聖騎士イズヴァルトの伝説【新編】・忠烈編 作:CHACOとJAGUAR
砲門から放たれたものは上空で弧を描くと爆ぜ、数百もの燃え盛る炎の弾となった。陽光の中でも明るく輝きながら、ゆっくりとこちらに落ちて来るそれらを、イズヴァルトは呆気になって見ていた。
「とうちゃん!」
エレナの声で我に返ったイズヴァルトは『氷雪の栄光』を構えた。念を送れば即座に、イズヴァルトらの斜め上に浮遊する氷の壁が生まれた。
散らばった炎弾はばらばらに落ちて行って氷の壁とぶつかり、けたたましい音を立てて爆ぜた。だが、氷の壁で防げなかったところでは、ぶつかった建物に、ねちっこく焼く火が起こった。
「やっぱり『焼夷弾』かっ!」
ブライアンが叫びイズヴァルトがうなずく。『焼夷弾』という言葉では理解に苦労するが、エルフ達の得意技である『爆炎弓箭』に似たものだと考えればすんなりと頭に入った。
「ものを打ち砕くより、焼き焦がすのを得意とする砲弾というわけでござるな!」
「こいつを何度も撃たれて火事が起きたという訳だろう! エルザ、『斬首作戦』をやるよっ!」
ブライアンが呼びかけると、一瞬だけエルザが彼の側に現れて抱きかかえてすぐに消えた。転移魔法で彼等は沖合にある軍艦に近づいた。
その真上にいて船の姿を間近で見たブライアンは、その船影を見て戸惑った。およそ200メートルほどの長さがある、巨大な船だった。
「オイラの『前世』のものとは違う……これ、骨董品じゃないか? 『第二次世界大戦』あたりの!」
自分が生きていた頃の戦艦ならば、大きな索敵装置やぐるぐると回転する対空砲台があるはずだ。古い船という言葉にエルザが同意する様子を見せると、ブライアンは艦橋に右手に持つ漆黒の剣・『トシゾー』の切っ先を向けた。
「でも船長はあの中にいるはずだ! 狙うはそいつの首……!」
「うん!!」
ブライアン達の姿が消えた。そしてまた元の場所に姿を現した。
「なんだよ!」
「転移に失敗したの! ちゃんと狙ったのに!」
「だったらもう一度だ! お願い!」
でも2度目もだめだった。3度目でようやくわかった。船体全体に魔法防壁が施されている。
「じゃあこうかい? 上空からなら守られているけれど、下からなら問題無いって?」
「ずぶ濡れになるわよ?」
「かまやしないさ!」
一度海中に転移、それから船の中への乱融を試みた。が、海水に濡れただけだった。船底にも強力な魔法防御が施されていた。
「ぷはっ、くそっ! こうなったら砲撃を行ったら砲撃の瞬間を狙おう!」
呼びかけられたエルザは顔を真っ青にしていた。転移魔法の乱用で疲れてしまったのだ。
「この、一度だけよ?」
「わかってるさ! よろしく頼む!」
エルザはブライアンの意気込みに応えることにした。遠くへ離れて伺う。六基の砲台がまた動き出し、火を噴いた時を見計らった。
だが、転移魔法を仕掛けた後に跳んだのは、先ほどいた場所だった。
「くそっ! 斬首作戦は無理か!」
「……一旦戻りましょう。イズヴァルトさんの力を借りるのよ」
諭すとエルザは港に飛んだ。丁度その時また砲撃が起こった。スズカルの街にまた炎が広がった。
あがる炎に舌打ちしながら、ブライアンはイズヴァルトに仔細を伝えた。
「とんでもなく強力な魔法結界を張っているみたいだ! 転移魔法が通じない! あれの真下にでっかい氷の塊を造って浮かすことってできる?」
「良き策でござる、やってみよう!」
エルザは一度休憩が必要だった。代わりにアナに頼んで付近まで近づいた。鋼鉄でできている様な船を見て驚いたが、すぐさまブライアンが考えた策を実行に移した。
「ううむ……」
海中につくった、あの船を転覆せしめるほどの大きな氷の塊は、浮かび上がり船底につこうとした途端、バラバラに崩れて海面に小さな氷塊となって浮くだけだった。
これを見て聖騎士は察した。氷の魔法でも無理ならば他の魔法も弾かれる。ならば、身体に防壁魔法をかけて直接ぶつかるのはどうなるか。
「アナどの! 拙者をお船の上に落とすでござる!」
「その策は危険よ!」
「試してみる価値はござる! さあ!」
アナは従った。飛翔魔法で船の上空にまで飛ぶと、イズヴァルトを身体から離した。
イズヴァルトは印を切り、己ができる最硬度の防壁術式を展開して落下した。そして謎の軍艦が張る、結界に衝突した。
「今でござる!」
また印を切り重圧の魔法を己の身体にかける。相手の結界が反応し、見えなかった膜が彼とぶつかったところだけ、うっすらとした橙色へと変わった。
その防壁は急にそこだけたわんだ。行ける、と思ったイズヴァルトだが、その直後に結界はゴムのような反発力を伴い、彼の身体を遠くへ弾き飛ばした。
「なんと! その様な術も使えるのでござるか!」
弾き飛ばされ、遠ざかっていくイズヴァルト。それをこの船のガラスで覆われた物見から伺い、薄ら笑いを浮かべる者がいた。
エーゾ=エルフのテスカトリポカである。
「ほう。強大な魔力を持っていると思ったが、この船の防御までを破ることはできなかったか」
4つ耳のエルフは、その隣の席で真ん中に穴が開き、砂糖をまぶした円形のパンをかじり、カップの中に入った褐色の飲み物をすする、ユーギ=ムトーノフにほころんだ目を向けた。
「どうだね? バーサークたちが調理した、『アメリカーノ』と『ドーナツ』の味は?」
「実にうまい。これまで食べたことが無い味だ! あの雨に濡れた子犬みたいなにおいを放つ者達がつくったとは思えん!」
「ふふ。バーサークたちはお菓子をつくるのが好むものでな。それと氷原農場で栽培したエーゾ=モカの豆は、ナンブロシアでは最高級のコーヒー豆として重宝されているよ」
酷寒のエーゾとはいえ、奥地でなければ植物は育つ。炎さえも凍り付くような大地で、すくすくと育つ樹木はあった。
そのうちの1つがエーゾ=モカである。氷の中でのみ根を張る不思議な豆の木は、バーサークたちが住む街や集落の周辺に栽培園が広がっていた。
氷の様に突き刺す渋みと雪を口に含んで溶かす様な味わいとで、ナンブロシアでは貴賓をもてなす時に使う豆としてエーゾ産のコーヒーは用いられていた。
【ギルバート=カツランダルク注:現在、世界で一番コーヒー店が多いとされるナンブロシアだが、どの店も必ずエーゾ=モカを出すわけではない。豆の生産量があまりにも少ない為、飲めるのはエーゾと海を挟む港街か、オソレストックやオーマストックの様な大都市のみである。ちなみに、ナンブロシアはコーヒー豆の一大産地である。生産者はゴブリン族で、彼等は運営するコーヒー豆農場で莫大な外貨を稼いでいる。】
相手側に打つ手なし、と見たテスカトリポカは、目の前にある通信装置に呼びかけた。
「頃合いだろう。砲撃を続けながら後退せよ。輸送船のしんがりはもうおしまいだ。スズカルの街もだいぶ壊した」
ユーギが『ドーナツ』にかじりつくのをやめ、もう引き上げるのかとエーゾ=エルフに問うと、彼は窓の外をちらと見てこう返した。
「あんまり手の内を見せるものでは無い。技術が遥かに劣るとはいえ、ある程度の対策を講じてくるだろう。油断はできんよ」
そうして鉄の船はスズカルから遠ざかって行った。イズヴァルトは追わなかった。今のところ、打つ手が無かったからだ。
□ □ □ □ □
あまりにも一方的な打撃と被害は、イーガ魔法王国の威信を損ねかねない事件であった。消火活動を行った2日後、イズヴァルト達は王都に呼び戻された。エレナを伴ってだ。
国王と武将達に連れて来られたのは『マイア=テクニカ』の兵器部門の会議室である。術式研究の技師数名が入って来た。男の白エルフばかり。彼等は船に使われていた防護結界の仔細を尋ねて来た。
「ううむ……拙者にはわからぬでござる。そこまですぐに見破ぬゆえ……」
エルフの男はイズヴァルトに尋ねているのではない、と答えた。エルザとアナの2人にであると言った。
「魔族であれば術式が見えているだろう。実のところあの海域には探知装置をばらまいている。イーガ王国海域の津々浦々に張り巡らせているものだ」
「……初めて聞くでござる。どなたが考えたことでござろう?」
マルティン王が即座に、「僕の父上ですよ」と答えた。
「いろいろと考えていたお方でござるな。マイヤやローラどのの様な知恵者でござる」
「まあその原案のようなものを母上から聞いたらしいのですが」
王の父アドルフは少年の頃から、そうした警戒網を広げるようにと朝廷で積極的に発言したという。簡単な魔道で作った装置だが、かなりの情報を得られるそうだ。
「あの黒い船の魔力情報をいくらかは得ました。今わかっているのはこのあたりまでです」
エルフの技術者は『たぶれっとぱっど』を出して会議場にある投影装置に情報を送った。その平板が映していたものが白い幕に映された。
様々な色をつけられた術式図とその説明が書かれていた。とても複雑な構造をした術式図で、次のページには関連する術式を重ね合わせ、どのあたりがどう繋がっているのかを表す立体モデルが現れた。
「あくまで近似となりますが、あの船の魔法結界は多重構造です。精霊魔法に魔族の術式、それから未知ですがある程度は認識できる新たな魔法の連携術式。我々エルフの魔封術式にも似たようなところがあります」
エルフはタブレットパッドをもってそれをぐるぐると回して見せる。イズヴァルトでは精霊術式ぐらいしか理解できぬ。しかし各術式図の説明の段で、とある術式が無いことに気が付いた。
「そのう……パラッツォ教の『神聖術式』がござらぬが」
「反応はありませんでした。それに似た術式も。この魔道の使い手は、どうも知らないようですね。ですが」
間近で見て感じた者の情報を知りたい。そう言って研究員たちはエルザとアナの2人に目を向けた。
「サキュバスなら手っ取り早い伝達方法があるはずです」
「えっと? そういうこと?」
姉妹は立ち上がるとテーブルに片足をかけた。スカートを広げ、甘い匂いが漂う生の股といつでも準備万端のヴァギナを見せつけた。
対するエルフの研究者達はローブの前をめくり、すっきりとした形の硬直したペニスを見せた。男のエルフは性的には淡泊なほうだが、陰茎の長さと大きさは恵まれている亜人のそれであった。
「さあ、今から存分に伝授していただきたい!」
「もちろんよ! 2時間は楽しませてもらうわ」
「なんなら、3時間でいかがでしょうか?!」
エルザとアナは下腹に淫紋を浮かべて喜んだ。ねちっこい音をさせる情報伝達が始まった。エルザの様な中級以上のサキュバスは自分の知識や見たことや聞いたこと全てを、性交によって相手に伝えることができるのだ。
「んん~っ♡」
抱え込んで来た相手のちんぽに股にぶっさされてアナが気持ちよさそうに悶えるのを見ると、イズヴァルト達は会議室から出た。
「ふわ~ん♡ はげしいぃい~♡」
意外と腰遣いが激しいエルフ達に悶えさせられる姉妹達の声を廊下で聞きながら、イズヴァルトはマルティン王に尋ねた。
「結界を破る兵器だが、いつぐらいにできるでござろう?」
「多分、1年か2年かかりますよ。この魔法兵器部門だけじゃなく、鉄砲の部門にも声をかけようと考えております。そうなると他の研究をやりながら進めて行きますから、もしかしたら5年ぐらいはかかるんじゃないかと……」
「で、ござるか。今のうちは仕方ござらん。しかしでござる」
エルフ達が分析した結果では、神聖術式がそこには無かった。であれば今のところの対策はとれる。イズヴァルトはイーガにいる神聖術式の使い手はいかほどいるか尋ねた。
「ごくわずかです。あの魔法は適性が無いととことん使えないみたいです。特に亜人の血が濃いと、適性は遠ざかるみたいでして……」
「拙者やエレクトラどののように、エルフの血が入っても使える者がいるでござるよ?」
「イズヴァルトさんと母上は別格でしょう。魔法の使い手として桁違いです……エレナさんも使えるみたいですし」
胸を張り、えっへんといった様子のエレナを見たマルティンは、こうも考えられないかと尋ねた。
「パラッツォ教徒なら、神聖魔法が少し使えるらしいですから、相手は予防の為にパラッツォ教徒の街を襲ったのではないのでしょうか?」
「そうも考えられるでござるが……いや、お待ちいただきたい」
ならば、その神聖魔法の使い手達の助力を得れば良いのではなかろうか。そうつぶやいたイズヴァルトの脳裏にある一計が浮かび上がる。
さて、聖騎士が考えた策とはいかなるものであったか?
その続きについてはまた、次回にて。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。