大学を卒業して以来、ずっと東京暮らしの生活をしていますが、郷里を思い出さない日は今も一日たりともありません。
私の生家、東北地方の南部に存在する町は、バイクでひと走りすれば、山あり谷あり、水清い川に出会えるという、風光明媚で自然あふれる美しい田舎町です。
小さな山を一つ越せば、名湯として名高い温泉地があり、旅館街には射的場やストリップ小屋。また、夜になれば、中年の女たちが暗がりから観光客に声をかけ袖を引くという、男性にとってはうれしくもあるが、一般的にはいかがわしい一帯もあって、高校生だった頃の私は、そこを通り抜けるだけでも、妙に気持ちが昂りワクワクしていました。
2年生の夏休みのことでした。
その温泉街の旅館で、アルバイトを募集しているという話を聞き、早速応募することにしました。
田舎の街では、なかなかアルバイトの口はなく、小遣い稼ぎのために、夏休みになると都会まで出る高校生などもたくさんいたくらいです。
応募のために訪れた旅館は、その温泉地では格式もある一番の老舗でした。
見越しの松が典雅な、長い白壁の塀の先にある玄関の侘(たたず)まいを見ただけで、私はすっかり圧倒されて、面接なんか受けずに、帰ってしまおうかと思ったほどです。
しかし、私なりの勇気を振り絞り、裏口から声をかけてみると、調理場の勝手口から、ハッとするような色白の若い女性が現れ、
「バイトさんね?」
と、にっこりと微笑みました。
その女性が、今も私の心に焼きついて離れない美登里お嬢さまだったのです。
彼女の案内で、旅館の中にあがり、ご主人の面接を受けました。
すぐにわかったことですが、それは美登里お嬢さまのお父さまでした。
なんでも、夏休みになれば、娘たちも動員しなければならないほどに、忙しいのだと主人様は穏やかな口調でおっしゃいました。
「キミには、雑用全般をやってもらう。夜は客間の布団を敷き、朝になったら、それを押し入れにしまう。そして、玄関や庭の掃除と・・・・・仕事はいくらでもある。キミ、体力はありそうだから、頑張ってくれたまえよ」
ご主人さまは、仕事の内容を細かに説してくれてから、私の顔をまじまじと見つめ、
「それから、大事なことだけど、客のなかには、キミを誘惑しようとする女性も少なくないはずだ。客ばかりではない。仲居たちからも誘惑されるかもしれない。しかし、ここでは、男女関係は御法度なんだ。気を許して、甘い言葉には、断じて応じてもらっては絶対にいけない。キミは若くてハンサムだし、そのうえ、体格もいいから女にはモテそうだから、その点が心配だ。くれぐれも注意してほしい」
穏やかな表情が一転して、厳しい眼差しで注意されました。
女性客や仲居たちが、男性を誘惑すると言う話は、私には信じられませんでした。
男性と違って、女性は愛してもいない相手とセックスするはずが無いと思っていたからです。
当時は、ヤンキーな女子中学生たちでさえ、
「好きでもないオトコとはやれない」
と、言っていたくらいです。
もっとも、彼女たちの場合、
「ちゃんと小遣いをくれるなら、おじさんとでもやるけど」
と、平気で言ったりする女子もいましたが、全体的には、やはり、女性は裏付けのないセックスはしないものだと思われていた時代でした。
まだ、童貞だった私には女性の心など解るはずもありません。
「わたくしが、旅館の中を案内しますわ」
ご主人様との面談が終わると、頃合いを見て、美登里お嬢さまがやってこられました。
白いワンピースの背筋がピンと通り、長い黒髪を後ろで束ねた様子は、さすがに老舗旅館の令嬢らしく凛とし、気高い美しさを醸し出していました。
私の身長が175cmですから、その見当で推測すると、彼女は165cmぐらいだったでしょうか。
当時の女性としては大柄でしたが、その分、立ち姿の美しさも芍薬のように際立っていました。
彼女は、廊下で見かける仲居たちとは、匂いからして違います。
その時の私は、彼女の体臭を嗅いだわけではありませんが、何から何まで違うのだから、きっと匂いも違うのだろうと思ったのです。
最初に、向こう2ヶ月間、住み込むための男性の雑居部屋を教えられ、それから、長い廊下を行ったり来たりして、客室のドアについた 桔梗 とか 牡丹 などの部屋名を白くて細長い指で示しながら、美登里お嬢さまは、私にあれこれと説明していましたが、ふと思いついたように私の方に振り返られました。
「あなた、高校2年生?」
大きな布団部屋の入り口でした。
「はい、そうです」
布団の山ばかりで、辺りに人影はありません。それが、私の緊張感を高めました。
声が震えてしまったくらいです。
「やっぱりね・・・・・・私と同級生じゃないかなと思ったわ」
彼女は、大きな瞳で私の顔をじっと見つめてから、ひと休みするように、積み重なった三段ほどになった布団の上に軽やかに腰を下ろされました。
「どこの高校ですか?」
同級生と知って、私は少しだが気持ちが落ち着いてきて、美登里お嬢さまが通われている学校名を訊ねました。
実をいうと、彼女は自分よりも2~3歳は上かもしれないという印象があったのです。
「東京の学校よ」
美登里お嬢さまはちょっと誇らしげに答えられ、優雅に脚を組み替えられました。
そのはずみでワンピースの裾が捲れ上がり、白い膝がチラッと覗きました。
見てはいけないものを見たような気になり、私は慌てて目を逸らしましたが、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていました。
美登里お嬢さまは、東京に在る女子校の名を告げ、
「聞いたことある?」
と、尋ねられました。
「えっ、それって・・・あの有名なお嬢さま学校でしょう。知っていますよ、誰でも・・・・・・」
あまりにも予期していなかった校名を耳にし、私は呆然となり、彼女の顔を見直しました。
目の前にいるのが、あの超有名な高校の生徒だと思うと、なんだか夢を見ているような気がしたのです。
そんな話がきっかけとなり、私たちは友達のように気安く言葉を交わすようになりました。
旅館の仕事は思ったよりも重労働で、多少の疲れを覚えていても、通りがかりの美登里お嬢さまに、
「西山くん、大丈夫?」
と、明るい声をかけられるだけで、たちまちヤル気が出たものです。
深夜、誰もいなくなった大浴場の湯を抜き、タイル掃除をしている私のところへやって来られ、
「お手伝いしようかしら」
と、言ってくれたりもしました。
美登里お嬢さまの優しい心遣いがとてもうれしくてたまりませんでした。
1週間目ぐらいのことでした。
「ねえ、西山くん、布団部屋へ来て・・・・・・わたし、疲れちゃったし、気分転換に少しお話をしましょうよ」
浴衣に着替えた美登里お嬢さまから、こっそり耳打ちされたのは、午後の3時頃でした。
泊り客が帰った後の一番静かな時間帯です。
ほんとうは、この時間に昼寝でもして疲れを癒しておいたほうがいいのですが、彼女から誘われると、私は何よりもそれを優先したい気持ちでいっぱいでした。
「あのさ・・・・・・」
私が布団部屋に行くと、彼女は馴れ親しく私を手招きしてくれました。
その言い方は、私の田舎ではあまり使われない都会風の言い回しでしたから、きっと東京弁のイントネーションだったのでしょう。
「なんですか?」
私は誘われるままに、積まれた布団をソファ代わりにして、彼女と並んで腰を掛けました。
浴衣の胸もとからでしょうか。
香水のさわやかな香りが漂ってきて、私はなんだかそわそわと落ち着きを失いました。
「西山くんって、女の子にモテるんでしょう?」
そう言うと、美登里お嬢さまは、なんと、私の頬を横から指で軽く突かれたのです。彼女が、そんなに親し気な態度を見せてくれたのは、それが初めてでした。
頬が電撃を受けたように熱く感じました。
「そんなことないですよ」
私は謙遜して言いました。
あまり好きでもないクラスの女の子から、ラブレターを貰ったことは何度かありましたが、それがモテたと言えるかどうかは定かではありません。
「仲居さんからの伝言だけど・・・。女性グループで宿泊をいただいている 睡蓮 のお客さんが、西山くんに遊びに来るように言っておられるらしいの・・・・・・」
今朝、布団を上げに行った時、私はその部屋の客からチップを貰ったのを思い出した。
少しふっくらされ、30代後半を思わせる都会風の小粋な感じの女性でした。
「もちろん、 彼は忙しいから ってお断りしたらしいのよ。まあ、そのお客さんは、それで納得されたんですけど・・・問題は、うちの仲居さんの中に西山くんのことが好きな女性がたくさんいるらしいのよ」
「まさか!? そんなことはないでしょう」
旅館にはたくさんの仲居さんがいましたが、私に色目を使ってきた女(ひと)は記憶にありません。
「西山くんは、夢中で仕事をしているから気づかないだけなのよ。仲居さんの控室なんかでは、西山くんと、その・・・、なんて言うかさ・・・・・・、つまり、ストレートな言葉で、噂し合っているんですってよ」
美登里お嬢さまは、唾をのみ込んで、私の顔色を窺われました。
私が仲居部屋の猥雑な空気をどのように、想像したのか? 反応を見られたのでしょう。
「ストレートな言葉って?」
ほとんど無意識に、私はオウム返しに尋ねました。
「うふふふ、イヤね、西山くんたら・・・・・・。わたしの口から、そんなきわどい言葉を言えるわけないじゃないの。・・・・・・でも、そういうのんびりした性格だから、女性にモテるのかもしれないわ」
彼女は頬をぽっと赤くして、かすかに頭を私の方に寄せてこられました。
「わたし、西山くん、見直しちゃった」
顔を上げ、卑猥なこと想像している私を見上げられました。
「みんな、面白半分なんですよ」
私は、間近に迫った彼女のかわいい唇に動揺し、そんなことを口走っていました。
「面白半分なんかじゃないわ。だって、西山くんって、たしかに凄くセクシーですもの」
美登里お嬢さまの唇がまっすぐに伸びてきました。
「あっ!?」
私は突然の行為におどろきました。
つづく