「やあ、ドクター、久しぶり」
往診の帰り、声をかけられ振り向いたマルコーの表情が強ばったのは無理もない、そこにいたのは長い黒髪の少年だ。
「貴様、何の用だ」
「そんな嫌そうな顔しなくても、お願いがあってきたんだ」
笑いながら少年は賢者の石と呟いた。
「手伝ってほしいんだ」
マルコーは首を振った、だが少年は、そんなこと言って良いのと?にっこりと笑った。
「例えば、この街を爆破したら、大勢の人間が死ぬよね、無関係の人間が」
脅しているつもりか、マルコーは眉間の皺が深くなった、以前、その手で脅された。
そして自分は賢者の石を作る手伝いをした、だが、その為には人の命が必要だ。
もし、今、ここにスカー、軍の関係者がいれば少年と対峙しただろう、だが、今自分は一人だ、
弱いところをついてくる、だが、ここで頷けば同じことの繰り返しだ、左手にわずかに力を込めた。
だが、そのとき、少年が視線をそらすように上を見上げ、おいと声をかけた。
聞こえてきたのは第三者の声、それも建物の上からだ。
「おもしろそうだと思ってな」
風を切るような音が為て地面に降りてきたのは一人の男だ、見慣れない衣装はシン国の人間かと思ったが、顔つきからして違う。
「なあ、どうして人の姿をしているんだ」
小柄な男は少年に近づき、顔を突き出すようにして尋ねた。
「化け物のくせに」
その言葉に少年は右手を素早く振った、その瞬間、不気味な音と同時に男の首が地面に落ちた。
落ちた、筈、だった。
だが、首は落ちていなかった、マルコーもだが少年も驚いたのか、男を凝視した。
「おまえ、随分と人間を殺したみたいだ、ああ、だからか」
男は少年に向かって笑いかけた。
「自惚れが強すぎるな」
馬鹿にするような物言いに少年の顔に怒りが浮かんだ、だが、それだけではない。
「おれは、猿だ、だが、おまえみたいに自分を偽ったりはしない、まったく、なあ、遠慮しているのか」
男は突然、マルコーに向かって呼びかけた。
「こいつは化け物だ、それとも人の姿をしているから殺せないのか」
マルコーは言葉を失った、確かにと思った,目の前にいるホムンクルスが少年、人の姿でなかったら即座に行動していただろう。
「ここは蓬莱ではないようだが、人間の本質というのはどこの国でも似ているものか、なあ」
マルコーに近づき、しげしげと顔を覗き込んだ。
「怯えているな、俺か、それとも、あの化け物に対してか、おまえは、ああ」
それは聞き取れないほどの呟きだった、マルコーは、困惑の表情で男を見た。
「おまえは、似ているな、景王(けいおう)に」
男は笑った。
「なあ、化け物」
男は再び、少年に近づいた。
「人を殺して何を欲する、石とか言っていたが、もしかして、これか」
服の胸元から取り出したものを見せたとき、少年は驚いた顔になった、赤い石だ。
手の中からこぼれるように落ちた石を見て驚いたのは少年だけではない、マルコーもだ。
「欲しいのか、こんなものが」
偽物ではないか、だが、男から投げ渡された石を受け取ったマルコーは確信した、本物だと、だが、そのときいきなり悲鳴が上がった。
それは少年の叫びだ。
見ると手から青い煙が上がっている。
「化け物には無理だ、何せ、蓬山(ほうざん)の石だからな」
男が笑った。
「ま、待ってくれ」
男が立ち去ろうとするのをマルコーは呼び止めた、自分の持っている赤い石を返そうとしたのだ、だが男は首を振った。
そのとき、唸るような風の音と空気の震える音がした、これは、あのときと同じだとマルコーは慌てて周りを、そして空を見上げた。
黒い雲だ、さっきまではわずかに曇っていただけだったのに。
男が呟いた、蝕かと。
「鳴蝕(めいしょく)、麒麟が起こしたか、まさか、天帝、こうも頻繁に起こるとは前触れかなあ」
空を見上げた男の言葉、何を言っているのか、その意味は、マルコーにはわからなかった。
不意に我に返った、エンヴィーの姿はない、小柄な男の姿もだ、自分だけだ、まるで最初から、そこには自分しかいなかったのではないか、そんな錯覚さえ覚えたほどだ。
自分はエンヴィーに対して怯えていた、街を、人を殺し破壊する、それが嫌なら賢者の石を作れと言われて恐れた、同じ過ちは繰り返したくないと思っていた。
自分は弱い、だが、恐れているだけでは駄目だ、握りしめていた石を見つめた。
このとき、石がさらさらとまるで砂のように変化した、だが、それは自分の手から落ちることはなく、まるで手の中に吸い込まれるように消えてしまった。
再びエンヴィーが、ホムンクルスが目の前に現れたとして、石を作れと言ってきたら、そのときは。
(強くならなければ)
ここは、一体どこだろう。
見たことのない場所、見慣れない人たち、だが、言葉は通じることにほっとした。
女は歩き始めた、また自分は巻き込まれたのだろうかと思いながら
猿は厳しいけど本当のことを言っているので、耳が痛いと思ってしまいます。