※この作品はR-18です。

僕を止めて下さい   作:架空線

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20.混沌

 今にして思えば、この前ベッドの中で期せずして幸村さんの口から出たドクター清水の話というのは、なんとも言いがたい不透明な印象だった。

 

「…そりゃ、死因に関わってる警察医の皆さんとうちの検視官と科捜研とおたくら法医学教室さんが、心置きなく便利に使えるセンターってのが良いに決まってるさ。情報共有も今までより密になるし、そりゃあ理想的だよ。だけどうち(警察)を噛ませない方針のほうが、圧倒的に計画は進捗するんだよな。だってさ、普通は対立構造になるんだぜ、司法サイドとAi推進派の医者とはさ。まぁ最近は死因究明推進の流れで連携取れって建前はあるさ。でもそれを真に受けるような実情じゃないしな。なんか裏で勝算があるのか、それともアメリカかぶれのポジティブ・シンキングなのかね」

「ええ、実は堺教授からも僕にAiセンターの担当者の件打診されましたし…それはほんとうに迷惑な話なんですが…」

「ああ、聞いてるよ。教室代表だってな。放射線科からも出すんだろ?」

「…追い詰められた感満載です」

 

 とはいえ、さすがに立場の違う警察関係者だけあって、堺教授とは違う印象をなにか知っているようなので、敢えて質問してみた。

 

「幸村さんから見て、清水先生個人はいかがなんですか?」

 

 僕から質問するのが珍しいのか、幸村さんは一瞬、お? という顔をした。

 

「気になるのか? 珍しいな」

「自殺の屍体をバシバシ検案で対処してくれてる時点で恩人ですからね」

「まぁな。残念だが俺もそう思う。恩人か、なんだか妬けるな…まあいいや。もう会ったのか?」

「いえ、まだです」

「そっか。清水センセ個人って言われてもね。まぁ…いまんとこ掴めんな」

「はぁ」

「理想主義なのか根回しに対する自信なのか…」

「珍しいですね。幸村さんが読めないなんて。ああ、でも僕のこともわからんと…」

「岡本はわかりやすい。マニアックだけど単なるツンデレな好青年だし。わかりやすくていいぞ」

 

 ここまでこじれているのにも関わらず明るく言われる“好青年”と“わかりやすい”という評価に僕は絶望感を覚えた。

 

「ですからさっき、わからんわからんと僕から根掘り葉掘り一晩かけて供述取ってたのはなんなんですかね?」

「背景がわからんってことさ。岡本の感情はわかりやすいんだ。わかりやすいけどタイミングもパターンも他の一般ピープルとはえらく違うから、なんでそこでその反応なのかって、それが不思議なんだ。まぁ、話し聞いて特殊な人間形成したことはわかった。納得した…それなりにはな」

「じゃあ、清水先生にも根掘り葉掘り訊けばいいじゃないでしょうかね。今日みたいに」

「そうしたいのは山々だがな。作戦が必要だろうよ。裏を見せない相手に正攻法なんかで本音がわかるかっつーの」

 

 そして、フウと溜息をつき、僕をちらっと見て言った。

 

「会ってみりゃわかるんじゃねぇの? 岡本の特殊な認識力で清水センセがどう見えるのか、正直俺が知りてーわ」

 

 幸村さんのドクター清水についての印象はそんな感じだった。堺教授や菅平さんの噂とは一味違う幸村さんの話は、さらに僕のドクター清水についての想像を混沌とさせた。そしてまた、見た目は単純そうに見える幸村さんの隠された策士っぷりを垣間見ていた。まぁ、そうでもなければ犯罪者との攻防を繰り返す刑事などという職業への適正は表れないだろう。押しが強くて執念深いだけではここまで実績を上げられるはずもない。当たり前なのだが、そうは見えないのは、刑事としては有利なことなのかもな、と思った。初対面の相手を油断させられるという意味では。

 

 そして今ここで僕の目の前にようやく出現したドクター清水の、意味不明な挑発を食らって思った。幸村さんの野生の本能的嗅覚といつもの勘でも、ドクター清水という人物がとらえどころがないと感じたのは、彼が特定の人間だけに対して、わざと自分の思惑を読まれないように隠しているからではないのだろうか? だが、敢えて隠すというのも、隠しているものの存在をともすれば暴露していることに他ならない。ということは、ドクター清水がなにかを隠していることを幸村さんからさとられた時点で、実は幸村さんのリードなのかも知れなかった。

 Aiセンターは警察と連携できるかは五分五分かそれ以下、それでも警察と関われれば、最終的に連携出来ようが出来なかろうが、検視に力を入れている幸村さんとは当然なんらかの関わりを今以上に持つだろう。もしや、清水先生は公私それぞれの思惑を叶える一石二鳥を考えているのではなかろうか。僕はカウンターパンチを食らいながらも、ものすごい速さで思考を巡らせてそんな推察をした。ある意味馬鹿げている。しかし有り得る。色恋とは馬鹿げたことをさせるものなのだ…経験上。

 

「…ですから幸村警部補のこと、なんでそんな気にされるんですか?」

 

 聞き返された僕は、その質問をもう一度丁寧に言ってあげた。

 

「えっと、まだ決定ではないのですが…」

 

 だが、ドクター清水は特に表情も変えずにそう前置きしてその質問に答え始めた。それはポーカーフェイスなのか、地なのか、やはり僕にははっきりわからなかった。

 

「あのですね、一応警察サイドの担当はいまのところ表向き県警の長谷川警部ですが、幸村警部補がそのサポートで副代表になるかもしれないんですよ。代表はさすがに県警じゃないとカッコつかないですが、長谷川警部ヒマがないんで実働が幸村警部補になるとかなんとか。まだ警察ははっきりは担当のことをこっちには言ってこないんですけどね。様子見されてると思います。それに幸村警部補もかなりご多忙みたいですし…でも検視の質の向上にはいちばん力を入れてらっしゃるしね」

 

 また初めて聞く情報が僕の前に無造作に開示された。当事者と数日前にその件について話したはずなのに…しかもベッドの中でだ。幸村さんはなぜ僕に言わない…! 言葉もない僕に、わかりました? といわんばかりにニッコリとドクター清水は微笑んだ。

 

「だから、ほら、前もって幸村警部補と岡本先生が噂以上にどんなご関係なのか知っておきたいっていうかね。周りは仲が良い、信頼関係あると言ってますが、そういうのって実際にご本人に訊いてみないと、ぶっちゃけた話、わからないじゃないですかぁ。そういうことです」

 

 幸村さんのAiセンター構想参加の可能性という後頭部へのラビットパンチを食らった僕は、その威力に顔も上げられずに思わず、うう、と呻いた。ちなみにラビットパンチの語源は『狩りで捕まえた兎の後頭部を殴って殺す習慣』から来ている。ボクシング用語だが、相手の首の後方を故意に打つ反則技のひとつだ…反則だ!

 

「…それは初耳でした。幸村警部補がこのプロジェクトに参加するって」

「ああ、いえ、まだ本決まりではないんで。そこは検討中ってことらしいんですけどね。だって幸村主任、強行班の捜査の要でしょ。見てる限りそんなヒマないですよねぇ。分身の術とかクローン人間でも作るつもりなのかなぁ。それとも時間割ける当てでもあるんですかね。ご存知ですか?」

「さあ。知りませんが」

「県警に異動って噂、ほんとうなのかなぁ……あれ? 幸村警部補の話、お嫌でしたか?」

 

 僕がずっとうなだれたままついたため息を逃すこと無く、ドクター清水は意外そうに僕の顔を覗き込んだ。

 

「いえ、別に」

「…というか、僕、ご迷惑ですか? なんだか全然歓迎されていないみたいですよね」

 

 アメリカ帰りらしい、率直でフランクなツッコミだ。わかりやすくていい。

 

「いえ、別に」

「ほらまたそれ」

「はあ。いつも誰にでもこうですけど、なにか問題でも?」

「…変わってるって聞いてたけど…こういうこと言ってたんですかね」

「ええ。おそらく間違いないでしょう。ここのスタッフの誰に今の会話を聞かせても、いつもの岡本だと答えるはずです」

「ならいいんですが。でも、本当に生きてる人に興味がないんですか?」

 

 一瞬息が止まった。なぜだ。なぜそれを知っているんだ? 誰から聞いたのか? 屍体が大好きなんですか、という質問もそうだ。僕の中核をなすものを、なぜこの初対面の人間が知ってる!?

 

「なぜ…そう思うんですか…?」

 

 表面的にはさりげなく言ったつもりだったが、内心は彼からその情報の出処を引き出そうと僕は焦っていた。だから自分から肯定はするまいと。だが自分から聞いたのに、返ってくる回答を聞きたくなかった。すると彼は不思議そうに僕に答えた。

 

「だって、佐伯君が言ってましたよ。お友達じゃないんですか?」

「へ?」

「ほら、ここの隣の大学の天才数学者。お知り合いでしょ? ほんとこの地域、田舎なのに人材豊富で感動しますよ」

 

 佐・伯・陸!? 思わぬ名前に僕は一瞬ソファから臀部が浮くほど驚いた。見事なアッパーカットだった。

 

「な、なんで佐伯君に…?」

 

 驚きのあまり、僕の心臓は早鐘のように打っていた。いつも脈拍の遅い僕の心臓には過酷な負荷だ。正直しんどい。というか、この会見は総じてしんどい。ドクター清水はなぜこうも僕の鬼門のような迷惑な人脈をピックアップしてくるんだろうか。わざとか…これには意図があるのか? しかし僕にそれをわざとする理由とは一体何があるっていうのか?

 僕の胸中とは反対に、ドクター清水は更に余裕の表情で、アメリカ帰りらしく身振り手振りで佐伯陸との接点の説明をし始めた。ここまでくるとそれら全部があざとく感じてくる。ヘロインを運ぶのに、会社のプロジェクトの企画書と会議のレジュメと自己啓発系ビジネス本と栄養ドリンクとのど飴が突っ込んである二重底のビジネスバッグを下げている。そんなイメージが脳内に翻った。

 

「それはですね、佐伯先生にはCTとMRIのAi画像解析ソフト開発をゆくゆくはお願いしようと思ってます。あと、ノイズ対策のために生体の解析と違って遺体の解析はX線の線量を大幅に増やせますが、特に位置や撮影方法による解像度の高低差を現行のものよりももっと補正できるアルゴリズムが欲しいって、前々から思ってたものですから。特にMRIについては遺体の温度変化で画像が劇的に変化するでしょ? シーケンス固定すると初心者はなかなかコントラストに慣れなくて誤診しやすくてね、その対策も出来たらなぁって思いまして。もう2〜3ヶ月前になるかなぁ…佐伯先生と会ったのって」

 

 さすがに放射線科の専門用語は勉強不足で半分くらいしかわからなかった。いや、そういう問題を遥かに超えて、このドクターがなぜこうも僕の周辺を漁って、外堀を埋めるようなマネをしているのか意味がわからない。意図的なのか偶然なのか…わからない。逆に、幸村さんが「清水センセはわからん」と言ってたのはこういうことか? と、ようやくわかりかけているところだった。

 

「そうそう、だって佐伯君の方から聞いてきたんですよ? 法医学教室もリンクしてるのかって」

「…はあ」

「それで『ええ、岡本裕先生が代表してくれることに』って答えたら、すごく喜んでいましたっけ。友達なんです…って言ってましたよ、彼。いいなぁ、岡本先生と友達なんて!」

 

 友達…なんて温度差の違う言葉なんだろう。僕には友人はいない。脅迫されてつきあっただけなのだ。

 

「だから結構いろいろと教えてくれましたよ。岡本先生は屍体がお好きだとか、生きているものに興味がない、とか、幸村警部補に好かれてるとか…でも佐伯くんの証言では、なんと幸村警部補は岡本先生に煙たがられているという話なんですよね。佐伯君は幸村警部補とも個人的に親しいみたいですし、警察関係とは違う新鮮な情報だったなぁ。この食い違いの真相を知りたいなって思うんですが」

 

 あの女装子め…! 口止めしておくんだったと僕は激しく後悔していた。口は軽そうだとは思っていたが、まさかここまでとは。可能性としては佐伯陸がイケメンのドクター清水を誘惑してすでに肉体関係すらあったりする可能性もある…まさかピロートークであれこれバラしたというやつなのか? そんな自分の想像が痛い。 しかし佐伯陸ならやりかねない。とはいえこのままドクター清水を知らぬ存ぜぬで振りきるのはかなりな気力と言葉を重ねる必要があると、それはもしかしてエネルギーのロスかも知れないと僕は気がつき始めた。

 

「おおむね間違ってはいない、です。佐伯くんとは友達ではないですが」

 

 そして僕は平静を装い、それを肯定することにした。佐伯陸の暴露した話は、この窮地において、逆に部分的に都合が良いと僕は判断した。これからのドクター清水との関係性に於いて。

 

「ですから、生きている幸村さんには興味ないですし、佐伯くんにも同じです。屍体は静かですし、それが落ち着きます。なのでAiには興味があります。勉強してその可能性を追求したいです」

 

 それを聞いたドクター清水は、残念そうにため息をついた。

 

「ああ、そっか…それじゃ僕にも興味ないですよね。ごめんなさい。そうかぁ、そうですよね。そうですよ、情報はあったのに実際の出来事と結びつかなくて。気が付かなったのは僕が至らなかったです。なにか僕は勘違いしてた。申し訳ない」

 

 意図していたものの、二度も謝られてなんとなく気が引けたので、僕はフォローに入った。

 

「いえ、あの、謝られるのも困ります。そもそも僕は生まれつき脳の機能が人とかなり違ってるんで、普通の人の感覚とかなり違うんです。嗅覚も触覚も味覚も鈍いし、それで生きている感覚自体が薄いんです。それに視覚が嗅覚野を乗っ取っているので、視覚情報を人より多く処理できるみたいで、どうも見ているものも人様の見ている景色と違っているらしいです。おまけに聴覚が温度の感覚と結びついている特殊な共感覚まで装備してるので、音と高い温度に過敏で…気温が高いだけでノイズで疲れてしまうから、いつも静かじゃないと精神的にも辛いし、身体にも堪えるんです。すみません…あまり人に理解されないし、長くなるので…言いたくなくて」

 

 ここまで知られたら隠すより、利用するほうが流れ的に楽だろう。これくらい言っておけば、だいたい人は僕の変人っぷりにも納得できて、追求の手も緩むはずだ。また人と脳が違うことで奇形に対する憐憫に似たものを引き出し、同情させて、なおかつ僕とあなたはいくらすりあわせても共感には届かないことを理解してもらえる。多少不本意ながらそういう作戦を僕は取った。

 

 本当は自分の特殊性についてはあまり人には言いたくはなかった。自分を見せたくないし、興味を持たれることも多いだろう。また、逆手に取られてなにかの不利になる可能性もあるだろう。だが、今後も関係せざるを得ないこの方には、少々キツく言ってさっさと関係性の不可能感を高めてもらわねばと、僕も背水の陣の認識で望まざるを得ない状況だった。これは佐伯陸のとの邂逅の時の判断に似ていた。

 

「ですから…」

「…岡本先生…僕…知らなかったです…それ」

 

 丑三つ刻の幽霊の囁きのような、恨めしげな低い呟き声が聞こえた。誰の声? と一瞬僕は他の人が部屋に居るかと思い、キョロキョロあたりを見回したが、当然ながら誰も居なかった。つまりそれはドクター清水の口から出た声だった。

 

 

 

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