「……来ちゃった」
朝、わたしはお腹の異物感で目が覚めた。下腹のあたりをそっと押してみると、ゴロゴロとした固い感触がいくつか伝わってくる。気分も体も重くなるそれは、間違えようも無く卵だった。
◆◆◆
憂鬱な気分のままマンションを出て学校に向かう。幸い制服でお腹の膨らみは隠れたけれど、ずっしりとした重さはまるで変わっていない。
「あーあ」
「どしたの」
「わあっ……なんだ、栞か」
「なんだってなんだよぅ」
わたしの溜息に答えて出てきたのは、幼馴染で
栞はそんな様子に気が付いたのか、わたしの頬をつつく手を止めて顔を覗き込んで来た。
「ほんとに具合悪そうじゃん」
「今日アレなの」
そう言ってお腹に手を当てて見せると、栞の目が厳しくなった。
「休まなくていいの」
「数学の小テストが終わったら帰るから」
「……無理しないでよ」
「分かってるって」
と言いつつ、実は結構無理をしている。さっきも無理やり詰め込んだ朝ごはんが喉まで上がってきていたぐらいだし。ただ、追試なんて面倒くさいから休むわけにもいかない。二時間目を乗り切ったら帰れるから、それまでは我慢しないと。
(っ、やば……)
一時間目は吐き気も腹痛もなんとか我慢したけど、その分二時間目に押し寄せてきた。お腹がぎゅうぎゅうと絞られるみたいに痛んで、テストに集中出来ない。
痛みの波の隙間を見つけて問題を解いていたけれど、そろそろ限界かもしれない。短い呼吸を繰り返してなんとか全問埋めた時、チャイムが鳴った。
「はい、後ろから集めてー」
わたしは後ろから二番目だから立ち上がらなくても良いけど、もう耐え切れそうになかったから一緒に前に行った。
「せんせい、」
「はいはい」
「おなか、いたくて」
「はぁい。そんじゃ、布瀬さん」
「はい」
「夏目さんのこと頼んでいい?」
「はい。……行くよ」
栞に腕を掴まれて歩き出す。少し歩いただけで吐きそうなくらいにお腹が痛んで、嫌でも息が荒くなる。栞はそんなわたしを心配そうに見ながら先へ進んで行く。
足ががくがくと震えて立っているのもキツくなってきた頃、やっと保健室に辿り着いた。わたしは入ってすぐにベッドに寝かされて、カーテン越しに栞と先生が話す声を聞いていた。
「はる、もう少し待てそう?」
「……うん」
「わかった。先生、」
「担任の先生には私から伝えておきます」
「お願いします」
栞の声の後にばたばたと誰かが出ていく音がした。その後すぐに先生が声を掛けてきたから、さっき出て行ったのは栞だろう。
「夏目さん、入ってもいいですか?」
「はい」
入ってきた先生はわたしに断ってお腹に触れてきた。制服越しに卵がある場所を触られて、ぞわぞわとしたものが背中を走る。思わず声が出そうになって、咄嗟に口を押さえた。
先生はわたしの様子を気にする素振りもなく触診を終えて、手元のバインダーに何か書き込んだ。
「今回は大変ですよ」
「え」
「どうしても出せない場合は連絡してください。番号は布瀬さんに渡してあります」
「あ、はい」
大変ですよ、と言われてもわたしにはどうすることもできない。先生は少し考えこんでから、カーテンをくぐって出て行った。どこかに電話をしているようだ。
痛みがおさまらないお腹を擦りながら何が大変なのかと考えていると、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「持ってきましたっ」
「ありがとうございます、布瀬さん。夏目さん、立てますか」
「……ちょっと、待ってください」
またあの痛みがぶり返してきた。心なしかお腹が張ってきているような気がする。シーツを握り締めて痛みに耐えていると、誰かがわたしの背中に手を当てた。
「はる」
「栞……」
冷えた体に栞の体温を感じて、少しづつ痛みが落ち着いていく。そのまま何度か深呼吸を繰り返す内に、弱い痛みだけになっていた。
「落ち着いたみたいですね。今度こそ行きましょうか」
◆◆◆
先生の恐ろしく安定した走りで二十分。マンションの前にわたしと栞を降ろして、先生は学校に戻って行った。ちっとも揺れなかったおかげで痛みが強くなることはなかったけど、たぶんそろそろ時間だ。
「行こっか」
二人分の荷物を持った栞とエレベーターに乗って、私の部屋に行く。
「う、」
「はる?」
ぐりゅ、と卵が動く感触がして、お腹に手を当てた。またじわじわと痛みが戻ってきている。栞が体を支えてくれて、なんとか部屋まで歩けた。栞がわたしの鞄を漁っているけれど、鍵の場所を教える余裕はない。
「ぁ、く、」
「ちょっ」
内臓を直接握られているんじゃないかというほどの痛みに膝をついてしまう。せっかく鍵を見つけ出したのにわたしがうずくまってしまったから、栞は急いで扉を開けて荷物を中に入れた。そして力が抜けたわたしの体を支えながら、部屋の中に入る。
崩れ込むように玄関に入ったところで、中からあふれる感じがした。たちまち下着に染み込んだそれは、大きなシミをつくっていく。
「はる、聞こえる?靴脱がせるね」
動けないわたしに変わって栞が靴を脱がせてくれる。そして四つん這いのまま、這うようにして浴室に入った。濡れた下着が張り付いているけど、痛みのせいか気にならない。
「あ、ぁあっ」
ぐぐ、と卵が下りてきて出口を広げようとする。今までずっと我慢していた反動なのか、わたしの意思に反して勝手に体がいきみ始めてしまう。
「待って、はる!まだだめだよ!」
「分かって、る……!」
硬い壁に背中を預けたまま、必死に力を抜こうとした。それでも痛みと一緒に力が入ってしまう。
「や……ぁ、」
中で完全に出口が開いた。そのまま卵たちが列をなして外に出ようとする。
けれど、栞が間に合った。下着を一気にずり下ろすと、座り込んだわたしを正面から抱きしめて、足の間に手を当てた。
「
「あ、ぁ、あぁぁっ……」
「っ、うぁ、」
「まだ出る?
「っっ!は、んんんっ!」
栞に励まされながら下腹に力を入れる。さっきすんなり出てきたから次もそうだと思っていたのに、一向に出てくる気配がない。
「待ってね……」
「っひゃ、あぁッ!?」
中で引っ掛かってしまった卵が栞の長い指でつままれる。卵と指がわたしの中をぐりぐりと撫で擦って、何度も腰が跳ねてしまう。それをもう片方の手で押さえながら、栞はゆっくりと卵をかき出した。
「はっ、はあっ、はぁ……」
「うわ、おっきい」
二つ目の卵は、一つ目よりも大きかった。栞が卵を並べる様子を息を整えながら見ていると、今までよりずっと大きな痛みがはしった。二つも出して出口が緩くなっているはずなのに、それでも足りないとばかりに押し広げられる。
「っ、ぐ、うぅぅっ、」
栞にしがみつきながらお腹を押しつけて、中から出そうとする。いきなりわたしが力を入れたから栞が倒れそうになっているけれど、気にする余裕はなかった。
大きすぎて中で止まってしまった卵が内臓を圧迫しているみたいで、だんだんと苦しくなってくる。なのに出そうとして、息を詰めて、
「はる」
熱を持ってしまったわたしの体とは反対に、体温の低い手のひらが下腹に当てられる。短くなっていた呼吸も落ち着きを取り戻していく。
「うん、落ち着いた。はる、苦しいと力が入るけど、あんまり締めたら卵が割れちゃうよ。どうしたらいいか、わかる?」
とんとん、とん。とんとん、とん。
お腹の上から、栞が卵に触れる。そのリズムで吸って、吐いて、
「んっ、」
ずりゅ、と卵が進んだのがわかった。ゆっくりとしたリズムで当てられる栞の手のひらがわたしの中を溶かしてしまうようで、さっきまで膝立ちだった姿勢から力が抜けていく。
お腹の上から卵の輪郭をなぞられて、股下に添えられた手がわたしの大事なところを開く。涙があふれてぼんやりとした視界の中で栞と目が合って、
「いいよ」
「ひっ、あ、あぁぁあっっっ」
大きなものが体の中から抜けていく。頭がまっしろになってすっかり腰が抜けた私の体を、優しく抱きしめてくれたような気が、した。
◆◆◆
「ん……?」
目を覚ますと、いつものようにベッドに寝かされていた。起き上がろうとしても、力がほとんど入らない。下腹から大事なところにかけてがじんじんと熱を帯びていて、感覚も鈍っている気がする。
「あ、起きた?」
「しおり、」
「まってまって、無理に起きようとしなくていいって。いっちばん大きかったんだから」
見る? と差し出された卵は、栞の手と同じくらいの大きさだった。こんなものがわたしの中から出てきたなんて、こうして実物を見ても信じられない。
「というわけで、明日は休みね」
「え」
「え、じゃないよ?あんなに大きいのをずっと我慢したらそうなるに決まってるじゃん」
「だって、栞は学校が」
わたしのせいで学校を休むなんてことはさせたくない。今は動けないけど、明日になれば少しは回復しているはずだし、
「私ってそんなに甲斐性無しに見えるかなぁ……?
「ぁ、その……ごめん」
「まったく。はるはもっと自分を大切に! わかった?」
「…………うん」
返事に時間がかかったわたしをしょうがないなぁと見つめた栞は、ぐいと顔を近づけてわたしの頬に唇を落とした。突然の出来事にびっくりして固まってしまったわたしを横目に、栞は夜ご飯を作るからと部屋を出る。
「ちゃんと寝るんだよー?」
さっきのはおやすみのキスみたいな、栞にとってはなんてことの無いものかもしれないけれど、わたしは唇の感触を思い出してしまって中々眠れなかった。
『わたし』
・夏目遥
『彼女』
・布瀬栞