密着しきった体を離し、ペニスを抜き、夕月の下腹部をティッシュで拭き終えたころ、スマホの時計は23時を示していた。
相変わらず妹と触れ合っていると時間の感覚が狂う。
ティッシュで拭くたびに「んっ」と色っぽい声を漏らす夕月に股間が勃ちそうになるのを必死に堪え、トランクスとズボンを穿く。
ジャケットの下に着ていたワイシャツを探すが、見当たらない。
妹を振り向くと、ちょうど俺のワイシャツを着てボタンを閉じ終えるところだった。
「おい」
つっこむと、夕月は悪びれもせず、長い髪を後ろで結びながら小首をかしげた。
「お兄ちゃん貸してー」
「別にいいけど、自分のTシャツあるだろ」
「洗濯しちゃうし」
「俺もだよ」
「それにラーメン食べるでしょ?」
「ああ、これから作るつもりだけど」
「汁飛んだら困るし」
「俺の服はいいんか」
「じょーだんじょーだん。ちゃんと飛ばないように食べる」
「あのなぁ」
などとうんざりげな顔を浮かべてみるが、正直言うと夕月の彼シャツ——ならぬ兄シャツは破壊力抜群だった。
きっと初めて女の子の彼シャツ姿を見た彼氏はこんな心境なのだろう。
「お兄ちゃん早く。お腹すいた」
「ん? ああ、作るか」
全裸に兄のワイシャツだけというエロ過ぎる格好の妹に押され、俺たちはリビングへ向かった。
俺は上半身裸、夕月は兄シャツ一枚というアホな、いや無防備な格好なのに、リビングは以前より寒く感じなかった。
季節が春から初夏へ変わりつつあるのを実感する。
また夕月と二人きりの夏が来る。
でも去年の俺たちとは関係性も、距離も大違いだ。
そのはずなのに何も変わっていないような気もする。それどころか、これが俺たち二人の本来の関係性なんだっていう気さえするから不思議だ。
「できたぞ」
「うわーい。おいしそ」
二人分のラーメンをテーブルに置くと、妹が大げさに喜ぶ。
角度的に、ワイシャツの開いた襟元から魅惑的な谷間が丸見えだ。
「夕月、ボタンもうちょい閉めろ」
「なんで?」
「普通に目の毒」
「その格好のお兄ちゃんに言われたくない」
「ごもっとも」
確かに半裸の兄に言われたくはないな。
妹の隣に座ると、夕月が俺のほうに顔を向けた。
「お兄ちゃん、いただきます」
長い髪をかき上げ、夕月がラーメンをすすり出す。兄シャツ姿のその仕草が色っぽい。なんでラーメンを食うだけでこんなにエロいんだろうこの妹は。
俺は小さくため息をつくと、兄特製ラーメンに箸をつけた。
ずるるると俺たちのラーメンをすする音だけが、静かなリビングに充満する。
よっぽどお腹がすいていたのか夕月のほうが先に食べ終えた。口直しの味噌汁を飲みながら、スマホをポチポチといじっている。
非常に行儀が悪い。だけどこの一週間彼女は頑張ったわけだし、今日くらいは大目に見ようと思う。……なんか最近めちゃくちゃ妹に甘くなっている気がする。
ふと夕月が、マユちゃんから送られてきていたらしい動画をタップした。
『いえ~い! 夕月見てる~?』
片手でスマホを持ったマユちゃんが、こっちに笑顔を向けながらぐるりと周りを映している。それに合わせてクラスメイトらしき作務衣姿の生徒たちが喜びの声を上げた。
場所は体育館。ぎこちない笑顔を浮かべる高梨くんが小さいトロフィーを持っているところを見るに、後夜祭が終わった直後らしい。
『うちのクラスがダントツ1位~! 夕月いなくてざんねーん!』
『いえ~いっ!』
マユちゃんに手で促された高梨くんが、恥ずかしそうにトロフィーを掲げる。
この感じからすると、どうやらまた高梨くんは妹への告白ができず終いだったようだ。敏感な兄センサーがそう結論づける。
ふふと微笑んだ夕月が『やったね!』と返信し、また同じ動画を再生した。
「マユ、泣いてる」
「あ、あ~……申し訳ない」
「なにが?」
「いや何がって……」
俺が告白を断ったから……では?
「これ、多分1位の嬉し涙だよ」
「え、あーそう」
よりにもよって妹の前で兄の自意識過剰ぶりを見せてしまった。恥ずかしすぎる。
それを察したのか、夕月がぷっと小馬鹿にするように吹き出す。
「お兄ちゃん」
「なんだよ」
「マユに告白されて、どんな気持ちだった?」
「どんなって、普通にびっくりしたよ」
「それだけ?」
「ああ、今までそんな素振りなかったしな」
「私は聞いてたよ、マユから」
「そうなのか」
「それだけ?」
「ああ」
「ふうん」
妹が味噌汁に視線を落とし、浮かんでいる豆腐を見つめる。
腑に落ちないような安堵したような、複雑な横顔だ。やはり年頃の女の子の感情を読み取るのは難しい。
「ねぇ、お兄ちゃんてさ」
「なに?」
夕月が味噌汁を見つめながら聞いてきた。
「大学でも告白されたりとかするの?」
「いやないな。そもそも女子と話すことも
「そうなの?」
「家事で忙しいしバイトもあるし無駄な人付き合いは時間の無駄だろ。効率的に時間を使うために無駄を省くのがライフハックってやつだな」
「あー、お兄ちゃん友だち少ないもんね」
必死に列挙した言い訳を妹が一言で片づける。
「……少なくねーし」
「てかお兄ちゃんて、大学で
それにしても。
(めずらしいな)
夕月が大学のことを聞いてくるのは初めてだ。
なんでも聞いてくる妹が、唯一聞いてこようとしなかった話題。だから俺も言わないようにしてきた。きっと夕月は寂しがってしまうから。
だけど聞いてきた。それだけじゃない。マユちゃんに告白されてどう思ったなんて、ちょっと前の妹なら絶対に聞いてこなかった。
二人きりじゃない、開いた世界にいる俺のことも、彼女は受け入れようとしている。
なら俺も、受け入れるべきだ。
妹をもっと開いた世界に送り出すべきだなんて思いながらも、心のどこかでこの家に閉じ込めていたいと願っていた自分勝手な兄を……卒業しないとだ。
普段はお互いみんなと同じ世界を楽しんで、疲れて、この閉じた二人きりの家に帰ってくる。
それでいい。
今までと何が違うのかという話だが、これは心持ちの問題だ。
「——もう、お兄ちゃん」
「んー?」
「またぼーっとしてる」
「なんだっけ」
「だから、大学に
「
適当に返事をして、再び思考にふける。
もし妹が生徒会長にでもなったら今よりもっと忙しくなる。大学受験もある。そうしたら俺もバイトをたくさん入れるようになるから、今より接する機会も触れ合う時間も短くなる。相変わらずアプローチをしてくる男も……いや夕月のことだから女もいるかもしれない。それでも、俺は今みたいに悶々とするのではなく、兄として、いや一生彼女の隣にいるに相応しい男として温かくどっしりと妹を見守る。そういう心持ちでいるべきなんだ。
(……ん?)
気づけば夕月が俺のほうを見て黙りこくっていた。
これ以上ないくらいに眉間にシワを寄せている。
マズい。考えごとにふけってまた妹の話を聞き流していた。これは相当に怒っている気がする。
「……
「え、ああうん」
妹の口ぶりからして俺は何か聞き間違いをしたらしい。これは彼女の機嫌をさらに損ねる気がする。どうして兄は、たまにこうして妹の地雷を踏み続けてしまうのか。
「っ——」
目に涙を浮かべた夕月が、不意に唇を重ねてきた。
脈絡は謎だが、妹がとにかくそうしたいなら甘んじて受け入れる。これで機嫌が直ってくれるなら何よりだ。というか——。
「んっ、ん……っ、ぇぁ……」
夕月が必死に舌を絡めてくる。ラーメンの塩味が口の中に広がっていく。次第に彼女自身の甘みが濃くなり、気づいたら俺も夢中で舌を絡ませていた。
最後にちゅと可愛らしいキスをして、紅潮した妹の顔が離れていく。
こんなにいきなり、予告もなく唇を重ねてきたのは初めてだ。
突然のことへの戸惑いと、ディープキスの余韻に思考をふわふわさせていると、夕月が鼻先をこすり合わせてきた。さっきから情緒が意味不明だが……とりあえず可愛い。
「お兄ちゃん」
呼ぶ声色にも甘ったるい響きがある。本当にどうしたのだろうか。
だけど俺はさっき心に決めたばかりだ。何があっても、妹を温かくどっしり見守る。
「どうした?」
包み込むような心持ちで微笑むと、夕月の瞳がさらに潤んだ気がした。
「結婚したらさ、私たちどうなるのかな」
妹の口から飛び出た結婚というワードに心臓が跳ねる。世間が許すならぜひとも結婚したい。そのほうがしっくりくる。で、もし俺たちが結婚したら。
(どうなるか……か)
考えてみたら、あんまり変わらないな。
「夕月が俺のことを名前で呼ぶようになるとか」
「あぁ、太一……お兄ちゃん」
言ってから恥ずかしそうに目を逸らす夕月が衝撃的に可愛い。下の名前で呼ばれてドキリとする。だけど、なんだかしっくりこない。
「まあ、家では今まで通りでいいんじゃね。二人暮らしなんだし」
「そっか」
「他には……うーん」
「毎日一緒に寝てお風呂入って、エッチするとか」
「それ今と変わんないな」
「だよね」
「もっと兄を尊重するようになるとか。ほら、夫になるんだし」
「なにそれ」
「例えば、毎日帰ってきたら格好いいねって褒めるとか」
「なんかめんどいね」
「面倒なんかい」
このなんともこそばゆい問答に飽きたのか、妹がラーメンのどんぶりと味噌汁茶碗を持ってキッチンへ向かった。
俺も自分の食器を持って立ち上がる。
「シンクに入れとけな。洗っとくから」
「んー」
「風呂入るのか?」
聞きながらキッチンにある給湯器パネルの追い焚きボタンを押す。
「うん。お兄ちゃんも入れば?」
「もしや汗くさい?」
「めっちゃ汗くさい」
「……夕月のあとで入るわ」
「そ」
「ん」
気の抜けたやり取りをして、妹が廊下へ去っていく。
「ふぅ」
シンクの水を出し、スポンジに洗剤を付け、まずは夕月のどんぶりから洗い始める。冷水が火照った煩悩にちょうどいい。
(なんだったんだ、あれ)
正直勃起がおさまらない。兄シャツも突然のキスも、いきなり結婚したらなんて聞いてくるのも、いくらなんでも可愛すぎる。可愛いとエロと愛おしさの大渋滞だ。
こんな状態で一緒に風呂なんて入ったら、残り2個のコンドームを一気に消化してしまう気がする。
もう一度ため息をついていると、ひょこっと妹が顔を出した。
「お兄ちゃん」
「おう、どした? お湯まだぬるかったか」
「ううん、そうじゃなくて」
夕月が俺のワイシャツを萌え袖にして、胸のところに持っていく。
「今日のお兄ちゃんのジャケット姿、格好よかった」
恥ずかしそうな表情とは裏腹に、テンションの低そうな声で言った。
用事が済んだとばかりにすっと壁の向こうへ消えていく。
「お……おー」
すでに妹のいない空間に、なんとかそれだけを返した。
冷水が腕を濡らしている。なのに体が熱くて仕方がない。
まったく。
どれだけ兄を堕とせば気が済むのだろう、あの妹は。
俺は丁寧に食器を洗い終えると、夕月が鼻歌を口ずさんでいる浴室へと向かった。
文化祭編これにて一区切りです。ここまで読んでいただきありがとうございます!
発売中の書籍2巻では書き下ろしとして「へんてこな寝顔の兄(妹視点)」「無自覚すぎる妹と玄関セックス」「どうしてもキスをしたがる妹」「寝たふりをする妹」の4話を追加収録しています。ぜひ、読んでいただけると嬉しいです!
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本来この物語は、1巻で完結予定でした。ですが皆さまが需要がありますよーという反響を寄せていただき、2巻を出すことができました。本当にありがとうございます。
もしまだ需要がありましたら、初夏編……夕月がバイトしたり、大学の学部仲間との天体観測旅行に妹が付いてきたり、兄妹で初めてプールに行ったりするお話を描ければなと思っています。ですのでぜひ、引き続き応援のほどよろしくお願いいたします…!