※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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十四、数学者についてのあれこれ

 夕方、僕の携帯に佐伯陸からメールが送られてきた。

 

『メザシだよ(・∀・)』

 

 というコメントに、東京の学会の会場になっている大学のホールらしき場所にある変なオブジェの写メが添付されていた。何をやっているんだろうか。というかこれは何なんだろうか。その後も1日置きくらいに、他愛もない意味不明に近いメール(『ニートのペレルマンちでキノコの壷焼き食べたい』とか以下略)が送られてくるようになった。返信は一度もしていないが、懲りずにそれは続いた。それでも、返信をくれとかいうお願いはしてこなかった。取説に『用件以外はメールの返信はしません』と書いてあったのを見たからだろう。感心なことだ。1ヶ月に1回は守られるようだ。会いたいとか一緒に寝てくれとも書かれてこない。それでも迷惑なのには変わりないが。ということで、仕事のメールとはフォルダを別にした。手数のかかることだ。

 

 翌日からは、いつものような日常に戻った。遺体を堺教授と交代で何体か解剖し、検査に追われるいつもの日々が続いた。自殺率の低いこの県では、異状死体となった自殺者の解剖は更に少ないので、通常、月に1、2体がせいぜいだった。事件性のある屍体は更に少なく、結局この県が年間約130体前後の平均で行っている司法解剖のうち、100体近くは事故死か病死、またはこの前のご老人のように自然死と言えた。というわけで、例の水死体以降、ここの法医学教室には自殺屍体は運び込まれていなかった。僕にとっての平穏な日々となった。

 

 そのうち警察の発表する前年度の犯罪指数の統計が出たが、この県は殺人認知件数が、ある年から1桁でなく2桁になっていることがわかった。だが、屍体の数が増えているわけではない。いままでなら見逃していた犯罪性のある異状死体の解剖率が一気に増えたようだった。前にも触れたようないわゆる『犯罪見逃し等事案』というやつだ。調査委員会の調べでも、わかっているだけで全国で40件以上が報告されているということは、少なく見積もっても実際は10倍以上はあるということだろう。そのうちの今年最初の1件が、例の縊死を事故に偽装した焼損遺体だったということになる。これは自殺だが、死体損傷と保険金詐欺という犯罪行為に当たるものだ。

 

 そんなこんなで元々犯罪の少ないこの県の犯罪率が少しだが目に見えて数字が上昇した。犯罪が増えたのではなく、犯罪を見逃す率が減ったのだ。そしてそれは幸村さんが強行班の班長になる前後の時期のことらしかった。そのことを暴対課の主任が解剖の待機時間に同行した警官と話していた。優秀な人には違いない。最近機嫌が良いらしいと言った後、チラッと僕のほうを見た。なにその感じ。

 

 強行班の運び込んだ遺体もあったので、幸村さんとも1、2回顔を合わせた。だからといって自殺者の司法解剖のないときに僕の家に押しかけてきたり、顔を合わせたドサクサに紛れて物陰でセクハラをしてきたりすることもとりあえずはなかった。僕を犯した時の行為との差を考えると、行儀がいいのかなんなのか、やはりさっぱり僕にはわからなかった。

 

 そして佐伯陸と会った2週間後、浜通りの倉持警部補から教室に連絡があった。

 

 水死体の身元が判明したのだ。あの入水自殺者の身元が。佐伯陸の改良した海洋研究所の例の逆漂流アルゴリズムはかなりの正確さで漂流開始位置を割り出したようだった。だがその事件には続きの話があった。

 

「海洋研にあのあと依頼しましてね、データの誤差があるからとかなんとか言われましたがそれは足でカバーするってことになって、一応場所が特定されたんですわ。けっこう離れてましてね。南に30km以上行った辺りですわ。もううちの管轄じゃない◯▽市でね。そこと合同調査してね、特に堤防あたりで夜釣りの連中に聞き込みかけて、まあ1週間くらいですかね。死亡推定時刻近くに、明け方女の人が堤防の方に歩いて行くのを見た人が居ましてね。それで、行方不明の届出と照合したんだけんど全然ダメなんですわこれが」

 

 倉持警部補はとつとつと経緯を話した。

 

「で、歯科の照合が決め手でしたわ」

 

 データベース化されていないために、歯科照合はいつもアナログとなる。そして少し身元確認が遅くなる。

 

「それがかなり内陸でね。海と近くないんですわ。バスでも30分以上かかる。で、本人の家に行ってみると鍵が掛かってる。近所に聞き込みに行ったら、そこは80歳になるアルツハイマーの婆さんと50代の娘さんの二人暮らしで。どこ行ってるか聞いたら、具合が悪いんで入院させた、私も泊まりこみで介護にいかなきゃ、って言って最近は見てないと言うんでね」

 

 かかりつけの総合病院はここらでは1軒。病院に母親の名前で問い合わせても3週間前に外来で来ただけで入院などしていないという。

 

「それはおかしいってことになりまして。だってね、娘さんしか介護人がいないわけでしょ。お母さんひとりじゃトイレにも行けないっていうんだから」

 

 そしてその胸騒ぎは現実のものとなった。市営住宅の管理人に鍵を開けさせ中に入ると、母親と思われる老人が介護用のベッドの上で死んでいた。検視では窒息死と推定された。外部所見は結膜の溢血点、頸部の手指痕。自然死ではなかった。

 

「というワケなんで、すいませんがまた1体よろしくお願いしますわ。いやぁ…まさかこんなことになっていようとは…まったく。頸部の指紋は鑑識の取った娘の指紋と一致しておりますんで。まぁ、でも海洋研で入水地が特定できなかったら、母親の方はもっと発見が遅れておったってことです。岡本先生には世話になりました。ああ、それとその堤防の手前に女もんの靴が落ちてたんですわ、一足。海水と靴、明日持って行くんで、鑑定よろしくお願いします」

 

 警部補の声が、途中から少し声が遠く響いている気がした。

 

(ごめんね)

 

 防波堤の上の彼女の声が耳の中でリフレインした。誰に謝っているんだ…と、その時はそう思った。しかしもうそれが誰への謝罪なのかを僕は理解した。

 

「…なんだって、そう言ってましたよ…あの…もしもし?」

 

 急に倉持警部補の声が大きくなった。

 

「あ…え…すみません。ちょっと電話が遠くて」

 

 自殺者のリフレインにまぎれて倉持警部補がなにか言ったのを僕は上の空で聞いていたようだった。

 

「ああ、ですから幸村警部補が『岡本君が自殺の線があるって言ったら確率高い』って」

「えっと…それは…」

「幸村君とは警察学校時代の同期で仲良くてね、この前も県警で偶然会って岡本先生の話になったんですが…」

 

 話を聞きながら、おぼろげな記憶が蘇ってきた。そういえばいつだったか『倉持警部補に自殺の線押しといた』とか言ってたっけ? いつの話か記憶が定かではない。しかし同期って、倉持警部補いくつなんだ。40代に見える倉持警部補の方が、採用試験を受けた年齢がずっと上でなければ、同期という印象が持てなかった。

 

「では、明日また遺体と伺いますんでよろしくお願いします。まぁ明日は◯▽署の井上警部が主任ですが」

「はい、存じ上げてます。こちらこそよろしくお願いします」

 

 電話を切ったあと、意外な展開に僕は少し呆然としていた。だが同時に、まだ見ないパズルのピースがあることを、中身はどうであれ僕はどこかで知っていたような気もした。

 

 僕は考えていた。母の首を絞めた後、自殺した娘。これも広義の無理心中なのだろう。自分の母親を殺すのって、どういう気持ちになるんだろうか。いや、どういう気持ちなら母親を殺す動機になり得るのか。考えているうちに不意に隆のことを思い出した。あれもそうだった。同じだ。首を絞めて、自殺…僕と一緒に逝きたかった隆。死にたい僕を殺そうとしてくれた隆。それじゃ、あの人はお母さんと一緒にあっちに行きたかったのかな。

 

(ごめんね)

 

 ううん。僕が、ごめん。

 そしたらお母さんも…死にたかった…のかな…

 

 

 その日の夕方過ぎ、定時で皆が帰った後、スタッフルームで1人で片付けをしていると、ノックの音がした。この時間にノックというと…

 

 そしてそれはやはり幸村さんだった。

 

「よぉ、元気か」

「なにかご用ですか」

「まぁ、電話でも何だし」

 

 閉めたドアに寄り掛かって、1mまで詰め寄ることなくそのまま幸村さんは続けた。

 

「すぐ終わるの?」

「ええ。施錠確認したら帰りますが」

「ああ、じゃあ待ってるわ」

「ここでもいいですか」

「いいけど」

「話でしょ?」

「ああ、話だよ」

「じゃあ最後に施錠確認しますから、今から話して下さい」

「そっか」

「仕事のことですか」

「うーん…そうでもあり、そうでもなしってとこかな」

 

 また何か気に障ることをしたんだろうかと、僕は椅子に座りなおして多少身構えた。

 

「陸から電話があった」

「ああ、そのことですか」

 

 電話して佐伯陸は大丈夫なんだろうか。

 

「会いに来たんだって?」

「ええ。幸村さんが色々僕のこと吹き込んでくれたおかげで」

「すまんな。大変だったろ」

「ええ。分かってて言ったんですか」

「ん、まぁ、結果的にはそう言われても反論はできん。ここまで押しかけるってのは想定外だったけどな」

「珍しく殊勝なこと言いますね」

「俺も大変だったからな…陸のことは」

 

 幸村さんが大変って、佐伯陸もなかなかやるもんだ。

 

「天才でメンヘラで天然でど淫乱ときてる。あれは色んな意味で厄介なお嬢さんだ」

「幸村さんと付き合ってたって言ってました」

「それは向こうがそう思ってただけだがな」

「へぇ。僕が幸村さんの新しいカレシだとも言ってましたよ。何話したんですか」

「べつに君と付き合ってるなんて一言も言ってないけどな」

「ああ、そうですか。それも殊勝な心がけです」

「だってまだ攻略中だ」

 

 臆面もなく幸村さんはそう言って自分でうんうんと頷いた。

 

「岡本君はそういう意味ではスゲェぞ。あいつをして『友達』って言わせたわけだからな。あいつと一晩ベッドを共にしながらエロいことになってないって、佐伯陸に麻酔銃でも使ったかと思ったぜ」

 

 スペックを知らないまま猛獣の檻に入ってたのかと、不用意な自分に少々呆れた。無事に帰ってこれたのは奇跡かも知れなかった。

 

「それと聞きましたよ。佐伯陸の好きだった人のこと。それってあの時の大量の現場写真の最後の1枚ですよね」

 

 ようやくこれを直接聞く機会が到来した。12%分の義務感で、僕は深入りせぬよう少しだけ質問した。

 

「ああ…そうだ」

「佐伯陸も幸村さんも自殺だとは思っていないのに、警察では自殺ということでカタがついてしまった。検視で事件性無しと判断…そんな感じですね」

「そんな感じだな」

「幸村さんは違う事件の担当に飛ばされたと佐伯陸は言ってました。司法解剖しないためですかね」

「後から考えればそうなる。実際面倒な強盗傷害事件が起きてて、それどころじゃなかったんだけどな。犯人は凶器持って絶賛逃走中だったし。俺行かなくて誰行くよ」

 

 いいタイミングで事件が起きたもんだ。

 

「ニュースにもなっていなかったですね、海洋研究所員の自殺事件」

「海保なんて誰も関心ないからニュースにもならんよ。最近じゃシーダブ号衝突事故動画流出事件くらいじゃないか? あれは賛否両論でも英雄扱いだったけどな」

「ええ。それくらいしか出ませんね、海保・事件で検索しても。あの写真見たあと、実は色々推論してたんですが、結論は大変闇深いところにあるっていうことに自分なりに到達しました。関わらないほうがいいような」

「当然だ。やめとけ」

 

 写真見せた割にはそんなこと言うのかと、幸村さんにしてはちょっと意外だった。

 

「犯人、幸村さんにはある程度わかってるんだと僕は思ってますが」

「目星だけな…だけど、君に自殺じゃないという御託宣をもらってから少し頭が冷えてな。引きが出来て俯瞰してみると、裏のある話とは分かってたが、あれは君の言う以上に闇が深そうだ。はっきり言って不用意に触らない方が良い。ヤバいぞ、これは俺の直感だが」

 

 それを言って初めて、幸村さんはドアから離れ、僕の方に歩いてきた。そして僕の隣の机の椅子に腰掛けた。

 

「その話はもうやめとこう。今日の話は陸のことだ。陸は例の海保の恋人が死ぬまでは、あそこまでメンヘラじゃなかったみたいだ。まぁ、天才にありがちな変わりもんではあるが」

「取っ替え引っ替え誰かと寝ているみたいですが」

「君が現れて、実験が成功したからやめたとか言ってたぞ」

「ああ…そうですか」

「まだ『死にたい』とか言ってるのか? あいつ」

「言ってましたよ。アレは本気です」

「ああ、だな。君なら少しは気持ちを分かってやれるような気がするんだが」

「…多少は」

「だから、まあ、なんだ。エキセントリックなだけで悪意のある奴じゃないから、死なねーように気ぃ紛らわせてやってくれや」

「あなたが全うできなかったから、替わりに僕にやれと?」

「もう少しで海保の仕事が終わるらしい。あの仕事は死んだ彼と二人でやってた仕事だ。ヤツはそれが終わったら、生きてる理由がなくなるっていう感覚でアレをやってる」

 

 それがいわゆる佐伯陸の言っていた“節目”というものかと、僕は理解した。

 

「そのこと、なんか言ってたか?」

「ええ…聞きました。気持ちはわかる、って言ったら、一緒に死んでくれって泣かれました。僕も一瞬持ってかれそうになった。その部分あの人はマズい人です」

「君まで死にたくなっちゃダメだろ!」

 

 真顔で幸村さんが大きな声を出した。そしてその後、はぁ、と溜息をついた。

 

「この前も、自分の脚なんか切って…なんでメス置いとくの、家に」

「あ、返してくださいよ、僕のメス。無断で人のもの持って行かないで下さい。無断が多すぎる」

「ダメ。君、ヘタしたら死ぬだろ、ああなると。言えよな、ちゃんと。わかってんのかなぁ」

「死にませんよ。死ねないって言ったでしょ」

「発作的に来るんだ、ああいうのは。だから脚切ったんだろ?」

「あれはそれを止めるためです」

「止めるでも何でもさ…いつかやりそうで怖いんだよ、君も、陸も」

 

 でもそれは…

 

「佐伯陸のことは突き放した。僕のことは追い詰めた。結果、二人共いつかやりそうな状態になっている…んですけどね、幸村さん」

 

 こういう嫌味…いや事実だけど…が、彼に効くのかはわからなかったが、言ってみた。

 

「逆なんですよ。佐伯陸は追いかけて欲しい。僕は突き放して欲しい。でも逆やったんだ、幸村さん」

 

 あなたが怖がってることは、あなたがやらかしたことの結果に過ぎない。でも、幸村さんは余裕に満ちながら苦笑して、そして言った。

 

「いいや。それは違うな」

「なぜですか」

「君たちはその逆をやったじゃないか」

「意味がわかりませんが」

「わかってるだろ。佐伯陸は追いかけない友人を得た。君は死なせないための継続的な関係を得た」

「得たくて得たわけじゃないです」

「でもそうなってる」

「幸村さんがしなかったことのフォローですよ、これって」

「俺は痛がらせる役目らしいんだな、いつも。避けてるものを目の前に吊るして迫るらしい。無意識だぜ、これ」

 

 それを伝聞的にでも認識してるとは思ってなかった。決して自覚ではないが。切り口を変えれば、弱みを突くのが天才的に上手いともいう。嫌な才能だ。

 

「でも、死なれるのは怖いんでしょ? なんで知っててやるんですか」

「さあな。無意識だからな。怖くてもやっちまうんだからしょうがないさ」

「地雷探知機ですね…爆発させるタイプの」

「まあな」

 

 そういうと幸村さんは机に片肘を置き、頬杖をついて僕を見た。

 

「信じるべきなんだろうな…」

「なにをですか」

「君らが案外大丈夫なんだってことをさ」

「信じるということの意味を僕は知らないかも」

「なかなか正直だな。皆、知った気になってよく使う言葉なんだがな」

「それから、僕は人の強さを信じていない」

「ああ、それは心配症のママみたいだな。だったら君は自分の強さを信じられるか?」

 

 不意を突く質問だった。それこそ難易度の高い問いといえるだろう。

 

「そんなこと考えたこともないです」

「じゃあ、他人の強さをなぜどうこう言える?」

「それは…」

 

 それは、みんな僕に耐えられないからだ。

 

「生きてる人はみんな…淋しいから。淋しい人は僕と一緒には居られない」

「だから死人と一緒に居るのか」

「ええ、死者は充足してます。僕もです」

「俺もこうしてるだけで満足だがな」

 

 そう言うと幸村さんはフッと微笑んだ。

 

「君は俺が好きだって知ってるし。それでも拒否も受け入れもしないでそうやって平然としてる。それで十分だ」

「拒否…してますけど」

「え…してたっけ?」

「だから…僕といると死にますから、近づかないでくれってあれほど言ってるでしょ」

「それはヤマアラシのジレンマってやつだろ?」

「は? なにそれ」

 

 僕の知らない言葉が幸村さんの口から出てきた。

 

「自分にトゲがあるから近寄りたくても近寄れないってやつだ。君は俺の為を思って拒否してくれてるんだから、それは愛だろ愛」

「確かにあなたの為を思ってます。というか僕に近づく全ての人の為を思ってますのでそれを愛というなら人類愛というヤツです」

「まぁいいさ、それで。愛されてることには変わりない。博愛っつーやつだな。嫌いじゃないぞ」

「…あの、十分なら攻略中とか言わないですよね」

「十分だと攻略しちゃいけないのか?」

「満足ならそれでいいでしょ?」

「いいんだけど…博愛を超えてみたくなるんだな。それにまだ岡本君のことよくわかんねーしな」

「知ってもわからないと思いますよ」

「それは今後のお楽しみだ」

「あ、そうですか」

「フロンティア・スピリットとも言う」

「はあ。あの、話し終わりましたか?」

「まあ、だいたいな」

「今日のテーマは“佐伯陸を死なせないように”でいいんですよね」

「それな」

「約束は出来ませんが」

「いいさ。俺が言いたいこと言ったんだし。とにかく佐伯陸には時限爆弾のようなものがあるって知っておいて欲しかったんだ」

「話は聞きました」

「ありがとよ」

「じゃあ、施錠確認してきますから、先帰って下さい」

「ああ」

 

 僕は立ち上がって鍵の束を握り、ドアに向かった。ドアノブに手を掛けた瞬間、幸村さんが後ろから僕を抱き締めた。

 

「死ぬなよ…メスは没収だ」

「勝手な人ですね、あなたって人は」

「ピンチの時は俺を呼べ。独りで苦しむなよ」

「なんか…マッチポンプだなぁ。幸村さんの要望に応えて発作が増えてるのに」

「…だからさ。それも地域の治安のためだ。君は役に立ってる」

「それは、ありがとうございます」

「だから死ぬなよ」

「だから、死にませんよ」

「ならいい」

 

 そう言うと幸村さんの身体がゆっくりと離れた。

 

「じゃあな」

「どうぞ」

 

 握ったドアノブを回してドアを開けると、そのまま幸村さんは帰っていった。ふと僕は、隆が僕をいつも後ろから抱いてたことを思い出していた。

 

 

 




 迂闊にも風邪を引きましたので、更新が遅くなってます。ご了承下さい。
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