電車を2回乗り換えてかれこれ1時間、ようやく着いた駅の南口改札を出ると、出口の柱に大きめの地図が掲示されていた。南口から地図をバス通り沿いに真下に辿って行くと、大通りの右サイドに大きな建物が示されていて、そこに『**市役所』と書かれていた。隣には市のプールと体育館があり、その周辺は公の土地が広がっていた。公務員住宅地、税務署、地域センター、etc。僕はそれを確認して、大通りに出た。広い歩道を人にぶつからないように歩く。土曜日だからか知らないが、人通りがあるのでレンガを敷き詰めた歩道には歩行者が多かった。
300mほど歩いた先に、大きくて四角い白い建物が見えてきた。そこが市役所だった。
(あれ? 大きいね。あそこに行くの?)
小さい裕がはやる気持ちを押さえきれずに僕に訊く。
(そうだよ。電車で来れるところで良かったよ。もっと遠かったら、事情を説明して書類を送ってもらわなきゃなんなかったんだよ)
(そっかぁ…いろいろ大変なんだね)
(ちゃんと見れるといいね)
(うん。ぜったい見なきゃ…)
話しているうちに、正面玄関に着いた。自動ドアがスーッと開いて、僕達はそのまま止まらずに中に入っていった。吹き抜けの広いエントランスはガラスを多く用いた現代的なデザインで、真ん中に抽象的で変な形の金属かなにかのモニュメントが置いてあった。案内図を見つけて、戸籍サービスの窓口を探した。“2階フロアの2番窓口”と表示されていた。僕は吹き抜けのエントランスをぐるっと回って2階へ行くロビーの階段を上っていった。
戸籍の証明書は、戸籍謄本も除籍謄本も同じ申請書で申請出来る。戸籍謄本、戸籍抄本、改製原戸籍、などの証明書の名前が並んでいる表がある。前回戸籍謄本を取りに行ったときに、必要な証明書の欄の“戸籍謄本”のチェックボックスにチェックを入れて提出した。今回はその用紙の“除籍謄本”にチェックを入れればいいということになる。
申請書の記入用のテーブルの上には各種の申請書が並んでいた。その中から戸籍に関する証明請求書を1枚取った。自治体によって書式はかなり異なっているが、今の住所地の申請書より、ここの申請書のほうがフローチャート式になっていてわかりやすかった。書く内容は同じなんだけど。
結局、使用目的に「実親の調査」と書いた。これで通るのかどうかは不明だ。さすがにこんなことまではネットの検索でも出ては来なかった。整理券はどこの市役所でも同じなようで、指示通りにボタンを押すと、数字の書いてあるレシート状の紙を機械が吐き出した。この前はガイドさんが居てくれたが、ここは土曜日だからか、いつもなのかわからないが、誰も寄っては来なかった。僕は“戸籍の証明書の申請”と書かれた窓口の前のソファに座り、あの時と同じように順番を待った。同じことをしているような変な気分だった。デジャヴとでも言うんだろうか。土曜日のサービスには思ったより利用者が来ていて、僕はしばらく待たされた。
(ねぇ、ちゃんと…くれるかな…?)
小さい裕が、待ち時間を待ちかねたように小さく呟いた。
(大丈夫だと思うよ。待ち時間長くて飽きちゃうね。みんな土曜日しか空いてないんだね。人がどんどん来る)
そんな風に小さい裕に答えているうちに、自分の番が来た。
「475番の方、窓口までお願いします」
呼ばれてすぐに席を立った。窓口で係の人に書類を渡し、あの時と同じ身分証明書をカウンターの上に置いた。お願いですから、滞り無く書類を出して下さい…と僕は小さい裕のために心の中で願った。
「では、身分証、お借りします。少々お待ちください」
係の人は50代くらいの男の人で、身分証を確認した後で僕の顔をチラッと見た。そしてカウンターの奥に引っ込んだ。僕は係の人をずっと目で追ったが、すぐに他の役所の人たちに紛れて見えなくなった。僕は目を伏せた。自分の心臓の音が聞こえた。もし申請を取り下げられたら…と思うと、更に心臓の音が早くなった気がした。
「お待たせしました」
いきなり僕の耳に係の人の声が近くで響いた。ハッとして目を上げると、はい、こちらありがとうございました、と言って係の人が僕に身分証を返すところだった。僕は慌てて手を差し出した。
「では、こちらが除籍謄本です。750円になります」
「あ、はい」
気がつくと目の前のカウンターの上には、小さい裕が待ち焦がれていた書類がすでに置かれていた。あたふたと代金を支払うと、係の人は除籍謄本とそれを入れる封筒を重ねて僕に差し出した。この市役所は封筒はなにも言わなくても付いてくるものなんだな、と変なところで感心しているうちに、僕の手の中にその証明書が握られていた。それを認識した途端、僕の身体から力がフッと抜けた。僕はカウンターから離れた。
(これなの? これ、そうなの?)
(うん、そうだよ)
(よかった…)
小さい裕が囁く。でも、これからが本番だ。この中になにが書いてあるのか、だ。小さい裕、なにが書いてあっても良いんだね? 僕はもう一度頭の中で彼に尋ねた。
(うん。いいよ、いいから早く見せて)
(わかった。じゃあ、落ち着けるところへ行こう)
区役所の1階の広いエントランスにはソファが並んでいたのを思い出した。ここよりも人気が少ない。僕はまた吹き抜けに沿った階段を降りていった。
1階に着くと、エントランスの壁際に長い焦げ茶のソファが向かい合わせに何列も並んでいて、4人ほどの人がまばらに座っていた。僕は人のいない一番端のソファに腰掛け、カバンを隣に置いた。もらった封筒をカバンと自分の間に挟み、手渡されてから同じ形でずっと右手に持ってた除籍謄本を両手に持ち替えた。これがシュレディンガーの箱の正体だ。小さい裕、開けるよ。猫が生きていても死んでいても、君は良いって言ったね。観測者の僕は“箱”を開けた。そこには3人の人間の名前が、こう記されていた。
【本籍】◯◯県◯◯市×町2丁目48番
【筆頭者氏名】岡本 知行
【夫】知行
【妻】裕美子
【長男】裕
おかもとともゆき…ゆみこ……
ちょうなん…ゆう……
そこには今はもう無い、僕の元の家族の残像が遺されていた。そしてそれがすべて×で抹消されていた。小さな裕が茫然と呟いた。
(ぼくの…ほんとうの…おとうさんと…おかあさん…いたんだ。ほんとうにいたんだ…)
(ああ…そうだね…見れてよかった…書いてあって良かった…これでいいの?)
(まだもっと書いてあるよ。なんて書いてあるの? 僕も見たいよ…)
(わかった。続きを見ようね)
小さな裕に促されるまま、僕は改めてその書類を見渡した。知行・裕美子・裕、すべての名前の上に大きくバツが重ねて書いてあった。それは除籍謄本だから当然だった。記載は父母の生年月日、出生地、結婚して入籍した日…とそれぞれ記載されていた。入籍の後に、記載が続いていた。だが、それを読んでいるうちに、いつの間にか僕の手は小刻みに震え出した。それは父親の記載の最後の行を読んだ辺りからだった。
【夫】岡本 知行
平成**年一月拾六日午後三時三拾五分◯◯市×町で死亡。同月一月弐拾日親族岡本宏行届出除籍
1月…16日…死…亡…届出…岡本…宏行…
父は死んでいた…1月16日…僕の1歳の誕生日に…そしてそれを届けたのは、今の父親、宏行…
僕は茫然としていた。何もかもがパズルに見えた。このたった2行に満たない記述の中に、決定的な情報がいくつも詰め込まれていた。そして少しして僕は基本的な事実に気づいた。岡本知行の長男、岡本裕…僕は…生まれた時から今まで苗字が変わっていない、ということに。自分が岡本であることがあまりにも当たり前過ぎて、そこに気づいてなかったのだ。つまり僕は養子に行ってなおかつ、姓が変わっていない。
ということは…?
そしてもう一度目を皿のようにしてそこの記載を読んだ僕は、届け出岡本宏行の前に、“親族”という文字があることに気がついた。あっ…と僕はもう一度戸籍の文字を見比べた。動転していて気づかなかったことは、ちょっと見にも誰でもわかるバカバカしいほどわかりやすい符号だった。
岡本宏行。
岡本知行。
同じ名字、一文字しか違わないこの二人の氏名。親族でなおかつこんなことは、親子か兄弟以外ない。
なぜか背筋からぞぞぞと鳥肌の立つ感覚が沸き起こってきていた。それは未だかつて感じたことのない、嫌な感情だった。
その感覚を追うように僕は猛然と母親の記載を読み始めていた。このパズルの鍵が、そこにあるような気がしてならなかった。父親と同じ順番で生年月日、出生地、入籍…そして……記述は父と同じくまだ続いていた。それは除籍になる理由の記載、その最後の行を僕は必死に目で追った。めまいがしてきそうだった。
【妻】裕美子
平成**年一月拾五日午後二拾三時拾一分◯◯市△町で死亡。同月一月拾七日親族岡本知行届出除籍
母の死が、そこに記されていた。
僕はしばし虚脱したように書類を眺めていた。書いてある文字の少なさに比べ、この異様なほどの衝撃的な事実の羅列と情報量に僕は途方に暮れた。母の記述を最後まで読んだ時点で、パズルの鍵の在処など、どうでも良くなっていた。簡潔に言えば、僕の両親が相次いで死に、僕は父の兄(今の父宏行の生年月日は、実父知行の生年月日の3年前だった)に特別養子としてもらわれた。ただそれだけだ。ただそれだけ。ただ…それだ…け…
ゆっくりと気が狂っていきそうな変な感じが身体の中に満ちていた。遠近感とか現実と虚構の違いとかが曖昧になっていて、僕はいったいどこに居るのか、とか、なにをしているのか、とか、そんなことをとりとめもなく頭の中で自問した。本当に少し錯乱していたのかも知れない。佳彦に扉を開けられて眠れなくなった時に似ていたが、しかしその狂気はもっと尖っていた。今感じているこの感じは、まるで夢の中の出来事のように、自分の存在すら曖昧な感じでしか認識できなくなっていた。何分くらい書類を眺めていたんだろうか。よくわからなかった。
しかしその放心状態が少し治まってきた頃、僕はあることに気づいた。それはやはり、母の記載の最後の行に書かれてあった死亡年月日についてだった。
母の死亡年月日が僕の誕生日の…前日…?
それが指し示しているものは、この世界では有り得ない時系列だった。普通なら、僕を産んでから、母が死んでいるならわかる。だが僕の母の死亡年月日は、僕の出生年月日と同じ年の1月16日の1日前、1月15日と記載されてた。僕が生まれる前に、母が既に死んでいる…これはどういうことなのか? この戸籍が間違ってるのだろうか?
僕は再び混乱した。既にショートしかけた僕の頭の回路では、その意味をそれ以上推察することが無理なようだった。それともこの母親も、僕の本当の母親ではないのか? いや、そんなことはあるわけがない。再婚も、養親も書いてない。それとも父が間違えて届出だのか…いや、戸籍係のミスだ。これが今までわからなかったなんて、杜撰な管理としか言いようがな……いや…違う。違う…もうパズルなんか要らないんだって。
もういい。僕は頭を横に振り、目を閉じた。その時、小さい裕が不意に呟いた。
(屍体から生まれたんだ、ぼくは)
それを聞いたとき、僕は忘れかけていた静寂が、一気に僕を包むのを感じた。
屍体から生まれた。
それ以外に僕のこの死の世界への憧憬を説明できるものなどない。と、僕はその言葉に、核心に触れた電撃のような啓示を感じた。僕は屍体が身ごもった屍体だった。そして、屍体から生まれた屍体となった。単なる仮死分娩では一切納得できなかったその理由が、今、一切の疑問を挟む余地なく、僕の中にスッと落ちて、そして納まった。僕は屍体の母と共に、死んでいくところだった。母の呼吸が止まり、酸素が止まり、心臓が止まり、血流が止まり、脳の活動が止まり、神経の伝達が止まり、僕にそれが次第に伝搬していった。胎児の僕の心臓は小さいけれど動いていた。だが、酸素は、母親の胎内から血液を通じて供給されていた。その供給が止まった。僕は次第に酸欠になっていった。少ない酸素を消費しないために、脳や全身の活動が低下し、僕は仮死状態になった。それでも酸素は二度と母からは供給されなかった。
屍体の中の屍体。
それを想ったとき、僕の中にあの聖地が全貌を顕した。いままでどんなに追ってもつかめなかったあの国が。
母の屍体。それが僕の故郷のポータルだった。
風のような耳障りな呼吸の音は既に止んだ。規則的な心臓の音すらしない。下がっていく体温。増大していくエントロピー。無音で無温の世界。ベルベットのようななめらかな時間。その時間もゆっくりと速度を失くしていった。そしてこの絶対的な安らかさ。それは生という桎梏から解放された母の存在の証のようにも思えた。
僕はそれを覚えている気すらした。この死の胎のことを。覚えているというより、これはその時から、ずっと変わらなかった。僕は生まれた後もずっと、そう、あの日まで、この中にいたんだ。
僕は再び除籍謄本に目をやった。ふと見ると、僕の出生届の年月日と、母親の死亡届の年月日が同じ1月17日だった。届出人はどちらも父の知行。つまり父はまさにこの市役所で、母の死亡届と僕の出生届を同時に出したのだろう。かすかな気配に目を上げると、父の知行がエントランスから入ってくる幻が見えた。僕は除籍謄本を封筒に入れ、カバンにしまいこんだ後ゆっくり立ち上がった。僕はその後をついていった。今の父の宏行に少し似ていた。
父はさっき僕が上った階段をゆっくりと上がっていった。僕もその後についてもう一度階段を上がっていった。父はフロアに着くと、僕がさっき除籍謄本を貰った2番窓口の、その隣の1番窓口に立った。出生届・死亡届。この1番窓口は、この世界の生死を扱う窓口だった。僕は、各種用紙の置いてあるテーブルの手前に立ち、父の背中を離れたところから眺めていた。死亡届は出来上がっていたが、出生届けにはひとつだけ空欄があるはずだった。その空欄は僕の名前だと思った。それについて係の人と父の間になにかやりとりが有り、ボールペンを窓口で借りた父はその名前の欄に、死亡届に書かれた母の名前“裕美子”の一文字を取ってそこに書き込むのだろう。
“裕”と。
二枚の届出用紙は簡単に受理され、父は埋葬許可証と母子手帳を係の人から一緒に手渡され、またフロアを後にした。そしてまたさっきの階段を降りていった。エントランスを横切り、自動ドアから外へと出て行った。ドアのガラスを透かして横顔が見えたその瞬間、それは父でも知っている人でもなく、偶然に市役所を訪れた見知らぬ誰かだとわかった。確信のある妄想と共に、1月17日の幻は終わっていた。
(これでいいよね。帰るよ、裕)
僕は小さい裕に声を掛けた。
(うん。そうだね)
それを聞いた僕は、父が歩いたであろうエントランスの床を踏み、さっきの自動ドアから外へ出た。外は変わらず蒸し暑く、厚い雲の僅かな隙間から、傾いた日差しが西からこの建物を射抜くように差し込んでいた。迷惑なほど眩しくて、僕は額に手をかざし、その西日を遮った。夏至を迎えた六月の日は長い。西日が差していた雲間はいつの間にか閉じ、何時なのかも見ずに僕は薄明るい道を帰路についた。