※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

48 / 128
十三、アラン・チューリングⅡ世    【画】

 他人の家なんて何年ぶりだろうと思いながら、僕は佐伯陸のマンションに居た。最新の二重オートロックで、大きな監視カメラが進路ごとに死角が無いように設置されていた。

 

「面倒くさいけど…仕事柄…ね」

 

 と、苦笑いしながら佐伯陸はディンプルキーを回してドアを開けた。このマンションはこの街で一番の高級マンションとなる。築3年。ただでさえ広い空なので、この高層マンションが目印になって、駅に向かう来訪者も多いし、あれを目印に行けば駅まで行けるとかお客さんにスタッフが話しているのを聞いたこともある。だってどこからでも見えるのだから。

 

 独り暮らしには大きすぎる部屋だと思ったが、2LDKのうちの1部屋はパソコンの部屋で、機材と本と書類に埋もれいるらしい。広いリビングのソファには大きなクマのぬいぐるみがすでに着席していた。

 

「ただいま! アラン!」

 

 と叫んで佐伯陸はボフッとクマに抱きついた。アラン。フランス熊か?

 

「紹介します。アラン・チューリングⅡ世、ボクのスーパーバイザー」

「チューリング・マシンの?」

「そうそう! 岡本さんコンピュータ詳しいの?」

「多少勉強した程度。プログラムなんて出来ないですよ。コンピュータの歴史とかは読んだ。それで知ってるだけ」

 

 アラン・チューリングはコンピュータの父とも、アルゴリズムの生みの親とも言われている数学者だ。ではこの熊はイギリス熊だろう。

 

「アランはアスペルガーだったとも言われてるし、それにゲイだったんです。18歳で好きだった人に死なれて無神論者になった。そして41歳で自殺した。他殺だったとも言われてるけど。リンゴに青酸染ませて食べて死んだの。ボクとよく似てる。生まれ変わりかも知れないって思うこともあるんです。当時の捜査に岡本さんがいたら、自殺か他殺かわかったかもね…」

 

 と、少し憂い顔で佐伯陸は最後にそう呟いた。

 

「いつもアランに相談する。数式がうまくまとまらない時も、淋しい時も、いつも彼に話してる…あ、座って」

 

 僕は隣に座った。自分の部屋に帰ってきただけで、佐伯陸は少し元気になったような気がした。内弁慶というやつなのかも知れない。テリトリーに帰ると調子が出るような人かも知れない。

 

「何か飲みます?」

「では、水を下さい」

「お茶くらい淹れるよぉ」

「じゃあ、なんでもいい」

 

 佐伯陸はハッとしたように、テーブルの上に置いた僕の取扱説明書をめくった。

 

「…えと、確か書いてあったですよね…あ、あった。『4.脳の働きが一般的でないため味覚と嗅覚が鈍感なので、好き嫌いはない。好き嫌いを訊かれても困るだけなので、適当にあるものを提供して下さい』?」

「正解」

 

 ちゃんと使ってくれることに感動を覚えた。佐伯陸は本物のアスペルガーかも知れない。

 

「脳の働きが一般的じゃないって…どういう意味ですか? あ、ちょっと待って、今ペン持ってくる!」

 

 なんだか興奮気味で佐伯陸はパソコンの部屋と思しきドアの向こうに小走りで消えていった。ペンを持ってソファに帰ってきたその後も、矢継ぎ早に質問が飛んできて一向にお茶は入らなかった。別にいいけど。

 

「へぇ…共感覚なんですか。ボクの知り合いの数学者も数字に色がついてるって」

「不便ですよ。とてつもなく」

「熱いものはダメ、と。飲み物もぬるくすればいい、と…あ、お茶淹れるって言ったのに!」

 

 いきなりペンを投げ出して、立ち上がってキッチンに走っていった。思ったことをその場でやる人なのか。この落ち着きのなさは。しばらくしてぬるくした紅茶であろうものをカップに2つ持ってきて、僕と自分の前に置いた。

 

「香り、ストロベリーなんですが…やっぱり匂いしませんか?」

「うん。しないね」

「今度はミントティー用意しておきます」

 

 と、取説を見ながらそう言った。今度と言われるということは、またこの部屋に招待されるということだろう。誰かに似たようなことを言われた気がした。幸村さんだ…味噌を多めにしろとかなんとか…

 

「スッカスッカしますから夏にしか飲めないけど」

「僕は冬でもいけると思う」

「そんなに熱が嫌いですか?」

「ああ…うるさいからね。実際聞こえるから。熱の音。みんな真に受けてくれないけど」

「ボクは冷え性だから、きっと大丈夫ですよ」

 

 そういうのが一番大丈夫じゃないでしょう? と僕は苦々しく思った。

 

「どう大丈夫なの? なんか良からぬこと考えてるの?」

「ああ、まぁ、言葉の綾っていうか…なんていうか…別にアヤしいことしようということは考えてないんですけど…あの…」

 

 そう言うと、また佐伯陸はもじもじし始めた。

 

「僕達は仮にも友達だよね。ゲイの知り合いが言ってたよ。友達と恋人の境目は性欲だって。勃起したら友達じゃなくなってるって。それを感じるなら早く僕を追い出してくれるかな」

「そっそんな…大丈夫です。ボクは自分と似てる人には恋愛感情感じないんで」

 

 同類だと思われてるらしい。どういう意味だろう。

 

「似てる…?」

「ええ…だって、受け身っぽいし。理屈っぽいし。華奢だし。あまり男っぽいフェロモン感じないし…どっちか言ったら中性的ですよね、岡本さんも」

「いや…そういう視点は無かったけど」

「そういう人好きになったこと無いし。大丈夫です。マッチョな男っぽい人がいい」

「だったら、いいけど」

「だから…あの…抱きしめてもらっても…好きになったりしないから」

 

 それは抱きしめてくれということだろうか。顔を真っ赤にしながら、また下を向いて小さい声で恥ずかしそうに佐伯陸は僕に訊いた。

 

「そういうの…ダメですか?」

「アラン・チューリングⅡ世の替わり以上のモノを求めるんだったら契約破棄ですが」

「いえ…兄弟とか…お姉様…とか」

「お…おねぇ…」

「いえ、あの、岡本さんが女っぽいとかじゃなくて…家族とかのスキンシップ的に…あの…恋愛抜きでそういうのいままで無かったし…恋愛抜きでもそういうのできたらボクは結構満足なのではないかって…でも…そんなこと言える人今まで居なかったから」

 

 きわどい選択をしたがる人だな、と僕は思った。

 

「アランでもダメなときはダメなんです。淋しすぎて死にそうだと…ボクはダメダメな人なんで…でももう浩輔には助けを求めるのイヤなんです…もっと淋しくなるの分かってるし」

「アランより屍体のほうがマシと」

「屍体って…喋ってくれるなら屍体じゃない。興味なくても抱きしめてくれるならそれが今のボクには」

「それで満足できるの? 君は」

「どうでしょうか…」

「君の心は死んでないんだね…まだ」

「完全に殺せるものなら、殺してしまいたいです」

 

 そうだ。ほとんど死んでいる僕にもその瞬間があるくらいだ。殺せるなら殺してしまいたい。この世に自殺の屍体さえなければ、僕は平穏に死にきれるのに。

 

「わからなくは…ない」

「でもなんで…岡本さんが死ねない理由って…」

「悲しむ人がいる」

「その人のために?」

「そう。それだけ」

「でもそれが大事なのか…自分が楽になることよりも」

「どうだろうね。僕が死にたくなるのはそんなにいつものことじゃない。いつもは…忘れてる。大勢の屍体と一緒に静かに暮らしてる…自殺の屍体以外は僕を困らせない」

「自殺の…」

 

 あ、言い過ぎた、と僕はちょっと後悔した。

 

「わかるんですよね…でも、困らせるって?」

「…発作が起きる。で、死にたくなる。この件は繊細な話なんでもうやめるよ」

「わかりました…」

 

 そう言うと佐伯陸は僕の隣に座った。

 

「ボクも困らせてますか?」

「ええ、もちろん」

「そっか…でも…少しだけ我慢してくれませんか」

 

 背の低い佐伯陸は僕を上目遣いで見上げると、そのまま枝のような腕を僕の首に絡めた。額が僕の頬に触れた。

 

「抱きしめて下さい…お願いします…ボクがどう感じるか知りたい」

 

 抱きしめられることしか無かった僕が、誰かに抱きしめて欲しいとねだられているのがとても不思議な感覚だった。試みに僕は今まで抱きしめてくれた人に倣って、両腕を佐伯陸の身体に回してみた。肩が細くて自分の腕が余った。中学生の僕と隆の体格差はもっとあったから、いったい隆はどんな風に僕を抱いていたんだろうと、思い出そうとしたが、思い出せなかった。

 

「…静か…ですね。岡本さんって」

 

 不意に佐伯陸が呟いた。

 

「静か?」

「ほんと…生きてる人と違うんだ…」

「へぇ」

「なんで、死んじゃったの?」

「生きてたことなんてない。僕は生まれつき死んでた」

「そう…」

 

 佐伯陸は身体を下にずらして、僕の胸に顔を着けた。

 

「心臓の音…小さい」

「心臓が動いてるのが僕はむしろ不思議」

「ねぇ…性欲とかないんですか? ほんとに。こうしててもしたくなったりしない?」

「しない」

「ほんとに?」

「うん」

「変わってる…ほんとに変わってる」

 

 すると佐伯陸はそのままズルズルとソファから滑り落ち、なぜか僕の脚の間に入った。そしておもむろに顔を僕の股間に埋めた。

 

「あの…約束が違うような気がすごくするんだけど」

「試してる…」

「勃たないよ」

「それを試してる」

「あ、そう」

 

 確かめておかなければならないことを佐伯陸にひとつ尋ねた。

 

「欲情してるの?」

「してないです」

 

 それならいいけど、無駄なことを…と僕はそのまま何もせず佐伯陸のされるがままになった。

 佐伯陸は腕を僕の腰に回し、服の上から性器に唇を押し当てていた。軽く噛んだりキスしたりと、僕の股間を口でいじくり回した。しながら佐伯陸は僕に尋ねた。

 

「…押し倒したり…したく…なりませんか?」

「ならないですが…なにか問題でも?」

「我慢してます?」

「いいや。全然」

「ですよねー」

 

 佐伯陸はいきなり顔を上げ、面白そうな顔で僕を見上げた。

 

「すごーい! これやって勃たなかったのも押し倒されなかったのも初めてだ!」

「そうですか」

「すごい! その歳でEDとか?」

「いいえ。むしろそうなりたい」

「ええぇぇ! ボクってそんなに岡本さんのシュミじゃないの?」

「いえいえ、どんな趣味もないから。言ったでしょ」

「じゃあ、なんでEDになりたいの? あぁ、やっぱりネクロフィリ…」

「違うって」

「もう隠さなくても…」

「性欲もないのに勝手に反応することがたまにあると、熱が上がるからほんとに気持ち悪いんだよ。不快だし、精神は混乱するし死にたくなるし、いいことない」

「へえぇ、それはツライですね。わかった。でも、スゴいなぁ。だいたいこの流れで犯されなかったことなんかないのに」

 

 こういうことをよくするのか。

 

「何度もやったんだね」

「うん。我慢できなくなる…淋しいと。だからわからないんです。抱きしめられるだけで満足できるのか、成功したこと無いんで」

「だって、自分から破壊してるじゃない」

「だって…欲情してるのに『抱きしめるだけで良いです』なんて可哀想すぎるじゃないですかぁ」

「それなら股間を嬲らなくてもいいでしょ」

「あれは反応しない人に敢えてやる負荷試験」

「ブドウ糖負荷試験で糖尿病になっちゃう人もいるんだよ」

「それはすでに弱ってたんでしょ? 発症寸前。もっとね、丈夫な人がいいの」

「負荷試験厳しいね」

「うん、そう。で、犯される」

「君は欲情してないのに?」

「最初は欲情してなくても、無理矢理押し倒されて犯されてるうちに感じてきちゃうから…ドMなんで」

「あ、そう」

「これで初実験できる! やたー!」

 

 股の間に座って見上げながら佐伯陸は嬉しそうに笑った。

 

「では、こちらにどうぞ」

 

 佐伯陸は立ち上がると、リビングの奥に僕に手を引っ張って歩き出した。奥のドアを開けると、そこは寝室だった。

 

【挿絵表示】

 

「あのさ…負荷試験まだ続いてるの?」

「ううん。もう本番ですよ」

「ベッドで?」

「ベッドで!」

「あ、そう」

「だって、抱き合ったまま寝てるほうが疲れないじゃないですか」

「ま、そうだけど」

「フィット感高いし。はい、岡本さん上着脱いで」

 

 そう言うと佐伯陸は後ろに回って僕のジャケットを脱がせた。ハンガーにかけた上着を壁際に置いてある木製のハンガーラックに掛けると、僕の手をまた引っぱり、ベッドに腰掛けるように言った。

 

「はい、寝っ転がってくださいませんか?」

「いいけど…え…あ…」

 

 そう言う間もなく、ほとんど押し倒されるように僕は佐伯陸とベッドに倒れこんだ。

 

「ボク、男の人押し倒したの初めてかもぉ!」

 

 笑いながらはしゃいでる佐伯陸が僕の肩を両手でつかみ、胸の上に顔を乗せた。僕の顔からメガネがズリ落ちそうになった。

 

「メガネ外していいかな」

「あっ、ゴメン。気が付かなかった」

 

 佐伯陸はベッドの枕元の宮に、僕が外したメガネを手を伸ばしてそっと置いた。

 

「岡本さんて…」

 

 メガネを外した僕の顔をしげしげと眺めて、佐伯陸は呟いた。

 

「メガネ外すと、マリア様のイコンみたいな顔してる」

「イコンて?」

「教会で使うの。聖なる絵」

「キリスト教徒?」

「ううん。ロシアでやった数学の学会で、観光で教会に行った時に見た」

 

 そう言うと、顔に掛かっている僕の前髪を指で分けた。

 

「あのね、正教会のマリア様のイコンって、どれもなんとなく困った顔してるんだよね」

 

 クククと笑って僕の顔を見て首をかしげた。

 

「そう言う顔してるの、いま、まさに」

「まぁ、困ってるし」

「困ってるの?」

「わからないとは言わせないけど」

「ごめんなさい。知ってます。でも、困った顔して『しょうがない子ねぇ』って言うお母さんみたい。お母さん、はい、早く腕回して抱きしめてくれませんか?」

「お姉さんの次はお母さんですか」

 

 僕は胸の上の佐伯陸の背中に両腕を回した。確かに寝転んでいる方が腕が余らなくてフィット感があった。抱きしめた瞬間、佐伯陸が大きく息を吸って、そして吐いた。

 

「中性的なんだって、岡本さん…ほんと、ボク、こんなにときめかないの久しぶりかも」

「それはなにより」

「これはいいお知らせです。困ってるから、気が楽になるように。そして残念なお知らせもあります」

「なにそれ」

「気持ちいい…岡本さん。静かで気持ちいいね…寝ちゃいそう…このまま寝てもいい?」

「ダメでしょ。僕はそろそろ帰るよ」

「ええぇ…あの…できたら…一緒に寝てくれませんか? いつもよく寝られないんです。でもこうしてると寝られそうで…1日くらい熟睡したい」

「さっき会ったばかりで、そんな人と寝ていいの?」

「さっき会ったばかりで一緒に寝るだけで犯されないなんて、ぜんぜん問題ないですよー。浩輔の知り合いだし、なんか初めて会った気がしないです、ボクは」

 

 聞けば聞くほどほんとに身体のユルい人だと思ったが、発作の時の僕も同じようなものなので、敢えてツッコむのはやめた。

 

「明日、なにか予定あります? 日曜日ですけど」

「特に無いけど」

 

 と聞かれるままにに答えた直後、嘘でも予定があるって言えばよかったと後悔したが遅かった。

 

「泊まってって下さい…パジャマ貸すから、お願いします! マリア様!」

「マリア様じゃないでしょ」

「それにボク、どうせ明日の昼から東京の学会に出なきゃなんないし。朝早く起きて出ますから、それまで、ね? ね?」

「あの…」

「どうせあと1ヶ月は会いませんから…」

「なんでそうも強引なの?」

「だって…こんな眠くなることないですもん…あ、そうか。やっぱり岡本さんをもってしてもお泊りの負荷試験は自信がないと。まぁ、そうですよね。ベッドで一緒に寝たら、さすがにいくらなんでも欲情しますよねぇ」

「君のほうが危ないんじゃないの?」

「いいえ。ボクは強引に迫られない限り安全圏」

「ああ…そう。じゃあ、そうです。さすがに一緒に寝たらなにするかわからないから、今日は帰ります」

「あああ! ずるーい! それずるい!」

「ずるいのは君でしょ」

「わかった! 行くならボクを倒してから行け! ボクの屍を踏み越えて帰ればいい!」

 

 そう言うと佐伯陸は僕の胴に手足を回してしがみついた。

 

「離さないですからね」

「君と幸村さんは似てるなぁ」

「どっどこがですかっ」

「強引なとこが」

「欲望に忠実なのです」

「コアラですか…君は」

「欲望に忠実なコアラなんですっ」

 

 これ以上の言い合いは無駄だと判断した。ほんとに仕方ない。

 

「明日、何時に起きるんですか?」

「6時半ですやったー! シャワー浴びましょ、シャワー。でもってすぐ寝ましょうよ」

「何でも好きにすれば」

「じゃあ、バスルームこっちです。あとでバスタオルとパジャマ脱衣所に置きますから。あと、歯ブラシ、お客さん用の出しときます」

 

 本当にただ寝たかったらしく、お互い寝る支度をひとしきりやってパジャマに着替えた後、僕と佐伯陸はさっきと同じ格好でベッドに入った。じゃあ、おやすみなさい、と言って僕の胸に頭を乗せたかと思うと、5分もしないうちにスースー寝息が聞こえてきた。やれやれと佐伯陸の背中に回した腕をほどいて天井を見上げた。

 

 増えた。増えちゃいけないのにまた厄介な人が増えた。警察官…大学講師…ああ、なんということだ。この武官と教育者という組み合わせから僕は逃れられないのだろうか。気づけばここの法医学教室に来てから、実家に居た頃のレプリカのような人間関係がいつの間にか構築されていて、僕は変な夢、もしくは並行宇宙にいるような気がした。場所を変えても人生って同じなのか。そうすると幸村さんと佐伯陸が別れてるってことは、実家にいた頃とフィルムが逆に回っている可能性がある。するとこれから司書が現れるのか…そんなことを考えているうちに、いつの間にか僕も眠っていた。

 

 アラームが鳴って目が覚めると、隣に人が居た。ここは一体どこだ…と僕は寝ぼけながら辺りを見渡すと、そこは佐伯陸のベッドルームだった。隣から手がにゅーっと伸び、手探りでアラームのスヌーズを押した。その腕が次に僕の身体に伸びてきて、僕の肩を撫で回した。

 

「あぁ…居たぁ。ちゃんといたぁ。おはよぉ」

「おはよう」

「すっごい寝た。こんな熟睡したの久しぶり」

「それは良かった」

「ありがとう…ワガママ聞いてくれて。寝たぁ…寝たよ」

 

 佐伯陸はベッドの上に起き上がり、目をこすった。僕はまだ身体が動かないので、そのまま仰向けで目だけ開けていた。

 

「7時半に家出るんです。朝ごはんシリアルだけどいい? あ…なんでもいいんでしたっけ」

「なんでもいい」

「アレルギーとかもないんですか」

「ないですよ」

「じゃあ、支度したら呼びに来ますね」

「それまでには自分で起きる」

 

 スタスタと佐伯陸が部屋を出て行ったあと、ゆっくり僕は起きた。案外どこでも眠れる自分を発見した。シリアルとコーヒーの朝食が終わり、一緒に出ようというので佐伯陸の着替えを待っていた。しばらくするとベッドルームからこども店長のようなスーツ姿の佐伯陸が出てきた。

 

「ああ、もう、このカッコやだぁ」

「スカートじゃないんだ」

「皆んなから七五三って言われる。でも学会はさすがに…ね」

「あ、そう」

「出ましょうか。いろいろお世話になりました。また連絡する」

「しなくてもいいけど」

「しーまーすー。メアドと電話番号下さい」

 

 強引に僕から連絡先を搾取したあと、佐伯陸は駅へ、僕は自宅へと向かった。家について部屋着に着替えてから、僕はネットで海洋研究所員の自殺のニュースを調べた。だが、それはどこにも書かれてはいなかった。

 

 

 




 
《あとがき&無駄口》
 アラン・チューリングを出したくて書いてたら、ふと気づくとアラン・チューリングの伝記映画を、あの! あのシャーロックのベネディクト・カンバーバッチが! アラン・チューリング役で主役でゲイの天才数学者をやるって…みごとに時期がかぶってるし。3月13日の劇場公開までにアラン・チューリングの名前をここに出してやると誓って必死こいて書いたのでした。バカですね。
 悔しいけどでもこれは見に行かないと。というわけで『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』ええ、見に行きますよ。こんなとこでステマしてる場合じゃないんだがなぁ。配給会社、謝礼求む。劇場チケット2枚でも可。カンバーバッチ待ってろ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。