※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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二十二、妄想と現実

 日曜の夜、自宅のPCで例のサイトを見ていた。色々なメッセージが書き込んである。例えば…

 

『すぐ出来る人いませんか? 受けで普通体型です。思いっきりしゃぶり合いしたいな』とか、

『デカいのくわえたい! ◯◯市。メールと写メ下さい』とか、

『最初はお友達からでもOK。気に入ったらしましょう。長く付き合える人希望』とか、

『20代前半で未経験ですが、開発されたいです。年上のマッチョな方いたら連絡下さい』とか、

『年下M希望。こちらガチムチの30代。これでもかってくらいエロくイジメたい。足あり』とか……

 

 つまりそういうのがひたすら書き込まれていた。しばらく読んで軽くカルチャーショックを受けた。これにメール出したり、これで連絡取り合ったり出来るのか…ツワモノだ…と、僕は自分の物差し上で、佐伯陸を強者判定した。

 

 泊まった日の翌日、佐伯陸の家で、「どんなサイト見てその人たちと会うことになったの?」とまるで事件に関連した質問というような顔をして、彼のPCでざっと見せてもらったのがこれだった。中身はともかく、取り敢えずサイトの名前だけ目で覚えて帰った。作戦は成功だった。

 

 そして今それを検索して見ている。その中身を再びつぶさに読んだ僕は、作戦の成功にも関わらずそのままノーパソをそっと閉じたい気分になった。今更ながらに自分から行動するというのが不得意だということを再認識させられるだけで、ここでなにかをどうにかするなんて到底考え難いことのように思えた。しゃぶりあいですか…勝手にして下さい。僕はいいです。

 

 それでも、あの発作が来たらこの感覚も変わるんだろうか? 精神と肉体とが乖離したあの切迫した性衝動の最中に、もう一度このページを開いてみる必要が僕にはあった。解剖を終えて朦朧としながらいつものようにこの部屋に帰還し、震える身体をなだめながらサイトを開き、気が狂いそうな性感の中で僕は30代のドSガチムチ会社員の希望する痩せ型年下ドM受けとしてその男性を欲しくなるのだろうか? そしてたまらずに“誰でもいいです後腐れなく一晩だけ抱いて下さい”などとわななく指でキーボードを叩き、あらぬメッセージを送ってしまうのだろうか?

 

 そこまで考えて、少々遠い目になった。いまのテンションではその想像の一切が圧倒的非現実的な妄想にしか見えなかった。

 

 結局、リアルな想像など当たり前に出来もせず、僕はそれをブックマークして閲覧を終えた。発作も何もないときの僕は、本当にそういうことを一切考えていない。それで何も不都合はないし、不満もない。職場と大学の図書館、面倒な食事の買い物、以上それが僕の日々の暮らし…それでもう事足りる。死ぬまでの間をそれで過ごすのに、なんの問題があろうか?

 

 いや、問題があるからこんなサイトまで見なければならないのだが…と僕はその考えを少し訂正した。問題は実に山積している。幸村さんのこともさることながら、佐伯陸が確執のある母親を僕に投影していることがこの2日間でよくわかったし、それが佐伯陸の母親に対する渇望であることもなんとなく見えてきた。ど淫乱の原因もそれなりに彼の性癖もあるが、放置された上に親の良いように扱われた恨みと復讐にその性癖が膨化している感は否めないようだった。今後それが僕にどう向かってくるのか…そして佐伯陸の僕への依存を今後どのように食い止め、僕を必要としないように持っていくのか? 今の僕にはとんと見当がつかなかった。

 

 それに加えて『DT』問題もその上に積まれた。打ち明けた佐伯陸と幸村さんとの間に何か起き、その火の粉がこちらにも降りかかってくる可能性とか、想像はつかないが、可能性としては考えられる。なんせ二人共、こちらの推測の斜め上の行動しか取らない人たちだ。僕の貧困な想像力では彼らの行動を予測することなど、到底無理だろうと思われた。

 

 しかし、佐伯陸がヤラれたように、もし例の3人組とやらが例の手を使ってこの界隈のゲイ世界にDTを蔓延させているとしたら、あの3つの刺創の事件とは関係がなくともとんでもない話しには違いない。どのみち早めに立件して拡散を食い止めて加害者をぶち込んで頂くに越したことはないと言えた。リキ入れて増員している麻取が潜入でもして頑張ってくれるだろうし、それにいづれ厚労省から指定薬物の省令が出ればこの手のものは市場から消えてしまうようだった。

 

 あとは「水」などと呼ばれる効かないまがい物が横行してバレるまで荒稼ぎする。でも一度それを使った人は忘れられずにまがい物にも手を出すのだそうだ。そして効かないというレビューが出まわると商品はいつの間にか消え、また新しいものが出て来る。ラベルを変えただけのものとか。そしてこれの繰り返し。どれもこれもエロのためだ。涙ぐましいと思った。

 

 

 月曜日に朝から署から法医学教室に連絡が有った。ついに暴対が乗り出してきた。強行班の事件である殺人から暴対班にヤマが移行することはママある。この界隈は例の日本一大きな組織ではなく、江戸期以前から存在する生え抜きの博徒系組織『永岡連合』がまだ生きていて、本州の2番手の『海神会』と勢力を二分している珍しい県だと、以前解剖に来たマル暴の警部補が説明してくれたことがある。とうとう組織がらみの犯罪になったこのDT殺人事件の刺創の情報がまた増えたことも有り、今日は堺教授と遺体の見分に来たとのことだった。

 

「今回は組じゃないんだけどね」

「と言いますと?」

 

 堺教授が塚本班長に尋ねた。堺教授の後ろで、僕は助手として手伝いながら聞いていた。

 

「ゾクあがりのいわゆる準暴力団てヤツ」

「ああ…半グレとかいうのですか」

「そうそう。それと中国系ね。結局それの抗争が絡んでる」

「暴力団が締め付けられて勢力図が変わってきたってのは聞いてますが…」

「ここも入り込まれつつあってね。前は県外から店舗でじかに買ってた脱法…いや危険ドラッグを直でデリバリーでやりたいの、どっちの組織も。この地域でね。まだ半グレの勢力図曖昧だから。2年前の例の永岡のやらかした抗争ですっかり海神もろとも勢力削られたからね」

「そこにつけ込まれたってことですか」

「そうそう。えげつないこと平気でするからね、暴対法で手足の出ない古い連中はタジタジですよ」

「で、この仏さんもその?」

「いーや。それがそうじゃないんで。この人は末端だったみたいですよ。危険ドラッグの末端の売人はイリーガルだけど組員じゃない。元々はこの人も裏DVDなんかのネット販売店やってて、小遣い稼ぎにこれ始めたんだから。だってシャブなんかに比べたら安いもんね。リキッドなんか5000円くらいで手に入る。そんなハシタ金、以前は組の者は手ぇ出さなかったんですよ。利益薄いから。それが最近じゃ規制が厳しくなったんで地下に潜られる。そうするとにわかにシャブ売ってたプッシャーが扱い始めんのね。規制厳しくなると値段が釣り上がる。潜られると厄介だからそれを掘り起こさんきゃない」

 

 水面下の攻防の話は続いた。入り込まれてるというのはこれのことかと、先日県警の長谷川さんの話と繋がった。

 

「そんで今、どっから買ってたかを調べるために、麻取と県警で合同捜査室作って、囮の通販サイト作って偽リキッドのデリバして取り敢えずユーザーを炙りだしてるとこ」

「こっちの殺しの方は進んでるんですかね」

 

 県警では殺人よりも今は危険ドラッグの水際対策のほうが優先されてる感が際立っていた。麻薬取締官が県警入りしてるらしい。

 

「幸村が九州まで行ってある程度詰めてあったんで…まぁそれでこの件が丸暴に来たんだけどね。この男は出始めの質のまあまあ良いDTを大量に在庫してたらしい。元々九州の人間で、最近こっちに引っ越してきたらしい。なんで引っ越したかって言うと、九州の工場とか卸からDTをちょろまかして来たからじゃないかと。で、売りさばこうとして二枚舌使ったんじゃなかろうかって。その話の後、殺されてる。どこがヤったかは不明。当初の顧客だった海神会が、チャイナと出来た仏さんを見せしめにヤったか。九州から来たヤツにヤラれて取り返された可能性。チャイナ半グレが支払いしたくなかったから殺して持ってった…」

「…あの」

 

 第4の可能性について、その話を聞いて、少しだけ僕は考察してみた。

 

「なに? 岡本先生」

 

 塚本警部補が僕を振り返って聞き返した。

 

「共同戦線という可能性はあるんですかね」

「どんな?」

「二人でやってるから…なんで二人なんだろうって」

「つまり、共通の目的で大同団結?」

「ええ。そういうの…なんていいましたっけ…儀式的な。結婚式で二人で一緒にケーキに入刀する感じの」

「なんですかそれ? そんなのどうしてわかるの」

「なんだか…殺し方が…いっせーのせ…って聞こえてくるような…感じで」

「海神会とチャイナが合流したなんて情報ないぞ」

「…そうですか。なら違いますね」

 

 情報は無いと言っておきながら、少しだけ塚本警部補は考えるような風をした。

 

「個人的にというなら分かるが。そんなこと組織に知れたら殺されるわ。そうなると、こいつらはバックの組織を両方出し抜いたってことになる…」

 

 それはなにかその二人に利が少なすぎるように見えた。

 

「組織からも警察からも逃げてたらもう高飛び済みか…見つかって始末されちゃってますかね…でもそうしたら海神会とチャイナじゃなくても話が通じるような気が。海神会か永岡連合の若いのがチャイナと共同で殺して献上品持ってジリ貧の暴力団やめてチャイナに寝返る約束してるって方が…将来性感じます」

「複雑だな。でも未来はあるな…きったねぇ未来だけどな」

 

 僕はなぜかこの殺された屍体と殺した二人が、佐伯陸の言ってた3人組と重なるような妄想に囚われた。さっきまで4人一緒に誰かを輪姦して楽しんでたのに、3人になったら自分だけがキメてて意識が飛びそうで、いきなり前後から二人が同時に体当りしてきた…なんてね。だったら掲示板で呼び出してももう2人組になってるのかも。だがそんな都合のいいドラマみたいな偶然はないな。妄想が燃え広がらないうちに僕はもう口を挟むのはやめた。そうこうしているうちに、塚本警部補を相手に堺教授の刺創の分析が始まっていた。

 

 

 




《無駄な近況報告》

 祖母の年忌でまた実家に帰ってました。関西から東京遠い…。そんなこんなで更新遅くなりました。久々に西荻窪遊び行った。懐かしかった&痛い思い出に鳥肌出た。


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