※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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כב.再会‎

 寺岡さんからの電話が鳴った。僕は約束通り、新幹線の改札口が見える在来線の改札の外側でその電話を取る。午前中から晴れていて、旅には良い天気だった。陽が当たっても昼近いのに0℃なので雪は融けない。

 

「はい、岡本です」

「もしもし? 裕? 着いたよぉ! 近くにいるの? なんか笑っちゃうよ!」

「ちゃんと来てますから。あ、寺岡さん、見えた」

「え〜? 見えてるの? どこどこ?」

 

 長い冬のコートの裾をひるがえし新幹線の改札を抜けた寺岡さんは、黒っぽい小型のスーツケースをゴロゴロ引っ張りながらスマホを耳に当ててスタイリッシュにこちらに向かってくる。しばらくキョロキョロした後に、僕の姿を見つけたらしく、めちゃくちゃ可笑しそうに笑いながらスマホを持ったその手を高く挙げてブンブン振った。元気そうで何よりである。僕は電話を切った。

 

「裕じゃーん!」

 

 在来線の改札を挟んで僕は軽く会釈した。あまりにも久しぶりの寺岡さんの実物に、なにか照れくさくて言葉が出てこない。切符が自動改札機に飲み込まれると同時に寺岡さんが急にこっちに向かって走り出し、その直後、僕はものすごい勢いで抱きしめられていた。見捨てられたスーツケースは慣性の法則で少し円を描いて転がったところで止まった。

 

「わ」

「泣きそう。もう大人だねぇ、裕」

 

 僕を見上げた寺岡さんの眼が本当に少し潤んでるのを見て、恥ずかしくてどぎまぎしながらも僕もなぜか胸が詰まった。

 

「……今月で29ですよ」

 

 10年振りの再会の最初の言葉はそれだった。

 

 

 

 怒涛の2泊3日を終えて清水センセの家から帰ると、翌日から仕事が始まった。そこを見計らったように寺岡さんから連絡が入った(きっと幸村さんからの情報だろう。清水センセの件は話したのだろうか?)。土曜日の昼頃着く新幹線の席を予約したから迎えに来いと言われた。本当に来るのかと思うと不思議な気持ちになった。私が行くまでちゃんと耐えるんだよ?と念を押され、善処しますとしか言えない僕に寺岡さんは不穏な提案をした。

 

(じゃあ、君の彼氏に土曜まで毎晩裕んちに泊まってあげてもらえるように言っておいたげる。毎晩抜いてもらいなよぉ。少しは気が紛れるでしょ?)

 

 バカなこと言ってないで寺岡さんが僕に毎晩電話して下さい、と抗議すると、隆に浮気相手にコッソリ電話してるとか思われんのヤダもん! とにべもなく断られた。結局、幸村さんが毎晩嫌味たっぷりの電話を掛けてくることになった。電話の内容には多分に放火事件の進展が含まれていた。三人ともそれぞれ自作自演だったことをようやく自白し始めたらしい。そしてその裏で指示を出していたのは例の闇金だったと。

 

 

 

「29! 時間の経つのは早いねぇ……隆に会わせたいなぁ! この姿見せたいよ。ほんと見せてやりたい。ちゃんとしてる……いつの間にかちゃんとしちゃってさぁ…また会えるって思ってたけどさ。会えたよ。また会えた。長かったぁ!」

「ええ…あの……あれ」

 

 照れ隠しにそう言って僕が指差すと、寺岡さんは苦笑しながら腕を緩めてスーツケースに駆け寄り回収した。

 

「もう! ムードぶち壊しだよ。変わんないな、そういうとこ!」

 

 寺岡さんは再びスーツケースを引っ張って僕の隣に並ぶと、僕をにらみながら肘で脇腹を突付いて、ニヤッと笑った。

 

「誰かが持ってっちゃうかと思うと気が気じゃなくて」

「このドラマチックバスターめが。ところでヌエヴォってこっちでいいの?」

 

 ヴィラ・ヌエヴォは元大名屋敷の広大な庭園に建っている会員制の温泉付きリゾートホテルだ。寺岡さんはそこの会員とかで、有名な観光地に高級感抜群の系列のリゾートホテルがいくつかあるそうだ。さすが有名大学の教授様は違う。そこにそんなものがあるとは、寺岡さんが泊まるというのを聞いて初めて知った次第である。もちろん幸村さんは当たり前に知っていたが。

 

「はい。タクシー乗り場こっちです」

「案内よろしくぅ! うわっ、寒っ! 白っ!」

 

 久しく乗らなかったタクシーに二人で乗り込むと、寺岡さんは運転手に行き先を告げた。白い景色がスッと動き出す。

 

「思ったより元気そうで良かった」

「元気そうだったことなんかありましたっけ?」

「微細な振り幅ですけどね、私はその違いのわかる男だよ」

「ああ……確かに見抜かれてましたっけ」

「うんうん、そんな日もあったね」

 

 そう言って寺岡さんは遠い目をした。

 

「なんか不思議な感じ。裕と二人で知らない街でタクシー乗ってる」

「僕も現実感皆無です」

「だよねー」

「この街は来たこと無いんですか?」

「うん。たまたま、学会でも来てないな。南の○×市には行ってるけど」

「あそこは大きなコンベンションホールありますからね。僕も法医学の学会で行きました」

「ああ、そっか。そんな話をするのか! 裕と!」

 

 なにか一言言うたびに、寺岡さんは興奮しながら感慨にふけりまくっている。

 

「空白の10年ですからね」

「お前が言うかぁ? 空白作ったの誰よ」

「僕です」

「ねぇねぇ、なんかさっきっから素直でびっくりするんだけど。丸くなってるの? 大人のコミュニケーションだよこれ!」

 

 寺岡さんは本当に驚いたような口ぶりで僕の受け答えを評価した。

 

「はぁ」

「……まぁ、そうなるか。素直になったからこうやって会えてるんだもんな」

「ですね」

「ピンチ様様だな」

「まぁ、そうです。白旗ですから」

「あーもう、裕の白旗好き好き大好き」

 

 寺岡さんはタクシーの中も構わず、僕の首に腕を回して頭を撫で回した。

 

「ちょ…首はマズいです首は」

「あっそうだった! 悪い! 忘れてた。忘れるもんだな……ごめん」

「ああ……まぁ良いです。なんか落ちても結局死なないし」

「とはいえ、だよ。いつどうなるかわかんないしね。ごめん。でもさぁ、このやり取りすら懐かしくて涙出ちゃいそう」

 

 そんなことをしてる間に、車はヴィラ・ヌエヴォの豪華な正面玄関に着いていた。運転手がトランクから出したスーツケースをポーターが受け取って部屋まで運んでいく。そんなホテルを使ったことがない僕は、若干この建物に入ることに気が引けていた。

 

「身の丈に合わないって、こういうことなんでしょうかね」

「いいじゃん、気にしないで着いてきてよ、地元民。チェックインしたら、ラウンジで昼ゴハン食べよう。あぁ〜もう楽しいぃ!」

 

 テンション高めな寺岡さんの後から目立たないようにして、身の丈に合わない建物の中に入っていった。

 フロントでチェックインが終わるとちょうどランチの時間帯になった。二人でラウンジに向かう。寺岡さんは土日月と2泊3日のスケジュールになっている。これから月曜の午前中までおよそ48時間ほどの間に、現状を説明し、幸村さんを紹介し、もしかすると清水センセまで引き合わせ、今後の計画を練らねばならない。ランチしながらこの3日間の大まかな予定をどうするか確認する予定だった。おかげで僕は寺岡さんと久しぶりにここで2泊する。ゴージャス過ぎて眠れるか心配になる。

 

「ランチは軽めにしよっと。季節のパスタ? 冬だからヤリイカと白ネギかぁ。美味しそー」

「僕はサンドイッチで」

「飲み物は? 私はホット」

「では僕もそれで」

「まだ猫舌?」

「変わりませんよ」

「味も?」

「ええ。もちろん匂いも」

「変わんないなぁ、安定の裕だね」

「生まれつきですから」

 

 注文の料理が運ばれてくる間も、来てからも、食後のコーヒーの時間も、寺岡さんの話が途切れることはなかった。

 

「……それでさぁ、小島パパはとうとう部長だよ! 出世したよねぇ、死ななくてほんと良かったって」

「もうそういう兆候は全然ないんですか?」

 

 僕は長年気にしていたことを聞くタイミングをもらった。

 

「無いなぁ。あの病気には完治という言葉はないけど、寛解はした。でも最近はウツってウイルス性だっていう研究結果が出てるんだよねぇ。だから免疫が強くなれば治るんだよ!」

「え? そうなんですか?」

「だってさぁ、そうじゃん? あのバカは自衛隊でひどい嫌がらせされてストレスで辞めて、アル中になってったわけじゃない」

「まぁ、おっしゃるとおりですが」

「その前にはもっと最低な記憶、父親が不倫して家から出ていった。つまり父親から捨てられた」

「ああ、そうでしたね。小島さんはその時から鬱がうっすら始まっていた、みたいなことを言ってました」

「んで、自分は高校生でゲイだって気づいちゃうし、離婚して母子家庭になったのに養育費をクソ親父が入れてくれないから母親が仕事掛け持ちして家にほとんど居なかったって。ロクな飯食ってなかったらしいじゃない」

「それは知りませんでした。カップ麺とかですか?」

「それに近いかもね。夜でも白米はほとんどなくてパンが1斤置いてあって、腹が減ったらジャム塗って食べろ、とか、あとは袋ラーメンとか。野菜もタンパク質も高校の学食頼りだったらしいし。軽い栄養失調だよね」

 

 父親のトラウマ、突然自分がゲイだと認識したアイデンティティの崩壊、そして栄養失調。免疫が下がるのも無理はない。

 

「高校時代もいつも気分が沈んでて、あんまり楽しいことはなかったって。空手の道場だけが唯一の心の支えだったとか言ってたな。人を殴ったり倒したりするときだけ自分が生きてる実感があったって。それでドSになったらしいよ」

「まだ殴られます?」

「いや、ウツが治ってからはあんまり暴力振るわないね。エッチのときに首絞められるくらいかな。ごめーん、のろけちゃったぁ」

「仲良くやってるんですね」

「うん。平和だよ。平和で愛のある日常ってやつさ。そんなものを自分が手に入れられるとはついぞ思ってなかったけど!」

「良かったです」

「そんなこんなで小島くんは私と一緒になってちゃんとした生活になったし、免疫爆上がりよ」

「寺岡さんが居てくれて本当に良かったです。僕にはなんにも出来なかったので」

 

 心底ホッとした気持ちになった僕は、あふれてくる感謝を自然に言葉にしていた。

 

「何言ってるんだ? 私は君には頭が上がらないのに」

「え…なんで」

「私は一生の恩義があるの! 君に!」

「そんなもんですかね」

「そうだよ。おまけに君は謙虚なのか意固地なのか恩着せがましくないから恩返しのチャンスなかったんだからね」

「じゃ、今ですね」

「ほんそれよ」

 

 そう言うと寺岡さんはにっこり笑った。

 

「コーヒー飲み終わったら、部屋に行ってゆっくり話そう。例の件」

「ああ、そうですね。お願いします」

 

 僕もようやくぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。

 

 

 

「いやー、足疲れたわ。靴脱ごう」

「いや……あの……こんなホテル泊まったことないです」

 

 部屋の広さと家具の豪華さに、僕は再びひるんだ。立派な高級応接セットと大画面の壁掛けテレビ。寝室は別の部屋なのだろう。ベッドなどここからは見えやしない。正月に幸村さんと泊まったラブホすら高級感で多少落ち着かなくて、慣れるまでどぎまぎしてるくらいなのに。あれの10倍くらい内装もインテリアもラグジュアリーである。

 

「突っ立ってないで座ったら?」

「あ、え、はい」

 

 すでに豪華なロングソファに仰向けに倒れている寺岡さんの向かいに遠慮がちに腰をおろすと、寺岡さんはネコのように伸びをして、長丁場の新幹線で固まった関節をほぐしているようだった。

 

「あー遠かった! 3時間半は遠いよぉ」

「離れたかったんで。遠いですよ、ここは」

「……離れたかったのか。まぁ、仕方ないけど」

「ところで、幸村さんが来る前に、ちょっと話しておきたいことがあって……」

 

 それを聞くと、寺岡さんはムクっと起き上がった。

 

「なに? 不穏な話し?」

「不穏といえば不穏ですが……いや、けっこう心温まるはなし…? なのかな? 頭はおかしいですけど」

「いや、裕くん、全然わかんないよ」

「僕もこの事態への評価はまだ出来てないので、なんというか、寺岡さんに聞いてもらえると助かるというか。ほら、状況の分析には昔から定評があるので」

「まぁそうだけど」

 

 そのことを黙って今回の話をする気力がないおかげで、なし崩し的に彼のことを話し始められそうだった。

 

「えーっと、ですね。幸村さん以外に、もうひとり重要なキーパーソンが現れてまして」

「えぇ? もうひとりだって? なになになに、そんな人居たの!? 幸村くんからもなにも聞いてないよ?」

「あぁそうか、僕がそのことを寺岡さんにまとまって話せるかどうかわからないと言ったので、幸村さんが3人で話すときにでも俺がざっと説明してやるって言ったんでした」

「じゃあ、知らなくて良いんだよね? いやいや良くないよ!」

「ええ、だから今から僕から白状します」

「白状って、穏やかじゃないな。で?」

「あーえっとー……話せば長い話です。穏やかな話じゃないし」

「うわぁ、ワクワクするね! 聞きますよぉ〜裕の長い話なんて人生で聞く機会ないもん!」

「ああ、ありがとうございます。えっと、ことの始まりはですね、自殺の司法解剖がある時期を境に急激に減った、っていう現象だったんです。しばらくしてから、優秀な検視官がちょっと前に入ったという噂がぽつぽつ流れて来ました。自殺の解剖が減ったのはその医者が原因だと同僚の話でわかってきました。その後、清水センセって言う人らしいと上司が教えてくれて、アメリカで法医学を学んできた放射線科の医者だと。Aiっていうの、知ってますか? 遺体をCTとかMRIで画像診断する手法なんですが……」

 

 自分でもうんざりする長ったらしい話が続く。情報量が多すぎる。だが、あのとき清水センセは確かに僕の救世主だった。そして逢うと同時に彼は悪魔と変じ、そののちに再び救世主と姿を変えたのだ。他の人に話しても絶対にと言っていいほど理解してもらえることはないだろう。だが、寺岡さんだけはこの関係と経緯を理解以上にわかってくれる、そう僕は信じていた。

 初めて大学で対面したあの日の話しをながら、僕はソファの上のカバンを引き寄せた。その中には清水センセをわかりやすく説明するためのこれ以上ないかも知れない資料が入っている。もうそれはそれは長々しいし真ん中をすっ飛ばすと全く理解し難い彼の存在をどうやって寺岡さんに話したら良いのか、今だって気が遠くなりそうになっている。だから先日、清水センセ宅のお泊りの帰り際にこれを借りることにしたのだ。まぁ、もともと僕にくれると言っているので正確には借りたわけではないんだけど。

 

「そうそう、これ、寺岡さん実際に見たことないですよね」

 

 白っぽい大理石模様のテーブルに置いたその本の黒さは黒過ぎるくらいに黒く見えた。寺岡さんは屈み込んでその漆黒をじっと見つめた。そしてその目が見開いた。表紙のタイトルが認識されたようだった。

 

「裕、なんでこれがここにあるの」

「わかりましたか」

「あの男が来たのか!?」

 

 寺岡さんは凍りついたような顔で僕を見ると、叫ぶように僕に訊ねた。

 

「いえ、この本は佳彦のじゃありません」

「じゃあなんでこれがここにあるの?」

「その検視のセンセが僕にくれたんです」

 

 寺岡さんは文字通り絶句した。ありえないことが起きたとき、寺岡さんでも言葉を失うのかと、僕は少々新鮮な気分になった。

 

「えっと、これからなんでこの本をそのセンセが僕にくれることになったかを話します」

「……どう…え?…なんで? ありえなくない…?」

 

 饒舌な寺岡さんのしどろもどろな返答の珍しさに、僕はちょっとだけ不安になった。これからもっと頭のおかしい話をこれでもかと重ねていかなきゃいけないのに。このくらいでこんな反応してたら先が思いやられる。

 

「そのセンセの話しでは、この本は日本には6冊くらいしかないそうです。彼は大学のバイトであるサブカル系の本を通販する会社で働いてたそうです」

「それってもしかして……?」

「そうです。佳彦がよく買ってた通販専門書店です。そこの社長が清水さんの医大のサークルのOBだったとかで」

 

 経緯が進んでいく。もうすぐあれに行き着く。賭けだが勝算はある。寺岡さんはそれを法的に裁いたりはしない、と。

 

「……高額バイトの中身は、あるお得意さんから送られてきた動画の編集だったそうです。えっと、それが佳彦が僕を犯している動画だったそうです。そしてなぜか彼は動画の中の僕を好きになったって言うんです。ずっとそれから探していたって。『ゆう』っていう名前のようなものだけを頼りにして。僕を助けたいって思ったって」

 

 気がつくと寺岡さんは頭を抱えていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「きみがな、いや…私もだけど。それ、松田くんが隠し撮りでもしてたの? それとも誰かに盗撮されてたとか?」

「佳彦が撮ってたみたいです」

「やりそうだけど、ほんとにやってたのか。まぁそれで犯した子脅して口封じしてたんだろうし、やってなきゃおかしいか」

「あ、そういうことですか」

「そうだろうよ! ほかにも全員分の動画があるんだよ、やつの家にはさ!」

「思いつきませんでした。流石ですね」

「ああ、どうせ私達は同じ穴の狢だよ。って失礼だな! いや、違わないけど! で? まだあるの? その動画」

「こっそりコピー取ったのを清水センセが持ってます。見せられました。マスターはまだそのAさんて先輩が持ってるのかも知れ……」

「見せられたの!?」

「ええ」

「見たの!?」

「まぁ、見たくなかったけど、なにも知らされずに動画が再生されて、途中までなにかわかんなかったんで。わかってからはもう見れませんでした。目をつぶって耳を塞いでましたから。でも全部は見せられてなくて、僕の様子を見て彼が途中で止めたので」

「ああ、そう」

「彼はこのDVDを編集して何百回と見たようですが、トラウマになったと」

「ああ、そう」

 

 寺岡さんの相槌はすでに棒読みだった。僕は重要なことを言うのを忘れていたことに気がついた。

 

「佳彦を呪ったそうです。屍体の僕を生き返して性欲の地獄に堕として苦しめたって」

「え? 屍体の僕って、裕が教えたの?」

「いえ、清水センセは屍体が好きなんです。だからそのサブカル通販会社のもともと顧客で、顧客からバイトになったと。それで動画を見て僕を屍体だって思ったんですって。動く屍体だって。僕と同じ趣味の人と初めて知り合いになりました」

「え? あっと、待って? 敵なの? 味方なの? なんなの? その清水さんは」

 

 棒読みをやめてくれた寺岡さんは、再び混乱の渦に逆戻りしたみたいだった。無理もない。僕だって未だに混乱している。

 

「敵か味方かで言ったら、恩人です。僕をちゃんと殺して、元の屍体に戻してくれるって約束してくれたんで。それでその殺意が本物なので僕は発作から解放されたという」

「AかBかで言ったらC」

「だって敵か味方かってカテゴリーが無効化されるんで」

「ああ、ほんとだわ……この人のこと、幸村さん、知ってんの?」

「知ってます」

「警察だろ!」

「本人も苦悩してました。警察を飛び越えて、生まれてきた意味まで遡ったそうです。それに検視のときに幸村さんと仕事するんで」

「幸村さんも動画見たの?」

「あ! 動画は内緒です! これは僕と清水センセの秘密なので黙ってて下さい。お願いします!」

 

 僕はテーブルに額をこすりつけるようにしてお願いした。

 

「びっくりした。幸村さんも見たのかと思った」

「見てないです。見せたらAさんの通販も佳彦もお縄になっちゃうんで」

「いっそ捕まったほうが良くない?」

「まぁ、それも有りかもとは思いましたけど、清水センセがいの一番に捕まります。あと、佳彦が捕まると、関係のあった小島さんまで巻き込まれやしないかと心配で…」

「わかってるよ。私だって話せないよ、こんなこと。でさぁ、なんで清水センセは裕を見つけられたの?」

「偶然です。でも探し続けて苦節13年? とか言ってました。半ば諦めてたら故郷に僕が就職してたと」

「ここ、清水さんの地元なのね」

「高校生の時まで居たみたいです」

「清水さんは裕のことが好きなんでしょ?」

「ええ、溺愛されてます」

「幸村さんと三角関係ってことだよね?」

「うーん、そうなのかなぁ」

「あ、裕はどうせどっちも好きでも嫌いでもないのか、また」

「まぁ、そうですが、清水センセには恩義がありますので、ちょっと僕にとっては特殊なんですよね」

「えぇー! とうとうそんな気持ちになったの!?」

 

 寺岡さんはびっくりした様子で僕を指差しながらそう言った。

 

「もちろん幸村さんにも感謝はあるんですが……なんというか……清水センセはセックス嫌いだし、屍体好きだし、霊園を話しながら散歩してるだけで楽しいんで」

「うわぁー友達ってことか」

「友達なんですかね。清水センセは恋だって言い張ってるんですが、なにしろ性欲は湧かない人なので。小島さんの定義では『勃起なき恋愛はない』とのことですので」

「あれは大雑把過ぎて参考になんかなんないよ。セクシャリティにはもっと色々種類があんのよ。あんたたちはアセクシャルとかアロマンティックとかそういうのだと思うけど?」

「そうなんですかね。そもそも話したくないんでね、セックスについて。それも清水センセと共通の方向性です」

「彼はなんでセックス嫌いなの?」

「幼少のトラウマで」

「それは?」

「あー、えー…僕が言ったことこれも絶対内緒でって約束してくれたら言いますが」

「言わないよ。約束する」

「絶対ですよ。あのですね、小3から母親から性的虐待を受けてて」

「うわ。最悪だな」

「すごく残酷でひどい話なんです。なにがあったかはこれ以上詳しくは言えませんが、彼、ちょっと心の底に狂気があって、そのせいだと思います。母親は小6のときに亡くなっていて、頓死されたということです」

 

 そこで寺岡さんは黙った。ちょっとの間考え事をするような風をしてたが、机の上の『Suicidium cadavere』に目を落としながら口を開いた。

 

「こんなことが起きてたんだ。こんなのある? ほんと、君の人生は連載マンガだよね……エロで猟奇でミステリーでさぁ。ドハマりだよ、未だに性癖にぶっ刺さって抜けてないもん」

「前にも言われましたよね、それ」

「言ったっけ? でさ、出来れば清水さんと話したいんだけど」

「それは僕も思ってました。寺岡さんが良いならぜひ」

 

 寺岡さんからその提案が出て、僕は心底安堵した。小さい裕の言うとおり、物見高く退屈な寺岡さんに期待していて良かったということになる。寺岡さんが清水センセを受け入れるかどうかは会ってからのことになるけど。

 

「ああ、そうなの。本人はどうよ?」

「ええ、遠慮してはいましたが、迷惑にならないなら話してみたいって言ってました。それ以上にあの人の不安定さが僕は怖くて。精神薬も飲んでて。壊れてるところがわかるだけに、僕のせいでまた追い詰めるんじゃないかって。でももう、僕の存在が人生のすべてだってくらいに溺愛してて僕に依存してるんですよ。僕は共依存だと思ってます。でもそれが正しいのか当事者の僕にはわかりませんし。だから僕と小島さんに処方を出してくれたみたいに、寺岡さんに僕と彼の関係を分析して欲しいっていうのもあります。なんかお願いばっかりで申し訳ないんですが」

「いや、これは君自身の不安定さの問題でもあるでしょ? だって発作が治まってるのその清水さんの本気の殺意のおかげなんだから。二人してこんな捨て身で生きてるの、居た堪れないよ。頼んでくれて良かったよ。介入できるじゃない」

「良かった……自分からは到底話せると思ってなかったんですが」

「本人の視点から話が聞きたいな。裕は小島くんとの関係とも違う頼り方してるし、二人でセックスもせず好きな話でもしながら一緒に居れるんでしょ? 友愛に近いんじゃないかな。友達って今まで居たっけ?」

「いないです」

「あぁそう。興味深いね、彼」

「では、清水センセに連絡してみます」

 

 携帯をカバンの中から取り出し、着信履歴を開く。

 

「幸村さんは彼のことは?」

「僕を救える切り札って言ってました。清水センセは幸村さんのことを、僕と引き合わせてくれたから恩人だって言ってます。恋敵であり恩人である、って」

「面倒くさ! お互い愛憎あい半ばといった感じか」

「いや、僕が厄介過ぎるのでお互い未だに僕のことで電話でやり取りしてるくらいですから、共同戦線だと思いますよ」

「呉越同舟ってか? どういうことよ、そいつら!」

 

 寺岡さんの口調がだんだん呆れてきている。まぁ無理もない。

 

「清水センセ、今日病院から緊急で呼び出されてないと良いんですが」

「幸村さんは6時くらいには来れるって言ってるから、今からならまだ3時間弱は話せるかな?」

 

 携帯の呼び出し音が耳に響く。待ち構えてたように2コールで通話になった。

 

(もしもし? 裕くん?)

「あ、先生、僕です」

(寺岡さんと会えた?)

「ええ、今ヌエヴォで話してます。清水センセのこと話したら、会ってみたいって寺岡さんがいうので、今から来れるかなぁと思って……」

(行くよ。すぐ行く。車だから10分くらいかな?)

「来たことありますか?」

(無いけど、ナビがあるから大丈夫。ヴィラ・ヌエヴォだっけ?)

 

 寺岡さんが僕の背中を突ついた。

 

「ちょっと替わって」

「え、ああ、はい」

 

 携帯を渡すと寺岡さんが通話をスピーカーにして僕の替わりに話し始めた。

 

「こんにちは、初めまして寺岡です。話は聞いてると思うけど」

(あっ! え? あ、しっ清水です! こちらこそ、お世話になります!)

「あぁ〜そんな緊張しないで下さい。あの、フロントで自分の名前言ってもらえます? それから寺岡に呼ばれたって言ってもらえれば、私がフロントに話し通しておきますから、係が部屋に案内するんで」

(あっはい。わかりました。10分か15分くらいで行きます)

「じゃ、お待ちしてます」

(はい! 失礼します)

 

 世にも不思議な組み合わせの会話が終わり、僕は携帯を返されてもしばし呆然としていた。

 

「へぇ〜、一応フツーに話せるんだ」

「ええ、まぁ」

「どんな顔してるんだろ。楽しみだなぁ!」

 

 10分は待つと案外長い。その間、寺岡さんは手慣れた様子でフロントに内線で『清水って人が来るからこちらに案内してね』と連絡した。

 

「最初から会う約束にしておけば良かったのに」

 

 寺岡さんは簡単にそんなことを言う。何が起きるかわからないのに?

 

「ぶっつけ本番でしか言えないこともあります。彼のこと言えたのが奇跡みたいなもんですから」

「そうなんだ。まぁ、私がここに来るまで何日もやきもきしないで済んだのが良かったのか」

「あー、やきもきはしそうですね、あんな話ししちゃったら」

「うんうん、するねぇ、それは」

 

 じゃあ、良かったのかぁ〜と言って、寺岡さんはハハと笑った。そして、清水先生が来たらコーヒー頼もうか? 彼、コーヒー好き? などとのん気に聞いてきた。僕をリラックスさせようとしてくれているのだろう。清水センセはコーヒーは好きなんだろう。毎日何杯も飲んでる記憶がある。寺岡さんはルームサービスのメニューを眺めている。ここのエスプレッソ美味しいんだよねぇ、とかなんとか。

 

 15分くらいしたとき、部屋の電話が鳴った。寺岡さんが出る。

 

「着いたって。今から来るよ」

 

 なにかの糸口が見つかるかも知れないという期待だけが僕の中で高まる。しかし、この出会いが吉と出るか凶と出るかは、今のところまったくわからなかった。




《あとがきと近況》

 全国津々浦々の暗黒猟奇エロ小説愛好者の皆さま、こんばんは。手術から蘇った架空線です。ご無沙汰してます。冬休みのうちにどうにかUPしたかったのですが、年末までには、と言っていたのにも関わらず年末に風邪を引いたり、用事が立て込んだりと案外忙しく、全く手を付けられなくて年を越しました。振り返れば2024年は1回しか更新できず、ひたすら療養の身でございました。おかげで徐々に前よりも元気に成れるんじゃないかという兆しも見えつつあります。

 しかし、私にとって創作意欲というのは本当にエロスと狂気以外の何物でもないな、というのが手術してよくよくわかった一年でした。狙って出せるものではないのがエロスと狂気でございましょう。内臓が1個摘出されて、その源泉というものが一度消えたかのようにさえ感じられました。これは再開できるのか?と。ですが、魂というものは不滅なのです。この世に生を受ければこそ肉体に左右されることもありましょうが、そこは不生不滅と言われるものがこの本体であるがゆえに、時間を掛けつつも再びエネルギーを取り戻すことが出来るのです。またお目にかかれて嬉しい限りです。奇しくもタイトルも『再会』です。いつもご閲覧ありがとうございます。
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