侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
男の腕が伸びる。にやついた顔、酔いのこもった目──。そして、すでに性器は露出していて、それが勃起している。
「ひっ」
セリーヌは心からの嫌悪で悲鳴をあげた。
いやだ──。
全身の肌が粟立つのがわかった。
しかし、身体は後手縛りで拘束されており、逃げようもない。
その手がセリーヌの肩をつかもうとした。
「あんっ」
セリーヌはその場に尻もちをついてしまい、縄とレコルの疼きで甘い疼きを受けてしまう。
だが、いまは恐怖がまさっていた。
男が開いてしまったセリーヌの脚のあいだに立つ。
醜悪な黒い怒張が顔のすぐ前に迫る。
「あっ、いやっ」
思わず顔を背ける。
ドミナには絶対服従──。
頭にはあるが、とても、受け入れそうにない。
セリーヌは恐怖で身体が震えるのがわかった。
「おっ、股縄か? へへ……見た目はまだガキだが、女としては出来上がってるな。それに、この白肌は当たりだ。……ノヴァはやっぱ、こうでなくっちゃな」
男が屈み込んできて、酒臭い吐息が耳元で熱をもって響いた瞬間──。
「……やめてください」
強引に間に割って入ったのはクロエだった。男を半ば突き飛ばすように、クロエがセリーヌの前に立つ。
「……どきな」
男の表情が、にやけ顔のまま、わずかに歪むのがわかった。
クロエは言葉を返さず、ただじっと見上げていた。ほんのわずか、息を呑む気配が伝わる。その背中が小刻みに震えているのを、セリーヌは見逃さなかった。
クロエ……震えてる……。
それでも、クロエは逃げない。大きな男に立ちはだかるその背中だけが、まるで別人のように澄んでいた。
男がクロエの沈黙に苛立ちを募らせたのがわかった。
「邪魔だっつってんだろ。俺は“ドミナ”だ。白いノヴァをどうしようと勝手だろうが。何様のつもりだ、小娘」
その言葉に、クロエの肩が微かにびくりと揺れた。
でも、クロエはどかない。
それどころか、セリーヌを守るように、男に向かってさらに一歩前に出た。
「……彼女の首輪をご覧ください。白ではありません。白銀です」
「は?」
「この館で、白銀を許されるのは、“特別”な者だけ。彼女はノヴァではなく、オディエンヌでもない。……ただの“オプセリカ”です」
男の眉がひくついた。
「はあっ、だからなんだ?」
「加えて、彼女はスレアの証を佩かされています。契約下にあるスレアのオプセリカに別の者が命令を加えるのは、重大な規約違反です」
クロエの声は、どこまでも静かだった。だがその声音には、確かな意志の鋼があった。
男は嘲笑を漏らす。
「ばかにしてんのか? お前、俺が誰だか知らねえんだろうな。俺が望めば、どのペドだってこいつを差し出す。ペドが誰であろうが、関係ねえ」
その大きな怒鳴り声に、クロエの身体がわずかにたじろいだように感じた。そして、彼女の震えは止まらない。拳を握る手の甲がわずかに揺れている。
それにしても、なんという粗野な男なのだろう。
「──関係あります」
クロエの静かな声。けれど、その一語には、セリーヌでさえ思わず背筋を伸ばした。
「彼女のペドは、わたしです。……どれほど高位のドミナであろうと、あなたに彼女を抱かせることは……絶対にありません」
男の顔が、醜く歪んだ。
「ふざけんなよガキがっ」
腕が振り上がる。暴力の気配が、空気を裂くように迫る。
セリーヌは思わず声を上げようとした──そのとき。
ちゃっ──。
乾いた金属音とともに、クロエの腰に帯びられた棒が抜かれた。瞬間、それが伸長して長く鋭い警棒となる。
そして──。
男の下腹部に、鋭く、全力で叩きつけられた。
「ぎゃああああっっ」
男の叫びが、広間に木霊する。続けざま、倒れ込んだ男の股間を、クロエのかかとが無慈悲に踏み抜いた。
「うがあああっ」
地を這うような呻き声を残し、男は白目を剥いて動かなくなった。
静寂が、広間を包む。
そして──。
パチ……パチ……。
上階の階段から、優雅な拍手が降りてきた。
「見事でしたわ」
マダム・ルーゼニアが階段を下りながら、口元にほほ笑みを浮かべていた。彼女の拍手がやむ。
「あなたが、争いごとに向かない優しい子であることは、よく知っています。……だからこそ、いまの行動には、価値がありますわ。ペドとしての責務を、あの場で果たしたこと。見事でした」
セリーヌは、ぼうっとしながらその光景を見つめていた。震えていたクロエの背中。けれど、最後まで、彼女は──逃げなかった。
わたしのために、クロエは……。
初めて知る。自分が「守られる存在」であること。そして、クロエは強くない、大きくて乱暴な男の前に立つのはとても怖かっただろう。でも、彼女は身を挺してセリーヌを守った。セリーヌは感動してしている。
マダム・ルーゼニアがセントラル・ホールに立った。
場の空気はようやく静まり、だが誰も、最初の一呼吸を戻せずにいた。
クロエは、無言で警棒を腰に戻した。
その手が、いまだにかすかに震えているのが、セリーヌには見えた。
「……クロエ……」
ようやく声を発したとき、自分の喉が乾いているのに気づいた。
クロエは、静かにこちらを振り向いた。微笑んだ。けれど、その目は少し潤んでいた。
「大丈夫ですよ、お嬢様。──あなたに、指一本触れさせませんでした。あなたのペドはわたしです」
その一言に、胸の奥が痛いほど締めつけられる。まるで心臓が、何かに叩かれたかのように──。
なぜ、こんなにも……安堵しているのだろう。
なぜ、こんなにも……嬉しいのだろう。
彼女がわたしを守ったことが──。
いままで、命じられることでしか動けなかったセリーヌ……。命令されれば、痛みにも耐えられた。快楽に流されることさえ、許されると感じていた。
でもいま、クロエは──命じられたわけではなかった。
誰にも言われていない。誰からも強制されていない。
彼女は、自らの意思で、セリーヌの前に立った。
……わたしのために……。
その事実が、全身にじんわりと広がっていく。
怖さも、羞恥も、すべてを越えて──。
「お嬢様、立てますか?」
差し出されたクロエの手。
その指も、わずかに震えている。けれど、その掌はあたたかかった。
「あ、ありがとう、クロエ」
後手縛りの身体をクロエに腕を優しく支えられ立ちあがらせられる。
股縄に抉られているレコルの嵌ったクリトリスが鋭い衝撃をセリーヌに貫かせる。
「ああ……」
セリーヌはよろけた身体を自然とクロエに寄り添わせていた。
すがるように……。けれど、それは命令されてではなかった。
──クロエに、命じられたい……。
酷いことをされたい……。
ふいに湧きあがった感情に、自分で驚く。
でも……。
もし、クロエが命じるのなら……自分は、どんな命令でも、従えるかもしれない。
清めの儀も……。
クロエが見てくれるなら……。
心の奥に芽吹いた、奇妙な悦び──。
それは、恐怖に晒されたからこそ知った感覚だった。
「この粗野な男を裸にして、拘束して地下に連れて行きなさい。まずはコウノトリの刑具に三昼夜。その後、最下等階級“シネラ”に降格し、懲罰調教に処します」
マダム・ルーゼニアの声が響いた瞬間、どこからともなく複数の男たちが現れた。
彼らはみな、同じ制服──半ズボンに素肌の上から革のチョッキを羽織り、ひげひとつなく、青白い顔には感情の色が乏しかった。首には灰色の革製チョーカーがあり、そこには金属製の番号札がぶら下がっている。
「……カーストたち、ですわ」
クロエが小さく呟いた。
男たちは無言のまま、倒れて呻いているドミナから衣服を剥ぎ取り、鎖のついた枷を使ってその両手両脚を拘束した。手慣れた動きだった。
「カースト?」
セリーヌは、恐怖よりも驚愕のまま、その光景を見つめていた。
「この館で働く従僕たちです」
クロエがささやいた。
「……彼らは全員、去勢されています。言葉を話すことは許されず、命令を受けたとき以外、意思表示もしてはならないことになっております。お嬢様についても、指示を与える以外の会話はしてはなりません。それと、呼びかける際は首輪についた番号で行います」
「去勢……」
その単語がセリーヌの脳裏に重く響く。
改めて彼らを見る。
無感情で、命じられるままに男を拘束する彼らの動きは、まるで人形のようだった。
そして──。
マダム・ルーゼニアは、拘束されたまま失神している男に近づくと、その耳から《認識阻害具》のイヤリングを剥ぎ取った。
瞬間、男の顔がはっきりと見えるようになる。
「えっ……」
セリーヌが息を呑んだ。
その顔──記憶にある。夜宴で、遠巻きに何度か見たことのある顔だ。
「……シャンブレー公爵家の……三男?」
社交界でも鼻つまみ者として知られ、素行の悪さで有名な男──名前こそ思い出せなかったが、セリーヌはその身元を理解した。
マダム・ルーゼニアはうっすらと微笑を浮かべた。
「そう。ルシアン様のご商売の関係で、仕方なくドミナとして受け入れておりました。公爵家の令息ですから、一定の礼を尽くさねばならず……」
マダムが小さくため息をついた。
「ですが、粗野で品位を欠き、素行も悪い。オプセリカたちの中には、こうした扱いを悦ぶ子も少なくありませんので、なんとか運用はしてまいりましたが……ようやく、心置きなく排除できますわ」
そして、満足そうにクロエを見つめた。
「……ありがとう、クロエ。あなたの行動が、この場の正義となりました。実を申せば……ルシアン様から、あなたをセリーヌ嬢の“専属”とし、あなたが望む限り、この館の掟も一時的に適用除外として構わぬ、との通達が届いております」
その言葉に、セリーヌは思わず息を呑む。
「──しかし、私は、はじめこうお答えしました。“とんでもありません”と。どれほど信頼していても、掟を曲げることなど、そう軽々しく許してよいことではない、と」
マダムの口元に、皮肉にも似た笑みが浮かぶ。
「……ルーゼニア様……」
クロエが小さく呟く。
マダムは、ふっとその視線を和らげ、セリーヌをひと目見やってから、はっきりと告げた。
「──ですが、いまこの瞬間、私は自らの判断を改めましょう。セリーヌ嬢のこの館での取り扱い──その一切を、クロエ嬢、あなたに一任いたします」
静かな間を置いて、マダムは宣言するように言った。
セリーヌは、大きく眼を見開いてしまった。一方で、セリーヌの前のクロエはわずかに肩を震わせた。
「感謝いたします」
クロエはそれだけを言った。
「……もちろん、これは例外中の例外。あなたがこれからもペドとしての責務を果たし続ける限りにおいて、ですが──」
マダムは厳しく、だがどこか誇らしげに言葉を結んだ。
「……よいですか、クロエ嬢。これは、ルシアン様の意志であると同時に、いまこの場で、わたくしが下した“掟”です」
クロエは、しばし黙っていた。セリーヌは横のクロエに視線を向ける。すると、クロエがふと微笑んだ。
「……もしかして、わたしを試されましたか?」
クロエの問いに、マダム・ルーゼニアは唇の端をほんの少しだけ吊り上げる。
「さて、どうでしょう?」
マダムは曖昧に微笑んだ。そして、立ち去る気配を示した。
だが、クロエがそれを留めさせる。
マダム・ルーゼニアが振り返り、クロエに視線を向け直す
「なにか申すことがあるのですか、クロエ?」
クロエは、ひとつ深く息を吸い込んだ。迷いを断ち切るように、真っ直ぐにマダムを見上げて言った。
「ご報告が……。ルシアン様は──セリーヌお嬢様に、白銀の首輪を自らお与えになりました。そして……すぐに“契り”をお済ませになられました」
その言葉に、マダム・ルーゼニアの表情がはっきりと驚愕の色になった。
だが、すぐに平静を取り戻す。
「……そういうことでしたか」
しばしの沈黙ののち、マダムはゆっくりと頷き、薄く笑んだ。
「まったく──男というのは、どれほど偉かろうと、その瞬間には滑稽になるものですわね。けれど……それがまた……面白い」
そう言って、マダムはすっと手を上げた。
「連れて行きなさい、カースト」
命を受けた灰色の首輪をした男たち──カーストたちが、いまだに失神したままの男ドミナの身体を担ぎ、粛々とセントラル・ホールから連れ去っていった。
マダム・ルーゼニアも一緒にいなくなる。
場が整えられると同時に、他のドミナやオプセリカたちは、まるで何事もなかったかのように、先ほどまでの退廃的な営みに戻っていった。騒ぎなど初めからなかったかのように。
セリーヌとクロエも、その喧騒の中を抜けてホールを進む。
クロエは、セリーヌの首輪についている鎖を引いている。
「……ク、クロエ。さっき……言ってたこと……。白銀の首輪って、そんなに……特別なものなの?」
セリーヌはぽつりと呟くように訊ねた。
股縄の刺激にはまだ慣れない。どうしても、言葉も動作もぎこちなくなってしまう。
クロエは少し歩みを緩め、銀鎖を持つ手を軽く引き寄せながら答えた。
「はい。白銀の首輪は、この館で唯一、“盟主”──つまりルシアン様から直接下賜されるものです。通常、ノヴァは白、調教が進んだ者は赤……。でも、白銀は……どちらでもない。ルシアン様が、特別に見定めた方だけが、それを許されるのです」
「じゃあ……わたしは……本当に……」
セリーヌは、言葉が途切れた。自分でも、その実感が信じられなかった。
「ルシアン様は、この館の絶対者です。でも、ご自身が直接、オプセリカを抱かれるという噂は……この館で働く誰も、見知ったことがないんです」
「え……じゃあ……わたしが……」
「おそらく、お嬢様が初めてです。少なくとも、わたしが知る限りでは」
セリーヌは目を見開いた。衝撃が胸を打つ。
そんな彼女の反応を見たクロエが、さらりと告げた。
「ちなみに、わたしも……ルシアン様からお情けを受けたことはありません。この屋敷で調教を受けましたが、どのドミナにも犯されてません。それを条件に館に入りましたので……。だから、まだ、処女です」
「……」
セリーヌは言葉を失った。あまりに意外で、目の前の侍女の姿が、少し違って見えた。
だがクロエは、微笑を崩さずに続けた。
「この館でもう一人だけ──白銀の首輪を持つ方がいらっしゃいます」
「え……?」
セリーヌが顔を上げると、クロエは柔らかく微笑みながら、その名を告げた。
「“ソニア”様です」
耳慣れた名に、セリーヌはまた驚きを覚えた。
「ルシアン様が唯一、子どものように無邪気になられるお相手……。わたし、一度だけ見かけたことがあるのです。ふたりきりのときのソニア様は、とても可愛らしくて……」
「……どうして、クロエは、そこまで知ってるの?」
問いかけるセリーヌに、クロエは首を傾げて、いたずらっぽく微笑んだ。
「さあ。どうしてでしょうね?」
ふたりは、セントラル・ホールをあとにして、階段を上がり始めた。
後手に縛られたままのセリーヌは、股縄の刺激に思わず膝を震わせる。
だが、その疼きでさえ、どこか甘く、心地よくすらあった。
その先には、セリーヌの首輪の鎖を引く変わらぬクロエの姿がある。
「二階につきましたら、お嬢様に与えられる私室にご案内いたします。そして、浴室で身体を清めていただき、ルシアン様との晩餐の準備を致しましょう。騒動に巻き込まれて、時間が乏しくなりました」
「う、うん……」
「それと、浴室でしなければならないことがあります」
クロエが、階段をのぼるセリーヌを引きながら、振り返ることなく告げた。
「しなければならないこと……?」
「剃毛です」
クロエが事も無げに言った。
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