注意事項
・飲酒描写
・泥酔しながら性行為
簡単なキャラ説明
【冬玄結之介】未練の死後自分の墓石と魂を結び付けた地縛霊。集合墓地兼廃棄場である「メモリアルホール」から出ることができない。石を肉体の代わりとしているため魂を回収できず、死神と一時的に協力関係を結んでいる。
【睡郷十海】千年前、平安時代末期に死んだ浮遊霊。自身の死因を覚えていない。
死んでから以後ずっと死神に追われ続けている。大変な酒好き。
「あ、ぁあ、…」
ゆったりとした狩衣の下は、枯れ枝のような痩せぎすの体だった。体の輪郭をうまい具合に隠していたのだろう、傍目にはそうとは分からない。
十海はか細い声を絞り出して呻いた。太腿の筋肉が不随運動により震えて、それがより結之介の劣情を煽る。視界の端では爪先があてどなく宙を掻いていた。うまく絶頂まで誘導できたようだ。
人間だった頃の肉体を失った彼らの行為に実存は伴わない。ただ生前のころ覚えているものを思い出そうとしている過程に過ぎないのかも知れない。その過程を辿れば、同じような結果が得られる。すなわち性的快楽の再現であり、想起。
片やその場から動けない地縛霊、片や根無草の浮遊霊。結之介は十海の第一印象から、馬が合わないと感じていた。彼は楽観的で後先考えることに知恵を絞らない。今楽しければそれでよくて、危険が差し迫ればその時に即興で逃げおおせる。泥棒を捕まえてから縄を編むようなことを常日頃やっていた。結之介はそれがどうにも気に入らなかった。
それがどうしてか、二人は合意に至った。結之介は十海よりひと足先に醒めゆく頭で少し前のことを思い出す。
彼は手土産に酒を持ってきていた。酒の勢いだけで始めるほど結之介は流されやすくはない。どうして自分は彼を許したのだったか──
十海の膝がいよいよ立てなくなり、息を切らしてゆっくり突っ伏したのに気づいて結之介は十海に注意を戻す。肩甲骨は浮き、尻の肉も薄いため、腰を打つたび彼の坐骨が当たって結之介の下腹部はうっすら痣ができていた。お世辞にも抱き心地のいい体とは言えなかった。お互いのイメージとシミュレーションだけでここまで再現できるとは思えないので、おそらくそれだけでなく残った魂だけでも何かしら干渉が相互に起こっているのだろう。自分の体のことなのに、仕組みが今一つわからない。
結之介は腰のくぼみからゆっくり背中へ手のひらを滑らせ、十海の首筋と柔らかい癖毛を撫でた。十海は首をひねって結之介を見上げた。意識の狭間を漂う気怠い視線が結之介をぼんやり捉えている。ここまで乱されても、俺たち死霊は気を失えない。
ああ、思い出した。これはある種実験で始めたことだった。
メモリアルホールの地下墓地にふらふらと無防備な人魂の光が飛んでくるのを見て、結之介はすぐにそれが十海だと分かった。この場所から動けない自分の元へまた冷やかしに来たのだろうと追い出す口実を考えていたが、彼が懐から取り出した一升瓶を見て気が変わった。十海は筋金入りの飲兵衛だが、結之介もまた酒は嗜む程度に好んでいた。
生前は劣悪な粗製アルコールで体を紛らわす毎日だったため、どこから持ってくるか知らないが十海の持ち寄る酒は大層美味かった。十海から手渡された猪口で舐めるように少しずつ味わう。
「で、こんな手土産を持ってくるくらいだ、俺に頼みでもあるのか」
「いいや、今時昼間から飲むやつはそんなにいないし、いてもあまり面白い連中じゃない。だから飲む相手が欲しかった」
「まあ、酒場を毎晩渡り歩くからお前は誰でもいいんだろ」
「あんたが飲むところはまだ見たことがなかったから」
調子のいいことを言う。一方で、昼も夜もわからない隔絶された地下墓地で、十海の口調から結之介は今が昼間だと知る。
「頼み事があるなら早く言うんだな」
「本当にそうじゃないって…」
結之介は、十海が自分よりずっと早いピッチで酒を空けていくのを見逃さなかった。同じくらいの大きさの猪口で飲んでいるはずだが、呼吸でもするかのように次から次へと注いでいく。
「お前いつもそういう飲み方してるのか」
「え?普通だろ」
「いや、早すぎる。そんなに早く酔いたいのか」
「ううん…そんなことは…」
だめだ。もう呂律が回らなくなってきている。
「ああそうだ、あんたさ、眠ったことはあるか?」
「いや、ない。幽霊なら皆そうだと聞くが」
「やっぱりかあ…」
自分と同じ境遇の者に関することは、せいぜい死神からしか聞いたことがない。その死神も多くは語らない。結之介は地縛霊のため、浮遊霊の十海のようにあちこちを行って見聞することもできない。時間の経過も曖昧なこの地下墓地で、たまに這い上がってくる死霊たちを見つけては穏便に死神まで引き渡す。彼は孤独な墓守だ。
だから、十海のがっかりした顔を見て、好奇心が湧いたのだ。その話の先を知りたくなった。幽霊、ひいては自分自身のことを。それが運の尽きだった。
「はあ、はぁ、っ、」
「ふっ…ふ、は…」
お互い無言で体を引き合わせて息を弾ませる。絶頂に逸り、あと少しと追い縋るのが体から伝わってくるが、あまりに急いているので、宥めるように十海の体を撫でる。何もいきなり挿入まですることなかったんじゃないかと結之介はふと我に返ったが、その省みはすでに遅かった。
十海は眠りに飢えていた。
幽霊は眠ることを忘れるのが通説だと死神から聞いていた。それに順応するか、あるいは不眠に苦しみ、精神を狂わせてしまうこともままあるとも。結之介は前者であり、いつしか毎晩最下層の廃棄フロアまで降りては正気を失った死霊がいないか巡回するのが習慣になっていた。その様子は巡回というより、常同行動を繰り返す檻の中の獣に近い。
一方で十海は毎晩人の酒盛りの場に忍び込んでは勝手に混ざって酒を飲み明かしていた。しかしいつもそうできるとは限らない。そして人は酔い潰れると眠るものだ。十海はさかんに他者と関わりたがる分だけ、孤独に弱かった。結之介のようにたった1人で夜を明かすことにいつまで経っても慣れなかった。
だから十海は眠ることに挑戦し続けた。何度も深酒をしては意識を飛ばすことを試みた。辛いことを思い出しそうな時、人と同じように酔い潰れてそのまま眠りたかった。気を失えるならなんでも良かった。だがいずれも失敗に終わる。十海は死んでから一度も夢を見たことがない。
曰く、これがまだ試したことのない手段だと言う。
「本気か?」
「飲むのは誰とでもできるけど、これは誰とでもというわけにはいかなくて」
もうすでに酩酊状態だが、意識を落とすことができない十海はしどろもどろにそれだけようやく答えた。今にも首がかくんと落ちそうなほどに応答は曖昧だが、それでも意識の空白はできない。十海の様子は相当苦しそうに見えた。
「俺は酔い潰れた相手とやる趣味はないんだ。まず酒を抜いてからもう一度冷静に考えて」
「頼む、頼むよ、ただおれは眠りたい…眠りたいだけなのに…」
「そもそもそんな状態じゃ勃つものも勃たんだろう」
「あんたが気持ちよくしてくれればいいんだ…思い切り強くだ、そうでないと意識が…飛ばない…」
「結局俺に頼み事があったんじゃないか……」
二日酔いでもないのに頭痛がしてきた。こうなると十海は本当にしつこい。
体に力が入らない泥酔者がしなだれかかると(浮遊霊だが)実に重たく、結之介は心底彼を振り払いたくなった。だがすんでで止めているのは、結之介も不眠に一度も悩んだことがないと言えば嘘になるからだ。
「俺と一緒に巡回でもするか?俺なりの暇潰しだ」
「嫌だ。仕事みたいだし」
「こいつ………」
死神に突き出してやろうか。考えうる限り最も酷な選択が脳裏によぎる。
「他をあたるんだな」
「そんなこと言うなよ。誰でもいいわけじゃないって言ったろ…わかった、そうだ、取引だ。さっき飲んだろ、あれは大吟醸なんだぞ」
「いや、美味かったけど」
「他に何が欲しい?なんでもする…」
「あのな、何でもするとか軽々しく言うもんじゃないぞ。だが…そうだな…」
結之介の心の隅に残っていたものがまた顔を出した。
「眠れたらどんな夢を見たか教えてくれ」
「ん、んぐ、ぅ」
そうだ。結局俺は彼を許したわけじゃない。自分の好奇心に負けただけなんだ。
生意気にも下手くそな催促をするものだから、顎を捕らえて深く舌を差し込みながら結之介は内心自分に舌打ちした。孤独に弱いのは十海だけではなく結之介も同じだった。十海のように他の幽霊たちの話を聞きたかった。自分たち幽霊がどのような存在なのか知りたかった。知るにはお人好しな彼が向こうからやってくるのを待つしかない。情けない話だった。
「これで眠れたらどうする?また来るか?」
「あ、あぁ、ふぅ」
「そうだな、お前はこれからもここに来たらいい。理由はなんでもいい。抱いて欲しければ抱いてやる」
そして土産話の一つでも聞かせろ。
最後の言葉は飲み込んで、ひときわ深く腰を穿つ。
「ひ」
喉が引き攣るのを指伝いに感じる。
生唾を飲み込むために喉が再び波打つ。まだ至らない。
「おれだって、素面で考えてきた。何度も、ずっとだ」
息も絶え絶えに朴訥と語り出した十海を、結之介はじっと静かに見下ろした。
「でもだめなんだ、どうしても。人間はみんなおれの姿が見えない。死霊は死神を恐れて目立つ場所に出たがらない。中には死神に刈られていなくなるやつもいる。もうすでに出来上がった輪の中に勝手に入って飲んで騒いだっておれは結局1人で、そんなの馬鹿みたいじゃないか」
十海はべそべそと泣き出していた。泥酔してさらに抱かれながら泣くとは忙しい奴だ。
「あんたはいい。石の体を得て、死神と協定を結んで、とりあえずは死神に刈られない。でもあんたはずっと1人だ。ここから出られない。おれと一緒だと思った」
結之介はただ黙っている。十海の話を最後まで聞くために。
「あんたなら話を聞いてくれる。同じ死霊として、最後まで。だからあんたならいいと思った、こうなることも」
「なるほど。利害は一致していたわけだ」
結之介が十海の腰骨を手のひらいっぱいに掴んだ。
「それで、夢は見れたのか」
「それが何も」
結之介は胸いっぱいに含んだ線香煙草の煙をたっぷりため息として吐き、頭を掻いた。
十海はあっけらかんと笑って迎え酒を仰いだ。幽霊になって都合が良くなった部分もある。
普段は結ってある髪を解いて首元まで流し、乱雑に脱いだままの狩衣の上に寝そべり、すっかりくつろいでいた。
「ここに来るのに、理由はなんでもいいんだって?なんでもいいから来て欲しいのか、そうか」
「言わんでいい、言わんで」
「夢は見れなかったが、あんたの可愛いところが見れたから良しとしよう」
「調子に乗るなよ…」
そういえばこいつはそういうやつだったと思い返して、恨めしげに十海を見た。だが、外は夜も更ける頃だろうに十海は支度をする気配を見せなかった。
「酒がうまいなあ」
十海はたっぷり時間をかけて口に含んだ酒をゆっくり飲み下してしみじみと言った。