数日後に松田さんに犯されている最中にその傷が見つかったらしく、意識が戻った後に問いただされた。自分で切り取ろうと思ったらオナニーで初めてイケた、と言ったら、オナニーしたことがなかったのを驚かれた。肉体を無視してたのにオナニーできるわけない。だいたいあの写真集を見て勃起して、おまけにあなたに犯されて以来、僕は自分が生きてる肉体に入ってるということを思い出しちゃったんだ、でもまあ、あの写真集はとても良いので我慢してる。そう言った。それを聞いて彼はまたこの前訊かれた質問を僕にした。
「僕のことさ…どう思うようになった? あの時と変わらないかな…」
「変わりません。あ…でも、ちょっと変わったかな」
それを聞いた彼はいきなり僕の肩を掴んで、僕の目を見つめた。
「どんな風に? どんな風に変わったの?」
「僕はイケなかった時は、佳彦に首を絞めてもらわなければ自分の身体も思うように出来ないって思ってたんですが、なんとか自分でイケたので、これで佳彦がいない時でも苦しくなくなるなって…」
「それ…状況が変わっただけでしょ。ぼくに対する思いじゃないよ」
「あ、そっか」
「まだ…興味ないんだ…」
「わかりません…」
「裕はさ…誰でもいいの? 誰に落とされてもイクの?」
「わからないです。佳彦にしか落とされたことないので」
「そういうことじゃ…ないよ」
「じゃあ、どういうことですか?」
彼は黙った。うつ向いて何かを考えてるようだった。少し経って彼は怒ったように僕を抱き寄せた。そして首や顔に乱暴に指を這わせ始めた。
「いいの? 裕…誰かに犯させちゃうよ? 僕以外の誰かにさ」
「なんで…ですか…?」
彼はフフっと笑っていきなり僕の後ろ髪を掴んだ。僕の頭が前後に揺れた。
「わからないよね。そう、君はわからないんだ。なにもかもわからないことだらけ! じゃあ、僕がわからせてやるよ! 君が僕にしかなついてないってことをさ!」
そう言うと彼は不意に我に返ったように、僕の髪を離した。そしてその手を自分の額に当てた。そのまま彼はソファに仰向けに倒れた。
「ごめん。でも…本気で…やっちゃうかも」
「なにをですか?」
「君を僕以外の誰かに落としてもらうってこと」
ああ、そういうことか。と僕は納得した。再現性の問題なんだ、これは。僕が松田さんの絞めだけに反応すれば僕は松田さんの固有の行為に快楽を感じているということになる。でもそれにはなんの意味があるんだろう。僕はそこもわからなかった。
「そうすると、なにがわかるんですか?」
「君はバカなのか、裕」
「僕が佳彦にだけ反応するかどうかが知りたいんでしょ?」
「わかってるじゃない!」
「でもそれに何の意味があるんですか?」
それを聞くと彼は愕然とした顔をした。口が半開きになったまま閉じなかった。
「わからないんです。教えて下さい」
そう僕が言うと、少し経ってから震えた声で小さく答えが返ってきた。
「…言いたくないな」
「なんでですか?」
「言わなくても…わかって欲しいからだよ…いや…君から…言われたいんだよ」
「僕は…なんて言えば…」
「いい、もういい。もういい…もういいよ」
僕はお姫様のように横抱きにされてバスルームに連れて行かれた。二人で黙って互いの身体を洗った。互いの体液が水に解けて流れていく。彼が僕に不意に口づけた。僕は黙ってされるがままになっていた。
日曜に二人で出かける約束をした。佳彦といるとよく約束をさせられる。あまりない経験なので、言われるまま、僕は待ち合わせの場所で10分前から待っていた。いつもの黒いシボレーが近づいてきて、窓が開き、彼が顔を出した。
「早かったね」
「そうですか?」
「助手席乗って」
「はい」
いつしか高速に乗っていた。随分遠くに行くんだな、と、僕はどこに行くのかも訊かずに助手席で景色を見ていた。いつもよく話す彼は、今日はあまり話さなかった。
40分くらいだろうか。町を抜けてまた大きな繁華街に入った。高速を降りて行く。太い道と細い道を何度か繰り返して行くうちに、あるビルのパーキングに入った。
「着いた。降りて」
「はい」
言われるまま、車を降りる。彼が手招きして僕はそれに付いて行った。パーキングを出て、少し行くと黒いガラスの入った店のドアの前に彼は立った。その後ろに着いた僕に、彼はふりむかないままで言った。
「なにも訊かないの?」
「訊いたほうがいいですか?」
「これからさ…なにが起きてもいいの?」
「さあ、わかりませんけど」
「じゃあさ、なんで付いて来たの?」
「一緒に出かけようって言われたからです」
「悪いけど、もう君の責任だからね…」
「わかりました。そうします」
「…だから…ちっ…」
彼はなにか言いかけたが、やめて舌打ちをした。そしてドアを開けた。シンセの効いたテクノっぽいうるさい音楽が流れていた。奥まで長い廊下。間接照明で廊下は暗かった。廊下の突き当りも黒いガラスのドアだった。そこを躊躇なく彼は入っていく。ドアの向こうはバーだった。多分、バーというものだろう。長いカウンターがあって、カウンターの中にはマスターのような人と、従業員が飲み物を作ったり、グラスを洗ったりしていた。客は2人だった。暗い店内は、そんなに広くはなかったが、その奥の衝立の向こうに、部屋があるようだった。
「はい、鍵」
「ああ」
マスターらしき人が、何も言わないのにカウンター越しに彼に鍵を渡した。
「あいつ来てる?」
「まだ。お前ら早かったからさ」
「あ、そう。じゃあ、あっちで待つわ」
「この子…高校生?」
「いや、中学生」
「外道だな」
「知ってるだろ。むこうになんか飲むものとか持ってきて」
鍵をくるくる回しながら、彼は僕に目配せをすると、慣れたふうに奥の衝立の裏に入っていった。僕も後を追った。中は部屋が仕切られていて、その中のひとつに僕達は入った。
「待つんだってさ…なんか変な感じだ」
「誰か来るんですか?」
「ああ、来るよ…」
そう言うと、なにか続けるように彼の口が動いたが、それは声にならなかった。
「まぁ、座るか。そこのソファどこでも」
ノックの音が聞こえて、従業員が飲み物を持って入ってきた。僕が座った前に薄い黄色の炭酸を置いた。彼にも同じものだった。
「ジンジャーエールかな。飲める?」
「初めてですが」
冷えた炭酸が喉に滑りこんでいく。
「飲めます」
「ああ、嫌いなもん、無かったんだっけ」
「はい」
するとすぐにまたノックの音がした。マスターでもさっきの従業員でもない男の人が入ってきた。背が高くて大きな人だった。
「久しぶりだな」
「そうだっけ」
「この子?」
「うん」
「好みだな。お前良くわかってるなぁ」
「じゃあ、打ち合わせ通りよろしく」
彼がソファから立ち上がった。大きい男の人が僕の横にドスンと座る。彼は壁にもたれて僕と男の人を眺めていた。
「じゃ、いくわ」
そう言うと、男の人は僕に覆いかぶさってきた。この人に犯されるのか。ということは、これは先日の佳彦の言ってた“君を僕以外の誰かに落としてもらう”ということの実験をするんだろう。僕は絞めやすいように、押し倒されながら首をのけ反らせた。男の人の大きな両手が首を包む。いつもより広い圧迫感が頸動脈に襲ってくる。
「あ…ああ…」
僕は思わずよがり声を上げた。頭の中に痺れがくる。下腹部に熱い熱の塊を感じた。気持ち良い…ダメだ…誰でも気持ちいいんだ。
「はうっ…!!」
僕の股間で精液がしぶいたのを感じた。一瞬遅れて、意識がなくなった。
次に気づいた時、男の人は僕を裏返して後ろから犯していた。壁にもたれてたはずの佳彦は見えなくなっていた。僕の意識が戻ったのを男の人がわかったみたいだった。動きを止めて、彼が僕に告げた。
「帰ったよ…松田」
「そうですか」
「いいのかよ」
「ええ」
「お前、見かけによらず淫乱だな」
「そうなんですか…?」
「誰とでも寝るのか?」
「別に…そういうつもりではないです」
「松田は鬼畜だな。お前松田から言われたから俺と寝たんだろ?」
「ええ、まぁ、そうだと思います」
「俺が絞めてもお前がイッたんで、ショックで帰っちまった」
「そうなんですか」
「好きじゃないの? ヤツのこと」
「わかりません」
「困ったな。でも松田が困ってるのおもしれーな」
僕はそのあとも、意識のあるままずっと犯されていた。この人は僕が目が覚めていても欲情するんだと知った。初めての体験だったが、僕がイクことはなかった。
その後僕は服を着て、その部屋でその大きな男の人と話をした。ほとんど男の人が話をして、僕は質問に答えるだけだったが。男の人は小島…もしくは野島という名前だった。佳彦とは乱交仲間だと言った。そんな仲間がいるのかと初めて知った。
「お前はさ、俺に犯されてどうなんだよ。松田からどんなこと聞いてたんだよ。そんな冷静な顔されるとなんか変な気分になるわ」
「松田さんには何も説明されてません。でも松田さん、僕が他の誰かに絞められてもイクかどうか知りたがってたんで、あなたが僕を押し倒した時にその実験の日なんだなって理解しました」
「お前、松田のこと好きなんじゃないの?」
「わかりません」
「ははは! そっか。言ってたよ。かわいそーなヤツだな、あいつ。松田がこんなにハマってるの見んの久しぶりだわ。松田はお前が自分のこと好きだって証明したかったのになぁ。初見の俺でもイッちゃったもんなぁ…あっははは…やっぱり好きじゃないの?」
小島…野島さんは憐れむような呆れたような顔をしてしばらく笑った。
「好きか嫌いかってわかんないです。松田さんは僕に好きって言って欲しいんですか?」
「…みたいだよ。でもお前に何度聞いてもわからないって言われてキレたんじゃね? なんか俺に電話掛かってきた時、すんげー執念深い声出してたわ。好きな子、他の男に犯させるって…あいつもほんとにドSだよな。受ける俺も俺だけどな。でもお前、俺好みだわ」
そう言うと、ソファに座ったまま彼は僕を抱きしめてきた。そして僕の股間を空いた手でまさぐり始めた。
「お前拒否らねーのな。何されてもいいのかよ」
「べつに…」
「なんかこうさ、嫌悪感とか愛着とかないの?」
「特に」
「痛いことしてもいいってか?」
「どんなことですか?」
「殴るとか」
「さあ…どうでしょうか」
「じゃあ、殴っていいか?」
「ええ」
そう言った途端、不意に右側からパァンと頬に衝撃が走った。顔が体ごと左に弾かれていた。
「松田がイラッとするの…なんかわかるわ」
平手打ちされてソファから落ちそうな僕を、彼は受け止めながらそう言った。
「俺のこともなんとも思わねーんだろ?」
ヒリヒリする頬を押さえながら僕は佳彦に言ったことを、彼にも繰り返して言った。
「僕…生きているものに興味が持てないんです。だから生きてる人間にも、好きとか嫌いとか思ったことないんです…ごめんなさい」
それを聞いて彼は僕を抱きしめた。
「松田も言ってたよ。“僕が死体だったらあの子は僕のこと好きになるんだろうな”ってさ」
「それは、そう思います」
「でも、死体はお前のこと好きになんないぜ」
「はい。当たり前じゃないですか」
「いいのかよ?」
「なにか…良くないですか?」
彼は僕をマジマジと見た。そして何度か納得したように頷いた。
「お前…すごいな。永遠に片思いだぞそれ」
「そういう風にも言えますね。そうですね。それは言えてます」
「愛されたくないのか、お前…」
それは人生で初めて聞いた質問だった。そんな考え方があったのか。と、僕は新鮮な感慨を感じた。この頃初めてのことが多い。佳彦のせいだ。
「その発想は無かったです。そんなこと考えたことなかったですし…」
一瞬の沈黙の後、彼は僕を抱いたまま爆笑していた。なぜ笑ってるのか僕にはさっぱり意味がわからなかったが。
「あっはははは…こりゃまいったわ。松田の負けだわ。お前も屍体なんだな!」
この人はなんかわかってるのかも、とそれを聞いて思った。僕が自分を屍体だと思ってる。その通りだと僕は彼の認識を評価した。
「そうです。そのとおりです。僕は…自分の身体が生きてるってことがいちばん苦しいです。松田さんは僕が生きてるってことを僕に突きつけたんです。まだ混乱してます。僕はずっと自分が生きてることを無視してきたのに…勃起したり、性欲を抑えられない自分をどうしていいか…まだよくわからない」
「あいつは愛されたいんだよ。欲が深いんだよ。でもそういうもんなんだ。人間はな。俺もだよ」
そう言うと僕の首にもう一度手を掛けて絞め始めた。きつく食い込む指の感触に僕は歓喜の声を上げた。
「ああっ…! くはっ…!」
「めちゃくちゃにしたいなぁ…お前憎ったらしいわ。でもそこがそそるんだろうな」
「はう…」
「殺したくなるわ…マジで」
それを聞いた途端、僕は射精した。それを聞いたらただ絞められるより何倍も気持ちいいことに僕は気づいた。気づいたすぐに僕は失神した。そのあと、痛みで気がついた。僕はソファから引きずり降ろされていて、裸で後ろ手に縛られていて、見上げると彼は無表情に僕の臀部に革ベルトを打ち下ろしていた。
「死んじまえよ…本当は死にたいんだろ? お前さ」
痛みが死につながっていくかも知れない。でも打擲は痛みを浮き彫りにした。僕が生きてる痛みを。
お前にのめり込んだらホント不幸だよな…と別れ際に言われながら、僕はその大きい男の人の車を降りた。佳彦が帰ってしまったので、彼が代わりに送ってくれた。ドアを閉めてからランドクルーザーの運転席のウィンドウが開き、彼が顔を出した。
「おい、お前さ、松田と別れたら俺と付き合えよ。なんかあったら連絡しろよ。じゃな」
「ああ、はい、ではさようなら」
野崎…尾崎さんはそう言って去って行った。最近、知り合いが増える。佳彦のせいだ。
家に帰り、風呂に入る。今日起こったことを反芻した。
死にたいのか、僕は。
あんなに殺したいとか死にたいんだろとかいう言葉に反応するとは思わなかった。言われてみるもんだ、と思った。自分ではわからないことが多いものだと、佳彦との出来事を通じてなんとなく思った。
身体のあちこちにアザや擦過の傷がついている。風呂のお湯がしみた。鏡で見ると、平手打ちされた頬に赤い痕が残っていた。だが、夕飯の時に母親からそれを指摘されることはなかった。そういえば、僕は親から叩かれたことがない。それを思うと、親よりまだ佳彦や野崎さんのほうが、僕の中ではその存在にかすかに色が着いていた。
(愛されたいんだよ…あいつも、俺もな)
その言葉が不意に頭の中をよぎった。