※この作品はR-18です。

転がりゆく石のように   作:鮫肌猫

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柔く、何よりも勁く 2

「ねぇねぇ、結局私って何をすれば良いの?」

 

住宅区から外壁区へ。経済の中心地となる下層区域に差し掛かった頃、後ろをちょこちょこ付いて来ていたキリセがアスカロンに疑問を投げる。

 

「そんな事を言われても困る。そもそもお前は何が出来るんだ?」

 

「身売りとか、肉壁とか....後はもちろん、欲望の捌け口になったり、とか?」

 

キリセは、ちょっとした得意分野を発表するかのような気安さで、そう回答する。

 

「....私だって他の奴に身売りさせたり、傷を肩代わりさせるほど堕ちてはいない」

 

「じゃあじゃあ、欲望の捌け口として使っちゃう?それだったら一番嬉しいなぁ。私、アスカロンに抱かれるなら全然嫌じゃないもん」

 

「....それは」

 

無邪気に笑う少女を前に、アスカロンは考える。彼女にとっても、キリセの容姿は充分に魅力的なものだった。堕天特区には"恋人に操を立てる"などという概念も殆ど存在しない。アスカロンとて、そこまで貞操観念が高い訳ではない。ただ....

 

(なんというか、こいつは本当にこのままで良いのか....?)

 

そんな考えが拭えない。何故だか自分の事を深く慕ってくれている少女。それを彼女は単なる性欲の対象というより、初めて出来た妹分のような感覚で見ていた。

 

「....恩を身体で返すのは良いが....出来る事はそれだけではないだろう?」

 

「えーっ。そんな事言ったって私、ほんとにただの人間だよ?」

 

「元々ただの人間だったのは私も同じだ」

 

「....」

 

唐突な沈黙にアスカロンは足を止め、振り向く。キリセは、瞳をキラキラと輝かせていた。

 

「それ、もしかして私もハンターになれって事?」

 

「いや、不可能ではないというだけで──」

 

「なるよ。アスカロンの為なら、ハンターになる」

 

「....」

 

あまりにも早過ぎる決断に、アスカロンは閉口してしまう。

 

(まぁ、この潔さはハンターの資質かもしれないが....)

 

「....とにかく、お前の事は家に置いてやる。自分の行く先については、ゆっくり考えてみろ」

 

「はぁい」

 

気の抜けた返事に一抹の不安を感じながらもまた歩き出そうとしたその時、鋭敏な聴覚が近くに銃声を捉える。

 

「....!」

 

「うわっ、近い。もしかしてここに居たらやばいかな?」

 

アスカロンはキリセを庇うようにして、周囲を観察する。しかし、その目に映った光景は想定とは違うものだった。

 

男が、凄まじい速度でこちらへ走ってくる──

 

「っ、止まれ!」

 

咄嗟にそう言って、男に剣を向ける。不機嫌そうな男は動きを止める。剣による警告が意味を持っていた訳ではない。ただその状況は、彼にとっても想定外だった。

 

「....何故、ギミーシェルターの友人がここにいる」

 

「お前、ギミーを知ってるのか?」

 

アスカロンの気配が張り詰める。しかし、その男....ギノルタは彼女の様子を気にしようともしない。

 

「説明している時間はない。この場から離脱するのが先決だ」

 

「っ....!?」

 

「きゃっ....」

 

彼は即座にアスカロンとキリセを担ぎ、その場から離れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裏通りを走るギノルタは、二人を担いだ事でその速度を減じていた。重量そのものは大した問題ではない。問題なのは、二人の抵抗だった。

 

「ちょっとアンタ、いきなり何するのよ!まさか私達を奴隷屋に売る気!?」

 

「怪我で動きが鈍っている時を狙うとは卑劣な....!何をされようとも、私はお前のような連中には屈しないぞ!」

 

「....」

 

騒ぎながら全力で抵抗を続ける二人に、ギノルタは顔を顰める。普段からそのような表情をしている為、気付かれる事は無かったが....

 

「俺はギミーシェルターの仲間だ」

 

「なにっ....?」

 

どうにかして剣を振ろうとしていたアスカロンの動きが止まる。

 

「そもそもギミーシェルターって誰よ!」

 

「お前が同行しているそこの女。アスカロンの仲間だ」

 

「えっ....?あっと....つまり....アスカロンとアンタは仲間だって言いたいわけ?だったらどうして私達を攫うような事をしたのさ!」

 

「放っておけば、今俺を狙っている者がお前達に対してどのような行動を取るか分からなかった。奴は....あまりにも鋭い。だから回収したまでだ」

 

「む....」

 

「むむむ....」

 

アスカロンの様子を見て、本当に敵意は無いらしいと察したのか、キリセの抵抗も止む。

 

「....つまり、お前は敵でも、私達を攫った訳でもなく....ただ、私達を助けたのか?」

 

「そうだ」

 

「「だったら先にそれを言え(言ってよ)!」」

 

「...."説明している時間はない"と言っただろう。来るぞ──」

 

その瞬間、爆撃じみた銃声と共に後方の壁がぶち破られ、隻眼の女が姿を現す。

 

「見つけたぜぇギノルタァ!そこの連中共々命置いてけッ!」

 

その女はソードオフショットガンと刀を持ち、ギノルタに迫ってくる。彼女とギノルタの速度は....ほぼ互角だ。

 

「わわっ....ちょっとギノルタ、なにあの女!」

 

「レッドツェッペリン....対暗殺に特化した"生きる伝説"だ」

 

何故か目が輝いているキリセに対し、ギノルタはあくまでも不機嫌そうに語る。しかし、その名に最も強く反応したのはアスカロンだった。

 

「まさかあの"死神殺し"の....どうしてそんな化物と敵対してるんだ!?」

 

「クワイトが雇ったんだろう。どれだけ金(クレジット)を積んだのか知らないが、正しい判断だと言える。一度身を隠した俺を追跡出来る者など、知る限りではあの女かギミーシェルターくらいのものだ」

 

「うっそぉ!いきなりそんな伝説との追いかけっこなんて....最高じゃん!」

 

「お前、私以上にハンターに向いているんじゃないか!?」

 

明らかにこの状況を楽しんでいる妹分にぎょっとしながらも、アスカロンは拳銃を構える。抱えられながらでも弾丸を当てるだけの技量を彼女は持っているが....放たれた弾丸の尽くは剣によって弾かれてしまう。相手の速度はまるで変わらない。牽制にすら、なっていない。

 

「テメェ、たかが狙(・)っ(・)た(・)だ(・)け(・)で俺様に当たると思ってんのかァ!?」

 

「チッ、化物め....!」

 

"弾薬費の無駄"と判断し、アスカロンは視線をギノルタへと戻す。

 

「おい、何か策は無いのか?」

 

「....後少しだ。この付近に....」

 

ギノルタの視界に、ビルが映る。それは、付近の建造物と同様に古ぼけた印象を漂わせるが....光が窓から漏れている。

 

「衝撃に備えろ」

 

端的な警告と共に、古ぼけたビルの3階にまで彼は跳躍し、その窓を叩き壊す。内部は、表の社会では目にもしない流通外の品々で溢れかえっていた。

 

「ぐっ....これは、ブラックマーケット?不味いぞ、この侵入方法は──」

 

耳をつんざくようなアラーム音が店内に鳴り響く。それがギノルタ達の侵入に反応しているのは明確だったが、彼は気にしようともしない。置いてあった4つの使い捨てジェットパックの内、1つを即座に破壊し、2つを解放した二人に渡す。

 

「....お、おい!?まさか....」

 

「奴は飛行手段を持っていない。上に逃げるぞ」

 

流れるような盗難宣言にアスカロンは言葉を失い、キリセは口笛を吹く。しかし、どのような反応であれ、その一瞬は追跡者にとって十分過ぎる"隙"だった。

 

「逃がすかァッ!」

 

破壊された窓からレッドツェッペリンが飛び出す。彼女に向けて即座に放たれた催眠光は、轟音によって吹き飛ばされる。直後、ギノルタの全身に穴が開き、余波によって商品棚を粉々に消し飛ぶ。魔術と科学。双方向から極端なまでの破壊力を追い求めたショットガンは、爆撃に匹敵する程の威力を秘めていた。

 

「ぐっ....!」

 

「ギノルタ!」

 

「──」

 

アスカロンは言葉さえなく、即座に行動を開始していた。呆然とするキリセを抱え、ショットガンの射程外にまで走り抜け、拳銃を構える。本来ならば援護にすらなり得ない一撃。しかし、彼女には切り札が存在する。

 

(一瞬だ、一瞬でも隙を生めればそれでいい....)

 

身体に刻まれたタトゥーが光を放つ。それは、1回限りである筈の切り札を賦活させる魔法の産物。怒りではなく、超絶的な集中によって魔力を込めた弾丸がレッドツェッペリンに放たれる。

 

「ぁン?」

 

アスカロン渾身の一撃を彼女は即座に斬り伏せる。しかし....体勢が、僅かに崩れる。

 

「へぇ、今のは中々....」

 

「──油断、したな」

 

「っ....!?テメェッ!まだ生きてッ──」

 

その隙を、ギノルタは見逃さない。レッドツェッペリンをビルの外へと蹴り飛ばし、予め放り投げていた最後のジェットパックを自分に取り付ける。

 

「飛ぶぞ」

 

「ああ、クソ。どうにでもなれだ──」

 

ギノルタは近場の窓を蹴り壊し、空へと飛び立つ。アスカロンもまた、キリセを補助しながらそれに追従する。

 

「わ....わわわ....すっごい、生きる伝説をふっ飛ばしちゃった!しかも私達ってば空飛んでる!ああもう、ハンターの世界って最高すぎない!?」

 

常人が反応するには速過ぎる刹那の応酬。その興奮が実感を伴ったのか、キリセはキャッキャと騒ぐ。

 

「....」

 

(....こんな異常な事態に何度も巻き込まれてたまるか....明らかにハンターを誤解している....とはいえ、こいつはもうハンターになる以外の道を考えていないんだろうな....)

 

心配するよりも先にギノルタの頑丈さを褒め称え始めたキリセの姿を見て、アスカロンはそう確信した。

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