※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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יב.二度目の途中

 うっすらと目が見えてくると、ベッドの脇の床に誰かが座っていて、ベッドに両肘をついて頭を抱えていた。朦朧とした頭が少しづつ稼働し始めてくる。これは…そうだ、幸村さんだ……すごく激しく責められてて……久しぶりに小さい裕が出てきたんだっけ…それで? ああ、僕はまた頸動脈洞症候群を起こしたのか……それでまた幸村さんは頭を抱えてる…またやっちゃったって思ってパニクってるんだろう…罪悪感の谷底あたりにハマってる姿かもな……

 

「幸村さん…」

「え…あっ! 目、覚めたか!」

 

 頭を抱えていた幸村さんは僕の声にハッとしたように顔を挙げた。

 

「大丈夫か? ちゃんと見えてるか?」

「ええ、特に問題はないです。どれくらい意識なかったですか? 僕」

「5分…くらいか…慣れんな、これは。死ぬかと思ってゾッとする、毎回」

「死ねなかった、んですよ」

「やめろ、それは」

 

 幸村さんがツラそうにそう言うので、さすがに黙った。しばらくして幸村さんが沈黙を破った。

 

「……やっぱり元凶なのか、アレが」

「アレ? 元凶?」

「気を失う前にさ、口走ってた。おとうさんつれてって、って」

 

 他人の口から聞いたからなのか、なぜか目が潤んできた。口に出して言っていたのか。頭がおかしくなってたせいでそのあたりの記憶が曖昧だ。だが、気を失う前に僕はわかった気がしていた。発作の消えた後に残った微かな発情のわけが。

 

「僕…口に出てましたか…」

「ああ、言いながら何か、掴もうとしてた」

 

 掴もうとして、つかめなかった。

 

「あしに…」

 

 涙が溢れそうになり、僕は気づかれないように幸村さんの反対の方に顔を向けた。小さい裕が見ていた景色は僕の記憶にはない。でも、小さい裕の視界を借りたような感覚があった。リアルだった。骨ばった足首とか、色の失せた足の裏とか、床と爪先の間の茫漠とした空間とか。でも、抱きしめられている光景は今のところ小さい裕の視界には無かった。だが、はっきりと小さい裕は言った。抱きしめてくれたんだよ、と。

 

「…手が…届かなくて」

 

 顔を背けた割に鼻声が隠せるはずもなく、僕が泣いていることがわかった幸村さんは、困ったような声で僕に聞き返した。

 

「岡本の……親父さんのことか」

「ええ。首を吊ったんです。きっと、僕の前で」

「前に言ってたな」

「その前に、抱きしめられた、みたいなんです。その記憶はないけど、初めて抱きしめられたみたいで、その次にはもう父は首を吊って僕の前にぶら下がってたんだと思います」

「記憶がないのになんでわかる?」

「それは…えと…小さい裕が教えてくれて…」

「小さい裕……?」

 

 僕は小さい裕が生まれた経緯についてかいつまんで幸村さんに語った。高校の時に戸籍を見に行ったときのことを。話しているうちになんとか涙が引いていった。

 

「ああ、そういえば聞いたな。前に寝物語で岡本に根掘り葉掘り訊いて」

「そうでした。言ってましたね。忘れてた」

「さっき、出てきたのか? その、小さい裕が」

「ええ。幸村さんにアナルからペニスを引き抜かれて…物凄い空虚感が襲ってきて……夢中で空を掻いているうちに、小さい裕が頭の中で話しかけてきて」

 

 だきしめてくれたんだよ

 

「抱きしめられて? そのあとは?」

「足が…ブランと下がってたみたいです」

「そのあいだは?」

「あいだとは?」

「抱きしめられたあと、足が下がるまでの記憶は無いのか?」

 

 記憶はない。というか小さい裕が話さなかった。

 

「つまり、父が椅子に登ったり、縄を掛けたり、縄の輪に首を通したりしてたりしてたのを見なかったのか、ってことですかね?」

「まあ、そういうことだ」

 

 そのことは僕のさっきの記憶にはなかった。

 

「小さい裕はその間のことはなにも」

「そうか」

 

 幸村さんが何に引っかかってるのかわからなかった。そのうち幸村さんが布団に潜り込んできた。

 

「寒い」

「なんで裸で布団から出たんですか」

「お前が気を失った横で寝転んでられるか」

「どっちでも同じですよ」

「お前にはな! 俺は生きた心地がしなくて一緒に寝てらんねかった」

「セックスの続きはしないんですか」

「出来るか! 恐怖で萎えたわ!」

「あ、そうですか」

 

 萎えたと言ってるそばから、幸村さんは布団の中で僕を抱きしめた。

 

「あー……ほんと怖かった」

「2回めなのに?」

「言ったろが。何回やってもこれには慣れんぞ。もっと怖くなる。ロシアンルーレットかよ、クソっ!」

「あんな激しく犯しておいて?」

「……最後だからな。悪かったよ」

「なんでいきなり抜いたんですか?」

「イキそうだったからな」

「焦らしたんじゃ無いんですか」

「その余裕は無かったな…焦らしたように見せて誤魔化した」

「そうだったんですね」

「小さい裕が出てきたのは、あの時抜いたせいで?」

「よくわかりません。でも頭がおかしくなりそうになりました」

「でも、お前は拒まないんだよな」

「ええ、そうですね。きっともう一度抱きしめて欲しいのではないでしょうか。父は一度きりで死んでしまったので。それで僕は、自殺屍体を見ると思い出すんでしょう。そして発情すれば誰かが抱いてくれると…無意識はそう画策した、のかな。そうなら短絡的で…笑っちゃいますね」

 

 そう、小さい裕は言っていた。初めて抱きしめてくれたと。そして死んでしまった。だから最初で最後だったんだ。

 

「珍しく素直なこと言いやがって」

「そうかもですね…わかっちゃったんで…けっこう自分でも予想を超えてはっきりわかってしまって……もう否定出来なくて」

 

 なにか、どこか憑き物が落ちたみたいな感覚だった。雨の後の遠くまで見える透明な空気に似ていた。それがあの悶絶するような淫猥でドロドロな営みをこじ開けて出てきたのが人の不思議なのだと思いもした。

 

「まさか…お前が生きてる人間に執着しているとはな」

「死んだ人です」

「死人は抱きしめないんだよ」

「そうでしょうか。その抱擁は死の前でなければ生まれなかったとしたら、それはもう死の一部なのではないでしょうか」

「それでも死ぬ前の最後の一瞬は生きた人間だろ? それは生きていなければ絶対になかったものだろうがよ」

 

 確かにそうかもしれない。死に取り憑かれてはいるけれど、その時間は確かにその人が生きている人間であることは意地になって否定することではなかった。

 

「まぁ、そうなりますかね。それで自殺前の一瞬の光景を僕は自殺屍体から見せられるんでしょうか。自殺屍体がうるさくしゃべる内容は、自死の前の一瞬というのは間違いないことですから」

「そういうことなのかもな。それが岡本の自殺屍体を見て出てくる性欲の源ってことか。抱きしめられて、すぐにそれを失ったんだから」

「抱きしめられたことが、ですかね? 失ったから、でしょうか?」

「どっちもだろ。まぁ幼児だから性欲になったのかもな。幼児の性欲の対象は何にでも向くっていうから。小児の性欲は乳児の頃からあるってフロイトも言ってるしな」

「僕を抱きしめに来るのがみんな男の人だというのも、それが父親だったからなんですかね?」

「まぁ、そういうことかもな。そして例の司書くんが封印を解いたってとこか」

「封印…」

「だって、それまで性欲なんて感じたことなかったんだろ?」

「ああ、そうですね。本で読んで知ってはいましたが、自分にあるということは考えても見ませんでした」

「これは偶然というか、運命というかわからんけど、初めて自殺屍体の写真集で性欲を感じて、初めてあいつに首を絞められて、初めて精通して、初めてレイプされて、初めて性行為させられた、っていうそれが全部重なった、ってことだよな。岡本にとっては人生が裏返ったくらいの衝撃だったはずだが」

「ええ、それは当たってます。いきなり死人が生き返されたんですから。裏返りました」

「きっと親父さんの最期の時も……お前は裏返ったんだろうな」

「ええ……多分……だから封印したんでしょうね」

 

 すると幸村さんは変な顔をして黙ったかと思うと、急に文句を言い始めた。

 

「……なんだか調子狂うなぁ。岡本がそんな素直に俺の言うことに同意するなんて、童貞の都合の良すぎる夢の中みたいで気味悪いわ。明日地震で日本が沈没するのか? それとも隕石が降ってきて世界が終わるのか?」

「え……なんなんですか? ツンデレでも素直でも気に食わないんだったら、なにも言わないほうが良いですかね」

 

 僕が嫌味を言うと幸村さんは慌てて僕の肩を掴んで顔を横に振った。

 

「いや、やめろ。お願いだからそのままで話してくれ。あまりの事態に俺が耐えらんなくてフザケちまったんだ、すまん。いや、初めてちゃんと会話してる気がするんだ。この時間が永遠に続いて欲しいくらいだ」

「そうですか。そんならそう言えばいいのに」

「ごめん。悪かったって」

「まぁ、いいですけど。僕もこんな素直な気分になったのは初めてかも知れません」

 

 おかしいことに思い出すのはなぜか佐伯陸のことで、二回目に会った時に女装を解除した彼が僕にいみじくもこう言っていたのだ。

 

(ボクは安心したかっただけの抱っこされ損なった赤ん坊なんですかね)

 

 結局、僕らはある意味似たもの同士だったってことになる。付き纏われたのは彼だけの理由じゃなかったのかも知れない。

 

「でも、奥さんが亡くなって1年もの間、父一人で岡本を育てて来たのに、初めて抱きしめたって、どういうことなんだろうな。抱っこくらい何十回もしたんだろうに」

 

 確かにそれはおかしい。僕は気が付かなかったけど。

 

「そうですね。わかりませんが、何かの事情があって、もしかして他の誰かに預けられていたとか。たとえば、今の両親とか、ベビーシッターとか。僕は死にかけて生まれてきたから、病院にでも長いこと入院してたのかも知れないし。父がどんな仕事してたかなんて知りませんが、忙しかったら僕の世話をしている暇はありませんし」

「それでも抱いたりあやしたりする機会が死ぬ前の一瞬だけだったなんて、おかしいだろ」

「僕にもわかりません。母に訊いてみるしかないですね。母がわかるかどうかは未知数ですけど」

「訊いてみろ。なんかわかるかもしんないから」

「ああ…でも、そんなこと訊いたら、僕が養子だって気がついてるって母にバレちゃいますね」

「まだ知らないふりしてるのか?」

 

 驚いたように幸村さんが僕に訊いた。

 

「ええ、戸籍の件は話さないでおこうって決めましたから」

「バレてるだろうなって、思ってると思うぞ。お前の母親だって成人した良い歳の大人に隠し通せるなんてさすがに思ってねーだろ」

「そんなもんですか」

「ああ、お前はそういうとこ、変に気を遣うよな」

「母にこれ以上心配かけたくないので」

「その優しさで俺達もお前から無視されるんだな」

「わかってるんなら言うこと聞いてくれませんか?」

「優しいことが残酷なこともあるんだぜ」

 

 そう言うと幸村さんは僕のうなじに唇を押し当てた。

 

「萎えたんじゃないんですか?」

「萎えてもキスしたいんだが」

「別に良いですけど」

「こうしてる間にまたその気になるかもしんねーし」

「僕はもうならないでしょうけど」

「そうか? さっきは気が狂ったようにヨガってたけど」

「もう落ちましたし」

「でもまあ、試してみるわ」

「無駄なことを」

「やってみなきゃわからんこともある。無駄でも岡本を弄くっていられる。俺得だ」

「まあ、好きにすれば良いです」

「好きにするさ」

 

 そう言ったものの、幸村さんは僕のうなじに顔を埋めて抱きしめているだけだった。しばらくそうしていた幸村さんは僕のうなじに顔を埋めたまま呟いた。

 

「離したくない」

「最後ですよ」

「知ってる。だからだって」

 

 そして僕の耳元で囁いた。

 

「俺は親父さんの替わりにずっとお前を抱きしめてやれるんだぞ。お前はあのとき一瞬だけ生きた人間を求めたんだ。俺を求めたって良いよな」

「それは、ダメですって」

 

 僕を抱きしめてから自ら死んだ父と小島さんが、小島さんと幸村さんが、二重三重に重なり合っている。

 

「約束、破らないで下さい」

「ダメ、か」

「最後って言ったから今があるんですよ」

「そうか」

「10円玉も最後だからOK出したんです」

「お前を抱きしめるのは清水さんか?」

「さあ、どうでしょうか。最初の日に一度だけ抱きしめられはしましたね。性交はしませんが」

「そんなことがあったのか」

「いま、思い出しました。その後はほとんど接触は無いです」

「また解剖の時に自殺屍体が来たら、岡本はこんな風になるんだぞ?」

「こんな程度なら問題ないです。自分で抜いて終われます。それに…」

 

 大事なことを忘れているようなので、もう一度幸村さんに念を押した。

 

「清水センセだっておんなじですからね。僕の意識から排除しなくっちゃ」

「出来るのか?」

「しなければならないんですよ。出来る出来無いじゃないんだって」

「それを悩んでるんだろ? 忘れたのか?」

 

 僕のほうが忘れていた。どうしよう、と初めて思ったのだ。

 

「…そうでした」

「困ったなぁ、岡本くんよ」

「…困りました」

「清水さんにまたカウンセリングしてもらえ。ピンチはチャンスって言うだろ?」

「ほんと、困る」

「話を聞け!」

「どうにかなるんでしょうか…」

 

 不安と絶望しか無い。

 

「どうにかするんだよ。俺も思いついたことはする」

「また、頭がおかしくなるまで僕を犯したりするんですか」

「それでお前が死神から解放されるんならな」

 

 そう言うと幸村さんはいきなり唇で僕の口を塞いだ。

 

「んん…」

「さっきの続き、しようか」

「萎えたんじゃ?」

「さっきはな」

「今は?」

「ほら」

 

 僕の手を自分の股間に押し当てて呆れたようにフッと笑った。

 

「…勃ってる」

「すぐ勃っちまう」

「幸村さんが勃っても、僕はもう終わったんで」

「好きにして良いんだろ?」

「……ええ。言いました」

「じゃ、萎えた岡本を犯すさ。失神する前のヨガり狂ってた身体は萎えただけで、終わらせてやってないんだ」

 

 そう言い終わるか終わらないかのうちに耳の中に舌が入ってきた。横抱きにされ、うなだれたボロキレみたいな僕の陰茎が空いた手で握りこまれる。

 

「勃たなくっていいさ。弄くっていたい……お前の身体が好きなんだ。嘘つきで裏腹で淫乱で狂ったエロい身体がな」

 

 我ながら最低な身体だ、と思う。幸村さんに言われなくても知っている。誰にでも抱かれて、誰にでも首を絞められてイク。自殺の画像で発情して、発作が治ったのは奇跡だ。幸村さんはお構い無しで僕にのし掛かってきたかと思うと、僕の右の乳首を舌先でこじ開けている。舌で押し潰した乳首を急に甘噛みされた。

 

「うっ…」

 

 ピクンと背中が引き攣った。それに感づいた幸村さんは左の乳首を舌で責め始めた。乳首が尖ってくる。また甘噛みされると、喉の奥から音が勝手に発された。

 

「んぁ……あ…」

 

 あとはなし崩しだった。次にピクンとしたのは幸村さんの手の中の陰茎で、明らかに充血し始めた重さを付け根に感じた。

 

「ほら、終わっちゃないさ。このダメな身体は」

 

 自分の硬さを僕の大腿に押し付けてくる。更に硬さが増してくる。幸村さんの手の中の僕の陰茎も。

 

「だから可愛いんだ。責めたら責めただけ返って来る」

 

 肛門にまた指が這う。ヌルっと指の腹が肛門の表面を滑る感触に、ズンと下腹の奥が重くなる。とうとう性器がピクンと跳ねた。

 

「んっく…」

「こんな欲情して」

「し…しら…な…い…」

「指、挿れてないぜ」

「挿れなくて…いい…です…」

「我慢すんな、エロいんだから。こんなすぐその気になっちゃって」

 

 ツプっと指先が孔にめり込む。脚を足で広げられる。広げられながら指を奥にねじり込まれる。肛門が広がる。そこに二本目の指が入っていく。

 

「んんっんっんっん…」

「アナルがすっかり広がって指が食われてるぞ。いやらしいな、柔らかいのに喰いついてる。たまんねーな」

 

 前立腺が揉みしだかれる淫靡な感覚に僕は仰け反った。ノイズがいつの間にか頭に中に羽音のように鳴っている。

 

「あふ…ぅん……くぅ…」

「いい声で泣いちゃってるし。俺ももう我慢できね」

 

 指を抜くとすぐ張り詰めた亀頭が肛門に充てがわれた。幸村さんの亀頭の先はまたヌルヌルに濡れていた。

 

「また挿れられる……お前ん中に居られる」

 

 そう言いながらズブ、と亀頭の先が全部潜り込んできた。硬さと肛門の広がる感覚がまた僕の体温を上げてくる。ノイズが大きくなってきた。

 

「あんな激しくしねーよ。ゆっくりな、焦らして狂わせる」

「やめて……焦らすのだけはやめ…ああっ!」

 

 ぐっと深くまで硬いモノが抉ってきた。

 

「焦らしちゃダメって?」

「んあっ! んあぁぁっ!」

 

 えぐられるたびに声が出てしまう。あんなに萎えてたのに、こんな再燃させられるなんて。前もこんな風に煽られて犯されて射精してしまっていた。また今日もきっとそうなるんだろう。激しくないのに強烈な抽挿がゆっくり繰り返されて、僕の身体は再び興奮しきってしまっていた。僕の中を知ってる動きが急所を何度も襲う。腰が回ってしまう。またそれを両手で掴まれて押さえつけられる。苦しい、感じすぎて苦しい。止められた腰から上がくねる。背中が弓なりに反ると、突き出した乳首を舐められてひぃっ!と叫ばされた。

 

「こんな狂って、俺のモノで感じまくってるんだろ?」

「も…やぁだ……んあ!」

「これで…お前の首を絞めてやれたら…俺でもお前に気持ち良いって…言わせられるんだろうにな」

 

 絶対に言うはずのないことを幸村さんは呟き、不意に僕に笑いかけた。いつだったかこんな風に笑った人を見たことがある。

 

「先にイケよ。こんな張り詰めてるんだから…いつでもイッちゃうだろ?」

 

 心中した日の小島さんと同じようなことを言って幸村さんは泣きそうな顔で笑った。ああ、その顔はやめて。思い出してしまう…僕が死神だって。

 

「俺はイキたくねぇよ…イッたら終わっちまうだろ、今日って日がさ」

「ええ、逝かないで…逝っちゃダメだよ…」

「今更そんなエロいこと言うなよ…俺のこと好きかどうかもわかんないのに…」

 

 死にそうにもない人が死にそうな顔をする一瞬を見てしまったとき、僕はあの音がバスルームから響いてくるような気がした。消えない水の音。小島さん……死んじゃダメだ…小島さん……ごめんなさい……ごめんなさい……。僕は誰に抱かれてるんだろう。おとうさん? 小島さん? 幸村さん?

 

「ダメだよ…死んじゃ…ダメだよ……」

「なに言ってんだ。俺は死なねーよ」

「隆は…首を吊った…僕の首を絞めた後で…僕のせいなんだ…僕が…僕が!」

「お前のせいじゃねーんだよ! お前が、お前のほうが殺されかけたんだ。それに…それに…たとえ死のうとしていたって…そいつは幸せだったんだぞ? わかるか。わかんねぇんだろうよ、そいつや、俺の気持ちなんか、お前には!」

 

 さっきから再び緩んでいた涙腺がとうとう崩壊した。幸せなんて、そんなことあるか! 僕が悪い。僕が悪いんだ!

 

「そんなこと信じない! 絶対に…抱かれちゃダメだったのに…幸村さんがどんなに強引でも…僕がやめられたら…こんな事にはなんなかったのに…」

 

 自分が同じ轍を踏んでいたことをこれほど悔いたことはない。おんなじ悲しみを再生産して、堂々巡りの迷宮を二人で彷徨ってる。最後だからと安堵してから気がつく。最後だから絶望しか残っていないのだと。涙が止まらない。まだ、こんな悲しいのか、と僕は驚いた。もう小島さんは寺岡さんと幸せに暮らしてるじゃないか。ではなぜ僕の耳の中から水の音が消えないのか? それは今、小島さんが幸せでいられるのは単なる偶然の結果であって、あのときあのステンレスのポールが落ちなければ、小島さんは死んでしまっていたから。それは……

 

 (俺は死んだら永遠に愛するだけじゃなくて、愛されるんだ…って。もう俺は終わりを見ることは…ないんだ…)

 

「僕に愛されようって、僕が屍体しか愛さないから僕と死のうと思ったんだ……小島さんは言ってたんだ…俺が死んだらお前は初めて俺を見てくれるんだって!」

「違う! そいつは本当に死のうなんて思ってない! 俺は嫌になるほど自殺の現場は見てきたさ! だがな、本当に死のうと思っている奴は、そんなヤワなカーテンレールで首なんか吊らねぇんだよ!!」

 

 その言葉が僕の虚を突いた。そんなところになにかを突き入れる余地があったことに僕は驚いた。

 

「どういう…こと?」

「そういうことだよ」

「死ぬつもり、無かったって、言うの?」

「死にたいっては思ってただろうよ。でも、確実な死に方じゃねぇ。運が良ければ死ねる、だが失敗する確率のほうが高い。陸自だろ? そいつは。支柱の強度なんて見誤るわけねぇだろ」

「うそ…だ…」

「ずっと言えなかった。でも俺はそう思ってた、お前の話し聞いて」

「隆が僕に…ウソついてたってこと?」

「いや、それも違うだろ。死ぬほど苦しかったのは変わんねーさ。でもどっかで生きていたいって…運命が許すなら、生きていていいなら」

 

 それって、あの人と同じなのか? 寒い夜に廃屋の錆びついた車の中で凍死自殺したあの男の人と?

 

「賭けた…んですか? 小島さんもあの凍死の人と同じように…?」

「賭けようと思って賭けたんじゃないと思うぜ…そんな精神状態であんなことしねぇさ。意識にないレベルの、曖昧な逃げ、とかなんだろうよ」

 

 聞きながら僕は絶句していた。返す言葉はもう無かった。茫然としたまま身体がグニャグニャに脱力し続けているようだった。

 

「俺はな。俺はそう思ってるってだけだ。ホントのとこなんかその小島隆ってヤツにしかわからんだろうさ。いや、本人だってよくわかってないかもしんねぇし」

 

 そう言って、幸村さんはチッと舌打ちした。

 

「言いたくなかったのはな、俺がそんなこと言った所でお前が納得するわけ無ぇだろ。どうせ俺がお前を攻略するためのデタラメだってな、そう思われて終わりだって…そしたら俺はただのズルいヤリチンだろ。ただでさえ俺の好感度なんてゼロに等しいしな。でもずっと言ってやりたかった。お前の幻想をブチ壊したかった。ブチ壊せたら、だけどな」

 

 緩んだ幸村さんのペニスが、ズルッとアナルから押し出された。こんな話をしながら硬さなど維持できようはずもない。僕の陰茎もいつの間にか小さくしなびていた。

 

「あーもう! 二回目出せねぇ運命なのか? 今夜は」

 

 ガックリと首をうなだれる幸村さんのそれにすら答える余力がなかった。痴呆のように口元も半開きで、茫然自失したまま幸村さんの顔を見上げていた。

 

「どうした? 呆れてものも言えねぇってか。まぁ、そうなるよな。俺も自分に萎えた」

 

 そう言うと幸村さんは僕の隣にバタンと仰向けになった。

 

「すまんな、お前の大事な人を貶した。お前はその大事な人に無理心中されて、誰かと付き合うことにほんとうに深い傷を負ったんだって、わかってるよ。無理心中なんて…一生塞がんねぇ傷になることもある。それが15歳なんて微妙で過敏な時期にそんなこと背負ったら…考えただけでもゾッとする。俺は…悪いけどそいつを恨んでる。優しくて頑固な岡本になんてことしてくれたんだって。でも起きたことはもう変えらんねぇんだよな。恨んだってなんも変わんねぇ。そいつがお前に悪いことだけじゃなくて、いろんな経験をくれたことだって話を聞きゃわかる。だけど、悔しいんだよ。お前が無理心中の後遺症でこの世で幸せになんないように自分を遮断していることがさ。孤独を受け入れることだけが得意になっていくお前を見てるのが……俺はお前の発作は厄介だが、これが無理矢理世界とお前を繋いでいる必要悪のような仕組みなんじゃないかって思ってた。治って欲しいが、治ったらお前が安々と棺桶に自分から閉じこもって出てこなくなるような気がしてな。もし俺が抱けなくなったとしても、発作さえあれば誰かがお前を放っておかないと思ってた。究極俺じゃなくても良い。お前が……孤独のままでないなら、嫌だけど俺じゃなくても、仕方ないなって……でも、その細い命綱も切れた。今の俺にはなぜか清水さんに希望を託すしかないんだぜ。とんだ噛ませ犬だ。参っちまうよ」

 

 そして、大きなため息をついた。

 

「寝よう。疲れたろ? 悪かったな、最後だって貪って…また気絶までさせた。終わったほうが良いんだ」

 

 そう言うと幸村さんは寝返りをうち、僕に背中を向けた。

 

「ひと寝入りしたら出てくから。安心しな」

 

 僕は思い出していた。あのとき外れたシャワーカーテンを見ながら僕も思ったんだ。こんなステンレスの棒で、隆の身体が支えられる訳がない、と。そしてその後すぐ、それを自分の意識から排除していたことも。

 

「…噛ませ犬……なんかじゃ…ない」

 

 虚脱の中、僕は渾身の力で呟いた。

 




〈あとがき&近況〉

 全世界200人の選ばれし暗黒小説好きの勇者の皆様こんばんは。いつもご閲覧頂き有り難うございます。
 あれから一ヶ月、同居人との暮らしはようやく落ち着いて、家事の合間を縫ってエロい小説を書けるくらいの精神衛生で生きてます。ただし夜中の1時〜3時限定。そのために通勤の電車で信じられないくらい早急に寝落ちして、SNSのDMを書いている途中で速攻で意識が無くなるため、書き終えていない変な所でスマホの画面に指があたって送信し、ごめんなさいする率が異常に高くなりました。まだ誤爆してないのでいいのですが。今朝は掛け布団の上で歯磨きも着替えもしないで寝落ちして朝まで寝てました(寝るつもりじゃなかったんだよ)。寒くて6時ごろ起きた。
 最近、コミックでずっと読んでいた「ミステリと言う勿かれ」の実写を観ていて、僕止めを実写にしたら誰が裕を演じられるのか?というのを考えてみてます。「ミステリと言う勿かれ」はコミックでは非常にフワフワしていて大島弓子の「綿の国星」か!と思われるほど現実味が無いわりに、ハードな展開のどんでん返しのカスケードの見事さにかまけてついつい10巻まで買ったら実写化されたのですが、あの実写は賛否両論あるけど私は断然支持します。良い感じで原作のファンタジー感が払拭され、主役の久能整の長い説教がようやく地に足が着いた感じがして成功です。
 それはさて置き、裕を誰にやらせるかですが、本郷奏多のヤンキー君とメガネちゃんの和泉岳演じたメガネ顔を見て取り敢えずこの人かなと思いました。暗さが良い。不機嫌な顔が堂に入っています。痩せてるし、不健康そうな雰囲気もいいです。シルバーの細いフレームのメガネが大変似合うかと。そう言えば最近本郷くんが赤木シゲルやってて、けっこう良かったなと思ってました。アカギが出来るなら裕にもなれるぜ。裕役にもっと合ってる人がいたら教えろ下さい。ちなみに清水センセは大人になった神木龍之介クンのサムライせんせい時の黒縁メガネと髪型が雰囲気バッチリでした。無愛想な本郷奏多に変な明るさで話しかける神木くんを観たい。あー観たい。

 今回の執筆用BGMは米津玄師の『ゆめうつつ』と『Pale Blue』でした。幸村さん視点のBGMはなんか米津玄師なんだよね。刑事なので『感電』もハマります。切ねぇなぁ。切ないのでついついエロいシーンを増産してしまった。悔いはない。ところで幸村さんの実写は誰がハマるだろうか。それでは今回もお付き合いくださりありがとうございました。
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