侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
廊下の空気は、晩餐の部屋より幾分ひんやりとしていた。
けれど、それがセリーヌの火照った肌には、むしろ心地よくもある。
素足だが、ドレスは元通りに着せられている。
だが、その下の身体は──あの晩餐のときに広卓の上でルシアンに「犯された」痕が、しっかりと残っている。
内腿を伝う微かな熱。喉奥に残る甘い痺れ。体液を拭ったのも最小限だ。
そして、両手は親指に嵌める「指錠」によって後ろ手にされ、白銀のチョーカーの根元から伸びた細鎖に首を繋がれていた。
歩くたび、微かに鎖が揺れる。
淫具が奥でじわじわと脈打ち、内腿を締める布地が刺激を拡げていく。
セリーヌの足取りは、まだルシアンとの性交の余韻が残っていてぎこちない。
それでも、歩調を乱すことなく、クロエの背に従っていた。
その数歩前を行くクロエは、涼やかな背を灯りの中に揺らしていた。
「……クロエ」
震えるような声で名を呼ぶと、クロエは足を止め、振り返った。
「なんでしょう、お嬢様」
クロエが立ち止まって振り返る。
柔らかい声音……。
その響きに、セリーヌは一瞬だけ迷ったが、それでも問いを口にした。
「……姉のこと、ジャンヌ姉様のこと……。ルシアン様が、なにか……仄めかすようなことを……。あれは、怒っていたように見えました……。クロエ、なにか知っているのなら、教えてください」
クロエは微かにまばたきし、それから微笑んだ。その微笑みには、どこか言葉を選んでいるような気配があった。
「お嬢様の姉上は、とても立派な方です。騎士としても、美徳の人としても……尊敬されて然るべき方です」
その言葉のあと、クロエは一瞬だけ視線を逸らした。まるで、何かを言いかけて、口をつぐんだように。
──答えていない。
「お願いよ、クロエ」
「……お嬢様。申し訳ありませんが、わたしが喋れることは──あまり多くはありません」
言葉は柔らかかったが、その目には、確かな躊躇と迷いが浮かんでいた。
「……それでも……なにか、ほんの少しでも……」
セリーヌがもう一歩、心をにじませて懇願しようとした瞬間──。クロエがそっと微笑んだ。
けれどその笑みは、話題を切り替える合図でもあった。
「……さて、お嬢様。今夜の装備を、整えましょうか」
「えっ?」
クロエは視線を下げ、持っていた黒革の小さな手提げ鞄をそっと開いた。
その声音は、まるで髪を梳くかのように穏やかで、日常の一部のようだった。
けれど、鞄の中から取り出されたものは──銀の縁に魔道刻が彫られた、ふたつの器具。
セリーヌの視線が、その形を捉えた。
ひとつは、肛門に挿入して苛むための淫具──アルフェ。
もうひとつは、膣内に挿入する振動具──オルフェ。
いずれも、魔道具ディルドである。
だが、晩餐のときに嵌められていたものとは、少し形状が違う。考えてみれば、馬車の中で挿入されたアルフェも、やはりどちらともかたちが違っていた気がする。
「形が……」
セリーヌは思わず口に出していた。
「形状がまた違うことにお気づきになったのですか? ルシアン様のご指示です。色々なディルドを試して、お嬢様に一番合ったものを見つけたいそうです。明日の朝には早速、新しい試作品が数本届くそうなので、学園の中でも試してみましょう」
明日からの学園では、淫具で辱められる。
セリーヌは、改めて愕然となり絶望感に包まれた。
一方で、クロエは淡々と、それらの器具に透明な液体を垂らした。
とろりとした粘性を持ったそれは、うっすらと銀光を放っている。
「……イルヴィナ液。もうご存知かと思いますが掻痒作用のある補助剤です。性感の感度を高め、痒みと疼きで精神的にも肉体的にも追い詰め、どんな屈辱的な命令にも従いやすくさせる効果があります」
セリーヌが問うより早く、クロエの指が淫具を手に、セリーヌの前にしゃがみ込む。
「脚をお開きになってください……。命令です」
命令という言葉に、反抗の意思さえ失い、考えるよりも先にセリーヌは脚を開いていた。
クロエがセリーヌのドレスの裾をたくし上げ、秘所を露わにした指が、静かに淫具を差し込んでいく。
イルヴィナ液が肌に触れた瞬間、痒みとも熱ともつかぬ刺激が膣口からじわりと広がった。イルヴィナ液を潤滑油にして、螺旋状のオルフェが静かに膣に沈み込んでいく。
オルフェのディルドが深く沈むたび、体内に薄く広がる疼きが、声にならない喘ぎを誘った。
「くっ……く、あっ、ああ……」
耐えるように肩を揺らしながら、セリーヌは羞恥に顔を伏せた。
クロエは次に、アルフェを持ち上げて見せた。
「ご覧ください、この器具にも“聖印”が刻まれております」
金属製の小さな器具の根元──そこには、淡く発光する環状の紋章が、精密な細工で浮かび上がっていた。
環の中心には、槍と百合を交差させた意匠。その外周には古い教会文字が刻まれ、微かに銀光を放っている。
それは、王宮の役人でも偽造不可能とされる、神聖術による封印型の認証印だった。
「……えっ? 教会の……こんなものにまで……?」
セリーヌの視線は、器具に刻まれたその輝く紋章に釘づけになった。
それは紛れもなく、教会の“聖印”だった。
魔道具のすべては、流通の前に王宮か教会による認可が必要とされている。
この聖印は、教会の認可を受けた証であり、魔道による複製も干渉も不可能とされる神聖な刻印。
刻まれている以上、この器具は制度上「正規の、教会が認めた魔道具」だということになる。
だが──。
どうして、こんな淫らな器具に……教会の認可が?
セリーヌの胸に、はっきりとした違和が生まれた。
理屈では理解できても、感情が納得を拒んでいる。
教会が、性を抑制するどころか、こうした器具に印を与えている。
純潔を掲げ、貞淑を説く聖職者たちが──この淫具を“正当な道具”として扱っているという事実にセリーヌは驚いてしまった。
「ええ、“性欲抑制具”として認可されています。名目と実態は異なりますが、教会の認める性欲抑制具として、王宮の審査を通らずとも合法的に流通してるんです」
クロエは声を低めた。
「性欲抑制具?」
ますます理解できない。
抑制どころか、セリーヌは淫具により、たった一日でおそろしいほどに淫乱な身体になった気がする。
「こうした“快楽具”── 一般には“フォルニア”と呼ばれます。性調教に特化した魔道具群で、身体の支配や快楽の制御を目的に設計されたものです。高位貴族の間で最も流行している蒐集品でもあります。一対で数百万エルを超えることも……。莫大な利益が動くのです」
「……そんな……」
「魔道快楽具の流行はかなりの公然の秘密です。お嬢様は、ただ“知らなかった”だけ。これからは、見ることにも、聞くことにも、気を配ることをお勧めします」
クロエはふと視線を逸らし、聖印を指でなぞるようにして言葉を続けた。
「お嬢様、もしも、こうした性具を流布して莫大な富を得ている商会があれば……、合法性を細かく調べられることは──迷惑なことなんでしょうね」
「でも……クロエはさっき、“合法”だと……そう説明したわ。教会の認可印だって……」
クロエは静かに溜め息をつき、肩を竦めてから、わずかに呆れた表情を見せた。
「……お嬢様はやはり、見ることと聞くことを、もう少しお勉強なさるとよいですね。学園の成績は優秀なのに」
その声音は叱責ではなく、皮肉ともつかぬ、けれどどこか親しみの混じった響きだった。
そして、改めてたっぷりとイルヴィナ液を纏わせると、セリーヌに後ろを向かせて、アルフェの先端をセリーヌの後孔にゆっくりと押し当ててきた。
ぬるりとした侵入感。内側からひっかくように痒みが広がっていく。
「……あくっ……あ、っ……」
脚を震わせながら、セリーヌは声を堪える。
そして、挿入が終わる。
前後のディルドは魔道により完全に密着し、身体の一部になったような一体感がある。
「さあ、行きますよ、お嬢様。就寝前には清めの儀があります。ご放尿したいのではないですか?」
クロエの問いかけに、セリーヌは返事ができなかった。
それに、実際かなりの尿意を感じていた。
晩餐の終わり頃から、ずっと感じ始めていた尿意だ。最後に放尿したのは、あのルシアンの前で排便をさせられたときなので、まだ数時間というところだが、セリーヌは確かにかなりの尿意に襲われていた。
「う、うん……」
セリーヌは曖昧に答える。
すると、クロエがくすりと笑った。
「だって、あの晩餐の食事に、それなりの量の利尿剤を混ぜてましたから。お嬢様がおしっこをしたくなるのは当たり前です」
クロエが言った。
セリーヌは愕然とした。
そして、再び、チョーカーに繋げられた鎖で引かれて進む。
しかし、今度は股間に二本の淫具が嵌っている。
脚の奥からせり上がってくる熱と、螺旋状のオルフェが膣壁を擦るたびに走る疼き──。
そして、肛門を密閉するように差し込まれたアルフェの重圧感が、じりじりと臓腑を押し上げてくるようだった。
一歩進むたびに、両の淫具が中で微かに揺れ、ときおり「くちゅ」と水音のような響きさえ漏れる。
尿意も切迫している。
セリーヌは足を閉じたくなる衝動と、歩みを止めたい願いを、必死に理性で抑えていた。
また……あのホールに、行く……。
あの広間で、今度こそ排泄を命じられる──
しかも、今度こそ、他人の視線のなかで見られながら……。
恐怖が、羞恥と交じりあい、体中を貫く。
それでも、命じられれば逆らえない。
命令には悦びが伴う──。その言葉の意味が、いまのセリーヌには、皮肉にもよく分かる。
スカートの奥で器具が脈動するたび、漏れそうになる快感と尿意の波。
セリーヌははそのたびに歯を噛み締め、喉奥から微かに嗚咽がこぼれそうになるのを必死に堪えていた。
そうして、ようやく──セントラル・ホールに着いた。
すでに、大勢の男女が集まっている。広い床にたくさんの魔道紋様のある大皿が整然と並べられている。
この館で定められている排泄時間は、原則として、起床後と就寝前の二回だけ。
いまはその就寝前の“清めの儀”のために、皆がここへ集められているのだろう。
儀式──。そう呼ばれるものに、セリーヌ自身も“参加”させられるのだと、ようやく理解した。
前回のときには、十数人のオプセリカたちだったが、いまはもう少し多い。
新人階級である“ノヴァ”と、調教の進んだ者を意味する“オディエンヌ”の割合は、ノヴァがオディエンヌに対して三分の一というところだろうか。
男ドミナは二十人ほどいる。女ドミナは、クロエを除けば、いないようだった。
──そのとき、視界の端に、奇妙な姿が入る。
赤い首輪をつけた男のオプセリカ。男のオディエンスだ。
長髪を後ろで束ねた中性的な青年だが、肌は異様なほど滑らかで、顔と髪を除いて体毛がまったくない。
男根のあたりには淡い痕が残っており、剃毛の儀を経たことが明らかだった。
えっ……男も、いるの……?
セリーヌの目が驚きに揺れたそのとき、クロエが小さく囁いた。
「……当然です、お嬢様。奉仕と隷属に性別は関係ありません。男のオプセリカも、必要に応じて育てられます。需要も多いのですよ」
どうやら、心の中で呟いたつもりで口に出てしまっていたらしい。
そして、ふと気がついた。
男と女のドミナたちも、痣を刻まれたオプセリカたちも──視線がセリーヌに集まっていた。
羞恥の熱が肌を這い、淫具の刺激が膣と肛門を同時に責め立てる。
胸の奥で、どくん、と心音が跳ね、呼吸が不自然に浅くなる。
「お嬢様、いま見ているもので、なにがわかりますか? この退廃の館に集まっている者は、どんな人たちか?」
クロエが耳元でささやく。
「えっ、だって、魔道具で……」
ここにいる全員には認識阻害具がある。誰かなんてわかりようがないのだ。
「しっかりと見てください……。わかるものがあるはずです……」
クロエの言葉を受けて、改めてじっと周りを観察する。
セリーヌの目が、周囲の光景を捉え始める。
言われてみると、同じ裸身でも平民と貴族、貴族でも上級貴族とそれ以下では肌が違う。
そう考えて観察すれば、裸身のオプセリカだが、堂内には驚くほど多くの高位貴族の夫人たちの姿があることがわかった。
艶やかな髪、染みひとつなくくらいに整えられた肌。年齢が高そうな彼女たちは、多分上級貴族に間違いない。肩や背には痣が刻まれ、時に乳首に金具すら装着していたが、その肌の質感や姿勢の整い方が、明らかに平民とは異なっている。
その視点で見ると、なんとなく貴族と平民の区別もついてくる。上級貴族と、それ以下のものもまで……。
まあ、肌と髪だけで、完全に判断できるわけではないだろうが……。
一方で、あの男のオプセリカは、十代と思しき少年──しかも、見るからに平民の出だと思う。
顔立ちこそ美しいものの、栄養の偏った肋の浮き、均整のとれない肩幅、痣の深さも荒々しい。
それはともかく、セリーヌが周囲を観察しようと見ていると、やたらに視線が合う。
認識阻害具──この館において、素顔や階級を隠すための魔道具だ。
それでも、多くの視線か自分に向いている気がする。
……どうして、こんなに……見られて……?
セリーヌの胸に膨らんだ疑問に、クロエがそっと囁く。
「……噂になっているんですよ。……夕方の騒動が」
クロエの声は淡々としていたが、その言葉は鋭く刺さった。
「噂?」
「白銀のチョーカーをつけた特別待遇の新入りが現れた……。しかも、男ドミナを一人、“シエラ”まで堕としたと……」
セリーヌは息を呑む。
「注目しないわけがありません。あのときの光景を直接見た者は多いし、そうでなくても、“この館”にいる者たちは、無意識かもしれませんが、聞くべきものを逃さないのです」
クロエの視線がわずかに動き、周囲のドミナたちや夫人たちを見渡す。
「たとえ顔が見えなくとも、認識阻害具があっても……。見えるものはあります……。これは大切なことですが、認識阻害具があることでここでは、誰もが自分は見られてないと思ってます。でも本当は見られてます。実際、いま、間違いなく、お嬢様は多くの視線に晒されてますよね」
セリーヌは、ただ目を伏せることしかできなかった。
いままさに、自分の一挙手一投足が、何十人もの“視る者”たちの網の目にかけられている──。
そんな実感が、淫具の疼きよりもなお強く肌を焼いた。
すると、唐突に、低く澄んだ鐘の音が、ホールの高天井から二度、間を置いて響いた。
──その瞬間、場の空気が一変する。
誰ひとり声を発さない。命令もない。
それでも、すべてのドミナとオプセリカたちが、まるで訓練された舞台装置のように、一斉に“奉仕の構え”をとった。
オプセリカたちは、自らの前に置かれた白磁の皿の前に立ち、ゆっくりと腰を落とす。
尻を皿の真上に落としてしゃがみ、膝を外側へ水平に開く──羞恥を曝け出す“献身の姿勢”──。
脚を開いたまま足裏を地に着け、陰部が無防備にさらされるよう、骨盤をやや前傾させて固定する。
そして、両腕を背後から頭の後ろに置くか、はじめから後手のものはそのままかだ。
まるで見えないものに捕らわれているかのように、その姿勢で静止させたまま動かない。
背筋を伸ばしたまま、胸元を張り、体を緊張させている。
羞恥と服従を、視覚で訴えるために設計された姿勢。
「“清めの儀”の準備姿勢です。皿を汚さぬように、背を反らせて、身体を開く。羞恥の姿こそが、この儀の第一段階とされております」
セリーヌの両脇では、すでに他のオプセリカたちが皿の前で姿勢を整えていた。
何十枚もの白い皿の前に、脚を開き、腕を掲げ、排泄の刻を待つ者たち──。
それは、秩序と倒錯の美学に満ちた、静謐な狂気の光景だった。