音を響かせながら、無骨な金属製の階段を降りていく。現れた扉を開き、中に入る。殺風景な部屋の中で、美しい銀髪の女が剣を構えて立っている。
「誰──」
彼女は張り詰めたような緊張を纏っていたが、来訪者の顔を見て、ふと緩む。
「って....ギミー?」
「ええ、久方振りです。アスカロン様」
ギミーシェルターは、会釈と共に慇懃な笑みを浮かべる。
「お前が来たという事は....」
「ええ、指名手配は既に
「....そうか。まぁ、それは良い。だが──」
その空間....身を潜める為の隠れ家に置いてある古びたソファーにアスカロンは腰掛ける。緩んだ表情は、"自分は怒っているのだ"と表明するようにむすっとしたものに変わる。
「お前、また他の誰にも何も知らせずに計画を立てていただろう。私なんてクワイトのクの字も知らなかったんだぞ。ギミー、お前には今この場で洗いざらい吐いてもらうからな!」
「ええ、勿論。あなたには知る権利がありますから──」
ギミーシェルターは困ったような表情を浮かべ隣に腰掛ける。むすっとした顔のまま、アスカロンはほんの僅かに逡巡する。しかしその身体はすぐに全く信用の置けない、深く信頼している恋人に預けられた。
身体を撫でられ、アスカロンは早々に気を許した猫のように脱力していた。その声もあからさまに気怠げな感情を含んでいたが....真実を追求する意思は退廃していない。
「それで結局、あのクワイトとかいう連中はどうなったんだ?」
「本拠地が破壊されて尚、残党は各地に散らばっています。とはいえ、あまり憂慮する事はないでしょう。既に....危機は去ったようなので」
「....?」
確信的な言葉に、アスカロンは少し疑問を感じる。残党が残っている以上、その構造が再構築される可能性は充分にあるのだ。
「....お前たちはクワイトを完全に再起不能にする為に行動していたんじゃないのか?もしもまた復活したら、骨折り損どころの話じゃないぞ」
「それは無いでしょう。彼らの強みは独占していた名前もない奇妙な麻薬。しかし....どうやら、誰もその輸入ルートを把握していないようなのです」
「....そんな事あるのか?」
「ギノルタ様が催眠によって生存していた全ての構成員に尋問をしたのですが....成果はまるで無かったとの事で。電子上にも情報は残されておらず、新しく件の麻薬が流通する気配もなし。クワイトの首領は、催眠に掛かる事もなく暴走し、死んでしまった。確かに薬は存在しているというのに、その情報については何もわからない」
「....」
「一つ言えるのは、クワイトの裏に何かが居
「....」
「あなたに対する依頼も、ギノルタ様に対する依頼も、クワイトへの攻撃も極論としては黒幕への"揺さぶり"、という事になるでしょう。そして、確かにその黒幕は徹底的な空白という形で、私達の前に姿を現した。とはいえ、あなたがギノルタ様と合流し、あまつさえ指名手配されるとは思っても見ませんでしたが....」
「....」
アスカロンの沈黙をどう解釈したのか、ギミーシェルターはバツが悪そうに、しかし毅然とした勇気を持って彼女の手を握る。
「申し訳ありません。当然ながら、あなたが今回の件にここまで深く巻き込まれたのは全て私の責任です。報酬は弾みますし、必要ならそれ以外も──」
「....おい、ギミー」
「....」
溜息を吐き、呆れたように自分を眺めるアスカロンを見て、彼女から言葉が失われる。
「そういう事は早く言え。じゃないと、どうすればお前を助けられるのか分からないだろう」
「....はい?」
「なにが"はい?"だ!お前はこう、どうして他の誰かの手を借りる事は惜しまない癖に自分で何もかも抱え込もうとするんだ?」
「その....ええと....」
豆鉄砲を食らった鳩のように目に見えて困惑するギミーシェルターを前にしても、アスカロンの"文句"は止まらない。
「洗いざらい話した上で巻き込まれたなら、それは私の責任でもある。それならお前が謝る道理もない筈だ。なのに、勝手に失敗して勝手に罪悪感を抱くんじゃあない!」
「....」
言いたい事を言い切って満足したらしいアスカロンは、また身体を預けて"ふう"と息を吐く。そんな彼女を前に、ギミーシェルターはまた違う理由で言葉を失っていた。
「....ん....ギミー....?」
唐突に自分を抱き締めた恋人を、アスカロンは怪訝そうに見つめる。普段と比べて、その姿は弱々しいものに感じられた。
「お、おい。大丈夫か....?」
少し言い過ぎたかと心配するアスカロンを余所にギミーシェルターは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「....ごめん、なさい....」
「──」
その言葉の矛先は、ひどく曖昧だった。存在しているか分からないもの、実在すらあやふやな何かに謝っているような、そんな響きがあった。アスカロンにとって、明確に理解できる事があるとすれば....
(....ここまで真剣に謝りたいような存在が、こいつには居たのか....)
彼女の謝罪はどこまでも真摯で、それ故に底無しの絶望を孕んでいた。
クワイトの本拠地跡。そこに、仮面を被った一人の少年が倒れていた。
「....」
それはありえべからざる事だ。レッドツェッペリンによって伸された構成員は既に意識を取り戻し、各地に散っていった。だというのに、そこに誰かが倒れている事にギノルタも、レッドツェッペリンも、仲間さえも気付かない、というのは....
「....大丈夫、か」
少年が平然と立ち上がる。倒れていた期間からしてかなりの不調が想定される筈だが、彼にはその素振りもなかった。
「やれやれ。もう、この組織も使えないな。かなり上手くやっていたんだが」
その言動は、単なる新人のものとは乖離していた。指導者、という言葉でさえ釣り合わない。組織の全てを操る絶対的な支配者、とでも言うような──
「....いや、それ以上に問題なのは....」
酷薄な瞳が、虚空を睨む。
「思っていた以上に、厄介な奴が居る──」
舌打ちをして、少年は何処かへと去っていく。
後には、沈黙しか残らない。