※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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12.リマインダーとゾンビ

 僕はいきなり思考の中に引きずり込まれていた。思えばそれはある意味、穂苅さんに揺さぶられたのと似て非なるショック状態だったのかも知れない。外側の変化に伴って、いつも僕は“どのように他人と(生きている人と)関わるか”という問題に直面させられる。そして毎度お馴染みの自問自答が繰り返される。まるでそれは“野生動物と共生していくには?”とか“戦わないガンの延命治療”とか“危険な外来昆虫の駆除と防疫の指針”などといった、無鉄砲な力を持った生命力の野蛮な動向に対応するための、死んだ負け犬のシンポジウムみたいな様相を呈する。シンポジウムといっても討論者は僕独りなのだが。

 

 まず整理しよう。外側が騒乱していても基本が変わらないことをまず確認しなければ。つまり、僕に関わってくる人達を傷つけたくない。でも僕が関わると死んでしまう。だから皆と関わらないようにこの世界でひっそりと過ごす。ただし、それは外界からは理解されない。これは単なる同じ確認の繰り返し。

 

「僕は死神だからです」

 

 そう言い続けて、自分でもそう思い続けてあの日まで来た。穂苅さんと会う日までは。もう誰とも関わりたくない。そもそも興味がない。それは最初からずっと思っている。そう、佳彦が僕に関わって以来、関わる前からずっと変わらない。これもルーティンな確認。

 

「邪魔なんです。僕は静かに死んでいたい」

 

 いや、変わったのか。興味がないのは変わらない。だけど誰とも関わらないほうがいいというのは、僕が誰かと関わって培った結論だ。

 

(望んでないんだろ? 人の死を)

 

 僕は穂苅さんのその言葉にあの時うなずいた。だがそれは穂苅さんに言われる前からずっと思っている。隆にいつも言っていたように、僕は生きているものが壊れていくところを見たいわけではないのだ。だが穂苅さんの提案は混乱の始まりだ。その混乱に終止符は打つために僕は再び決意した。また外への扉を閉じ、叶うかどうかもわからない“願い”と称される神秘主義に身を委ねろという、穂苅さんのご意見との折衷案を僕は立てた。

 その折衷案上で、この畳み掛けるような“人に関われ”というメッセージの連続が展開されている。まるで獲らぬ狸の皮算用というやつだ。願いが叶うというアテもないのに、皆は無意識に期待しているんだろうか。まるで僕が人間関係の扉を開く予定が決まっていて、それはもうそろそろ可能になるとでも言わんばかりの勝手な楽観主義的プレッシャーを感じた。

 だがなぜ、今ここで僕はまた考えているんだろうか? それも“死神を本当に辞めたいのか?”などというもう結論を出し終わった答えについて。だが、胸の中がモヤモヤしてきた。出し終わった結論、と心の中で言ったそばから、僕の深いところでは“いいや違う”となにかが囁いていたからだった。

 

“僕は本当に死神を辞めたいのか?”

 

 その問いは、まるで“そろそろ本当の理由を思い出した方が良いよ”というような、PCアプリのリマインダーのポップアップみたいだった。それは本当はリマインダーではなく、PCウイルス感染の警告なのか、それともアップデートが来てますよみたいな変容の前触れなのか、ただの潜在意識の整理整頓なのかはにわかに判別がつくものではなかったが。

 

 “死神”という言葉は自分で言い出したものではなく、僕の代名詞として隆から貰ったものだった。僕が自分を死神だと認識する前に、隆は僕を「大事なものを奪っていく死神」に喩えた。それ以前に佳彦は、自分を犯罪に誘い殺人を唆す悪魔と言った。ネガティブな分野の中で、短期間で悪魔から神に格上げされたと言えよう。少なくとも隆より佳彦の方が危険を察知してそれを回避する能力値は上だった。だから追い込まれる前に僕を拒絶できた。だからまだ僕は佳彦にとって神よりも格下の“悪魔”でいられたのだろうか。

 とは言え、あの典型的なサイコパス人格の佳彦から“悪魔”などと呼ばれるとは、僕も犯罪心理分析官から見たら、なんらかの犯罪性気質を有するなどの判定を下されるのかも知れないな…などと、いろいろ考えているうちに思考が論点が少しずれ始めた。だがそれで僕は、ふと大学の心理学の授業で紹介された様々な犯罪心理学の、ある分析手法について思い出した。

 

 人間には自己パーソナリティ、つまり自我として自分を認識している表面意識上の人格というものと、意識化されていないが、行動や判断や思考に影響を及ぼす隠れた人格というものを多数有しているというものである。そして、潜在意識に隠された人格はそれぞれがそれぞれの理由で自己の利益を追求していて、それは大概が表面の自我とは異なった目的と理由を持っているため、合理性に欠いた行動をとってしまったりする。つまりそれは、人が何らかの行動をとっている場合、それが現実的に不合理で不利益であったとしても、そこにはその人間の潜在意識のレベルに於いては、利益があるから行われる…といった考え方である。

 例えば、犯罪を犯すことは社会生活上、不利益を大いに生むので、大抵の場合避けられるが、それでも非合理的な犯罪という手段でその隠された自己はそれ自身の目的を果たそうとする場合がある。そこには隠された人格の深い破滅願望や自己否定、社会への復讐や歪んだ自己顕示欲などの、ただの現実的な金銭や地位などの、生存にかかる執着とは違った、潜在意識下の利益が裏で糸を引いている場合が多いと言われる。アメリカの警察機関が犯人を特定するプロファイリングの方法論とは違うアプローチであると、授業を担当している講師は言っていた気がした。どちらかというと犯人逮捕のあとの動機の追求や、服役中の更生プログラムに使うなどという記憶があった。

 少なくとも、死神であり続けることに何らかの隠された利益があるのではないか、という観点は、今までの考察では発想になかった視点だった。とは言うものの、その利益がすぐに思い当たるものでもなく(すぐ発見できたら“隠されてる”などと言わない)、隠しているということは隠蔽すべき何らかの理由もあるだろう。残念ながら直ぐには思い当たらなかったが、僕はどこかで本当の理由を知っているような気がした…深い深いところで。それに気づきたくないから、重りを付け、深く心の底に沈めて忘れてさえいるような…

 

 “Skeleton in the closet”『クローゼットの中の骸骨』という言い回しが英国にはある。見せられないような隠し事のこと。いやむしろ僕の場合、骸骨なら好感度は高い。それより、死んでいるはずの屍体がまだ動く、とかの方に僕は忌まわしさを感じた。

(つまり…ゾンビとか)

 それをイメージすると、僕にとっての隠された利益は『クローゼットの中の骸骨』ではなく『地下室に閉じ込めたゾンビ』がしっくり来るように思った。死人はちゃんと死んで頂かないと…そのためには可哀想な監禁ゾンビを探し出し、頭を撃ち抜いて静けさを取り戻してあげなければ。さてどうやって探そうか。取り敢えず今日はもう遅い…寝よう。

 期せずして僕にひとつミッションが増えた。ベッドの中でも考えてみたが、疲れていたので、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

 疲れて眠り込んだ夢の中で、僕は久しぶりに小さい裕と話していた。そこはよく見ると、一度だけ泊まった寺岡さんちのベッドに似てて、部屋の四面が本棚になっていて、そこに隙間なくぎっしりと本が天井まで並べられていた。小さい裕はベッドのヘリに腰を掛け、僕はベッドに仰向けで寝ていた。小さい裕の小さい背中が視界に見えていた。

 

(しにがみってなに?)

(僕だよ。僕のことだ)

 

 小さい裕は無邪気に僕に尋ね、僕はなんのひねりもなく直球で返答していた。

 

(なにするの)

(人に死を与える神さま。僕は神さまじゃないね。さしづめ死神の手先ってとこだろうか)

(じゃあ、かみさまにいわれたからやってるの?)

 

 小さい裕はいつも通り僕を質問攻めにしていく。

 

(どうだろう…そうだね、手先だったら命令に従っているってことだよね。でも指令があったことなんかないな。僕がいるだけでそうなっていくんじゃないかな。僕に意志なんかないし。意志があるとしたら、興味、かな。僕はその人を興味を持って見たらダメなんだ。その人を意識するとみんな死のうとする。僕達の本当のお父さんとお母さんもそれで死んだんだよ)

(ほんとに?)

(多分ね)

(違うの?)

(推論では、ほぼ間違いなく僕のせいだ)

(どっちなの?)

(うーん…裕はいつも知りたがりだな)

(ほんとうのことがしりたいんだ)

 

 どこかで電子音が鳴っている。僕は寺岡さんのベッドで目覚まし時計を探した。どこにあるんだろう? 確か枕元…

 手で探るとそこに小さい瓶が置いてあった。見たことがある…“Devotion & Trigger”? 紫色のラベルにはそう書いてあるような気がする。ああ、ここは佐伯陸の部屋なのか…

 

(兄貴を返せ…)

 

 部屋のどこかから男の人がベッドに上ってきた。いつものグラサンを掛けていた。

 

(…トミさん?)

(兄貴もお前のせいで死んじまった! お前が兄貴と寝たから…お前さえいなければ俺は…)

(穂苅さん…死んじゃったの?)

 

 信じがたいその言葉。あの人、僕のせいで死んじゃったの? そんなわけない。あの人はナイフの神さまに守られてるんだろ? トミさんの誤解に違いない。

 

(トミさんの思い違いじゃないんですか?)

(俺はお前を殺す。お前はこの世に居ちゃダメな人間だから)

(穂苅さんは死んでないでしょ?)

(お前を殺して俺も死ぬ)

(ダメだよ、トミさん。僕は死んでもいいけど、トミさんは人殺しになっちゃうよ)

(死にてぇんだろ? 殺してやるよ。俺が殺してやるよ…)

 

 トミさんは寝ている僕の胸ぐらを掴んだ。それはダメだ…と僕は思った。人を人殺しにするなんてまた佳彦に叱られる。電子音は鳴り続けている。そのうちなんだか頭の中が朦朧としてきた。小さい裕はいつの間にか消えていて…

 気がつくと自分の部屋のベッドだった。

 頭の直ぐ上で目覚まし時計が鳴っていた。ストレスで脳が疲れているのだろうか…変な夢だった。だいたい僕はそれほど夢を見ないのに。

 

 小さい裕。もう10年も姿を現さなかったのに。僕のピンチであの子は現れるらしいのだが、変な夢、というだけではまだ全貌は不明だ。これからなのかな…それに僕はそんなにピンチなのか?

 あの時の記憶が甦ってくる。寺岡さんが言っていた。“君は精神が崩壊する寸前だった”と。菅平さんのプレッシャーがこうさせたのだろうか。目が覚めた今は、小さい裕は意識の中には出ては来ていなかった。あの時は普通の生活の中に小さい裕も一緒にいる感覚だった。そこまでの危機感を自覚していない僕は、夢の中だけではそこまでのピンチとは言えないのではないかと考えてみた。しかし小さい裕がどうして夢に出てきたのかは、地下室のゾンビと関係があるかも知れないということはうすうす感じてはいた。

 しかし、トミさんが出てきたのには起きてからちょっと驚いた。よっぽど僕はトミさんに悪い事したと無意識に思っているんだろう。嫉妬はツラいものだというのを僕は関わった人達から学ばされた。いまだにその感情はわからないが。

 熟睡感がなく起床したせいで、立ったまま寝てしまいそうになりながら目を閉じて歯を磨いた。

 

 仕事場に着くと、堺教授のメモが机の上に貼ってあった。

 

『岡本くんへ

 朝イチで教授室へ来られたし!

 ちょっと用事です。

           堺より』

 

 なにか不穏なモノを感じつつ、メモを剥がして捨て、荷物を置いて教授室へ向かった。軽くノックしてドアを開けた。

 

「おはようございます」

「おはよう〜。調子はいかが?」

「眠いですが、まあまあです」

「それは良かった。回復してるってことでいいかな?」

「ご心配お掛けしました。80%といったところです…昨日が50%とすると」

「まぁ良いんじゃない? 無理しなければ、だけど。はい、そこ、座ってね」

「あ、はい」

 

 堺教授のデスクの斜め横に置かれたいつものオフィスチェアに腰掛けると、教授は机の上の資料に視線を落とした。

 

「えっとね…前々から警察医会から話があってね」

 

 堺教授はほんの少し僕の顔色を伺うように横目で僕をチラッと見た。

 




《近況》

 寒いです。マイナス3度ってなに? 外に干したバスタオルが凍ってるんですが!
 と、まさか一番体調の低下したタイミングに40年ぶりの寒波が来るとは恐れ入りましたが、症状は色々出つつも思ったより持ちこたえてて、頑張ってる感をひしひし感じていたマイナス3度でございました。そして凍りつつも更新出来たことに成果を感じている昨日今日でした。
 冬アニメはログホラ・オバロ枠(勝手に枠作った)に見合う作品がなく(地味なグリムガルはどうなっていくのかあのままなのか)、このすばはどっちかって言うとイクシオンサーガDT枠なんじゃねーかと思うが、こういうの好きです。冴えカノ枠のしょこめざは色々混ざってて呆れた感は否めないが、取り敢えず面白いので許可。「昭和元禄落語心中」と「僕だけがいない町」は文句なしで毎回楽しみです。そんなこんなのコンテンツ消費しながら執筆の栄養にしてます。吸収した分は吐き出さんと…
 では、今回もご閲覧ありがとうございます。
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