深夜0時、アスカロンは事件現場の付近を訪れていた。ギミーシェルターから援軍と合流するように要請が入った為だ。
(....ただ、現場の近くに居るだけなのに....)
繁華街の光を掻い潜り、暗闇から、何かが襲い掛かってくるのではないか。恐怖に耐えながら、彼女は集合地点に到着する。そこには既に、一人の少女が座り込んでいた。
「....あら」
アスカロンの姿を認め、少女は純白の髪を微かに揺らし、柔らかに微笑む。無垢な少女そのものの格好と仕草だったが、笑みからは隠しきれない淫蕩さが漏れ出ていた。
「私はカリブ。ギミーシェルターから話は聞いてるわ。よろしくね?アスカロンちゃん」
「....ああ」
身体が、本能的に少しだけ、後退る。
(....こいつ、本当に大丈夫なのか?)
手元の、明らかに大量のカスタマイズが施されたマギタクトを見る。多様な魔術の行使を可能とするマギタクトは、魔術師の証の一つだ。その上、ギミーの紹介なのだから実力は申し分ないのだろうと、理解していた。しかし、アスカロンには奇妙な危機感が拭えない。
「さて、それじゃあ、早速向かいましょう?」
「ちょっと待て、ギミーの奴がまだ来ていないだろう」
「ギミー....へぇ....?」
アスカロンの反応に対して、カリブは面白いものを見たとでも言うようにニヤつく。
「....?」
「あいつは来ないわよ、邪魔をしたら悪いからって、ね?」
「....チッ、あいつめ....」
様々な経験、そして何よりヘルバウンドからの逃走を経て、アスカロンからギミーシェルターへの能力評価は、極めて高い位置に達していた。
(ギミーだって、普通に戦えるんじゃないか....?)
そう考えていたし、ヘルバウンドは三人で討伐するものだとばかり思っていたのだ。
「まぁ、いい。折角の機会だ、あいつに頼りきりじゃない事を証明してやる」
「....ふふ、期待してるわよ」
そうして、二人の姿は闇の中に溶け込んだ。
「....」
夜の裏路地。それは、アスカロンにとって恐怖の対象ではなかった。闇が如何なる存在を覆い隠そうと、自分の脅威にはなり得ないという自信。その無謀さこそが防波堤として、恐怖を受け止めていた。だが、今は違う。
「....硫黄の匂い....」
"それ"を感じた瞬間、全身に怖じ気が走る。
「典型的な出現の合図ねぇ....」
「っ....!」
アスカロンが剣を構えたその瞬間、暗がりから影が飛び出す。
「■■■■■■■ッ!!」
威圧、そして、咆哮。姿を現したヘルバウンドが、ジロリとその場の二人を睨む。だが。
(....今度、こそ....!)
硬直する身体を、無理矢理に動かす。構えを維持したまま、ヘルバウンドの下へ走り出し....
「──あなたは止まっていないと駄目よ?」
動きが、慣性ごと打ち消される。
「な──」
(足が....動かない.....!?)
「アスカロンちゃんは"次"、なんだから」
「それに、実験材料が壊れたら困るもの」
カリブのマギタクトに白の光が集まり、鞭のようなものを形成する。それは、恐怖を与え、精神を折る屈服の力の集合。
「呪い、予言するわ。あなたに許された結末は
「■■■■■ッ!!」
瞬間的な爆発。ヘルバウンドが、凄まじい速度で突進する。
「だから、私を傷付ける事も出来ない」
突進の最中、まるで空間を弄んでいるかのように、その軌道が不自然にねじ曲がる。ヘルバウンドの一撃は、地面を割るだけに留まり、隙だらけの胴体に屈服の鞭が叩き付けられる。
「■■■■■■ッ!?!?」
圧倒的な恐怖が、ヘルバウンドを苛む。怯えの中で、僅かに残った理性は撤退を選択しようとするだろう。しかし、その判断は、あまりにも遅過ぎた。
「おかわりをどうぞ」
続けて放たれた一撃が、脳天を捉える。それは、完全にヘルバウンドの心を圧し折り....
「....■■■....■■■....」
「ふふ、良い子ね」
牙を抜かれた赤い瞳の黒犬は、忠誠を誓う騎士のように、頭を下げ、平伏していた。カリブはその頭を撫で....アスカロンに、目を向ける。
「....う....ううう....」
(ヘルバウンドを....あんな一瞬で....)
アスカロン....彼女は、恐怖していた。ヘルバウンドを簡単に従わせたカリブに、そして、そのカリブに"次"と呼ばれた事に。
「ふふ──」
怪物よりも余程に恐ろしい少女が、嗜虐的な笑みを浮かべ、近付いてくる。
「やっ....やめろ....わ、私をどうする気だ....!?」
「うん?そうねぇ、ヘルバウンドは手に入ったし、依頼も終了。だったら....」
マギタクトから、桃色の光が放たれる。それは、情欲を掻き立て、心を堕落させる誘惑の光。
「後は、気持ち良くならなくっちゃ♡」
「あっ....」
光が、怯えるアスカロンの下腹部に触れる。
「お"お"お"ッ"!?♡」
幾度もの絶頂を同時に叩き付けられるような凄まじい快楽が、アスカロンの思考を洗い流す。空っぽの思考を、情欲が埋め尽くす。
「良い仕上がりねぇ。可愛いわよ、アスカロンちゃん♡」
「おッ"♡あッ"♡」
魔術によって服が破られ、全身が露出する。表情も、秘部も、全てがトロトロに蕩けたアスカロンは、痙攣する身体を動かし、カリブに股を開く。
(ぅ....ぁ....♡.....ぎみぃ....)
そうして、長く、長く。彼女はカリブによって貪られ続けた。
....依頼達成から12時間後の昼。住宅区上層。高級住宅街に立ち並ぶビルの最上階にて、カリブとギミーシェルターは杯を交わしていた。
「ふふ、今回は最高の依頼だったわ、ギミーシェルター。ヘルバウンドの素体も手に入ったし、好みの女の子とも遊べたし....」
「ご満足頂けたのならば何よりです、カリブ様」
ギミーシェルターはいつも通りの慇懃な態度で一礼する。カリブに対して要請したヘルバウンドの討伐。彼女は、その報酬として50クレジット、ヘルバウンド、そして、アスカロンの存在を提示していた。
「けれど今回ばかりは....あなた側の旨みが薄いようにも見えたわね。あの銀髪の子とか、犠牲にする必要ってあったかしら?」
「犠牲、ですか....」
漆黒の瞳が、僅かに鋭さを増す。
「....一つ質問をしても宜しいでしょうか」
「何かしら?」
「その
「あら、それは私とは関係ない話ね。だってあの子は"私のもの"じゃないもの」
カリブの返答に対し、ギミーシェルターは僅かな驚きを顔に浮かべる。
「それはつまり....アスカロンが魅了を撥ね退けた、という事ですか?」
「そうね。というか、あなた。ああいう子はもうちょっと大切に使っておやりなさい。今時あんな一途な娘はそうそう居ないわよ?」
「....勿論、私は常に皆様の幸せを考えて行動しておりますよ?」
「....えっ....いや....はぁ??」
どうやら嘘を吐いている訳でもないらしい稀代のフィクサーを、カリブは信じられないというような目で見る。
「まさか....そういう事?あなた、危険には誰よりも敏感なクセに、こういうのには....」
「....?」
「まぁ、いいわ。しかし、あのギミーシェルターが色事に疎いなんて」
ギミーシェルターに、その言葉の真意は分からない。しかし、1つだけ理解出来た事があった。
「....可愛い所も、あるのねぇ?」
この場に居るのは、危険だ。
「それでは私、この辺りでお暇させて頂きます」
「ちょっと!私はただ可愛いって言っただけで──」
カリブの言葉を無視し、ギミーシェルターはヘルバウンドに追い立てられるよりも早く最短経路である窓から退出....そのまま、ビルの下まで降っていった。
「こんにちは、アスカロン様」
「....ギミー」
カリブから逃れたギミーシェルターは、その足でカリブの犠牲者が居るであろう
「おい、ギミー。一応言っておくが....怒っているからな、私は」
「....はい。カリブ様の件については、完全に私の手落ちです。本当に申し訳ありません」
「その手落ちとやらは、あいつが私を襲った事か?」
「いえ、アスカロン様がカリブ様の下僕にならなかった事についてです」
「本当に正直に白状するなお前!」
カリブからある程度の事情を聞かされていたアスカロンは、呆れたように溜息を吐く。
「....まぁいい。兎に角、私を報酬としてあのハンターを呼んだのなら、私もヘルバウンド討伐に貢献した、という事になる。遠慮なく報酬を貰っていくぞ」
「当然ですとも。それと、これを」
ギミーシェルターは懐から100クレジットを取り出し、机に置く。
「....これは?」
「追加報酬です」
「追加報酬で100クレジット!?」
「1000クレジット程度なら引き出せそうでしたが、それはモットーに反するので....」
「1000........はあぁぁ....本当に、お前はめちゃくちゃな奴だな....」
その異様な数値に呆れながらも、"らしさ"を感じ、アスカロンはつい笑みを浮かべてしまう。そして、自らも報酬として得た100クレジットに机に置く。
「報酬は私も貰っている。後は、どう分配するかだ」
「....はて?」
その言葉に、ギミーシェルターは心底不思議そうな声を上げる。
「報酬については全額アスカロン様が受け取るのでは?」
「....はぁ?」
今度は、アスカロンが心底不思議そうな声を上げる番だった。
「....いや、それはおかしい。今回の依頼を解決したのは殆どお前の功績だ。」
「しかし、私は依頼を受けておりませんし、何より私に対する報酬はあなたのお心のままです。私のモットーは"不幸のない取引"。しかし端的に言って、今回の所業は報酬を貰えるようなものであるとは思えませんが....」
「お前、依頼云々の話なんて私に取り入る為の建前だろう。今更になって蒸し返すか?それに....お前が居なければ、私は死ぬか、再起不能になっていたんだぞ」
「いや、しかし...」
二人で依頼を受けたハンターが報酬の分配で揉める、というのは非常によくある。だからこそ大抵のハンターは一人で依頼を受ける。だが、"相手がより多く分配されるべき"という論点で揉めるのは、堕天特区広しと言えど、ちょっと見ない光景だ。
「....分かりました。そこまで言うのでしたら、最もシンプルな形で分配しましょう。互いに100クレジットを受け取る。それでどうです?」
結局、折れたのはギミーシェルターの方だった。
「100クレジット....多いな....」
「実力を高める為に使えばすぐに消えて無くなる金額ですよ。私、アスカロン様の事は本当に買っているんですから、上手く使って下さいね?」
「....そ、そうか?ふふ....」
買っている。そう言われた瞬間、彼女は途端に上機嫌になる。実際、ギミーシェルターはカリブを跳ね除けたアスカロンの評価を大いに見直していた。
「....ああ、ところで、最後に一つ。これは単純な疑問なのですが....あなたはどのようにしてカリブ様の誘惑の跳ね除けたのでしょう」
それは大きな疑問であった。アスカロンを誘惑した最初の段階で、これならば快楽に堕落し自ずとカリブの下僕となるだろうと、彼女は予想していた。だのに、意志を保ち続けるというのは並大抵の事ではない。誰かへの愛情か、或いは復讐か。一体、どれほどの情念を秘めていたのだろうか、と。
「....お前の事を考えていた」
「....ふぇ?」
普段からは考えられないような間抜け声を出し、喧しいギミーシェルターの動きが完全に硬直する。アスカロンは、二度は言わないとばかりに押し黙る。顔を赤らめながら。
「え....あ....」
ギミーシェルターは極めて高い精度で身に降りかかる危険を感知する事が出来る。だから彼女は相手の性格を掴む際などを除けば、わざわざ他人の感情を認識しようとはしない。感情の出力手段が自分にとって危険でなければ、それでいいのだ。
故に、定期確認と言うにはあまりにも長過ぎるスパンを経て、アスカロンの感情を読み....ようやく、気付いた。
「....あっ....あの」
「....なんだ?」
「....恋愛感情を持つ相手は、もう少し選んだ方が良いと思います、よ....?」
「....」
「....」
「....よっ、余計なお世話だッ!」