※この作品はR-18です。

転がりゆく石のように   作:鮫肌猫

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酸素は鏡に映らない 2

ペラペラと紙を捲る音が部屋に響く。ギミーシェルターが我が物顔で座っているソファーは....というより、その部屋自体が彼女のものではない。しかし、責める権利を持つ者が他人に見せられない格好で痙攣している今、彼女を止められる存在は居ない。

 

「....流石にやりすぎましたかね」

 

熱が去り、自分の行動を省みたのか、同じソファーで倒れているアスカロンにチラリと視線を向ける。淫れに淫れているが、幸せそうな表情に見えなくもない。

 

「....まぁ、彼女を守るという第一目標の為でもありますし、一先ず良しとしましょう」

 

自己解決の後、彼女はまた紙に目を通し始めた。情報屋のお陰か、アスカロン自身の成長か、そこにはかなりの情報が載っている。被害者の情報。死体の発見者や、死体の保管をしている警備会社。そして、死の直前を見たという人物。

 

「....まずは、死体の確認からでしょうか」

 

紙を纏め、机の上に丁寧に返却する。写真を取ることも、資料を持っていく事もしない。既に、一言一句違わず情報を暗記しているからだ。彼女は不意にアスカロンの頭を撫でる。

 

「ぃひっ"....♡」

 

頭を撫でられた瞬間、アスカロンは奇妙な嬌声を挙げ、身体を震わせる。多量の媚薬を投与されたその状態は、気絶というより泥酔に近い。

 

「....ああ、もう....どうしてあなたは、そう可愛らしい反応を返すのでしょう」

 

撫でられたアスカロンは明らかに快楽に溺れている。しかし、放っておいた時とは違い、断言できるほど幸せな表情を浮かべていた。仕込まれた媚薬に、そのような効果はない。

 

「....本当に、どうして私なんかに....」

 

打算もない。危険も感じない。自分に向けられた純粋な好意、純粋な思慕。彼女に強く絆されているのだと、ギミーシェルターは自覚していた。しかし、その感情だけは取り消す事が出来ない。旧い記憶がそれを許さない。

 

「....ふぅ」

 

息を吐き、立ち上がる。彼女は迷い無く押入れを開き、引っ張り出した布団をアスカロンに掛ける。普段であればもう少しばかりその時間を堪能出来たかもしれないが、今はそうもいかない。

 

「....おやすみなさい、アスカロン様」

 

特に意味もなく、彼女はそう言って事務所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

堕天特区において法律という概念は殆ど意味を成しておらず、故に公的な死体の保管室というものも存在していない。大抵の場合、遺族に送られるか、廃棄物として処分されるかの2択だ。とはいえ、殺人犯を探すならば遺体は貴重な情報源....調査を行う警備会社に送られる事になる。

 

(....下層の会社、それも深夜とはいえ、随分と緩い....)

 

深夜3時。ギミーシェルターは警備会社の地下、霊安室に無断で侵入していた。隠れて侵入した、という訳ですらない。監視を行う機械の視線を"感知"し、その欠陥を突いたのだ。彼女は周囲を一瞥し、数ある引き出し内の一つを引っ張る。すると、ミイラのように干乾びた死体が姿を現す。

 

(....魔力を感じる....それも、2つ?)

 

彼女が持つ超感覚(ESP)は、魔法の残滓すらをも視認する。とはいえ、残った魔力のみで完璧に推測出来る訳ではない。透明の手袋に包まれた死人にも似た白い手が、躊躇いもなく死体を動かす。

 

(....首元....治癒魔法に特有の痕跡。傷は円状に2つ、わざわざこの傷を癒やした?)

 

あからさまな隠蔽工作。只人であれば、気付くこともないだろう。しかし、彼女の脳裏にはその言葉が過ぎる。

 

「....吸血鬼」

 

事件に関係する死体に同様の痕跡がある事を確認し、彼女はそう結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6時。通常の企業や商店が少しずつ動き始める頃。繁華街は朝日に照らされ、賑わいに僅かな陰りを見せている。ギミーシェルター、彼女はその様子を小さなビルの頂上から眺めていた。人の流れ、その矮小さを娯楽として消費している訳ではない。彼女はただ....探(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。

 

「....見つけた」

 

呟きと共に彼女はビルから落下する。壁を蹴り、凄まじい速度にまで加速し....地上に叩き付けられる。しかし、着地の衝撃は、その全てを機械の足(サイバーレッグ)が受け止めていた。周囲の人々にどよめきが広がる。

 

「こんばんは!あなたがギノルタ様でしょうか?」

 

「....」

 

ギミーシェルターは周囲の声をまるで聞こえていないかのように無視し、明るく目の前の男に問い掛ける。ギノルタ、そう呼ばれた男は不機嫌そうにそちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....何処から嗅ぎ付けたのだか知らないが、悪い夢を見ている気分だ。見えざる者に遭遇した挙句、次は貴様か?ギミーシェルター」

 

「おや....私はただ貴重なお話を聞きに来ただけ。あなた様の不利益になる事は一切しません!勿論、お約束しますとも」

 

「だと良いがな」

 

ギノルタ、そしてギミーシェルターの二人は繁華街から離れた路地裏に来ていた。本来なら夜以外でも薄暗い領域を、チカチカと球状の光が照らしている。"フェアリードローン"、妖精に見せかけた科学の産物だ。

 

「その口振りから察するに、貴様も例の正体不明の殺人犯について追っているのか?それとも、ただこの件を金に換えるつもりか?」

 

ギノルタは不機嫌そうにギミーシェルターを見つめる。彼の印象は、一瞬でも目を離せば消えてしまいそうなほどに薄い。

 

「事態の早急な解決。それが私の目的です」

 

「....ふむ」

 

端的で明確な言葉に、ギノルタは憮然とした表情を浮かべ、考え込むような仕草をし....頷く。

 

「....まぁ、良しとしよう。俺とて、犯人が分からないままでは具合が悪い。それで、何が聞きたい?」

 

「当然、"見えざる者"との遭遇譚について」

 

「....あれは、俺がハンターとして調査対象....リンボカンパニーの社長とやらを追跡していた時の話だ。夜道を歩いていると、その男がいきなり宙に浮かび上がった。そして、急速に干乾びていった。体中から全ての水分が消え失せたように」

 

「....干乾びた、ですか。その後死体の確認は行いましたか?」

 

「ハンターが、依頼を受けている訳でもないのに他の人間が得体が知れない死に方をした場所に留まると思うか?」

 

「確かに、正しいご判断です」

 

「ただ、体内の水分を消し去ったあの現象は....魔法によるものだろう」

 

「....血を隠すなら水の中、という事でしょうか」

 

「....なに?」

 

「ああ、いえいえ!こちらの話ですのでお気になさらず!それより、貴重な情報をありがとうございました!」

 

ギミーシェルターは頭を下げ、ニコリと笑う。それに対しギノルタは....ここまで来れば、半ば生来のものかもしれない不機嫌そうな顔を崩さない。

 

「50クレジット」

 

「....はて?」

 

「50クレジットで150クレジット相当の情報を教えてやる。当然、上手く行けばだが」

 

「....なるほど。貴重な情報が価値を持つのは至極当然の帰結。勿論払いますとも」

 

ギミーシェルターは当然のように懐から50クレジットを取り出し、渡す。受け取ったギノルタには、僅かに困惑の色が見える。

 

「....値切りも無しか。どうも、貴様は俺の知っている逸話と毛色が違うな....それだけ、今回の件には本気だ、という事か?」

 

「私は常に全力で皆様の幸せを考えておりますよ?」

 

「....」

 

彼はギミーシェルターの内心を探る事を諦めたのか、滔々と語り出す。

 

「どうやら、この事件と被って、強姦事件が起こっているらしい。DNA解析の結果は不明瞭、その上被害者は全員廃人になっている為に犯人は分からない。解決報酬は150クレジット....一切の証拠を残さないという点で、よく似ていると思わないか?」

 

「....ほほう。して、依頼元は?」

 

「殺人とは別だ。もしも犯人が同一ならば、追加のクレジットを得られるだろう」

 

「合計で400クレジット....大妖ほどではないにしろ、お尋ね者としては破格の....」

 

不意に、ギミーシェルターが交渉において浮かべる胡散臭い笑みが消える。彼女は咄嗟にギノルタの胸元を掴もうとし、それよりも早くギノルタは1歩後ろへと飛び退いた。

 

「....」

 

破裂音が辺りに響き渡る。ふと確認すれば、ギノルタが寸刻前まで立っていた地点には小さな穴が空いていた。

 

「....貴様の差し金ではないな。俺を助けようとしていた」

 

「ええ、この襲撃は私(・)達(・)二(・)人(・)を狙ったものです」

 

二人は頷き合い、弾丸の放たれた地点から死角になるように走り始める。

 

「貴様が付けられていた可能性は?」

 

「物理的にしろ魔術的にしろ気付くでしょうね。危険にはそれなりに敏感なもので」

 

「ならば、付けられていたのは俺だ。俺に魔力の痕跡は無いか?」

 

今まで、気配を消し続けてきたギノルタが、明確な存在感を持ちその場に現れる。

 

「いえ....感じます。どうも、追跡の魔術を受けているようです。しかし、魔術の痕跡を隠形でかき消すとは....」

 

「その俺を見つけたのは貴様だろうに。しかし、今まで攻撃の気配すら見せなかった事からして、どうも俺は釣(・)り(・)餌(・)として使われていたらしい」

 

「釣り餌....まさか」

 

ギミーシェルターは電話を取り出し、高速でメールを打ち込み始める。対象は....未だに眠っているであろう相手。アスカロンだ。

 

「それは今しなければならない事か?」

 

「必要です。どうやら、私の友人が危険な状態に陥っているようなので。その忠告を」

 

「....貴様に友人が居るとはな。だが、どうする?近くに俺の隠れ家はあるが、位置を特定されている以上、地の利を得て追跡者を殲滅するのが精々だ」

 

「....ん?ああ、私達ですか?それについては大した問題ではありません。とびきりの安全地帯を知っていますので」

 

「安全地帯だと?」

 

「付近を支配する"吸血鬼の館"。情報収集次いでに、あの場所へお邪魔になるとしましょう」

 

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