裕也は暗い気持ちで家に向かった。
愛し合っていたと思っていた瑞希が、部下の安藤にバックで突かれ、工場長のペニスを咥えていた。
娘と話をつけるまで、瑞希は会わない、と言っていた。
瑞希を愛していると希美にはっきり宣言することで、希美の自分に対する想いには応えられない、と伝えるつもりだった。
だが、その瑞希が自分だけを愛していなかった証拠を目撃してしまった。
自分は単なるセックスパートナーのひとりでしかなかったのだろうか?
眼の前で玄関のドアが開いた。
「パパ、お帰り……」
希美が笑顔で迎えてくれる。
考え事をして、自宅の玄関前に立ち尽くしていたことに裕也は気づいた。
希美と何をどう話そうか、考えがまとまらないまま、帰ってきてしまったのだ。
「今日は、暑かったね……」
希美が声をかけてくる。
「そうだね……」
部屋着に着替えながら裕也は答える。
昨夜、瑞希と自分の父親のセックスを目の当たりにした希美はどんな気持ちだろう?
裕也が他の男にバックで嵌められている瑞希を見たショックと同じだろうか?
このまま、セックスのことに触れずに、いつもの日常を家族として送ることにしようか、と裕也は思う。
いや、そうやって難しいこと、面倒なことから逃げてきたから、ここまで追い詰められたのだ。
無言の食卓に、テレビの音だけが響いていた。
食事を終え、食器を片付けた希美が呟く。
「テレビ、消そっか……」
「ああ……」
裕也がリモコンで電源を消す。急に静寂が訪れた。
二人は食卓のテーブルで向かい合っている。
「パパ、昨夜はごめんなさい……私、研修行ったんだけど、パパのことが気になって上の空で、ミスばっかりして……体調悪いんなら帰りなさい、って言われたの……」
希美の方から話を切り出した。
「長坂……瑞希、さん? 彼女が家に来てるんじゃないか、ってなんとなくわかってた……」
希美は女の勘で悟っていたようだ。
「玄関に入って女の靴があって……声が聞こえたの……私、引き返せばよかったんだけど、何かの間違いだと思いたくて、自分の眼で確かめたくて、ドアを開けたの……」
しばらく沈黙が続く。
「希美が謝ることじゃないよ……瑞希を家に呼んだのは、無神経だったと思う……」
裕也が呟いた。
「パパ……瑞希……さん、を愛してるの?」
希美が裕也の瞳を真っ直ぐ見つめて訊いてくる。
今日の午後、安藤にバックで犯され、工場長にフェラチオしている所を見なければ、ここで「愛している」と断言していただろう。
もし、揺れる気持ちを隠して「瑞希を愛してる」と言えば、希美は自分に対する歪んだ愛情を諦めてくれるのだろうか?
希美の真摯な視線が、裕也に刺さっている。裕也は眼を逸らしそうになったが、ここで逃げてはダメだ、と思い直した。
自分は、本当に瑞希を愛しているのか? 希美の問いに正直に答えなければならない。
「瑞希を……愛している、か……わからない……」
希美の表情が微かに揺らいだ。
「わからない? あんなに嬉しそうな顔をしてエッチしていたのに?」
希美の瞳が険しくなる。娘にこんな顔をされたのは、初めてだ。
「パパは、女とエッチしたかっただけなの? それじゃ、私のこといやらしい眼で見て来る男たちと変わらないじゃない!」
瑞希の目尻には涙が浮かび、唇も震えていた。
裕也は希美に責められるのは仕方ない、と思った。
妻を亡くして十五年間、女に触れないできた。自分には若い頃のような性欲は失われ、女性を自分から求めることなど、もうない、と思い込んでいた。
瑞希と出会い、彼女に甘えられることで、自分の中にある愛情と欲情が同時に湧いてきた。
正直、セックスの相性としては、亡き冴子より瑞希の方が合っていた。
それでも、セックスを越えた愛おしさも感じていたのは、事実だ。
希美は一方的に裕也の性欲を責めるが、それも違うのでは、と裕也は思い始めた。
「ごめん……ちょっと誤解がある、と思う……」
希美は伏せていた顔をあげた。
「俺は、瑞希を、愛していた……俺に甘え、慕ってくれていた。もちろん、抱き合っているときも幸せを感じていた……」
希美が裕也の瞳を見つめている。
「だけど、俺は瑞希が他の男とも、付き合っているんじゃないか、と思いはじめたんだ……」
さすがに今日の午後見た瑞希の痴態を娘には話せなかった。
その時、裕也は頬を伝うものを感じる。
(あれ、俺、泣いてる?)
裕也は無意識に零れてきた涙を手でさっ、と拭ったが、次々に涙は零れてくる。
「あれ、あれ?」
裕也は笑って胡麻化そうとするが、涙は止まらない。
「パパ、やっぱり瑞希さんを、愛してるんじゃない?」
希美が椅子を立ち、裕也の傍らに静かに寄り添う。
そして裕也の頭をそっと自分の胸に引き寄せた。
柔らかい乳房の弾力と、甘い女性の香りが裕也を包んだ。
「パパ……私に甘えて、いいんだよ……」
裕也は顔を希美の乳房に埋めて、咽び泣いた。
「今日、会社で瑞希に、希美の真剣な想いを、ちゃんと受け止めて話をしなきゃダメだ、って怒られたんだ……」
希美の優しい胸の中で、吐き出した感情が落ち着いた裕也は、あらためて希美と向かいあって話を始めた。
「そんなことを、瑞希さんが?」
希美が意外、という表情をする。
「俺は、希美が俺を慕って甘えてくれることが、本当に嬉しかったし、今も嬉しい……」
裕也はここで言葉を途切らせた。これから言おうとすることに少し躊躇ったのだ。
「だけど、冴子に似ている希美に、俺は、正直、魅力を感じ、惹かれている……いや、もっと正直に言うと、
希美が息を吞んだ。
「こんな気持ち、俺の奥底に眠ってたなんて、認めるのが怖かったんだ……
「パパ……正直に話してくれて、ありがとう……さっきはパパに性欲だけで瑞希さんを抱いたんじゃないの、なんてパパを責めたけど、人のこと言えない……私、中学生の頃から、パパにチンポを挿れられることばっかり想像してたの……」
清楚な美貌を持つ希美の笑顔と、その口が零した淫語が結びつかない。
「私、パパにならどんな疚しい眼で見られて性欲を向けられても、嬉しいとしか思えない……こんな常識知らずの変態な娘で、ごめんね……」
父娘が、見つめ合い、微笑み合った。
「パパ、瑞希さんに、ちゃんと確かめた方がいいよ……何かの勘違いかもしれないし……私の気持ちを考えてくれるのは、それからでいいから……」
「希美……」
翌日、瑞希は裕也と距離を置いたままだった。
希美とは話がきちんとできたと思う。後は、瑞希に対する気持ちだけだった。
昼休みになれば、また瑞希と会話ができるだろう、と思いながら裕也は事務作業に集中する。
昼休みも近づいた頃、機械が生産中で動いている時に、閉まっているはずの扉が開きっぱなしになったと、安藤から連絡があった。
現場に来た裕也は、このままでは、不良品を生産し続けることになるので、機械を停止することを安藤に指示した。
機械の電源を落とし、修理するしかない。
修理するときは、間違って起動ボタンを押すと事故になるので、機械の操作盤の起動ボタンの上に、「修理中/スイッチ押すな」の札をかけることになっている。
裕也は扉の故障を点検した。十年程前、同じようなトラブルがあったことを思い出し、裕也が扉の奥の部品の調整をする。
新人工員は、裕也の様子を覗き込んでいた。まだ機械のことはよくわからないとはいえ、先輩の作業を見るという態度は評価できる。
それに対して、この機械の担当班長である安藤の姿が見当たらない。
(まったく、しょうがない奴だ。もうちょっと仕事に興味をもってくれればな……)
部品の調整が終わったので、横にいる新人工員に裕也は声をかけた。
「操作盤の所へ行って、電源ボタンだけ、押してくれないか?」
裕也は調整した部品に電流が通っているか確かめたかった。
「わかりました……あっ、安藤さんが操作盤のところにいます!」
どうやら、安藤が戻って来たようだ。
「安藤! 電源ボタンだけ、押してくれるか!」
裕也は声を張って、少し離れた操作盤にいるという安藤に声をかけた。だが返事がない。
「安藤さん! 職長がボタン押せって!」
新人工員も叫ぶ!
まもなく、ブン、と機械の電源が入る音が響く。
次の瞬間、機械の扉がガシン、と閉まり、扉に手をかけていた裕也の両手を粉砕した。