※この作品はR-18です。

真冬の雪融け水   作:Abeeeta

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大変間を空けてしまい申し訳ございません。更新です


おうちにすまわせていただきます

ミケウパシは激怒していた。こちらは取引に応じて要求を飲んだというのに、相手側から持ちかけられた約束が果たされなかったからだ。自分の秘密を守るという条件──裏返せば取引を飲まねば秘密を大々的に暴露してやるぞという脅しである──を目の前にぶら下げられ、渋々あの様な辱めに耐えたと言うのに。あいつ、あろう事か自分から吹聴したのではあるまいな。

と、その様な事を混乱しっぱなしの頭と幼い語彙で考えながら、件の同族の元へと急行した。

 

「ねぇ、ちょっとぉ!!ルプノチウさぁ!!!」

 

「あっ、みーくんじゃないですかぁ。おはようございます〜。朝っぱらから元気な声でどうしたんで──」

 

「やくそく!!まもってっていったよね……あのこといわないでいてくれるって、いったよね!!」

 

きーきー喚き散らかしてはルプノチウを翼でべしべし引っぱたくミケウパシの口に南天の実を突っ込んで、ルプノチウは首を傾げた。

 

「もがっ……むぐむぐ……」

 

「ええ、確かに秘密にすると言いましたよ。勿論口だけじゃないです!ちゃーんと口に戸、立ててますとも」

 

えっへん。と何処からか聞こえてきそうな表情で胸を張る同族の無駄に柔らかく甘い顔に、抜けた羽をばしん、と叩きつけたミケウパシ。南天を飲み込み、そのまま胸元のふかふかな羽毛を鷲掴んでルプノチウに怒鳴る。その震えて上擦った声の原因は怒りか、はたまた羞恥か。

 

「だったら!!なんでみんなあのことをしってるの!!ぼくが……ぼくが、も、お、おしっこをもらしたはなし……!ぜったいルプノチウがこっそりひろめたんだ……。げどう!はらぐろ!うらぎりもの!!」

 

「いえ、ですからぁ……へ?なんて?」

 

水掛け論になる未来を予想して溜息を零すルプノチウの反駁は1文字たりとも喉を出ること無く消えた。日頃から余裕たっぷりの彼にしては珍しく、ぽかんと呆けて嘴も半開きだ。

 

「……あの人間さんに犯されてひんひん喘いでいたところを黙っていて欲しかった、のでは無いのですかぁ……?」

 

「はぁ……?そんなの、むれのみんながきいたところでわかるはずないじゃん。ぼくがかくしてほしかったのはもらしたことなんだけど」

 

何言ってんだこいつ、と言わんばかりのミケウパシの態度に、ようやく意中の相手を怒らせてしまった事を理解し、ルプノチウは焦りだす。彼は群れの中でも随一の頭脳を持つが故に失敗体験が少なく、想定外に弱かった。そもそも想定外だとなかなか気付けないのである──今回察したのは、かなり早い方だった。

とはいえそんな彼にも、仔細を聞かず勝手に判断してしまったことによって生じたツケの精算の仕方はわかる。それは──

 

「みーくん、そ、その……本当に……すみませんでしたぁ……!!」

 

誠心誠意、謝罪に徹することである。ルプノチウもこの時ばかりは、雪面に頭を擦り付けるのだった。

 

 

 

 

 

こんこんこん、と俺の家の扉がノックされていた事に俺は気付かなかった。俺が来客に気付いたのは、暫くノックが続けられてからピンポン、と明るい音をチャイムが奏でた時だった。

 

「はーい、今出まーす」

 

朝食を終え、コーヒーを楽しむべくゆっくりと傾けていたカップを置き、足早に玄関へと向かう。途中で壁掛け鏡を覗き込み寝癖が無いことを確認し、すぐに足を進める。玄関扉を引いて開けると、向こう側には誰もいなかった。ただ雪景色が静かに広がっているだけ。

ピンポンダッシュか?と思い辺りを見回すも、玄関前の雪は足跡など無い綺麗な雪面だ。全く雪を汚さず歩くなんて、そんなことは不可能だろう。

じゃあ何だ?誰も居ないのにチャイムがひとりでに鳴った?

 

「そんな、まさかな……」

 

身体のあちこちを突き刺すような冬の冷気とは違う、じっとりとした寒気が俺を襲った。考えるのが怖くなってきた俺は引き戸を閉めようと扉に手をかけ──

 

「ちょっと!!なにしめようとしてるの!!」

 

「えっうわ何!?ほんとやめて幽霊とか無理なんでやめてくださいお願いします!!!」

 

怒鳴られた。子供っぽい甲高い声で。しかしやっぱり誰も居ない。こうなってくれば本格的に幽霊等の非現実的な現象も疑ってかかるべきか、と覚悟を決めた俺の頭はやけに軽い平手で引っぱたかれた。

 

「もー!!うるさいってば!!しずかに!うえを!みる!わかった!?」

 

「あ?上……って、お前、一昨日の」

 

声に従って目線を上げた先には、非常に不服そうな顔でこちらを見下ろすでかいシマエナガの姿があった。

 

 

 

「──なぁ、気付かなかった事は謝るからよ、いい加減俺の髪を弄るのはやめ──痛っ!髪の毛抜くんじゃねぇ!!わざとじゃねぇって言ってるだろうがッ……いっでぇぇぇ!!」

 

俺は現在でかいシマエナガ──もとい雪の精のミケウパシ──に頭をもみくちゃにされていた。彼は俺が髪の毛を抜かれると痛みを感じる事を理解してからというもの、小さな嘴で器用に咥えては躊躇も容赦も無く引き抜いていく。だいたい30本を犠牲にされたあたりで、頭の上に鎮座し破壊の限りを尽くさんとする小さな暴君を引き剥がして机の上に移動させる。

何なんだこの大福体型野郎は。将来禿げたら全部お前のせいにして、ついでにその羽根こそぎ抜いてドリームキャッチャー作ってやるからな。と、呪いの言葉を頭の中で吐き出した俺は乾いた溜息を溢れさせる。30本だから、今はまだ若いから、と侮るなかれ。寂寥感漂う親父の頭を見ればきっと俺の危機感が共有できる筈だ。別に親父が嫌いな訳じゃないんだが、それでも俺はああはなりたくないんだ。

 

「……で?ウチに来た理由は何なんだよ。何か忘れ物でもしたか?」

 

「ちがうよ!だれかさんがらんぼーにしばったままつれてきたせいでみひとつだよ!!……まあもとからぼくらはふくとかきないけどさ」

 

「縛られて誘拐……?一体誰がそんな非道い事を……」

 

「しらじらしいなぁ!?あとひどいことしたってじかくがあるならあやまってほしいんだけど!!」

 

「いや、あれはクソ生意気にも煽ってきた小鳥をわからせるためだったんで必要な行動ですね」

 

「はぁ〜?なにいってるのぉ?」

 

「あぁ?文句あっかよ」

 

眉間に皺を寄せてメンチを切り合う俺たち。そんな折、話が進まない事を見かねたかの様なタイミングで間に割って入る声がひとつ。

 

「あのぅ、おふたりとも落ち着いてください……」

 

「……誰!?不法侵入!?……鍵掛け忘れたか?」

 

警察警察、と携帯電話を取り出す俺の視界を、白い毛玉が遮った。ミケウパシに邪魔されたと思い込んだ俺は、そいつを押しのける。が、何かがおかしい。

 

「むぎゅっ……」

 

「あれ?ミケウパシってこんな声じゃなかったよな」

 

「そいつはぼくじゃないよ!ぼくはこっち!」

 

「え?あ、マジだ。は?じゃあ何?増えた……?」

 

冷静さを取り戻したかと思えば、途端に新たな疑問が浮上してきて、俺は首を捻るほかない。思考の海に沈もうと脳内の俺が飛び込み姿勢を作った辺りで、俺の手の中に収められた毛玉が声をあげた。

 

「……ぷはっ。ほっぺたを掴まれて苦しかったです〜……。こっそり入って来て驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、みーくんを一羽で行かせてしまうと先程の様に話が進まなそうだと思いまして……」

 

「はぁ……つまりミケウパシくんの代わりに訪問の要件やら何やら色々説明してくれるってこと?」

 

「ですです〜。あ、私はみーくんと同じ群れのルプノチウといいます、どうぞよろしくお願いします」

 

「あっはい、よろしくお願いします……」

 

理解は及ばなかったものの、一応納得した俺が挨拶を返していると、ミケウパシが割り込んできた。ルプノチウに思うところが幾つもある様子だ。

 

「あのさぁ!ぼくのことばかにしにきたの!?なんできたかくらいちゃんとはなせるんですけど!!」

 

「あらあらぁ……そうでしたか。それは申し訳ありません、でしたらみーくんが自力で説明してみてください。私が口出ししない方がいいんですよね〜?」

 

「そーだよ!わかればいいんだよ!!……まったく……。で、ぼくがここにきたりゆうは……」

 

「理由は?」

 

「…………」

 

「あの……黙ってたらわかんないんだけど……」

 

「あぁぁああぁ!!うるさいなー!!だまっててよ!いまいおうとしてるとこなのに!!!」

 

湯気が立ち上ってきそうな剣幕で怒鳴ってくる──とはいえ見た目は大きめのシマエナガ、中身はガキだから怖くないが──ミケウパシ。今にもむきー!!と叫びそうな面で嘴をカチカチ鳴らしている。歯ぎしりの様なものだろうか。

 

「……ねー、にんげんさん。ルプノチウもさぁ」

 

「ん?どうしたよ」

 

「はい、なんでしょうかぁ?」

 

「……わらわないよね?ぼくがなにをいっても」

 

俺は飾り羽が黒い方の鳥と顔を見合せた。

 

「……あー……。人の不幸を笑うつもりは無い……はず」

 

「一度聞いている話ですし……反省もしていますから、笑わないように努力はしますよ〜」

 

「ふあんになるへんじだなぁ……!!あ〜、もういい!!いう!!あの……にんげんさんにつかまったときにおもらししてたのがばれてひろまってて……はずかしくてにげてきたのっ!!だからにんげんさんちにすまわせて!!」

 

「ぶふっ……!」

 

「あ〜!!ルプノチウまたわらったなぁ!?」

 

「だって……堪えられなくてぇ……!んっふ……」

 

「むきーっっっ!!!」

 

「……あー。なんて言うか……漏らさせて……すまん」

 

まだ床は冷えているが暖房が程よく効いてきたリビングで繰り広げられる、小動物たちの空中追いかけっこを眺めながら、俺は割れ物をそっと遠ざけながら謝罪の言葉を置いておくのだった。

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