侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
2 脅迫の序章
清らかな午前中の光が、ステンドグラスを通して講堂に差し込んでいる。
石造りの床は磨かれており、十数名の貴族子女たちが重厚な木製の長机に静かに座っていた。聞こえるのは、講師が王国の歴史について語る声と、女生徒たちの持つ羽根ペンが魔道再生紙の上を動く音だけだ。
その中で侯爵家の四女──セリーヌ=ド・ヴァランティーヌは、自分の身体に起こっている異変を自覚しないではいられなかった。
セリーヌが身につけているのは、貴族用の学園の制服であり、厳しい家の躾により、平民生徒たちを中心に流行っている膝上のスカート丈でなく、ふくらはぎまで届く伝統的な制服だ。
背筋を伸ばして歴史学の講義を受ける自分の姿は、周囲から見ればまさに典型的な「侯爵令嬢」だろう。
だが、その制服の内側では、常軌を逸した異常が起こっている。
乳房全体がいつになく張ってきて、乳首が痛いほどに勃起しているのだ。キャミソールの裏地に乳首が擦れ、甘い息が出そうになるくらいである。
また、股間も変だ。
むず痒くて熱い……。
ドロワーズの股間部分では、なにもしていないのにどろどろと染み出し続ける愛液がねっとりと生地を濡らし続けているのがわかる。クリトリスも腫れているみたいになっているみたいであり、いまは固く閉じている内腿がじっとできないくらいに、身体全体が疼いていた。
──おかしい。
鼓動も速い。
息も苦しい……
朝までは、平常だったのに……。
指先は微かに震えている。
汗もかなりかいている。
セリーヌは視線を落とし、必死に呼吸を整えようとしている。
講師の声が、講義室にゆったりと響く中、自分だけが異様な苦悶に閉じ込められている。
なに……これ……?
持たされているカード状の魔道探知具の反応はない。
だが、内からじわじわと湧いてくる熱は確かにある。
まるで……。
まるで、性的に興奮しているみたい?
セリーヌも、もう十六歳であり、この王国では成人に扱われる年齢であるので、一人前の性欲はある。初体験だって終わっている。相手は最近に婚約者となった、ルネ=ベルモント伯爵令息だ。
一年ほど前から両家のあいだで話が動いていたらしいが、やっと条件の合意に至り、セリーヌに知らされたのは、一箇月ほど前のことである。
そのとき、古式にのっとった「魔合わせ」を行い、それがセリーヌの初体験となった。
魔合わせというのは、婚約の整った高位貴族の男女間で行う儀式ばった性行為であり、魔道力の高い相手同士が性行為をすると、稀に魔道反撥が発生するということで、正式の婚約の前に両家の立会人の監視のもとで身体を合わせるものだ。
他人の視線を浴びながら、あんな行為を行うなど忌避感しかなかったし、性交そのものも痛いだけで気持ちのいいものではなかった。
婚姻をすれば、子供が数人できるまでは、あれを繰り返さなければならないと考えると、いまでも憂鬱である。
それはともかく、いまのこの異常なほどの身体の火照りは、あのときに婚約者から陰部に挿入される直前までに受けた「前戯」という準備のときの感覚には似ている。
しかし、まったく次元が異なるほどの身体の熱さだし、乳首もクリトリスも固く膨らんでいる感じであり、ずきんずきんと激しい疼きが拡大していく。
媚薬……?
飲んだことはないが、そういう魔道薬があることは認識していた。
もしかしたら、その可能性も疑っているが、魔道薬であれば、さっきの魔道検知で出るはずだし、そもそも、今朝に侯爵家を出てからは、侍女のクロエに侯爵家から運ばせてきた水筒の飲み物しか口にしていないのだ。
セリーヌは机の下で、そっと拳を握った。
手のひらに爪が食い込む感触が、現実感をくれる。
ほかに、どこで……?
疑念が脳裏をよぎるが、思考にはすぐに霞がかってしまう。
「……ド・ヴァランティーヌ嬢?」
講師の声が、彼女の名を呼んだ。
「は、はいっ」
立ち上がる脚がわずかにふらつく。
「顔が赤いですね。体調が悪いのですか?」
「い、いえ、なんでもありません」
まさか気づかれたのでは──。
そんな恐怖を押し隠すように、彼女は微笑を作って答えた。
「そうですか……。では、第一王政時代の“王国憲章”の第四条──『魔道を有せぬ者、政治に関与すべからず』とあるが、この一文が三百年続いた貴族制にいかなる影響を与えましたか? あなたの解釈を言ってください」
「は、はい。『魔道なき者、政治に関与すべからず』……。この条文は、政治とは力を持つ者が責任をもって担うべきものという、王国の原理を示しております。魔道を有する者のみを領政を許し、それに満たぬ者は教会や文官職など補佐に徹すべきということです。魔道とは特権ではなく、治める責の証。この条の精神は、貴族にとって今なお誇るべき規範と考えます」
「素晴らしい解答です。さすがは、ド・ヴァランティーヌ嬢ですね」
周囲の視線が注がれる中、セリーヌは再び着席する。
だが、耳には、もう講義の内容はほとんど入ってこない。ひたすら、刻々と身体を這い上がる熱の正体だけが、焦燥とともに身体の内部に広がっていく。
そして、やっと最初の講義が終わった。
次の講義の教室は別棟なので、そこまで移動する必要がある。
「お嬢様──」
侍女のクロエがすぐに駆け寄ってきた。
上品に結った栗色の髪と落ち着いた物腰であり、顔のそばかすが目立つが可愛らしい容姿の侯爵家の分家筋の子女だ。学問を学ぶとともに、セリーの世話をするためにこの学園に一緒に席を置いていた。セリーヌにとっては、誰よりも信頼のできる家人であり、友達とも思っている。
「具合がすぐれませんか?」
その問いかけに、セリーヌは一瞬だけ躊躇ったものの、小さく頷く。
「……ちょっと、歩きながらでいい? このままでは……変に思われてしまうから……」
廊下を抜け、別棟への移動の途中にある学園内の中庭にほど近い回廊へと足を向けた。
人気の少ない小径には、そよ風と噴水の音だけが静かに響いている。
「講義中からなの……。身体が変で……熱が……引かないの」
セリーヌが呟くように訴える。
クロエは彼女の腕に手を添え、そっと体温を確認するように触れた。
「熱……? 確かに……少し火照っていらっしゃいますね。すぐに医務室に……」
「ま、待って。医務室はいいわ」
セリーヌは躊躇した。
医務室に行き、治癒官に診せれば、ある程度のことはわかるかもしれない。だが、これだけ異変を起こしている身体をあれこれと調べられるのは恥ずかしい。
「でも……。ならば……今朝、何か変わったものを口にしましたか?」
「思い当たらないけれど……。朝の紅茶も、いつものものだったはず……。でも、魔道の反応は感じられなかったの。呪紋系ではないわ」
セリーヌは、深呼吸をしようとしたが、肺の奥まで妙な熱気が充満しているようでうまくいかない。
手のひらや背中、足先などあちらこちらが、じっとりと湿っているのを意識するだけで息苦しくなってくる。
すると、クロエが鞄の内側に仕込まれた小瓶を取り出した。
「解毒作用のある清浄薬です。念のため、お持ちしておりました。大抵のものは解毒できるかと……」
その一言に、セリーヌはほっとした顔で受け取った。
迷いはなかった。
それほどまでに、身体の異変は焦りと羞恥を募らせていたのだ。
「ありがとう、クロエ……」
小瓶を開け、一気に飲み干す。
かすかに甘く、後から舌を痺れさせるような不思議な感触が残る薬液だった。
しかし──
数歩歩いただけで、異変が明らかになった。
……おかしい。余計に……熱い……。
皮膚の奥で、何かがゆっくりと沸き立つような感覚……。
手首、首筋、背中の内側、下腹部──。
触れられてもいないのに、皮膚の感覚が妙に鋭敏になっていく。
「ク、クロエ……少し、風にあたってから向かうわ。次の講義の先生に、遅れると伝言をお願いしていい」
セリーヌは噴水の脇にある石造りの長椅子に腰を下ろした。
立っているのも少し辛く感じる。
「お嬢様、ご無理なさらず。いますぐ屋敷にお連れしましょうか?」
「いえ、大丈夫。……少しだけ、こうしていれば落ち着くと思うの……。清浄薬も飲んだし……」
「では、お付き添いします」
クロエの手が、セリーヌの掌をそっと包む。
その手は冷えていて、優しかった。
しかし、セリーヌはその手をそっと離す。
「いいの。大丈夫よ、このまま休んでいるから……。折角の講義にあなたが遅れてしまうわ。先に行って。わたしは問題ないから」
「そんなわけには……」
「本当に大丈夫。これは命令よ。あたなは授業に出なさい」
セリーには強引にクロエを追い払う。
クロエは迷っている素振りだったが、セリーヌが二度目に“命令”だと告げると、ペンダントになっている連絡用の魔道具でなにかあったら、すぐに連絡をするように念を押してやっと立ち去った。
ひとりきりになると、セリーヌはすぐに近くある女子専用の衛生室に向かう。
とてもじゃないが、これ以上耐えられないのだ。
衛生室には、魔道水洗のある用足しをする簡素な個室がいくつか並んでいる。
セリーヌはそのひとつに、ふらつくように入った。
扉を閉め、背中を預ける。
ようやく誰にも見られない場所にいる、という安堵が訪れた。
自然と胸元に手が向かう。
「ああっ」
ブレザーの下のブラウス越しに、ぎゅっと乳房を掴んだだけで、自分でも驚くような甘い声が響いた。
慌ててハンカチを出して口に咥える。
だが、乳房を揉んでいた手は離すことができなかった。さらに激しく揉む。電撃のような快感の衝撃が身体を貫く。もどかしくて、ブラウスの前を開き、下着のキャミソールの内側に手を差し込んだ。
直接に乳房を揉みしだき、固くなっている乳首を擦る。
「んんんっ」
ちょっと刺激しただけでこれだけの快感──。
こんなことは生まれて初めての体感だ。
反対の胸も同じように内側に手を差し込んで揉む──。
「んああっ」
上体が大きく反り返り、セリーヌはぶるぶると身体を震わせた。
すごい……。
セリーヌにはもう自制することはできなかった。
個室の中で制服のスカートをまくり、ドロワーズも膝まで落とす。
ドロワーズの股間部分は少し厚地になっているが、そこがまるで小尿でも漏らしたかのようにべっとりと濡れていた。露わになった股間も信じられないくらいに熱くてぬるぬるだ。
セリーヌは小さな尖りを激しく擦り、反対の手で乳首を強く揉み続ける。
「んんんっ、んあああっ」
あっという間だった。
セリーヌは個室の中で絶頂に達し、全身を突っ張って身体をがくがくと震わせた。
「はあ、はあ、はあ……」
少しは楽になった。
だが、安堵と同時に、学園内で自慰をしてしまったことに大きな罪悪感が襲ってきた。
服装を整え直して、衛生室を出る。
次の講義室に向かう。
すでに授業は始まっている時間であり、廊下を移動している生徒はセリーヌだけだ。
教室に着く。
クロエが講師には報告してくれていたらしく、特になにも言われず、セリーヌは席に着いた。
だが、しばらくすると、またもや激しい疼きがぶり返してきた。
もういや──。
セリーは懸命に耐え続けた。
そして、講義が終わるやいなや、クロエを振り切って、すぐに再び衛生室に駆け込んだ。
すぐに、ハンカチを口に咥えて、スカートを捲り、ブラウスを開いて、さっきと同じように自慰を開始する。
そのときだった──。
個室の床の隙間から、すっと一通の封筒が差し込まれたことに気がついた。
「ええっ?」
仰天して、慌てて身体から手を離して、ブラウスとスカート、ドロワーズを戻す。
誰──?
まさか、隣に──?
急いで個室の外に出る。
誰もいない。全部の個室は開放されていて、誰の姿もなかった。
だが、確かに隣の個室から封筒は差し入れられたのだ。
「どういうこと……?」
背中に冷たいものが這いあがる。
嫌な予感しかいない。
まさか、見られた?
とにかく、封筒の中身をこっそり取り出す。
中身は、小さな魔道紙片が一枚と、もう一枚、光を当てると淡く像を浮かび上がらせる幻写晶の複写画像だ。
息がとまった。
セリーヌの手から、魔道紙がふるりと落ちていく。
“学園南棟、非常階段裏にて、あなたの『映像記録』が公開されています。間もなく大勢の生徒が目撃するでしょう。見つけて、結晶を外さなければ、取り返しのつかないことになりますよ。”
「なっ」
息がとまりそうになった。
手紙とともに入っていた幻写晶から魔道照明の光を浴びて、小さくぼんやりと立体的に浮かびあがったのは、衛生室の個室の中で乱れた制服姿で自慰をしているセリーヌ自身の姿だったのだ。
顔まではっきりと写っている。
さっきの講義の前だ──。
映像は正面から撮られており、あのとき隠した幻写晶で記録されたのは明白だ。
全く気がつかなかった……。
セリーヌは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
はっとした。
手紙の内容……。
この映像を「公開」すると──?
とにかく、衛生室を飛び出して、廊下に走る。
南棟の非常階段といえば、かなり距離がある。
冗談ではない。
「あっ、お嬢様──」
廊下に出ると、クロエが壁に背をつけるように待っていた。
セリーヌの様子がおかしいので、ついてきてくれたのだろう。
「ね、ねえ、誰か──。この衛生室から誰が出てきた? どんな人だった?」
クロエがずっとここにいたなら、手紙を隙間から挿入した人物の姿を見ているはずだ。正体はわからなかったが、その人物は確実にセリーヌがいた個室の隣にいて、セリ-ヌが個室から出るほんの短い時間に逃げたのは間違いない。
「いいえ、お嬢様。わたしはここにおりましたが、どなたも……」
クロエは、真面目に丁寧に答えた。
その表情からは、嘘の色は一切うかがえなかった。
そんなはずは……。
いや、それよりも、いまは、とにかく非常階段へ……。
少しでも早く──。
誰かに見られる前に、自分の手で、それをとめなければならない。
考えたのはそれだけだ。
「あっ、お待ちください──」
セリーヌは、廊下を全速力で走りだす。
焦りが、鼓動をさらに速くする。
制服の襟元に滲む汗も、身体の疼きも、ふらつく脚も、いまは気にしている余裕はなかった。
クロエが追いかけてくるが、無視する。
早く、南棟の非常階段に──。
それしか考えられなかった。
駆け出すと、身体の疼きさらに酷くなり、眼がくらみ、脚もよろけてくる。
それをもどかしく思いながら、セリーヌは走り続けた。
非常階段──裏に着く。
そこに、自分の痴態が、さらされているというのなら──。
「あっ」
セリーヌは思わず叫んだ。
半透明のガラスのような容器──だが、明らかにそれはただの工芸品ではなかった。六面体の中心には、紫がかった光を帯びた幻写晶が浮かび、ゆっくりと回転している。
幻写晶で浮かびあがっている静止画の立体映像が透明のガラスの中で投影されているのである。魔道具だ。
裾をまくり上げる少女。淫らにゆがむ顔──。
セリーヌは目を見開く。自分だ──。
「こ、これは……」
震える手で容器に触れたその瞬間──びしりと指先が軽く跳ね返された。
魔道の膜──。
どうして──?
「お、お嬢様、これは──」
悲鳴が背後で響く。
クロエだ。
「み、見ないで──」
慌てて、咄嗟に手で隠そうとした。
「痛いっ」
だが、またしても弱い電撃で弾かれる。
「……“牢映晶”ですね。こ、これは簡単には外せません」
クロエが背後から呆然としたような口調で告げる。
「だ、誰にも言わないで。絶対に──。お願い──。お願いよ──」
セリーには映像に背を向け、身体で映像を隠しながら必死で言った。
クロエは戸惑った感じのまま、大きく首を数回縦に振る。
「でも、波紋が合わなければ、取り出すことも、壊すこともできませんよ。強引に割ることはまず不可能です」
「わ、わかっているわ……」
牢映晶とは、美術館や博物館などで使用される魔道の防護容器であり、外からの容器内に触れることができないように強い防護膜が魔道で張られる仕掛けになっているものだ。
その内側に、セリーヌの痴態を投影している幻写晶があるのである。
つまりは、牢映晶を解除しなければ、中の幻写晶を外せない。
だが、解除の鍵となる魔道石がなければ、牢映晶の作動をとめることなどできない。
セリーヌは振り返り、ガラスの奥に浮かぶ、自らの姿を凝視した。
淫らな自分の姿に身体が震える。
足は自然に後退しかけたが、眼は逸らせなかった。
誰が置いた?
どうしてここに?
しかも、牢映晶は非常に高価なものであり、構造も複雑で非常に貴重なもののはずだ。
だから王立の美術館などの施設でしかない。
侯爵家にもなく、こんな場所に置くようなものではないのだ。
「お嬢様、そこに手紙が──」
クロエが叫んだ。
はっとした。
確かに、少し離れた地面に無造作に置かれた封書がある。
クロエが駆け寄り、中を確かめると、ちょっと訝しげに表情を動かし、すぐに眼を見開いた。
「お嬢様、中に魔道石が入っていました。多分、“制御石”です。もしかして、これをそこに嵌めれば、投影が停止するではないでしょうか」
クロエが叫ぶように言った。
確かに、牢映晶の容器の下側に、クロエが手にしている晶石が丁度嵌まりそうな窪みがあった。
制御石──?
そう言われれば、そんな感じだ。
セリーヌは、クロエから石を受け取ると、とにかく窪みに嵌めてみた。
容器の内側に投影されていたセリーヌの痴態が消滅する。
ほっとした。
「お嬢様、手紙も入っておりました」
クロエが手紙を差し出してきた。
またもや、魔道紙片だ。だが、数枚の文章になっている。
“侯爵令嬢 セリーヌ=ド=ヴァランティーヌ殿
貴女がこの手紙を読んでいる頃、ひとつの《幻写晶》が再生を終え、その投影は“封鍵石”によって一時的に停止していることと思われます。
だが、誤解のないよう記します。
その封印の寿命は半日と持ちません。
明朝には牢映晶の中で投影が再開され、容赦なく周囲の目に晒されることになります。
さらに申し添えます。
この封印に対応する“適合紋様”を刻んだ封鍵石は、本晶専用に調整された一点ものであり、他に代替は存在しません。
まして、貴侯爵家の権威と魔道師をもってしても、明日までに再調整可能な石を用意することは不可能です。
加えて、この牢映晶と幻写晶は唯一ではありません。
すでに同様の内容を収めた“幻写晶群”の設置準備が、学園内各所で進められております。
貴女の軽率な行動一つで、瞬く間に情報は広がるでしょう。
この一件を、そばの侍女以外に一言でも漏らした場合、我々は本件を「交渉の拒絶」と見なし、貴女に対し破滅という名の責を取っていただくことになります。
貴族女性としての誇りも、未来も、社会的立場も――すべて。
とはいえ、私の本意は報復ではありません。話し合いです。
もし貴女が、冷静に事の重さを認め、対話に応じる意志を示してくださるならば、これ以上の拡散や再投影を防ぐ道を共に探る用意があります。
話し合いに応じる意思があるのであれば、最後の行に書かれている店に、すぐにおいでください。
あなたの安全は誠意を持って保証いたします。
ただし、すぐに行動を起こさなかった場合、我々は次の会合の場所を呈示しません。明日の朝に学園のあちこちで、あなたの痴態が公開されることになるだけです。
貴女の理性を信じています。“
記名はない。
ただ、封蝋には銀の枷と交差する鍵の紋章が刻まれていた。
最後の行に書かれている店は、王都の中でも王城から離れておらず、王軍騎士団の詰所もある貴族街の中にある香茶サロンだ。上級貴族がよく使用するような喫茶のできる場所だ。
セリーヌも何度か利用したこともあり、確かに安全な場所のように思えた。
「お嬢様、この紋様……」
すると、クロエが口を開いた。
「見覚えがあるの?」
セリーヌは思わずクロエを見る。
ほとんどの貴族家の家紋は記憶している自信はあったが、この紋様には見覚えがなかったのだ。
「モントレフォール子爵家です」
「モントレフォール? ああ、思い出したわ。モントレイユ伯爵家の分筋ね」
だが、やっと思い出した。
最近、爵位を王家から買った新興貴族家だ、モントレイユ伯爵家からの分家であり、王都を中心に活動する商会を経営している家である。
商会規模は大きくないので、子爵の爵位を買うほどの財力を持っているということが意外だったので、ちょっと記憶に残っていた。
「お嬢様、知らなかったのですか? モントレフォール子爵家の家長のルシアン=モントレフォール子爵閣下は、お嬢様のご婚約者だったお方です。旦那様が強引に破談になさったそうですが」
「婚約者?」
「……モントレフォール子爵閣下。あのお方は、一年ほど前からお嬢様と一時“口約束”ながらも、婚約関係にあったはずです。ご存じなかったのは当然かと。ご当主様が公表前に一方的に破談にしたと聞いておりますし。ごく最近のことです」
セリーヌはクロエの言葉に眉をひそめる。
最近になって、セリーヌの婚約が破棄された?
一方的に?
しかも、セリーヌ自身がまったく知らないあいだに?
そんな不誠実なことなど、あるのだろうか……。
だが、そういえば、少し前に父と母が“育ちが卑しいから破談にした”と、笑いながら誰かの話をしていたことがあった。
まさか、それが、セリーヌの婚約のことだった?
ただ、もしも、それが真実なら、対話くらいは応じるべきだろうか……。
「ところで、お嬢様、どうなさいますか? その手紙には、この場で、そこに向かうように書かれているようですけど」
クロエが深刻な表情になって言った。