※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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XXVI.平行線          【画】

 暗い部屋で目が覚めた。僕はずっと眠っていたらしい。このベッドは自分の家のベッドではないが、どこだろうと左右を見ても、眼鏡もなく暗いこの場所を特定することが出来なかった。ゆっくりと上半身を起こし、辺りを見渡してみる。何時だろう。僕は…えっと…倒れたんだっけ? 寺岡さんの家で…ではここは寺岡さんの家のベッドなのか?

 

 目が慣れてくると、カーテンの外がぼんやり明るいことに気づいた。もう夜に違いない。窓の外は街灯の人工的な明るさだろう、仄かな明るさに白い床が見えた。表面がツルッとしてる。ベッドがやけに高い。これはもしかして病院のベッド?

 

「起きたね…」

 

 急に声がした。よく見ると、足元に誰か座っている。聞いたことのある声は、さっきまで一緒にいた人の声だった。

 

「寺岡…さん?」

「ああ、うん。気分、どう?」

「気分…普通です」

「それは良かった」

「今、何時ですか?」

「10時頃かな?」

「夜ですね。僕…また失神しましたか?」

「うん…したよ。ここ、例の病院。今回急で一人部屋しか空いてなかったけど。ま、ゆっくり話せるからいいか」

「連れてきてくれたんですか? ありがとうございます。いつもすみません」

「たいしたことなくて良かった。お母さんも来てたみたいだね。また明日の朝来るって。元カレが言ってた。小島君はちょっと前に帰った。明日仕事早いからって」

「そうですか」

 

 寺岡さんは椅子を持って、足元からベッドの横に移動してきた。僕の近くに椅子を置いてそこに座った。なぜここにこの時間に寺岡さんが僕を見舞ってくれているのかわからなかったが、なんだか違和感を感じなかった。

 

「寺岡さん…今日はありがとうございました」

「そう? お礼言われるの…変な感じ」

「とうとう…言っちゃった…です…小島さんに」

「ああ。言ったね。このタイミングでそれを言うかって…ぶち壊したはずの私が顔面蒼白でハラハラさせられたんだけど」

「すみません。でも、あの時、僕にサイン送ってくれたから」

「え…? なにそれ?」

「ほら、“これで完成だよ”って」

「それ…マジ…?」

「え? サインじゃなかったんですか? 僕、てっきり、ここで一気に全部の書き換えをするんだってそういうことだって…」

 

 寺岡さんはしばし唖然とした顔をしていた。そして僕をまじまじと見つめて言った。

 

「裕君……君、スゴい解釈したね。私がここで小島君に抱かれて、君が初めて嫉妬して、君がほんとに小島君のことが好きだってわかって、めでたしめでたしだよね、それで君たちはようやく親子じゃなくて恋人として完成だよね…って」

「えっ…そっ…ち?」

 

 ちょっと待ってよ! と、あまり使わないセンテンスが僕の頭の中をよぎった。

 

「だって言ったでしょ、君は大人の事情なんか捨てて好きにしろって。私のことなんか気を遣ってないでさって…言ったのに…君はとんでもないこと言い出して…小島君泣かせただろ」

 

 僕が“大人=隆”のことだと思ってたのを、寺岡さんは、自分のことを言ってたんだと説明した。僕も唖然とした。

 

「寺岡さん…そんなこと…言ってたんですか?」

「だって、あの時私をとりなしたじゃん。小島君を怒らせないようにとかなんとか」

「もちろんです。だって小島さんは小島さんを愛する人に愛されて欲しいですから」

「でしょ? そんな大人の事情に付き合ってんじゃねーよ、って言ったの」

「それ、隆のこと言ってたんじゃないんですか?」

「違うよ! なにその誤解! 私のことなんかほっとけって言ったんだよ!」

「だって、あそこで小島さん、自分のこと言われたと思って激怒したじゃないですか!そしたら、そのまんま、って!」

「何言ってんの? 小島くんはさぁ“裕がせっかく寺岡のバカのこと気を遣ってんのに、その好意を無にするようなこと無神経に言いやがってこの野郎!”って怒ってたんじゃん! 君のことバカにされたって思ったんだよ! こっちは君らに気を遣ってんだよ。どうかしてんじゃないの?」

 

 会話の解釈がここまで完璧にねじれてるとは思わなかった。僕は感情的なコミニュケーションのすれ違いっぷりに驚愕していた。

 

「寺岡さん、バカじゃないんですか?」

「なにそれ!」

「だって僕、どれだけ寺岡さんに“小島さんのこと好きか嫌いかなんてわからない”って言ったと思います?」

「ああ、そうだねぇ。何度も言ったよねぇ。そ・れ・が・な・に・か?」

「だったら、これは恋とか愛とかそういうものじゃないってことぐらいわかりませんか?」

 

 それを聞くと寺岡さんは間髪入れずに叫んだ。

 

「わっかるわけねーだろ!! どんだけお前らイチャイチャしてるって思ってんだよ! リア充氏ねよこの迷惑バカップルが!」

「はぁ? なんでそうなるんですか?」

「なんでかってか? それ説明させるのか私に? 胃に穴が空きそうですが?」

「親子ですよ?」

「親子みたいに見えるカップルなんかどんだけ居ると思ってんの?」

「みたいじゃなくて、親子ですよ?」

「だっからぁ! そんな愛情を感じてる恋人だって夫婦だって山ほどいるだろーが!」

「なんか違います。それは少なくとも小島さんと僕じゃない。それがわかってるからあのとき僕に小島さん認めたんじゃないですか。お前のお父さんなんだな…って。隆は恋人が欲しいんだ! 子供なんか欲しくないんだってば!」

「じゃあ、まだ君は気づいてないの? 自分のほんとの気持ちに気づいてないわけ?」

「気づいてるから言わなきゃって思ってずっと言いそびれてたんじゃないですか!」

「君の上っ面な無関心論のこと!? へぇぇぇ! それで本心だって思ってんの? マジで? 笑っちゃう」

「どこまで、人の気持ちを誤解してるんですか!」

「どこまでかなぁ!? 君は自分が死の世界の使いだから小島君のそばにいたらダメだとかマジで思ってるのも誤解かなぁ!?」

「わかってるじゃないですか!」

「ああああ! 腹立つわぁ! これで好きか嫌いか分かりませんだって? 大人ナメんなこのガキが!!」

「正確な理解に年齢は関係ありません」

「ホントにクソガキだな、君は」

 

 自暴自棄な寺岡さんはどんどん口が悪くなっていった。まるで口喧嘩のようだった。僕は話の流れを変えた。

 

「しかしおかげさまで焦点はハッキリわかりました」

「ほぉ! 言ってみろよ、なにがわかったっての?」

「やっぱり寺岡さんの言ったとおりです。僕が嫉妬するかどうか、僕の目の前で寺岡さんと小島さんがセックスするしか無いです」

「…マジで言ってんの?」

「マジで言ったんじゃなかったんですか!?」

 

 だって自分でそう言ったじゃないか、2回も! と、僕はこの人の言葉の使い方がわからなくなった。

 

「そんなの“しちゃうよーん”って言っただけでも、一瞬で嫉妬できるもんだろーが!」

「そうなんですか? 僕にはわかりませんでしたけど。だって、その後、僕からも提案しましたよね? 僕の前で二人でして下さい、って」

「あれは電話で前にした私との会話を再現しただけでしょうが。止めたのに。あんなこと言っちゃって。小島君傷つくじゃん!」

「僕はきっと…後悔しないです」

「へっ…言ってくれるよね」

「じゃあ、賭けませんか? 僕が勝ったら寺岡さん、小島さんとちゃんと付き合ってください」

「無理無理無理。この後に及んで小島君が私を抱くなんて有り得ないことぐらいわかるでしょう?」

「いいえ。やってもらいます。小島さんは僕に借りがあります。大きいの2〜3個。それをネタにして脅迫します」

「そんなことしてまで抱かれたくないわ!」

「そんな非協力的なこと言わないでもらえます? 寺岡さんだってそうです。僕のことあの時無理やり抱いて犯したじゃないですか。あの時の借りを返してもらいます」

「今さらなによ、それ!」

「あんまり聞き分けのないこと言うから…」

「どっちがだよ! …もういいからさ…私は終わりにしたいだけだから…これは本当だって」

「僕は違うと思います」

「強情だね! 君ってそんな性格だったっけ? もっと言われたようにやるんじゃないの?」

「気持ちの中まで言われたようにやれたら、今頃松田さんとだって恋人同士になれてます。でも出来なかった…僕は言われたようにはやります。でも僕の気持ちは一度も変わったことなんかない。変われないんです」

「なんでそんなに私に遠慮するんだ、君は」

「遠慮? なんですか、それ」

「私のことなんかほっとけって。自分が小島くんのこと大好きだって早く認めろ」

「じゃあ、ぼくのやることもほっといて下さい。認めるか認めないかはそれからです」

「ほんっっっと平行線だな…君と私とは」

 

 一気に疲れた様子で椅子の背に寄りかかって、寺岡さんはやれやれ、と言った。

 

「裕君、悪いけど、私と小島君のことは諦めてくれないかな。小島君、さっきまで一緒にいたけど、まったく一言も話もなかった。目も合わせなかった。仕事早いから帰るわ…って最後に言って、去ってった」

 

 すこし感情が納まったのか、寺岡さんはいつもと近い口調に戻った。いつもと近いとはいえ、かなり疲れた感じだった。

 

「小島さんは怒りっぽいんです。気に入らないこと言うとすぐにイラッとされます」

「知ってるけど」

「でもだいたいイラついてる自分の方に正当性がないって気づいてはいるんで、しばらくすると謝ってきます。その後はとても優しいです。激怒した時は怒りが収まるまでかなり時間かかりますが」

「ふぅん。そこまで怒らせたこと、出逢った時と今日以外無いからね」

「僕は最初から怒らせてます。この前はゴメン、ってよく言われました。だから、今日明日、というわけにはいかないですが、小島さんも反省中モードに入ってると思います。数日掛けて冷静さを取り戻し、そののち、謝罪、です」

「小島マニュアルだね、裕君の」

「ええ、観察と結果の反復性のあるデータに基づいてますから、一応有効だとは思います。僕以外に適応があれば、ですが」

「はは…そこ大事じゃん」

「まぁ、そうですが、基本的に人間のパターンはそれほどバリエーションはないんじゃないでしょうか」

「懲りずに私を慰めてくれてるんだね。諦めきれなくなりそうで嫌なんだけど。裕君は本当に優しいな。君を好きになればよかった。あのエロさならイケるよ私」

「やめたほうがいいです。優しいこと言ってるわけじゃなくて…論理的に矛盾してないだけです」

「十分だよ…十分だ」

 

 そういうと、寺岡さんは手を伸ばし、呆れたように僕の頭を撫でた。

 

「君が倒れる前に言ってたじゃない、私が死のうとしてるって」

「ええ。そうですね」

「あながち間違いでもない」

「やっぱり…」

「わかっちゃったの?」

「なんとなく。死に対しては僕、親和性ありますから」

「小島君だってやっちゃったじゃない? あれもわかったの?」

「いえ。直前まで」

「なんで私だけわかるの?」

「ほんとに死にそうだったから」

「小島君はそうでもなかったの?」

「ベクトルは向いてた。でもその力は弱かった。とでも言いましょうか」

「正確だが、短すぎる矢印だった、ってことか。死ぬには?」

「はい。自殺には激しい狂気が必要です。それは僕、自殺者の写真見ていつも感じます。でも、その狂気が小島さんは不足してたんです」

「…でも私にはそれが充分だってか?」

「はい。ベクトルは不正確ですが、力は強いです。矢印は長いです」

 

 寺岡さんは、少しびっくりしたような顔をした。

 

「君…ほんと怖いな。なにその感性。生きてる人にも適応範囲内?」

「死ぬことに関しては。でも死にそうなのがわかったのは寺岡さんが初めてです。生きてる人にあんまり関心ないんで」

「あっそう。でも死んだほうが君の仲間が増えていいんじゃない?」

「別に仲間を増やしたいっていう願望はないですから。皆んな勘違いするけど」

「皆んなって?」

「小島さんもわかってなかったですし。僕は松田さんとは違いますから。物を壊したいとか人を殺したいとか、死人が増えたらいいなぁとか思わないです。生きてるのが好きなら、好きなようにしたほうが良いです。死者の数は自然に増えますが減りません。物はいつか壊れます。エントロピーは自然に増大しますから、誰が努力することもないです」

「へぇ…案外まっとうなんだ、そういうとこ」

「まっとうかどうかわからないです…僕は…居るだけで死神だから」

「じゃあ、君と居れば自然に早めに死ねるね」

 

 寺岡さんは少しだけ笑った。

 

「死ぬ時はエイズで死にたい…ミシェル・フーコーみたいに」 

 

 それは大変特殊で遠大な自殺の方法だった。なぜそれで死にたいのか、確実な死を求める僕にはその方法を選ぶ理由が全くわからなかった。

 

「それは、確かにベクトルが不正確になりますね。じわじわ死んでいきたいんですか?」

「僕の昔の恋人がエイズになって、もうだいぶ悪いらしいんだ。フランス人だけど」

 

 驚くような事実を寺岡さんは僕にさらっと話した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「いろいろ…あるんですね」

「うん。なんかね。重なる時は重なるもんさ。すったもんだして別れて彼が帰国してから感染したって。付き合った頃は日本に留学してた。まぁ、もう10年以上前の昔話だけどね。同じ大学院でさ。1ヶ月前くらいに久しぶりに連絡があってさ。付き合ったみんなにお別れの挨拶してるらしい。あのエロくてセックスなしじゃ生きていけないような男が、今はもう誰ともセックス出来ないなんてかわいそすぎるから、私が行って最後に死ぬまでたっぷりエッチして、病気も貰って後追って死のうかなって…良いでしょ、日本からも離れられるし」

「まだ好きなんですか?」

「一度好きになったら、別れても嫌いになんかなれないね、私は。誰でもね」

「別れなきゃ良かったのに」

「そういうわけにも行かないの。人間関係ってのはね、相思相愛でもすれ違ったらどうにもならないんだって。壊れかけて回復して、またねじれて回復して、お互いがお互いを想ってて、それでもダメなこともある。言ったでしょ?」

「わかってるじゃないですか」

「君らのこと?」

「ええ」

「ぜんぜんダメじゃないよ」

「人から見れば、ですかね」

「生意気なこと言うようになったね、君」

「寺岡さんいなくなったら、小島さん、独りになっちゃう」

「君がいる」

「僕はいるようないないような存在です。生きてるの好きな小島さんには生きるの好きな寺岡さんが良いです。僕にはその共感が無いです。それって致命的です」

「だからさ、小島君がその気全然ないんだって。私は嫌われてる」

「そうでしょうか。心中で死にかけた時、隆は真っ先に寺岡さんに電話してました。信頼してるんだと思いますよ」

「ああ。そうね…あれはキツかったなぁ…久々に知らない男とワン・ナイトしちゃったもんなぁ」

 

 寺岡さんはハハッと自嘲気味に笑った。その後無表情になってため息をついた。

 

「淋しい…」

 

 寺岡さんの口から、ポツリとそんな言葉が漏れた。死の床に居る元恋人の話を聞いて、寺岡さんの死へのベクトルが強化されてる理由…というか、自暴自棄に拍車がかかった理由みたいなものがなんとなくわかった気がした。

 

「わかりました。そしたら、寺岡さんの人をたらしこむ才能で、小島さんの嫌悪感を払拭して下さいませんか? 小島さんも認めてましたよ、その能力」

 

 あまりにも淋しい表情に、僕は取り敢えず僭越ながら策士に策を語った。寺岡さんは無表情のまま呟いた。

 

「裕君。ひどいな、君」

「事実です。ご自分で言ってましたよね、その才能。何か問題でも?」

「そうだねぇ。君は確かに優しくないねぇ。論理的に矛盾してないだけだねぇ」

「お分かりですか」

「うんうん。まったくだ」

「わかってもらえて良かったです。では死ぬ前に、死ぬ気でチャレンジして、玉砕したらエイズを選択肢に入れればよいのでは?」

「ああそれは…末期の彼が死ぬ前に間に合うかなぁ」

「期日を切ったほうが作戦は立てやすいですよ」

「…鬼畜」

「成功率を高める要因は利用しないと」

「君は、科学者向いてるよ、うん。法医学者か。悪くないね、君の合理性」

「そうですか。良かった。教育者から言われると自信につながります」

「君、案外タフだね」

「そうですね。死んでるからですかね。屍鬼は死んでるから強いんですよね」

「そんな君にも“自殺者”というアキレスの腱があったと」

「はぁ…意外でした」

 

 寺岡さんの反撃に今度は僕がため息をついた。

 

「でも今日はスゴい収穫でした。ほんとにありがとうございます。寺岡さんの分析には凄まじい物を感じました。松田さんの呪いだけじゃなくて、自分の身体の問題なんて。自分で知らなかったことがこんなにあるって…」

「そうそう、その松田君に会ったよ」

 

 佳彦に…会っ…た…?

 

 寺岡さんは、再び予想だにしないような驚愕の事実を僕に告げた。

 

 

 




《スピンオフ・恥辱刑について》

寺岡「ああ。そうね…あれはキツかったなぁ…久々に知らない男とワン・ナイトしちゃったもんなぁ」

…の絶望的ワンナイトを描いたR-18スピンオフ『恥辱刑』。
ここ(『平行線』)まで読んだらネタバレにならないです。
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