人生どこをどうネジ曲がれば司法解剖で性的に興奮する人間になるんだろう?
*この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
Ⅰ.いつもの夜 【画】
廃屋に隣接した車庫の、壊れた車の中で発見されたそうだ。
警察の調べでは廃屋の家主ではない、その知り合いでもない、と判明した。まだ若い。40歳になるかならないかの男。車は廃屋に捨ててあったものだった。検視では事件性は半分以下ということだった。自殺かも知れない。他殺の線は薄い。所持品が大変少なく財布だけで、金銭は抜き取られていないようだった。だが、遺書がないのと、ほとんどの人が持っているはずの携帯電話やスマホがないのも気になったと捜査員は感じたらしい。それで司法解剖となった。見る前から悪い予感がした。
予感は的中した。検案書のとおり遺体には拘束されたような圧迫痕も外傷も特になかった。でも僕にはわかる。
自殺者の死体の匂い。
なぜならそれは、僕が最も憧れ、そして軽蔑している人たちの匂いだからだ。
その匂いは生理的な嗅覚に訴えるものではない。絶望や落胆に臭いがないのと同じだが、その香りは脳内に直接イメージされる。生前のビジョンすら伴うこともある。強烈な負の感情、戦うことより死への逃避を選ぶ弱さ、追い詰められて抑圧された恐怖、苦痛に満ちた生から解放されることへの止めどもない執着と憧憬、運命への激しい怒りと無力感…それらのものが渾然となって、ひとつのゴールである“自分殺し”という行為に駆け昇るその瞬間を見ることがある。
血液を採取しながら、くらくらするその匂いに僕は酔った。頭の中から始まるその陶酔は、さほど間もなく胸の中の感情を犯し、またたく間になぜか下半身に到達する。その意味はどうにでも分析できよう。タナトスとでも呟けば、すべてが理解されるのだろう。だが、僕のそれを押しとどめる術は、自分も、ほかの誰も持ちあわせてはいない。その陶酔に続く狂気については。
解剖室の外に誰もいないことを確かめる。内側から鍵を掛けて、解剖台の前に立つ。息が上がってきている。はぁはぁと口で息をしている。その音が自分の呼吸ではないように聞こえる。焦躁のような頭の中を掻き回されるような、そんなうねりが僕に襲いかかった。ダメだ、一線を越えたらダメだ…。だが、ラテックスの手袋をしたまま、僕は耐え切れず遺体の表面をそっと撫で回し始めていた。凍死の遺体は綺麗だ。だがその弱さ故に生きられなかったその人への侮蔑と、一方で普通の人間なら選ばなかった狂気と蛮勇への憧れとを同時に感じると、僕の頭の中は耐え難い羨望ではちきれそうになっていた。なぜ僕はお前を見ているんだ? 何故見られているのが僕じゃなくてお前なんだ? 何故僕はここでお前を調べている? この上に乗るのは…僕だよ。
「おまえじゃ…ない…」
この中に入っていけたら…僕はお前になれるのか? 嫉妬に似た怒りと欲望に操られるように、僕の手は表皮を撫で回すのをやめ、遺体の腹部の切開部分に自分の両手の指先を沈めていった。ゆっくりとその傷を押し広げていき、指でかき分けていくと、独特の感触が指先に伝わり、すでに興奮しきっていた僕はそこで腰から砕けそうになった。胃腸を調べ始める。内容物の確認と、検体の確保。身体は淡々と慣れた作業を続ける。胃から溶けかけた錠剤らしきものが出てくる。パックに取り分けて保存する。
その死を奪い取りたい。僕のものにしたい。いや、僕がいじられたいんだ…こうやって僕がこの上でこの僕が押し込まれたい誰かの欲望を。
激しく興奮して固く張り詰めた股間が、重く僕の神経を支配し始める。なぜ、僕が我慢していることをこんなに平然と実行できる? 君は、ずるい。僕がどれだけこの行為を望んでいるか、わかっているのか? こんな風に僕を挑発して、無関心で、置き去りにして…
置き去りにして…行ってしまった…
行く…な……連れていけよ…
不意に涙が頬を伝った。
「ダメだろ、お前。一人で泣いてんじゃねーよ」
掛けたはずの鍵が開いていた。戸口に、合鍵の束を指でくるくる回しながら真っ黒いスーツを着た彼が立ってた。いつから見られてたんだろう? 羞恥に顔が赤くなった。ハッと気がついて、あわてて泣いている顔を背けた。
「その様子だと…自殺だな…ホトケさん」
その男は疑うこと無くそう言った。その発言を他の人間が聞いたら、驚くし問題になるだろう。だが彼は躊躇なくそれを口にした。
「たぶん…」
「死因は?」
「凍死かと……臓器判定と血液検査待ちです…」
僕は急の来客にどぎまぎして、あわててもう使わない器具を片付け始めた。慌てているのに加えて、まだ興奮で手が震えている。思わずカシャンと鉗子を取り落としてしまった。メガネが曇っている。急いでしゃがみ込んで台に隠れて彼に見えない所で、鉗子を拾うふりをして白衣の袖で涙を拭った。だが、顔を上げると彼が僕の前に一緒にしゃがみこんでいた。
「見るな…」
「終わってんなら早く片付けろ。家まで送ってやる」
僕は無言で頷いた。先に立ち上がった彼が僕の手首を取る。その仕草に僕はどうしていいかわからず思わずうつ向いて言った。
「見るな…よ…」
強引に引き上げられて立ち上がったその途端、彼の胸の中に抱きしめられていた。脂と体液にまみれた手袋をしたままの僕は抱きしめ返すことも出来ず、せめて彼の服を汚さないように、手を宙に浮かせたまま、棒切れのように突っ立っていた。
身支度をして、顔を洗う。駐車場にある彼の車を見つけた。もう夜の9時を回っていた。助手席に座ると、タバコをふかした彼がシートにもたれて気だるそうな顔で僕に言った。
「行こうか?」
「……ん…」
「どうせ…もう我慢できないだろ?」
黙っていても、車は走りだした。僕の自宅マンションまでは車で5分。その間、ほとんど話しもせず、彼はアクセルを踏んだ。医大の駐車場から車が走りだした時に少しだけ言葉を交わした。
「もう、勤務終わりですか?」
「ああ。だから迎えに来た。俺の担当だしな。あのホトケさん」
「そうですね」
「だから…な」
そこから黙って暫く行って、車が見知ったパーキングに入って行った。そこから1分で僕の部屋だ。
部屋に入ると、服も脱がずに彼はその場で僕を押し倒した。毛足の長いグレーのラグマットが僕の身体を受け止める。でもそのためにこれを買ったわけではない。押し倒された僕は彼にされるがままに服を剥ぎ取られていく。自分からは彼に求めることはない。そういう感覚が僕には欠如していると言われた。それをわかっているから彼は僕を一方的に嬲る。
「あ…うっ…」
「こんなになって…俺来なかったらどうすんだよ」
「…んあ…わ…わかんな…い…」
「自殺かもなって。最近無かったからちょっと焦った」
「ん…」
「来なかったら、本気でどうすんの?」
「さあ…」
「お前みたいな腕のいい法医学者はなかなかいない。これ以上お前におかしくなられたら地域の治安に関わるからな」
「いつも…職務熱心ですね」
「お前が好きなんだよ」
僕を好きなんて、いつもそれを聞くたびに不思議になる。なぜ生きたものに愛情を感じるのか、僕にはその感覚がわからなかった。署内では中堅のやり手の刑事で、僕がこの管轄内の医大の法医学教室に赴任してきて、最初の鑑定書を書いたのが彼の担当の事件だった。
屍体にしか興味がないのに医大に行ったのは、法医学のせいだった。
何が原因かわからなかったが、僕は小さい頃から生きているものを求めなかった。動物や植物のみならず、次第に道具や機械、乗り物、挙句の果てには家や街に至るまで、僕は機能の止まったものに執着した。屍体、剥製、ドライフラワー、押し花、壊れた機械、捨てられた舟、廃墟…そんなモノ、風景や写真集を飽きずに観ていた。だが、僕の人生をそこから大きく変えたものは、中学生の時に知り合った、近所の図書館の司書が“個人的に”貸してくれた一冊の写真集だった。
生きた人間に興味のない僕は、友人も作らず、両親にもあまり関心がなく、ひとりっ子で兄弟もなく、いつも独りで行くところといったら自転車で5分のところにある図書館だった。そこにいた男性の司書はいつも本の受付を担当していたが、僕は話しかけられるまで、その存在すら意識していなかった。
小学生なのに、借りる本は写真入りの解剖学の医学書や、畜産の解体のルポ、ゴーストタウンの写真集、日本やアメリカの検視官物のミステリ小説、廃棄物処理の実態…など、とてもじゃないが普通の人なら目を疑うようなラインナップだったろう。その図書館に通い始めて何年も経ち、僕が中学生になった頃、その司書は赴任してきたらしい。後からそう本人が言った。2年ほど僕の図書カードを黙って観察し、その間に僕の好きそうな本を蔵書に加えてくれていたそうだ。奇特な人だ、と思った。
話しかけられたのは、9月の残暑が終わりかける暴風雨の夜だった。来た時はまだパラパラ程度に降っていた雨が、急に西の空に真っ黒な雲が湧き、いきなり土砂降りが始まった。途中から風も出てきて、まるで台風のような天気になっていた。利用者たちは皆、本降りになるまでに帰宅し始め、逃げ遅れた僕はなすすべなく、ほとんど人気のなくなった図書館の窓から、ぼーっと豪雨を眺めていた。図書館の庭の樹の細い枝が折れ、飛ばされていくのが目に心地よかった。
「傘、持ってる?」
後ろからいきなり声がした。びっくりして振り向くと、そこに男の人が立っていた。
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昔々、高校生でJU◯E読者だった頃、監察医と刑事の話という1ページくらいのショートな漫画がある号に掲載されていた。遺体を解剖すると性欲が昂ぶって、そのあと気が狂う素敵な監察医と、それを知っていて、解剖の後に現れて性欲処理してやる優しい刑事の話。刑事はもちろん監察医が好きなのだが、監察医は刑事をどう思っているのかは短いストーリーだったので不明。あれって続きとかなかったのかなぁ。いまだにその1ページの短いストーリーはツボに入ったらしく、年月の流れた今でもたまに思い出す。
問題は、人生どこをどうネジ曲がれば司法解剖で性的に興奮する人間になるんだろうというその心理です。ネクロフィリアの深層心理とか…そういうの参考になるんだろうか。
フロイト派では、幼少時に見た「眠っている母親の姿」に愛情を感じ、それが欲情へと変化する為であると主張している。また、眠っている相手との性行為を体験したことがきっかけで顕在化することもあるという。これとは関係ない説として自尊心の弱さが逆らえない相手に対する欲望を生むという説もある。wikiのコピペだが…なんか違うよね。え? 違うってなんでわかるんだお前と訊かれても、いや〜ネクロフィリアじゃないからわかんないけどって言うしかないけどでも違うよね。死体を解剖すると性欲が高まるっていうのはネクロフィリアに分類されるかどうかも微妙だなという気もする。一括りにされそうではある。だが、遺体とはエッチしないんだよ。これが。それってなにに分類されるの?
さて、その微分みたいな1ページの「法医学者と刑事の話」を、自分の解釈で積分したらむちゃくちゃ猟奇的な話になっちゃって、モザイクかかりそーなグロいモノになりました…自分でも引くわ。マジでこれを書き始めるとは思わなかった。人生は謎に満ちてますな。楽しいから仕方ないです。ご閲覧、お気に入り、ご評価頂き大感謝です。ありがとうございます。