※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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二十五、待ち合わせ

 丸屋の裏手にあるパーキングは広く、そこの入り口に僕は立っていた。まだスーパーは営業中なので、チラホラと車が出入りしていた。黒のカローラ・フィールダーに乗っているはずの待ち合わせの主はまだ来ていない。湿気はますますひどく、半袖のシャツを着ていても外気の不快さは半端無かった。身体がだるく、発作で足が震える。仕方なく片手で金網につかまり身体を支えていた。座りたい…動悸がひどくてつらい。

 

 こちらの風体はメールで知らせてある。水色の半袖オックスフォードシャツにベージュのチノパン、メガネ。仕事から帰ってきた時の格好と同じだが。というか、梅雨から残暑が終わるまではこの格好しかしない。だいたい自分で服を買うこともない。面倒なので、服がダメになると未だにこれだけは母親に頼んで適当に買ってもらい、宅急便で送ってもらう。支払いは購入金額を振り込むと電話で母に言うのだが、未だに金額を教えてくれることはない。それも数年に一度のことだ。さすがに靴だけは自分で買うしかない。大学時代にそれを母に相談すると、「靴はローファー買いなさいね。今、裕が持ってるのはローファーっていうのよ。」と言ったので、靴屋ではそう言って出してもらうことにしている。結局は高校の頃と変わりない靴だし、仕事着は母が買っていた高校の頃の私服とさして変わらない。

 

 高校三年生の時から身長も体重も殆ど変わらない。母の趣味で確か“アイビー”とかいうものらしかった。アイビーがなんだかよくわからないけど。秋冬用はVネックのウールのセーターとかカーディガンとかベストが送られてくる。上着は紺ブレで、色違いの開襟のオックスフォードシャツ…長袖と半袖、ボタンダウン、と同系色のチノパンがクローゼットに並んでいる。それでか、服装について揶揄されたことはない。母親のセンスのお陰だろう。首を締め付けられないので、ネクタイは基本しない。佐伯陸が僕の着替えを見ながら「裕さんっていつもポロ着てるんですね!」とか言っていた。それもいまいちイミフだった。

 

 苦しさを紛らすために、金網にすがりつきながら、体感から気をそらす興味のない服のことを考えて時間をやりすごした。時折自分がここでなにを待っているのか忘れそうになった。何度目かの車の音がして、ヘッドライトが道いっぱいに横切った。バン、という音がした。車のドアが閉まる音だった。

 

「あの、あんたヒロシさん?」

 

 僕の背中から声がした。ヒロシ…と呼ばれて思い出した。ああ…そうだ。本名を名乗りたくないので、僕が日常的によく間違えられる名前の呼び方を採用したのだった。裕はユウよりヒロシのほうがメジャーなのだ。

 

「あ…ああ…はい。そうです」

 

 振り返るとそこには五分刈りの頭に薄い色のグラサンをした、あまり堅気の人とは思えない若い男がズボンのポケットに手を入れて立っていた。この人が掲示板に書いてあったハンネの“S.H”さんなのだろうか。

 

「後ろの席に兄貴が乗ってる。隣に乗ってくれや」

「…はい?」

 

 一瞬意味がわからず、聞き直したがそれには答えず、グラサンの人は後部座席のドアを開けた。後部座席にもう1人、男の人が乗っていた。これが兄貴だろう。佐伯陸が言ったように、蓋を開けてみたら3Pだった…と言うケースに違いない。複数か…初めてだな…一体どうなるんだろうか。と、僕は想定外の事態に戸惑った。仕方なく僕は挨拶しながら後ろの男の人に頭を下げた。

 

「こんばんは…」

「どうぞ。乗って顔見せてよ」

「はい…お邪魔します」

 

 案外気さくに物を言う人だった。グラサンの運転手が前に乗った。一刻も早く座りたくて、僕も黒シャツの人の左隣に座った。品定めをするように、その人は僕をじっと見ていた。まだ車は止まっていた。上から下まで僕を眺めると、また僕の顔を見て少し微笑んだ。

 

「うん…いいな。君で良いよ。君は俺でいいかな?」

 

 意外にもその人はすぐに連れさることもなく、僕に選択権をくれた。俺、ということは、俺達、ではないのだろうか?

 

「…はい」

「じゃ、よろしく。ああ…トミ、車出せ」

「はい」

 

 グラサンの人はトミと呼ばれた。品定めが終わったようで、僕を下ろすこと無く車は走りだした。

 

 隣に知らない男の人がいて、どこに行くかもわからない車に乗っているのに、僕の身体はそれどころじゃなかった。車の振動が身体に響いて困った。不意に道路の段差で車がバウンドした。会陰に衝撃が伝わり、耐え切れないほど性器と下腹が疼いた。背もたれに寄りかかり、思わず頭をシートに押し付けて目を閉じて大きく息をついた。それを見て隣の男は訝しげな目で僕に尋ねた。

 

「もうキメてんのか」

「い…いいえ…」

「嘘、つかなくてもいいよ」

「嘘じゃ…ないです…」

「こんなになってても?」

 

 いきなり肩を抱かれて引き寄せられたかと思うと、反対の手で股間を掴まれた。ビクッと全身が引きつった。

 

「うくっ…」

「なに入れたの、そんなにテンパッて」

「ちっ…違います」

「最初から飛ばすね、君…おとなしそうな顔して、淫乱か。キメてんだろ。大丈夫だよ。サツにチクったりしないから」

「してない…クスリなら…まだマシです…」

「ふうん…どういうこと?」

「体質です…発作…っていうか…」

「へぇ…淫乱な体質だね」

「出せば、治まります。そんな…頻繁に起きません…」

「それでか…彼氏いないの?」

「いません」

「自分ですればいいのに」

「自分でするの…下手なんです…それに最近感覚が…麻痺してて…くあっ…」

 

 話しながら男の人は僕の股間を弄っていた。性感が突き上げてくる。一瞬意志とは裏腹に腰が浮く。即時に、本当に誰でもいいことが証明されてしまった。

 

「マヒ? これで?」

 

 彼は呆れたように笑った。

 

「他人の手だと感じます。だから…どうしようもなくて…頼みました。すみません」

「すみませんって…謝るなって」

 

 そう言って彼はまた笑って股間から手を離した。笑い方はさほどいやらしくなくて、意外と不快感を感じる人ではなかった。

 

「あの、兄貴…」

「ああ、ごめんごめん」

 

 なぜか、手下からツッコミが入った。この二人はどういう関係なんだろうか。見ててもよくわからなかった。堅気ではない雰囲気は二人から伝わってくるが、ピリピリした空気は感じなかった。

 

「いやさ、彼もう出来上がっちゃってるから、ついね」

「え…キメてるんすか」

「違うらしいよ。体質なんだって。面白いね」

「まさか」

「まさか、だよなぁ」

「でも今はちょっとカンベンして下さいよ。オレ、事故ったらマズいっすよ」

「でもさ、可哀想じゃない。お前、運転変わるからイジってやれば?」

「いや、勘弁して下さいって兄貴。頼みますから」

「そういうわけでゴメンな、ヒロシ君。事故られるとマズいし。宿までおあずけみたいだ」

 

 手下…なのかなんなのか、ドライバーに頼まれて、なぜか“兄貴”は僕に謝った。変な関係だった。こういう人たちって上下関係厳しいんじゃないのかな。宿、ってどこだろう。というかなんなんだろう。ホテルなのか、自宅なのか、なんなのか…

 

 車は県道を走っていった。だんだん街の明かりが少なくなり、カーブが多くなっていく。勾配が上がり始めた。両側は真っ暗で、目を凝らすともう林道に差し掛かっていた。

 

 林道が少し開けると、ひなびた温泉場が現れた。ここの県は古い温泉が散在していて、どこに行っても温泉地がある。とはいえ、地元に疎い僕では、ここがどこだかはわからなかった。大きくなさそうな温泉地で、小さな旅館や民宿、古そうな低いホテルがポツポツと立っていた。ザアザアと常に川の音がしていた。車の中はクーラーがかかっていて、耳の中の音は少し小さくなっていた。外の音がわかった。

 

 細い道に入り、長い土塀のある家の門に車が入っていった。家かと思ったら、和風の綺麗な平屋の旅館だった。車の音で誰かが玄関に出てきた。和服の女の人だった。僕達は車から降り、ドライバーのトミさんが和服の女性に頭を下げた。宿とはこれのことかと思った。

 

「よろしくおなしゃす!」

「こんばんは、いらっしゃいませ」

 

 宿の女将という人なのかもしれない。“兄貴”に会釈し、ニッコリ笑った。いわゆる美人女将という人だろう。

 

「まぁ、ゆっくりしていって下さいまし。若頭がさっき電話で穂刈さんによろしくって」

「ああ、ありがとうございます。ゆっくりさせてもらいますわ」

 

 若頭…と聞いて、これは間違いなく地元の組の人だと悟った。危険ドラッグなんてカワイイものかも知れない。ヘタしたらシャブ漬けかも。永岡連合は噂ではクスリは嫌いな組らしいが、海神会は節操無くなんでもやる組という話だった。この人がどちらの組の人かで僕の運命も変わるんだろうと思った。

 

「じゃ、オレはまたあとで迎えに来ます」

「よろしくね〜…あ、ヒロシ君、君明日仕事じゃないの? 何時に帰る? 夜帰る? 泊まって朝早く帰る?」

「え…出勤に間に合うなら…どちらでも…」

「何時?」

「8時半…ですが」

「7時頃君んちに着けばいいか」

「ええ…まぁ」

「じゃあ、なにもなかったら朝迎えに来てよ、トミ」

「はい。6時頃来ますわ。なんかあったら連絡下さい」

 

 深々と頭を下げて、トミさんは車で出て行った。また選択肢をくれる。ものの言い方も柔らかいし、この方は本当にサディストなのだろうか。トミさんが居なくなり、これで3Pはなくなった。女将がこちらに、と鷹揚な仕草で兄貴…ホカリさんと言うらしいが…を玄関の中に案内した。ツルツルの木の廊下を歩きながら、女将がホカリさんに訊いた。

 

「お連れさんは、堅気の方ですか」

「うん。今日はもう最後だから、まぁ、いいでしょ」

「離れとってありますんで、ご自由にしてくださいな。長いことお疲れ様でしたね」

「ありがとう女将」

「小腹でも空いたらなにか作らせますから」

「ああ、頼むわ。酒は要らないよ」

「わかってますよ」

 

 二人の後ろについて廊下を離れまで歩きながら、ホカリさんは僕より背が低いことに気づいた。外見より屋内は深く、廊下は長い。足に力が入らなくてフラっとし、壁に手を着いた。とっさにホカリさんが後ろを振り向いた。普通の人ならわからないような位置の動きを後ろの目で見えているかのようだった。

 

「ヒロシ君、大丈夫?」

「あ…ええ」

「俺の肩につかまったらいいよ」

「いえ…大丈夫です」

「お客様、お具合悪いんですか?」

 

 女将も振り返った。

 

「いえ…ご心配なく」

「お部屋はすぐそこですから、お気をつけて」

 

 豪勢な日本庭園の中に屋根付きの廊下が架けてあり、そこを渡ると離れだった。部屋に入ると、十畳くらいの和室で、すでに布団が敷いてあった。ごゆっくり、と言って女将はふすまを閉め、出て行った。そしてホカリさんと二人きりになった。

 

 僕の初出会い系体験は、いまのところ佐伯陸の話とは一切カブらない、異常な展開となっていた。

 

「さて…風呂でも入るか。君の身体をどうにかしてやらんとね。あ、俺は穂刈。稲穂の穂に刈り取るの刈でホカリだ。よろしく」

 

 穂刈さんはそう言うと、僕を手招きして部屋の奥に入っていった。着いていくと、奥から先は露天風呂になっていた。風呂は苦手だった。温泉は熱いものは特にダメだった。水でうめて洗うだけ洗えばいいか、と、脱衣所で彼に倣って服を脱いだ。だが、後ろを向いた穂刈さんの背中を見て、思わず、あっ…と小さく声が出た。

 

「どうしたの?」

「…河鍋暁斎の…髑髏」

「へぇ。詳しいね」

 

 それは僕が小さい頃から図書館で度々眺めていた幕末から明治期にかけて活躍した浮世絵画家、河鍋暁斎の『髑髏と蜥蜴』だった。穂刈さんはヤクザらしく、背中一面に刺青があった。僕は“生きている人の刺青”を初めて見たが、それはよくある桜吹雪でも、獅子でも龍でもなく、なぜか河鍋暁斎の大和絵の髑髏だった。野ざらしの髑髏の目を抜けて、トカゲが遊んでいる。髑髏の絵は、洋物和物を問わず良く閲覧したが、河鍋暁斎はされこうべや骸骨や地獄絵図を好んで書いた。梅雨の大雨で神田川が水かさが増えた時に、そこで拾った生首を写生し周囲を驚かせたという伝説があるような人だった。

 

 その暁斎の髑髏が今目の前にある。それは刺青とは言え、とても良く出来た模写だった。

 

「触ってみるかい?」

 

 ボーッと見とれている僕に穂刈さんが言った。

 

「…いいんですか」

「ああ。これ見て暁斎だなんて言ったヤツ、あんまりいないよ」

 

 僕は言われるままそこに手を伸ばした。指が震えながら髑髏のある皮膚に触れると、穂刈さんがはぁっ…と息をついた。僕自身ももう立っているのが限界だった。心ならずも指先は穂刈さんの背中を伝って、そのまま身体が脱衣所の床に崩れ落ちていった。

 

「おっと…」

 

 膝を着く瞬間に、穂刈さんの腕が僕の脇を支えていた。

 

「す…すみま…せん…もう…限界」

「わかったよ。メガネ、取るよ」

 

 身体を支えられながら、浴場に出た。裸になっても穂刈さんは細かったが、全身筋肉のバネで出来ているような身体をしていた。鍛えている人の体だった。カランの前に座らされ、後ろで抱えている穂刈さんに石鹸で全身を撫でまわされて掌で洗われていた。全身の皮膚がわなないて、座ってもいられなくなりそうな快感に包まれていた。声が勝手に漏れた。背中がのけぞる。

 

「あっ…あっ…あっ…」

「これ、発作なのかい? ほんとに」

「発作…です…自分でコントロール…出来ないんです」

「なんでこんなことになるの?」

「あるものを見ると…必ずなり…ます…あうっ!」

 

 彼の指が僕の硬い性器を捉えた。喘ぐそばから鈴口を指でクニクニなぶられて、僕の頭の中は思考が飛びそうになっていた。出そうになる。出してくれるんだ…もう終わる…もうすぐ…

 

 だが、さすがにSというだけあって彼はいきなり指を離し、僕をじらしに掛かった。寸止めされた僕は耐えられずに目の前のシャワーの掛けてある金属のフックをシャワーのノズルごと両手でつかみ、身体を支えた。その空いた両脇から手が胸に伸び、石鹸でヌルヌルの両方の乳首を指でこね回された。頭の芯が痺れて気が遠くなりそうだった。その耳に口をつけて、穂刈さんは僕にわざと尋ねた。

 

「それってなに?」

「あ…んあ…あっ…ああ…あ…」

 

 気の遠くなるような愛撫に喘ぐばかりで、言葉が出ずにうまく答えられない。それでも穂刈さんは僕にわざと言わせようとした。

 

「教えてよ…あるものって?」

「あう…はぁ…はぁ…じ…自殺の…屍体…」

 

 彼の動きが止まった。

 

 

 

 




《近況&体調》

 体調は少しづつ良くなってます。なんとか前のペースに戻したいです。行きつけのカフェが、今月中に一身上の都合で閉店するとママさんから知らされ、愕然としてます。諸行無常やねん。
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