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ロシュツキョー――初めて耳にしたときは、それがどんな意味かさえわからなかった。
「そんでね、そのオッサン……ノースリーブのワンピースを着てたらしくて」
「オジサンが」
楽しそうにロシュツキョーの話をするユウちゃんに、私はオウム返しのような相槌を打つ。ようやく終わった算数の授業――どうやら先生は公式とか計算が大好きらしく、教科書にあることないこと脱線しがちだ。好きな人には楽しいんだろうけど……多分、教室の半分以上のコは聞き流してそう。私もすっかり疲れてしまったけれど、ユウちゃんも同じだったようだ。その不満を爆発させて、手振りはいつも以上に激しい。
「暗い夜道で目が合ったと思ったら……その服、前をボタンで止めてたみたいなのね」
ユウちゃん本人が見たのではないらしいけれど、臨場感あふれる喋り方のおかげで……それが異様な光景だったことは伝わってくる。これはもう、次の展開は当然……。
「やっぱり……それを……?」
私も似たような服は持っている。けど、見知らぬオジサンにそんな使い方されちゃったら……もう着れないかも。
私の嫌な予感は顔に出ていたのか、ユウちゃんは意地悪そうにニヤリと笑う。そして。
「うん……ぶわーって」
胸元に合わせていた両手を威勢よく広げるユウちゃん。きっと、服の前のとこが握られていたのだと思う。実際に目の当たりにしていたら……物凄い光景だったろうな……。夜の暗い道でそんなオジサンと出会ってたら……泣きだしちゃったかもしれない。
もし、出会ったのが私だったら――目の前には変なオジサン――私はひとりだけ――逃げ切れるかな……というか、そんなオジサンが開いたワンピースをヒラヒラさせながら走って追ってきたら……! 捕まったらどうなる……? どうなっちゃう……!?
そんな想像とは裏腹に、それは現実にあったことだから。
「でね、そのお姉さん、無視してそのまま素通りしちゃったって」
「つ、強い……」
前方に現れた全裸のオジサンを横目にそのまま素通りとは……。
「追われたりしなかったの?」
「うん、一応、背後から誰か来てないかしばらく気をつけてたみたいだけどね」
一〇分休みに相応しく、あっさりした終わり方だった。結局そこからひと悶着もなく、無事に帰宅できたらしい。
次の授業のチャイムが鳴ったので、ユウちゃんは自分の席へと帰っていった。そして、私も鞄から教科書を取り出す。そして、空を見た。私の席は窓際だから、外の様子がよく見える。明るいのに雲は暗くて重く、ひと雨来そうな……だから、傘は持ってきておいた。けれど……天気予報に反して、空からは少し光が差し始めている。どうやら雨は降らないらしい。
手荷物の傘は無駄になってしまった。蓋を開けてみればこんなもの――やっぱり、現実は想像をなかなか超えてはくれないらしい。
***
いわゆる“怖い”にも色々あって……物々しく人が血飛沫を浴びたり身体の一部が吹き飛んだり……そういうのはあんまり好きじゃない。何が起こるんだろう……どうなってしまうんだろう……そういうドキドキが、私は好きだ。こういうことは、
それはいわゆる、肝試しのような。お化けは出るのか、出ないのか――そういう意味では、オバケよりは変なオジサンの方が出そうな気がする。どうすれば出会えるのかな……? って、決して会いたいわけではないのだけれど。昼間、ユウちゃんの話では、結局何もされていない。とはいえ、相手は女装して変なところを見せてくる変なオジサンだ。きっと、何かされてしまった人もいるはず。そっちの話も、私は聞きたい。もし出会っちゃったらどうなるのか……って、本当に会いたいわけじゃないんだけどッ! それでも、近所に実際に会っちゃった人もいるわけで……もし私が会ってしまったらどうなっちゃうのか……それを、想像して楽しみたい。
ユウちゃんの話があったその夜、私は自分の部屋でスマホを見ていた。『ろしゅつきょう』――その単語をネットで検索してみると……ああ、漢字だと『露出狂』って書くんだ――『露出』の方は何となく想像できていたけど、『狂』って……狂ってるってことだよね。そんな人と鉢合って、無事で済むはずがない。
何より、私はそのー……男の人の身体には詳しくないから。オジサンの姿の方も想像できない。だから、まずはそこから紐解いていくことにした。こうやって、恐怖の存在が少しずつ明らかになっていくのは……ドキドキする。
きっと、すごいものが出てくるんだろうな……恐る恐る、私は画像を検索してみると――
「……え?」
こ、これ……どういうこと……? 確かに、オジサンの絵や写真もある。けど、それらはわざとらしすぎて……こんな作り物じゃ怖いというよりギャグにしか見えない。これだったら、お姉さんが夜道で出会って素通りできたのも頷ける。
だから、私が驚いているのはそっちじゃない。オジサンの写真よりいっぱい並んでいるのは……まさかの、女の人たち……!
「え? え? ……え?」
な、な、なんで……なんで……女の人が……? 確かに、状況はユウちゃんから聞いたのと似てる。夜道で、前開きのワンピースで……それどころか、その一枚さえもなくて……!? けど……ちゃんとおっぱいもあって、チンチンはなくて……しかも、わりと若くて、キレイめで……。そんな女の人たちが……夜……だけでなく、明るい昼間にも……海辺で……森の中で……みたいのはまだわかるけど……車が走ってる道路で!?
そんなところでこんなことしてたら捕まっちゃう! というか、相手がお巡りさんでなかったら……どんな……どんなことになっちゃうんだろう……?
私は最初、露出狂のオジサンに出会ったらどんなことをされてしまうのか調べていたはずだ。けれどもいまは……逆のことを考えている。露出狂の女の人が誰かに見つかってしまったら、どんなことをされてしまうのか……と。
***
漫画は、あくまで漫画なんだと私にだってそのくらいはわかる。体験談ってタイトルにはなっていても、それらも結局似たようなもの。だって、そんなことが本当にあったのなら……そもそも、女の人だってあんな素直に従うはずもないし、事件として新聞にも載るはずだし。けど、日本は今日も平和だ。ユウちゃんから聞いたオジサンの話の方がまだ現実味もある。
だから……実際に起こることは、もっと地味なんだろうな。そしてそれこそ、私が望んでいることでもある。恐怖、というのはそういうところにあるのだから。
そのギリギリのところを味わいたくて……休日に私は、散歩に出ている。スカートは短くして、中には……何も穿かずに。パンツも何も。
お腹やお尻に当たる感触が普段と違う。確かに、スカート。それに、いつもより空気の流れ? みたいのをしっかりと感じられる。私……ノーパン、なんだ……。しかも、こんな短いスカートで。もし風が吹いて……そのとき偶然、誰かが見てたら……!
けれど、それで満足していたのは初日だけ。翌週、もう一度やってみたけれど……案外突風というのは吹かないらしい。それで、わざわざ歩道橋を渡ったり、近所のスーパーの二階に上がってみたものの……覗き込んでくるような人はいなかった。
私はついに待ちきれなくなって……誰もいないことを確認すると、お店の陳列棚に隠れて……パッと後ろを、パッと前を……やっぱり誰もいないみたいなので、しっかりと持ち上げてしまったり……♡ お店で下半身丸出しなんて……もし、誰かに見られたら……!
けれど、それもまた慣れてきてしまって……そんなある日、思い出したのがあの服……真夜中のオジサンが着ていたと聞いて、着る気がなくなってしまったノースリーブの前開きワンピース――いまでは、オジサンの気持ちがちょっとわかるかもしれない。もし、こんな格好を誰かに見られたどうなってしまうのか――それを確かめずにいられなくて――!
いまのところ、私はまだそれを想像するだけで十分楽しい。少なくとも、いまは。だから、誰もいない静かな住宅地で。ボタンを外して、前をガパっと開いたまま。曲がり角なんかは、向こう側から誰か来ないかカーブミラーをじーっと睨みつけてたり。ひと気のない駐輪場や駐輪場とかでは、ちょっとだけその場に脱ぎ落としてしまったこともあった。
けれども――昼間にできることは限られてる。私の中で、ちょっと行き詰まりを感じていた。やっぱり、明るい時間は人も多い。バレないように慎重にやるか、もしくはバレるのを承知で――ふたつにひとつ。中間がない。
それで、私の中にある想いが積み重なりつつあった。どこまでならできるか――その可能性を探していく中で。
***
こんな時間に出歩いていることがバレたら……絶対怒られると思う。だから、事前にこっそり部屋にサンダルを用意しておいた。窓の外は真っ暗。けど、昼間に寝ておいたから眠くない。というより、これから挑戦することを思うと眠れない。
着ているのは、例の前開きのノースリーブワンピース。もちろん、中には何もない。素肌に、その一枚だけ。
家の中の物音に聞き耳を立てながら……私はそっと磨りガラスの窓を開ける。夜風は湿っていて生温い。暑くなるのはもう少し先だけど寒くなくて良かった。窓枠に座ってサンダルを履いて……私はマンションの廊下に下り立った。ここは五階。近所の建物はもう少し背の低いものが多く、柵も鉄格子だから広く遠くまで見渡せる。
外から鍵は閉められないから窓だけ閉めると、私はエレベーターホールと反対側の階段へと向かっていく。エントランスもエレベーター側だから、この先の階段を使う人はほとんどいない。何より、こんな深夜二時に出歩いている人自体が――
こんな時間にひとりで外に出たのは初めてで、暗い静けさが……私の計画を加速させる。もうこの程度なら躊躇もせずに――スカートをグイっとおへそが見えるまで持ち上げてしまった。暗い中、ライトアップされた明るい廊下で。けど、すぐにそれだけじゃ足りなくなって……本当は階段で脱ぐつもりだったんだけどね。まだ廊下の途中なのに、服のボタンを外し始めて……外に向かって、露出狂のオジサンみたいなことを。
「……はぁ……はぁ……♪」
少しドキドキしているのは、外に向けて裸を見せびらかしているからじゃない。これからもっとすごいことをしようとしているから――!
シュルシュル、と肩のところを落としていって……急いでいるわけではないけれど、ビクビク怯えているわけでもない。ただ、お風呂の脱衣所みたいな雰囲気で……私はワンピースを脱いでしまった。中には何も着ていない、唯一の服を。
「あ、あ、あぁ……♪」
そしてそのまま、歩いている。スカスカの鉄格子の向こう側に夜の街並みを臨みながら。昼間の駐輪場ではせいぜい一瞬裸になる程度。こんなふうに堂々と歩くことなんてできなかった。それを私は……ワンピースを小脇に抱えて、私は……!
けれど、ここで私が考えてしまうのは……もしこのフロアの誰かが出てきたら……パッと後ろを向いて、素早く服を羽織って、コソコソとボタンを留め直して……そんな、回避策。それじゃあ……面白くない。だから、私はここへ来たのだ。滅多に人の通らないこの階段を上りながら、踊り場にそっとワンピースを置いて――!
そして、私は六階フロアへと踏み出した。さっきまで持っていた手荷物はなくなっている。キレイに手ぶらだ。何もない。肩から胸からお腹から、お股の間からお尻まで……何にもない……!
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
すごい……私、すごいこと、してる……っ! もし、もし、いま誰かが出てきたら……一生懸命走って逃げると思う。けれど、裸である背中もお尻も隠せなくて……見られちゃう……絶対、見られちゃう……! 裸で廊下を歩いてるところを……絶対に……!
あと……開放感も……気持ちいい……っ♪ 普段、こんなところで裸になることなんて……というか、お風呂以外で裸になることなんてないから。それをこんな広々としたところで……♪ 私、裸になること自体も案外好きなのかも……♡ 見つかったらどうなるか――そんな想像しなくても……こうやって裸になっているだけで楽しい……というか……このドキドキが……気持ちいい……♪
せっかくなら一番上の七階まで上がっておいた方が良かったかな? このマンションで一番目立つところから、この姿をお披露目したら……さすがに遠目でも気づくよね。だって、肌色の塊が廊下を歩いてるんだもの。そしたら私……私……♡
名残惜しいけれど、エレベーターホールに到着してしまった。あとはこっち側の階段から下りて、五階フロアを横断してから服を回収すれば今夜のドキドキミッションは完了だ。しかも、五階は自宅もあるから、いざとなったら逃げ込める。だから、ちょっと物足りないなー……なんて思っていたら……!
――ガコンっ! ウィーーー……ン……
エレベーターが!? こんな時間に!? 私は反射的に家のある五階の方へと駆け込もうとするも――あっ、うちのエレベーター、窓ガラスになってて中が見えるんだった! もし乗ってる人がこっちを向いてたらそれだけでアウト――それに気づいて私は足を竦ませる。
うっかり中途半端な階にいてしまったばっかりに、上で押されたのか、下で待っているのかもわからない。五階と六階の間で私は小さくなって蹲っていると……すぐ下の扉が開く音が聞こえてきた。すぐ傍に、人が……!
私は音を立てないように……あと、後ろから誰か来ないか気をつけながら……下りてきた階段を急いで引き返す。ああ、きっとオジサンと出遭ったお姉さんもこんな気分だったんだろうな。立場は逆だけど。
早足で六階のフロアを逆走しながら私は考える。もし、あのまま帰ろうとしていたら、全裸で窓枠によじ登っているところを見られたかもしれないし、タイミングが悪かったらあの場で……! じっと様子を見ていて助かったー……!
そして、置きっぱなしにしていたワンピースをいそいそと着込んで……一応五階フロアの確認を。もう裸ではないけれど、そもそも外出自体がいけない時間帯だから。幸いなことに、エレベーターの人はもう家の中に入ったみたい。……ふぅ、私ももう帰ろう……。
あー……ビックリした! けれど――もう懲り懲り、って反省するかと思ったのに、そんなことは全然なくて……むしろ、今度こそ成功させてやる! なんてさらに決意を強くしちゃったり。バレるかバレないかギリギリのところ――その境界線はまだまだ遠いところにあるような気がした。
***
露出狂って、狂ってる、って書くんだよねー。すごい字面だなー……なんて他人事で考えていたけれど、自分がなってみると、確かに私は狂ってるかも。良くないこと、危険なこと……それはわかっているのに、やめられない。もうノーパンスカートめくりどころか前開きまでしても全然で、きちんと脱ぎ落とすのは絶対必須。それからどれだけ長く脱いでいられるか、服からどれだけ離れられるか――危なければ危ないほどドキドキして、ドキドキするほど……身体の中から気持ちよくなってくる。
休日の度に私は街中を散歩して、裸になれそう場所を探していた。うちの階段みたいに使われてなさそうなところや、駐車場、公衆トイレや倉庫の裏――もちろん、自宅のマンションでも。
サンダルを用意することさえ面倒になって――帰ってから足の裏を拭いておけばいいかな、ということで裸足で。もちろん足から上も何も穿かず、何も着けず、お風呂に入るみたいに窓から抜け出して。けれど、もう一階から七階までぐるりと一周してしまって、ここでできることはさすがにないかも。
それで、他のみんなはどんなことしてるのかなー……って『露出狂』で検索するのが私の趣味になっている。もう男の人への興味はなくなってるので……『露出』と『女』で。はぁー……こんな混み混みの電車に全裸で……吊り革を握って堂々と……。これが作り物か、本物かはわからないけれど……うー……私には無理だろうなぁ……。けど……うーん、うーん……ちょっと憧れるなー♡
そんなことを思いながら、他の女の人たちの裸の写真を見ていると――
「!?」
こ、これ……本気で……? 絶対無理だって! けど……うーん……うーん……。
***
ひとりで露出遊びを楽しんだ週末が明けたばかりの月曜日の学校――お昼休みのあたりから空は急に雲に覆われ始めて、いまでは土砂降り。体育は中止になって、代わりの授業といえば……
「そろそろ算数も面白くなってくる頃だろー?」
面白くなってるのは先生だけ……なんて言ったら、少ないながらも存在する算数好きのコたちに悪いから言わないけれど。でも、やっぱり算数はあんまり好きじゃない。何というか、数字からは何もイメージがわかないから。
「まー、いつも言ってるとおり、割り算は掛け算の逆だから――」
理屈はわかる。けど、だからなんだ、という感想しかない。
「ところで、この割合という発想が――」
ああ、また先生の『ところで』が始まった。だからきっと……ここから先は、しばらく授業の本筋とは関係ない。しかも、体育の代わりの追加授業だから、徹底的に語るつもりだろう。いつものことだから、他のコたちも……算数が好きなコは興味津々だけど、私は……私は――
「……♡」
私の中の時間が急速に流れ始める。ユウちゃんは覚えてるかな。露出狂が着ていたっていうワンピースのこと。今日、私がこれを着てきたことには意味がある。
昨日ネットで見たあの写真――学校の教室で――ひとり裸になって授業を受けている女のコ――雰囲気からして、多分高校生だと思う。他のみんなは制服を着ているのに、そのコだけは上から下まで何も着ていなくて――教科書を持って、読み上げていた。おっぱいも、毛の生えたアソコも隠さずに。
電車で裸になるのは、むしろ大人になってからでもできる。けれど、こうして学校に通っていられるのはいまだけだから――!
本当は、挑戦してみようと思っていたのは放課後だけど。誰もいなくなった教室で、あの写真と同じ格好になって――もし、これが授業中だったら、なんて妄想したり――けれど、その妄想が――妄想じゃなくて、実際に――でき――ない。できるわけがない。けれど、それに近づくことくらいは――ギリギリの境界線まで――!
次はいつになるか――むしろこんなチャンス、二度と巡ってこないかもしれない――私は弾け飛びそうな胸を押さえながら部屋中を見回した。ここは一番後ろだから、みんなの様子がよくわかる。そして、そのとき気がついた。すぐ右隣の吉本くんが……今日は……お休み……! その向こう側の中島さんからは、きっと吉本くんの机が目隠しになって……!
それが、私への決定的な後押しとなった。
机の下でこっそり――スカートの裾を――膝の上まで――ももの上まで――もっと、もっと――
けど――これ以上は――パンツ見えちゃう――見えちゃうんだ――パンツ――授業中なのに……!
「はぁ……はぁ……」
私の息と同じように、先生の算数話もどんどん盛り上がってくる。
「つまり、こんな感じで……すべて同じ値になるってわけだ。すごいだろー、偶然じゃないぞー。これを昔の人は――」
私の耳に、先生の話は届かない。もっと、もっと、すごいことを……! ちょっとだけお尻を浮かせて、スカートを後ろにずらすと……案外違うんだね、スカートで椅子に座るのと……パンツでそのまま座るのは。
「はぁ、はぁ……あぁ……♪」
先生の算数話はいつものことなので、気になるコは気にしてるけど、気にならないコはノートに落書きなんかを始めてる。誰もが自分のことだけ。そんな空気の中で、私の好奇心はどんどん大きくなってくる。これ以上は、本当に――いまならまだ間に合う――引き返せる――けど――!
――ペタリ。
冷たくて硬い椅子に、私のお尻が直に触れた。まるで、トイレに座っているかのように。すごい、すごい、すごい……! 私、すごいことしてる……! 学校の教室で――授業中に――お尻丸出しにして――!
さすがにこのカッコでモジモジいるわけにはいかず、私はサッとスカートを戻した。けれど、あえてスカートだけ。その中で、パンツは未だにもごもごとずれたまま。それを外からちょっとずつ下ろしていって――これ以上やったら……見えちゃう。スカートの中で、パンツ脱いでるのが。
軽くみんなの様子を再確認して――
「これは、円周率、と言ってだな――」
やるならいましかない……っ! 膝を超えると、パンツはストンと足の甲の上に落ちてしまった。そこからつま先を抜いて――さり気なく落とし物を拾うように身を屈めると、脱いだ下着を回収した。改めて見回してみても、何も変わっている様子はない。
だから――
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私いま、ノーパンなんだぁ……♡ ワンピースの下は、何にも着てない。穿いてない……♡ なのに、そのワンピースのボタンを……五つあるうちの、一番下のを……!
「……あはぁ……♡」
足の間が、少しだけ涼しくなった気がする。ももを開くと、すーっと風が入ってくるような。この感覚、ちょっと懐かしい。露出を始めた頃はこれだけで気持ちよくなっていた。けれど、すぐに飽きちゃって。とはいえ、それは誰もいない場所だったから。こんな……こんな、みんなのいる教室で……!
けど、けど……まだ……イケるから……! もうひとつ……下からふたつめのボタンをくいっと外す。
「はぁ……あぁ……、……はぁ♡」
すごい……すごい……! お股に……教室の空気が直に当たってるみたい……! もし誰かが前から覗き込んだら……見えちゃうんだろうな。……私のアソコ。恥ずかしい……けど……この空気の中でアソコに風を当ててると思うと……あぁ……あぁ……止められない……止めたくない……せっかくなら……イケるところまで……っ!
下から三つ目――真ん中のボタンまで外してしまった。このまま立ったら、絶対見えちゃう。スカートのところがヒラヒラなびいて……お股のところが……絶対……!
けど、いまは座っているから。とうとう私は下から四つ目――留まっているボタンはもう、一番上のひとつだけに。
「はぁ、はぁ……ふふふ……ふふふ……♡」
お腹どころか……胸まで……すーすーする……。まるで、裸になったみたい……♪ けど……
「ふふふ……ふふふ……♡」
本当は裸になっていない。もちろん、こんなところで裸にはなれないけれど。それでも、もっと裸になりたい……裸に近い、格好に……!
念のためにお腹のあたりは左手でギュっと閉じて。右手で、ちょっとずつ……最後のひとつ……胸元のボタンを……ゆっくり……ゆっくり……
そして――!
「……っ!」
私……私……私……っ! いま、すごい状況になってる……!
右手と左手……ワンピースを一生懸命掴んで合わせてるけど……手を離したら……もし、手を離しちゃったら……一直線に……! 胸の間からおへそから……お股の割れ目まで……一直線に……!
「くぅ……ぅ……ぅうぅん……っ♡」
気持ち良すぎて……気持ち良すぎてぇ……♡ 身体中が……ギュッってなった気がする……♡ これは……マンションの廊下で裸になってたときと似てる……けど……こんなにはっきり感じるのは……初めてぇ……♡♡♡
もうちょっと……もうちょっとだけ、裸になりたい……! 大丈夫、大丈夫……みんな、まったりしてるから……!
パッ!
「は……ぁ……っ♡♡♡」
けど、すぐにパッと閉じる。服の前を。けれど……身体の中の……多分、おヘソの下あたり……ぎゅぅぅってなって……はぁ……はぁ……気持ちいい……だって私、私……いま、一瞬だけど……裸だった……! お腹から胸まで、机の上に出して……裸だった……っ! 裸になるの……気持ちいい……っ!
ドキドキが大きくなってくると、気持ちも大きくなってくる。机の下ならバレないよね? そっちはもう隠すことさえせず、服を合わせようともせず、広げるだけ広げると足の外側に流し落として……
「はぁ、はぁ、はぁ……ん♪」
私……下半身……アソコ丸出しで授業受けてる……! 足も大きく開いて、割れ目を触ってみると――
「……ひゃんっ♪」
濡れてる……お漏らしじゃないとは思うけど……もしかして、これって……?
あぁ……さっきみたいに、もう一度……開いてみたい……♡ けど、あんまり激しく動いてるとそれだけで目立つから……。窓側ならもう少し大丈夫かもー……? なんて、ワンピースの肩をちょっとだけずらしてみたり。教科書を立てて隠してみたら……逆に目立つか。
そんな危うさにドキドキして……興奮が止まらなくて……。そしたら……なんか、先生も算数に興奮してるみたい。
「いまは、円周率は3って教えることになってるけど、本当はずっと続くんだぞー。ま、先生くらいになれば小数点以下百桁は余裕だなー!」
ノリノリの先生は黒板をカリカリ始めた。
百桁――
先生はこれから、百個数字を書くつもりなんだ――
きっと、それまでこっちを振り向くことはない――
ホントに? 確証はあるの?
このとき、私は――自分の中に、もうひとりの自分がいることに気がついた。
迷ってる暇はないよ――
――もうひとりの自分の声に誘われて、私は――
パラリ。
「…………っ♡」
びくびくびくびくぅ……っ! これまでにないほどの快感が私のお腹の中を駆け巡る……っ!
や……や……やっちゃった……!
ワンピースの両肩はいま、椅子の背もたれに引っかかっている。
それは、ただの一枚の布になって、お尻の下敷きに。
何も穿いていない、裸のお尻の。
お尻だけでなく、お腹にも何もない。
もちろん、胸にも。
さっき、一瞬だけ――パッ、チラリ、みたいに見せたふたつの乳首は――いま堂々と、教室で開かされている。
横目で窓ガラスを覗いてみると、大雨のこちら側に私の姿が映っていた。
何も着ていない、私の上半身が。
外が暗いおかげで、教室の様子もくっきりと。
教室でひとり、裸になっている私の姿が――!
うぅ……壁……邪魔……っ!
私、そこから下も裸なんだよ?
お腹からお尻……何なら、アソコの割れ目まで、全部……全部……っ!
……ちょっと、写真を撮る人たちの気持ちがわかった気がする。
こんなすごいことをしたんだから、その証拠は残したい、というか。
こんなすごい瞬間を、自分でも見てみたい、というか。
誰かに見られたらとか、ネットに流出したらとか、そんな怖さはある。
けど……だけど……!
私、いま……あの写真……教室で教科書を朗読していた写真のお姉さんと一緒なんだぁ……♡
いま立ったら、本当にあのお姉さんと一緒。
お尻だけでなく、割れ目まで全部、丸裸だから。
胸からお腹からお股から……お尻まで、全部丸裸だから……!
わざとだらしなくのけぞって、両腕を広げて。
両足も机からはみ出るくらいに広げて――
上履きと靴下だけ残ってるのが……あぁ……何かヘン。
ヘンなのに……それが……ドキドキするぅ……♡♡♡
あぁ、あぁ、あぁ、あぁ……っ♡
どうしよう……どうしよう…っ!
誰かに……誰かに見られたら……私、終わっちゃう……っ!
けど……はぁ、はぁ……っ♡
何だか、時間がゆっくり進んでいるように感じる……。
目の前には……佐藤くんの背中……
隣の吉本くんはお休みで、その向こう側には中島さん……っ!
もっと向こう側には……ユウちゃんが熱心にノートに何か書いてる。きっと、数字以外の何かを。
他にも……みんな……みんな……みんながいる教室で……胸から……お股まで、全部……全部丸見えで……っ!
「……っとまあ、これで百桁――ッ!」
ッ!!
終わりを感じて、私は慌てて背中に服を掛けながら机に突っ伏す。そして、ゴソゴソと肩を通すとお腹の方で……一番上と一番下のボタンを……モソモソと……。そういえば、お尻もまだ直してなかったな。けど……このくらいなら……全然……っ!
ちょっと時間はかかったけど……留まった……一番上と……一番下だけ……パッと見は大丈夫だけど……胸からお腹にかけて、隙間が……♪
「よーし、それじゃあ先生の答え合わせだ。そーだなー……ひとり一〇桁ずつ……そこの席からっ」
どうやら先生は、自分の力作が正しいことを証明したいらしい。そのー……円周率? というのは、問題集の方の巻末にオマケとして載っている。それを、一〇桁ずつ私たちに確認させたいようだ。……本当に先生は、算数のことになると頭がおかしくなる。けど……頭がおかしい……狂ってる……露出の、狂……露出狂……狂っているのは、私も同じかもしれない。
私の列の一番前のコがわざわざ立たされ、正解を見ながら十個の数字を黒板に書いていく。
「ふっふっふ……ここまでは合っているようだが……次、山本くんっ」
このままだと、私の番はすぐに回ってくるだろう。黒板に、五一桁目から六〇桁目までを書く役が。すぐにちゃんと他のボタンも留め直さないと……それはわかっている。わかっているのに……さっき現れたもうひとりの自分が……私の両手の指を止める。早くしないと、私の番が――
「それじゃあ、五一桁目から――」
呼ばれて私は、冊子を手にふらりと立ち上がる。結局ボタンは真ん中三つ開けたままで。私、いま……コレ一枚しか着てない……中にも、何も穿いてない……!
教室の空気は、みんな完全に飽き飽きしている。きっと、誰も私のことなんて気にしていない。黒板の前に着いても。問題集を開いて数字を眺めていると――もうひとりの私が囁いた。
――いまなら、後ろ姿しか見られないよ――
その声に魅せられて、私は――一番下のボタンを外してしまった。ヒラヒラで、おヘソどころかお股まで見えてしまうような危うい姿で、私はチョークを握って――
先生は、相変わらず数字しか見ていない。何を書くかはもう覚えている。だから、本は閉じて、その指先で――一番上のボタンをそっと外して――
「うんうんっ! 六〇桁目までも完璧だなっ」
先生は自分の解答に自画自賛。けれど私は――もう頭の中がグルグルだ。右手で胸元を押さえつつ、参考書を持った手で下を閉じれば、何とか自分の席まで戻れるかも? なんて算段を立ててみたり。
なのに、もうひとりの私はそんな計画さえ聞いてくれない。
――いま、スカートを捲ったら――みんなにお尻が丸見えだね。
けれど、これに私は反論する。もうひとりの自分にだけ聞こえる小さな声で。
「見せるなら、前からじゃないと面白くないよ」
そして――私は振り向いた。