クソみてぇな人生だった。
今更特に語ることはない。なぜならば無意味だ。俺は死んでいる。死人に口無し。何を言ってもクソみてぇな過去を合理化し誤魔化そうとする言い訳にしかならない。
なのに生まれ変わった先は、純粋な心で前世を見下してやがる。
「かわいそうなんだ、ぼくの前だったぼくは」
たまに飛び出す狂言も、愛らしい我が子の言葉と思えば少し変な言葉を使う程度にしか思わなかったらしい。バカの親もバカだった。
まだ前世を受け止めきってしまうには幼い子供。恵まれに恵まれて、でもその恩恵をまだ自覚できない。無垢な年頃。
俺はまだ来世のガキの中でゆらゆらと揺蕩っていた。いつかおまえが前世の俺をすべて引き上げたなら、きっとその爛々とした笑顔は二度と作れまい。無垢な子供の心の奥底で憎く思う前世の俺がいた。
晴れた日のような笑み。太陽のように眩しい金の瞳を輝かせ、透き通った空の色をした髪を風に吹かせる。
貴族という立場を何1つ理解することもなく、家臣の馬に同乗して領地を駆ける。家臣に馬の扱いを褒められたのが嬉しいあまりに、バカの1つ覚えで乗り回していた。素直、率直、単細胞。前世からの罵倒はガキの頭の中を駆け巡っては受け取られることなく消えていった。
恵まれた容姿、恵まれた生まれ、恵まれた両親。
前世からしてみりゃなんて勝ち組か。
しかし、やっぱ来世と言えども俺は俺。そのまま順風満帆にとは、まったくもって行かないもんだった。
恵まれた坊ちゃんが前世を受け入れたのは、両親の葬式ぐらいだったか。
バカな「ぼく」でも嫌な予感はしていたんだ。領内に入ってきた怪しげな連中。しつこく屋敷にやってきては両親と喧嘩腰の話し合いをして、最後には追い出されていた。
聞いても母は
「なんにもないのよ、それよりもお茶にしない? お母さん疲れちゃったの」
とはぐらかす。父は
「お前にはまだ早い。 もう少し大きくなったら教えてやる」
と言って頭を撫でた。大人の特権を振りかざされて不満だったが、それ以上に両親を愛し信じていた。
だが、偉大なる両親の子供という存在でいられたのはわずかな時間だけだった。
燃え落ちた屋敷の庭に墓を作った。手元には何もないのに、地位だけが虚しく残っていた。
何が火事だ。何が暖炉の不始末だ。誰かが故意にやったに決まっている。
両親の喉を切り裂いて確かめれば、その証拠はすぐに見つかった。煙を吸っていない。火事で死んだのなら、喉は熱気で煤けたりしているはずだ。
両親は火事の前に死んでいた。じゃあ誰が? やった奴はどこにいる?
親戚が継ぐことを目論んでいたようだが、両親を殺した奴と関わっていた可能性が少しでもあるならば許し難かった。
ガキだった俺は前世の悪辣さをその身の物として受け入れることを決心した。血と金が行き来して、あっけなく俺は家を継いだ。
無理を通した以上、やらねばならないことが山のようにあった。逃避するように無我夢中で目の前のことに取り組んだ。仕事、会議、決断、討伐、会議——父の家臣は何度も忠言した。人脈もない子供には土地を治めるなど無理だと。だがいずれ諦めて従うか、去るかを選択していった。
両親の残したものをちいさな腕で抱えて守ることに精一杯で、火事の時に愛馬も死んでいたことに気づくまで二年経っていた。愛馬の墓は、すでに去った家臣が作ってくれていた。新しい屋敷の中庭にぽつんとあった墓を見つけて、どうしてこんな毎日通る場所にあって気づかなかったのだろうと我ながら不思議に思った。
やるべきことは終わらない。永遠に続く責め苦のように続いた。それがむざむざと生きている俺への罰のような気がして、たびたびあの日見た熱い炎で背中を焼かれるような感覚に陥る。そして現実から逃げるようにまた仕事に没頭した。
こんな俺をあるものは立派だと言った。笑われるほうがマシだった。しかし、一度でも俺の元で働いた奴は俺をそんな目では見てくれなかった。物乞いのような惨めなものを見てしまった目か、人ではない化け物を見たかのように恐れを含んだ目か。いずれにしても奇異を見る目だった。
豊かさとは程遠い領地。国内の他領と比べても明らかに盗賊が多い。んでもって領主は土地を治めなきゃならねぇから盗賊に負けるようじゃ地位を失う。だから猟師の鹿狩りと同じく、日々盗賊を狩らなくちゃならない。
本来、領主が自ら剣を振るうのは稀だ。稀でなくては示しがつかない。ファーガス神聖王国の領主として武を重んじることは普通だが、例え紋章を持ってようが先頭で敵陣に突っ込むのはバカのすることだ(のちにこの発言は実行する国王が出現したことで撤回することとなる)。
俺は生まれながらどころか、生まれる前からのバカだった。さらに金もなければ戦力もなかった。幼い頃から両親によって高い金で教師をつけてもらっていた俺が一番融通が効く戦力な始末。なんだこの領、無能ばっかりかよ。有能な家臣が首を揃えてみんな出てったってのが正しいんだけどよ。
ドラゴンもペガサスも維持費が高い。ゆくゆくは欲しいが、専用の厩舎もない今のところは馬を使うしかない。持ってるなかでは一番速い馬に乗り込み、誰よりも先に敵陣に乗り込んで戦う。そんな生活を何年も何年も続けていた。
眼前の憎き盗賊すら我が領では飢えてるんだから笑うしかねぇな。そんな弦の緩んだ弓じゃ矢も当たらないぞ。部隊の突撃を指示すると山賊たちは総崩れとなり足を止める。部下と雑兵の交戦を見届けながら、俺は隙だらけの大将の首を取った。
はい、今日の狩りは終わり。残りは捕えて鉱山で労働。馬や武器は鹵獲だ。慣れたもので、何をいうまでもなく部下たちが動く。統制された動きは、それだけ戦場を駆けてきたことを意味していた。
ペガサスとドラゴンが飛ぶこの世界は中々に危険だ。魔法ってだけでも薄々察してはいたが、ここは相当なファンタジー世界だ。だがそれに加えて紋章だもんな。さらに言えばキルソードとか、サンダーだとか、勇者の槍だとか。
……俺がプレイしたファイアーエムブレムにフォドラという地はないが、それに類する世界なのだろう。
だってオグマ山脈だぜ。それが? ってレベルではあるが。オグマさんってことは初代の世界なのか? てかなんだよそのネーミングセンス。それに大橋の名前がミルディンと来た。橋って人工物だから歴史を辿ればミルディンなんて名前にした理由が乗っかってるんじゃないか。そこからエトルリアとの繋がりが見えてくるんじゃ——なんてことを思った俺が馬鹿だった。なんも分からん。ファーガスも海賊が作った国なんだなって勝手に思ってたけど全くそんなことはなかった。ネーミング被りに過敏になって空回って俺はアホだ。結論、分からん。
GBA作品を中心にしかプレイしてないのが痛い。もしかしたら蒼炎だか、覚醒だかの世界かもしれないのに。蒼炎ならスマブラのおかげで主人公のアイクだけ知ってる。なんの助けにもならんが。
どこまでゲームと同じかは分からないが、シリーズの定石はこの世界でも通じるものがある。武器もそうだが、飛行しているのは弓に弱いとかのセオリーも変わらない。
三くすみは無さそうだがシリーズの定石に基づいた少数精鋭を編成することが望ましい。そして兵を育てるのは恒例の──ええと、そうだ、いわゆる「助けてエイリーク」だ。
羽交い締めにされた無力な弓兵を叩きのめす新兵の様子を眺める。現実とゲームは違うってのは勿論なので、万が一が起きないように敵の弓を折っておくのが吉だ。
自信のある兵はわざと弓兵の射程内に躍り出て、残り少ない矢による盗賊の決死の一撃を避けてみせる。
新兵は魔法の練習のためにわざと怪我をすることも、させることもある。盗賊が魔法を使えなくなるまで受けて、尽きたところを魔法でじわじわと嬲ったり。魔道士は回数制限があるから実戦経験を積ませるのが大変だ。ゲームと違って重い本を抱えるわけではないので、魔道書をいくつも買い込まないのは為政者的に嬉しい。
今のところファイアーエムブレム式の訓練は上手くいっていると言っていいだろう。練度は高い。
新兵のうちに慣れなきゃ辞めてくだけだ。
実力が低けりゃすぐに死ぬだけだ。
そうやって自然と少数精鋭になる。ゲームだと効率的なプレイでしかなかったものを現実でやるとなると、途端に血の通わない非道な行為と化す。なりふり構ってられない状況のせいで部下たちはすっかり血に染められてしまった。
経験値をしゃぶり尽くしてから捕えた山賊を検分する。大抵兵たちに遊ばれた山賊は心が折れて、従順に鉱山へ送られる。
労働に使えなさそうな山賊は容赦なく息の根を止める。治療に金がかかるやつも同様だ。仕込んだのは俺だか、ぞっとする光景だな。
俺の部下はどいつもこいつも高給取りだ。直に要求されたわけじゃないが、手間ひまかけて育てた兵を他所に取られちゃ敵わない。てか兵種を変えるのに金がかかりすぎる。全負担だぞ。兵には文句を言わせない額を渡す。
そういや俺の兵どもが勝手に自費で装備を整えるのは向上心があっていいんだが、そのせいでこっちが盗賊みたいなバラバラの格好になってくる。敵か味方か分かったもんじゃない。慣れた武器が良いだとか、革の盾じゃないと動きが鈍るとか、銀の槍より手槍のほうが心置きなく使えるだとかほざきやがる。それで同士討ちが発生したら最悪だ。渡した鎧も武器も好きに変えやがって。しゃーなしに、家紋が入った外套で軍を揃えることにした。
こんなところで金がかかるなんて思っても見なかったので、結構な痛手だ。外套なんて行軍してるうちに汚れるんだから襤褸で良いはずなのに。調子乗って入れた刺繍の関係でやけに立派な生地を使うことになった。やーい俺のバカ。家紋の入った外套は戦場で目立つからやだって言う我儘なやつには諜報役として領から出した。給料が上がって良かったな。別に図星だったわけじゃない。
深緑の外套に金の刺繍。血統がドミニクを祖とするために家紋にはドミニクの紋章を下部に刻んでいる。ファーガスの国旗にブレーダッドの紋章があるのと同じ理屈だ。
討伐が終わり血を吸った外套を揃えた兵が乱れなく整列する様は壮観だ。きったねぇ。洗濯どうすんだよ。血で濁った色になればなるほど同僚から尊敬されるらしい。なんだそのローカルルール。外套は高いんだから大事にしろよ殺すぞ。世間からは猩々隊なんて呼ばれているが名前を付けた覚えはない。
さて、俺はご苦労とひとことだけ言ってだらだらと去る。戦場から離れた場所に設営された天蓋の中に戻ってから、椅子にふんぞりかえり酒を煽る。部下が戦果をまとめて、帰還の指示を出したらそれで終わりだ。
「あらかた盗賊はひねったと思ったんだが、まだ湧くとはな」
愚痴に部下が答える。
「ガラテア領大飢饉の影響で流れてきているようですね。少なくとも我が領の民ではありますまい」
「どうして分かる?」
「領で暴れると死ぬよりも恐ろしい目に遭う、というのが知れ渡ってますから。普段の盗賊を嬲りに嬲る行いは勿論ですが──新しく開いた鉱山、あれのせいですよ」
「ほぉ、あれにそんな効果があったなんてな」
「まさかご存知ありませんでしたか?」
「数が多いんで有効活用のつもりだったな。最近は減ってきてどうしようかと思ったが、ガラテアのおかげで鉱夫には困らなさそうだ」
苦々しい顔をした部下。脳内で俺をたしなめる言葉を言うべきか言うまいかを悩んでいるのが手に取るように分かる。俺が若い頃は──今も18だから若いには入るか──盾つく奴は言い負かしてきたからな。それをニヤついた顔で聞いていれば、下手に口を出すのはマズいと思ったんだろう。それはそれは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「他所では言わん。分かってるよ」
気を揉む様子に同情して言ったつもりだったが、部下はますます顔を歪めた。
「隣領ですから、まだまだガラテアの影響は免れないでしょう」
「ああ。領民からのなけなしの信頼を失うわけにはいかない。とにかく盗賊の被害だけは押さえなければ。調査を頼む」
「はい」
「あとはどれだけウチも飢饉の被害を受けているかだな……次の収入を思うだけで憂鬱だ」
「おや、でしたら朗報ですよ。幸いにも新事業のお陰で収入は増えています」
「ガラテアの飢饉をガラテアの民で贖うとは、業の深いことだな」
「貴方がそれを言いますか」
「俺が言わなきゃ領民も笑えないだろう?」
口の端を吊り上げて部下を見たが、ちっとも取り合ってはくれないようだ。有能と聞いて雇った文官のこいつは、哀れみを含んだ目で俺を見ることにしたらしい。つまらんやつめ。
「最近、虐殺領主という悪名が広がっているそうです。ご自身を省みることをゆめゆめお忘れなきように」
「はは、本気で恐れられたいのなら使えない盗賊の死体を槍に突き刺して並べてやるさ」
たしかヴラド3世だったか。敵の心を挫くために敷いた所業ひとつで、後世あそこまで好き勝手に描かれるんだからすごいものだ。前世を思い出しながら言うと、部下は口を開けて言葉を失っていた。
「なんだその反応は。そんな顔をしても串刺しはやらんぞ。死体を放置するなんて疫病の元だからな」
「……領主サマはご冗談のセンスをお持ちでないようですね」
ふん、と鼻を鳴らして天蓋を畳むよう指示する。
帰ったら飢饉対策をしなくちゃな。いつまで経っても忙しい。この調子じゃあ両親には一生追いつかないんだろうな。鬱。
──────
平和とは断言できないこの不安定な時代で、女子供老人が夜中にも出歩ける土地なんて聞けば夢のような話と思うだろう。だが、思い描いたような理想の裏にはおぞましいほどの血が流れている。
ファーガスでも南東に位置するこの小さな領は、東をガラテア、西をカロンの領に挟まれた場所に位置し、山脈を隔ててレスター諸侯同盟と隣接していた。
代々ドミニクの分家がこの土地を治めている。しかし度々紋章を持たぬ者が家を継ぐほど血は薄い。ファーガス神聖王国の中では力を持つ家でもなく、したがって王家への忠誠も薄い。
かつての領主は凄腕とはいえなかったが誠実な人物で、民を虐げることなく土地を治めていた。穏健派として名が知られ、民には厚く慕われていた。
だが領主夫妻は火事で邸もろとも燃え、息子を残して全てが失われた。その火事の原因には疑念もあったが、それを調べられる余裕はどこにもなかった。
本家筋となるドミニク家から継ごうと声をかけても候補になる者は幼い少女しかおらず、最終的に紋章を持たぬ従兄弟が名乗りを上げた。
ファーガスは紋章を重視する。たとえ紋章を持たぬものが継ぐ前例があろうとも、兄弟で紋章を持つものと持たざるものが生まれればどちらが継ぐ資格を有しているのかは明白であった。かつての領主と違って生まれつき紋章を持たず冷遇されていた従兄弟は、寄る辺を求めて若くして出奔していた。そんな彼にとっては湧いて出た話だろう。兄と違い生まれた瞬間から何も求められなかった彼は、これから土地を継ぐというのに復讐者のような顔をして姿を現した。
葬式にも顔を出さぬ奴に、領主が宝のように愛でたこの地と民を預けられるものなのか。領主のなんたるかを心得ないものが継ぐのは歯痒いが、領民や家臣たちにはどうすることもできなかった。だから従うしかない。
──そのはずであった。
当時はまだ一兵卒に過ぎなかった騎士は、あれからたった数年のうちに築き上げられた惨烈たるこの有様を思い返し身震いした。
前領主の一人息子は年相応に活発で、誰からも愛されるような愛嬌を持ち合わせていた。ふわついた言動をする不思議な子供だったが、素直で実直。わがままを言うような性格ではない。掛け値なしに良い子と褒められる子供だった。
家臣に指導されながら馬を駆るのが好きらしく、騎士も何度か同伴に預かったことがある。槍の訓練では武器の重量に苦心していたのを微笑ましく眺めたことだってあった。
書斎から小難しい本を引っ張っては、読めないと泣き言を言って文官に構ってもらっていた。途中で本を投げ捨てて文官とお茶をすることに切り替わっているのはいつものこと。構ってもらうことのほうが目的だと、誰の目にも明らかだった。
少々女顔なのも相まって、人を従わせるような威風は持ち合わせていない。領主としてドンと構える風格はないが、だからといってカリスマを備えていないわけではなかった。領の誰もが彼に親しみを感じていた。父親のように他者と手を取り合うことで土地を治める領主になるだろう、と家臣は未来を想い微笑んでいた。
それが、コレだ。絶句などと言い表すのも生温い。誰が想像できただろうか。まだ士官学校へも通えない年の子供が領主となり、槍を振るい、土地を治めきる。それも血生臭さを含んだ果断の連続で以って。
前領主の家臣団は継ぐことを言い出した彼を諫めようとした。親を亡くしてから狂気に囚われた哀れな子供を救おうとした。
彼らは甘かった。甘いとしか言いようがない。若領主という人を楽観視していた。
説得すれば彼は止まってくれるのではないか。両親の説いた人徳ある統治を継ぐ未来があるはずだ。家族のように親しくした過去を家臣たちは忘れられなかった。峠さえ越えればまた昔のような笑顔を取り戻してくれるのではないか、と。家臣たちはそんな妄想に縋っていたのだ。
今でこそ騎士は若領主の理想に追従できる。狂人と呼ばれた彼は誰よりも冷静だった。時代の荒波が容赦なく押し寄せ脈動する世界で、確固たる安寧を得ることの尊さ。子を持つ身なればこそ感じざるをえない。
結局説得を諦めた家臣は去った。一部の家臣が過去に縋り、ついていくことを決めた。
騎士がなぜ留まっているのかといえば、それはある戦場がきっかけだった。今でも鮮明に思い出せる。まだ彼が領主になって二ヶ月ばかり。家臣が去り始め、内政は滞り、兵に食わせることも厳しくなった頃の話。報酬が減った兵士たちは不満を募らせた。
ある日、若い兵士と盗賊が結託して領地を荒らした。これが若領主の初陣だった。
元より兵力は多くない。その上の内乱だ。なんとかして集められたのは兵とは名ばかりのゴロツキども。まるで盗賊と盗賊の縄張り争いのような戦場だった。一部の正規兵が招集兵を従えて、やっとひとつの軍が構成された。それを毛も生えていないような子供が率いる。士気が上がるはずもない。正規兵が戦うのは元同僚ということもある。重苦しい空気が軍を支配し、それに呼応するかのように重い曇天が空を覆っていた。
主人たる若領主が命令するため口を開く。子供が張り上げた甲高い声はよく響いた。しかし何を言おうと命令の意味を成すことはない。大小の差はあれど子供に対する嘲りは全ての兵士にあった。お坊ちゃんは後ろで邪魔をしなければそれでいい。そんな考えがその騎士にもあった。
戦いが始まるとすぐさま乱戦になった。互いに指揮官が戦場を御しきれず、敵を視認すると戦闘が発生する原始的な争いだった。
とにかく視界に入る蛮族を叩き、村の生き残りを探した。けれど炎に包まれた村は、救出が手遅れだと誰の目にも明らかだった。
「……もう救出は諦めましょう、若」
焼けた家の前に立ち止まった若領主を引き留めた。彼は両親の死んだ猛火と重ねているのかじっと睨んでいたが、騎士の言葉に馬の方向を変える。自然と騎士は若領主を守るように追従した。
「戻りましょう。残りは村を包囲して弓で片付けるべきかと」
女神すら見捨てた醜い世界から引き離そうとした。ちいさな背中は気落ちしながら頷く。
しかし、若領主は見てしまった。守るべきものがない戦場。雇ったゴロツキはこそこそ盗みを働く。旗を掲げていなければ、蛮族と何も変わらない。
「えっ」
家財を盗んで馬に括りつける下卑た兵を目にした途端、領主は無感情で頭蓋ごと槍で砕いた。驚くべき膂力だが、それ以上になんの躊躇もなく手を下したことに驚く。幼い年齢の子供がする判断ではない。
殺しに慣れてはいないだろう。顔は嫌悪に歪んでいる。しかし彼に罪悪感というものはない。手を下した部下に対する苛立ちを含む、自らへの実力不足から来る嫌悪感すら内包した顔だった。
「やだなぁ、僕に味方を殺させないでよ」
しかし不気味なことに、無邪気で天真爛漫な、かつてお昼寝をポカポカと楽しんだままの声色なのだ。
兵を含んだゴロツキたちが、侮り視界の外に追いやった子供をようやく認識した。
「ねえ、ボク略奪と強姦は駄目だって言わなかったっけ?」
呆けていた騎士に若領主は問うた。
「言ったよね?」
「はっ、はいぃ!」
「だよね? あーよかった。君たちがあんまりにも驚いた顔をするから、言うのを忘れたかな? 勘違いで殺しちゃった? って肝を冷やしたよ」
騎士も子供の命令なんて覚えていない。反射で答えただけで、頭は真っ白だった。
にぱっと笑う若領主は、血がついていること以外馬を駆け笑っていた昔の顔と同じで。
処断覚悟で忠言をしようにも、得体の知れない恐怖感が騎士に口を閉ざせさせる。しかし今言わなければ。この恐怖を同僚の皆に味合わせるわけにはいかない。
「……若、臣下に軽い口調は控えたほうがよろしいかと。先程のように勘違いするものも生まれます」
心臓がバクバクとうるさい。でしゃばった態度を咎める様子もなく、若領主は軽い態度、軽い態度とちいさく繰り返す。悩むように顎に手を当てた後、
「そっか、うん……分かった。ありがとう。これまでのような振る舞いは改める。ぼくのままでは君たちが困るということだな。これからは領主として相応の態度を心がけるとしよう」
と言った。虫を殺すのですら戸惑われる御方なのに、と執事は戦場に出る若の装備を整えながら嘆いていたが、それすらもまるで遠い昔の話に思える。
我々はとっくのとうに殺していたのだ。守るべき無垢な主人を。
両親に頭を撫でて貰うことが世界一好きだった彼はもういない。
かつてのお人好しな領主の家臣もまたお人好しで、そんな我々は何ひとつ決断せず若領主に全てを背負わせてしまった。幼い子供を永遠に殺し、多くの命を重しとして吊り下げる罪深さをまざまざと感じる。
であれば、せめて見届けなくては。主人と拝んだ子供を、命の限り。
幸いなことに、忠言してから若領主がゾッとするほど無邪気で恐ろしい顔をすることは無くなった。
それから騎士の外套は誰よりも血を吸い、煤けていった。今では領主を若と呼ぶのはその騎士だけ。
若領主より外套の者どもを率いるよう言われた騎士は、時折この昔話をしては新兵を震え上がらせた。
──────────
野営地に立てた松明が燃える音が天幕越しに聞こえるほど静かな夜。静かに並べられたファーガスの旗とレスターの旗が、暗闇にうっそりと浮かび上がっていた。
我が領土はレスター諸侯同盟と接しているとはいえ、山道は厳しく交易路はない。ここはファーガスとレスターの国境付近であり、領とは遠く離れた土地だ。
以前から幾度も国から要請が来たことはあった。しかし元々忠誠を尽くすような家柄ではなかったし、迂闊に手を出そうものなら、すわ勢力争いに参加するつもりかとフラルダリウスだのゴーティエだのが睨みを効かせてくる。先祖代々臣従を疑われるようなことをした覚えはなく、従って国からやってくる話は聞き流していた。
が、まぁ領内の蛮族は粗方狩り尽くしてしまい、兵たちがせっつくので気分転換を兼ねて受理した。それにレスターにも恩を売れるし、ドラゴンナイトとして使える騎乗用のドラゴンを分けてくれると来た。兵も俺もホクホクだ。
幅を利かせている賊の総勢は百を超えたと聞いている。国境で法外な通行料を取り、渡さないのなら襲って奪うという典型的な手段で両国に喧嘩を売った。
ファーガス領内に敵陣はある。よってレスターは監視役を寄越して傭兵団を雇うに留まった。かといってレスターが賊を甘く見ているわけではない。寄越した者たちを見れば分かる。
「アンタが大将か、若いな。俺の娘と同じくらいだ」
「どうか小僧などと年齢だけを見て侮らないでくれよ」
「さぁてな。こっちは仕事の邪魔されなきゃそれで良いんだが。──挨拶が遅れた、ジェラルト傭兵団だ」
こちらも挨拶をして握手をした。ジェラルト傭兵団は壊刃のみならず、数々の腕利きが在籍していると聞いている。有名どころの1人を挙げるなら灰色の悪魔だろう。その腕前、気にならないといえば嘘になる。部下は誰も彼もが傭兵団に興味津々だ。傭兵を雇うような余裕がない時代から、逆に傭兵を雇う隙の無い方へ統治を強化し過ぎた。他所のやり方を知らない俺達は、彼ら戦闘のプロが気になって仕方がないのだ。
「申し訳ないが、我々は傭兵と組んだ経験が無くてな。連携は期待しないでくれ。むろんこちらから無駄な指示も干渉もしない」
「相互不干渉。それが良いだろうな」
「だが敵将は」
「早いもん勝ちだな」
「ああ、それで行こう」
たった数分の会話だけだが、それで話が済んでしまうことに有能さを感じる。手早く闇夜に溶けて襲撃ポイントに消えていくジェラルト傭兵団の面々を見送っていると、あんな若い美人も傭兵なのかと黒を羽織る長髪の女性を見た。それから欠伸を飲み込んで、さぁ俺たちも行くかと槍を手にする。
──とある兵たちの会話
「壊刃の傭兵団に、虐殺領主の猩々隊がお出ましか。こりゃあ跡に草木1つ残らんな」
「まあ良かったよ、オレたちじゃ撃退はできても根絶は不可能だったし……。これで閑職らしい見張の仕事が戻ってくるんだな」
「バカ野郎、そんなんだから左遷されてんだよ」
──
「別に我が領でもない。好きに遊んでいいが、敵はおしなべて殺せ。ファーガスの旗を高く掲げ、愚か者どもが誰に喧嘩を売ったのか教えてやろうじゃないか」
「「「応!!!」」」
次々と声が上がる。
「外套を朱に!」
「生きて返せば猩々隊の名折れ!」
久しぶりの戦いに、兵士たちは喜びながら武器を持ち上げて叫んだ。
それから賊をたいらげるのに1時間もかからなかった。力を誇示したいとは思っていないが、久しぶりに引っ張り出した武器が泣いている。あっけなく、非常につまらない。
「あーあー、最近山賊が減って暇だったからってはしゃぎすぎだな」
「そんなこと言って、いの一番に突っ込んでったのは誰ですか? 若」
「だってアレ見たら、しょうがねぇじゃん」
真っ先に本丸を落としたのは、先程気になった美人だった。切り込んでいったと思えば刃を躱し──目にも止まらぬ速さで大将を仕留めたのだ。彼女があの灰色の悪魔だと誰に教えられずとも分かった。
「ははは、凄いですね。流石歴戦の傭兵団というだけあります」
「アレが傭兵の稼ぎ方か。ウチには無理だ」
「圧巻ですな。鷹が上空から兎を攫うように掻き消えていく」
「俺は大波に攫われたように見えたよ」
「我々も負けてはいませんが?」
「もちろん。それは領主の俺が一番分かってるけどよ。そう、畑が違うって感じだな」
誰よりも早く、強く。傭兵団は領地を守ればいい我々とは違う。
敵を倒して稼ぐ必要があるので被害を抑えながら進軍する正規兵のようにはいかない。時に傷つきながらも確実に殺しきる様は、正に悪魔。
血に染まった国境の森は、光を浴びることなく沈黙していた。
──
「いやぁ完敗だ」
「おう、敵将はウチが貰ったな。だがなぁ、アンタのとこも全く損害を出さずに敵をすり潰す様は見事だった」
「ウチの近くを寄った際は歓迎するよ」
「寄るかよ、お前の領地は稼ぎにならん」
にわかに周りから笑いが起きた。酒が入れば傭兵も兵も関係ない。奪い返した砦で自然と始まった宴会だった。
「……このペースで酒樽が消えるんじゃ、褒章売る羽目になりそうだな?」
賊が溜め込んでいた酒だけでは足りそうにない。指示して周りの村にも買いに走らせた。
水のように酒を飲んでいるジェラルトとは話が合うし、部下もそうらしい。傭兵にしてはお行儀のいい彼らと、正規兵にしては野蛮な我々ではちょうど釣り合いが取れている。雑多に入り乱れて宴を楽しんでいた。
せっかく凄腕の傭兵団長を酔わせているのだから戦術のひとつやふたつ、うっかり口を滑らせて教えてくれないだろうか。──そう思いジェラルトに酒を勧め続けたが、残念ながら俺の酔いが回るほうが先だった。
これ以上飲まされてはたまらない、と敗北宣言をして水を飲みに宴から離れる。すれ違う部下や傭兵にドヤされつつもほっと壁際で一息ついた。しかし俺の領主らしい格好は目立ってしまうから、壁際でも声をかけられる。
「……父がすまない」
眉を下げて少女みたいに謝ったのは、あの灰色の悪魔だった。
「ははっ。アンタそうか、団長の娘さんか」
「ベレスだ。アンタではないよ」
「それは失礼した」
ベレスはあまり酒を飲まないのか、顔に出ないタイプなのか。常に平然とした顔だった。
敵陣を突破した時の話を聞きたかったのであれやこれやと話を振ると、ベレスは理路整然と言葉を返す。打てば響くと言うのだろうか。基本は独学なんだろうが、だからこそ知らないことばかりで勉強になる。親子なだけあってジェラルトと同じく戦略の話になると盛り上がった。
「良いな、ベレスの考え方は柔軟だ。参考になるよ」
「個人で自由に動けるからと言うのもあるよ。正規兵では難しい」
「根っからの傭兵って訳だ。──なんだ、向こうが騒がしいな」
心地よい酔いの最中だが戦闘後で神経が過敏になっているのか、鉄のぶつかる音がすると気になってついつい視線が向かってしまう。
断続的な歓声。部下や傭兵が集まっている。俺は人の波を割って中心に向かった。野次が飛び、賭けをやろうと声を荒げる奴を見れば予想はついたが。
「お前ら喧嘩はやめろよ」
「なぁに、余興ですよ! 手合わせです!」
訓練用の武器もないのに模擬戦はマズイので、止めようとしたところ始まる盛大なブーイング。学校の先生じゃねぇんだぞ俺は。せめて木製の武器で戦えよ。
「はぁ。……なぁお前、そこの壊れた剣取ってくれないか」
「おっ領主様、マジすか」
「ベレス、1戦付き合ってくれるか?」
一度下がった熱とコイツらのブーイングを止めるにはこれしかあるまい。俺が投げた壊れた剣を、ベレスは顔の前でパシッと音を出して受け取った。刃の潰れた武器なら死にはしない。
「良いけど、壊れた武器はこれしかないよ?」
ベレスに応えるべく、俺は将の証であるマントを投げ捨てて構えた。トンットンッと独特のリズムで基本姿勢を取り、指先で挑発する。周囲は湧き、ベレスは怪訝な顔をする。甘く見られたとでも思われたのだろうか? 俺としては至近距離で戦うなら最適解だと思うのだが。あ、壊れた槍があったらそっち選ぶけどよ。
前世以来やったことのないボクシングだ。槍や剣も良いが拳もたまに使わなきゃ錆びつく。部下たちは俺の初めての拳に興奮したのか、上司相手とは思えない汚い言葉で応援されて苦笑いで返した。
「……」
じっと目が合う。俺の本気が伝わると、ベレスは渋々といった様子で構える。
「手加減は期待しないでね」
「むしろ手加減なんてしないでくれよ。こんな機会滅多にない」
──
距離を詰める。ベレスは当たり前のように俺の拳を柄で弾いた。そのまま水平に斬りかかられたが、相手の攻撃を効率的に避けるのがボクシングだ。軽く屈んで流す。これで勝算なく構えた訳じゃないのは伝わったはずだ。
──ま俺はボクサーの誇りなんて持ったことがないから、足を引っ掛けて軸をずらし腹に一発入れる。が、引っ掛けたのとは反対の足で地面を蹴って逃げられた。
「女を殴るなんて卑怯だぞ領主ー!」
「頼んだぞベレスー! 今月の給料がかかってんだ──!!!」
前世ぶりだが、手応えはあった。初めての戦い方をする相手にリードを譲り、息を切らしているベレスを見て冷静に考える。
本来なら身体を守るための籠手や脛当てといった装備が邪魔で、思ったような動きが出来ない。もっと身軽に動きたいが、素手で鎧を殴ってもこっちが痛いだけなんだよなぁ。
勢いをつけたはずの回し蹴りが思ったほどの威力が出ず、よろめかせはしても体幹を崩せず反撃を貰った。利き腕に当たってビリビリ痺れる。しかしここで切り込まなければと反撃に当たりつつラッシュをかける。
「オラッ! 逃げんなッ」
「逃げてるのはそっちだッ──」
俺は6発きっちり叩き込んでから距離を保った。
口を切ったのか血混じりの痰を吐くベレスと、手首を振った後グーパーと動かして確かめる俺。
オーディエンスの歓声で耳がバカになりそうだが、集中しなくては、と息を深く吸った矢先。
「……ッ!」
突然迫る投擲物──ベレスが壊れた剣を投げた。避けようにも、その先で仕掛けようとするベレスが見えている。ベレスも拳を握り、俺に殴りかかってきたのだ。苦く思いながらも咄嗟に避けてしまう身体。これが身軽であったのならまだ手段もあったが、俺はあえなく降参した。
その後、俺たちは軽い傷を治しに砦の備品倉庫へ向かった。賊たちが急いで戦闘に持ち出した跡があり荒れ放題だったが、使える傷薬の1つや二つは問題なく転がっている。
咎める者がいないのをいいことに、たいした怪我もないのに装備を外しながら、さも手当のためだという顔をした。普段ならもう脱いでいるのに、そのまま宴会を始めやがったせいで暑苦しい格好だったからだ。勝負をそのせいにするのはダサいから言わないが、あんなつまらない勝負の幕引きだったのはベレスに申し訳なさを感じた。
俺と同じようにベレスも身軽にしようと鎧を外す。胸当ての下、でっっっっか。
いや、見るだろこれは。
「特効薬もある。要る?」
「んや大丈夫だ。あー……、にしてもこんなもんまであるとは。どこから獲ってきたのやら」
美術品としても価値のありそうな駒を指で弾いて投げる。それに首を傾げるベレス。知らないモノにまばたきをパチパチとして眺める姿はやけに幼く見えた。
「これはなんだ? 戦略図に使うのか?」
「駒だよ、盤上遊戯の」
「……?」
「へえ、盤上遊戯を知らないのか。教えてやるから付き合ってくれよ。ベレスならすぐに覚えそうだ」
互いに傷を治した後、俺は駒を並べながら盤上遊戯のルールや醍醐味を話していた。ベレスは聞いているのか聞いていないのか分からないような顔をしているが、まあ、真剣に聞いてくれているのは少し話した経験から分かった。試合を始めれば、初心者とは思えぬほどベレスの飲み込みは早かった。
駒落としで指南の真似事をして、慣れてくると酒とグラスを持ってきて。雑談混じりの遊びに変わり、それから──。
「──なぁ、ベレス」
「……ん?」
「傭兵に飽きたらうちに来ないか?」
「……はぁ、お前は本当に私を恐れないんだな」
「ん? どっちかと言うと世間に恐れられてるのは俺なんだが」
「そうなのか?」
「ハハ、やっぱしらねぇか」
「すまない」
そうしおらしい顔をされると我慢が効かなくなる。悪魔と呼ばれ、しかし妖艶な姿形をしているのにその実、父親の過保護の影響か無垢な少女のように何も知らない。そのチグハグさすら魅力的だった。
「話しかけてきたのは同類相憐れむものかと思ったんだが、それにしちゃあ何も聞いてこないしよ」
「何か聞かないと失礼だったか? その、私がここまで他所の人間と積極的に自分から話しかけること自体珍しいこと、なんだ」
頬を染めて恥ずかしそうにするベレスに、ああもうと溜息を吐きたくなる。
感情表現が真っ直ぐで、けれどそれ自体が歪な無知のベレス。お前はどうしてそう俺の食指を動かすのか。
溜息のつもりで吐いた息は、無意識に熱を持っている。それをどう感じ取ったのか、盤上から目を離したベレスと目が合う。
俺はとうとう、彼女に触れた。
──────
インナーの空いている谷間の隙間から手を入れて豊満な胸に触れる。感触を味わいたい気持ちを抑え、まろやかな肌をなぞるように指だけ滑らせる。ぞくり、と快感にふるえる身体が、男を誘う。
ベレスの表情は動かない。無機質かつ無感情。だが男は不安になるわけでも、激情に任せるわけでもない。ベレスの瞳孔がわずかに興奮によって開かれていることを確認して、ニンマリとほくそ笑んだ。
「なぁ」
男は顔をぐっと近づける。獰猛な顔は今にも可愛らしいピンク色の唇に喰らいついてしまいそうだ。
「抵抗しないのか?」
俺は今、お前を襲ってるんだぞ。言いながら男は片手で腰を抱く。ベレスは男から逃げるように視線を外した。
「これまで自分を襲った男は斬り伏せてきた。 下賎な連中だ。 そして身体目当てに近づいた男は皆、無愛想に困惑して去ったよ」
「なんだ、不安なのか?」
無表情なベレスの本音が可愛らしくて、男の声が笑いを含んだ。それを小馬鹿にされたと思ったのだろう。ベレスは怒気を含んで応える。
「違う。 領主を斬るのは問題があるだろうと考えていただけ」
「そうか。 そりゃ困ったな」
男は胸を触る手を止めることなく、ベレスにのしかかる。後ろの腰の高さのテーブルにゆっくりと倒れ込んだ。
唇が重なる。カサついた男の唇と、柔らかいベレスの唇。男はゆっくりと感触を堪能するにとどめていた。本音を言えば少し空いた唇の間に舌を突っ込んでしまいたい。だが唇を重ねている間ガチガチに身体を固まってしまったベレスの様子を見て、ゆっくりと事を進めるようにした。下唇を食み、舐める。ベレスはされるがまま、初めての性感に困惑していた。触れ合うのは身体のほんの一部なのに、背筋からビリビリと全身を支配される。
「んっ……ぅ……、ん……」
男はもう片方の手もベレスの胸元に伸ばす。今度はインナーの下から手を入れて、下乳を支えるように。男の劣情をこれでもかと誘う豊満な胸に指がふにゃりと沈み込んだ。簡単にぷるぷると揺れる。
ベレスの体温は驚くほどに低い。だが男の手から体温が移り、身体は熱くなっていく。唇は特に顕著で、ピンクから充血して赤色へと変わっていた。その唇の間に舌を伸ばす。
「は……、あぁ……っ、んぅ……!」
ベレスの身体がこわばるが、抵抗はされなかった。男は気をよくしてベレスの舌と自分の舌を絡めていく。逃げるようにしていた舌を捕まえて、じゅるじゅるとすする。粘膜の音が夜の静寂に響く。ベレスはいじらしく、喉の奥から勝手に出る甘い声が自分のものだとは到底信じられないといった様子で頬を染めた。
「んっ……ふっ、ぁ……」
ベレスは呼吸の仕方など分からない。ただ男に望まれるだけ舌を差し出した。
男が気になって顔をうかがうと、ベレスは相変わらずの無表情で——しかし白い肌は色づいていた。
「……酒の味がするね。 それも安酒の」
顔を離した後ベレスが言った。先程まで飲んでいたのだから当然だろうに、どこか不満げな声だった。ベレスの顔の横には、グラスが2つ残っている。男はベレスの不満を飲み込むようにして軽く口付けた。ちゅっ、と音をわざとらしく立てて。
「……初めての味が、慣れ親しんだ安酒で——これじゃ酒を飲めなくなる。飲むたびに今夜を思い出してしまいそう」
「次は良い酒を用意しよう」
「傭兵に次を期待するな」
「可能性はゼロじゃないだろ? 俺はベレスが負ける姿なんて想像もつかないしな」
「ふふ、さっきの手合わせで負けたのを引きずっているのか?」
ベレスが楽しげにしている様子は初めてで、男は衝撃を受けた。鉄壁の表情が崩れたのをベレス本人は気づいていない。ああ、そーだよ。男が上の空で言う。自分だけに注がれた奇跡を堪能している一瞬のうちに、心を鷲掴みにしたベレスの顔は染まった頬を残して引っ込んでいた。
「な、脱がせていいか?」
「今更なにを」
男がまさぐったせいで、ベレスのインナーは脱げかけている。それはそれでそそるが、その白い肌の下を拝みたい。ヘソの上から手を這わせて服を脱がせる。
「あっ」
一気に捲った反動でぼわんと熟れた胸が飛び出す。ヒュウ、と無意識に口笛が出た。触れればたぷたぷと極上の感覚を与えるのに、ハリのある胸は美しい曲線を失わない。頂は既に天井を向いて男を誘う。
本能のままにしゃぶりつく。少しだけ汗ばんだ肌から放つ女の香りがたまらない。ぺろりと舐めると汗の味がした。男の舌が肌を這うたびベレスは快感から小さな声を上げる。盗賊たちも怯える灰色の悪魔とは到底思えないような女の姿。それだけでもたまらない。まだ始まったばかりだというのに、男の陰茎は勃ち上がり始めた。無意識にベレスの太ももに押し当てる。ベレスは思わぬ熱量に戸惑いながらも逃げようと足を開く。それが悪手となり、自然と足の間に男を導いてしまった。
男がベレスの胸元を唾液で濡らしきってから身体を起こす。布を隔ててベレスのそこと合わさった。
互いの瞳は惚けている。戦場でも冷静なベレスの頭は鈍り、剣が壊れるまで振るおうとも易々乱れない呼吸は乱れ始めている。未知の感覚にベレスは初めて口を寄越すようにねだり、男は喜んでそれに答えた。
男の無骨な手はとうとうベレスの下肢におよぶ。タイツの上からあやすようにして足と尻の輪郭をなぞった。脱がせる時も男は優しげな態度を貫く。しかし視線は飢えた獣そのものだった。どうにもベレスの身体をおかしくさせる。動かない心臓が動いているように錯覚するほど身体は火照り、腹の下が疼く。
傭兵として鍛え上げられていながらも女性の柔らかでむっちりとした太ももと尻が、男の眼前に差し出されている。最後の砦である下着を指に引っ掛けてするすると下ろす。
「ああ……綺麗だ」
窓から注ぐ月光が浮かび上がらせた裸体は、どんな言葉を並べても足りないと思わせる。触れてはいけないような高貴な美を欲のままに犯せる状況に、男は歓喜した。
ベレスの陰部は既に濡れきっていた。試してみれば男の指の1本をすんなりと膣に迎え入れた。
「……っ、あ」
陰核をとんとんと刺激しながら、中を指で探る。くちゅ、くちゅ、くちゅ、と音が耳に入る。快楽で生まれた粘液のおかげで男を拒むことはない。膣の中は熱く、狭い。ベレスは本人すら知らない場所を触れられて、困惑するばかりだった。
差し込まれた指が内側を擦る。ザラザラとした場所を嬲りながら、ねっとりと膣壁を侵攻し続ける。
「……っはぁ、……ん、……ぁ、ふっ……」
無理を強いたくはない。一度イかせることを決めた男は陰核に集中する。やさしく摘み、加減を伺いながらグリグリと押す。
「……っ、だめだっ! それ、やめ……ッ!」
「ハハ、そんな好い声出されたらやめれないって」
「…………ぁっ、ぁあああっ────!」
静かに達したベレスはつま先をぎゅっと丸めて身体をこわばらせた。
中で男の指をぎゅっと絞めるのを感じる。膣はふしばった指をを奥へ奥へと欲しがってうねる。
「大丈夫か?」
「……っ、うん」
聞いておきながら、大丈夫ではないのは男のほうだった。完全に勃起した陰茎はよだれを垂らしている。窮屈で痛むので男はさっと雑に片手でズボンを下ろしながら、ひくついたベレスのそこへ釘付けになった。そのせいで気づいていなかったが、ベレスは生まれて初めて見る浅黒く血管が浮き出た陰茎をぼんやりと見つめている。
2本目の指を入れて、膣の内側をそれぞれ広げるように動かす。イった後の膣は程よい塩梅で指に吸い付いてきた。
「早くしろ……」
「まだだって。 俺のじゃきっと痛い」
「痛みは慣れてる」
「戦場の傷と同列にしてどうすんだよ」
「傷がつくのは同じだ」
「それに、せっかくなら気持ちよくなって欲しいしな」
「っ、それは、私も、おなじこと……だ」
快楽で潤んだ瞳が、男を射抜く。そんな可愛げのあることを言われれば、男は理性の最後のタガを外した。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。粘膜が出す音と、肉と肉がぶつかり合う音が絶え間なく響く。
「っ、あぁ、あっあっ、んっ、ひぁ、あっ、んぅあっ」
「ベレスのナカ、締め付けて——分かるか? 初めてとか嘘だろ。 アホみたいに、美味そうに咥えてんじゃん」
「やめっ、ダメだ、あぅっ、そこっ、変に、ふぅっ」
「おいおい、中で感じてるとか、エロすぎ……ッ!」
ベレスが腰を掴む手の上から白く長い指を重ねると、ぎゅっと男から手を繋ぎ合わされた。イイところを突くのを止めて欲しいかったのに、口で言おうにも喘ぎ声ばかり。
「もう限界だ、ベレス……!」
男の抽送が激しくなる。グッ、グッとした動きが、ベレスの奥深くに届く。
「……ぁあっ、ぁっ、イくっ! ぅ、きちゃっ、きちゃう、っ! あっ、……ぁ、おく、おくっ! ゃ、あっ、ダメっ!! ああっ!!!」
「……ベレス、出すっ! 出すからなッ……!」
「あッ……! ああああッ────!」
どくどくと、男の白濁がベレスに注がれる。二人はハァハアと熱い息を吐きながら、じっと目を合わせて唇を塞ぎ合った。
──
空がわずかに白み始めた。丸いステンドグラスから霧のような光がぼんやりと増す。
ベレスは思い出したように突然目を丸くすると、セックスする前まで戦っていた盤面遊戯から駒をつまみ上げてコトッと置いた。
「チェックメイトだ」
「っはは、マジかよ」
駒落ちとはいえ初心者に一夜で負けるとは思いもよらなかった男は、情けなくも両手を上げて笑った。