※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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יד.メーデー、メーデー、メーデー

 尿が膀胱を圧迫して朦朧としながら眼が覚めた。なぜか身体中が痛く、寝返りを打つだけで節々が重く疼いた。いつの間に意識を失ったのだろう。最後の記憶は小さい裕の声だった。幸村さんは気配が掻き消えていた。知らないうちに帰ったようだった。ベッドの中で漏らすわけにもいかないので、動かない身体をまずベッドの下に自ら落とした。思ったより床が硬かった。

 

「痛…」

 

 重力で裸のまま落下するのは痛いが無理はなかった。テーブルから手探りでメガネを取って、四つん這いでトイレに辿り着き、便器によじ登り用を足すとそのまま寝落ちしていた。はっとして起きると、いつの間にかメガネがトイレの床に落ちているのをすんでの所で踏みそうになる。何分くらい寝ていたんだろう。まあいいや。痛い腰を曲げて拾う。イタタタと言ってしまいそうになった。なんでこんなに身体が痛いのかわからない。マラソン大会の翌日みたいだ。ベッドに戻ると僕の出した精液のシミがシーツに点々と付いていた。それを見て、ああ、身体が痛いのは長い時間のた打ち回ったからだ、と遅まきながら気づく。長時間頭が狂っていたので普段動かさない筋肉の変な動きをし続けていたに違いない。しかも明け方まで。

 

 身体中の痛みと引き換えに、僕は死神の化けの皮を剥がれて、晴れて悪魔に戻った。

 

 空虚が脱力感を伴って心身を支配していた。恐怖とか深刻さは昨日で食傷していたので、昏々と眠って起きた今は焼け野原に独り立つような、変に抜けた感覚と自暴自棄のような気持ちが空虚感を修飾していた。もうどうでもいいや、というような。痛いのは身体だけじゃないが。

 

 悪魔か。そうだろうよ。

 

 否定したいけど出来ない。これから先も否定することは出来ないんだろうな。はは。悪魔だって。僕がだよ? どう思う?

 でも僕はわかる。悪意はないし、頑なで死んでるけど見境がなくて悪魔なんだろうな。いや、悪意がなくて頑なで死んでるけど見境がないなんて、悪魔以外の何物でもないって。一番ダメなのは、表面をいくら取り繕うが、本当のところは自分が死ぬためには人の命をなんとも思ってないことだ。

 念願が叶ったのに、最悪な気持ちだった。懸案の発作が消えたその日に、もうひとつの大問題も解決した。解決した? 確かに事態は単純化されたと言えなくもない。発作は無くなったし、死神でも無くなった。自分の凶悪さがすべて自分の責任に落ち着いた=全部僕のせい、というのが問題を非常に簡潔かつ明瞭にしてくれている。オカルトの衣を借る人殺し。本当に死にたい。死にたいな。死にたくて死にたくてどうしようもない。ほんとに自分さえこの世にいなければぜんぶ丸く収まるんだ。それ以前に最初からいなければよかった。せっかく母が生まれる前の僕を連れて、存在さえ無かったことにしてくれようとしたのに。

 

 悔しい。

 

 なぜ僕は生きながらえてしまったんだろう。死んで生まれてきたら、死んだままでいればいいじゃないか。呼吸もしていなくて心音も無かったはずだ。仮死。なぜ僕は生き返された……

 

「くそっ! くそっ! くそぉっ!!」

 

 罵言を吐き散らしながら自分のシミだらけのベッドを拳で叩く。日本の産科医学の水準を恨めば良いのか? 自分を置いて逝ってしまった父親を恨めば良いのか? 誰が悪いというのか? ああ、わかってる。誰も悪くない。誰のせいでもない。幸村さんのせいでもない。佳彦のせいでも無い。僕のせいですら無い。だから怒りのやり場はない。

 自分でも驚くのは、幸村さんの言っていた、僕の無意識のセックスアピールの凄まじさだろう。佳彦が気が付かなければ世に出ることはなかったのかも知れないが。どういうことなんだよ。女の人にはカスリもしない。そうだよな、女性の多くは男性の生命力や経済力を本能的に魅力と感じ取るもんだ。子供を育てて無事、社会にリリースしようとする本能。僕とは真逆の性質だ。それに、女の人は男の人よりホルモンや脳の構造上、殺人を犯しにくい。だから僕は殺人者ホイホイとしてヤバい男を狩るのだろうな。そして僕の奥底には、僕に釣られてやってくる殺人者など虫ケラだと思ってる無意識が横たわっている。自分の命が虫のように軽いから、他人も虫ケラ同然なんだろう。いや、虫以下なのかも知れない。

 

 だが、なぜ? と僕は不思議に思う。佳彦や小島さん、佐伯陸も清水センセも殺人者候補としてわかる。わからないのが幸村さんだ。あの人はほんとにイレギュラーなんだよ。あの人は僕が好きなんじゃない。僕の仕事が好きだったんだ。僕の無意識がどんなに死に引きずり込もうとしても落ちないのは、別に僕の無意識はあの人を狙ってなかったからに違いない。だからしょうがなくて、間接的な“頸動脈洞症候群"狙いに路線変更するしか手がなかったってわかった幸村さんはさすがやり手の刑事だと感心する。そして、死神を盾にして僕の奥底に隠れていた悪魔を、セックス最後の日のギリギリで引きずりだした。幸村さんにしてみれば、時効3時間前の犯人確保、って感じの気分だっただろうな。そういえば、幸村さんはいつ帰ったんだろう? で? いったい今、何時なんだ?

 

 泥のように寝ても残留する身体の痛みと拭えない疲労感で、怒りも長くは続かない。そもそも自暴自棄なのだから、怒りのような感情はそうそう続くわけがない。怒りが萎えてしばらくすると、死にたくて死にたくて、自暴自棄ついでに、清水センセに会いたくなった。彼なら変わること無く『僕が殺してあげる』と囁き続けてくれるだろう。その囁きをずっと聞いていたい。今日の幸村さんの話を聞いたらどんな感想を言ってくれるのだろうか。もう既に幸村さんが清水センセに連絡してるかも知れない。「俺が岡本の死神をやめさせたぜ!」などとマウントを取っているかも知れない。これで幸村さんVS.清水センセは一対一でドローだな。あぁー僕のために命を賭けてくれた人たちにこんなこと。とことん最悪なんだな僕は。サイコパスって本当はこういうヤツのこと言うんじゃないだろうか? 僕はサイコパスなのか。自分が死にたいサイコパスっているんだろうか。

 

 そうそう、まだ僕は自殺の屍体で発情するんだろうか? カラクリがバレたんだから、もうそれも無くなっていてもいいはず。でも、バレていたとしても、まだこの手法に気づいているのは幸村さんと僕だけなんだから、まだまだ騙せると僕の可愛い悪魔が高をくくっているんなら、まだ僕はフワッと微熱に犯されて勃起を繰り返す身体のままかもしれない。ちょっと実験してみようか。

 立ち上がって清水センセにもらった『Suicidium cadavere』を服も着ないで探した。だが、本棚にも部屋の中にもカバンの中にもどこにも見当たらない。曖昧な記憶を辿ってみると、清水センセの家から持って出た覚えがない。帰り際の清水センセとギクシャクした「僕は聞いてないよ、裕くん! いつか話してもらうから」の件で、全員気まずい思いをしてそそくさと帰宅したからかも知れない。そうだ、せっかくもらった大事な本を忘れたから電話をしよう。清水センセの声を聞ける。いちばん頭がおかしくてセックスアピールの効かないいちばん安心な人に連絡すれば

 

 そうすれば うっかり このまま首を吊って  死なずに    済むかな

 

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい

 じゃあ、ぼくがしんじゃえばいいんだ! 小さい裕はケラケラと笑いながら答えた。僕が死ぬか、真実を突き止めるか、の二択。とうとう僕は、どうにかして母親から本当の両親の死について聞かなくてはならなくなった。それが悪魔である小さい裕の望みなのだし、彼はいつも僕のピンチにやってきて、蓋をしたものを開けてくれる。死神になろうとして、死に損なった小島さんの記憶を封印していたが、今やそれも解かれ、僕がしがみついているものが死んだ両親だろうと予測はついた。だが、『生きたい』という生まれつきの生き物の本能をここまで拒絶して死を望む理由をどうにかして知らないともう後がない。

 とは言うものの、母親に今の時点でどんなきっかけを作ってどんな風に切り出せるのか皆目見当がつかない。それまでにうっかり自分を死なせないように頑張らなくてはならない。どちらも困難に満ちた作業だった。

 それなら尚更、僕の死という閃光で一瞬で周りの人々の命が焼き切れるのを防ぐために、今すぐ清水センセに縋るのは甘えではないと思いたかった。だって清水センセも、僕の本当の父が自殺したことの真相をすぐにでも聞きたいだろう。これは清水センセのためでもあるんだよ。そうだそうだ。大丈夫、よく寝たし、昨日は金曜日。そうすると今日は順当に行けば土曜日だろう。そうすると明日はよほどのことがない限りたぶん日曜日だ。清水センセは僕のために休日を確保していたと言っていたから、きっと僕のために時間を割いてくれる。あーあーあーなにも気にしないで誰かに縋れるって、こんなに楽なんだ! あー死神をやめて良かった。いや、どうでもいいからなんだろうな……どうでもいいからかなぁ……共犯だから、共犯だからいいんだ、清水センセ、同罪だから良いんだよね? 同罪なら、いっそ悪魔同志だったらいいのに! 清水センセも悪魔だったらいいのに! 引き摺り降ろしたいなあ。一緒に堕ちていってほしいんだ…一緒に堕ちてくれるよね、清水センセなら一緒に、どこまでも堕ちて堕ちて堕ちて、黄泉路の道行にまで僕のために屍蝋で作ったロウソクの行灯を掲げて一緒に腐り堕ちてあなたもダメなどうしようもないこの世にいちゃいけないような凶器だったらいいのに!!!!!

 

 そんな人じゃないってわかってる……あの人は僕の最大の犠牲者だ。あの人をおかしくしたのは、僕だ。

 

 踊り狂ってたはずが床に崩れ落ちる。どうでもいいはずなのに罪悪感が胸一杯にほとばしる。僕は本当は会っちゃいけないんだ。でももう取り返しがつかなくなっちゃったんだ。あの人を今僕から引き剥がしたら怖ろしいことになる。癒着を無理やり引き剥がしたら組織が壊れちゃうんだ。ごめんなさい。ごめんなさい。実際あの人が僕を殺してくれる約束が反故になれば、僕も再び発狂する。どっちが癒着してるのかもうわからなくなった。どうすればいい? どうしたら許される? 許されたいなんておこがましいんだよ。

 

 今は会えない。会いたい。だめだ。会っちゃいけないんだ。彼は僕の悪魔を全肯定するだろう。それでいいと安心させて甘やかしてくれるだろう。僕が死にたいと泣けば、その場で殺すことをなにも厭わないだろう。監視があろうがなかろうが、きっと彼は幸村さんの制止より早くすべてを終わらせるだろう。そして敏腕刑事の前で僕の屍体を抱きしめて微笑むだろう。考えただけでも全身に愉悦が満ちてくる。頭を抱えた指が戦慄くほど。

 

 ダメだ。違うことを考えなければ。死ぬこと、清水センセのこと、殺されること、以外のこと。死ぬこと、清水センセのこと、殺されること、以外のこと。死ぬこと、清水センセのこと、殺されること、以外のこと死ぬこと清水センセのこと殺されること清水センセのこと殺されること清水センセのこと殺されること清水センセのこと殺されること清水センセのこと殺されること清水センセのこと殺されるこ

 

(なんでぼくのいったことかんがえてくれないの?)

 

 そのとき小さい裕の声がポンとポップアップみたいに僕の頭の中に響いた。

 

(ずっとずっとまってたんだよ? またぼくをとじこめるの? もうやだよ)

(ごめん。閉じ込めてたんだね)

(ゆきむらさんのほうがやさしいよ。ぼくのことわかってくれたよ)

(そうだね。僕は何も見たくなかったから)

(それでてらおかさんのうちでぼくはまたとじこめられたんだ)

(そうか、そこで僕はきみのこと、閉じ込めたのか)

(てらおかさんもやさしかったね。ぼくのいうこと、ちゃんときいてくれた)

 

 父の自死がわかった日が懐かしく思い出される。本当だ。幸村さんも寺岡さんも僕よりずっと小さい裕に親切だった。

 

(だから、はやくおとうさんとおかあさんのことおしえてよ。ずっとまってるんだよ? なんでおしえてくれないの?)

(どうやってお母さんに聞いたらいいかわからないんだ。自分が養子だったこと絶対言わないように、お墓まで持って行こうって思ってたのに)

(なんで? あのおんなのひとははなしたいかもしれないよ?)

 

 小さい裕は、育ての母を“あのおんなのひと”と言った。

 

(話したい? なんで? 僕に秘密にしてるんでしょ? だから特別養子になったんじゃないの?)

(だってもうおおきいもん。おとなどうしだよ。おとななんだからぼくにいろいろおしえてくれたらいいのに)

 

 それももっともだった。だが、どんな理由で母に語らせられるのかがまったくわからなかった。

 

(てらおかさんはあのおんなのひととなかいいよ。てらおかさんがおはなししてくれるよ)

 

 ああ。どっかで思いついてはいたが、絶対したくなかったことを見逃すこと無く小さい裕は推してきた。わかってる。寺岡さんなら一も二もなくこんな血沸き肉踊る話を取り逃がすわけがないし、この無理難題も鮮やかにセッティングしてみせることを。

 

(ほんと、嫌なこと言うなぁ)

(いちばんはやいよ。てらおかさんはたいくつしてるからすぐしてくれるんだよ)

 

 小さい裕は的確過ぎて気持ち悪くなるようなことを言った。その頃にはいつの間にか殺されることも清水センセも頭の中から消えていた。

 

(わかってるんでしょ? ねえ。ねぇったら)

(うるさい。わかってるよ! どうせ僕はあの人くらいしか相談できる人が居ないんだよ……)

(わーい! はやくおはなししようよ!)

 

 だが、いったいこの状況をどう説明したらいいんだ……。僕は幸村さんと清水センセのことを寺岡さんに説明することを考えただけで途方に暮れた。あの二人のことを説明しなくても話がわかればいいんだけど。出来るのかな……

 小さい裕ははしゃいで走り回っている。わーいわーい! わーいわーい! はやくはやくー! はやくおでんわしようよー! なにしてるのー? それを聞きながら僕はようやくパジャマ替わりのスウェットの上下を着た。はやくはやくー! おでんわまだー? わかったわかったって。さて、携帯はどこだ? 僕は携帯を探した。だが、部屋の中にもカバンの中にもどこにも携帯がない。さっきと同じ動線を辿った僕は、うーんと考えてはたと思い当たった。服の中だな。バスルームに行く。脱衣所に幸村さんに剥かれたままの抜け殻のような僕の服が散乱していた。ジャケットのポケットを探ると硬いものが指に触った。あったあった。脱衣所の壁にもたれて携帯を開いた。21:27と壁紙に時間が表示されている。こんな時間だったのかと驚く。いったい何時間寝ていたんだろう?

 途中、脱水気味の身体にキッチンで水を供給した。ベッドまで帰って来ても、絶え間ない小さい裕の狂ったようなはしゃぐ声が、とまどう猶予もない状況をわかりやすく表していた。そのうち子供の声でもなくなってきた。夜霧の森の奥からおんおん響くトロールのような野太い低い声が耳の中に響いている。何を言っているのかさえよくわからない。ああ、わかったわかった。あの時と同じやつだ。有無を言わせない狂気の暴力が耳を塞いでも頭の中でわんわん鳴り響く。お前を頭から喰ってやるとか言ってるあれだ。わかったよ。わかったから!

 

 久々に、本当に久々に寺岡さんの電話番号を携帯の電話帳から引っ張りだした。自分から掛けたことは大学に入学してから一度もない。たまに生存確認のような電話を掛けてくる。決して小島さんからではない、寺岡さんからの人を食ったようなからかい半分の電話。ごくまれに寺岡さんが「声聞かせてあげるね」とか言いながら小島さんに替わることもある。最後はいつだったっけ? ちょうど、今の法医学教室に転職して、幸村さんが僕に執着するようになった青酸カリ殺人事件の頃だった気がする。幸村さんのことを寺岡さんに話した気がする。それとも小島さんにだっけ? あとは、小島くんは元気にしてるよ、私とも幸せに暮らしてるから、もう隆は返してやんないからね、ざまぁみろ。というノロケに似せた小島さんの生存報告をちゃんと入れてくる。それで僕もこっそり安心して、けんもほろろに電話を切る。大した用事じゃないんでしょ? とか言って。もう、あなた達に興味なんかないですという姿勢の表明だ。

 

 驚くだろうな。僕から電話なんて。寺岡さんのことだから、きっとそれだけで僕の緊急事態だとわかっちゃうんだろう。嫌だな。心配されるのも、これが隆にわかられるのも。隆は巻き込みたくないんだよ。マジで、だ。今度ばかりは寺岡さんに約束を守ってもらわなければ。全然信用ないけど。

 1分ほど躊躇ったあと、トロールのかけろ!かけろ!かけろ!の罵声のような連呼に頭がおかしくなりそうになって発信ボタンを押した。

 

「うそ……」

 

 僕が一言も言わない内から、電話越しの寺岡さんは自分の名前も名乗らないうちに、信じられない、というようにそう言った。

 

「裕君!?」

「ご無沙汰してます。岡本です。いま、お話出来ますか?」

「いいよ! 出来るよ! マジ? どうしたの? いや心臓バクバクしてんだけど」

「ご病気ですか」

「ナメてんのか? 変わんないね!」

 

 そう言って寺岡さんは笑い出した。

 

「ほんと裕君久しぶりだねぇ! なんで電話くれたの?」

「わかりませんか」

「……もしかして、ピンチ?」

「はい」

「やだな、気味悪いくらい素直で……本当にヤバいんじゃない? なに? 何関係がどうしちゃったの?」

 

 やはり寺岡さんはその一言で察したようだった。そして僕が話しやすいような問いを投げかけてくれた。小さい裕の言う通り、寺岡さんはいつも通り親切だった。

 

「えっと……いろいろありまして、例の発作がなくなりました」

「えっ!? どういうこと?」

「懸案の、自殺屍体見ると出るアレが、無くなりまして」

「ほんとに……? どうやって? まさか自分のモノ切っちゃったとかじゃないよね? ね?」

「それはくっついてます、まだ」

「タマも無事?」

「そういうんじゃないです。メスとか薬とか使ってないので、安心して下さい」

「ええええええーっ!!!!! マジか!!! 裕君! おめでとう! 良かったね!!! ほんと良かった……」

 

 なぜか寺岡さんの声が詰まった。泣いているみたいな気がした。

 

「ありがとうございます」

「それなのに、ピンチ?」

「ええ」

「もしかして、発作が無くなったら解剖で自殺屍体が鑑別できなくなったとか?」

「いえ、それは大丈夫です」

「初めて死姦しちゃったとか?」

「死姦はしません」

「発作がなくなったら逆に虚しくなっちゃったとか?」

「それはないです」

「うーん、わかんないや。なにが起きたの?」

「えっと……そのあとすぐに、死神でも無くなりまして」

「いや……どうしたの……? 裕君、大丈夫?」

 

 寺岡さんはふざけ損ねたのか、幽霊でも出たようなゾッとしてる声で僕に訊いてきた。

 

「例の、警部補、話ししましたよね? あの人がセックスの後で僕のこと分析して……」

「ちょちょちょっとぉ! ちょっと待て!!」

「なんでしょうか?」

「例の警部補とセックスだってぇ!?」

 

 今度は寺岡さんは水族館でメスのインド象に告白されたようなひっくり返った声で叫んだ。さっきとのギャップがスゴい。

 

「はい。彼氏ではないんですが……解剖して起きる発作の始末をしてくれてたゲイの敏腕警部補です」

「いや、ちょっと情報量多すぎて処理落ちしそう」

「僕もです」

「本人がそうなら、私がこうなってもおかしくはないね」

「ええ、安心して下さい」

「ああ、そっかぁ、よかったぁぁ…って安心できるかっての!!」

「まぁ、その気持ちは僕もわかります」

「わかるかよ! ああ、でもよかったぁ……今日は私は学会で福岡のホテルに居るんだよ。呑みにも行かず部屋でゴロゴロしてたから電話取れたし、それより、ここに隆が居なくてホント良かったよ」

 

 寺岡さんは心底ホッとしたというような感じで現在の事情を教えてくれた。なんという都合の良い状況だろうか。

 

「あ、そうなんですか。僕も安心しました。この電話のことは小島さんには内緒にして下さいね」

「オーケー、内緒ね」

「前科があるんで信用ないんですが」

「それはあの時説明したでしょう? あんな緊急事態に臨機応変にやれなきゃ君が戻ってこれなかったんだからね!」

「まぁ、そうなんですが……」

「で? いつから抱かれてんの? その警部補。あの人でしょ? 支持されてるとか言ってた」

「はい。その時はまだ抱かれてませんでしたが、もう、1年くらいになるんでしょうか」

「犯されてないだろうね」

「まぁ……ギリ」

「ヤッバいなァ」

「悪いのは僕といえばまぁ、僕なんで。こんな発作持ちなのに法医学者になったわけで」

「自分で処理できてたじゃない? 大学の時とかさ」

「ええ。直面しないように出来ましたから。前の職場も逃げられましたし。でも、今度の教室はちょっと逃げられない状況というか……」

「うんうん。いずれはそーなるよな。わかっちゃいたけど」

「信頼を裏切れなくて。ちゃんとやってるとこ見せないと」

「ああ、そうなったんだ。良かったね。大変だけど」

「ええ。腰を据えて自殺屍体に取り組んだ結果、もう、自分ではどうにもならなくて……その警部補に、まぁ、キッカケがあってバレちゃって。で、バレたついでに告白されまして。それでなし崩しに抱かれまして」

 

 あの時のリンチをそんな風に抜粋できた自分に感動した。今のところそれほど支離滅裂でもない。それは寺岡さんという聞き手が優秀なのか、とすぐ思い直した。

 

「うわぁ! なにそれ! そそるよ裕君! エッロいなぁー……勃ちそう」

「でも、僕はそこは変わんなくて。好きか嫌いかがわからないって、屍体しか興味ないってすぐに言ったんですが」

「でも、それでも良いって、オレが好きなんだからそれで構わないって、辛いんなら抜いてやるよって、発作のたびに解剖室で白衣のまんまステンレスのベッドに押し倒されて口で抜かれちゃってたの?……それとも発作のエロ過ぎる裕君は抗うことも出来ずにお持ち帰りされちゃって警部補のベッドで剥かれて失神するまでぐっちゃぐちゃにされたの? あぁーいやぁイイ! いくらでも出てくるよ、今夜のオカズだよ! でもなんか切ないわ。好きだなぁ、そういう切なくて背徳感たっぷりの濡れ場、良いよぉ」

「解剖室ではしてませんから。あと、僕と幸村さんを抜きネタにしないで下さい」

「ええぇ? なんでぇ? そこは解剖室がエロいでしょうよ! でも幸村さんっていうんだ、その警部補。なんか実名ってリアルでやらしいなぁ……岡本先生、我慢すんなよ……幸村さん、そこ、ダメ……あーイイよイイよぉ!」

 

 ついつい、口が滑って名前を言ってしまった。寺岡さんは僕を深刻にさせないようにいつものやつで全力でふざけているようだった。イジられてるとも言う。これで「警察署のタイヤ置き場で手錠掛けられて自殺屍体の写真を何十枚も鑑別させられた挙句、発作がバレて告白されてこのあと滅茶苦茶セックスした」などと口を滑らせたら、この妄想がどうなるかがただただ怖ろしい。

 

「なにまた勝手に想像してるんですか。ま、いいや。それで解剖を重ねるうちに、どんどん発作がひどくなっていって、発作の後に死にたくなっていって、自分の出来ることいろいろ対策もしたんですが、全部裏目に出て、幸村さんだけが処理が上手くなって、身体はどんどん頼るようになってしまって……死神が幸村さんを殺さないように僕はいつも素っ気なくして離れようとして、色々あってもうめちゃくちゃになっちゃって」

「ああ……まぁそうなるよねぇ」

「幸村さんは楽天的で強引なしつこい人なので、運も良いらしいし、自信があって、死神なんかいないって言い続けてくれてたんですが」

「君にとっては最適な人材なんじゃない? 誰かさんと違って、心中なんか針の先ほども考えない丈夫な男なんでしょ?」

「ええ、丈夫です。ウザいくらい丈夫でした。でも、つい昨日のセックス中に色々あって、分析の結果、僕の死神は世を忍ぶ仮の姿で、本質は自分が死ぬために殺人者をエロでたぶらかすインキュバスというか、悪魔だって幸村さんに言われた……暴かれたっていうか」

「ええっと、つまりさ、オカルティックな呪いじゃなくて心理的な能力と魅力だってことだね。しかも人殺しに限るってか? ストライクゾーン狭ぁ。悪魔ねぇ。そもそも松田君はそう言ってたじゃない?」

「そうです。死神って言い始めたのは小島さんだから」

「あいつか……バカ野郎だな。どこまでも禍根を残しやがって。腹立つわぁ」

「まぁ、許してあげて下さい。僕が非道いんですから」

「その件は裕君は一切悪くないんだからね! 大人が寄ってたかって極悪やりつくした結果なんだよ!」

「そうも言えますが……原因が、ほら、例の……父が縊死して、僕が置いて行かれたのがそもそもの始まりなんで」

「うーん……まぁ、それがなけりゃ、あんな鬼畜らに関わりもしなかったのかもね。私が言う資格もないけど」

「寺岡さんはずっとフェアに僕を面倒見てくれてましたから。感謝してます」

「ないない。なんかゾワゾワする。やめてやめて」

 

 寺岡さんは変な謙遜をした。罪悪感がまだあるんだろうか。

 

「えっと、それは置いといて、結論なんですが、僕の生後1年くらいの空白を明らかにしないと……つまり、何故父は自殺して僕は置いて行かれたか、とか、母はなんで出産前に死んでしまったのか、とかなんですが、それがわからないと僕が人に殺されてまで埋めたい空虚感が埋まらないんじゃないかと思うんですよね。幸村さんは、それを俺が埋めてやる、って言ってたんですが。そこが埋まればこんな殺して欲しいというのが無くなると言われて。でもそこは幸村さんでは埋まらないと思うんです。それより、セックスでたぶらかしてまで誰かを殺人者や犯罪者にして自分の欲望を叶えようというのが、もう考えるだけで耐え難いんです。社会の害悪じゃないですか。この世からいなくなったほうが世間のためです。なぜ、母は僕を死産してくれなかったのかとか、父が僕を連れて行ってくれなかったのかとか、悔しくて、それで死にたくなって困ってます。そしたらもう、自殺でもいいかな、ってところまで。でも死んだら小島さんも母も嘆き悲しむと思うんです。小島さんがまたウツに戻ったらと思うとやりきれなくて。そしたら寺岡さんにも悲しい思いをさせるとわかってますし。だからどうにかしなきゃなんないというところに追い詰められて。特別養子のこととか、本当は母には聞かないで墓まで持っていくつもりだったんですが……そうもいかなくて。とにかくそれはいつかは知らなければと思うようになったんです」

 

 奇跡か才能か偶然かわからないが、清水センセのことを言わずにここまで何とか話せた。幸村さんはまぁいいけど、清水センセのことは確実に寺岡さんを心配させることになるので、到底言えるわけがない。

 

「ようやくそこまで突っ込んで考えてくれる人が君にも現れたんだね。良かったよ。それにちゃんと反応した裕君も成長したよ。正直びっくりしてるし、こう言っちゃ何だけど、こういう話が聞けてほんと嬉しいよ。君の死神については隆もずっと心を痛めてたし……いや、あいつの自業自得なんだけど。でもその、幸村さんだったっけ? その人、あいつの恩人なんじゃないの? 責任もないのに尻拭いしてくれてさ、小島くん幸村さんに足向けて寝られないね」

「結果的にそうかも知れません。あと、小さい裕まで再び現れました」

「えっ…」

 

 寺岡さんは電話口で一瞬息を呑んだ。

 

 




《定期&あとがき&近況》

 全国200人の勇敢なる暗黒小説好きの皆様こんばんは。全世界に向け自分の抜きネタを公開している勇敢なドM物書きこと架空線です。
 最近、しみじみ思ったんですが、抜きネタをwebに上げて人様に晒すというこのドMな露出狂的快楽は、この闇を楽しんでいただけている全国200人の読者の皆様に支えて下さっているのだなぁと。そんな皆様には大いなる天のご加護とこれでもかというほどの感謝を捧げたく祈っております。「抜きネタなくして執筆なし」「エロス=創造力」という基本姿勢は一切変わっておりません(定期)。やおいが嫌いなんですよ。それでこれだけこじらせられるっていうのも特技かなって。むしろ人生をこじらせてます。
 本文では久々の寺岡さんの登場で私の脳内麻薬が頭蓋底から溢れ、口の端から垂れていたとかいないとか。ああぁぁ〜寺岡さん好き。登場人物の性癖で最も作者に近いかも知れない。性格は似てないです。念の為。

 そうそう、先日、映画『死刑にいたる病』を観てきて、執筆に拍車がかかる架空線でした。いやぁ創作意欲の湧く作品でしたなぁ。MP回復しましたわ。サイコパスとの生活を若干思い出し、そうよだねぇ怖くて逆らえないのに取り込まれてることに最後まで気が付かないんだよなぁーと、懐かしく再確認した次第です。ヤツはヒモでしたし、随分金も時間も遣いましたし、身体も削られました(調教とも言う)。よくぞ逃げられたなぁ〜と感慨深い今日このごろです。ネタバレになるのでこれ以上語りません。
 それではいつもご閲覧ありがとうございます。
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