依頼達成から1週間後。外壁区下層、とある繁華街にて
「いまだっ!」
「いけいけー!」
「しゅぱしゅぱ」
「あっ!?」
3匹のゴブリンが、コンクリートの大地を駆け抜ける。ハンバーガー、焼き鳥、ホットドッグ。彼女らの手には、先程盗んだ三者三様の食べ物が握られていた。
「おい、待て!」
食事を盗まれた人々のうちの一人が、盗まれたものを取り返そうと追うが、ゴブリンには敵わない。結局、すぐに距離を離され、振り切られてしまった。
「....ったく、悪戯小娘どもめ....」
彼もまた、追いかけるのを諦め、自分の日常へ戻っていく。しかし、その表情は心なしか穏やかだ。
「....まぁ、あいつらなら、いいか」
連続暴行事件に怯えていたその地域において、暴行犯に100クレジットの追加賞金を掛けた3匹のゴブリンの話は瞬く間に知れ渡った。そもそも、基本報酬の100クレジットは様々な組織などが集めて合計した金額である。単独でそれに比類する金額を提示したというのは、並大抵の事ではない。タイミングも良い。ゴブリン達が追加賞金を出したその後、元凶の存在....ヘルバウンドは高名なハンターの手によって葬られたのだ。これは人々に、追加賞金が高名なハンターを呼び寄せ、事態を速やかに終息させたという印象を与えた。つまり....
「よっ、救世主!」
「助かったぜ〜、ゴブリンども」
この地域において、3匹のゴブリンはアイドル的な人気を獲得していた。彼女達に、多くの人が声を掛ける。悪意ではなく、賞賛の声を。
「....なんか、すごいことになったね」
「わたしたち、ほんとにいたずらしてるー?」
「きらきら」
盗んだ食べ物を持って疾走する自分達に掛けられる言葉に困惑しながら。彼女達はゴブリンマーケットに繋がる付近まで辿り着く。しかし....その足がはたと止まる。
「....ひぐっ....うう"っ....」
繁華街の物陰に、独りで泣く年端も行かない少年の姿があった。治安の悪い外壁区下層にて、ただ一人、周囲の警戒もせず泣いている、というのはあまりにも危険な行為だ。
「ないてる!」
「たすけよー」
「ごーごー」
ゴブリン達は、そんな少年に近付き、躊躇いなく話し掛ける。
「ないてる?」
「だいじょぶそー?」
「はらはら」
「ひっ....!?」
だが、少年は咄嗟に後退る。ゴブリンなどの妖精は、物を盗み、悪戯し、そして時に人の子を攫う。だからこそ、子供は親から何よりも先に妖精の恐ろしさを教えられるのだ。
「どうしたの?」
「ごはんいる?こわくないよー!」
「....ふむふむ」
「....あぅぅ....た、たすけて....」
少年を囲むようにしてゴブリン達が好き勝手に話す。逃げ道を失った少年はどうしたら良いか分からずにへたり込む。
そんな中、ゴブリンのうちの1匹が少年を優しく抱擁する。
「ぎゅうぎゅう。大丈夫、怖くないよ。わたしたち、安全」
「....ふぇっ....」
愛らしい褐色の裸体が、少年に押し付けられる。小ぶりな胸が、確かな柔らかさを直に伝える。怯えは、少年には理解できない感情に塗りつぶされていった。
(な....なにこれ....なんか、変だよ....)
少年はもぞもぞと身体を動かすが、ゴブリンの力には抵抗出来ない。むしろ、身体が擦れ合い、"変な気分"が強まっていく。
「よーしよーし。大丈夫、大丈夫。ね、何があったのか、わたしたちに教えて?」
「....それは....その....おかあさんとはぐれて....」
「それはたいへん!」
「みつけてあげなきゃー」
2匹のゴブリンが、親の特徴を聞くよりも早く飛び出していく。しかし彼女らにとって手がかりが"ある"事と、"ない"事にはそこまでの違いがなかった。結局、直感に頼っていれば探しものは見つかるのだ。
だから、残されたゴブリンは、2匹を信じ、ゆっくりと待つ。
「よしよし。それじゃあ、わたしと一緒にぎゅうぎゅうして──」
「....ぅあ....おねーちゃん....♡」
「....あ」
ふと、気が付く。少年のズボンの一部が、膨れている。そして、少年は膨れた部分を褐色の肌に押し付けて、ぎこちなく擦っていた。
「....♡」
その様子を見て、ゴブリンの手がズボンの中に入り込む。長い指が、優しく少年の肉棒を刺激する。
「うぁっ....♡」
少年の表情が、簡単に蕩ける。彼女は、そんな少年の耳元に顔を近付け、囁いた。
「くちゅ、くちゅ♡」
「かえった!」
「みつけたー!」
2匹のゴブリンが戻って来た時、その速度はゴブリンらしからぬものだった。しかし、当然だろう。彼女達が行っていたのは、案内なのだから。
「ああ、確かにこの子です!」
案内を受けていた女性は、頬を赤い少年に駆け寄る。
「あっ....おかーさん」
「よかった、無事だったのね!」
その女性....少年の母が、少年を抱き締める。
「本当に、良かった....」
「う、うんっ....」
母親に抱き締められながらも、少年は名残惜しそうに"行為"を終えた後、一緒にご飯を食べていたゴブリンを見る。
「ふふ」
しかし彼女は、妖艶な笑みを浮かべ、"ひみつ"というように口元で人差し指を立てた。
「これでかいけつ!」
「じゃあまたねー」
「ちゃんちゃん」
そうして、3匹のゴブリンは去っていく。再開した母と子に見送られながら。
「きょうはたのしかったね!」
「きのうもたのしかったー」
「わくわく」
ゴブリンマーケットの小屋。盗品を売り捌く店の中で、彼女達は品出しをしながら思うがままに話し合っていた。
「でも、さいきんへんじゃない?」
「へんー?」
「なぞなぞ」
「わたし、にんげんがやさしいのはわかるよ?」
「おねーさんがいってたからねー」
「うんうん」
「けど、わたしたちも、にんげんにやさしくなってない?」
「うんー?」
事実、彼女らはこの1週間で4人の人間を助けていた。元々彼女らは人間に対して敵対的ではない。気が向けば、人を助ける事もままあった。しかし妖精とは気まぐれなもの。ゴブリンは目についた困っている人間を片っ端から助けるような存在ではない。
「....それは、わたしたちが変化してる」
故に、ゴブリンの1匹は、そう結論付けた。
「うん?どゆこと?」
「わからないー」
「えとえと。わたしたちの評価が変わった。だから、わたしたちの性質が、変わった」
それは名に縛られる妖精が"変化"する方法の一つ。人々のイメージによって形作られた妖精は、イメージの変化に伴い、気質や能力が変容する事もある。これこそが、ギミーシェルターが黙っていた"穴"の正体。人類からの好意的なイメージが、実際にどっちつかずの彼女らを人類の味方に変質させたのだ。
「....それっていいことなの?」
「なんかこわいー」
「良い事かはわからない。ぐるぐる。けど....」
「悪戯は楽しい。盗むと楽しい。それを売ると楽しい。人を助けると楽しい。
「「たしかに!!」」
変質の恐怖。人生の題目にもなり得るものを一瞬で解消し、3匹は楽しそうに品出しを続ける。彼女らにとって大事なのは過去でも、未来でもなく、刺激に満ちた"今"だけなのだから。
依頼達成から1週間後。住宅区上層の豪邸にて
「....ふぅ」
広い、広い豪邸の中。最高級のソファーに腰掛け、ギミーシェルターは裸で物思いに耽っていた。
(....どうしようか)
アスカロンの告白から、彼女はずっとその調子だ。勿論、その思考を外界に出力する事は無かったが。
(....まさか、
彼女とて、交渉の為に好意を利用した事は数え切れないほどにある。だが、恋愛感情と呼べるほどの強烈な好意。そういったものについての扱いは、途端に不得手になる。信じられないのだ。自分に、そんな物が向けられる資格があるとは。
(しかも....そんな感情を抱いていた相手を、私は....)
他人に放り投げ、滅茶苦茶に穢してしまった。快楽に蕩けるのならば、それは幸せである筈だったのだ。だが、快楽に蹂躙されながらも、恋情を思い返し、自らを保ったのだとしたら....
(
それが、どうしても許せなかった。彼女の目下最大の目的は、アスカロンに、あまりにも大きいこの借りを返す事だった。しかし、本質的にとことんまで色事に疎い彼女は、その方法がどうしても思いつかない。
(私自身が性奴隷になる事も考えたけれど....)
アスカロンが恋愛感情を向けているらしい自分が、あらゆる淫蕩な願いを受け入れる存在となり、借りを返すという選択。それも考慮したが、最終的には棄却してしまった。快楽と退廃を極め、多様な性魔術を行使するカリブと比べれば、自分は体液の媚薬化以外では交渉の材料として物言わぬ道具を相手に練習した付け焼き刃しか持ち合わせていない。それでは
「....はぁ....」
溜息を付き、目の前に置かれた170クレジットを眺める。この1週間で、人脈作りのついでに得た"情報提供"の報酬だ。彼女にとってそれは大した額ではないが、アスカロンにとっては大金だろう。
「....クレジットを積んで済む問題なら良かったのですが」
既に、彼女はそれを試していた。そう、アスカロンに対して無償の資金援助を提案したのだが、あまりにも胡散臭すぎるとして、あえなく断られてしまっている。
(....本当に、どうしようか....ん?)
彼女の、少なくともピンクには染まっていない脳細胞が、何かを掴む。
(積む....数....?いや、それだ!)
「ハーレム....!」
一人で駄目なら、複数人を宛てがえばいい。ある意味、恐ろしく脳筋な解決策を、しかし彼女は真剣に検討する。
(少しばかり手間は掛かるが、
そうして、彼女は電話にてアスカロンを誘い、ノーブルシットにて合流を果たす。
「こんばんは、アスカロン様!現在、あなたの為のハーレムを制作予定なのですが、どのような相手に性的な魅力を強く感じるかについて教えて頂けませんか?」
思いっきりぶん殴られた。