※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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二十七、交点

 長いセックスの間、僕は身体の至るところを薄く切られていった。穂刈さんは二本のナイフの刀身に僕の血をなすりつけて赤く染めていった。僕もナイフも穂刈さんの身体も僕の血で血まみれだった。それはまるで何かを鎮める儀式のようだった。僕を引き寄せたのはこのナイフだったのかも知れない。あの掲示板の文字が他と違ってたのは、セックスが目的だからじゃなかったからだ。

 

 血を欲したのだ。欲情した血を…僕は生け贄として選ばれた。穂刈さんではなく、ナイフの神に。

 

 穂刈さんは体位を変えて何度も僕の中に出した。僕も出した後挿れられたまま、またしごかれて2回めを射精していた。それでもさんざん焦らされて狂いかけた身体はまだ疼きを残していた。

 

 その時、脱衣所の方で携帯の着信音が響いた。僕の携帯だった。挿れられたまま抱き合って、血まみれの胸を舌で嬲られながらその音を聞いた。誰かすぐにわかった。音が耳について煩わしさが胸を灼いた。思わず手に力が入ると、穂刈さんが不意に身体を離して僕を見た。

 

「いいのか? 出ろよ」

「なんで…?」

「君の男だろ」

「そんなの…いないです」

「こんな時間にかよ。君が認定してないだけだろ」

「…放っておいて…下さい」

 

 すると着信音は消えた。なぜか穂刈さんが僕から自分のものを抜いた。部屋の掛け時計を見ると12時を回っていた。

 

「帰ってやれって」

「違います」

「君は死神なんかじゃない。俺にはわかる。だから帰れ」

 

 分かってもらえていたはずのことを否定されて、僕は固まっていた。

 

「なんで…? わかってくれてたじゃないですか」

「さっきはな。でも抱いてるうちにわかった。君のは違う。言ってみれば…死相の出てる人間を引き寄せるんだ、君は」

「違うんだ…僕自体も死に追いやってる…僕が、生きてる人を愛せないから…」

「死相が出てるから叶わない君に惹かれるんだ。物事ってのはな、強烈に否定すると寄ってくる。二度と味わいたくないものは、また現れる。悪循環なんだよ。体験は信念を強化する。信念は体験を呼ぶ…それにより君は自分をそう言う人間だと認定する。どうだい? 違うか?」

「わかりません…そうだとしても、それを僕は止められない」

「それは呪いのようなもんだな…暗示なのか、トラウマなのかわからないけどな。色恋は出来ないかも知れないけど、君に愛がなければ、自分を死神なんて思わないさ。それに人を傷つけないように誰とも深く関わらないのは、君の愛以外の何物でもないさ。大事なことは強く願うことだ。望んでないんだろ? 君は人の死を」

「ええ」

「本当に死神をやめたいなら、それをたち切ってくれるような人間がきっと現れる。だから諦めるな。時間がかかっても、本当に願ったことは実現するんだ…まぁこれは俺のナイフの師匠の受け売りだけどな。でも俺は間違ってないってわかった。まぁ、俺の望みは君とは逆だったけどな。あっはは」

 

 そんなことを言った人は初めてだった。自分で死を生み出している人とは思えなかった。いや、この人が死を生み出しているのではない…この人はナイフの声を聞いているのだ。ナイフの可否で仕事を断り積まれた大金が泡と消え、ナイフの声で誰かを殺し、そのせいで逆に命を狙われることもあるだろうに。親を殺され、恋人を殺され、それでもこの稼業を続けていったのには深いわけがあるんだろうが、その心が潰れるほどの悲しみを、今この人から感じなかった。一抹の淋しさという形で。一体なにを超えると、こんな風に成れるのか、僕は人間の善悪を超えた存在の仕方を垣間見たようにすら思った。ある意味それは、屍体と似ていた。

 

「……穂刈さんは…優しい…ですね」

「優しくはないよ。合理的なだけだ」

 

 誰かに自分が言ったことを他人から耳で聞いた。それは照れてるようにしか聞こえなかった。

 

「…ヤクザとは…思えませんが」

 

 それを聞いて穂刈さんは笑った。

 

「俺は一匹狼なんだ。堅気じゃないが組織に依存してるわけじゃない。俺はどこに行っても客人だ。雇い主は今回みたいにヤクザが多いけどな。でも堅気の裏の仕事もある…堅気なんて表の顔だけどな」

「そんなに話して…いいんですか」

「なんか知らねーけど、君にはなんか言っちまった…はは」

「僕が今から警察に駆け込むかも知れないのに?」

「ふぅん…でヒロシ君はゲイの掲示板で男漁って抱かれて散々よがって、縛られて股開いてヨダレ垂らしながら抜いて下さいって叫んでた、って供述してやろうか?」

「…遠慮します」

「まあ、俺はいつ捕まっても後悔はないけどな。それも運命だ…君にタレコマれたら本望かもなぁ。でもたぶん、警察もいろいろヤバい事になるだろうよ…俺のクライアントはちょっと厄介揃いだし…俺のこと誰もタイホしてくんなかったりして」

 

 穂刈さんは意味深にニヤッと笑った。証拠もないのに警察にタレコむつもりなど無かったが、もしこの状況でそれをやったら、闇に守られてる穂刈さんより、僕の社会人生命が一瞬で終わる方が先のようだった。

 

「だからさ…帰んなよ。俺のナイフは十分だって言ってる。楽しかったよ…ここでの最後の日にいい思い出になった。俺のナイフに血を吸われた奴は俺のことでは死なないから安心しなよ」

「穂刈…さん…」

 

 その言葉を遮るように、再び僕の携帯が鳴った。僕は黙ってそれをやり過ごそうとした。すると穂刈さんは立ち上がってスタスタと脱衣所に入っていき、僕のチノパンを掴んで戻ってきた。そして僕の前でポケットの中から勝手にそれを引っ張りだし、立ったままいきなり電話に出た。

 

「…ああ、あんた…ヒロシ君のカレシ?」

「ちょ…穂刈さん! ダメですってば!」

 

 僕は慌てふためいて携帯を奪いに掛かったが、穂刈さんの足で簡単に蹴り飛ばされて、布団に転がった。もしや修羅場というやつではないか? これは…

 

「いや、番号間違ってないよ。ちゃんと捕まえとかないとヤバいよ、この死にたがりのお医者さんは。あんたが頼りなんだからね。わかってんの? トロいこと言ってるとお持ち帰りしちゃうよ〜」

「お願いします! 携帯返して!」

 

 すがる手を振り払われ、また突き飛ばされた。電話口から幸村さんの怒号が漏れてくる。そこで気づいた。修羅場とかそれ以前に、この二人は殺人犯と、そいつを追ってた刑事じゃないかということに。お互いに気が付かないで全く別の話で電話で喧嘩してる冗談みたいなこの現実に、どうしたらいいのかわからなくて、スーッと気が遠くなりかけた。

 

「冗談だよ。怒鳴るなって。今から帰すから。言っとくけどヒロシ君から誘われたんだからね、俺。ああ……え? そう。まあいいじゃないか。彼、いい子だよね。なんでさっさとモノにしないの、そんなに心配ならさ。呪いをさ、解いてやってよ。じゃ、ちゃんとそこで待ってろよ」

 

 あまりのスレスレの状況に頭の中が真っ白になったまんま、僕は呆然とそれを見ていた。ある意味現実逃避だった。穂刈さんは言いたいことを言うと、勝手にプチッと電話を切った。

 

「はい、終了〜」

 

 その声で、僕はいきなり正気に戻った。 

 

「ななな…なんてことしてくれたんですか!!」

「あれ、怒ってる?」

「怒りますよ! 電話してくるあの人もほんっとに勝手な人だけど、穂刈さんもそれと同類ですか!!」

「ええ〜? 君と関わるとみんなこうなるんじゃないかなぁ。だってヒロシ君頑固過ぎるもん。あ、ヒロシ君本名じゃないんだね。俺は本名だけどね。岡本君」

「おっ…岡本じゃありませ…」

「カレシが岡本って言ってたぞ」

「岡本も…偽名ですから!」

「へぇ、そうなのか。良い切り返しだなぁ、頭いいのか悪いのかわかんないよ、岡本君」

 

 そんなことを言っているうちに僕の携帯がまたすぐに鳴った。それを穂刈さんは電源ごと切った。僕はその携帯をようやくもぎ取った。穂刈さんは笑って自分の携帯を服の中からゴソゴソ探しだした。

 

「あ、トミ? ごめん、寝てた? 大丈夫? うん…うん…そうそう…じゃあよろしくね」

 

 自分の携帯を枕元に放り投げると、携帯の電源を入れ直している僕をもう一度押し倒した。

 

「すぐ迎えに来るよ。トミ、嬉しそうで可笑しかったなぁ」

「トミさんに…悪いです」

「いいんだよ。俺の世話係だからさ。それに一緒に仕事してから好かれててさ。アイツ俺に気があるんだって。君に焼きもち妬いてるんだ」

 

 それで車の中で穂刈さんが僕にちょっかい出してるのを「勘弁して下さい」だったのかと、ようやく理解した。

 

「僕の送り迎えなんて、可哀想だ…」

「でも俺は今夜はここで缶詰だからな。君を送って行きたいが、そうもできん。まぁ、さっさと君を送り届けさせて、トミとはここでしんみり二人で夜食でも食うわ。いや、君のカレシめっちゃ心配してたからな。トミと鉢合わせしないとこに降ろしてもらえよ…なんだか俺もちょっと妬けるな」

 

 そういうと僕の唇にキスして、強引に舌を口腔に挿れた。ビクン、と身体ごと反応した自分が恥ずかしくて、僕は横に顔をそらして言った。

 

「カレシじゃないって言ってますよね…僕には…恋愛感情がないんですって…」

「無くてもいいじゃん。フラフラ男漁ってると病気もらうよ。絶対セーフでしろよ。それこそ死神になっちまう。彼に感染したらどうすんの。相手は一人がいい…ああ、浮気すんなって彼に言うんだぜ。それ、忘れるなよ。君だけ気をつけてたってダメだからね」

 

 さすがにそれには反論出来なくて僕は黙った。僕がエイズにでもなったら破滅的だ。穂刈さんは僕の頬や肩に唇を落としながら話を続けた。

 

「君が心配してるんだろ。彼が死ぬんじゃないかって。でも彼が君のことほんとに好きだったら、死なないよ。逆に呪いを解いてくれるさ。それが究極の愛ってもんさ」

 

 そう言いながら穂刈さんは僕の顔を覗き込むと、口をへの字に曲げて、眉根を寄せた。

 

「でも君ともう少し一緒に居たかったな…いつもはあんまり思わないんだけど」

 

 その言葉が、僕の心に刺さった。誰の側にも居ちゃいけない人の涸れ果てたような寂寞が一瞬見え、それが僕の胸を襲った。また涙が溢れそうになった。

 

「僕は…一晩で十分ですよ…穂刈さん…」

「うん、そうだな。それでいい」

 

 うんうんと頷くと穂刈さんは一瞬なにか考えていた。そして微笑みながら言った。

 

「ねぇ…俺の髑髏にさ、キスしてよ。君は俺の背中の髑髏なら多分愛せるだろ?」

「はい……その…通りです…」

「俺が葬ってきたみんな…だ」

 

 ゆっくりと彼は起き上がり、片膝をついて背中を向けた。均整のとれた筋肉と滑らかな皮膚の上の、暁斎の美しく端正な線で描かれた髑髏が僕を見ていた。その眼窩にしっぽを残して抜け出たトカゲ…それはまるで死人の中を縫って生きている穂刈さんそのものだった。髑髏には僕の血が付いていた。しがみついた僕の指の痕だった。なにも揺らさないように、僕はそっと両手をその肩に置いた。僕は初めて背中から人の両肩を抱いた。

 

 唇を背中に押し当てた瞬間、彼は軽くのけぞり、息を飲んだ。その音があまりに切なくて、僕は唇を離すと、そのまま額を背中につけて泣いた。もう声も出なかった。僕達はそのまましばらくそうしていた。この先、二度と逢うこともない二人が。

 

 





 最後の「唇を背中に押し当てた瞬間…」あたりから、THE YELLOW MONKEYの『BURN』あたりが掛かってると泣けるなって思った。自分で書いてて、穂刈さんに惚れそうになった。
 穂刈さん、フルネーム穂刈壮志って言います。着けた名前を使う機会を逸してしまった…ごめん穂刈さん。



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