※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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יג.地下室に閉じ込めたもの

「なんか言ったか?」

 

 幸村さんは僕に背を向けたまま聞き返した。

 

「噛ませ犬…じゃない」

「え…?」

「噛ませ犬では…ないです」

 

 少し黙ったあと、そのままの格好で幸村さんは抑揚もなく聞き返した。

 

「じゃ…なんだ?」

「噛ませ犬だったら……こんなに悩んだりしない…」

「そりゃどうも。だけど俺はお前を抱かないよ。約束は守る……」

「さっきの話……僕は…僕も同じことわかってたんです」

「なにが」

「……小島さんの体格で…こんなポールなんか支えられるわけがない…って」

 

 幸村さんが大きく息を吸う音が聞こえた。僕の放心状態は依然として続いていた。どうしたものか……こんなものに自分で蓋をして、気づかないように見ることをやめ、それ自体忘れて。

 

「……わかってたのか」

「幸村さんに言われなかったら……思い出さなかった……でもあの時はっきりわかってた。こんなんで死ねるわけがないって。僕はどこがどれくらいどう壊れてるか、なんて、ひと目でわかるから……風呂場で落ちたシャワーカーテンを見て…すぐ…わかって……そしていつの間にか忘れました……多分…自分から。だから…幸村さんのこと、呆れてなんかいません」

「そうか」

「忘れたことさえ忘れた……だって、なにもかも自分のせいだったら……その方が救われるくらい誰も彼もが淋しくて死にそうだったんです。だって…そんな報われない行為がありますか? 屍体しか愛さない人間を生きてる人間が好きになるんですよ? でもみんなそれを…ずっと……それが自分の欲や快楽のためだとしても…そうじゃない瞬間がみんなにあって………血の繋がってない母は……僕を虐待も過保護にもネグレクトにもしないで……普通じゃない僕を悩みながら育てて……僕はそんな母に…中学になるまで全く、興味すら無かった。でも戸籍を見て…僕のほんとうの両親が僕が出生を境に次々と死んでしまっていたことを知って……そのあと小さい裕が、縊死の写真を見て“おとうさん”って言ったんです。そして小島さんに『お前の本当の父親と同じことをしたって』言われて気がついた……僕はやっぱり小島さんの言うように死神なんだって。たまたま小島さんは失敗した…偶然…次は無いんだって、いつの間にかすり替わってた」

 

 背を向けて僕の話を聞いていた幸村さんが、ゆっくり仰向けになった。

 

「図書館であの人が僕に関わるまで、僕が僕以外の生きている人間を無視していたわけがわかった……その時にはもう……あの風呂場の棒の耐荷重のことなんか忘れてた気がします。誰も報われない……足を踏み入れれば死んでしまう不毛な砂漠みたいな自分を、なんでもいいからこの世界から…隔離したかったんだ…」

「死神である証明を強化したかった、のか」

「今思えばそうなります。そしてその時思いました…今の母が危ないって。中二のときに手首切って母に見つかってから、母という存在を初めて認識して、そこから母に意識を向けることが多くなっていたので。僕が意識した人は、みんな情緒不安定になって、死を望むようになる。あの時はこれ以上僕と付き合ったら、小島さんの病状が僕のせいで悪化して、今度こそ失敗しないように万全の準備をして自殺に望むんじゃないか、とその恐怖に常に苛まれてました。そして、母もそのうちどうにかなってしまうんじゃないかって…だからせめて、僕が養子だって気づいてないふりはし続けなきゃって…」

「意識を向けなければ死なないと推測したわけだ」

「はい。小島さんが自殺未遂したすぐ後は、実はそこまでの危機感はなかったんです。戸籍のこと、まだ知らなかったから。でも、教授の家で小島さんの話を聞き、実の両親の死と被った時、僕の中に初めて確信のようなものが生まれました。僕はやっぱり死神なんだなと。だから僕は自分を僕に関心のある人間から隔離しようと決めたんです。それは、みんながこんな僕を見守って、こんな僕に期待して、優しくて淋しい良い人たちだったからなんです。それは幸村さんも清水センセも同じです」

「俺は違う」

「違いません。こんな残酷で自己中な僕のことを考えてくれて、優しくて、真剣で、二人ともバカが付くくらいの、良い人じゃないですか。 僕はそんな方々を僕という死神から守らなきゃって、教授と小島さんが乖離した僕を救ってくれたときに誓ったんです。僕のために誰も傷つくなって、願ったんです。だけど、小島さんは死にたいのに死ねるわけがない方法を選んだことを…幸村さんに言われて……思い出しちゃったんです」

「自分を死神にするのに都合が悪いもんな」

 

 その通りだとわかっている。わかっているが故に怖さで思考が支配される。でももう、隠しておくわけにいかなくなった。僕の中で何かが起きていた。発作が消えたことも、幸村さんと清水センセが捨て身で僕を救おうとしたことも、最後のセックスの中で小さい裕が僕に大事なことを告げたことも、僕の死にもの狂いの防衛網がホツレかけている証左だった。

 

「……そうです」

「まさか、認めるのか」

「……もう…よくわかりません……わからなくなりました。ただ、わかってるのは…今の両親が本当の父と母ではないことを知った時のショックと、本当の父と母が意味不明な死を迎えていたというのが……まだどこかで鳴り響いてるってことくらいです」

「そうか……ショックで人格が乖離したくらいだもんな。小さい裕、だったか」

「僕はこの二人の死に結論が出ていない。でも、もうどうやってそれを母に訊いたら良いのかわからないんです。僕がそれを尋ねたときの母の気持ちを考えるとなにもかも投げ出したくなります。そもそも、知らないかも知れません。だけどそれがわかるまでは、僕は自分が誰かを死なせる存在だってことを捨てられないんだ……!」

 

 それを聞いた幸村さんはまた大きなため息をついた。

 

「でも、なんでさっきそれが出たんだ?」

「それ、とは?」

 

 幸村さんの声が少し大きくなった。

 

「小さい裕だよ。お前はなんで俺とのセックス中に乖離したときと同じような衝撃を感じちまったのかって」

「どうしてでしょうか…気が狂いそうでした、疲労困憊で気力も体力も限界で……頭の中のノイズも酷くて…身体の感覚だけが意識を埋め尽くしていて、はっきりとは覚えて無い。でも、幸村さんが僕からペニスを抜いた途端、物凄い空虚感が襲ってきて…その空虚感が何かの記憶に繋がったと思ったら…小さい裕が、いました。耐え難い空虚感だったから…それが引き金なのかも知れません」

 

 乖離するほどのダメージなのか、僕もそう言われると疑問になった。

 

「セックス中に乖離したかどうか…僕にはわかりません」

 

 わからないが、今、ここで乖離したのではないのだろう、と僕は感じていた。結局僕はアレ以来、乖離し続けているんじゃないだろうか…民法817条の2を調べて、《特別養子縁組》というものが我が家族だったことに気づいたその日から。寺岡さんがそのことを僕に告げ、隆が僕を抱えてあやしているうちに小さい裕はいつの間にか隠れた。しかし消えた訳じゃない。隠れてずっといるような気がした。僕の奥底に。

 

「ずっと、居たんだと思います。僕のわからない深いところに」

「追い詰められて出てきたっていうことか」

「空虚感…でした」

 

 それだ。深々と突き刺さっていたペニスを引きぬかれたときに唐突に感じる虚無の感覚は、僕の人生が早々とフィクションになってしまった、あの時の空虚感と繋がっているのかも知れない。前にもそんなセックスをした。いつだったか……その時もあの風景が目の前を過ぎった、気がした。性感で頭が狂っていてよく思い出せないけど、抜かないで、と発作の錯乱の中で幸村さんに懇願したような気がする。

 

「前にも、おんなじこと、言ってませんか? 僕」

「なにを?」

「幸村さんに焦らされて、ペニスを抜かれて……」

「あったよ」

「覚えてますか」

「ついこの間の発作のときだったな」

「発作の……いつの?」

「最近だぞ。ほら、例の、車の中で凍死した自殺屍体の解剖のときだ」

「あ……あのときの…」

 

 半月しか経っていない。

 

「あの時も、小さい裕の背中が視界をかすめた、気がする」

「あのときのお前もおかしかったよな。いつもおかしいが。凍死の男と何かが共鳴してたみたいな。それが何なのか、俺はお前の生い立ちが知りたくて、焦らせて狂わせれば錯乱してなにか口走るんじゃねぇかって。俺のモノで悶え狂ってるお前からそれを引き抜いて焦らした」

「おんなじことしたんですね。あの日のはっきりとした記憶がなくて何言ったか覚えてないですが」

「『誰がお前を置いて行ってしまったんだ?』と訊くと、『おとうさん…』って答えたんだ。今日と同じだ」

 

 幸村さんは、ハァとため息をついた。

 

「清水さんにバラして悪かったよ。あんなに理解しあってるんだから、そんな大事なこととっくに話してるって思うじゃねーか? まぁいいや。とにかくその日はお前がまだ、死にたいと何度も叫んでた。殺せ、殺してくれ、って。俺は耳を塞ぎたくなったわ。『死んだ僕は、もっと良いのに』とか言いやがって。俺が屍体に欲情するわけねぇだろ」

「幸村さんに…そんなこと言ったんですね。でも、司書の人にも言いました。そう言ったら、悪魔って言われた」

「それで殺してくれなかったから恨んでたんだろ? だけどそれは置いてった親父さんを追いかけて、あっちの世界に逝きたかったってことなんだろ。お前の死にたい、殺せ、は」

「たぶん」

「司書に頸動脈落とされた時も、お前は期待したんだろうな」

「あの人のセックスは……死の匂いがした。首を絞めて、もう少しで逝けるのに…だから……」

「……だから拒むことが、出来ない…いや、拒まない」

 

 言いながら幸村さんはギクッとした様子で、何かに慄いた顔をした。

 

「拒まないから…みんな深く入る……抜け出せない…そこに無意識に男を追い込んで……追い込んで殺させるつもりなのか?」

「え?」

「お前が言いなりなのは……自分を殺させるためなんじゃないのか……?」

 

 それは身の毛もよだつような問いだった。

 

「それなら、オカルトじゃない。理にかなってる…」

「どういう……」

「いや、お前にそのつもりはないさ。少なくともお前は、勝手にみんな期待して屍体しか愛さない自分に近づいて、その気持ちに応えないから絶望して死に急ぎ始める、もしくは自分の中の死の力がそうさせる、そう思ってるんだろ?」

「ええ…ずっとそう言ってま…」

「司書はギリで逃げて、小島くんは詰めが甘くて失敗した…」

 

 幸村さんは僕の返答など待っていなかった。考えが口に出ているだけの独り言のようだった。

 

「それは…」

「だが、二人とも直前まではまんまと思い通りになったってことだよな。これは巧妙なマインドコントロールなのか? そしたら、お前の罪悪感は、本物だってことなのか?」

 

 鳥肌が立った。自問自答のように語られる幸村さんのその一言一言に戦慄が走った。

 

「俺は清水さんにお前を殺させない。でも、お前はそれじゃ、困る。さっきお前は言ってた。どんな風にどこがどう壊れてるかお前はひと目でわかるって。そうだとしたらさ、そいつの心のぶっ壊れてるとこなんて、もしかして手に取るようにわかるんじゃねーか?」

 

 だんだん薄笑いになっていく幸村さんは怖ろしかった。頭の中が真っ白になった。否定しなくては。それなのにもう声が出ない。いや、否定できるのか、それを?

 

「俺はさっき、本当にこれでお前との肉体関係は終わって、お前の寝てる間に帰ろうって思ってた。最後を受け入れようって、本気で諦めようとした。そうしなきゃ、お前をいつかヤリ殺しちまいそうで恐ろしかった。それなのになんなんだ? お前は俺に『噛ませ犬じゃない』って言ったな」

 

 そう言う幸村さんの薄笑いはすでに凍りついて、声が震えているような気すらした。

 

「俺が自分の心を叩き潰して自分で決めた終わりが、その一言でなし崩しになっちまいそうになった……そしたら……お前が死神をやめたら、お前が孤独の檻に自分を隔離するのをやめたら……俺はどうなっちまうんだ? なぁ……」

 

 怖ろしい想像を投げ掛けたのちに、幸村さんはいつのまにか真顔で絶句していた。それを否定できる要素はひとつもない。だってそれは、僕がずっと言い続けていたことなのだから。僕がそうさせたようなものだ、と。しかし、させたようなもの、ではないと幸村さんは言っている。僕は無意識にそれをしている、その能力があるのだ、そしてそれはある種、能動的なものであると。そしてそれを否定する要素も見つけることは出来ない。僕の沈黙を塗り潰すように、幸村さんの訊問が再び始まった。

 

「なんでセックスが嫌いなのに拒否しねぇのか、不思議だったんだよ。主体性がないのかとか、言われたようにするっていうのか、どうでもいいからなのか、死んでるからなのか、ほんとわかんなかった。でもよ、拒否んなきゃみんな抱いて、そっから溺れてくわな、こんなエロくて受け身で不幸な身体してんだから。矛盾も甚だしいけど、犯して貪った挙句、お前を助けたいってみんな思うんだよ。不幸につけ込みながら抱いて、不幸すぎて助けたくなって、挙句ミイラ取りがミイラになる。お前を抱いてきた奴らはみんなそうだったろ? でも俺はその手には乗んねぇ…って言いてぇよ。だけど…なんなんだ……気がつきゃ俺はお前を貪って貪って…2回だ。2回も殺しかけた。俺もお前を助けたいんだ。それなのに……」

 

 そう言うと幸村さんはようやく僕を見た。

 

「もしかしてさぁ、お前を殺すわけもない俺が、お前の正気を奪うことで、間接的にお前に死ぬ機会を作ってるのか? これは他殺じゃないっていうのか? 自殺でもないよな……これでもしお前が頸動脈洞症候群で死んだら、不幸な事故って言われんだろ?」

「わからない……わかんない!」

 

 本当はわかっている。わかりたくなかった。もう耐えられない。自分がしてるかも知れないそのことを、今まで必死でお前は死神じゃないと言い続けていた人から聞かされるのが。なんという僕の身勝手。なんという自己中。その自分にも耐えられそうにない。

 

「自分でもわかんないのか、まぁそうだよな。でもよ、俺の言ってること、どう思う? 当たってるか、的外れなのか……俺にだって正解なんかわかりゃしねぇよ。だけどな、だけどこれがよしんば当たってるんだとしたら…俺は……それを今の今まで気が付かなかったんだってことになる。だとしたら…俺は既にお前の無意識の術中にハマってんじゃねーのか? 押しても引いてもコイツは心中はしなさそうだ、だったらヤリ殺されようって、そう画策してんのか。だってお前は1歳の時に失った機会をずっと追い求めてるんだろ?」

 

 あまりに怖ろしくてなにも言い返せない。漠然とした概念としての《死神》しか僕の意識にはなかった。サンタ・ムエルテも死の聖女であり、死の擬人化であり、僕にとってはオカルティックでポジティブなイメージしかなかった。だが今、それは架空の鎌でもなく、架空の骸骨でもなく、つまりそれは僕の利己的で現実的な渇望を叶えるための隠された謀略だった。オカルトでもなんでも無い。具体的な行為と隠された意図を伴った被害者であり受け身に見える罠。それを今、ありありと幸村さんから提示されて、僕はそのリアリティに打ちのめされている。二ヶ月ほど前、僕は自問自答していた。もやもやがあった。“そろそろ本当の理由を思い出した方が良いよ”と心の奥の何かに言われた。

 

(……死神であり続けることに何らかの隠された利益がある…)

(…隠しているということは隠蔽すべき何らかの理由もあるだろう…)

 

(“僕は本当に死神を辞めたいのか?”)

 

 ようやくわかった。二ヶ月前の問いの答えが。

 これが僕の『クローゼットの中の骸骨』

 

 否、『地下室に閉じ込めたゾンビ』

 

 違う。

 

 

 ゾンビのふりをした狡猾な悪魔

 

 

 だったんだ。

 

 

 ああ、なにを勘違いしていたんだろう。

 自分のあまりに周到な自己欺瞞に吐き気がした。僕は深い欲望の虜だというだけ。死神なんかじゃない。そこには大いなる運命も使徒としての使命も神の裁きもないんだ。佳彦の言ったとおりだ。僕はただの『犯罪に誘って殺人を唆す悪魔』だ。自分の奥底にある絶望的な空虚を死で撃滅したいという己の身勝手な渇望に忠実な、ただの《悪魔》なのだ。最も怖ろしいことは、殺してくれと頼まれた人間は嘱託殺人となり罪に問われ法の裁きを受けるのに、殺してくれと懇願した本人は、それが成功しようと未遂であろうと、罪に問われないことだ。それを大学の授業で知った時、こんな悪魔的な命の解釈があるのかと僕は慄然とした。

 

「お前は二人の父親に二つに引き裂かれてるのか? 一人はお前を置いていっちまった本当の父親だ。その父親に連れて行って欲しくてお前は自分を殺させようとエグい手段で男を無意識に操って魅了する。もう一人は小島くんだ。コイツを死なせたくないばっかりにお前は無意識の希死に抗って、自分を自分に殺させないように、男を誑かさないための孤独を選ぶ」

 

 幸村さんはこっちを見た。何故か悲しそうな顔をしていた。

 

「辛いよな……セックスが嫌いなくせに、発作が終わってもお前は確実に死の欲望を成就させるために、自分を殺してくれそうな男を誑かそうと、自殺屍体を見て少しだけ欲情するのかもな。恋愛感情のない陸だって、お前の頸、絞めたんだろ? あいつも言ってた。抗いがたい誘惑に負けちゃったんだって。インキュバスとでも言えば良いのか。清水さんはお前の画像だけで魂まで持ってかれたんだ。あの人こそセックスが大嫌いなのに。そういう意味では清水さんは、画像の中のお前を見ただけでお前の無意識の渇望を見抜いたんだから、実際大したもんだぜ。それに、あの人は究極お前の望み通り、お前を殺す覚悟で生きてるんだもんな…」

 

 そう言って幸村さんは黙った。吐き気は止まらなかった。困ったことに、どこまで行っても反論の余地がない。そうしたら、と、戦慄の中で僕はわかってきた。父に置いて行かれた空虚に耐えられず、幼い頃から死んでいると思い込んで暮らしていた僕の防衛機制を佳彦は開けてしまい、すぐに殺してくれるだろうと高をくくっていたものの、彼から別れを告げられて、生きたままいることが耐え難い苦痛として僕を苛んだ。死を望み、佳彦に殺され損ねた僕は悪気のない悪魔となった。神なんかじゃない。小島さんは僕に甘かった。それだけのことだ。

 その理由がわかったのはそのあと。父親の自殺を知って、生きている人の世界に置いて行かれた、それが理由だろうと確信した。思えば全部わかっていた。全部わかっていたくせに、それが本当かどうか僕はわかっていなかったのか? 他人にこうやって自分の認識をトレースされるまで、僕は自分の確信をどこかフィクションであるとナメていたということになる。だって、事実を確認していないでしょう? 妄想とも言うんだよそれは。そう言われてもそれを拒絶して思い込むことで人間関係をシャットアウトする言い訳を構築した。だがどうだ。こうやって他人から指摘された時、僕は本当に自分がそういう人間だということの恐ろしさにこんなにも耐え難いのだ。結局、どういうことだ? 僕は自分をずっと被害者だと思ってきたのではないか? 不服ながら加害者のふりをしていただけなのではないのか? 己を死神と自称しながら本当は自分のことを全く悪くないと思っていたんじゃないのか!?

 

「だからお前には、自分を殺させるか、誰とも関わらないか、人間関係にその二択しか無いんだな」

 

 佳彦はこんな風に言っていたとあの夜、清水センセが教えてくれたじゃないか。

 

(僕の可愛い悪魔を野放しにして、誰かを同じ目に遭わせてやりたくなった。そして願わくば…自分のせいで壊れた誰かを見た裕をまた、泣かせたい。あの日のように……)

 

「そうです。幸村さんの言う通りです」

「否定しないのか」

「ええ。初めからあの人は言っていました。お前は悪魔だって。でも死神の方が僕の好みだったんでしょう。でも、間違ってた。すみませんでした。おやすみなさい」

 

 清水センセのカウンセリングを受ける間もなく、僕はついに死神を辞めることが出来た。そもそも死神ではなかったのだ。これ以上何も言えることはなかった。もう意識を失っていたい。ごめんなさい。疲れすぎた。

 すると、いきなり幸村さんの大きな手が僕の顎を掴んで自分の方を向かせた。

 

「死神より悪魔のほうがよっぽどマシだ。運命に従って命を刈り取っていくより、誘惑して堕落させるほうが何倍も扱いやすいわ。だけど悪魔だろうが死神だろうが、俺はその二択をお前にさせねぇよ。俺は死なんし、お前を殺さないから。俺はお前が好きなだけだからな。俺は俺の淋しさをお前で埋めようなんてこれっぽっちも思わないさ。清水さんはお前の渇望を叶える究極の存在なんだろうが……それなら俺はお前の渇望の根っこにある空虚をこれから埋め立ててやる。そしたらもうお前は自殺屍体でこれっぽっちも欲情することがなくなるし、ハリネズミのジレンマともさよならだ。だってお前は死ぬ必要が無くなるんだぜ?」

 

 僕は眼を閉じた。意識が朦朧とする。

 最悪だ。僕が悪魔であることも。幸村さんが諦めるのをやめたことも。

 

 

 

 

 

 

(ばれちゃった!)

 

 小さい裕の無邪気な声が唐突に聞こえた。裕、おまえがやっていたの? 奈落の底に落ちていくような感覚の中、夢とうつつのはざまにいるみたいだった。

 

(これからどうするの?)

 

 どうしようか。

 

(おとうさんとおかあさんがなんでしんだのか、しりたいなぁ)

 

 それは……

 

(ぼく、ほんとうのことがしりたいんだ)

 

 ダメって言ったら?

 

(だめっていわれたらねー……)

 

 小さい裕はちょっとだけ考えて、無邪気に笑いながら答えた。

 

(ぼくがしんじゃえばいいんだ! そしたらみんなしぬよ! たかしもてらおかさんもさえきくんもしみずせんせもおかあさんも!)

 

 選択肢は無かった。

 

 

 

 




《あとがき&近況》

 予定日を多少過ぎてしまいましたが、めでたく更新出来ました。安心しました。今回はこちらに特筆すべき日常の出来事がなく、近況を考えて寝落ちする有様。ひとつ言えば、輸入食料品店のジュピターでトンプソンティー(北アイルランド紅茶)というものを手に入れたのですが、250gで1050円ほど。これはコスパが大変よろしい。このお値段ながら日本でのネームバリューが無いせいでこの価格。美味しい輸入紅茶で100gで420円はめったにお目にかかれない。ミルクティー最高です。香りが良いし、北アイルランドの北部のお茶なので軟水で淹れるのが美味しい。日本の水と合うんだなこれが。
 あとは理由もなくずっとエロい気分でこの2〜3週間暮らしてる気がする。エロいヴァンパイア漫画とか読みながら「俺ならこう書くんだが」などとエロシーンを考えている時間が多かった。若い頃、サイコパスで変態でドSで年上の元恋人(実在)にほぼほぼ精神支配を受けて恐怖と邪淫の檻の中で十年過ごしていたことがあるが、その頃のことなどドキュメンタリーなのに小説より遥かに奇なりなので、いつか固有名詞や性別などを差し替えて小説仕立てにしてみたいなどと考える。あんなことやこんなことをされてこんな風になったりどうにもならなくなったりと、嗜虐と淫欲と恐怖と殺意と内省にまみれた日々だった(くどい)。私の性癖のみならずどこか心身ともにぶっ壊れてるのもそのせいが大きいだろう。とはいえその生活も苦痛と快楽だけではなく、日々の成長や自己の洞察を促す貴重な日々だった。人間どこでも学べるのだった。今だから言える教訓である。
 今回も閲覧してくださり感謝です。
 
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