女子高生が同性の痴漢に遭い、戸惑いながらも流されていく話
ノクターンの『儚き異能は心を映す』と同世界観ですが、キャラの重複はないので
・異能者のいる世界
・異能者専用の学校もある
の2点だけ把握していればお読みいただくのに支障はないと思います
※ノクターンにも投稿しています
……やっぱり、寮に入ったほうがよかったかなあ。
高校合格を機に電車通学になって二か月と少し。
六月に入り、夏服になったことで身体は軽くなったものの、気温のせいか車内の息苦しさはむしろ増した気がする。
能力者──『落とし物』の憧れである私立紫鳳学園に合格できたのは嬉しい。
初めて制服を手にした時は柄にもなくこみ上げるものがあったし、今でも他校の生徒から羨望の眼差しを向けられると得意な気分になる。
ただ、通える範囲だからと自宅通学を選んだのは失敗だった。
体育か武道、戦闘訓練のどれかが毎日必ずあるので帰りはくたくたになる。できることなら朝から疲れたくはない。
まあ、後悔しても今からすぐにどうこうできるわけもなく。
せめて一学期は我慢しよう。
それでも無理だと思うようなら両親に相談すればいい。最近、毎日のように思っていることを頭の中で繰り返して、少しだけ気分を持ち直した。
幸い、今のところ一番困る「アレ」には遭遇していないし。
紫鳳の制服を着ている=格闘技を習っているなので警戒されているのか、羽衣にはそうする価値もないのか。
さすがにそれはないと思いたい。中学二年生の時、けっこう格好いい先輩から告白されたことだってある。
あの時はなんとなく断ってしまったけれど、付き合っておけばよかっただろうか。
付き合いの浅い友達からは「卯月さんって意外と冷たいよね」と言われ、親しくなってくると「羽衣の距離感って気持ちいい」と言われる。少々淡白すぎる性格も彼氏ができれば少しは変わるかもしれない。
いや、彼氏はともかく、別に痴漢はされたくない。
ただ、どうせいつか経験するなら早いほうがいい。今のうちに慣れておいたほうがあとあと対処に悩まなくてすむ。
……なんて、こんなことを考えているから「意外と冷たい」とか言われてしまうのか。
そんなふうに自嘲した時。
「っ!?」
そっとお尻に触れてくる手の感触が、羽衣の身体をぴくんと跳ねさせた。
◇ ◇ ◇
触られた。
撫でられてはいない。ごくごく軽く触れられただけ。過剰反応してしまったのは「そのこと」について考えていたせいだ。
もしかして、痴漢?
電車に乗る時は注意しなさい、とはよく言われる。
実際、中学時代の友達にも経験者はいたし、テレビでもたまにこの手の裁判の話を聞く。
羽衣のところにもついに「それ」が来たのか。
それとも、たまたま?
この混雑だ。
うっかり手が触れてしまっただけかもしれない。故意ではないのなら殊更騒ぎ立てるほうがおかしい。
でも、もし痴漢だったら?
苦しいのを承知で首をひねってみる。
後ろに立っている人物がちらりと見えた。レディーススーツ姿の綺麗な女性。堅苦しい正装ではなく、ブラウスにお洒落な刺繍があしらわれたカジュアルな装い。
ファッション系、あるいは美容系の職業だろうか。
緩くウェーブのかかった髪も豊かな胸も羽衣とはまるで違う。まさに大人の女性といった印象で、少し憧れを抱いてしまう。きっと男からも人気があるはず。
とても痴漢なんてするようには見えない。
じゃあ、やっぱり気のせいか。羽衣は根拠もなく安心して視線を戻し、
「……やっ!?」
また触られた。
今度は指じゃなくて手のひら。上げてしまった声に自分で驚くも、周りの人は誰も気づいていないようだった。
良かった。
ではなく、さすがにこれは気のせいじゃない。
誰かと付き合ったことのない羽衣にとって他人にお尻を触られるのなんてほとんど初めてだ。小学校の頃とかなら男子相手にあったかもしれないけれど、高校生になった今では話が全く違う。
こういう時はどうすればいいんだっけ。
お尻に当たっている感触のせいで頭が回らない。
必至に考えている間に痴漢(仮)はゆっくりと手を動かし始めた。
表面をなぞるような優しい手つき。
痛くも苦しくもないものの、知らない誰かからの接触にはただ困惑しかなかった。糾弾してやろうと決めて息を吸い込み、声を出すぎりぎりのところで気づいた。
それで、誰が痴漢なんだろう?
右隣にいるスーツのおじさんか、それとも左隣にいる若い会社員か。
この人痴漢です、と言えないのでは説得力がない。お尻を触っている手を掴めればいいけれど、この人混みでは腕を回せそうにない。
糾弾した後も問題だ。遅刻は確定。駅員にいろいろ聞かれ、警察にも行くかもしれない。解放された後は学校にも報告しないといけないし、クラスメートからもいろいろ聞かれる。
痴漢がなかなか捕まらない理由がわかった。
羽衣は内心、手間と不快感を天秤にかけて、
「怖がらせてごめんなさい。でも、ひどいことはしないから安心して」
「……えっ」
耳元で囁かれた高い声に思考を停止させた。
◇ ◇ ◇
シャンプーか香水か、ほのかな柑橘系の香り。
背中に触れる柔らかな感触は男性のそれではありえない。
「ちゃんと気持ち良くしてあげるから、大人しくして。ね?」
「っ」
穏やかな声音。
再び動き出した痴漢──女性だから痴女?──の手つきは宣言通り、今までよりも丁寧だった。
ベッドの上で恋人に対してするような、それ。
囁き声のくすぐったさが初めての感覚を増幅して、そのまま流されそうになる。
痴漢は駄目だけど、女同士なら。
暴走されても「最悪の事態」にはならない。
それに「女の人に痴漢されました」なんて言っても信じてもらえないかもしれない。同性相手だったという事実が天秤を一方へと傾けた。
小さく息を吐いて力を抜くと、女性は嬉しそうにくすりと笑って、
「ありがとう、私を受け入れてくれて」
「やっ」
受け入れたわけじゃない。
言い返そうとする寸前、細い指が薄手のタイツと、その下にあるショーツに触れる。体温がじわりと伝わってきて身体の緊張をさらにほぐしていく。
気付くと、胸がドキドキしていた。
混雑した電車内に自分たちしかいないような錯覚。
寄り添われているだけなのに、抱きしめられているような安心感がある。ほのかに香る匂いも男性の汗の臭いに比べたらずっといい。
手は止まらずに動き続ける。時間にしたら一分程度。けれど、体感ではとても長かった。
触れられるほど、触れられた箇所が敏感になる。温かさが全体に広がって共鳴するように大きくなっていく。次に同じ場所へ触れられると前よりはっきりとした刺激が来て身体が跳ねた。
「気持ちいい?」
「────」
電車の中で無理やりされるのなんて嫌に決まっている。なのに、否定の言葉を返せない。
お腹の奥からじわり、と溢れてくる感覚を覚えて、羽衣はきゅっと唇を結んだ。なんでもない風を装い、思い出したように外の景色に目を向ける。
あいにく、景色なんて全然楽しめなかったけれど。
ふう、と、どこか残念そうな女性の吐息。
そっと手が離れる感覚に「終わったの……?」安堵しかけた瞬間、
「……っ!」
今度はお尻ではなく足の付け根。
指先だけで触れ、さするように動いたと思ったら円を描くような動きに変わる。触れるか触れないか。フェザータッチというのだったか。電車の振動の中とは思えない繊細さだ。
優しすぎる、と言ってもいい手つきに羽衣はむず痒さを覚えてしまう。
と、指はまた離れて腰に近い位置へ。
広がっていく温かさ。性器から離れた場所ではあるものの、羽衣の若く滑らかな肌は少しの刺激もしっかりと受け取って反応してしまう。
息が苦しい。
緊張のせいで呼吸が荒くなっているのだ。けれど、口を開いたら変な声が出てしまうかもしれない。必死に声を我慢しながら少しでも気持ちを落ち着けようとする。
そんな羽衣の考えを見通しているかのように、女性の指は下へと滑った。
お尻の間を通ってさらに下、ショーツのクロッチ部分へ。
「───っ!」
声はなんとか我慢したものの、身体が跳ねるのまでは抑えられなかった。触れられた状態で腰を揺らせば自分から身体を押し付けているようなもの。くち、と僅かな湿り気が奥から外に出てくるのが感覚でわかる。
「嬉しい。感じてくれてるのね?」
「ち、が……っ」
言い返す声にも力が入らない。
ここまで来るともう「ただ触っているだけ」とは言えない。マッサージの域もとっくに越えてえっちなそれに変わっている。それとも最初から羽衣の未発達な性感を開かせるのが目的だったのだろうか。
どっちにしても、羽衣が感じてしまっているのは事実だ。
自慰ですら羽衣はそれほど経験がない。どうしても我慢できなくなった時にするくらいで、あくまでも生理現象への対処。しかも、人に触られる感覚は自慰のそれとは全然違っていて。
こんな場所じゃなかったら。
相手がちゃんとした恋人なら幸せな経験になっていたかもしれない。
初めては失敗しがちだと聞く。なのに、これだけ感じさせられてしまっている時点で、彼女はきっと上手いのだ。
気持ちいい。
もう、心の中でさえ否定できない。
認めてしまうと身体はどんどん言うことをきかなくなった。肌はますます敏感になって、与えられる刺激以外がわからなくなる。
ふう、と、首筋に吹きかけられた吐息でさえ信じられないくらい感じる。
意識を集中していないと声を抑えることすらできない。羽衣は小さく痙攣を繰り返しながらドアに額を押し付けた。
走行音のおかげで二人の行為は誰も知らない。
中途半端にめくれた状態のスカートも人混みのおかげで誰にも見えない。人がいっぱいの場所なのに二人きり。人がいっぱいだからこそ逃げ場がない。背徳的で限定的な閉鎖空間。緊張が興奮へ変換されて感度をさらに高めていく。
早く、終わって。
こんなの長くは我慢できない。
染み出してきた愛液は無視できない量になってショーツを濡らす。冷たい感触にぞくっとする。羞恥から頬を染めながら「気づかないで」と願っているうちにくち、くち、と水音は大きくなって。
もう、周りにも聞こえているんじゃないか。
感じているのが耳なのか肌なのかわからなくなりながら、半ば無意識に足を閉じて、
「~~~っ!?」
動いた拍子に指の先が敏感な突起に触れた。
甘い痺れ。大きく息を吐き出すことで喘ぐのを堪える。けれど呼吸はもう誤魔化せない。熱を帯びた息を繰り返し吐き出しながら、視界がぼんやりしてきたのを感じた。
「可愛い」
後ろから横顔を覗きこまれ、羽衣のあそこに触れていない方の手が唇に触れてくる。
ぞくぞく、とさらなる痺れ。
唇が性感帯だったなんて初めて知った。思わぬ快楽にもう口を閉じることすら難しい。そんな羽衣の中に指が二本、潜り込んでくる。指先がつん、と舌先に触れて味覚と触覚を刺激。
人の指に味なんてないはずなのに、甘い。
それに、熱い。
それともこれは羽衣の口内に熱がこもっているせいか。
「ん、ふ……っ」
「いい子だから、できるだけ声は我慢してね」
指を舐めさせられるなんて。疑似的に「あれ」をさせられているみたいで恥ずかしい。男の指だったら絶対嫌だけど、同性の指ならまあ、それほどでもない。
それに、確かにこれなら声は抑えられる。
癪ではあるものの、ここは従うことにする。羽衣は指をくわえるようにして唇を閉じると荒さを抑えきれないままに呼吸を繰り返す。ふーっ、ふーっ、と吐き出される息は興奮しているのが丸わかりだ。
トンネル。
暗くなった窓に映る羽衣の顔はすっかり発情しきっていた。こんな自分の顔、当然ながら見たことはない。ものすごく恥ずかしくなると同時に感度がまた一段階跳ね上がる。
知らず動いてしまう舌が丸く切り揃えられた女性の爪と滑らかな指先の上を滑って唾液で湿らせ、甘い刺激が身体を満たす。
羽衣のあそこも、もう。
愛液の量は少しずつ確実に増えていた。刺激されるたびに腰が跳ねるのも止められなくて、自分が立っていることすら忘れそうになる。見ている景色がわからないどころか見えているのかもわからない。
浮いていると同時に落ちていく。
自分の部屋でひとりでした時にほんの数回だけ到達したことのある感覚。もうすぐ幸せな頂きに到達できるという確信を抱いた羽衣は「駄目」と思うと同時に「早く」とも思う。
早く。
それで終わるなら、もういいから。
両手をドアと自分の間に潜りこませ、軽く押すようにしてほんの少しだけ身体を後ろへ。女性とより密着すると、相手もまた鼓動を早めていることに気づいた。
呼吸音も少しだけ早い。
興奮、してるんだ。
羽衣を狙うということはそっちの趣味なのだろうか。同性でも他人の興奮した様子なんてなかなか見られない。大人の人なら猶更なので不思議な気がした。
それと、相手も同じなのだという安心感も。
「いきそう?」
囁く声にもどこか高揚があって。
「いいよ。いくときの顔、見ててあげるから、そのままいっちゃえ」
許された。
この人に許可される筋合いはないはずなのに、心の壁の最後の一枚が崩されていく。熱と甘い痺れが全身を伝わって、一秒ごとに深く浸されていく。
いく。
絶頂することしか考えられない。女性に軽く身を預けるようにして力を抜くと、その瞬間、上っていくと同時に落ちていくような感覚にすべてが支配された。
ほんの一秒か二秒。羽衣の世界から快楽以外の全てが消えた。永遠のような一瞬が終わると快楽の頂から意識が徐々に降りてくる。快感はすぐには去っていかず、ぴくん、ぴくん、という震えもなかなか収まらない。
ふう、ふう、と吐き出す息には陶酔があり、下着の染みは気づいたらもっと大きくなっていた。
こんなに感じちゃうなんて。
今日の夜はこれを思い出して一人でしてしまいそうだ。
痴漢なんてひどいと思うけれど、気持ち良くして「もらえた」のには感謝していいかもしれない。
運動で汗をかいた時のために下着の替えは持っているし、学校に着いたら履き替えればいい。脱いだ下着にできたえっちな染みをみてえっちな気分にならないように気をつけないと。あと、匂いで気づかれないようにビニール袋かなにかがあるといいんだけど。
気付くと、電車は減速し始めていた。
反対側のドアが開く。
降りていく客と乗ってくる客。この電車は降りる客のほうが多いので少しゆとりができる。
同時に、入りこんできた外の空気に頭が冷えた。
「───」
今まで、何をしていたんだろう。
冷静になった自分が異を唱える。相手が女性だからっていいようにされて、電車の中でいかされて。紫鳳の生徒が何もせず、されるがままだなんて許されない。
口の中の指を吐き出し、預けていた背中を離す。
できたゆとりを最大限に使って身体を反転。ようやくはっきりと相手の顔を見つめた。
素だとちょっと冷たく見える羽衣の顔とは対照的な、優しげな容貌。
スーツ姿でなければ大学生と間違えたかもしれない。喫茶店かなにかで話しかけられたら初対面なのについつい応じて、そのまま一時間くらい話し込んでしまいそう。
同時に大人の色気もある、ずるいタイプ。
こんな人が痴漢するなんて。
いいように絶頂させられてしまった自分への苛立ちを相手への怒りに変換すると、きっ、と強く睨みつける。
「離れてください」
思ったよりもボリューム小さめの声は一人にしか聞こえなかっただろうけれど、それで十分。
嫌がっていることは伝わったはず。なにより終わったのだから付きまとわれる理由はもうないのだ。
なのに。
「どうして? 気持ち良くなかった?」
また、声と匂いが近くなる。
向かい合ったせいで相手が良く見える。キスできそうな近さ。変なことを考えてしまいそうになりながら「このままじゃ駄目だ」と思った。
このままだとまた流される。
目的の駅まであと数駅。触られてから絶頂させられるまで一駅だった、というのが信じられないけれど、このまま一駅ごとにいかされたら身がもたない。
何より、そんな簡単にいいようにされるとは思わないで欲しい。
やりたくなかったけれど、実力行使。
能力者──『落とし物』には個人ごとに異なる異能、あるいは超能力のようなものがある。
ある者は身体能力を強化し、ある者は相手の心を読み、またある者は怪我を癒す力。
羽衣の能力は「触れた対象を冷やす」こと。急速冷凍するほどの力はないものの、真夏の炎天下でも氷を維持できるくらいには冷たくできる。
決行は電車が動きだした時。
自由になった両手で女性の腕を掴み、能力を発動。
両腕から伝わった冷気は相手の身体を冷やす。誰だって寒いところでは行動が鈍るし、急な寒気は風邪を連想させる。興奮は冷め、えっちなことをする気分ではなくなるはず。
痴漢されたとはいっても女の人相手だし、叩くのはさすがに駄目だけど、このくらいなら──。
「……え?」
と、思ったのに、
「ふふっ。どうしたの?」
相手はまったく堪えなかった。
むしろ羽衣のほうへ一歩踏み込んできて、距離が縮まったせいでお互いの腕が下りてしまう。
手のひらからはじわりとした「熱」。
もしかして。
目を見開いた羽衣の耳に正解を告げる囁き声が来た。
「私もね、学園の卒業生なの。能力は温めること」
羽衣と反対の能力。
「自分の身体を温めれば寒いのも平気だし、他の人の身体に使えば少しだけ緊張をほぐしたり、安心させたりもね」
「っ、それで……っ!?」
たびたび感じていた温かさの正体はこれだったのだ。
実際、大きな効果ではなかったのだろうが「能力によって感じさせられた」という事実に憤りを覚える。
相手の技術だけでいかされた方がまだよかった。
やっぱり「続き」をされるのは嫌だ、と、大きな声を出そうとして、
「っ!?」
あっさり腕を振りほどかれたかと思うと、くいっと顎を持ち上げられ、開きかけた唇にキスされた。
柔らかい。
ファーストキスはミルクの味がした。キャンディでも舐めていたのだろうか。甘味に心が解きほぐされ、抵抗がほんの少しだけ鈍る。
僅かな隙に舌が入ってきて、舌が絡まる。
甘い。
電車の中で、女の人とキスしてる。
絶頂の余韻に同性同士のキスを「気持ちのいいこと」と錯覚し、身体から力が抜けそうになる。押しのけるように身を離そうとしても女性は見た目以上にしっかりとした体幹でびくともしない。
学園で三年間みっちり鍛えられればたとえインドア系でも心得のない一般人くらいは軽く制圧できるようになる。年上の先輩相手では分が悪く、しかも能力でも対処できない。
もう、どうしたらいいのかわからない。
お互いの唾液が混ざりあい、唇が離れた途端に糸を引く。
キスは一分近くにわたって交わされた。呼吸の仕方がわからなかったせいで息は荒く、紅潮した頬のまま女性を見上げる。
綺麗な目。
状況を忘れて魅入られていると、向こうから見返された。
恥ずかしくなって俯くと、女性の左手が羽衣の頭の横に置かれて、
「ん……っ」
右手がスカートの中に潜り込んできた。
「やっ」
「そんなこと言いながら、全然抵抗できてないけど?」
指摘されると余計に手が止まってしまう。相手は構わず動いて、手はタイツの中へ。止めようと腕を掴むとその温かさにぎょっとする。
タイツが軽く下ろされ、指がショーツに直接触れた。くちゅ、と、愛液が滲む音。
声が出せない。
こんな状態を誰かに見られたら羽衣のほうが変に見られる。
それに、温かな手が前後するたびに心地良さが来て、このままされていたくなってしまう。一度冷静になったはずなのにこれでは逆戻りだ。
この人、本当に上手い。
一度、いってしまった身体は快感を受け止めやすくなっている。
女の子の身体は何度でもいける。理屈としては知っているけれど、いった後の身体をいじったことはない。
自分ですると気持ちよくなるほど手が止まって一度いくのも一苦労だったけれど、人に「してもらう」のならそんなことは関係ない。
もう一回いかされたら、どうなっちゃうんだろう。
いけないとわかっているのに想像が止まらない。
そもそも、もう打つ手なんかない。なら、もう。
最初から気が済むまでさせるつもりだったんだからそこに戻るだけ。そう考えたら気持ちが楽になって、代わりに抵抗する気力が消えていった。
仕方ないんだから。
心の中で言い訳しながら女性を見上げる。
「この電車、どんどん人が少なくなるから……」
「知ってる。だから、早めに済ませてあげる」
人混みに隠れていられるのは次の駅までか、その次の駅まで。
それまでには終わる。それまでには終わらせてもらえる。
どうせ女同士なんだから、構わない。
「私の背中に腕を回して」
「んっ……」
言われた通りにすると、胸が触れ合うくらいに密着した。羽衣のものよりずっと柔らかいそれを肌で感じながら、お互いの鼓動を重ね合わせる。いい匂い。
汗臭さも無骨さもない、女性の身体。
ついに下着の奥まで潜りこんできた指に、はぁっ、と大きく息を吐き出す。
物欲しそうに震える唇にもう一度キスされると、前回と同じかそれ以上の夢心地へあっという間に導かれた。
気持ちいい。
もう言い訳もできない。
この人ならきっとどこまでも連れていってくれる。いつの間にかこの状況を肯定し始めている自分に気づきながら、羽衣は夢中で舌を絡め、唾液を味わった。
重なった唇の間で吐息が混ざる。
密着したことで指がより深くに届く。十分に湿り気を帯びたそこは女性の細い指を簡単に呑み込んだ。
いやらしい音が周りにまで聞こえていないだろうか。
でも、やめて欲しくない。
もっと、という気持ちを伝えるように唇を押し付けると、指の動きが少し早くなった。全身の感覚を気持ち良くなるためだけに使う。
戦闘訓練を受けている時でさえこんなに集中したことはないかもしれない。
身体が熱い。
能力のせいか冷えやすい身体に熱がこもっている。能力を使えば冷ますことはできるだろうけれど、今はしたくない。
いかせて欲しい。
自分の中にこんな欲があったなんて知らなかった。彼女は「これ」を知っていて羽衣を狙ったのだろうか。目覚めさせたのさえ意図的なのだろうか。
どっちでもいい。
ただ求めて、身を任せて、ふわふわと、ぐるぐるとした感覚の中に身を投じる。
甘い。
浸っていられるのはきっと、この人が相手だったおかげだ。男子が相手だったらその力強さに堪えなければいけないけれど、女同士ならそんな心配はない。
女同士なら。
びくっ、と身体が大きく痙攣。
来る、と思うと同時に女性の舌と指がめいっぱい激しくなった。
真っ白になる。
電車が減速し始めるのを感じながら、羽衣は一回目以上に心地いい絶頂を覚えた。
波が引くまでの時間がまるで永遠のように感じられた。
きっと、今日のことは一生忘れられない。男の子より女の子が好きになってしまったらこの人のせいだ。
ようやく離れた唇からる涎がこぼれそうになったところを女性の指でぬぐってくれる。
気づくと電車は動きだしている。
乗客がまた減って、人数はギリギリ。でも、キリがいいしここで終わりだろう。思ったところで潜り込んだままの指がまだ動きだした。
もう片方の手が下りて背中に回される。
抱きしめられるのかと思ったら、夏服のブラウスの上からブラのホックが外されていく。同性で、かつ慣れているからこそできる器用なテクニック。
「って、さすがにブラは……っ!」
「でも、まだ物足りないんじゃない?」
物足りないわけがない。これ以上やられたら本当に戻れなくなる。
なのに羽衣はブラがずらされるまでなにもできず、ブラウスのボタンが二つほど外されるのを黙って見守ってしまった。
絶えず供給され続ける快感のせいで頭が働いていないせいだ。それ以外にあるわけないと言い聞かせながら乳首への刺激に甘い吐息を漏らした。
どうして、こんな。
自分で触るのとは全然違う。知らなかった快感が次から次へと流れ込んできて、羽衣を作り変えていく。もう、女性の手は愛液でしっとりと濡れてしまっているのではないだろうか。
足がふらふらして立っているのも辛い。
顔を押し付けるようにして体重を預けると、彼女の匂いがいっぱいに感じられた。
目を閉じて気持ち良さを存分に味わう。
三度目の絶頂は激しさはないものの、深くゆったりと浸るようでとても心地よかった。
今度こそ指が引き抜かれ、スカートやブラウスが整えられていく。器用にブラのホックまで留められて、制服はほとんど元通り。
「ごめんなさい。つい、やりすぎちゃった」
「……そんなこと」
反射的に答えてから気づく。
無理やり痴漢してきた人をどうして庇っているんだろう?
すっかり変わってしまった気持ちに戸惑いながら、しがみついたままになっていた身体を慌てて離した。拗ねたような表情で睨みつけると気にした様子もなく見つめ返される。
恥ずかしい。
子供っぽい自分が嫌だ。あと数年したら自分も彼女のようになれるのだろうか。
「あの」
まとまらない気持ちを抑えきれないまま、囁くように尋ねる。
「どうして、私だったんですか?」
どういう答えを期待していたのか。
思いつく前に答えを聞いてしまったので、それは結局わからないままになってしまったけれど、
「一目惚れだったから」
囁き返された答えは、まるで恋のように蕩けていた。
だから、もう理想なんてどうでもいい。
胸がさっきまでとは少し違う高鳴りを覚え、彼女の顔に視線が吸い込まれる。
行為の最中にも綺麗だと思った目。
好きな人を見つめているからこんなに綺麗なのだろうか。
「……好きなら、普通に告白してくれればいいのに」
「そうしたら、付き合ってくれた?」
どうだっただろう。
冗談だと思ったかもしれない。その後は戸惑って、悩んで、何日かかけて答えを出したかもしれない。きっとその場合、答えはノーだ。
言葉だけじゃ伝わらないこともある。
冷淡になりがちな羽衣の心を溶かすには彼女のような強硬手段も必要だったのかもしれない。
「ずるい、です」
全部見透かされているようで。
全部上を行かれているようで。
「ごめんなさい」
別に彼女が悪いわけではないのに、彼女は本当に申し訳なさそうに謝ってから、
「大人はね、ずるいの。欲しいものを手にいれるために、いろいろ作戦を練るの。……それで、どきどきしながら実行する」
「緊張、してたんですか?」
「してないと思った?」
羽衣はふるふると首を振った。重なり合った胸の鼓動はしっかりと憶えている。
一方的なようでいてお互い様。
少なくとも今の羽衣には告白なんてできない。そう思えば、勇気を振り絞った彼女はとても頑張ったのだ。
騒音の中での奇妙な静寂。
服の乱れを直した今、二人の間に見られて困るところはない。女同士、顔を近づけ合って囁き合う光景はどんなふうに見えるだろう。
姉妹か、従姉妹か。
きっと恋人には見えないのだろうと思うと、少しだけ残念で。
目的の駅が近づいていることがそれ以上に寂しかった。
「あの、これからどこかでお話できませんか?」
言ってから「しまった」と思う。
案の定、女性も変な意味に捉えたのか、悪戯っぽい表情で笑って、
「まるで誘ってるみたい」
「ち、ちが……っ」
違う、のだろうか。
少なくとも話をしたかったのは本当で、場所を変えたかったのも本当。
ただ、今これからというのは性急すぎる。
お互いに忙しいのだから連絡先でも交換して別れるべきだ。
というか彼女は痴漢なのだから本当は駅員にでも突き出すべき──って、それはもう、気持ち良くして「もらえた」わけだし、終わったことなのだからいいのだけれど。
ああ、もう。
「もう絶対、こんなところでこんなこと、しないでくださいね」
今日はなんだかおかしい。
こんな状態で登校しても授業には身が入らないだろうし、運動なんて余計に無理だ。行くだけ行って医務室で寝かせてもらおうか。
思いながらまた一つ、羽衣は失言をした。
「前言撤回」
首の後ろにそっと指が当てられて「私の方から誘うから」と囁かれた。
「……今から、私の家に行きましょう?」
それは、悪魔の誘惑だった。
「でも、私、学校が」
「さぼっちゃえばいいよ」
OGが言うことでは絶対ない。それとも彼女も高校時代ずる休みをしたことがあるのだろうか。あるのかもしれない。明るい優等生に見えてその実、自由奔放な問題児。目に浮かぶようだった。
もし。
同じ学年、同じクラスだったら。友達になれていたらきっと楽しかったに違いない。
きっとタイプはぜんぜん違うけれど、だからこそ。
それとも、まだ遅くない?
「……そっちは大丈夫、なんですか?」
「私は平気。今日はお休みだから」
「え、じゃあ」
「私の家は次の駅なの。これに乗ってたのは、好きな子に会うため」
完全に付け狙われていたらしい。
やっぱり危険な人だった。そんな人にまんまと捕まって絡めとられてしまった羽衣にも責任はあるのだけれど。
断り文句を完全に封じられてしまった。
そもそも、心の中ではとっくに答えが決まっている。
一日くらいならサボってもきっと、大丈夫。
身の危険? そんなの今更だ。
彼女の熱にあてられてしまったのだろうか。
効率的でもなければ将来必要なわけでもない。女同士なんて不自然なはずなのに、そうしたい。
「……変なこと、しないでくださいね?」
最後にそんなふうに抵抗すると、彼女は嬉しそうに唇を近づけてきた。
耳にそっと触れるか触れないかのところで唇は止まって、
「電車の中ではできなかったこと、いっぱいしてあげるね?」
「っ」
かっとなって放出した冷気は彼女の放つ暖気に相殺される。周りの乗客は急に湿度が上がったように感じたかもしれない。
この人は、本当に。
人の言うことなんて聞いてくれないし、やりたいと思ったら痴漢だって平気でしてしまう。そうして人を翻弄して、自分のペースに乗せてしまうのだ。
なのに、気づくとこんなに心惹かれている。
ついて行ったらなにをされるんだろう。
ベッドに押し倒されて、キスされて、服を脱がされて、あの優しい手つきでいろいろなところを撫でられてしまうのを想像する。
きっと声なんて我慢できない。
恥ずかしい声を聞かれて、恥ずかしい顔をたくさん見られてしまう。きっとそれくらい気持ち良くて、えっちで、濃密な時間。
はあ、と。
知らず深い息が漏れる。されている間はあんなに長く感じた一駅がもうすぐ終わる。黙っていれば次の駅を過ぎて、自動的にノーと答えが出る。
ああ、もう。
黙って待つなんてできるはずがなかった。
落ち着いたはずの身体がまた熱を持ち始めるのを感じながら、羽衣は勢いよく口を開いて、
「絶対、抵抗しますから」
女性の手を取ると、背後のドアが開くと同時に外へ出た。
後戻りできない一歩。
高揚の中、腕を引かれて唇を塞がれる。
今度こそ多くの人に注目されながら、電車のドアが閉じる音を聞いた。
電車が走り去っていくまで彼女は絶対に離してくれなくて、
「そういえば名前、言ってなかったよね」
いろいろされてしまった相手の名前を、羽衣は今になって知ることになった。