路地裏の奥地。一時的に襲撃から逃れた二人は、ギミーシェルターの先導によって小さな空き地に辿り着いていた。
「ふぅ....漸くここまで来ましたね。あの中ならば、追跡の魔法も切れる筈です」
「....ギミーシェルター。この辺りには"アリーナ"を除けば大したものはない。何を探している?」
不機嫌そうに問い掛けるギノルタに対し、ギミーシェルターはあくまで笑顔だ。
「探している?まさか。もう
白磁器の手が落ちていた石を手に取り、思い切り放り投げる。凄まじい速度で放たれた石は空き地の壁に当たる直前で停止した....ように見える。だが、違う。何も停まってなどいない。ただ、石に合わせて壁の"奥行き"が拡張していた。
「....これは....」
石が地面に落ちた時。二人の前には建造物が現れていた。それは、現実と地繋ぎになった異界。主の力を知らしめる、巨大な館だ。
「準備を、そろそろ"迎え"られます」
「何?」
ギノルタが疑問を呈した直後、視界がねじ曲がる。一瞬の混乱、しかしそれは更なる混乱によって塗り潰される。視界が正常に戻ったとき、二人は....空の玉座の前に立っていた。ギミーシェルターは、それを確認するや否や即座に跪く。
(....異界に入る事を"許可"と見做し発動する空間移動か)
即座にカラクリを看破したギノルタは、後頭部に感じる冷たい感触に気付く。
「──頭を垂れろ」
高圧的な、女の声が聞こえる。ハンターにとって、その感触がなんであるかは一目すら必要なく瞭然であった。つまり....銃を突き付けられている。
(....口径からハンドガンと推定。銃の振動からして、技術は腕利きのプロレベル。なるほど、この程度なら
ギノルタはただでさえ薄い気配を限界まで遮断し、銃を持つ女の判断をコンマ数秒遅らせる。それで充分だった。ほんの僅かな時間で彼は銃の射線から外れ、振り向く。赤髪....その認識と殆ど同時に、女に向けて特殊な光と音を放つ。
「っ....!」
"ブレインウォッシャー"と呼ばれる違法アプリが存在する。人間の脳は、膨大で新奇な情報を受け入れる事が出来ない。そうした人間の脆弱性を突き、光と音によって簡易的な洗脳を行う為に作られたアプリだ。それは本来、ハンターなどの強靭な精神力を持つ者には一切の効果を持たないが....ギノルタ、彼は魔法によって効果を増幅させた洗脳機能を、自らに"仕込んで"いた。
「武器を落とせ」
「....ぐぅっ....!?」
赤髪の女が、自ら銃を落とす。だが、如何に魔法で強化しようが、ハンター級の存在を完全に洗脳するような事は有り得ない。彼女は即座に武器を自らの肉体に切り替え、鋭い回し蹴りを放つ。
「遅い」
しかし、蹴りに合わせ、光が彼女の思考を奪う。怯んだ足を叩き落とし....ギノルタは手本を見せるように神速の回し蹴りを放った。
「がはッ──」
蹴りは頭にクリーンヒットし、簡単に赤髪の女を吹き飛ばす。女は壁に叩き付けられ、呻き声を上げる。死んではいない、明らかに手加減されている。ギノルタにとって、洗脳は淫猥な欲望を満たす手段でも、唯一の頼れる相棒でもない。便利な道具、或いは単なる武器の一つだ。
「悪いが、誰かの命令で頭を垂れるつもりはない」
「ひゅう、かっこい〜♪」
「!」
後方からの、気の抜けた賞賛。ギノルタは咄嗟に振り向く。
「まさか、オーツちゃんを一瞬でのしちゃうなんてねぇ?流石にボクもびっくりしちゃった」
空であった筈の玉座に、女が座っていた。
(....気配を、まるで感じなかった。いつの間に....)
その女は黄金の瞳を輝かせ、憮然とした表情を浮かべるギノルタをニヤニヤと見ている。気軽な様子とは裏腹に、凄まじい威圧感を放ちながら。
「初めまして、だよね?ボクはピカソ。ハンターネームは"デッド・イン・ワン"....これからよろしく、ええっと....」
「....ギノルタ」
「そう、ギノルタちゃん!」
デッドインワン。ギノルタはその名前に聞き覚えがあった。信じ難いほどの戦果を挙げた人間が"生きる伝説"と呼ばれるように、その吸血鬼は"死んだ伝説"と呼ばれ、崇められていた。
殆どの場合、吸血鬼と呼ばれる存在は魔力が世界に満ちる以前、旧い時代から存在し続けた怪物、そしてその怪物らによって"子"とされた存在を指す。だが、この館の主人、デッドインワンは違う。魔力が人々のイメージによって形作られ生まれた、
(伝説として名を馳せた妖精....元がどのような存在であったか知らないが、相応の力を持っていると考えるべきだろう)
無言で考察を重ね、突っ立ったまま不機嫌そのもののような雰囲気をまるで崩さないギノルタを見て、ピカソは手を叩いて喜ぶ。
「あははっ!ボクを見てまるで怯まないなんて、ギミーちゃんってば凄い大物を連れてきたねぇ。友達?」
「私共は同じ相手に命を狙われていまして。そのよしみで共にピカソ様の館へお邪魔した次第です」
ギミーシェルターはギノルタの大立ち回りを謝罪するでも、気にするでもなく、平然と語り出す。
「命を....ってことは、ソイツってばギミーちゃんとそこのギノルタちゃんを同時に敵に回したの?本気で?」
自分ならそんな馬鹿げた事はしないとばかりに、ピカソは吐き捨てる。
「僭越ながら、敵に回したのは私達だけではないでしょう。付近の一帯で蔓延っている犯人不明の殺人事件、並びに強姦事件についてご存知ですか?」
「....ああ、あれね。勿論。この辺りはボクの領域だ。どうにかしようとは思っているけれど、如何せん糸口が無くって....」
「かの事件の犯人と我々の命を狙う存在は同一....それらは全て、ピカソ様の領域に無断で踏み入れた吸血鬼の仕業です」
「....へぇ?」
途端に、周囲の空気が冷え込む。感覚的な問題ではない。ピカソから漏れ出る魔力が、物理的に気温を下げていた。
(争うつもり....ではないな。同族に縄張りを荒らされた事への単なる怒りの発露か)
配下であろうと声を失うほどのプレッシャーをギノルタは冷静に分析し、用意していた個人用暖房装置を起動する。ギミーシェルターは....そもそも、気温の変化をまるで気にしていないようだった。
「ちなみに、証拠はあるのかな?」
「死体を調べた所、治癒された噛み跡を首元に発見しました。
「エルフの探知能力....って奴?そうでもないと見つからないなんて、随分と巧妙に隠したんだねぇ。よっぽど同族にお灸を据えられるのが怖かったのかな?」
「本件の犯人に最大の失策があるとすれば、ピカソ様を敵に回した事でしょうね」
本気か、おべっかか判別の付かない発言に、ピカソは"ふぅ"と一息を付く。魔力が制御され、低下していた気温が元に戻る。
「けれど、確かにあの事件が吸血鬼の仕業だとすると、かなり納得が行くね」
「と、言いますと?」
「
「確かに....十字架やニンニクを無力化する吸血鬼の存在を鑑みるに、知名度の低い鏡に関連する特徴は尚更でしょうね」
「だったら、
「....完全な透明化?」
ギノルタの呟きに、ピカソは少々わざとらしく肯定を示す。
「大・正・解!前例が無いからなんとも言えないけど、今回の吸血鬼ってのはそういう奴なんじゃあないかな?なんてったって、
「....ふむ」
ギノルタは最後の発言の意図が分からず、曖昧な相槌に留めるが、ギミーシェルターはなるほどとばかりに頷き、問い掛ける。
「して、犯人が鏡に映らないとした場合どのような対処を行えば良いのでしょう?」
「んー、わっかんない!」
「....」
あまりにもあっけらかんと降参を宣言したピカソを、ギノルタはじっと見つける。その視線を、責められていると解釈したのか、彼女はあわてて言葉を続ける。
「だって仕方ないじゃん!細工の用心深さからして、ソイツってば多分君達の前に現れてすら居ないでしょ?誰にも見つからずに行動してる相手を見つけるなんて、正直どうしようもない。ボクがどんなに圧倒的なパワーを持ってようと、戦えなきゃ意味がないんだよ」
「至極もっともなご結論です。となると、我々が策を練る必要がありますね」
「なんとか誘い込めればそれが一番なんだけどねぇ....」
透明な存在への対抗策を三人が考える中、ギミーシェルターの携帯がピコンと音を鳴らす。
「少し失礼」
ギミーシェルターは流れるような所作で携帯を取り出して操作を始め....ぴたりと、手が停まる。その時、彼女に視線を向けていた二人はとても珍しいものを見た。
「....送ったメッセージが....消失している?」
彼女は、心の底から焦っていた。
「メッセージ....それは、例の友人の話か?」
「失礼ですが、外させて頂きます」
ギノルタの疑問に答える事なく、跳躍し窓をぶち破る。
「えっ、ちょっとぉっ!?」
ピカソの驚く声すらも振り切り、ギミーシェルターは凄まじい速度でその場から離れていった。
「んん....」
寂れた雑居ビルの5階。事務所という体で存在している私室にて、アスカロンは目を覚ます。
「....あれ....わたし、何を....」
全身を包む心地良い倦怠感。それを起点に、彼女は全てを想起し....赤面する。
「....うぐ....」
キスの一つで情欲に染まった記憶。責めに屈して情報を漏らした記憶。気を失うまで弄ばれ続けた記憶。それらが、悦楽にも似た背徳感を彼女に齎す。
(....ライバルだからって、あんないじわるしなくても....)
休息を求める身体を稼働させ、なんとか起き上がる。近くに置いてあった携帯を開く。彼女にとって、ギミーシェルターからの連絡を確認する事は癖の一つとして完全に定着していた。
「....うん?」
("犯人が分かった、二人で会おう"、か)
24世紀、インターネットの様相は大きく様変わりしている。電子の海を支配するのは、情報生命体と化した数多の"神"。気まぐれで狡猾な神々によって運営される各種のサービスは、有用であれど、どこの神に覗き見られるか分からない危険性を孕んでいる。
「....ふふ」
だからこそ、アスカロンに送られた誘いはこの時代において至極当然のものであった。
「くくく....どうやら、私を足止めしても無駄だったようだな、ギミーシェルター....!」
気絶している間にギミーシェルターの調査がどれだけ進展しているか分からない。アスカロンは、速やかに準備を始めた。
中小企業が氾濫する外壁区下層において、企業同士の競争は必然的に激しいものとなる。そして競争に起因する無軌道な合併、倒産は各地にかつては何らかの企業の所有物だったであろう"空白地帯"を生み出す。
「....暇だな」
アスカロンはそうした空白地帯の一つ、廃倉庫にて情報屋の到着を待っていた。
「全く、呼び出しておいてこちらを待たせるとはどういう了見なんだか....」
文句を言いながら、彼女は無警戒に携帯で小説を読んでいた。ありふれた人間同士の恋愛小説だ。そのうち、思考の中へギミーシェルターの姿が紛れ込み....ニヤリと笑う。
(....そうだ、折角だし自慢してやろう)
また情報の為に強引に迫られたら、という事にはまるで気付かない。彼女は"私の勝ちだ"と打ち込み、ギミーシェルターへ送信する。
「ふふん....ギミーの奴、私に負けたとなったらどんな反応をするかな?」
彼女は鼻歌混じりに携帯を懐へ入れ、ふと目の前を見た。扉が、空いている。
「....うん?」
扉は全て閉まっていると彼女は記憶していた。怪訝な顔をして、扉に近付く。しかし....
「え──」
道半ばで、頭を何かで叩かれる。痛みはない。
「....う....ぁ....」
だというのに、アスカロンは膝を付く。ガタガタと全身を震える。思考が、感情が、得体のしれない恐怖に支配されていた。
(....怖い....なにもかもが、恐ろしい....どうして....いきなりこんな....)
「....これは....ぁがっ!?」
もたげようとした首が圧迫され、反転するように地面に叩き付けられる。脳が揺れ、物理的にも、精神的にも身体の自由が奪われる。首の圧迫は止んだ。しかし彼女は仰向けの状態で、見えない何かに組み伏せられていた。
「まさか....お前が高名なハンターの知り合いだったとはな」
それは、背景から浮き出るように、じわりじわりと姿を表す。上等なスーツを身に纏う、神経質そうな黒髪の男。
「....おまえは....」
その姿を、アスカロンは再認する。殺害された社長の競争相手の一人。あんまりにも奇妙な名前だったから、よく覚えていた。
「...."オキシジェン"....?」
「....」
男は黙り込み、手に持っていた白い鞭をアスカロンに叩き付ける。
「あ"あ"あ"ッ!?」
誰もいない倉庫に、悲鳴が木霊する。アスカロンの身体に傷はない。それは、魂を打ち付け、屈服させる魔術の鞭。絶対の恐怖が、彼女を苛んでいた。
「やはりお前は壊しておく必要がある。殺してしまってもいいが....その顔を干涸らびさせるのは惜しいからな」
そう言って、男はアスカロンの服を強引に剥ぎ取る。
「....ひっ....な、なんで....こんなこと....」
彼女はその行為の意味を、自分に待つ運命を感じ取る。しかしか細い希望に縋るように、そう問い掛ける。
「こうして姿を現した以上、お前を殺すか壊すのは確定事項だ。しかし、"スカージ"に打たれて廃人になった女を犯す趣味はない。ならば、今の内に楽しんでおかなければ....なぁ?」
「....あ....」
無慈悲な宣告に、彼女は身体を震わせる事しか出来ない。それ以外の機能は、とっくに奪われていた。
「た....たすけ....」
「助けなど来るものか。ギミーシェルターとやらは、決して危険には近付かないらしいな?お前が
男の性器が、アスカロンの秘部に宛てがわれる。
「──っ!」
彼女が最後に上げた悲鳴は、誰にも届かず、消えた。