余命を宣告され寮を追い出されたリーダーのアパートに美岐がやってくる話です。
扉を叩く音がした。
日の暮れかけた暗い玄関に2回だけ、いかにも控え目な音が響いた。腹の立つ卑屈な音だ。何度聞いても慣れやしない。俺はソファに背中を深く沈ませて、その音を無視した。
「いいのか、出なくて」
アキラが言った。パイプ椅子に腰掛けて、目は手元の漫画に落としたままだった。
「いいんだよ別に」
俺がそう言う間にまた扉が叩かれる。静かに2回。この音には人を追い詰める類の卑屈さがある。
「ほら、また」
「わかったよ。うるせえなもう」
扉の外に誰が立っているのか心当たりはあった。正直気が重い。こんな安アパートまでやってきて、居留守に耐えながら扉を叩いている。その怨念がこんなボロい扉を侵食して玄関中に充満しているようだった。俺はそんな不気味な想像を振り払うように電気をつけた。
「あっ……。や、やあリーダー。なんだいたのか」
やはり美岐だった。美岐は苦笑いみたいな不器用な笑顔を浮かべて、少し後ずさりしながら言った。
「近くまで来たからついでに寄ってみたんだ。どうだ、元気にしてるか?」
美岐はそう言うが、着ているトレーニングウェアに乱れはないし、髪も丁寧にセットしてあった。もちろん汗なんかかいていないし、柑橘系の香水がふわりと香っている。
「まあ、まだ。今のところは」
「そ……そうか。それならいいんだ、えっと……」美岐がちらりと三和土に目を走らせた。
「来客中だったのか。それはすまなかった」
美岐は三和土にある靴が男物のスニーカーだと確認し、口では謝罪を述べながら、安堵と落胆の混ざったような顔でため息をついた。
「男物で安心したみたいだな」
「そっ! そんなことは別に!」
なくはない――と、美岐はボソボソと拗ねたように付け足した。
「で、どうする。今日も寄っていくのか?」
「いや、また来るよ。今日はこれを届けに来ただけだから」
美岐が手に持っていたコンビニ袋をこちらに突き出した。菓子パンや紙パックの野菜ジュースが雑に詰められていて、一番奥にキッチン袋に包まれたタッパーが隠すように入っていた。
「ああ、それは、か……勘違いしないで欲しいんだが、詩帆と一緒に作った昼食の余り物だ。味の心配もないだろう」
だから遠慮するな、と美岐は俺の目を遮るように袋の口を閉じた。そして「また来る」と言い残して美岐はそそくさと帰っていった。
「帰しちゃって良かったの?」
扉が閉まると、玄関から死角になるよう壁を背にして息を潜めていたアキラが呆れるように言った。
「別に俺が帰っても良かったのに」
「そういうんじゃないから気にするな」
「そういうんじゃない女が男の部屋にいちいち食い物持ってくるかよ普通」
「うるさいなあ」
俺は黙らせるようにわざと音を立ててテーブルの上に袋を置き、ソファに座った。
「どうせただの同情だよ」
「違うと思うけどねえ。本当に何もないわけ?」
「……一回だけ」
「やっぱりな。じゃあ彼女じゃん」
「違うよ」
「じゃあセフレかよ。ひどい男だ」
「先がない人間がだれかと付き合うわけにはいかないだろう」
「ああ、やっぱりそういう理由ね……」
イローデッドはエーテルが枯渇したら死ぬ。そういうルールだ。ストラプルを舐めてごまかしてはいるけど、遅かれ早かれ確実に死ぬ、エーテルフェログラムを使う人間はそれが他のイローデッドよりも早かったというだけだ。医者の説明によると今の俺の状態は、燃料タンクが大幅に小さくなって、しかも液漏れが発生しているようなものらしい。エーテルの消費量がストラプルの回復量を上回ったそのときが俺の寿命ということだった。学園にとって用済みになった俺は住んでいた寮を追い出され、このアパートに〝転校〟した。ここが俺の終の住処ということだ。
もうすぐ死ぬ人間が、新たに関係を構築するなんて傲慢だ。
「でもさ、やったんだろ」
「……うるさい」
「俺たちはさ、どうせ死ぬんだから。最後くらい楽しんだほうがいいと思うぞ」
アキラは「俺たち」と言った。アキラもまた俺と同じエーテルフェログラム使いで、同じく余命宣告を受けている。
「楽しむ……か。そんなことになんの意味があるんだ」
「知らないよ。意味なんか後からついてくるもんだ」
「俺たちには〝後〟なんてないだろう。どうせ何も残りやしないんだ」
何も残らないなら意味なんてないじゃないか。何をしたところでどうせすべて無に帰る。無駄だとわかった上で何かができるほど俺は物好きじゃない。
「お前、後に何か残したいものがあるのか?」
アキラが意外そうな顔をして聞き返した。
――私は妊娠してもいいと思っている。リーダーの……タイヨウの子供なら。だから――。
頭の中に美岐の声がこだまする。子供が欲しいなんて冗談じゃない。
「残したいものなんかない」
「おおー、刹那的な関係。シビれるねえ!」
アキラはそう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。
「まあ俺たちには今しかないし、お前の言ってることはわかるよ」
そう言ったきりアキラは黙り込み、俺たちの間に奇妙な沈黙が訪れた。それからアキラは急に口を開いた。
「あのさあ、お前さっきの子としたのって一回だけ? 他には」
「ないよ。悪かったな」
「いやいや。え、まさかと思ったけど本当に? 他に彼女は?」
「いない。いたこともない」
「嘘だろお前。それで死ぬ気かよ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「え、俺? 俺は……えーと」
アキラは両手を開いて指を一本ずつ折り始めた。それが二ループ目に入ったところで俺は「もういい」と言ってカウントを止めさせた。
「で、なんなんだよ。お前は一体なにが言いたいんだ」
「あのさあ。口でしてやろうか?」
俺は一瞬アキラが何を言ったのかわからなくなり、頭の中でいまの言葉を繰り返した。口でしてやろうか、とは、口でするということだろう。他に解釈のしようがない。
「は? 何言ってんだお前」
「だから口でしてやろうかって言ってんの。口なら男も女も変わらないぞ」
「そういう意味じゃない」アキラに話が通じていない気がして眩暈を覚えてしまう。
「本気で言ってるのか?」
俺はもう一度聞き直した。とても正気とは思えない。
「本気もなにも、別にお前が初めてってわけじゃねえし。あ、お前は経験ないのか」
「そんな経験あってたまるかよ」
「そうじゃなくて、フェラのこと。さっきの子にしてもらったのか?」
「……」
俺は何も言うことができなかった。なにせ美岐とした一回が俺の経験のすべてだったし、その一回だってなにもわからないうちに終わってしまったのだ。俺は黙っていたが、それがかえって雄弁に肯定する結果になってしまった。
「だよな。まあ任せておけって」
アキラは後ろで束ねていた髪を解いて、手ですいて顔の横に広げた。
あらためてアキラを見ると、全体的に細身で肌が白く、顔つきも男というより女に近い。指も細かったし、声もそんなに低くない。さっき経験人数を両手で数えていたが、その中には結構な数の男がいるのだろう。
そんなことを考えている間に、アキラは俺の足元に跪いて、股間に無造作に手を当てた。
「ほら。やっぱり立ってるじゃねえか」
「アキラにじゃない」
「わかってる。とりあえず目を閉じてさっきの子のことでも考えてろよ。天国に連れて行ってやるから」
アキラは手慣れた手つきで俺のベルトを外し、ジッパーを下ろしてあっという間に前をはだけさせてしまった。
「ほ、本当にするのか?」
「当たり前だろ。いいか、よく考えろよ。お前は新たに関係を築くこともしたくないし、後に何かを残すことも嫌ってる。でもチンポは立つ。それなら男で済ませりゃいいじゃねえか。そこにちょうどよく俺がいる。だから、な。俺で手を打っておけって」
「なんだ。お前も同情か」
「チンポ立たせておいてよく言うよ。同じ立場なんだから同情なんかしてねえし、お前とじゃ傷の舐め合いにすらならねえ。可哀想なタイヨウくんのための、ほとんどボランティアだよこれは」
「……ま、まだ完全に立ってない」
俺はそう返すのがやっとだった。
アキラは半勃起したチンポをパンツの割れ目から器用に取り出して、皮が半分被った先端に口を窄めて吸い付いた。温かい肉に締め付けられ、その中で先端が剥き出しにされる。それからゆっくりと引き抜かれ、また奥へと押し込まれていく。先端が肉を掻き分ける感覚があった。自分の手とも美岐とも違うそれは、確かに使い込まれた性器に間違いなかった。ゆっくりと口の中で愛撫される――こんな単純なことで俺はあっけなく勃起してしまった。
「ほら立った。すげえ、ガチガチじゃんお前」
「うるさいな。ただの生理現象だろ」
「そ。こんなものはただの生理現象なんだよ。だから難しく考えるな」
アキラはモゴモゴと口を動かして唾液を溜めてから、先端から竿全体に塗り付けるように首を動かしながら奥までしゃぶった。アキラの細い顎が縦に長く伸びてグロテスクに見える。奥まで達すると顎をゆっくりと閉じながら滑らかに引き抜いていく。時計の歯車のように精密な動きをしていた。アキラの目が冷たくチンポを観察している。滑りがよくなるにつれて俺のチンポは深く飲み込まれていき、ついに根元まで全部アキラの口内に収められてしまった。アキラは付け根に口付けたまま、喉の奥で俺の先端を愛撫していた。
目を閉じると美岐の肢体が思い浮かんだ。布一枚身につけていない、美岐の裸体だ。すらりと長く伸びた手足、均整の取れた体、細いくびれと形のいい乳房。気が強そうな少し猫っぽい目で俺を見ている。くびれに手を置くと、美岐は跳ねるようにして俺の胸に飛び込んできた。まるでずっとこうしたかったとでも言うように。美岐と抱き合うと欠けたピースが埋まるようだった。乳房に親指を這わせると、美岐はどんな些細な動きも見逃さないというような目で俺を見た。
「男の口は大きいから、奥まで簡単に届くんだよ。女じゃこうはいかないだろ、ってお前は経験ないんだっけ。これしてやると大体のやつは嬉しくておかしくなっちゃう。みんなそう。お前もそうだろう?」
せっかく思い描いた美岐の美しい肢体がアキラの声で引き裂かれてしまった。
「別に。自分でするのとそこまで変わらないよ」
「ははは。口ではそう言ってもさ、こっちは正直だぞ。気持ちいい気持ちいいようって震えてやがる。じゃ、いかせてやるから」
アキラはまたグロテスクに顎を開いて俺のチンポを飲み込んだ。今度はさっきまでの優しくいたわるような動きではない、口内全体で激しく嬲るような暴力的な上下運動だ。じゅるっ、じゅるっとチンポが艶かしい音を立て、先端が喉の奥に擦り付けられる。出たり入ったりするごとに俺の意志とは無関係にチンポがみなぎってくる。皮膚の表面に浮かんだ太い血管をアキラの口がぬるりと覆い隠す。腰から背中にかけて鋭い快感がほとばしる。すっかり敏感になった先端がアキラの唇で、口腔で、喉奥で嬲られるたび腰が浮いてしまう。アキラは俺の足が閉じないように体ごと割り入っていて、しかも両手でがっちりと腰をホールドしているから俺は逃げられない。このままいかされそうだった。いかされても良かった。けれど急に恐ろしくなった。もしアキラの口の中に出してしまったら、もう同じ境遇の友達という曖昧な関係ではなくなってしまう気がする。きっとそうなったら無責任ではいられない。運命を共にする関係だ。病めるときも、健やかなるときも、その命が尽きるときまで――そんなの冗談じゃない!
「もうやめろって!」
俺はありったけの力を振り絞ってアキラを突き飛ばした。ちゅぽん、と濡れた音を立ててアキラの口からチンポが飛び出した。いく寸前だったチンポが支えを失って俺の腹を叩いた。アキラが口の端から垂れた涎をじゅるっと飲み込んでから口を開いた。
「まったくお前は……。はっきりしねえヤツだなあ」
アキラが唇に残った涎を親指の腹で拭いながら言った。
「そうやってどっちつかずで、いくのが怖いようってさ。女の子かっつうの」
ま、いいやと、アキラが軽い調子で言った後、立ち上がって髪を後ろでまとめなおした。
「今日はこのへんにしといてやる。次からは金取るからな」
「金取ってるのかよ」
とんだビッチ野郎だ――そう思ったが言葉にはしないでおく。
「当たり前だろ。手コキ×××円、口で×××円、本番は××××円な」
「ふざけるな」
「俺の中、めっちゃ気持ちいいらしいぜ」
「うるさいっつってるだろ」
「あのなあ。俺も気持ちいいんだよ。お前はそれまで否定するのか?」
アキラは別に茶化してるわけではないようだった。だから否定はできない。けれど、肯定もしたくなかった。
「どうせもうすぐ死ぬんだ。楽しくやろうぜ。あ、して欲しくなったらいつでも言えよな。俺がもらってやるから」
「それまで金取る気かよ」
俺は憎まれ口を叩いた。だって金を払ってやらせてやるなんて、あまりにも不条理じゃないか。アキラは少し笑ってから、
「まあ、時価でな」と言った。
「詐欺師の常套句だな」
「ははは。ところでこのメシ、俺も食っていいか?」
アキラはもう気持ちを切り替え終わったらしく、コンビニ袋の中をごそごそとやり出した。
「うお、何これ、煮物?」
アキラは袋の底からタッパーを取り出し、蓋を開けて嬉しそうに匂いを嗅いだ。
「ああ、全部食っていいよ」
「食っていいよって……お前は食わないのか?」
「いらない。食べたくない」
「冷たいやつだな……って、お前の場合は少し違うか。まったく」
アキラは自分の家みたいに引き出しから箸を取り出してテーブルの前にどっかりと座り、左手にあんぱん、右手に箸のスタイルで美岐の差し入れをがつがつと口の中に放り込んでいった。
「本当にいらないのか。全部食べちまうぞ?」
アキラが念を押すように聞いた。俺は喋るのもかったるかったので手を振っていらないと返事をした。部屋の中に食べ物の匂いが立ち込めはじめたので、俺は換気扇を回すために立ち上がった。
ベッドに横になったまま、俺はまったく眠れる気がしなかった。どんなに目をきつく閉じてもアキラの口の中の柔らかな感触が蘇ってきてしまう。諦めて目を開けると、時計は深夜0時を指していた。
アキラはいつもと変わらないように見えた。後ろめたさのようなものは微塵も感じられなかった。俺のチンポを舐めた後だというのにだ。もし電話で呼んだら「毎度あり」と言ってここにやって来るだろう。俺とは大違いだ。
縦に長く伸びたアキラの顔が頭から離れない。表情が消え、機械のように俺のチンポを飲み込んだアキラの口の中は温かかった。俺は男相手に欲情してしまったのだ。
もし美岐ならどうだったろうと、俺はアキラの残像から逃げるために美岐と入れ替えて考えてみることにした。
美岐は美しい体をしていた。完璧といってよかった。美岐の皮膚の滑らかな感触を今もまだ手の平が覚えている。そんな美岐が俺の足元に跪いてチンポをしごいている。大きな口を開け、受け入れる準備を済ませた美岐の口が俺のチンポを少しずつ飲み込んでいく。美岐の小さな口がこじ開けられていき、顎が関節の可動域ぎりぎりまで開かれる。綺麗に取り繕ったよそ行きの皮を脱ぎ捨てて、俺のチンポを咥えるために顔を醜く変形させた美岐の顔はとても淫らで、ただの想像にすぎない美岐に俺の心は奪われてしまった。
アキラの残像は消えたけれど、別の悩みが発生した。
『起きてる?』
俺は短いメッセージを美岐に送った。どうせもう寝ているだろうし、返事は期待しない。縁を切るために遠ざけているのに、一体何をしているのか。俺は自分で自分のことが説明できなかった。美岐が仮に起きていたとして、何を話すことがあるのか。
俺のそんな逡巡をよそに、スマホが着信を受けて震えた。美岐からだった。
「もしもし」
『あ、リーダー。起きていたから電話したんだが。どうかしたか?』
「いや別に」別に……なんだろう。俺はなぜメッセージを送ったんだろうか。「声が聞きたくて」
『えっ』
言ってから俺は、美岐から折り返しの電話がかかってくることに期待していたと気づいた。もしメッセージで返信があったら、俺の方から電話をかけていた気がする。
『リーダーが……。そうか、珍しいな。嬉しいよ』
「さっきも会っただろう」
『あんなのは会ったうちに入らん。最近、無視されるから少し寂しかったんだぞ』
「そうか」
『うん』
やはり連絡するべきじゃなかった。このまま突き放し続けていれば自然消滅できたかもしれないのに。美岐の声を聞いていると不安が和らいで気分が落ち着いてしまう。これが嫌だったんだ。
『友人は帰ったのか?』
「ああ」
『じゃあいまは一人なんだな?』
「そうだよ」
『リーダー。今からそっちに行っていいか?』
「いま何時だと思ってるんだよ」
『気にするな。走ったらすぐだ』
「そうじゃない。明日は休みじゃないし、夜道は危険だろう」
『心配するな。私に勝てる〝人間〟なんかどこにもいない。それはリーダーが一番よく知っているだろう』
「本当に、そんなつもりじゃなかったんだ」
『とにかく! 今から行くからな。今度は居留守なんか使わないで欲しい。頼む』
答えあぐねて黙っていると、切るぞ、と言って美岐の方から通話を切った。美岐の性格なら、きっともう駆け出しているに違いない。俺の選択がひとつひとつ美岐に影響を及ぼし、それらが記憶になって積み上がっていく。俺は湧き上がってくる嬉しさを堰き止めるように、憂鬱で上から蓋をした。
夜の街は静かだったから、遠くから響いてくる足音がよく聞こえた。美岐はあれから三十分とかからずやって来た。玄関が2回、控えめに叩かれた。
「はあ……はあ。リーダー、待たせたな」
呼吸を整えることもせず美岐が言った。さきほどと同じトレーニングウェア姿だったが、今度はところどころ皺が寄っていて、それに汗が染みを作っていた。髪も後ろで一つに結えていて、前髪が汗で額に張り付いている。
「服。さっきと同じなんだな」
「走ってきたからな。これが一番動きやすいんだ」
俺には美岐の素直さが眩しくて、少しだけ意地悪を言いたくなった。
「さっきもトレーニング帰りと言ってなかったっけ? それとも同じ服を二着持ってるのかな?」
「さっ……! さっきは、その……」
あわあわと言い淀んだ美岐は、俺の顔を見て意図に気付いたようだった。
「もう! ほっといてくれ!」
「まあいいや。入りなよ」
そう促して部屋に戻ろうと背を向けたが、服の裾を引っ張られて俺は足を止めた。振り返ると美岐が拗ねたような顔で両手を広げて「んっ」と言った。
「ん!」
美岐は両手を広げたまま俺のことを睨みつけていて、頑として部屋に上がろうとしない。鬱陶しさにイラついて美岐の手を掴むと、美岐の方から俺の胸に飛びついてきた。首に回された腕にきつく力が込められる。バランスを崩しそうになり、思わず美岐の腰に腕を回して支えてしまった。美岐を下からすくい上げるような格好で俺たちは抱き合った。
「会いたかった――」
美岐が吐息まじりに言い、俺の匂いを嗅ぐように深く息を吸った。俺も――という言葉が喉元まで迫り上がる。
「あんっ! あっ、あっあっあっ……んんっ!」
俺は美岐をベッドに倒し、下だけ脱がせた状態で猛然と突っ込んでいた。濡れていないせいで滑りが悪かったから、唾を塗り付けて無理やり滑るようにする。奥を突いて掻き出すようにしてやると、ようやく美岐の中が濡れてくるのがわかった。
「んっんっんっ! ちょ、はげしっ、いっかい止め、あああっ!」
突くたびに甘い声を上げる美岐は、はじめこそ楽器のようで面白かったが、だんだんと耳につくようになった。苦しそうに顎を上げて呻く美岐の白い喉が汗に濡れて光っていた。ぴんと張り詰めた喉の皮膚が唾液を飲み込む動きに合わせて上下した。ちょっとした好奇心で俺は美岐の気道のあたりに噛みついてみた。
「んぐっ! や、やだ、なに!?」
驚いたせいか膣口にぐっと力が入って俺のチンポを締め付けた。美岐の苦しそうな声と表情もあいまって、目が眩むような興奮を覚える。体勢的に激しく突くのが無理だったので、自然とゆっくり突き上げることになる。
「リ、リーダーの、すごく硬いっ! ああっ!」
美岐は慣れない動きに戸惑っているようで、膣の腹側を擦るように突き上げてやると、体を撥ねさせて「いやっ! いやあっ!」と悲鳴のような声を上げた。
ひと突きするたび美岐は息を吐き、白い腹に腹筋の美しいラインが浮かび上がる。俺の先端が敏感なところに触れると、美岐は背中を思い切り逸らしてブリッヂのように足を突っ張らせた。
いちいちこんなに反応されていたのではやりにくい――俺は美岐の足を思い切り開かせ、膝の裏あたりを掴んでベッドに押し付けるようにした。あの美しい美岐が、見る影もないほど無様な格好だ。膣も肛門も丸見えだった。美岐の陰毛は薄く、小陰唇は控え目だ。メスで切り目を入れただけのような、あまり大きくはない膣口が破裂しそうなくらいに押し拡げられている。グロテスクに変形した膣口にアキラの顎が重なって見える。俺はその想像を払拭するように美岐の膣を使ってチンポをしごいた。
「なに!? なにこれっ! そこダメっ! あっあっあっあんっ! んんんぅ……」
美岐の悲鳴と陶酔するような呼気が、俺の中から嫌な妄想を掻き消していく。美岐の中をひと突きするたび上がる甘い声とやわらかな粘膜に思考が塗り潰されていく。美岐の体温が、声が、絹のように滑らかな皮膚が心地よかった。気持ちいいのはチンポだけじゃなかった。美岐のことがもっと欲しいという衝動が俺を駆り立てた。
美岐と目が合った。美岐は幸せそうに微笑んで、両手を伸ばしキスをせがむような口をした。半開きの唇の間から赤く濡れた艶かしい舌が覗いた。俺は伸ばされた手を払って床に押し付け、美岐の口の中を犯すように舌を突っ込んだ。口を蓋されたまま美岐の舌が俺の舌の形を確かめるように這い回り、突くたびに吐き出せない声が口の中でくぐもって響いた。
「んはあっ。んっ、リーダーも、興奮してくれているんだな。嬉しい」
美岐は顔を上気させ、息切れしながら満たされたような顔で言った。
「私のことはめちゃくちゃにしてくれていい。したいこと全部していいから。だから必ず――」
俺は美岐が言い終わるのを待たず、口の中に指を突っ込んで黙らせた。
「んぐっ! んんんんー! おえっ! んぐぅっ! ぷぁっ! んちゅっ。うんっ! うんっ! うんっ!」
俺は舌を抑えつけるようにして喉の奥へと指を滑らせた。咽せて押し返された指をもう一度無理やり奥に入れて掻き回す。下の方でもわざと音が立つように腰を叩きつけてやる。ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、と肉同士の当たる重く湿った音と、美岐の咽び泣くような喘ぎ声が混ざり合って反響した。
美岐は喉をゴボゴボと醜く鳴らしながら、それでも俺の手を掴んだまま離さず、喉を責める指に愛おしそうに舌を絡めた。美岐と目が合った。美岐の喉が上下した。欲しがっているのがわかった。美岐の手が俺の肩に優しく触れた。それから誘うように指先を滑らせて腰に手を置いた。俺が突き入れるとそれに合わせるようにして腰を押し返してきた。俺がいきそうなのが伝わっている。そういう上下運動だった。突くごとに美岐の表情から余裕がなくなっていき、その気配に飲まれるようにして俺も行為に没頭していく。息が合い、粘膜を通じて俺たちは繋がり合い、その瞬間、俺たちは確かにひとつだった。
だから俺はいきなりチンポを抜いた。
「あああっ! えっ!?」
抜いた拍子に美岐が体を大きく痙攣させ、それからすぐに困惑した顔を向けた。
「なんで? なんで?」
「冷めた。もういい」
俺は立ち上がり、逃げるように風呂へ向かった。
俺はシャワーを頭から浴びて、高ぶった気持ちを落ち着けようとした。
俺は一体なにをしているんだ。今さらなんのつもりなんだ。無意味なことなどせず穏やかに死んでいくと決めたはずじゃないか――。
そう自分に言い聞かせてもチンポの勃起は収まる気配もなく、それどころか海綿体を真っ赤に染めて天を見上げていた。
扉が開き、美岐がおずおずと入ってきた。服は脱いでいて、胸を隠すように腕を組んではいるが、下は裸だ。そして今にも泣き出しそうな目で、何も言わずに俺を責めていた。
美岐の白い体は斑点のようにところどころ赤くなっていて、口元と内股は粘液で光っていた。髪も乱れている。そうしたのは他でもない、この俺だ。俺は美岐を招き入れて、肩から背中にシャワーをかけてやった。
「こんなのは辛い。私のことが嫌いなら嫌いだと、そう言ってくれ」
美岐が振り返って言った。その際、美岐の右手がまだ勃起したままの俺のチンポに当たり、振り抜いていった。
「おごっ!」
瞬間、息が止まる。意識が遠のきそうになるほどの激痛だった。
「あっ、す、すまん。わざとじゃないんだ」
美岐は今しがた叩いた右手を胸の前で組み、申し訳なさそうに言った。その目が、俺のチンポに釘付けになる。美岐は俺の前で膝をつき、股間を隠す俺の手を払いのけてチンポに手をやった。シャワーが美岐の頭に降り注いで、頬を伝って流れ落ちた。
「硬い……。今さらだが、こんなに私で興奮してくれてたんだな」
「なんで笑ってるんだ?」
「嬉しいからだ。決まってるだろう」
そう言って美岐は口を開けて、チンポの先端に口付けた。はじめは亀頭全体を舐めるように口に含み、少しずつ口を開けて徐々に奥へと入れていく。美岐の小さな口は大きく開けるのに慣れていないようで、唇が竿にぴったりと吸い付いていた。引き抜く際に、唇の端にカリが引っかかってわずかにめくれた。優しく慰めるようなフェラチオだった。新たな刺激を受けて、俺のチンポはさらに硬く勃起した。美岐が顎から飲み込むように動くと、チンポが喉の奥深くまで滑り込んだ。
「ぷあっ! はあ、はあ! どうだリーダー。気持ちいいか?」
美岐が嬉しそうに尋ねる。もうすっかり余裕を取り戻したようだ。
「別に。フェラチオならこのくらいが普通だろ」
フェラされたのは初めてじゃないし――そんなニュアンスを含んだ一言だった。狙い通り美岐はそれを敏感に察知したらしく、目を大きく開いてショックを受けていた。美岐は口を引き結んで視線を床に落とし、すぐに顔を上げた。
「ずるいなリーダーは。欲しければ勝手にしろ、か」
美岐は俺の首に腕を回して体の支えにし、チンポを握って膣にあてがった。チンポはにゅるっと滑り込むようにして美岐の膣に飲み込まれた。美岐が深く息を吐いた。チンポが膣の襞に擦られて、快感が腰から脳にほとばしった。美岐はそのまま両腕を俺の首の後ろで組んで、自分で動き出した。美岐の顔がすぐ近くにあった。激しい動きではなかったが、美岐はうっとりと気持ちよさそうにしていた。慣れない動きですぐにチンポが抜けてしまうが、何度か自分で入れ直しているうちにコツを掴んだらしく、たとえ抜けてもすぐにリカバリーするようになった。動きが安定すると、美岐は首に回した腕をきつく締め、俺の肩に口を付けた。一瞬鋭い痛みがはしった。ちゅぽっ、という音とともに美岐の唇が外れ、肩に赤い痣を残した。美岐はその痣に満足そうにキスをした。
「リーダーに他の誰かがいても構わない。でも、今は私だけを見て欲しい」
美岐はそう言って、俺に何も言わせないように口付けで蓋をした。美岐は腰を俺に擦り付けるように動かし続け、んっ、んっ、んっ、と鼻にかかった声で喘ぐ。
「やけに嬉しそうじゃないか、美岐?」
俺は努めて冷たく言った。
「嬉しいんだよ。わからないか?」
「わからないな」
「嬉しいんだ。タイヨウのことが知れて私は嬉しい」
美岐は自分の言葉に興奮したのか、腰をさらに激しく擦り付けてくる。
「ああっ! えっ、なにを……?」
俺は美岐を突き放して後ろを向かせ、壁に手を付かせた。尻の肉を両手で押し拡げて肛門と膣を露わにしてやると「やだ、もう……」と、かぼそい声を上げた。俺はそのままチンポをあてがって、思い切り叩きつけた。
「あああっ!」
ぱぁん! と肉を叩くかん高い音が浴室中に残響した。俺は腰を両手で鷲掴んで、何度も無造作に突っ込んだ。美岐は掴むところのない壁に爪を立てた。俺が遠慮などせず突き入れ続けていると、美岐の顔がついに壁に付き、それでも健気に責めに堪えていた。そして俺は美岐が頬を壁に張り付けて不細工に揺れる様を鏡越しに見ていた。
「鏡を見てみろよ、美岐。惨めな姿だな」
美岐が鏡に映る自分の姿を見て「いやあぁぁ……」と消え入りそうに言った。細長い声が艶かしい余韻を残した。
そのうち美岐に変化が訪れた。突き入れると背中を丸め、わずかに痙攣するようになった。もう立っていられないといったふうに内股を震わせる。喘ぎ声も減って、うっ、うっ、うっ、と呻くような声を上げるようになった。
雫の浮いた張りのある肌を波うたせて快感に耽溺する姿が淫らだった。膣が収縮を繰り返しているのがわかった。美岐の中に全部ぶちまけてやりたい衝動に駆られた。自然と腰の動きも早くなる。美岐もそれを察したようで、体をわななかせながら腰の高さだけは固定して俺を受け入れようとしているのが伝わってくる。
ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
もう限界だった。俺は美岐の膣の奥深くに突き立てるようにして、力強く叩きつけた。美岐が爪先で立って、静かにそのときを待っていた。俺はいく瞬間、チンポを引き抜いて美岐の尻の上にぶちまけた。
「リーダー!」
外に出されたとわかった瞬間、美岐が振り返って怒鳴り声を上げた。
「なんでだ! なんでくれないんだ!」
「生きることは惨めなんだ。どうしてそれがわからない」
俺のチンポは射精したばかりだというのに、先端から精液を垂れ流しながらまだ硬く強張っている。こんなものは死ぬ前の悪あがきでしかない。なのに茶番を演じるほど虚しいことはないだろう。けれど美岐は俺のチンポを掴んで握りしめ、前後に優しく撫でさすった。
「わからないのか? こんなに硬くしているのに。体の中を痺れるような快感が駆け巡っただろう。私はいま生きているんだ。リーダー……タイヨウもそれは同じなんだろう?」
美岐が顔を近づけて、目を開けたまま唇を求めた。俺は顔を背けてそれを拒んだ。
「タイヨウのことを、死んだ後でも愛し続けてやるから。私には自信がある。私にはタイヨウが必要なんだ。だから私に思い出を残してくれ!」
美岐が懇願するように言った。心臓が掴まれる思いだった。もっと早く出会えていればと思わずにいられない。けれど、もう遅いんだ。
「やめてくれ。もう帰ってくれ」
「私に残して欲しいんだ」
「やめてくれ……」
このまま美岐を過ごすことができれば、どんなに楽しいだろう。愛される喜びに満たされる毎日がすぐそこに広がっているような気さえしてしまう。もう覚悟を決めたのに、もし希望を持ってしまったら、死への恐怖に怯え直さなくてはいけなくなってしまうじゃないか。俺は美岐の目を見ることができなかった。
「わかったよリーダー。今日のところは帰る」
美岐はそう言って浴室を後にした。
俺はそれから浴室に座り込んで美岐が帰るのを待った。部屋からごそごそと物音がし、やがて玄関が開閉する音が聞こえた。俺はたっぷり待ってから浴室を出た。
誰もいなくなった部屋には情事の匂いが立ち込めていた。美岐の匂いだった。ベッドの上は乱れたままだった。
何か飲み物を取ろうと冷蔵庫を開けると、半分残った美岐の煮物のタッパーがしまってあった。アキラの仕業だ。
「クソッ!」
俺はタッパーの蓋を開け、叩きつけるようにしてゴミ箱に投げ込んだ。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
飯なんか食ったところで何になるんだ。どうせすぐに死ぬんだ。それがすこし先延ばしになるからなんだっていうんだ。
俺には美岐の優しさを無自覚なエゴにしか感じられなかった。なのに、美岐の声と、触れ合う肌の温もりにいつまでも浸っていたいと思っている。こんな自分が情けなかった。
腹なんか全然減っていなかった。でも俺はゴミ箱に手を突っ込んで、捨てたばかりの美岐の煮物を掴んで口の中に放り込んだ。
(了)