※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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XXX.フィクショナル

 結局5月のゴールデンウィーク明けは病院の検査で、月の下旬は高校の初の中間テストと、僕は時間に追われて過ごした。やはり英語は散々な結果で、僕は補習を受けるハメになった。6月になり、梅雨が始まる直前にようやくスケジュールが落ち着き、僕は前から考えてた予定を果たしに、平日の放課後、学校の帰りある場所に向かった。

 

 市役所。

 

 実行日前、僕は戸籍謄本の申請の流れについてウェブサイトで調べていた。全くどうししていいか知らなかったからだった。

 

 まず、戸籍は本籍地という場所の市区町村の役所の窓口に行き、専用の用紙…戸籍申請書に書き込んでハンコを押す。ということはハンコが要る。ハンコはシャチハタでなければいいらしい。前もって100均で三文判を取得することにした。戸籍謄本の使用目的を書く。パスポートの取得、それ以外に高校一年の僕が取れる選択肢はあまりなかった。筆頭者の名前。これは父親の名前を書く。そして本人確認の身分証。これは健康保険証でも構わないらしいが、写真入りの何か、僕なら学生証なんかを付けなければならない。保険証はいつも病院に行く時に自分で家の保管場所(居間の戸棚の引き出し)から持ち出してるし、写真入りの学生証はあるから、これはいい流れだった。

 

 このことは両親には秘密だ。どういう結果があっても、両親が僕に言わない以上、これは僕の個人的な秘密にすると決めていた。そもそも言う気がないのと、どういう結果が出ても親との関係が向こうが気まずくなるかも知れないと思い、そう決めた。他の人にも言わないでおくことにした。気にしてた隆にも言わないでおこうと思った。寺岡さんには報告するかしないかは後から考えようと思った。あんなに続きが見たいと言って母の相談を買って出てくれてるのに、知らせないのもなんだかとは思うが、自分が取得して見て、言いたくなければ言わなくてもいいかとも思った。

 

 父母は本籍地を自宅の住所地に持ってきていたので、遠くまで行く必要や、他県の役所に郵送してもらう必要もなかった。高校の通学路の、電車で家に帰る3駅前で降りればよかった。駅前開発が進み、駅ビルからの空中の通路で市役所とは最近つながったばかりだ。僕は新しい渡り廊下をたどり、入り口の自動ドアを抜け、市役所のメインフロアに到達した。

 

 市役所内には図書館のコンシェルジュのような人がいて、僕が申請用紙を探してウロウロしていると声を掛けてきた。僕が用件を告げると、テーブルの上から申請用紙をすぐに取って、僕にくれた。書き方を教えてくれたので、僕はネットで見たように、空欄を埋め始めた。ガイドの人は書き終わったのを見て、機械から整理券を取ってくれて、3番窓口の前で待ってて下さい、と教えてくれた。僕は3番を見つけて、その前のソファに腰掛けて待った。整理券の番号と、窓口のディスプレイに表示された数字は3違っていた。

 

 あと3人待てば僕の番が来る。待っている間、僕は自分がとてもバカバカしいことをしているような、なんとも無意味な気分になった。なんでここに居るんだろう、別にどうでもいいのに。こんなことを自分からやってることが自分でも信じ難いことだった。以前の自分ならこんなところまで来なかっただろう。

 

 ただ、雑音を払いたかったといえた。隆が何度も言った両親が本当の親かどうかだとか、母親の変な言動だとか、寺岡さんの聞いた母の話と僕の話の変な符牒とか。なにかあると、そんな話題が不意に現れて、関係者を挑発していく。だからといって映画でもあるまいし、そんなことが現実であろうはずもなく、アスペルガーに似た僕の特殊な性癖をみんなでよってたかって劇的な理由付けをしたいというのが本当のところだろうと、話題に上って考えるそのたびに僕は思った。

 

 だから、こんなところに独りでこうしているのが不思議だった。ただ雑音を払拭して、観客のドラマチックな変な期待の当てを外して、静かに日々の目的を果たして行ければそれでいい。その観客には僕も含まれてるかも知れなかった。

 

 言われるたびに確かにザワザワした。だが言われたその時はそれなりに真剣に考えてしまう自分の疑念も鬱陶しいもののひとつだった。450円と1時間弱でその雑音が消えれば、コストパフォーマンスはそんなに悪くない。それに、これで僕は戸籍謄本の申請が出来るようになったのだから、社会科見学としても有効だろう。社会に溶け込んでいない僕は、無理にでもする必要がなければ、こういう興味のないことをやる機会に一生縁がないことも多いだろう。

 

 順番が回ってきて、僕は窓口に整理券の番号でカウンターに呼び出された。申請用紙を係の人に渡すと、身分証明を要求された。健康保険証と学生証を渡し少し待つと、奥のほうから印刷された紙を手にした担当者が再び戻ってきた。

 

「はい、こちらです。お名前お間違いないですね」

「はい。これで間違いないです」

「こちら証明書お返しします。では450円になります。袋入れますか?」

「はい、下さい」

 

 お金を払い、返還された証明書と新しい戸籍謄本と役所の書類を入れる封筒とレシートを両手にソファに戻った。カバンに健康保険証と学生証をしまい、そこで戸籍謄本を確認することにした。初めて見るものだった。

 

 戸籍に記載されている者、とあり…

 

【名】岡本 裕

【生年月日】平成**年1月16日

【父】岡本 宏行

【母】岡本 千鶴

【続柄】長男

 

…となっていた。ウェブで前もって調べた結果、養子の戸籍には続柄が養子となっているらしい。連れ子再婚は、養父、とか、養母と書いてあるのでわかる。それらチェックすべき事項を確認した結果、僕の戸籍はやはりどちらでもなかった。当たり前だ。そんな特殊なことがそうそう起きるはずもない。僕も真に受けたから文句は言えないけど。

 

 急に450円が高額に思えてきた。文庫本が1冊買える。僕は戸籍謄本を半分に折り、貰った封筒に入れてカバンにしまった。そして帰路についた。

 

 夕飯を食べ、いつものように自分の部屋に戻った。補習以来、自分で英文法の基礎のわかりやすそうなテキストを探して、とりあえず毎日1ページだけ頑張ってみることにしていた。ページ上で目が文字列を上滑りするのを引き止めながら、主語はS、動詞はV、目的語はO、補語はCで表すというのを覚えていた。なぜSか、なぜVか、なぜOでCなのか…それくらい書いてくれていてもいいのでは? と、僕はこの“意味なんかどうでもいいから丸暗記すればいいと思うよ”という暗記教育の弊害について英語なんかどうでもいいから原稿用紙10枚程度に書きたくなった。

 

 テキストのどこにも、このSVOCの成り立ちの意味が書いていないので、仕方なく僕はPCを立ち上げ、インターネットでそれらを調べた。SはsubjectのS。まさかメールの件名の意味が主語と同じとは思わなかった。題名になるってことで、それが主題だから、主語…なんでも頭に付けばsubjectってことになるのかな、と僕は想像していた。

 

 SVOCをひとつづつ調べて行って、かれこれ40分が経過していた。今日は1ページ全然終わらないな…と思い、これ以上英語に集中力が持たなかったので、ひとまずノートを閉じて、テキストをしまった。多少疲れてるのは学校帰りに変な用事をしたからだろう。思い出したついでに机の下に置いてある学校のカバンを取り、戸籍謄本の封筒を出した。学校に持っていくものでもないので、そのまま机の引き出しに放り込もうと思ったが、なんとなくもう一度それを開いてみた。全部読んでいないような気がしたからだった。

 

 わかってはいたが、下の方は目を通してはいなかった。上半分を読んで事実確認ができたので、下の方に漢字と年月日が漫然と並んでいる行には興味がなく、特に見なかったからだ。特に大したことが書いてあるわけでもないようだった。今、その部分を改めて見ると、そこにはこんな単語が記載されていた。

 

 民法817条の2。

 

【民法817条の2による裁判確定日】平成**年2月18日 【届出日】平成**年2月24日 【届出人】父母 【送付を受けた日】平成**年3月1日 【受理者】**市長 【従前の戸籍】**県**市◎町△△番地

 

 …裁判?

 

 よく読んでみると、それはなにかよくわからない記述だった。届け出は僕の誕生日から4年後の年月日を示していた。なんの届け出かは全くわからない。その後になぜか自宅ではない住所地の市長と、従前の戸籍という自宅ではない場所の住所地の表示が並んでいた。誰の戸籍の住所なんだろう。届出人が父母、とあるので、父母のものなんだろうと思うがよくわからなかった。裁判というからには、なにか籍に関するものなのか、それとも戸籍には父母が起こした裁判の有無も記載されるのだろうか? この家に来る前の父母の住所地でなにかトラブルでもあったのかも知れない。だが戸籍に受けた(あるいは起こした)裁判の履歴を書く決まりなんかあるのかなぁ、と僕は考えた。それに4歳の時に僕は引っ越したという記憶はなかった。僕が覚えていないだけなんだろうか。

 

 ここの情報だけでは埒があかないことは明らかだった。明らかに情報が足りない。だがこれは単に民法817条の2を調べればいいことだ。法律の内容がわかればこの記載事項の意味は追々わかるだろう。僕はさっきまでSVOCを調べていた検索エンジンに、“民法817条の2”と打ち込み、エンターをポンと叩いた。一瞬で画面が検索の候補をずらずらと並べて僕に見せた。そしてその817条は検索のトップにそのままの文字で現れた。僕はその候補の文字列をクリックした。

 

 そこにはこんなことが書いてあった。

 

・第817条の2

 

『家庭裁判所は、次条から第817条の7までに定める要件があるときは、養親となる者の請求により、実方の血族との親族関係が終了する縁組(以下この款において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる…』

 

 法律ありがちなめんどくさくて難しい言い回しで、読む前から読む気の萎える文章だった。だが斜めに読み進めるうちに、その中で『特別養子縁組』という言葉が目に止まった。

 

 特別養子縁組…?

 

 不意打ちを食らった時のように、一瞬頭の中がクラッとした。これはどういう意味だろう? 裁判となんの関係が? ザワザワする中でこの『特別養子縁組』をマウスでドラッグした。そしてそのままその文字列を検索に掛けた。一瞬のうちに検索のページが現れた。あまりにもすぐに現れたそのことに僕の思考がフッと止まった。それはまるで、目を開けたまま見ることをやめるような感じだった。

 

《特別養子縁組とは?ーNPO法人青い鳥の会》

 

『特別養子縁組(とくべつようしえんぐみ)とは児童福祉のための養子縁組の制度で、適切な環境に置かれない乳幼児が、別の家庭で養育を受けることを目的に設けられた。民法第817条の2に準拠している。 普通養子縁組の場合、戸籍上、養子は実親と養親の2…』

 

 検索のページのタイトルの下に見えた内容のリードを、僕は働かない頭でしばらく眺めていた。なんで僕はこんなものを見ているのだろうか、と、今日行った市役所のソファで思ったことを、もう一度反芻した。反芻しながら指はマウスのボタンに吸い付けられ、無抵抗のままタイトルをクリックしていた。それは自分の意志ともなんともつかない動きだった。誰の意志に関わらず、というようにサイトが目の前に広がった。

 

《特別養子縁組とは?ーNPO法人青い鳥の会》

 

『特別養子縁組の目的とは「子供の福祉、利益を図るため」にあります。養子の年齢は原則申立時に6歳未満で、養親からの離縁は原則出来ません。戸籍上も「養子・養女」ではなく、実子と同じく「長男・長女」と記載されます。特別養子縁組確定後、養子は実親や血縁親族との縁が切れますが、普通養子の場合、戸籍上実親と養親の二組の親を持つことになります。特別養子縁組では、戸籍上も嫡出子とほぼ同じ戸籍謄本となります…』

 

 

 

 それはまるでフィクションのように見えた。自分の人生が架空の物語に吸い込まれていくような、変な感触だった。意味がわからない。わからない? わかりたくない? 僕の頭は理解を拒否してるかのようだった。英語の文字列のように目の中で文面が上滑りしていくだけ…でもそれをわかっている…なぜ頭が働かないかを…どこかで。

 

 これが、僕の戸籍に記載されているということは…と、もう一方の勇敢な僕は回らない頭で現状を把握しようとした。つまり? 僕は実子と同じように記載されているだけの、血のつながらない…養子? ということは? つまり? 今の父と母…は……?

 

 他人…なんだ…

 

 

 

 想像していたよりも途方もないものが抜け落ちていった気がした。感情はなかった。感じなかったのか、無かったのか、それはわからなかった。まるで夢を見ている時のような浮遊感があった。

 

 放心の中で、このことを一番最初に言った人のことを、僕は遠い昔のことのように思い出していた。隆、あなたってすごいね。よくわかったね。僕、わからなかった。僕は自分以外は皆んな普通だって思ってた。僕が変だから両親が困ってるんだと思ってた。でもそうでもなかったよ、隆。あなたわかってたんだね。そんなに僕も僕の家もおかしかったんだ。見てわかるほど…僕達って…変だったんだ…

 

 (君の存在はフィクショナルだからね)

 

 寺岡さんの言葉が、虚ろな頭の中で幾重にも鳴り響いた。コミックだ…連載の…コミック…僕自身が…変なの。なんだ。辻褄だけ全部合ってるね。ただそれだけ。辻褄だけ。

 

 すると僕のがらんどうの中にいきなりある問いかけが降ってきた。僕はその問いかけに愕然とした。

 

 “いったい僕はどこから来たんだろう?”

 

 

 

 




《挿絵追加のお知らせ》

今回も新しい挿絵の追加のお知らせです。
『Ⅶ.呪いと死神』のラストと『Ⅺ.試行錯誤』の中ほどに挿絵を貼ってあります。
よろしければご閲覧下さいませ。

絵師:あめふらし様
プロフィール:リリカルで夢のような線と色彩で美しい人物と情景を紡ぎだす絵師様。文字で書かれた人物を、まるでデルフォイの巫女のようにドンピシャなイメージでチャネルし魂を込める、錬金術系異能者。

*今後も随時、UPしていく予定です。本文更新のあとがきと活動報告にてにお知らせします。
*挿絵機能は初期設定でOFFになっています。画面右上の【小説閲覧設定】をクリック後、【表示機能管理】2行目の【挿絵表示】の【有】を押して頂くと本文中に挿絵が実装されます。
*挿絵のあるページには目次の章タイトルの後ろに【画】と書き込んであります。
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