「君は何者だ…」
笑うともなく、僕の指をシャワーフックから引き剥がして抱き寄せられる。肩口を抱きかかえると、僕に尋ねた。
「医者です…」
「ああ…そう」
そう言うと太腿の内側に手を滑らせた。
「んくっ…」
「傷…多いな。誰かに切られたのかい?」
泡の中から僕の傷口を探って、その泡を落とすべく穂刈さんはシャワーを取り、僕の身体にお湯を掛けた。
「自分で…やりました…熱っ!」
「ごめんごめん…これ、熱いか?」
「僕…熱いもの特別…苦手で……ああ、それくらいなら…」
「ヌルいな…君…変わってるね」
「ほぼ…言われます…」
「自殺の屍体見ただけで、こんなエロくなるのか」
「はい…たまに解剖室に来るんです…僕は見たくないのに…」
「見たくない?」
シャワーで僕の身体を流しながら不思議そうな顔で穂刈さんは訊いた。
「僕は…性行為…苦手です…自分が生きてることが…わかってしまう…僕は自分を屍体だって…小さい頃からずっと思ってきたから…普通の屍体は好きです…静かで僕を拒まない…なにも拒まない…でも自殺の屍体は…僕に話しかけてくる…僕を生きてる人間として死から突き放す…耐えられないです…」
「それで、髑髏が好きなのか」
「はい…小さい頃から…僕は…死んでいるものにしか…興味を持てない…」
「医者なのに?」
「僕は…大学の解剖室にいます…そこから出ようとは…思わない…」
「でも…こうなると、コントロールが効かなくなると」
「普段はなにも感じないのに…」
「わけありな感じだな」
「あまり…理解はされないです…」
「だろうよ…」
「くぅっ…」
囁かれた耳の中に舌が入ってきた。
「嫌いな割に…エロい身体だ…苦しませたくなる…」
「やめ…」
「さっさと抜いてやろうかって思ったけど…方針変更だな」
「抜いて下さい…! じらさないで…お願いです!」
臆面もなく僕は穂刈さんの身体にすがりついて懇願していた。その身体を浴室の床に押し倒された。
「君がエロいのが悪い。もっと泣かせたくなる。興奮するな…どこ触っても…こんな感じて」
「んあああっ!」
両手を床に押し付けられて、首筋に顔を埋められた。舌が鎖骨から胸鎖乳突筋に沿って耳の裏まで舐めあげられる。反射的に背中が反り返る。床に投げ出されたシャワーの湯が身体の下を流れていく。穂刈さんはしばらくの間性器以外の場所を愛撫し続け、叫んでも懇願しても泣いても抜いてはくれなかった。苦しい…気が狂う。そうしているうちにいつものように正気が失せてきて、いつものようにだんだんと死にたくなってきた。幸村さんなら…こんなになる前に、ちゃんと正気にしてくれるのに…でも…わかってないひとにそんなこと望んでも…無理なんだよね…僕が…悪いん…だ…
苦しすぎて、だんだん声も出なくなってきていた。涙が止まらない。手足は痙攣したまま、よだれが口の端から流れだしても口を閉じられない。意識が朦朧としてくる。
「壊れそうだな…」
「あ……」
壊すなら…ちゃんと壊してよ…
願いが喉の奥で消えていく。言葉にならない。
「部屋に行くか」
そう言うと穂刈さんはシャワーのノズルを取り外し、僕の直腸にそれを入れた。人形のようにぐったりした僕を露天風呂の端の下水溝に座らせて中の物を何回か出させると、また石鹸で肛門の周りを洗われた。本番はこれからだった。
身体を拭かれて布団の上に裸のまま投げ出された。これからイケないまま、どれくらい嬲られるのだろうか。それを思うと例の焦燥感が体中に充満してきた。手にメスを持ってたら、迷わず頸動脈を切り刻んでいただろう。不意に自分で自分を落とせばいいと気付き、わななく両手で自分の喉に指を回そうとした。
しかしその手は首に届く寸前で穂刈さんに搦め取られ、浴衣の帯で両手首を縛られて、両足首にその帯を繋がれた。屠殺場に行く羊が、逆さ吊りにされて棒で運ばれていくような形になった。帯で戒められた身体は焦燥感を更に募らせた。自分で慰めることも出来ない。逃げることも出来ない。硬い性器をなにかにこすりつけることも出来ない。もう出ない声を振り絞るように叫んだ。
「んあああああぁ! 出してぇ! イカせて! イカせて下さい!! あたまおかしくなるぅぅぅ!」
「ダメって、言ったら?」
しゃがんで僕を見下ろしている穂刈さんの足に、全身をくねらせながら体をこすりつけた。僕は泣きながら再び懇願していた。そんなことをしたらますます焦らされるとわかっていても。
「ダメって…言わ…ないで…」
「ダメだな」
落ち着いた声で精一杯の懇願を全否定された途端、絶望感が一気に心の中から噴き出してきた。あとはもうこれを願うしか僕には思いつかなかった。
「こ…殺し…て…くだ…さ…い…」
それを聞いた穂刈さんは口の端を片方だけ上げて見下すように笑った。
「へぇ。そういうこと言うんだ、君って」
「い…いつも…死にたいのに…だ…だ…だれも…殺して…くれ…ない…」
「自分でどういうこと言ってるか、わかってる?」
「ええ…」
その瞬間、顔の前にストッと何かが落ちる音がした。涙で霞んでいてそれは銀色に滲んでいた。
「見えてる?」
「な…に…?」
布団で顔を拭った。もう一度目の前を見ると、布団に銀色のナイフが刺さっていた。口金に桜の透かし彫があった。どこかで…見た…朦朧とした記憶でそう思った。穂刈さんはそれを抜いた。そして今度は腕を振り上げ、力いっぱい僕の目の前にそれを突き立てた。ダメだ…僕に突き立ててくれないなら、こんなことしてもしなくても…同じだ…
僕は綺麗に磨かれた刃に映る僕の顔をボーッと眺めていた。
「君…」
その時、驚いたように穂刈さんが呟いた。
「君は…反射がないのか?…目を閉じないのか?」
「なぜ…僕に突き立てない…」
「普通は身体が自然に逃げる」
「逃げたら…死ねないでしょう?」
それはチャンスだった。僕は目の前に立っているその刃に自分の首が当たるように、反動をつけて身体を一気に折り曲げた。
「無茶するなぁ、君は」
僕の首は空を切った。いつの間にかナイフはバネが生えたように穂刈さんの手の中に収まっていた。
「なん…で…抜いた…の…?」
泣きながら僕は穂刈さんに抗議した。拭うことの出来ない絶望感は殆ど変わらずに僕を満たしていた。
「ナイフが、君を殺す予定はないってさ」
「じゃあ、手で殺してよ…どれだけ僕が…苦しいか…わからなくても…良いから…」
「君は…死ぬの怖くないんだな。マジで。俺のナイフから逃げないで、しかも自分から寄ってったヤツなんか初めてだぞ。驚いた」
「生きてるのが…いや…なんだ…いつもは忘れてる…でもこうなると思い出す…でも僕は…死ねない…死んじゃいけないから…だから…こうなる前に…なんとか抜いて…やり過ごさなきゃ…なんない…なのに…」
「それでメールしてきたのか」
「僕は誰にも近づいちゃいけない…でも…一晩だけなら…って…」
「彼氏作って、慰めてもらえよ。こんな身体で毎回ワンナイトなんか辛いだろ」
「僕に近づくと…皆んな死ぬ…だからカレシなんか…作っちゃダメなんだって…」
それを聞いた穂刈さんは大きく息をついた。
「君もか…やれやれ…他人からこんなこと聞くとはな」
「え…」
「俺も死神だ。職業も死神、存在も死神。ナイフが俺の主人だ…神だと言っていい。俺の好きな人間は皆んな俺をおびき寄せる人質になって、死ぬ。俺は死ねないからだ。親もそれで死んだ。昔の恋人もだ。だから俺は誰も好きにはならない。俺のために捕まっても、俺は助けたりなんかしない。俺はナイフの言うとおりに生きてる。法律も、義理も、金も権力も情も関係ない。ナイフが言うから俺は人を殺す。殺せと言われてもナイフが俺を動かさないなら俺は殺さない。そしてそれは…絶対に間違わない。仕事はナイフが決める。きっと死ぬときも、な」
そしてフッと笑った。僕も他人から死神という言葉を初めて聞いた。呆然とした。そしてそのことを真面目に受け止めてくれた人は初めてだった。
「君も死神か…」
「ええ…僕ももう親は…いません」
「やっぱり誰も好きにならないように生きてるのか」
「はい…でも僕は…好きと嫌いという感情が…ないです…だから…誰でもいい…」
「ああ、誰でもいい…そのとおりだ」
「でも…あなたは…淋しそうです…」
「そうかい。でも君も、そう見えるよ」
彼は優しい顔をした。そして僕の手足の戒めを片手で解いた。左手にナイフを持ったまま、彼は僕を抱き締めた。背中に当たる冷たい金属の感覚が、僕をわななかせた。その喘ぐ唇を彼は塞いだ。
「死神同士、今夜だけ仲良くしよう。君の恐怖の欠落に敬意を表して…抜いてやるよ」
この背中に沿わせられた桜のナイフが、あの屍体をえぐったのだと僕は確信した。もう一本彼はどこかにナイフを持っている。身長からしてトミさんがきっとこのナイフを借りて、背中からあの売人を刺したのだろう。腸間膜を貫き、腹部大動脈をひと突きにしたのはまだ見ぬ彼のナイフに違いなかった。その時彼は僕を仰向けにすると、いきなり僕の頬にナイフを当てた。
「動くな…遊びたがってる…君と」
ストン。右の首の皮が髪の毛のような細さの氷を当てられたような感覚がした。そして彼は枕の下からもう一本ナイフを取り出した。
「大丈夫…放っておかないから」
それは僕に言ったのか、もう一本のナイフに言ったのか定かではなかった。ストン…左の同じ場所に同じ感覚を伴ってそれは落ちてきた。刃は僕の首筋に両側から直角に当たっていた。まるで標本の虫のように、僕は布団の上に動けないように止められていた。
「動くと切れるよ。もう切れてるけど」
刃の下はうっすらひりつく感覚があった。頸を左右に振ったり回旋させると傷が深くなっていくのだろう。天井に視線が固定された。穂刈さんの顔が消えた。消えたと同時に僕の性器が握られた。
「くうっ!」
「動くなよ」
無理なことを言われて、背中が引きつった。頸が動くから反り返ることも出来ない。両手がシーツを握りしめる。そうしてないと性感に悶えて身体中がうねってしまう。
「ああ…あ……」
磔にされたまま、声だけが僕のはけ口となった。それでもじわじわと刃が食い込んでくる。
「君の血が欲しいそうだ。仕方ないな。殺しはしないよ」
「ど…どっちでも…いい…んあ…」
動けないまま握られた硬いものをいきなりしごかれて、僕の身体はビクンと震えた。ナイフの刃が少し深く皮膚を切った。
「スゴいな…これすると怖いから誰でもたいがいちっちゃくなるのに。君のは緩まないんだな。逆に大きくなる」
「そっ…それで…切り取って…欲しい…」
「なにを?」
「今…穂刈さんが…握ってるの…」
「マジで言ってるの?」
「切り取って…発作が無くなるなら…なくしてしまいたい」
「無理だよ。タマ抜かないと。でも鬱になるぞ。自殺したくなる」
「それは…困ります…」
「だったら楽しめ」
「いや…だ…ああっ!」
片脚を担がれた途端、僕の中に穂刈さんの硬くて太いものがゆっくり入ってきた。右のナイフが抜かれ、僕は磔から解放された。だがそのナイフの切っ先がそのまま鎖骨から胸の皮膚に薄く食い込んで、下に向かって赤い線をつけていった。
「んあぁ…」
「うん、いいね。よく締まる」
ナイフはなおも赤い線をつけ続けながら下腹部にまで到達した。中に挿れられたまま再び性器が握られ、ナイフが性器の根本に差し掛かった。会陰にチリっと刃の感触が走った。全身に痺れが走った。気が遠くなりそうだった。穂刈さんはゆっくりと僕の中をかき回していた。
「ああ…ああ…そのまま…そのまま刺して!」
「本当に切り取って欲しいのかい」
「あああっ! 突き刺して! そのまま切除してえええっ!」
それを聞いた穂刈さんはそのまま刃を茎の根本にグイッと押し当てた。刃が肉に食い込む感覚としごかれる感覚と、直腸の奥に硬いものが当たる感覚が同時に襲ってきた。その瞬間、僕は昇りつめていた。
「うわああっ! いくうううっ!!」
自分の腹の上や胸に勢い良く精液がほとばしった。腰がガクガク痙攣し続けて、いままで耐えてきたものを全部吐き出すかのような長い長い射精だった。
「マジでこれでイクのか…大したもんだな」
僕に打ち込んで腰を回しながら呆れたように穂刈さんは苦笑した。どれくらい切れたかわからず、ワナワナする両手で自分の性器の根本を弄ったが、ヌルっとした血の感触は無かった。思わず目の前に震える指をかざした。血の跡も何もなかった。
「はぁ…はぁ…切れて…ない…?」
「残念だが峰打ちだ。まだくっつけとけよ」
穂刈さんは素早く刃を裏返して峰で僕のものを圧迫してたようだった。感覚の鈍い僕はその動きがわからず、刃がそのまま肉に食い込んでいると思ったのだ。
「人に…されたの…初めてだった…自分でカッターとか…メスとかしか…なかった」
「メスでオナニーかよ」
「最近じゃ…それもイケない…」
「人にしてもらえってことさ。カレシでも作ってさ」
「言ってるでしょ…誰も近づける気はないって」
彼は黙った。挿したまま僕を裏返して、後ろから無言で激しく犯した。背中にナイフが食い込む。その度に僕は仰け反った。流れる血を彼は舌で舐めた。彼の唇は僕の血の味がした。
立夏過ぎて、ペースが戻りました。節気は大事。