リクエスト内容はこちら。
https://skeb.jp/@aikosyaHoKoku/works/27
罠でオークになってしまった女性が、まさかのオークに助けられてしまいました。
その勢いで、少しずつ仲良くなっていくのですが……女性は、人間であることを隠しているのが心苦しくなってしまう、そんなお話です。
「んゴッ、フゴッ、もう、最悪……!」
ずるりとお気に入りの靴が脱げ落ちる。
理由は……分かってるのに、確認のために視線をつい下ろしてしまい。
いつだってオシャレに気を遣ってムダ毛処理しているはずの足。
はずなのに、はずなのに。
今は茶色い毛がゴワゴワとしていて、足は……ああ、ヒヅメみたいになっている。
泥だらけの地面にその足が着地し、うへぇ……裸足なのに、靴を履いているかのよう。
四つの指、爪、蹄がわたしの体重をしっかりと支えて、バランスを取る。
「ンゴっ、こんなことならっ、もっと準備、ンゴォ……」
後悔先に立たず。
よく言われるやつだ。
今ほど、この言葉が沁みるときはない。
わたしは鳴らしたくもない鼻を鳴らしながら、空を見る。
いつの間にやら日が暮れて、木の隙間から見えるのは夜空。
ここはどこだろう、そもそもどうしたらいいんだろう。
鼻を啜ろうとして手を伸ばし……
まだ、人間の臭いがするのに気がつく。
でもそれも、もうじき違う臭いに変わってしまうのだろう。
私はまた大きくフゴフゴと音を立ててしまい、顔の正面を向いている鼻を思わず腕で拭うのだった。
うぅ、嫌だわ、こんなの……
近場の森で、薬草を摘んで、さっさと帰るだけだったはずなのに。
ちょっとお小遣いを稼ぎたかっただけなのに。
ここには特に危ない魔物はいないって聞いていたのに。
悪いのは、私なのだ。
分かってはいるんだけど、分かってはいるんだけど。
ああ、ああ。
私の腕を獣の毛が覆っていく。
「やっぱり、ゴッ、これ、ンゴォ、オーク、よねぇ……」
何かを踏んだ、と思った時にはもう遅かった。
ゾワリ、と体を這い上がる気持ち悪い感覚。
気のせいであってくれ、何かの間違いであってくれ。
そう思って、慌ててその場を離れたんだけど。
徐々に呼吸が荒くなって、鼻が伸びるような、引き上げられるような感覚がして。
犬歯が大きくなって、私の上唇を持ち上げていき。
それでも、不思議と私は転ぶことはなかったのだ。
むしろ、歩きにくいはずの森でどんどん、しっかりとした歩みになっていって。
……その時点で、私は理解していた。
『オークになってしまう罠を踏んでしまったのだ』
体に罠の呪いがかかってしまった以上、どう足掻こうがオークになってしまうのだ。
これでも魔法使いの端くれ、解呪くらい出来るべきなんだけど……
自分で自分の呪いを解く、と言うのは実は非常に難しいのだ。
呪いの正体を知るには、変化した肉体の事を理解する必要がある。
つまり、つまりだ。
自分がどうなってしまったのか、自分は今何なのかを……飲み込まないといけない。
私が? オークに?
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
けむくじゃらで、臭くって、鼻を鳴らしていて、やたらガッチリしていて。
……服なんて早々に、私の大きくなった体格に耐えられずにダメになってしまった。
自分が今、ほぼ裸だと言う事実すらしんどいのだ。
見たくないのだ。
受け入れたく、ないのだ。
でも、分かっている。
このまま街に帰っても、誰も私だと分かってくれない。
こんな低い声で、下品に鼻の音を鳴らし、全身を獣毛で覆われたのが……駆け出し魔法使いの私だなんて。
……半分、嘘だ。
きっと分かってくれるかもしれない。
でも、でもだ。
こんな姿になったと言う事実を、知り合いに見られたくはない。
そんな羞恥心が、私の足が街に向かうのを妨げているのだった。
じゃあ、じゃあ、どうするの?
私は一生このまま……
「あんれま! こんな所でオークさ出会うの、めんずらしいな!」
「ひゃああああああああああ!?!?!?」
なになになになに!?
人が自分の人生に絶望してる時に、気の抜けた声で、何なの!?
「あんれ、すまんすまん! いかんな、オレさ、他のオーク知らんから、つい話しかけたんだわ」
嫌な予感がする。
恐る恐る、声のする方を見ると……
「やーやや! ずいぶん別嬪じゃねか! どこさいくだ、迷子か?」
うーわ、オークじゃん。
牙が長いし……オスみたいね。
……
……
そっかぁ。
オークから見ても、私はオークに見えるんだ。
美人と言われても、全く、全然、少しも、嬉しくない。
人間なのに、私。
「んお、どしたどした? 怪我さしてるだ?」
オークがズイズイと近寄ってくる。
あ、あ、どうしよう。
いるとは思ってなかったし、こんな所に……!?
むにゅりと、鼻に何かが触れる。
視界いっぱいに広がるのは、オークの顔……って、ちょっとちょっと!
「ふごぉ!?」
勢いよく吹き出した鼻息が、少し押し返されるのを感じた。
な、なんで、このオーク、私の鼻に鼻を当てて!?
「お、お、すまんべ! オーク同士、あいさつはこうだって聞いたでな……」
「あ、え、そ、そうなの?」
「いやいや、オレも聞いただけでな。んーっと……もし、あんたの群れだと違ったなら失礼こいたべ」
ぺこぺこ、と頭を下げてくる。
あれぇ、礼儀正しいじゃん。
「い、いえ、私も、失礼しました……ええっと、あなた、お名前と群れは?」
少なくとも、このオークの仲間に囲われるのは避けたい。
全員オスだったりしたら最悪だ。
ただでさえオークになってショックなのに、輪姦でもされたら、うん……
「オレの名前、ゴルーって言うべ。群れはないんだべ、オレさこの森で、一人で暮らしてんだべ」
「えっ、え?」
嘘ぉ。オークは多い場合、三十を超える人数の群れを作るって聞いたけど。
「な、なぁ、失礼の詫びって言っちゃなんだが、オレの家さ来ねか? もう暗いし、危ねぇど」
どうしよう。
でもなあ、エッチな事するならもうして来てもおかしくなさそうなのよね。
それに、夜なのも事実。
一晩寝れば、考えもまとまる気がするし……
「わ、分かったわ。私の名前は、あっ、ンゴっ……」
本名でいいのかしら、偽名もなんだし。
いいや、どうせ短い付き合いよ。
「な、なんて言うんだべ?」
「私はマリィ。よろしくね、ゴルーさん」
「ま、マリィ言うべか。ええ名前だべ! ささ、こっちこっち」
よくよく考えると、オークの家ってどんなのなんだろう。
その辺の洞穴とかかしら。
魔法使いとして冒険しているのに、こう言う事をまるで知らない事に気付かされる。
もっと勉強、しないとなぁ……
「ほれ! ここがオレのマイホームだべ!」
「んっ、えっ、お家じゃない!」
「んだ、言うとるが、そうって」
冗談抜きに、家なのだ。
その、あの、人間が住む。
洞穴でも、泥の溜まった穴でもなく。
屋根があって、ドアがあって、窓があって。
作りは少し、ボロっちいけど。
「入るべ、ほれほれ」
軋んだ音を鳴らしながら、オーク……ええっと、ゴルーが手招きしてくる。
「お邪魔します」
テーブルと椅子があるじゃん。
もしかして、このオーク、元人間だったり?
私と同じ……
「びっくりしたらすまねだ、オレさ、小さい頃は人間に育てられたんだべ」
違ったわ。
「へえ、じゃあ、どうして今はこうやって?」
「あれなんだなぁ。育ててくれてたおっとさんとおっかさんはいい人だったんだけどなぁ、ほれ……オレさ、オークだろ? やっぱ大きくなると、周りは怖がるんだべ」
あ、いけない。
聞いちゃいけない事だった。
「……仕方ないんで、オレ、お礼さ言って、出てったんだ。まあ……しゃあないわなあ、オークはオーク、人間は人間、だからなぁ」
「え、ええっと、その、ごめんなさいね」
「あ、ああ、いいんだべ、いいんだべ! それよか、大丈夫べか? オレさベッドで寝るんやが、お前さん地ベタの方がええか? 普通のオークってどうやって寝るべ?」
あらら、ゴルーもそんなにオーク慣れしていないみたい。
「あー、ベッド、私が寝ちゃうとゴルーさんが困らないかしら?」
「うんにゃ、自分で作る時に寸法間違えてな。オレが三人寝られるくらい、でかいんだべ。あ、ああ、心配するでねえよ! オレ、手ェ出したりはしねえから!」
「そ、そう? じゃ、じゃあ、ベッドでお願いできるかしら」
万が一人間とバレたらどうしよう……と不安だったけど、相手も変わったオークで助かった。
とはいえ、それでも人間と言う事がわかっちゃうとどうなるか分からないし……
「おお、そうだべ!」
「あっ、えっ、はい!?」
「風呂さ、入るか? ああ、安心するべ。しっかりオレが背中流しちゃるでな」
「い、いいんですよ、一人で入れますしぃ……」
「なんのなんの、あんたぁ、全身汚れとるでな。綺麗にしちゃるのが、家主の勤めだべ!」
えらく真っ直ぐなオークだわぁ……イメージと違うっていうか。
「じゃ、じゃあ、お願いしますね」
実のところ、かなり助かる。
オークって二足歩行だけど、なんていうか猫背っていうか。
体格も変わっちゃったし、体を綺麗にできる自信はなかったのだ。
そのまま寝ちゃったら、ベッド汚しちゃうしねぇ。
私はお言葉に甘え、風呂に入り、ベッドに入れてもらい。
「ささ、疲れただろうて。明日は飯も用意してやるで、はよ寝んさいな」
「えっ、い、いいんですか?」
「当然だべぇ、家主がもてなさんで、だーれが客をもてなすんでぇ」
フゴフゴ鼻を鳴らしながら笑い、ゴルーさんは横になる。
「あ、ありがとう、ございます……」
正直、最初はどうなるかって思ったんだけど……
なんか、思ったのとは違うっていうか。
悪くないかもっていうか。
最初想像していた展開だと、私は泣く泣く街に帰って一か八かの賭けをする必要があったんだけど……
予想とは全く違って、今、まさかの暖かいベッドに入っている。
若干混乱する中、一定のリズムで鳴り始めたゴルーさんの鼻の音につられて……
私は少しずつ意識が遠くなっていき、ゴルーさんと同じ周期で震える鼻を感じつつ、眠りについてしまうのだった。
「わぁ、新鮮なお野菜!」
「すげぇだろぉ、今朝畑から取って来たでな!」
「えっ、畑!?」
オークって、狩猟とか採取のイメージなんだけど。
「おっとさんがなぁ、農家でな。オレさ、小さい頃よく手伝ったんだ。だからな、オレの家の裏さ、ちょっとした畑なんだべ!」
私が驚いたのがおかしいのか、嬉しいのか。
ゴルーさんはニコニコしながら、大きく鼻を鳴らす。
うふふ、なんか、かわいいわね。
昨日は暗い中で顔を見ただけだったけど……窓から入ってくる朝日に照らされた彼の顔は、どこか素敵で。
待って待って、これ、私が今オークになっているせい?
それとも、実は私がオークが好きだったの?
いやいや、吊り橋効果かも……?
「どうしたべ、なんかドレッシングとかいるか? オレの作ったのでいいなら、あるべ」
「わ、わぁ」
どこまで人間的な事してるの、ゴルーさん。
私はおもてなしをたっぷり受けてしまい……
うん、こうなるとこのまま帰るのってダメよね。
お礼くらいしなくっちゃ。
食事を終えて、食器を洗いながらゴルーさんに尋ねる。
「ゴルーさん、助けてもらったお礼をしたいんですけれど」
「えぇ? そんなのええて、今こうやって、食器綺麗にしてもろて……しっかしうまいなぁ、オレさどうも上手くできんで。オークのメスっちゅうんは、みんな上手いんか?」
いっけない。
つい癖で。
「フゴッ、んー、分からないわね。私が特別、かもよ?」
慌てたせいでちょっと鼻が鳴る。
油断してると食事中にも鼻息に合わせて鳴っちゃうので、なんとかしたいんだけど……
正直言うと、ゴルーさんもめっちゃ鳴らしながら食べていたからそんなものかもしれない。
きっと。
「あー……じゃあ、あれだべ。ちょっと、助けてほしい事があるんだわ」
「はい、はい」
「は、恥ずかしいんだけどな……」
ゴルーさんは何故だか、私の耳に口を近づけて囁いてくる。
「え、え、えぇ!?」
私はどう反応したらいいか分からず、つい驚いてしまい……
「ご、ゴルーさん、そっち、きゃあ!?」
「あぁああ、マリィ、大丈夫べか!?」
うさぎを追いかけていた私は、いつもの感覚で坂を登ろうとして……ものの見事にずっこけてしまう。
ゴルーさんが私の心配をした隙に、うさぎはどこへやら。
「ご、ごめんなさい、私のせいで」
「いいんだべいいんだべ、元はと言えば、ちゃあんと狩りができないオレが悪いからなぁ」
出血していないか、ゴルーさんが私の足をしっかりと見ている。
そう、そうなのだ。
人間に育てられたゆえに、獣の追いかけ方が分からないゴルーさん。
オークの私なら知っているだろう、と協力して狩りをしてくれとお願いしてきたのだが……
私だって人間だから、オークの狩りなんてわかるはずもなく。
冒険者の基礎として簡単に教わった狩りの真似事をした所までは良かったんだけど、別の問題が発生する。
そう、今の私はオークの体。
いつもの私なら問題なく動ける時でも、その通りに動かすとこの体では違う結果になってしまうのだ。
川では水深を見誤り、いけるだろうと乗った岩は私の体重に負けて崩れ。
挙げ句の果てに、今のザマである。
よくよく、ゴルーさんがあきれないのが不思議なほど。
「さて、と……今日も暗くなってきたべ。どうする? 自分の所さ、帰るか?」
ハッと気づく。
もう、夕方なのだ。
あれ、じゃあ、もう私、オークになってから一日経っちゃったわけ?
ゴルーさんといるせいか、思ったより早く慣れてきている自分がいるのに気づく。
いいんだか、悪いんだか。
「あー……かっこよく捕まえて、うめぇ肉料理さ振舞ってやりたかっただなぁ……」
うなだれながら小声でつぶやいたゴルーさんのそんな一言。
なんだろ、ちょっとキュンと来ちゃった、かも。
「わ、きゃー、虫ぃ!」
「そりゃあ、虫さつくべ。なんてったって、オレの野菜は美味いからなぁ!」
次の日。
狩りができないならばと、ゴルーさんの畑のお手伝い。
本当に家の裏に……予想以上の広さのそれがあって、私は目を丸くして。
「え、えっと、どうしたらいいですかぁ!?」
「んー? オレいつも、食っちまうな。うめえぞ!」
うえぇええ。
虫だけはどうやっても、見るだけでも嫌なのにぃ。
「あれま、ひょっとして虫はあかんか。じゃあ、オレがもらうべ!」
顔に出ていたのだろうか、ゴルーさんが気を遣ってくれる。
……顔に出るって言っても、三日目なのにゴルーさんの細かい表情は私からは読み取れないんだけど。
時々にっこり笑う以外は、オーク特有の……なんて言うのか、気難しい顔をしているというか。
「じゃあ、次からは見つけ次第、ゴルーさんのお口に入れちゃいますね?」
「ブハハ、そりゃあいいや! オレ、虫のゴミ箱みたいさね!」
ちょっと失礼なこと言っても、怒らないのよねー。
懐が広いっていうか。
下手な人間よりも親切って言うか。
「あっ、かかった、かかった!」
「おっ、ええなぁ! オレ、今日はスカンピンだべ!」
その次の日は、釣りをしに。
うふふ、実は私、得意なのよね。
やーっとお役に立てたっていうか。
オークの体になってからは、動くのに際して困った事だらけだったんだけど……
釣りではとても、役に立つ。
まず、魚の臭いがよく分かる。
そう! 水の中にいるのに!
で、腕っぷしも強いわけで……
半ば無理やり、かかった魚を釣り上げちゃえるってわけ。
「良かったわぁ、やっと恩返しできて!」
「恩返しって、大袈裟だぁ。困った時はお互い様だべ!」
「でも、お互い様って言っても、私ったら迷惑ばっかりだもの。フゴッ、また、フゴッ、わぁ!」
竿が揺れ、反射的に手を動かし、魚を水面から飛び出させて。
ピチピチと跳ねる魚を獲ろうと、手を伸ばす。
……が、その時。
ゴルーさんの大きな手が、私の手に重なってきた。
「あ、あんな、一つ、ええか?」
「な、何かしら?」
いつになく、真面目な声色。
「その、そのだがや……もしな、もしだべ? マリィさいいなら、オレと……ああ、いや、結婚とかじゃなくてな、一緒にな、いてほしいんだがな、ど、どうだろな?」
「えっ」
ドキッとしてしまう。
嬉しい、と言うのが最初に浮かんだ感情。
何日も一緒にいて、毎日一緒に色んな事をしていたからだろうか。
すっかり、オークであるゴルーさんといるのに慣れていて。
当たり前になっていて。
でも、ずっと一緒にいるのは迷惑だろうなと思っていて。
ところが、ところが。
ゴルーさんは、そうは思っていなかったのだ。
それどころか、こうやって……
私は喜んで、承諾の返事をしようとした。
ダメ!
もう一人の私の声が、それを止める。
待ちなさい、私は、私は、人間なのよ!?
どうするの、もし、一緒に暮らして、元に戻ったら?
ゴルーさんを騙していたことになるのよ。
その時、私は責任が取れるの?
「私は人間だけど、ゴルーさんと一緒に暮らすわ」って言えるの?
本当に?
胸を張って?
絶対に?
確実に???
そうだ、そうだ、そうだ。
私は、私は、ゴルーさんと違うのだ。
人間、なんだ。
たまたま、オークになっているだけで。
それに今、私はなんて傲慢な考えをしたんだろう。
人間に戻っても、ゴルーさんの気持ちが変わらない前提で考えていた。
逆だったら、どうだろう。
自分の好きな人が、実はモンスターだったら?
受け入れられる?
口ではなんとでも言えるわ。
そりゃそうよ、今自分で想像して、どうするか考えているんだから、受け入れられるのよ。
突然、突然知ってしまうのよ。
ゴルーさんを傷つけるに決まっている。
どうしよう、どうしよう。
私、甘えちゃって、なんて酷いことをしていたんだろう。
「フゴッ、ゴッ、フゴォ……」
悲しくなって、気がつくと私は、今にも泣きそうな音を鳴らしていた。
「あっ、あーっ、嘘嘘、ナシナシ! じょ、冗談だべ! 寂しいよなぁ、マリィは自分の群れさあんだから、帰らんとな、は、ハハハ……」
辛い、辛い、辛い。
優しいゴルーさんが、気を遣ってくれているのが辛い。
バカだ。
私は、バカだ。
大変な目にあったからって、だからって。
無責任に相手を期待させてしまって、どうするんだ。
「わ、私……」
「あ、あー、そうだ、そうだべぇ!」
不意に、ゴルーさんが大声を上げる。
「今日の夜から、雨降りそうだかんな、はよ家さ帰っとかんと、風邪引くべ」
あー。
出て行こうと思ったけど……
今日だと、それはそれで心配させてしまう。
明日にしよう。
うん、明日だ。
さよならを言って、街に行こう。
どうなったって、その時はその時だ。
私は、人間なんだ。
優しいオークの心を弄ぶなんて、許されないんだ。
……その夜、ゴルーさんの言う通り大雨が降り始めた。
ぽた、ぽた、と雨粒が落ちてくる。
「へへ……すまんなぁ、人間の真似っこさして作ったんだがなぁ、どうも漏るんだべ。我慢してくれな」
「え、ええ……」
私の代わりに、家が泣いているかのようだ。
もしかすると、ゴルーさんの涙……なのかもしれない。
「え?」
「んだから、ちと用事があるでな。雨の後は、いいキノコが取れるんだべ。行ってくるさ」
「じゃ、じゃあ、私も……」
「あー、いい、いい。まっとき。その……さ、最後に、ご馳走、作ってやるでな」
最後、そっか、そうだ。
私が出て行こうとしているのに、気づいているんだ。
当たり前だろう、あの時。
私は返事もせず、鼻を鳴らすことしかできなくて。
もう、傷つけてしまった以上、取り返しがつかなくて。
どうしよう、どうしよう。
「んじゃあ、夕には戻るべぇ。昼は野菜、好きに食っててええど!」
初めて、オークの表情を理解できた気がする。
あれは、どう見ても、作り笑いだった。
バカ、私のバカ。
ゴルーさんが出て行った後、私はしばらく……泣く事しかできなかった。
泣いて、泣いて、泣いて。
そしてふと、自分にできることに気がついて。
「よいしょ、これで大体埋められたかしら」
近くの川から粘土を取ってきて、油を加えてうまく捏ねて、水分を調整して。
それを屋根の隙間に埋めていく。
不格好だけど、雨漏りは減るはずだ。
……これなら、私がいなくて寂しくても、濡れて余計に寂しくならない……
そんなわけ、ない。
どう足掻いても、寂しいに決まってる。
バカ、バカ、バカ、バカ、私の、バカ!
悔しくて、悲しくて、辛くて。
鼻を鳴らし、涙を流し、目を瞑り。
バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ……
自分をなじり続けても、どれだけ続けても、許すことはできなかった。
そして、そして。
窓から私は顔を出す。
向こうに、赤い日が沈んでいく。
おかしい。
帰って、こないのだ。
夕方までには帰る、ご馳走を作るって言ってくれていたゴルーさんが。
……まさか。
まさか、まさか、まさか、まさか!
考えていなかった。
自分が愚かだと言うことばかりでいっぱいで、考えていなかった!
ゴルーさんが、ゴルーさんが、ゴルーさんが!!!
「あ、あ、あ、あ、あ!」
考えがまとまらない。
声が自然に漏れ、私は油を塗っておいたドアを開け、飛び出して。
どこ、どこ、どこ、どこ!?
這いつくばって、地面の臭いを嗅ぐ。
恥ずかしいとかかっこ悪いとか汚いとか、どうでもいい。
お願い、生きていて。
死なないでいて。
私みたいなバカに振り回されて、自分の一生を終わらせないで。
鼻を鳴らし、必死で分析し、同居相手を探す。
……いた!
微かだけど、あった。
歩いて移動したような臭いの痕跡を元に、私は彼を追いかける。
「う、ぐぅ……」
聞こえる。彼の、彼の声だ。
生きていた。
「す、すまねぇ、マリィ、オレ、オレ、もう、ダメだぁ……」
人間の耳なら、聞こえなかったかもしれない。
でも、でも、オークの耳は、しっかりと彼の声をキャッチしてくれた。
「ご、ご、ゴルーさん!!!」
「えっ、んっ、マリィか!?」
息を呑む。
そこには……大きな岩に体を挟まれ、弱り切ったゴルーさんがいたのだ。
「どうしたの、どうしたの!?」
「すまね、油断してただ。うまそうなキノコさ獲ろうとしたら、上から落ちてきてな……あは、あはは、オレ、幸せ者だなぁ。最期に、最期にこうやって、別嬪さんに……」
「バカ、バカ! 最期とか、言わないでよぉ!」
「は、ははは……実言うとな、もうな、わかんねぇだ。痛いとか、重いとか、寒いとか、はは、ははは……」
「ダメ、だめよ! すぐ、助けてあげるから!」
何も考えてなかった。
その時の私は、一番自分に素直だったのかもしれない。
自分が何者だとか、相手がどう思うだとか、どう思われているだとか、全部、全部、全部。
たった一つだけ。
『大好きな人を、助けたい』
その想いだけで、私は行動していた。
「最近使ってないけど、うまく行ってよ……!」
もし、魔力が少なかったらおしまいだ。
でもこれに賭けるしかないのだ。
薬草じゃ間に合わない。
ポーションなんていいものはここにはない。
なら……!
「『ヒーリング』!!!」
私の願いが通じたのか、両手から淡い……いや、かなり眩い光が溢れ出る。
すごい、すごい、すごい。
オークって魔力、結構あるんだ。
面食らっているゴルーさんの体を、その光が癒していく。
「お、お、お、こりゃ、すごいべ、力、戻ってくるべぇ……!」
まだだ。
岩をどかさないと、どうしようもないのだ!
「ゴルーさん、もうひと頑張り! せえの、で行きますよ!」
彼と過ごした日々の中で馴染んできた、この肉体。
私はその全てを岩にぶつけるため、体をすり寄せて。
「せぇーのぉ!!!」
「ぉおおおおおおおお!!!」
二人の力が合わさり、動くはずもなさそうな大岩が音を立てて転がる。
「ご、ゴルーさん!!!」
よかった。
思ったより強いヒーリングは、彼の足さえも……しっかりと治してくれたようだ。
「あ、ありがとな、マリィ……」
視線が明らかに、今までと違う。
当たり前だ。
だって……
「んでも、今、マリィ、人間の、魔法、使っただ……?」
そう、そうなのだ。
オークは回復魔法だなんて使えない。
使った時点で、それを使える人間だとバラすようなものだったのだ。
「ご、ごめんなさい」
謝るしかない。
ただ、それしかない。
「騙すつもりはなかったんです。私、あなたと出会った時……罠を踏んで、オークの姿に変わったばかりで」
「あんれまぁ、なーんか頼りないと思ったらそうだったんかね。そうかぁ……」
「それで、ずるずると何日もいちゃって、それで、それで」
涙が止まらない。
泣きたいのは絶対、あっちなのに。
なんてずるいんだ、私は。
謝らないと、謝らないと。
「あ、あの時、一緒に暮らそうって言われても私、人間だから、ゴルーさんに悪いって……」
「え! そんな事かぇ!?」
ん?
素っ頓狂な声が聞こえる。
「あーれれ、義理深いんだかなんだかぁ。え? オレが嫌いとかじゃなかったんか、あれ?」
「え?」
何言ってるんだこの人?
「いきなり手ェ、触っちまっただろ? 気持ち悪ッ! って思われて、振られたと思ってたべ、てっきり」
「え、え、え」
ちょっと待って。
「なぁ〜んだ、そんな事けぇ。びっくりしたぁ!」
「いやいや、き、嫌われた程度で、あんな深刻な……」
「嫌われた程度ってなんだべ! オレさ、本気で惚れて、そんで勇気出して言ったんだべ!? そしたら、泣き出しちまったろ!? うわーやっちまった! オレ、サイテーな男だぁ! ご馳走振舞って詫びて、おしまいだなぁって思ってたんだべ!?」
「あ、えっと、ごめんなさい」
めちゃくちゃ真剣だった。
変なこと言っちゃった。
もう一度、ごめんなさい。
……あれ?
「え、ええっと、ゴルーさん?」
「んー、なんだべ?」
あ、いつもの声。
「『そんな事か』って言いましたけど、私が人間だったって事が……ですよね?」
「ああ、うん。大した事ないべ。というか、何が困るんだべ?」
は?
嘘ぉ。
何それ。
「で、でも、気にならないんですか!? 私、人間で……」
「で? どうしたんだべ? 説明して欲しいんだがや」
「説明って……だって、私は人間だから一緒に……」
「いやいや、オレ、小さい頃は人間と暮らしてたんだって」
「あ、はい」
「別にオレ、人間嫌いでもないし」
「は、はい」
「じゃあ、何が困るんだべ? まるでわからん」
はぁ……
なんというか、底抜けというか、懐が広すぎるというか。
私の想像力がしょぼいというか、了見が狭すぎるというか。
なんだろ。急にめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「……あ、そうだべ。じゃあ、改めて、ええか?」
「な、なんですか、わっ!?」
私の手を握り、鼻を押し付けてくる。
あの時みたいに、フゴフゴと鼻息が私の中にちょっと入ってきて。
「オレさ、真面目にマリィと一緒に暮らしたいんだべ。べ、別に、結婚とかじゃなくて、一緒にただ、いたいんだべ」
「で、でも……」
「マリィがオークだから、こう言ってるんじゃないべ。オレ、真剣に、ただただ、おメェが好きなんだべ。人間でもいい。オークでもいい。どっちでもいい。どっちでなくてもいい。マリィならいい。そんだけだ。どだ、マリィ、オレと……一緒にいてくれねぇか?」
うわ、うわうわ、うわわ。
こういうしかないじゃない。
「んっ、ゴッ、よ、喜んで……」
「う、うおおお、まじか、まじかぁ!」
あっ、痛い痛い痛い!
鼻を合わせたまま、強く鼻を鳴らさないで!
痛いから! 鼻息がッ!!!
……でも、ゴルーさんのキラキラするような笑顔を見ていると、そんな事は些細な問題。
「じゃあ、ゴルーさん? ご馳走の理由、変えてもらえるかしら?」
「え、えーっと、どうするべぇ?」
「私たちの最後のご馳走じゃなくて、一緒に暮らし始めた……最初のご馳走に!」
「おお、任せろぉ! オレが、うんまいの作ってやるからなぁ!」
ゴルーさんが飛び跳ねるように、坂を駆け上がっていく。
「ま、待ってくださいよぉ、私、人間なんですからぁ〜!」
「ブハハ、早くオレみたいに登れるようになることだべー!」
ちょっと仕返ししてきた。
可愛いんだ、もう!
「おはよう、あなた♡」
「おーはよう、マリィ♡」
ベッドの上で、私たちは鼻を合わせ、抱きしめ合う。
大きなお腹が触れ合い……お互いの温もりが伝わり合い。
「いやあ、助かるべぇ。マリィのお陰で、雨が降ってるのに快適、快適」
窓の外を見る。
ざあざあと降っている雨が、窓にぶつかって模様を作っていて。
「だって、あなたと私の家だもの。大事にしないとね」
「嬉しいなぁ、オレ、嬉しいぞぉ」
ぎゅっと強く、抱き寄せてくる。
あれから、一週間。
わだかまりが解けた私たちは、どんどん仲良くなっていき。
人間であることを隠す必要も無くなったので、魔法を使うようになり。
ゴルーさんは私の魔法を見るたびに、面白そうに見てくれる。
初級魔法ばっかりなんだけどなー……
まあ、まあ、いいでしょ。
一緒に狩りをして、農業をして、釣りをして。
それだけじゃなくて、散歩もして、お風呂も入って、同じベッドで寝て。
少しずつ、少しずつ、私たちの寝る距離は近くなっていって。
「なぁ……わがまま、言っていいかぁ?」
「なぁに?」
「あんなぁ、無理にとは言わねぇんだが……オレの子さ、産んで欲しいんだ」
「あら、いいの? 私で」
「まーたそう言う言い方してぇ。オレは、お前が、ええんだって」
怒ったような言い方だけど、その口調は優しくて。
「それって、つまり、結婚して欲しいって事?」
「ブフ、それでマリィがいいならなぁ。人間だから、オークとなんて……んっ!?」
鼻じゃなくて、口を重ねる。
「やーっと、言ってくれた」
「な、な、なんでぇ、じゃあ、そっちから言ってくれても、よかったじゃねか!」
「えー? 私は、ゴルーさん、あなたに言って欲しかったんだもん!」
「く、くっそぉ、かなわねぁなぁ……」
「もう、ずっと、我慢してたのよ? 今日は雨なんだし……ね?」
「ようし、オレ、オレ、頑張るぞ!」
ゴルーさんが私の上に跨り、腰に股間を当ててくる。
お風呂でよく見ていたけれど……大きく、固くなったモノが当たっているのが分かった。
あっ、なんか、緊張してくる。
「え、ええか、入る、ど……」
「う、うん、きて、きて、あぁっ……」
ゴルーさんらしい、ゆっくりと優しい、そんな挿入。
私のことを気遣って、少しずつ、少しずつ。
「んっ、ゴッ、フゴッ、ンゴォ♡」
「い、いてぇか?」
「だ、大丈夫、あなたが、ふゴォ、ンゴっ、入ってくるの、いいっ、いいのよぉ、おっ♡」
「オレもぉ、オレもぉ、マリィの中さ、入れて、幸せ、だぁ……♡」
私の、彼の鼻の音も重なっていく。
好き、好き、好き。
体も心も、今なら素直にそう感じられる。
たとえ私が人間に戻ったって、戻らなくたって。
ゴルーさんと、ずっと一緒にいる。
だって、だって。
姿は変わっても、私の、あなたの気持ちは、変わらない、変わらないんだもん♡
「いいっ、いいっ、ゴルーさん、私、私ぃ、ブヒィイイィ♡♡♡」
「オレ、オレ、もう、好きすぎて、ダメ、出る、出るぞぉ、ブヒィイイイイイ♡♡♡」
祝福の鐘の代わりに鼻が鳴り、祝杯の代わりに彼の精液が流れ込む。
ああ、私、幸せだぁ。
ブヒッ。
おしまい