※この作品はR-18です。

転がりゆく石のように   作:鮫肌猫

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オキシジェンデストロイヤー【後日談】

意識が、暗闇から引き戻される。

 

(....ここは)

 

知らない天井が、視界に映し出される。瞳の主は事件の犠牲者となったハンター....アスカロン。彼女の意識は、ゆっくりと覚醒していた。

 

(....うん?いや、待て、何かおかしい)

 

何事にも先行して思考の表層に浮かんだのは疑問だった。不思議な感覚だったが、つまる所彼女の思考というのは、こうだ。

 

(なんというか、私。ま(・)と(・)も(・)すぎないか?)

 

そんな疑問が生まれた辻褄を合わせるように、過去の経験が思い返される。恐怖に打ちのめされ、されるがままオキシジェンによって犯され続けたその瞬間が。しかし....

「....う....」

 

少し呻いただけで、その記憶を受け止める。無理をしている訳ではない。ただ、過去の恐怖というものを、彼女は物語の中で展開されているテレビの番組を見るような、ひどく遠いものに感じていた。

 

(こんなものより、ギミーの方が....)

 

自分の中に入り込んでいる、毒に狂わされている。そう考えると、まるで恐ろしくなくなってしまった。

 

(ギミーの神出鬼没っぷりと言ったら、姿を隠してこそこそするよりよっぽど恐ろしいからな)

 

自分の思考が気恥ずかしかったのか、そうしてギミーシェルターの評価に蓋を閉め....なんとなく、首を右に倒す。居た。しかも笑顔で。

 

「おはようございます。アスカロン様。ご気分は如何ですか?」

 

「....お前は本当にどこにでもいるな、ギミー」

 

アスカロンは溜息を吐き、呆れるように首を振った。ギミーシェルターは、普段とまるで変わらない彼女の様子を見て笑みを深くする。

 

「あなたの為とあらばこの私、たとえ火の中水の中、空の上でも見事駆け付けてみせますとも!....とはいえ、此処に私が居るのは至極当然ですよ?私の家ですからね」

 

「何っ?」

 

ふと周囲を見渡す。高そうな絨毯に高そうなソファー。備え付けられたテレビは、まるで映画館のスクリーンだ。ふと、自分が身を任せているダブルベッドを意識してみる。天にも登るようなふわふわっぷりだった。

 

「お、お前....私を自分の家に連れ込んでどうするつもりだ....!」

 

「看病ですよ??」

 

そんな勘違いをされるのは流石に心外だ、という風にギミーシェルターは慌てて言い繕う。その様子を見て、アスカロンはくすりと笑う。

 

「冗談だ。例の酸素(オキシジェン)にやられた私を助けて、ここまで運んできてくれたんだろう?本当に助かった。まぁ、その、なんだ....」

 

改まって"それ"を言うのが恥ずかしいのか、彼女は毛布で顔を隠し、チラリと自らの恩人を見る。

 

「....ありがとう」

 

「....」

 

ギミーシェルターは、暫くの間、黙りこくる。それが、どのような感情によるものなのか分からないアスカロンは、少し不安げに言葉を連ねようとするが....それよりも早く、閉まっていた口を開いた。

 

「あなたは、本当に変わりませんね」

 

そう語る彼女は喜んでいるようでも、呆れているようでも、安堵しているようでもあった。アスカロンは、意味を理解出来ず反論する。

 

「変わってない訳がないだろう。お前には何もかもめちゃくちゃにされたんだからな!」

 

しかし、ギミーシェルターはそれには答えない。

 

「ずっと不思議でした。あなたが居なくなれば、きっとそれは一生の傷になるでしょう。なのに、どうして私はあなたの危険を感じられなかったのか....」

 

「なっ....へっ....!?」

 

半ば告白のような言葉を受け、アスカロンは顔を真っ赤にする。しかし彼女は、あくまでも真剣に語り続けていた。

 

「ようやく、理解しました。カリブ様の時も、今回も....あなたにとって、本(・)当(・)に(・)危(・)険(・)な(・)状(・)況(・)で(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)のだと」

 

「....何....?」

 

それはアスカロンにとって、奇妙な話だった。カリブの誘惑にはひどく心を揺れ動かされたし、今回も廃人1歩手前まで追い詰められたのだから。

 

「いやはや、本当に....ようやくです。あなたは、私の庇護が必要な存在ではなかったのですね」

 

しかし、ギミーシェルターの晴れ晴れとした様子を見て、彼女はその反論を引っ込めた。ただ、少し...

 

「なぁ、ギミー」

 

「はい!なんでしょうか?」

 

元気よく返答する彼女を、アスカロンはチクリと刺す。

 

「実はお前って、結構バカなんじゃないか?」

 

ギミーシェルターは目を丸くする。しかし、すぐ納得したように頷く。その質問に対する彼女の答えは、とっくに決まっていた。

 

「──だとしたら、それはあなたのお陰です」

 

やはり、アスカロンはまるで意味が分からないというように首を傾げる。ギミーシェルターは、彼女を優しく抱き締める。窓から入る朝日は、そんな二人を祝福するように照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が、暗闇から引き戻される。

 

(....ここは)

 

彼の瞳に映るのは、見知った天井。吸血鬼オキシジェン。複数の臓器を破損し、心臓を刳り取られても尚、彼は生きていた。

 

(....声が出ない....)

 

信じられないほどに鈍重な、傷だらけの身体を動かし、彼は立ち上がる。ふと、自分が透明である事に気付いたが、そんな事はどうでもよかった。

 

(....吸血鬼とて、ここまで頑丈なものだろうか....?)

 

片足を前に出す、という動作を長い間隔を開けて行っているような、あまりにも遅い移動の中。彼は自分が生きていた理由について考える。けれど、結論は出ない。

 

「....」

 

そのうち、彼は路地へと繋がる扉の目の前にまで到着してしまった。彼は扉のノブを掴み、体重を乗せ、ゆっくりと扉を開けていく。

 

「....」

 

その瞳は、ひどく虚ろだ。世界の支配。それがどうしようもない絵空事であるの叩き付けられた今、彼には目標が欠如していた。

 

(あそこで死んでいれば、きっと綺麗だったろうな....)

 

というような感覚が拭えない。なぜ生きようとしているのか、なぜ逃げようとしているのか。自分が生きていた理由の探索は、事ここに及んで自分という存在への考察に至っていた。だが....開かれた扉の先で、身体は動きを止める。

 

(....こんなにも....時間が経っていたのか....)

 

朝日が、オキシジェンを刺す。致死の光に照らされ、彼は地に倒れ伏す。万全の状態であれば、容易に対策出来ただろう。しかし、今の彼にとっては....絶望的としか言えなかった。

 

「っ....」

 

薄れゆく意識の中で、彼は道を行き交う人々に、助けを求めようとする。しかし、身体は動かない。声も出ない。何より、誰もその姿を見る事が出来ない。人々は、独りでに開いた扉を怪訝そうに眺めるだけだ。

 

(....私は、ここで死ぬのか?一度は生き残ったというのに、何の意味もなく....)

 

無意味。脳裏に過ぎったその言葉は、なぜだが自らの夢を思い返させる。

 

(世界の支配者....その理想の果てが、これか)

 

そこにいる存在は、吸血鬼を代表してなどいない。分子の一つが消え失せたとて、それに誰が気付くというのだろうか?

 

(だったら....友人の一つでも作っていた方が....ずっと........)

 

一度は浮かび上がった意識が、再び闇の中へ埋没していく。助けは来ない。救いもない。なぜならば──

 

 

 

酸素は鏡に映らない

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