくらい大人しくしてて!」
「……さわらせておいてお預けとか、お前……」
「好きにしろ、って言ったでしょう」
跪くような体勢で男のベルトに手を伸ばし、うまく動かない指で解いていく。ズボンに手を滑り込ませると、すっかり勃ち上がったものがまろび出た。
まじまじと見る機会が意外と少なかったのだが、何回見ても、ここだけ別の生き物みたいだ。
身を屈めて胸を寄せ、谷間に挟み込んでみる。フロイトが息を飲む気配がしたので、大いに溜飲が下がった。
しかしその先が困ってしまった。このまま上下に動かすものだとはわかっているのだが、どうするのだろう。背筋で動くのだろうか。
しばらく悩んだすえ、とりあえず、でやってみたところ、思い切り吹き出された。
身体を折ってまで笑われたので、憮然として唇を曲げた。
「……お前、本当に……! 籠絡じゃなくて笑わせにきてるだろう……!」
「なにも笑わなくてもいいじゃない……」
「胸の方を動かすんだよ、押し付ける感じでな。ほら、頑張れ。眺めは良い」
正解のやり方を知っているんだな、と思うと、なんだか面白くない気分になった。
言われたとおりにやってみるものの、どうにも動きがぎこちない。フロイトの手が伸びて、垂れ下がっていた髪を指で梳くと、そのままくるくると遊び始める。その顔はいかにも面白そうだったが、残念ながら大して快楽を得ているようには見えない。
そういえば、いつぞや噛みついてきたあの美女は、晴れて自分と別れたフロイトを誘惑したのだろうか。
――胸、大きかったなあ、と思い出してしまう。
なんだか自分がしていることに、意味があるのか不安になってくる。
しばらく頑張ってみたものの、ため息をついて身体を起こした。
「気が済んだか?」
「もういいや……慣れないことはするものじゃないわね……」
「わりと良かったぞ。それ以上に面白かったが」
面白いというのは艶事の感想ではない気がする。
はあ、とため息を一つ。
腕を引かれて再び膝の上に乗った。
「なあ、ブーツはもう脱がせていいか。当たって微妙に痛い」
「え、ごめん」
あわてて脱ごうとしたが、フロイトの手がそちらに伸びる方が早かった。
膝に乗せたままジッパーを下ろして、太股を撫で、遊ぶような丁寧さで脱がしていく。まるで手本を見せるかのように。
「ふっ……」
とっさに声を殺す。膝頭を指で擦りながらもう片方も同じようにして、ベッドの下に放り捨てた。
固く抱きすくめてきたフロイトが、熱を帯びたため息をこぼした。
抱きしめ返すように腕を回して、そういえばこの辺は反応が、と腰骨の辺りに手を這わせた。諦めの悪さによるものだったが、ふと指先に当たった――冷たく固い無機物の感触に、心臓がひやりと冷たくなった。
以前はなかったもの。神経接続用のジャックコネクタだ。
完璧だったものが傷つけられてしまったような感覚と、それをつけることにした理由をまざまざと思い出してしまう。
この身体を捨ててしまってもいいと、この男が思っているという事実も。
ぐ、と唇を結んだ。
フロイトの肩を軽く押して、少しだけ身を離した。
怒張に触れて腰を上げたことで、やろうとしていることには気付いたのだろう。やっとか、とその目が笑み細められた。熱い手が腰を支えるように触れる。
衣裳をずらして秘部にあてがって、そのままゆっくりと、腰を沈めていった。
ひどく、満たされた。埋め尽くされるような感覚が。
痛みはないが、焼き付くような熱と圧迫感で、少し苦しい。
「ん……! う、ん……ふ……っ」
「……は……大丈夫か? ろくに、触ってない、だろ」
「へいき、でも、あなたの……おおきい、から――」
言い終える前に顎を掴まれた。
ぎょっとして身を引きそうになる。底光りするような目が、射るようにこちらを見据えていた。
「な、に」
「……誰と比べた?」
理由を知って、肩から力が抜けた。どうやら“浮気”を疑われたらしい。
ふるふると首を振った。
「比べてないわ。ただのせりふ」
「……なんだ、まぎらわしい……」
気が抜けたようにフロイトが言い、肩口に顔を埋めてぎゅうと抱きすくめて、長々としたため息を吐いた。
そっちこそ比べたんじゃないかと言いたくなったが、そんな言い合いは不毛だ。だいたい、別れているようなものだったのだから、本当ならお互いに責める筋合いさえない。
「もうやめろよ、それ」
「……せっかく言ってるのに」
「大半がから回ってるだろう。いつものお前でいい」
その言葉は、思ったよりも胸の奥深くにしみこんだ。
ん、と大人しく頷く。
ねだるように揺すられて、埋め込まれた杭に刺激を与えるべく律動を始めた。
適当にやっても気持ちのいいものだったので、お互いあれこれ創意工夫を繰り返してきた行為だ。ようやくフロイトが息を詰めるようになったので、すさみそうだった心が少しばかり慰められる。
おおよそ優位に立てる機会など、このときくらいだ。
慣れた動きで腰を動かしながら、ぞわぞわする快楽に声が上擦った。
「んっ……ね、ちゃんと……っ、きもちいい……?」
「は……言わなくて、いいって、言ったろ……!」
「だって」
不安なのだ。こうしていることに意味があるのか。
泣きそうになりながら唇を結んで、もうほとんど癖のように内膜で絞り上げた。押し殺すような声に安心する。それでもまだ、不安は消えない。
快楽を与えようとしているはずなのに自分の方が気持ちよくなってしまって、どうしようもなく声が漏れた。
「あ、う……っく、ん……! ふ、うぁ……や、んっ……!」
「レイヴン……!」
「う……ん、あ、あっ……!」
頑張ろうとしていたのに、とうとう先に達してしまった。
まだ硬い男のものを感じながら、半泣きになって、胸を拳で叩く。
「も、なんでっ……! がまんするの……!」
「なんでって、勿体ないだろう」
「やっ……ああっ!?」
腰を掴んで突き上げられて、悲鳴じみた声を上げた。
目の前がちかちかする。必死にしがみついた硬い身体に、締め上げられるように追い詰められる。
「やだ、やっ……ん、んん……! ん、うあ、やっ、あ……やあっ」
突然の衝撃に慣れる間もなく、下から何度も突き上げられる。前後もわからなくなるほど揺さぶられて、あっさりと上り詰めさせられた。
低い声を漏らしたフロイトが、縋るように中へ熱を放った。痙攣するような余韻が全身を染め上げて、手足がくたりと弛緩する。
荒い息を整えているうち、なんだか、感情の箍が外れた。
ぼろりと涙がこぼれる。一粒だけではなくて、まるで涙腺が壊れたかのように頬を濡らした。自分でも不思議になるくらい、それこそもう、滂沱とすらいっていいほどだった。
フロイトがぎょっとして、こちらの顔を覗き込む。
「……泣くことはないだろう」
「ない、て、ない」
「……まったく」
肩口に額を押し付けて顔を隠す。頭の後ろに回った手が、ぽんぽんと宥めるようにリズムを刻んだ。
こんな格好までして、慣れないことをいろいろやって、どれもうまくいかなくて。結局はいつも通りに翻弄されるばかりで。
これではとても、籠絡なんてできやしない。
低い声が、耳元に、捨てたはずの名前を囁く。
そんなものを大事に覚えているくせに、どうして、と――よけいに感情が揺らいだ。
顔を上げて、フロイトの頬に両手をあてた。止まらない涙のせいでにじむ視界の中、その融けた色の目を覗き込む。
「おねがい」
すがるような声だった。
「……もっと、ちゃんと、がんばるから。私のぜんぶを、あげるから。……だから、おねがい。……私を、選んで」
ここにいたいと思って欲しい。悪くないと、身体を捨てるには惜しいと、そんな風に思って欲しい。
結局のところ願いはそんな単純なもので、素直に言えるまでに、ひどく回り道をしてしまった。
沈黙は、そう長いものではなかった。
腰に腕を回したまま、フロイトがやけにしみじみとした口調で言う。
「……自分で驚いてるんだが、何か、えらく満足したな……」
「え」
「何だこれ、どういうわけだ……?」
本気で困惑している声だった。
だが、元々深く思い悩むような性格ではない。まあいいか、という結論に至るのは早かった。
後ろ頭を引き寄せられて、唇がふれあう。驚いて手を離したとたん、入れ替わりのように、大きな両手が頬を包んだ。
額がふれる。いつか、祈るように願ったときのように。
「全部くれるんだろう? だったら、まあ、いい。……言えよ。どうして欲しい? お前の望むようにしてやる」
ぱちぱちと目を瞬いた。弾みで、目尻から涙がこぼれ落ちる。
信じられない、と思ったのは一瞬。ほとんど無意識に、返答を考えた。一言で、曲解の余地なく、要求を達成できる言い回しを。
「……私と一緒に、コーラルリリースを、阻止して欲しい」
「わかった」
即答だったので、渋面になった。ちょっとこれまでの経緯から信用度が足りない。
「本当に? 約束できる?」
「信用がないのは知ってるが、信用しろ。本気だ」
「オールマインドと手を切れということよ。……ここまできたのに、諦められる?」
「だから言ってる」
涙に濡れた目尻を無遠慮に親指で擦って、フロイトが笑った。
「そうでなきゃこんな茶番に付き合ってない。とっくに押し倒して突っ込んでる」
「う……」
「お前、すごいな。泣き落としに折れたのなんて、多分生まれて初めてだ」
そんなことを言うものだから、どんな顔をすれば良いのかわからなくなってしまう。
多分、嬉しいのだと思う。けれどそれ以上に信じられない気持ちだった。
「他には? あるなら今言っておけ」
「え……ひとつじゃ、ないの?」
「……まあ、もうひとつくらいならいい」
少し考えてからの返答だったので、そちらは信憑性が湧いた。
目的を遂げてしまった後だったからか、すっかり気が抜けてしまっている。
ぼんやりしたまま、答えた。
「……あなたを好きだって、言っていい?」
「……は?」
「すきだって、あいしてるって。……傍にいて欲しいって、言っても、いい?」
「……逆に聞くが、なんで駄目だと思うんだ」
「だって、鬱陶しいでしょう。……自分の足で立たないで、寄り掛かかるなんて、こわくてできない」
返答は、長々としたため息だった。
「……いや、まあ、そうか……お互いそうだったな」
「貴方だって言わなかったじゃない」
「そうか。そうだな……だからか……」
やわやわと頬を揉まれる。フロイトが涙で濡れた目尻に唇を寄せて、決まり悪げな声で言った。
「微妙に自信はないんだが……これが愛だの恋だのでないなら何なんだ、とは思う」
「……じゃあ、なに?」
「お前は俺の特別だ。それでも足りないか?」
「……足りない。……ぜんぶいる?」
「いる。認識したし実感した。だからもう、離れていくのは無しだ」
今度こそ、欲しかった言葉のすべてをもらった気がした。
首筋に抱きついて、うん、と掠れた声で返す。
脳裏では今後の処理のことをどう動いて調整するかとあれこれと考えていたけれど、入ったままだったものが圧迫感を増して、とっさに背中が反れてしまう。
フロイトが髪の間に指を差し込んで、カチューシャを外した。
「……そういうわけで、続き、いいか」
思わず、笑った。
「どうしよう、今、頭が色々後のことを考えちゃっているんだけど」
「つれないにも程がある。こっちに集中しろ」
「ふふ。……考えられなくなるくらい、めちゃくちゃにしてくれる?」
「……言ったな」
鼻先を触れあわせて笑う。
そこから先はもう、ばかばかしいほど甘ったるくて情熱的な、恋人同士の時間だ。
レイヴンを恥ずかしがらせたかっただけの話。ひたすらいちゃつきおって爆発するといいよ。
あり得る可能性かと思って書き始めたわけですが、やっぱりこれはちょっと、本編ではなさそうなifだなあ。
でもここまでやらせておいてビターエンドとかないわよねと脳裏のレイヴンさんが殺気を込めてくるから……敢闘賞ってことで……