御剣が冥の見舞いに行く話。
※性的表現を含むので注意
御剣怜侍は再び堀田クリニックに来ていた。
綾里真宵の捜索隊を手配し、ぬいぐるみの入手経路をつきとめ、明日の準備をすませ……ずいぶん遅くなってしまったが、それでも狩魔冥の様子を見に来ずにはいられなかった。
夕方に会いいつものようにムチを振るう姿を見たが、強がるのがクセの、特に御剣には弱みをみせようとしない冥だけに逆に心配になった。
個室のドアを小さくノックし返事を待たずに中に入る。
消灯の時間はとっくに過ぎていて病室は暗く、ベッドの明かりだけが点いていた。
冥はこちらに背を向けていた。ベッドの上にファイルが広げられているのが見える。
「やれやれ、少しはおとなしくしていたらどうだ」
手術したばかりだというのにちっとも休む気がない姿に、あきれると同時に冥らしい、と思う。
「……メイ?」
すぐに憎まれ口が飛んでくると思ったのに、反応がない。
のぞきこんでみると寝ているようだった。しかしびっしょりと汗をかき、息も荒い。
「だ、大丈夫かメイ!? ぬおお、すごい熱だ。は、はやく看護師を……」
あわてていてベッドサイドの机にぶつかり、ファイルが大きな音を立てて落ちる。
「……レイジ?」
「大丈夫か!? いますぐに看護師を呼んでくるからな!」
しかし冥は腕をつかんで止める。
「行かないで」
「……メイ?」
泣きそうな顔で言われて御剣は動きを止めた。
「……いえ、大したことはないわ。解熱剤があるから」
「しかし……」
冥は腕をつかんだまま、ねぼけているのか熱にうかされているのか、遠くを見つめている。
「……夢をみたわ」
「夢?」
「私はまだ小さくて、レイジと手をつないで歩いているの。
子供じゃないわ!って手をふりほどいたら、あなたは困ったように笑って先に行ってしまう。
その後ろについて行きながら、ごめんなさいって言いたいのに言えなくて、手を伸ばそうとするのにその背中には届かないの。
走って近づこうとするのにその距離はちっとも縮まらない。そして私は銃に撃たれて倒れてしまう。レイジ!行かないで!って叫ぶのにあなたはどんどん遠くなって……いなくなってしまった。
くやしくて哀しい夢」
御剣はベッドに腰掛け、熱を帯びたほほをやさしくなでる。
「大丈夫だ。私はここにいる」
「……いなくなったくせに」
「む……すまない」
一年ほど前、「検事・御剣怜侍は死を選ぶ」と書き残して御剣は姿を消した。
冥はこの男を引きずり出すために日本にやってきたのだ。
「もう勝手にいなくなったりしない」
「本当?」
「ああ、約束しよう」
冥は目を閉じてくすっと笑う。
「やっぱりまだ夢を見ているんだわ。レイジとこんなに自然に話せるなんて」
「そうだな、たぶん夢なのだろう」
昔のように触れあうことなどできないと思っていた。
父のこと、師匠のこと、ふたりの間のわだかまりは大きく複雑で、それを知る以前の関係に戻れることはないだろう。
せめて今だけでも、単なる「兄妹のようなもの」に戻れたのが嬉しかった。
「まだ熱もあるようだし、薬を飲んで寝たほうがいい」
「そうね」
冥の頭をなでて立ち上がる。
「ぬおお。な、何をしているのだ!?」
突然、冥が入院服のズボンを下ろし始めたのであわてて背を向ける。
「何って、座薬はおしりに挿すものでしょう」
「そ……それはそうだが」
(やっぱり寝ぼけているのか!?)
今の光景がチカチカと目の前に浮かび、必死で振り払おうとした。
「あれ……ヘンね」
「どうした?」
「力が入らなくてうまく挿せないのよ。レイジ、入れてくれない」
ぶほぉぉぉっと噴きだす。
「……そ、そのようなアレは、困る」
「困っているのは私の方なんだけど……いいわ、やっぱり自分でやるから」
ほっと胸をなで下ろす。寝ぼけているにしてもヒドすぎる。御剣の方こそ夢でも見ているような気がしてきた。
「……痛っ……ハアハア……」
熱で力が入らないのと肩の痛みとで上手くできないようだった。
背中から聞こえてくるその声が、あらぬ想像をかき立てる。
「……お願いレイジ、自分じゃムリみたい」
「し、しかし……」
どんどん息が苦しそうになる。
「はあ……レイジ……私が熱が上がって死んだら……ハアハア……有罪にしてみせるわ……」
「わ、分かった」
いくつかムジュンがあるが、それを指摘できるほど御剣も冷静ではなかった。
決心して振り返る。
「ぬおおおお!」
覚悟はしていたものの、そこにある光景に衝撃を受ける。
下着もずり下げられ形の良い尻がこちらに向けられている。
モンダイの部分はカゲになっているが、暗い部屋に白い肌が浮かび上がっていて妙になまめかしい。
(お、落ち着け、コレはメイのためだ。やましいことなどない!)
そう何度も自分に言い聞かせる。
「い、いくぞ」
「いいから早くして」
少し熱を持った肌に触れると御剣の体温も上昇する。
ごくり、とツバを飲み込み、割れ目にそって指を中へと這わせる。
荒い呼吸で上下する体と、御剣の動悸とで、どうにかなってしまいそうだった。
指先がかすかなくぼみを見つけると、心臓がどくんと跳ねる。
左手に持った座薬は、御剣の体温で溶けかけていた。
「い、入れるぞ」
「……っ、痛っ……」
「ま、まままだなにもしてないッ!」
「……肩が痛むの……はあ……っ……早く、して……ちょうだい……ああっ……」
そのセリフだけで、理性がゆらぎそうだった。
改めて指をつたわせ、手探りでソコへと座薬を押し込む。つぷっと難なく入っていった。
「終わった……」
イスにどっかりと座り、肩で息をする。
大きな裁判をひとつ終わらせた気分だった。
「あ……ダメ」
冥が声を上げる。
「どうした?」
「出てきそうなの。もっと奥まで入れてちょうだい」
「お、奥まで……」
メマイがした。
もう一度やれというのかと。
「……お願い……」
困ったような瞳でお願いされては、イヤと言えなくなる。
一度やるのも二度やるのも同じだと腹をくくる。
「わ、分かった」
今度は肩の痛みが強いため、御剣の手でズボンも下着も下ろさなくてはいけない。
「も、もう少し腰を浮かしてはもらえないだろうか」
「……い……痛っ……あっ……」
冥のためだと言い聞かせなければ、理性が吹き飛びそうだった。
先程と同じように指をすべり込ませると、その場所はすぐに分かった。たしかに座薬らしきものが手にあたる。それをぐぐっと中に押し込んだ。
「こ、これでいいか」
「もっと中までお願い」
「ぬ……ぬぬ」
第一関節まで指を入れる。
あたたかで柔らかな感覚が指を包む。全意識がそこに集中していた。
「……そうね、いいわ」
下着とズボンを上げ、毛布を戻すと再びイスにくずれ落ちる。
裁判でもこんなに疲れることはないと思った。
御剣は右手を見つめる。その指はさっきまで冥の「なか」にあったものだ……
「ねえレイジ」
「なっ……なななんだッッ」
「これは夢なのよね」
「そうだ夢だッ。夢以外にあるはずがないだろう!!」
「だったらもうひとつだけお願いしてもいいわよね」
「な……なんだろうか」
御剣の頭の中には、とんでもない想像が浮かんでくる。
「おやすみのキスをして。昔みたいに」
「むむ……」
まだ冥が小さな頃、せがまれて時々おやすみのキスをしていた。
子供だから、家族だから、とその時はあまり気にしていなかったが、今は子供でもないし本当の家族でもない。
「ダメなの? 夢なのに……」
「む……そうか、夢だから、な」
おでこにキスをする。子供の時のように。
冥は瞳を閉じて微笑む。
「目が覚めたら、私はカンペキな狩魔冥に戻っているわ。こんな夢なんてもう見ない」
「……それは少しサビシイな」
「キズだって治っているし、明日の裁判にだって復帰してみせる」
「それはさすがにムリだろう。手術したばかりで出て歩こうとするから熱が上がるのだ。もう少し休んでいたまえ」
冥は毛布を顔の所までひっぱり、ふてくされる。
「……夢の中でもレイジはイジワルだわ」
くくっと笑う。いつもの調子が戻ってきたようでほっとした。
「キミのカンペキな調査と資料を引き継いで私が王都楼真吾を有罪にしてみせる。今回はそれで手を打たないか」
「ダメよ。私の手で成歩堂龍一に勝たないと意味がないの」
「なぜそこまであの男にこだわるのだ」
「あなたに言っても分からないわ」
ヤレヤレと肩をすくめる。
「今日はもう遅い、ゆっくりと寝たまえ」
もう一度おやすみのキスをして病室を出る頃には、冥はやすらかな寝息を立てていた。
「おはようございます狩魔さん。夜中に痛みませんでしたか?」
カーテンを開きながら看護師は微笑む。
「痛かった……気がするけど、夢の中だったようなそうじゃなかったような」
冥は頭をふる。
「……いろいろな夢を見た気がするわ」
「熱が出たり具合が悪いときは妙な夢を見たりしますものね。今は痛くないですか?」
「ええ、きのうに比べたらずいぶんマシね」
「あら、座薬ひとりで挿せました?」
看護師はベッドサイドにあった薬のカラに目を止める。
「座薬?」
突然、「夢」のことが頭によみがえる。
「なっ……!」
「……どうされました?」
「い、いえ、なんでもないわ! そう、自分で挿したのよッ!」
自分でやった記憶がぼんやりとある。
ただし、それは御剣に頼んだ記憶につながる気がしないでもなかった。
「肩が痛くて大変だったでしょう。今度は困ったことがあったらナースコールしてくださいね」
看護師が去りぎわに言った一言に、冥はショックをうけていた。たっぷり10分は打ちひしがれる程度に。
正常な状態じゃなかったとは言え、それくらいは気づいてもよかったはずだ。
「……そうよ、レイジがそれに気づかないはずがないじゃない! 夢よ、夢に決まっているわ!!」
そう自分に言い聞かせると、キッと前を見る。
「めーいーちゃん」
「きゃあ!」
目の前には堀田院長(自称)がいた。
「あ、あなたいつの間に!」
「ん。朝の診察の時間だからな。ほら。ムネを出して」
ビシッとムチで応える。
「キビシーなあ。もう。ワシもあと10才若かったらあんなヒラヒラには負けないんだけどな。ん」
「れ、レイジとはそんなんじゃないわ!」
「病室で夜中の密会。ん。若いっていいね」
「……なっ、ななななんですって!?」
「ワシも若いころは。ん。病室で愛をはぐくんだものだよ。ん」
「ち、違う! アレは夢よ!マボロシだわ!」
「あんな声出して。イヤ、たまらんね。もう」
「ダマりなさい!」
ビシバシとムチが飛んできて、堀田院長(自称)は退散していった。
「……落ち着きなさい、アレは夢よ。レイジもそう言ってたでしょう。仮に違うとしても、向こうも夢だということにしていればそれですむことじゃない」
そう結論を出して立ち直るまでには、ずいぶんの時間を要した。
目が覚めた狩魔冥はカンペキのはずだ。こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。
「狩魔さん! また着替えたりして、出かけるんじゃないでしょうね!」
いつもの服に身を包んだ冥を見つけ、看護師は彼女をしかる。
「出かけてくるのじゃないわ」
ほっとしたのも束の間だった。
「自主退院するのよ」
「もっとダメです!」
「検事のいるべきところは法廷だわ。ここではない」
「あなたは検事の前にケガ人です! 手術したばかりの人を出て歩かせるわけにはいきません」
「あなたも強情ね」
「狩魔さんには負けると思います」
どちらも一歩もゆずらない構えで、ピリピリとした空気が流れる。
そこをさえぎるように携帯電話の音が鳴りひびいた。
冥は電話を取り出し、着信表示を見て少しひるむ。
しかしすぐに気を取り直して電話に出た。つとめて冷静に。
「……私よ。……ヒゲが?……ええ分かったわ。……大丈夫よ。そんなことより自分の心配をしたらどう?ヒゲに頼るなんて追いつめられてるのではなくて。……フ、まかせなさい」
電話を切るとニヤリと笑う。
「どうしても行かなきゃならない用事ができたわ」
「ここを通すわけにはいきません」
「私にしかできない仕事よ。被告を有罪にできるかどうかのセトギワで、こんな所で留まっていられないのよ!」
「あっ」
看護師をふりきって病室を後にする。今度こそカンペキな狩魔冥の復活だった。
ただし電話の切りぎわの「ムリしてまた熱を上げぬようにな」の一言には気付かないふりをした。