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淫魔と文香についてはこちら→https://syosetu.org/novel/339194/
「妹には負けたことないわ、ジャンケン1回だってね」
「ジャンケンって運じゃないの?」
「相手のクセを読めば手がわかるわ」
「それズルくない?」
「実力よ~っ、観察力と推理力がものを言うのよっ」
女子高生にしてはやや小柄な“少女”が得意満面に胸を張るようすを、彼女よりさらに小柄で幼気な“少年”が釈然としない面持ちで見つめていた。
2人から少し離れて、もう1人の“女性”がテーブルにノートや書籍やパソコンを広げていた。
「ねぇ文香さん……文香さんっ、ジャンケンってのは運任せだから成り立つんだよね?」
「……一般的には、運の勝負でしょうね」
「ポーカーだってハンドは運しだいだけど競技大会があるでしょう? それと同じ実力勝負よ、わたしはどんな手を使っても勝つわよ、ただし堂々と!」
少年は――(これ“堂々と”に含めていいの?)――とさらに女性へ投げかけようとして、目線だけで諦めた。女性がデスクワークに戻ってしまっていた。
(……これで、宣伝に……なりそうなのは、文香さんのほうだろうけどさぁ)
3人は、関東平野郊外の某駐車場に停めた改造ワンボックスカーの中で足止めを食らっていた。
「じゃあ……僕と1回勝負してみる? ジャンケンで」
「きみも意外と勝負にはこだわるのね、もちろん受けて立つわ!」
車体は全長約4700ミリ、全高約2500ミリ、救急車やコミュニティバスのベースとして稼働実績があるごくありふれたタイプのワンボックスカーである。その内部を改装して、可動式テーブルとイスにアーム付き23インチモニター、Wi-Fi、電源コンセント、Bluetoothスピーカー、遮光カーテン、太陽光パネルを備えていた。
ワーケーション需要を見込んだ――『Work(仕事)とVacation(休暇)を同時に? どっちつかずにならないのかな』『……まだ広まっていない取り組みでは、そういうことも……』――いわば特殊なレンタカーである。見込み顧客が法人の福利厚生やフリーランサーなど、と彼らは説明を受けている。
3人はそのレンタルサービスの宣伝、という仕事を行うはずであった。
「負けたほうが……勝ったほうの言うことを1つ聞く、ってのはどう?」
「おおっ、きみも本気だね……わたし、手加減しないからねっ」
少女はアイドル候補生・花海咲季である。初星学園アイドル科に所属している。成績優秀を見込まれ、こうしてギャラの発生する案件もある。
「最初はパーとかなしだよ」
「どうかな~?」
少女と少年のジャンケンに一瞥もやらずデスクワークに励んでいる女性は、アイドル・鷺沢文香である。
「あ……!?」
咲季にジャンケンで敗れた少年は、実は少年ではない。
「ふふ~んっ、ナオヤくんには何をしてもらおっかな~っ」
「う……これはなにかの間違いで」
「往生際が悪~いっ!」
彼は淫魔である(アイドルや子役の類いではない)。
名前はナオヤではない――(……これのどこが宣伝になるのか、とんと見当がつかないなぁ)――ひょんなことから鷺沢文香と縁ができた。今回の仕事にも勝手に同行してきて、そこで咲季と出会った。
「ふ、文香お姉ちゃん、助けて……!」
「約束は守らなければなりませんよ、そういう質(たち)でしょう?」
空が薄暗くゴロゴロとうなるような雷を鳴らすまで、彼は咲季の肩叩きや肩もみをさせられた。執務とマッサージが同時にできるほどゆとりある車内空間って宣伝になってるかも、と思わないでもなかった。
「うわぁっ……雷、けっこう近いかな……」
「だいじょうぶよ……クルマの中なら安全らしいわ……それなりに」
「それなりーっ!?」
「外よりはマシよっ」
大気が不安定なことをすでに知っていたので、彼も咲季も言葉ほど動揺していなかった。
この特殊レンタカーのサービスの使用例は、例えば次のようなイメージであった。
富士五湖など東京から比較的近い景勝地まで運転して移動しつつサービスエリアなどの駐車場でテレワークをして仕事を進めて、平日半休でも遠くに出かけたり、研修旅行のような雰囲気で職場のチームづくりに使ったりなどの用途を想定していた。
「乗ったときから思ってたけど、女子大生、女子高生、男子小学生で宣伝になるのかしら」
「……平日でも家族サービスできます、的な……?」
「苦しい説ねぇ」
「僕に言われても」
しかし予定していた“景勝地”で折悪しく急な竜巻が発生し被害を受けた。その知らせが3人とスタッフ一行に届き――『竜巻なんて……あるのね、日本で』『関東平野だと、季節によっては……鹿島灘や東京湾の温く湿った空気と、秩父や丹沢から冷たく乾いた空気がぶつかっていきなり大気が不安定になるので、それなりに……』『文香お姉ちゃんったら地元なんで慣れっこです~みたいな顔してるけど出身は秩父の向こう側だよね?』――やむなく一行は、近くの駐車場で待機していた。
それからが問題だった。
サービスのコンセプト上、快晴でないと宣伝の画が作れないため、最低でも時間か場所の大幅な変更が必要となった。3人以外のスタッフは別の車両でそちらの検討にかかりきりになっている。対して文香が『デスクワークの使用感だけでも先に……』と要望して容れられ、特殊レンタカーの車中で待機することになった。
流れで咲季と彼も同室(?)していた。
「ねぇナオヤくん」
「……咲季お姉ちゃん、小さな声でもしゃべれるんだね」
「しゃべれるわよっ……文香さんってさ」
「うん」
「いつも、ああなの?」
「ああ、って」
車中はほぼ半個室といった風情だった。
運転席、助手席までは通常のワンボックスだった。ただ、後部座席の右側最後方から中程にかけて3分の1に幅約1500ミリ奥行500ミリのデスクが鎮座して、その半分以上が文香の“デスクワーク”に供されていた。いまは閉じられているが、カーテンやバックドアを開けば車中にいながら眺望を楽しむこともできる、とのコンセプトらしかった。
対して運転席・助手席の背面にも2、3人分の折りたたみ座席が備え付けられていた。咲季と彼は、それを倒して並んで座っていた。1、2歩ほど開けて文香の横顔を見る位置関係となっていた。
「……マイペースっていうか、わたしたちがしゃべってても集中してるみたいで」
「お勉強がたいへんらしいから……私のキャラで学業がふるわなかったら致命的、とかなんとか」
「ああ、お仕事多いぶん両立もたいへんってこと」
彼は、本心より文香を悪しざまに言った――(いちおう外見ではこの場で一番の年長者なのだから、踏んだ場数が少ない咲季をもう少しフォローして不安を和らげてあげてよ)――と、言葉の裏に含めたつもりだった。
文香の横顔はちらりとも反応しなかった。
「咲季お姉ちゃんとはキャラがぜんぜん違うみたいだけど」
「ナオヤくんは……ああいうの、わたしに似合わないって思う?」
「僕は、いまの咲季お姉ちゃんがいいなぁ」
「ふふふ、お上手ね~」
その日に咲季が文香や彼とスタッフたちにあいさつした直後は、むしろ咲季が文香に対して物言いたげな素振りを見せていた。年齢的に“お姉ちゃん”なのだからもう少し年少者をかまってあげてよ、と匂わせたがあえなく流されていた。
そのうち竜巻のトラブルを聞かされ、彼らの待機するところでも空模様が怪しくなって、彼が台風をこわがっているふり――しつこいようだが、彼は淫魔でありアイドルや子役の類いではなく、実年齢(?)も咲季や文香より上であり、ただ少年になりすましているだけである――をしながら、咲季にべたべたくっついた。
「でもわたし、実はもうちょっとスパルタなお姉ちゃんなのよ」
「……スパルタ?」
「そう、特に妹には。アイドルとしても妹にぜったい負けたくないけど――張りあいが出るように、レッスンびしびし――でも佑芽はやっぱり――ほら、何度見返しても可愛い――」
「あ、うん――でも咲季お姉ちゃんのほうが――」
「――わかってないわね~っ♪」
くっついてみた当初、彼は咲季からお姉ちゃんらしく気遣ってもらって、実にいい気分だった。
しかし、彼を勇気づけつつ退屈を紛らわせてやろうとした咲季が――『こういうときにいちばん効くいいクスリがあったわ!』――彼女のスマートフォンから“妹”の動画や写真を彼に見せるようになると、流れが変わった。
(……この子、親バカならぬ姉バカだ、しかもかなり重度の……っ!)
雨が降り出して、クルマの薄い屋根を雨粒が叩いてバラバラと鳴らしていた。張りあうように咲季の妹自慢が勢いを増していた。妹自慢を至近距離から浴びる彼は――(この子、ふだんストイックすぎてこういうダラダラしたおしゃべりにつきあってくれる友達とか少ないのかな)――だんだんうんざりしてきた。淫魔として女性の扱いなどお手の物だったはずが、近ごろ寡黙な文香のそばにいることが多く、雑談につきあう堪え性が弱くなっていた。
(文香……まさか、この子がこういう性格だって察して、勉学を隠れみのに、相手するのを全部僕におっかぶせて……)
彼の好みは、本来なら楚々としておとなしい文香のような女性である。
「あの子、最初は全然ダメダメなのに、すごい根性で頑張るのよ。で、いつもわたしに対抗心を燃やして、それが可愛くて……それに、いつもお姉ちゃんお姉ちゃんって」
「うん、うん……」
美少女であるが外見も物腰も活発な咲季は――「お姉ちゃんが作ってくれるお弁当が好き、って言ってくれるのっ――親が忙しくしてて、ちっちゃいころはお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に2人で預けられて、よく泥だらけになっていっしょに――」――好みから少し外れる。
(……この子も少しは静かに過ごせないんだろうか。誰かさんと違って、他人からの見られ方をちゃんとアイドル並みに意識しているようだけど……逆に、一人で過ごすのは苦手か?)
しかし邪険に――「でもわたしは勝つわよ、ぜ~ったいに勝ってやる、アイドルとしてね! わたしはあの子の、お姉ちゃんなんだから!」――するのは、惜しかった。
どうにか相づちを続けつつ、咲季をもう少し観察する。
(ただ、ダンスだけだったら、文香は逆立ちしてもこの子に敵わないだろうな……文香が逆立ちできるかあやしいけど)
花海咲季。公称プロフィールが152センチに体重45キロ。スリーサイズが上から84、55、80。アスリートの両親から生まれ、彼女自身も中学時代は陸上競技で名を馳せたという。
首筋や手足、服ごしの体のラインを一目見せるだけで、彼女のしなやかで力強い運動能力をはっきりうかがわせる――「じゃあなんでアイドルをやってるのかって? それは……とにかく夢ができたのよ、世界一のアイドルになるっていう、ねっ」――いっぽう、目鼻立ちや輪郭が丸々としていて、得意顔で胸を張っても尊大さより愛嬌が目立つ。
(生命力にあふれてる。引き締まってるけど、内側が……パツパツ、してるっていうか)
彼女は白いオフショルダーと紺地のプリーツスカートをまとっていた。落ち着いたデザインと色合いのコーディネートのせいで、ごくわずかに調子が狂わされているようだった――「制服とかは別として、もっとスポーティーな格好のほうがなじんでるけど……でもプロデューサーが、こういうのさらっと着こなすお仕事の経験も、って」――首元のゆるさや、ヒザや太ももにあたるプリーツの感触を気にしてか時おりそわそわしていた。
(アイドルとして学校で勉強中、って聞いたけど……担当プロデューサーとやらが、もういるんだ)
彼はアイドルの担当プロデューサーについて、仕事のオファーの受付やスケジュール調整、そのほか相談役ぐらいの認識であった――「わたしのプロデューサーったら変わり者なのよ……わたしが、いくつもの夢を諦めてきた人だから……とかなんとか、ふつう言う? スカウトの前フリにそんな煽るような……煽られちゃうわたしもわたしだけどーっ」――文香の担当プロデューサーがそのように仕事しているのを横でこっそり見ていたことがあった。
(将来を嘱望されてる、ってご身分か)
咲季の担当プロデューサーも初星学園の学生で勉強中の身分、という情報を彼は知らない。
「そういえばプロデューサーったらわたしを褒め殺ししたスキに書類にハンコを捺させようとしたわ……」
「咲季お姉ちゃんってそういうの引っかか……ノリが良さそうだし、乗っかってあげたり?」
「引っかかってないわよ!? ハンコはノリで捺しちゃダメなのっ、ちゃんと考えて契約したわ!」
彼が属する淫魔は、悪魔の兄弟ぶんである。自他ともに契約には厳しい。
それだけに、契約を破らせることに特別な興奮を感じる面があった。
(……他人のモノ、って聞くと……ちょっと、食指がうずいちゃうよね)
アイドルはプロデューサーのモノではないが、彼の認識だと――(アイドルの媚態を切り売りして生計を立ててるんでしょ?)――咲季はプロデューサーのモノであった。
「うわあっ」
「わあっ!? あ、ちょ……ナオヤ、くんっ……!」
空から収まっていたはずの遠雷が鳴った“ように”、彼は驚きおびえたふりのまま咲季の体にしがみつく。
(……けっして、男の子のフリして、お姉さんみたいな子に甘えるのがクセになっては、いない、はず……)
「お、男の子でしょうっ、しっかりして……」
「ごめん、咲季お姉ちゃん……」
引き剥がそうとする咲季の腕が弱々しくなって、彼は思わずほくそ笑んだ。
※
「ふ、ぁ……は、ぅ……っ……っうぅー……」
彼ら淫魔にとって幻覚は常套手段である。
そもそも、咲季が彼を“男の子”と認識しているのは幻覚のせいである。
「お姉ちゃんも、怖い……? がたがたって、震えて……」
「そ、そんなこと……ま、まぁ、ちょっと近くに落ちただけ……!」
近くに雷が落ちた、と咲季が感じたのも幻覚のせいである。彼がさっき鳴っていた本物の稲光と雷鳴を大げさに呼び起こしてやった。もし認識の大幅な改変を伴ったらつじつま合わせも多くなって彼にも重い負担がかかる。しかしこの程度であれば余裕綽々である。
(あんまりびびらせちゃうと、発情させるのがたいへんになるんだよな……行きずりだったら気にしないんだけど)
着衣ごしに咲季の肌と匂いと体温とを味わう。むわっと蒸し暑いほどの体温が、見た目よりさらにパツパツした肌と肉との弾力が、淫魔の心身にぴちぴちと新鮮な驚きをもたらす。
「だっだ、だいじょうぶ、だから、ね……咲季お姉ちゃん……っ!」
「は……ん、ふぁあぅ……!? く、くすぐった、ぁ……」
思い切りしがみつきながら、咲季の首元ですぅはぁすぅはぁと無遠慮に匂いを嗅ぐ。肌やセミロングの頭髪がはらんでいた柑橘系の制汗剤の香気が、だんだん甘ったるい汗そのものに取って代わられていく。
(誰かさんのときみたいに初手で乳首くりくり、ってのは……やめよう、じっくり行こう、いま飢えてるわけじゃなし)
彼は人間とのセックスを通して活力を得て、咲季や文香が生まれる前から生きながらえてきた。しかし淫魔それぞれセックスに好みがある。人間が食事によって栄養を得つつ、味を選り好みするさまに似ている。
たまに毛色の違ったモノを味わいたくなるのも、淫魔の人情(?)である。
(……こうして抱きあってると、僕までドキドキしちゃいそう……それも、悪くない、し……けっして、甘えているわけでは……)
少年の体を咲季にもっとぐいぐい押しつける。抱き寄せるようにしながら、服ごしでも彼女の体の触り心地を味わう。乳房のふくらみがブラに支えられながらむにゅむにゅと心地よい弾力を返してくる。対して背中がこちこちこわばっている。胸と背中のあいだがさらにパンパンに張り詰めているように思える。
「ごめん、ちょっと、このまま……」
「……甘えん坊ね……っ……」
さきほどまでシャワーのように言葉を浴びせていた咲季が、いまや声より何かを押し殺すようなぎこちない呼吸を漏らしている。バラバラと響く雨音にまぎれて、彼の耳と肌に届く。
「んっ……!?」
こんどは彼女のうなじ、鎖骨を吐息でそよそよと撫でてみる。デコルテの肌と血肉とがピンク色に透けて見えそうで、そこに鎖骨のくぼみが見え隠れする。アスリート然とした肉体だが首や肩は少女らしく細い。陸上で鳴らした、といっても投擲ではなくトラック競技だろうな、と彼は勝手に断定する。
「んひゅ、かは……ちょ、ちょっと……! ぅ、んッ、は、ぅ、ぁあぅ……っ」
彼にぎゅうとしがみつかれながら、咲季が切なげに肌と吐息を波打たせる。もし文香やほかのスタッフが少しでも視線を向けたら、咲季のようすがおかしいとバレてしまう。
(どんな手を使っても勝つ……ただし堂々と、だっけ?)
抱きつきながら、そういう幻覚を感じさせている。抱きつく前であったら彼でもなかなか骨が折れる。
しかしいまの咲季は、出会ったばかりの年下の少年に抱きつかれて文香やスタッフから見られたらどうしよう、と動揺している。それはれっきとした現実である。それを少し大げさに感じさせてやるだけでいい。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんっ……」
「ちょっ、こらぁ……! ぁ……だ、めぇ……」
脇腹。肋骨。腋窩。肩甲骨。へそ周り。鼠径部。じわじわきわどいところにも触れていく。咲季がくちびるを噛み締めている。動揺をなんとか押さえつけているらしい。
(咲季お姉ちゃんには、えっちで気持ちよくなった記憶……なさそうだなぁ。でも、体に聞いてみたらどうかな……?)
ゆっくり深く息を吸って吐いたあと、彼が流しこむ幻覚を強める。
「んきゅっ、ふ……!? くっ……あっ、あぅ……」
じわりとした甘い感覚が、咲季の胸やお腹の奥からにじんでくる。
(……ムラムラ、ってキちゃうよねぇ……? 勝手にやっちゃうけどいいよね、これやられると体力がつく……って聞いたし、そのぶん僕がいい思いさせてもらってもいいでしょ)
しがみつかれているだけのはずの咲季に、ありえるかもしれないがありえないはずの感覚がじわじわと広がっていく。相手は彼女より背丈が小さく線の細い男の子で、本気で抵抗すれば突き放せる。その認識が揺らぐ。恐怖に近いほどの緊張と違和感とくすぐったさが、肌の表にも裏にもいつのまにかまとわりついている。
「……っあっ」
恥ずかしい声を漏らしてしまっている、との自覚も咲季をさいなむ。くちびるをきゅっと噛みしめていたはずが、急な刺激によって緩められてしまう。敏感なところを、触れるか触れないかの加減で気遣わしげに、しかし押しつけがましく行き来される。とうとう無意識に体をくねらせ、得体のしれない感覚から逃れようとする。
「ンああぁああ……っ!? あ、ぅ、あぁああぁっ……」
当然彼はしがみついて逃さない。
傘をさしていても身を濡らそうとするしとしと雨のように、彼の悪意のような欲望が咲季の肉体に絡みついている。
(まずはおっぱいがいいかな。そろそろ、直に味わいたいたくてたまらないし)
咲季の背中と肩に回していた手を、彼がこっそりとすべらせる。
「っ……あっうぅ……ぅ……!」
異様な感覚にこわばった咲季と真逆に、彼は力を抜いて軽く自然に曲げた指先を迫らせる。そっとアウターをめくりあげ、乳房のふもとを、ブラごしにすりすりとなぞっていく。
怖くてついしがみついた、ではもう済まない。
しかし咲季は抵抗できない。
「ひ、ぅ、ぁ……ふぇ、ぁ、あふぁ……っ」
「声抑えて、聞こえちゃう」
「ちょ、ちょっと……んっ!? ふ……ぅ、っ……」
彼の指先が胸元をうろつくにつれて、じわじわとなにかが胸のふくらみに集まってくる。彼女の知らない電気信号が走ったように体が勝手に震えて、肌がじわりじわりと熱くさせられていく。彼を怪しむ余裕が薄れていく。
(……おっぱいで気持ちよくなれる、ってことぐらいさすがにわかってるよね?)
彼の指先で、咲季の乳房にくるくると輪を描かれる。下着ごしだというのに、その輪に囲まれたところから咲季はむずむずとした感覚が湧いて肌に染みていると気づいてしまう。不意に先端をこすられ、感覚が一気に悩ましく弾ける。
「んぅ……!?」
いつのまにか彼の指が離れている。感覚がゆるゆると収まっていく。このまま何事もなかったように終われば良いはずが、胸の先がもっとしてほしい、と訴えかける。そんなはずない、と理性で否定するとズキズキしてくる。
かつて咲季は自分をライオンにたとえたことがあった。いま彼からの愛撫がライオンゴロシのカギ型トゲつき果実に似て、取り去ろうとすればするほどひどく彼女をさいなんでいる。
「もっといじってほしいんでしょ、本当は」
「なっ……!? そ、そこっ……んっ、んくっ……」
とっさに抗議しようとした隙をついて、彼がさらに鋭く性感帯をつまむ。ついにブラジャーをずらして直につねって、ひねる。咲季の抵抗の意思ごとねじ曲げようとする。
「や、ぁ……! あああっ、だ、め……っ」
体からほんの少しあふれたような突起をいじられている。それだけなのに、腹の底をがっしりと握りしめられたかのような狂おしい感覚が走る。咲季にとって未経験で、うっすらしていた想像をすっかりしのぐ快感が突き抜ける。
「……ぷはっ!? ハッ、ハッ、はっ、ハッ、はぁっ……!」
呼吸さえ忘れる一瞬だった。軽い絶頂であるのに、咲季がひどく大げさに反応しているよう彼には思われた。
「もっと咲季お姉ちゃんがそうなってくれると、僕は元気になれてありがたいな」
「ぅ、うそ、そんなの……や、やめて……ぇ……っ……!」
「うそじゃないんだけどなぁ」
一度といえど絶頂を覚えてしまった肉体が、もう形ばかりの抵抗しかできない。心を置き去りにして快楽に釣られてしまう。しかも咲季は――『陸上以外でもだいたいの競技はすぐ覚えられたし、体力もスタイルも……っていうと、妙な顔をされちゃうからあまり言わないんだけど』――ある意味で間違いなく天才であった。スポーツでもレッスンでもコンディションやプロポーション管理において、体が思う通りにならないという凡人にありがちな悩みが乏しかった。
それゆえ、彼から注がれる強制的な乳房快楽に、常人より激しく動揺してしまう。
「んっ、うっ、あ、あっ……! こ、こんなの、おかし、ぃ……あぁっ、はぁぁぁぁ……!」
「やっぱりもっとしてほしいんだよね?」
「っ……っっうぅー……そんな、こと、ないぃ……っ!」
「またまた」
咲季が自分に言い聞かせるように首を横に振る。背中まで伸びたセミロングがバサバサ揺れて、一房二房と汗ばむ額や頬に貼りついてしまう。
「してほしいなら、ここいじってとか言えばいいのに、さっきのマッサージみたいにさ」
「ぁ、あッ、は、ぅ、ぁあぅ……っ!」
もうぷっくりとした充血がはっきり指先に引っかかる乳首をこりこりと揺さぶられる。いつもならまっすぐに伸びた背筋が、弱々しく丸まったり、ピンと弓なりに張りつめたりと揺れ動く。そうして抵抗するような背筋と裏腹に、乳首はくに、くに、と押し倒されてもさらなる刺激をねだるようしこり立っている。
「……ぁ……ぁ、あ……っ」
彼が不意に手を止める。二拍か三拍遅れて、咲季が抵抗を止める。ぜいぜいと乱れた呼吸を整えている。
「だいじょうぶ、ちょっと休んでるだけだよ、続きやってあげる」
「誰が、続きしてほしい、なんて……あんっ、んふぅっ……や、やらぁっ……!」
彼が女の子のように細い手の指をいっぱいに広げる。その格好のまま咲季の乳房に迫ると、乳房のふもとに指先がかかる。鷲づかみ、というより少しだけ優しい加減で包む。
「乳首のほうがいいかな……コリコリしてるの、手のひらでもわかるけど」
「ち、ちくびっ……!? そ、そんなの、ぜったい……だ、め……っ……」
「はいはい、ダメなんだね」
まるで母乳をしぼるように、咲季の乳房のふもとから乳首側へと都合10本の指が行き来する。彼の指先が乳輪に差し掛かるたびに、胸を突き出すように背中をのけ反らせてしまう。咲季の肌もすっかり汗ばんで、彼の手のひらに密着するとぺたぺた妙に貼りつくような感触を残す。
「く……ふ……ぅ、ぅう……ぁあ……っ!」
「ふふ、咲季お姉ちゃんのここがコリコリしてて、僕の手のひらもくすぐったい気がする」
「くすぐった……そ、そうよ、こんなの、くすぐったいだけ、だか、ら……ぁ……!」
乳房のふくらみを指先で囲みながら、手のひらを軽く押しつけたり離したりして楽しむ。また爪先を、乳輪を取り囲むように迫らせる。知らず識らずもっと強い刺激を求めてか、彼女が肩をごそごそ不自然によじらせる。
「ひっ……えぅ、うううーっ……!」
「もっとしてほしい?」
「そんな――んぐぅうう……っ!」
咲季が反駁しようとした予備動作に合わせて、一気に彼女の両乳首をつまんでやる。
「んっ、んぶっ! んむゔっ、ゔっ……っ!」
咲季が一瞬、信じられないと叫ぶように目を見開く。かろうじて彼女じしんの手がくちびるを覆うのが間に合う。全身が勝手にわなわなと震え出す。みっちり肉づいた内ももがカクカクと揺れてプリーツスカートをくしゃくしゃにする。
「もうちょっと手加減したほうがいいかな?」
「おっ、おぉ゙っ……は……ぐ……っ……!」
親指と中指で乳輪をつまんだまま、人差し指を曲げてカリカリと引っかく。嬌声を押さえられ、逃げ場をなくした濁流のような快感が咲季の神経を侵食する。
「いいね、咲季お姉ちゃん……イキかけてる敏感乳首を、もっとすごく……乳輪スリスリされるだけでイっちゃうえっちおっぱいにしちゃおうね」
「か、かひゅっ……! あ、あはぁぁ……っ♥ ひっ、くっ、ぎっ……!」
咲季のヒザ裏やふくらはぎが、ついに痙攣しつつもがくように車内のイスをずりずりこする。陸上競技やダンスレッスンで引き締められた機能美が官能でぴくぴくと歪む。乗車する前は弾けんばかりの活力を誇っていた表情や瞳が、いまはウソのようにでれでれと火照ってとろけてしまっている。
「うん、こしょこしょでイこうか」
「ハッ、はっ、はぁっ……く、んんぐ……っああっ♥」
身の毛がよだつほど恐ろしいのに、ちょっと指先をかすめられるだけで快楽へ塗り替えられてしまう。彼が力いっぱい幻覚を感じさせてもいるが、もうそれが幻覚なのか咲季の目ざめた性感か、彼にも彼女にもわからない。
「ねぇ、咲季お姉ちゃん……僕のお姉ちゃんになってよっ」
「は、え……!? な、なに……あ、あああ、あっ、あっ♥」
「そしたらおっぱいいっぱい気持ちよくイカせてあげるから」
「い、いや、そんな、の……っく、く……ッ!? ……くううう、うゔぅっ……!」
「じゃあ逆にしよう、お姉ちゃんになってくれるまでずっとイカせちゃう」
乳房アクメの波間で揺らされ溺れかけていた咲季の女体にとって、彼の言葉はどちらであっても悪魔のささやきである。不意に、乳首をつぶされるように強くつねられ、こらえきれずいきむような奇声を漏らしてしまう。
「いや、いや……これい、や……ああァああ゙っ……♥」
「いやじゃないでしょう?」
やがて咲季が全身をピンと張りつめさせる。背中がひときわきつくぐうっと反らされ、息が切れ切れに細くなる。閉じた目の端から涙らしき雫がこぼれる。
「ねぇ、ねぇってば」
「うゔ……うっ……なに……なん、なのよ、これ、ぇ……あっ、きゃっ……も、もうやめてっ……やめてやめてぇぇっ!」
「く……いやだ、やだやだっ、僕のお姉ちゃんになってよっ」
ついに声を手で抑える代わりにバタバタ暴れさせる。彼を引き剥がそうとしているらしいが、彼も意地になって愛撫を続ける。
「んぉおおおっおお゙お゙ッ!」
乳責めも“こしょこしょ”どころではなくなる。甘美な陶酔だったうねりが、いきなり荒っぽく激しく咲季を襲う。限界を一つ超えてか、びくっ、びくっ、びくっと三度ばかり宙を食むようにくちびるをパクつかせて、がっくり脱力する。
「なって、って言ってるでしょう?」
「はあっ、はぁ、ぁ……ぃ、や……あああ、ああ゙っ……ひぎぃぃっ!! あ、あひゅっ!」
「ベロをかんじゃいそうだね」
それに彼がおかまいなしのダメ押しを食らわす。
「あ゙っぉおっ!? だ、だめ、なの……い、息、できな……く、くぅ、し……くううう、うゔぅっ……!」
「ねぇ、いいよね、なってよお姉ちゃん、おっぱいいじられて言いなりにされちゃうお姉ちゃんっ」
もしそれがあと一呼吸でも長く続いていたら、咲季の性癖は当人がどうしようもないほどねじ曲がっていた。
「ぁ、ふぁ……もぅ……ゅるひっ、ひ……ゔぅ゙ぅっ♥ や、やめへぇっ、ちく、びっ、ま、まら……っ……♥」
「なる? お姉ちゃん、なる? なってくれるよね、ねっ――」
唐突に、彼が咲季から引っぱがされた。
「――えぶっ!?」
「節度というものを知りませんよね……ナオヤくんは、まったく」
彼はいきなり力ずくで凌辱を終了させられて、咲季に負けず劣らず頭が真っ白になっていた。
「――文香お姉ちゃん……ウソ、なんでこんな力強いの!?」
「それと、お姉さんの好みが変わったようで」
誰から“これやられると体力がつく”を教えられたのか、彼はすっかり忘れていた。
※
「咲季さんのお着替えを用意してきてください」
「え……あ、雨が、お金が……というかここらにお店あるのか――」
「――あなたならどうとでもなるでしょう」
不届き者の淫魔を車内から放りだしたあと、文香はウソのように静かにスライドドアを閉めた。
「咲季さん」
「は、は、ぃ……」
「ズルされた勝負の負けなら踏み倒すべきだと、私はそう思います」
咲季は――(これ“勝負”に含めていいの?)――と文香へ投げかけようとして、目線だけで諦めた。文香がデスクワークに戻ってしまっていた。
(おしまい)