※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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 二期始動。






第2章 ヴァニタス・ヴァニタートゥム
一、法医学教室            【画】


 ヴァニタス・ヴァニタートゥム!

 

 頭蓋骨の代わりに僕は

 解剖書を抱いて大学の中庭を行く

 生は短く、死は長い

 

 “空なるかな、空なるかな、一切は空なり

  すべてが塵から出でて、塵に帰するのだ

  Vanitas vanitatum omnia vanitas.”

 

 僕は死者を完全に死に帰す仕事をする

 死者よ、永遠の中で

 僕は君たちと共にある

 

 ヴァニタス…ヴァニタートゥム…

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「…で、その二人は結局どうなったの?」

 

 と、ベッドの中で裸のままお互い浅い眠りを行き来している合間に、幸村さんは僕に聞いた。

 

「いろいろあって…でも付き合ってる。まだ付き合ってますよ」

「へぇ。でもその教授先生は…すごいな」

「なにが?」

「元自衛隊の空手使いに殴られるって、半端ない痛さだよ、普通」

「うーん…それも欲しいって言ってたから…彼になら殴り殺されてもいいって」

 

 幸村さんは不意に黙ると、僕を後ろから抱いた。裸の肌が熱い。耳の中にかすかにノイズ。僕の後頭部に髪の上からキスして、彼はおもむろに囁いた。

 

「岡本は強いな…そんないろいろ抱えて…正直驚いた」

「強くないです…社会人としてちゃんとしてるフリしないと、お父さんが死ぬから」

「いい枷だ。これからも社会貢献しろよ。才能のある奴の義務だからな」

「なんとか」

「…根掘り葉掘り聞いてごめんな…」

「もういいですよ。別に」

 

 ふざけた口調だった幸村さんが急に神妙な声に変わった。

 

「知りたくなった。なんだか知らんけどな。知らないと岡本のことがさっぱりわからない」

「だいたいわからないですよ…知ったところで」

「ドライだなぁ。いつもだけど」

「根掘り葉掘り聞いてわかったでしょ。僕が相手していいのは死人だけ。生きてる人は…どっかに行って欲しい。危ないから」

「俺はなんで居ていいの?」

「…ホントは良くないんです。それに居ていいなんて一言も言ってない。こうなって1年ぐらいですからね…リミットが近いです。でも幸村さんて…しつこいから」

「…言われた。俺の刑事としての最も崇高な美徳をしつこいって…お前、俺を何だと思ってるんだ!」

 

 幸村さんは笑いながら僕の頭をホールドした。犬にじゃれつかれてるような錯覚に一瞬陥った。

 

「お前だって、ホントのところはまんざらでもないんだろ?」

「いいえ。こんなことになってもそれはないです。例の人だってそうだったって言ったでしょ」

「そのお父さん替わりって人?」

「ああ…考えてみれば似てるかも。自衛官と警察官。なんか…武闘系で公務員で、責任感あってドSで…変態?」

「変態はねーだろ。それに俺ドSじゃないし。優しいだろ? いつも」

「無理やり犯しますよね」

「だって…したいんだもん。お前がエロいからだろ?」

 

 悪ガキのような顔をして彼は僕の耳に囁いた。一瞬ゾクッとした。

 

「それとな、ゲイは変態には含まれねーの。知識として覚えとけ。お前も結局は女の子と付き合ったことないだろ。話の限りじゃ」

「誰とも恋愛したことなんてない。ゲイでもヘテロでもない」

「そのほうが俺にしてみたら変態だわ。大学時代も、こんなことなかったの?」

「完全に閉じてましたから」

「…我慢出来たの? アレ」

「…なんとか。対策はありましたし」

「じゃ、なんで今こんな?」

「わかりません…幸村さんのせいですかね」

「へぇ。左右されるんだ、俺に」

 

 嬉しそうにそう言うと、彼は僕の胸に腕を回した。僕は抱えられた猫のようになった。

 

「ですから最初のアレは…ミントのスティック失くしたのが敗因ですから。偶然そこに幸村さんが来ちゃって…」

「ホントかねぇ…まぁ…驚いたけど。あれは参った」

「またそのこと…もう忘れてよ…ほんと、しつこいですね」

「だってさぁ、お前からかうと面白いんだもん。すげぇ一生懸命理詰めで反撃すんのな」

「大人の余裕ですね。別にいいですけど」

「いなくなっていいのかよ、俺が」

「ですから…早く逃げてくださいって言ってるんですが」

 

 変な人だ。というか、僕が変な人にしか好かれない。

 

 

 

 

 高3になるまでに、医大は私学には絶対に行けないことは、学費のことでわかっていた。そうすると国公立の医学部で偏差値のなるべく低いところを狙うしかなかった。しかしそうすることで、必然的な風を装って、実家の母と小島さんと寺岡さんから目の届きようもない、遠い地方の国立大に行ける。そうすればうまく交流を断てるということも狙えることに気づいた。

 

 なるべく北の、暑くない、今よりも人の少ない土地へ。色々と調べているうちに、東北の某医学部が法医学に力を入れているという情報があった。僕は、そこを第一志望にした。そしてその計画を実行に移すべく、ひたすら受験勉強に時間を費やした。それに時間を費やすことで、誰ともなるべく交流をしないという言い訳を作った。実際医学部に入れるかどうかは、ギリギリの賭けだったし、苦手な英語の克服にかなりの時間を使ったため、他の科目をカバーするのに、倍の時間が必要だった。

 

 高校を卒業したらいきなり慣れない一人暮らしをするということになる。生活を具体的に考えたら仕送りでやっていくのには自炊が必要だと判断した。高校三年になって母親からご飯の炊き方と味噌汁の作り方を習った。味と量はどうでもいいので、その2点に必須栄養素を詰め込むことにした。包丁の使い方とメスの使い方は似てるんだろうか。そんなことを考えながら、味付けや、調理法、野菜の皮を剥いたり、火を通しやすい形状に切る術を母から学んだ。学びながら母を無視するのは至難の業だったが、母は楽しそうだった。

 

 慣れるために、夕飯の支度を手伝う。いままでしなかったことが、こんなことだったのかと、毎日の変わらない繰り返しをずっとしてきた母に驚いた。

 

 そんな背水の陣で、僕は賭けに勝った。そして計画通り故郷を出た。遁走…今いる場所から。後先の事など目もくれず、それしか考えていなかった。当時の僕は。そこが見知らぬ土地だろうが、どこだろうが、知ったこっちゃなかった。小島さんや寺岡さんからはたまに電話が掛かってくる。元気です…と答えて、僕は彼等を安心させなければならなかった。二人はけんかもするが、概ね幸せそうだった。結局僕はその二人に嫉妬することはなかった。僕の見えないところで幸せでいてくれればそれでよかった。

 

 そして新しい場所で、僕は自分を閉じ直した。

 

 

 

 

「まだ…していいか…?」

 

 未練がましく幸村さんが僕の仙骨に自分のモノを擦りつけてくる。問題はこの人だ。

 

「僕、もう落ち着きましたけど」

「俺はしたいんだけど」

「オナホ替わりに使いたいんなら、ご自由にどうぞ」

「…それな、お前いつも」

「いきなり変わりはしません」

「そんなだから、お前はしつこくいじられるんだ」

「そんなって…どんなですか?」

「お前の心を開いてみたいって思うじゃん」

「死にたいんですか」

「あのさぁ…んなわけねーだろ。お前が考え過ぎなんだよ」

「リミット…気をつけて下さいね。それと、そろそろ僕、無視しますから」

「おいおいおい、無視すんなよ」

「安全第一ですよ、まずは僕が幸村さんを観察しないことが大事。前にも言ったでしょ。忘れるなら取説作ります? 警察手帳に入るようなやつ」

「出た。岡本文書館謹製、岡本文書」

「なんで前の職場のアダ名知ってるんですか?」

「同僚から聞いたよ」

「隣県ですよ?」

「連続殺人事件でたまたまそこの県警と合同捜査した時に司法解剖立ち会ったらしいよ。お前のこと知ってた」

「じゃあ、いろいろ聞いてるんでしょ? けっこう浮いてましたから」

「結構じゃない。完全に変人扱いだったぜ。そうだなって違和感なく納得したけど」

「まぁ、慣れてます」

 

 ここに来たのも半分は追い出されたようなもんだ。半分は希望だったけど。しかし、岡本文書館とは…懐かしい響きだ。ただ単に直接喋らないで最小限の会話で意思疎通を図るために、僕は用件や連絡事項をしょっちゅうパソコンで文書を作ってメールやプリントアウトをスタッフに渡していたからなのだが。ほとんど無言で手渡すそれは、どう解釈しても奇異な行為に映っただろう。僕もそう思う。ここでもそれは変わらない。まだうちの上司の堺教授には僕の前職場でのあだ名は耳に届いていないらしい。

 

「取り敢えず、死なないで下さい。幸村さん優秀ですから。それこそ検挙率下がります」

「あー! 今のスゴい愛されてる感じした」

「全人類愛してますから。ですから、僕の視界には生きてる人はいれません」

 

 この人と話してると調子が狂う。おかげでズルズルとなし崩し的に付き合わされて今日に至った。この人に掛かると、容疑者もこんな風になし崩し的に自白させられて、いつの間にか被告人と呼ばれるようになるんだろう。良いお手並みだ。

 

「少なくとも、お前が堺先生の下に入って、屍体の出てる事件は解明率は上がってんだ。変人だろうがなんだろうが俺はお前のこと評価してるんだぞ」

「前の職場より楽ですよ。遺体の数少ないし」

「まあ、あそこは東北でも大きい政令指定都市だしな。人口が全然違う」

「それに…自殺が多くて…」

「統計的に日本一だからな、あそこは」

 

 変人の烙印は時として有利な方向に働く。僕は自殺の遺体の直接の執刀は極力避けていた。スタッフがいるから出来ることだが、少なくとも2年前まではそれでも法医学教室は回っていた。おかげで自殺の扱いで運び込まれた遺体を僕が執刀しているとこの件は自殺ではなく、僕が逃げると自殺遺体だと言われるまでになった。定期的に教授から苦情を言われたが、自殺以外の遺体の解剖については馬車馬のように働いたので、ある程度までは大目に見てもらえた。それもこれも業界の慢性的な人手不足があってのことだ。僕のような問題児でも使わざるを得ない。

 

 しかし、例のアメリカ発の世界的な経済危機の影響で、リストラや倒産がいきなり増え始めてから、自殺者が激増した。監察医制度のないこの地域では、承諾解剖と呼ばれる遺族からの要請によっても自殺遺体が増えていった。だんだんと曖昧な逃げは通用しなくなり、僕も上司も僕の仕事ぶりに限界を感じた。

 

 そうこうしているうちに、いたって珍しい新人の加入をキッカケとなり、僕は前の職場に見切りをつけ、ここの募集に応募した。今の職場は僕を含めて執刀医は2人。つまり、教授と僕、以上終わり…である。あとは検査員が1人と作業補助要員が2人。

 

「そのおかげでお前がここに来たんだから、俺らとしては変人だろうがマッド・サイエンティストだろうが大歓迎だしな。なんたって堺先生1人じゃ、どうにもならん。パートもしょっちゅう変わるし。いないし。まぁ、△△医大よりはマシだけどな。でも、ここだっていつでもそうなりかねないし…」

 

 あまりにも人出が足りない△△医大の法医学教室は職員の異動があり、スタッフの欠員が埋まらずに、3ヶ月前に司法解剖の受け入れを休止した。執刀医が1人では、講義との両立は地獄だったろう。しかしこの業種においてはどこも人材難が深刻なのだ。ここも、僕が来なければ△△医大と同じ末路を辿っていたかもしれない。しかしここの自治体の自殺率は前職の地域と比較すると格段に低いのだ。県民性なのか行政の努力なのかは知らないが、それでも僕はここの法医学教室はその意味では楽だ。この人の介入を除けば…

 

「ずっと…居ろよ」

「ええ、そのつもりですが」

「いつか落としてやる」

「殉職しますよ。色んな意味で」

「生意気言うな」

 

 身体を組み敷かれて有無をいわさずキスされる。これは抵抗しても無駄なパターンだ。また犯されるんだろうな…と舌を入れられながら僕は思っていた。無駄に元気な人だ。

 

 幸村浩輔(ゆきむらこうすけ)は警部補だ。ノンキャリアだが頭の回転が早く、僕が知る限りでは捜査勘はそれ以上にずば抜けていると思う。多分その頭の回転は、勘というワープ効果で大半の速度を出しているものと思われる。叩き上げの現場主義で、組織の中ではよく見えるがゆえのストレスも多いとこぼしているが、その割に生来の楽天家のようで、クヨクヨ考えないらしい。本人曰く、「反省はせずに、考え直す」をモットーとしている…らしい。

 

 もうすぐ不惑になる、とか言ってたから、まだ39なんだろう。“楽天家でクヨクヨせず執念深い”。それははっきり言って捜査以外ではタチが悪いの一言に尽きる。捜査以外の僕が言うことを意に介さない。ベッドの中の僕の性格も意に介さない。僕の嫌味や拒絶を散々受けても自分の好きにする。ある意味変態だ。ドSなのかドMなのかわからなくなってくる。

 

 身体をしつこくいじり回されているうちに、落ち着いてきたはずの自殺の残り香が再燃してくる。この人にされているとそういうことが往々にしてある。鬱陶しいような、後ろ髪を引かれるような、えも言われぬ気分になる。生きている人間にこんなに近づいて来られたのが久しぶりだからなのか、どうなのか。不思議だ。

 

 どうであれ、僕に関わった誰かが不幸になるのは見たくない。

 

 僕は淡々とした仕事だけの関わりに戻って行きたい。でも、そうさせないという意味不明な意地を張られている。僕から自白を取りつもりでいる。“幸村さんが好きです”という…思ってもいないことを言うのは、自白とは言わない。刑事による取調べ中の強制自白というやつ。それは虚偽だ。そこに嘘はつけない。

 

 しかし仕事のことで言えば、この人の持ち込んでくる異状死の事件性の高さは並じゃない。彼が手がけ、僕が解剖した遺体の最初のヤマからしてそうだった。それは実際には殺人が病死に見せかけられていたのだが、ほとんどの証拠は病死を指していた。捜査の必要性なしとの上の判断に食い下がり、司法解剖になったのは彼が言い張ったからだった。血液からかすかに青酸の反応が出た。僕は薬物の詳しい毛髪検査を要請した。長期に渡る微量の青酸の摂取は、毛髪に蓄積する。それで捜査は展開を見せた。

 

 それ以来、彼は僕に関心を示すようになった。いくつかの案件を彼と協力して前に進め、そのせいでか法医学教室によく出入りするようになったと思った間もなく、僕がミントの携帯用スティックをなくしたせいで、幸村さんにあれを見られるはめになった…例の発作を。

 

 それは冬ならよくあるであろうイレギュラーな勤務から始まった。

 

 

 

 




《挿絵追加のお知らせ》

今回も新しい挿絵の追加のお知らせです。
ご覧になられたように『一、法医学教室』冒頭部に挿絵を貼ってあります。


絵師:あめふらし様
プロフィール:リリカルで夢のような線と色彩で美しい人物と情景を紡ぎだす絵師様。文字で書かれた人物を、まるでデルフォイの巫女のようにドンピシャなイメージでチャネルし魂を込める、錬金術系異能者。

*今後も随時、UPしていく予定です。本文更新のあとがきと活動報告にてにお知らせします。
*挿絵機能は初期設定でOFFになっています。画面右上の【小説閲覧設定】をクリック後、【表示機能管理】2行目の【挿絵表示】の【有】を押して頂くと本文中に挿絵が実装されます。
*挿絵のあるページには目次の章タイトルの後ろに【画】と書き込んであります。
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