侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
スプーンを持つ手が、また震えた。
薄いパン生地にとろりとした林檎のジャムをのせ、口元へと運ぶ。
その瞬間、乳首とクリトリスの根元にはめられているレコルが小さく、けれど鋭く、乳首と股間を同時に責めた。
「ん、く…」
舌の上で甘みが広がるのと、股の奥が疼くのが、まったく同時だった。
脳が混乱する。食べるたび、感じる。感じるたび、息が上がる。
なに…これ…。
一度目。喉に詰まりそうになる快感を、どうにか咀嚼で誤魔化した。すると、レコルはセリーヌが果てるぎりぎりで停止してしまった。
二度目はクロエの指だった。
右隣に座った侍女が、さも当然のようにスカートの中へ手を差し入れ、柔らかな指で秘所をひと撫でしたとたん、レコルが乳首をぴたりと挟み込んだ。
「く…ふ…」
びくりと身体が浮いた。
それなのに、達しそうになった瞬間、すべてが止んだ。
クロエの手が、まるで最初からなにもしていなかったかのように戻る。
なんで…。
疑念がよぎるが、すぐに食事に戻るよう促される。
三度目。スープを口に含んだ瞬間、振動が連動した。
ぴりり、と乳首をなぞるような電流。
吐息が、喉の奥で震えた。だがまた、寸前で止む。
喉奥に残る熱だけが、余韻のように身体を支配した。
四度目はクロエの指が、ゆっくりとクリトリスのレコルの端をなぞったときだった。
腰が浮きそうになるのを堪えながら、セリーヌは脚を閉じる。
しかし、また、止む。
いや…どうして…。
五度目。食後の紅茶の香りとともに訪れた。
喉に流した熱と同時に、乳首と陰核のレコルが小刻みに共振する。
その拍動に合わせるように、クロエの指先が膣口をくすぐる。
セリーヌはびくびくと反応していた。
けれどまた、絶頂の境界線の手前で、すべては唐突に消えた。
「あ、ああ…」
スカートの下で、何もされていないのに、腰が疼く。
唇を噛みしめ、膝を閉じたまま、涙が出そうになった。
与えられた快楽では、もう満たされない。それは快楽ではなく、罰のようだった。
朝食が終わったとき、セリーヌの脳裏にはただ、「もう少し、あと少しだけ」──という焦燥だけが残っていた。
やがて、やっと準備された朝食が終わる。
すると、食事の器が片づけられる頃、扉の奥から音もなく数人の姿が現れた。
整った制服と無表情な顔。館に仕える使用人たち──いや、カーストと呼ばれる男たちだった。
誰も口をきかない。
整然と、流れるような手つきで食器が下げられていく。
彼らの存在を認識した瞬間、セリーヌは身体をこわばらせた。
わたし……こんな姿を……あの人たちに……。
朝食のあいだに繰り返された責め。
快楽に喘ぎ、寸止めに震え、口から零れた甘い声──
すべてを聞かれていたのかもしれない、そう思うと全身が火照った。
けれど、カーストたちは一瞥もよこさなかった。
まるで、セリーヌという存在がそこにいないかのように、目を逸らすことすらなく、無言で器を回収していく。
羞恥と孤独が、胸の奥で鈍く疼いた。
自分は、ここでは、そういう存在なのだ。
黙々と任を終えた彼らは、何事もなかったかのように部屋を去っていった。
その静けさが、セリーヌにとってはひどく冷たいものに思えた。
カーストたちの背が部屋の扉に消えると、空気が変わった。
セリーヌは脚を揃えたまま、座っていられなかった。
快楽が残した火照りと、無視されたことで感じた羞恥が、身体の奥でぐずぐずと燻っていた。
ルシアンが、静かに口を開いた。
「そろそろ時間だ。セリーヌ。……学園に行く準備をしなさい」
その言い回しは、どこまでも穏やかだった。
けれど、含まれた悪意は明らかだった。
「今日は、学園での“調教”初日だからね」
セリーヌは、反射的に顔を上げてしまった。
「……が、学園でも……調教を?」
「当然だろう。君は口頭とはいえ、“十日間、ドミエンヌに属する”と契約した。しかし、館内に限るなどという言葉は、どこにもなかったはずだ。それどころか、学園にもここから通ってもらうと言ったはずだ。つまりは、それも契約だ」
言い切ったその声音は冷静で、迷いがなかった。
けれど、その無感情さが逆に、嗜虐者の愉悦を匂わせていた。
セリーヌは、息を詰めるしかなかった。
「契約」に逆らえば、ルシアンは容赦なく、セリーヌの記録映像を公開するだろう。彼にそれだけの力があることはもうわかっている。セリーヌにできる選択はない。
足のあいだから、じんわりと熱が滲んでいた。
羞恥と、なにか別の、もっと濃いものが、ひとつに溶けていた。
セリーヌの沈黙を見届けるように、ルシアンがわずかにクロエに視線をずらした。
クロエに向かって、なにげない口調で言葉を落とす。
「学園での制御は、朝よりも少し長めに頼むよ。緩やかに、けれど確実に。……余韻が残るようにね。しかし、最後までは与えずに」
「はい。刺激の持続時間をレコルに再設定しておきます。到達の直前を維持する時間も調整可能です」
クロエの返答はいつも通り事務的で、そこに感情の揺れはない。
だが、交わされているのは明らかに、セリーヌの身体と快楽についての打ち合わせだった。
心臓が脈を速めた。
耳の奥で自分の呼吸がうるさく響いた。
まさか……学園でも、また……。
寸止め……。
スカートの奥で、まだレコルの感触が残っている。
敏感になった身体が、命令ひとつで震えることを、もう自分は知っている。
登校中、教室の中、講義の最中……。
誰にも言えず、逃げられず。
ただ命令を待ちながら、絶頂寸前を何度も繰り返される。
それを想像しただけで、太腿の奥が疼いた。
無理……そんなの……。
このままじゃ、おかしくなってしまう……。
どうしてくれないの……。
どうして、いかせてくれないの……?
セリーヌは、手のひらを膝に当てたまま、わずかに震えた。
恥ずかしい。悔しい。
だけど──それ以上に……。
欲しい。
たまらなく、欲しい。
このまま、命じられるのを待ち続けるだけじゃ、壊れてしまう。
自分のなかで何かが、確かに崩れていた。
クロエがゆっくりとセリーヌに顔を寄せた。
その表情はやわらかく、微笑と呼ぶには淡すぎる。
けれど、その声音には、なにかを待っている気配があった。
「……お嬢様。黙っていては、誰も気づきませんよ。欲しいなら、ちゃんと、そう言うべきです」
囁かれたその声は、あまりに自然で、あまりに酷だった。
羞恥がこみ上げた。
けれど、同時に、身体が欲しているのもまた事実だった。
セリーヌは、視線を伏せたまま、唇をかすかに開く。
けれど──そのときだった。
レコルが、また震えた。
いままでよりも、鋭く、長く。
乳房と陰核、脚のつけ根が、いっせいに痺れたように跳ね上がる。
「あ……あぁ……」
椅子の縁を握る手に力が入る。
背筋が浮き、太腿の内側がきゅうと収縮する。
いく。
いける。
──そう思った瞬間、振動は、止んだ。
脳が空白になる。
心臓がどくりと波打ち、息だけが喉から漏れた。
また……寸止め……。
これ以上は、もう無理。
求めるなと言われるなら、せめて、終わらせてほしい。
なのに──。
いかせてくれないなら、自分から、願うしかない。
それが、この場の調教の意味だと、やっとわかった。
「……ルシアン様……」
言葉が喉でこぼれた瞬間、レコルが微かに脈打った。
促されている。
試されている。
命じられていないなら、自ら、求めろと。
「どうか……わたしを……犯してください……」
言葉にした瞬間、全身から力が抜けていくようだった。
羞恥と熱が同時に押し寄せ、喉が焼けつく。
でも、もう、止められなかった。
命じられることが自分のすべてだった。
けれど、いまは──命じられなくても、欲しい。
命じられなくても、従いたい。
与えられなくても、欲しい。
いまの自分は──そういうふうに変わってしまった。
そのことを認めるのは怖かったけれど、同時に、どこかでほっとしている自分がいた。
ようやく、扉を叩けたことに、安堵していた……。
沈黙が落ちた。
吐いたばかりの懇願の言葉が、空気に溶けていく。
椅子の背に指をかけた彼の横顔には、怒りも欲情もなかった。
ただ──観察者の静謐があった。
すると、ルシアンが立ち上がり、ゆっくりとセリーヌのもとへ歩み寄ってきた。
「テーブルの上に両手を置いて、上半身を伏せなさい。スカートは自分で捲って」
命令は、簡潔だった。
けれど、その声音には逆らえない重みがあった。
セリーヌは立ち上がり、よろけるようにテーブルへ向かう。
スカートを、捲る。両手を差し出し、卓上に掌を置く。
上半身を伏せ、頬を冷たい木の面に預けた。
足を揃えていたはずの膝が、自然とわずかに開いていた。
背後で、衣擦れの音がする。
指先が、割れ目をなぞるように触れた。
「くっ」
濡れていた。
もう、とっくに。
求めていたのは自分だった。
「声を抑えなくてもいい。ここは、君のための劇場だ」
ルシアンの声が、背後から落ちてくる。
次の瞬間、熱いものが──押し当てられた。
「ひ……っ」
息が詰まった。
入ってくる。
押し広げられる。
密着していた肉の内側を、ぬるりと貫いてくる。
深く、確かに。
挿れられている。
そう意識した瞬間、涙が滲みそうになった。
嗜虐ではない。
これは──支配。
でも、それが怖くなかった。
むしろ、ようやく、欲しかった“何か”を手にした安堵が、背中に流れていく。
ルシアンの手が、腰を掴む。
動く。
深く、浅く、律動する。
テーブルに額をつけ、セリーヌはそのたびに喉を鳴らした。
「ああ……ん……」
奥を擦られる感覚が、身体の芯を満たしていく。
痛みはなかった。
最初から、このために準備されていた身体だったとさえ思えた。
目を閉じる。
快楽に飲まれるより先に、ルシアンの掌が、たしかに自分を抱えていることが、嬉しかった。
腰が、ゆっくりと打ちつけられてくる。
そのたびに、膣内の壁が擦られ、奥を押し広げられる感触が広がる。
食卓に伏せた上半身は、震えたまま動けなかった。
頭では抗えないとわかっていても、身体が、もう悦びを止めようとしないことに、セリーヌは気づいていた。
繰り返し打ちつけられる音。
濡れた音と、肌の擦れる音と、呼吸の熱が混じっていく。
「ふ……あっ……ん、ああ……」
声がこぼれるたびに、快感は芯へと濃く沈んでいく。
視界が滲み、感覚だけがはっきりと際立っていく。
腰を掴まれたまま、動きが速くなった。
「ん、だめ……なにか、くる……」
内側が痙攣していた。
奥に届くたび、熱が伝っていくたび、身体が勝手に反応する。
「いく……もう、いく、いきそう……。い、いかせてください──きょ、許可を──」
逃げられない。
逃げたいとも思わなかった。
もう、全部、受け入れてしまいたかった。
「ああ、いつでもいくといい」
ルシアンが律動しながら応じた。
その瞬間だった。
膣の奥を、強く──叩くような一撃が貫いた。
「あああ……」
背筋が反り、叫びが喉から迸った。
テーブルに張りついた掌に力が入る。
太腿が痙攣し、腰が打ちあがる。
身体の奥から、何かが崩れた。
意識の底で何かが砕けて、快感の波だけが一面に広がっていく。
果てた。
はっきりと、自分の身体がそう告げていた。
そして──その直後。
ルシアンの手に、わずかな力が込められた。
腰が深く、最後まで沈み込み、
次の瞬間、熱が──注がれた。
「……っ……」
声にならない吐息が、背後から洩れた。
脈打つように、何度も何度も、押しこまれていく。
内側に広がるその感覚が、セリーヌの震える心を、最後のひとかけらまで満たしていった。
身体を突き刺したまま、ルシアンの手が、背に添えられる。
それは慰めではなく、ただ終わりの合図だった。
食卓の上で、汗に濡れた身体が、静かに呼吸を繰り返していた。
テーブルの上で、セリーヌは力なく伏せていた。
果てた身体が、微かに呼吸のたびに揺れている。
スカートは腰に引っかかり、肌には汗と、放たれたばかりの温もりが残っていた。
ルシアンのものはまだ、後ろから入ったまま……。
そのときだった。
足音もなく近づいてきたクロエが、そっとセリーヌの背に布をかけた。
「お疲れさまでした、お嬢様。お身体、冷やされませんように」
囁くような声とともに、クロエの手が腰に回される。
後ろから挿れられていたものが、静かに引き抜かれた。
その余韻に、セリーヌの身体がわずかに震える。
クロエは何も言わず、濡れた脚の間に布を添え、そっと拭った。
羞恥を刺激しないように、丁寧に、やさしく。
だが、セリーヌはそのやさしさに、かえって罪悪感を覚えていた。
整えられていく髪。整えられていく衣服。
まるで、“こと”の前にはなかったように……。
スカートはきちんと膝に収められる。
ルシアンが、扉のほうへと歩いていく。
振り返らずに言葉だけを落とした。
「クロエ、セリーヌが望むなら、最後まで与えてもいい。……その代わり、セリーヌ自身がそれを言葉にしたとき限りだ」
その背はもう遠くなりかけていた。
扉の前で、ふと足を止める。
「馬車に、試作品を準備させてある。学園が終わったら、それを使った感想を聞かせにきなさい」
そう言い残すと、ルシアンは扉を開け、廊下の向こうへと消えていった。
セリーヌは、椅子に座ったまま、何も答えられなかった。
髪の毛を梳かれながら、ぼんやりと視線を落とす。
まだ、膣の奥に残る感触が消えない。
肌にまとわりつく布の感覚が、やけに鮮明だった。
さっきまでテーブルに伏せていた自分と、いまこうして令嬢の姿に戻されていく自分が、まるで別人のようだった。
そして──。まだ、あの言葉が、耳に残っていた。
学園のどこでだって、彼の……クロエの……命令ひとつで──多分、また、追い詰められる。
恥じても、逃げても……。そして、多分、結局、命令を待ってしまう自分がいるのだろう。
どれも現実のはずなのに、いまの自分には、まるで夢の続きのように思えた。
扉が閉まり、彼が入ってきた。
ソニアは寝台に腰かけていた。身体を斜めにひねるようにして、足を揃えて座っている。対面の椅子にルシアンが無造作に腰をおろす。淡い金の前髪が頬にかかっていたのを指先で無造作に払った。
「セリーヌ、あれだけ敏感なのに……伯爵家の坊ちゃん、まともに鳴かせることもできなかったのか。十九にもなって、それはないよな」
皮肉交じりの声。けれどその裏には、僅かに苦みが混じっていた。ソニアは小さく笑いながら、足を組み替える。
「ルネ=ベルモント伯爵令息のこと? セリーヌの今の婚約者。十九歳で、学園の研究生で成績優秀って評判の子よね」
「優秀? 机上だけなら、な」
「……顔が引きつってる。やっぱり嫉妬してるでしょ、ルシアン」
「してない」
「してるくせに。あれだけ寸止め繰り返して、最後にはしっかり貫いておいて、“してない”はさすがに無理があると思うなあ」
「報復だよ。敵方の娘に情なんて持ってない」
「じゃあ、魔合わせのときに止めておけばよかったのに。それができなかったのは──」
「ソニア姉ちゃん、もういいだろ」
その呼び名に、ソニアの頬がやわらかくゆるんだ。
この子が、こう呼ぶときだけは、十歳の頃と変わらない。才能を持ちすぎていたルシアンは、貴族にとって都合の悪い異物だった。でも彼は、それを誇るためじゃなく、まわりの人たち──自分たちのような孤児や平民の生活を、少しでも楽にしたくて、ただ純粋に能力を使っていた。
そのせいで、王国の貴族たちから睨まれ、弾圧の対象にされ、守るために……自分たちを、世界そのものを守るために、彼は“悪人の仮面”をかぶるようになった。
それでも──こうして自分を「姉ちゃん」と呼ぶときの声には、まだ壊れていない、優しい“彼”が、確かに残っている。それが続いている限り、彼は、きっとまだ戻ってこれる。だからこそ、ソニアはこの呼び方を、心の奥で大切にしていた。
けれど、彼は矛盾の塊だった。優しいくせに、嗜虐的な性癖を抱えていて。誰かを縛り、支配し、屈服させることに興奮するくせに、無理矢理やることには、心が咎めてしまう。
だから彼は、わざと悪人ぶって相手を揺さぶり、自ら堕ちてくるのを、ずっと待っている──。言葉ではなく、悦びを通して自分を欲してくれるようになるまで。
哀しくて、倒錯していて、誰より優しい。そんな彼を、誰かが知っていなければ、と思った。
「それにしても、クロエって、かなり、ねちっこいわね。正直、自分の女主人をあそこまで容赦なく責めるとは思わなかったわ。最初は大人しい感じだったし」
「手を抜かないというのが、“契約”だしね。彼女は忠実に契約に従ってる。彼女はなにをさせても優秀だ。彼女には色々と仕込んだけど、昨夜は緊縛をやらせてみた。完璧だったよ。セリーヌは縄酔いまでしてた」
「惜しいわね。本当に手放すの? このまま、侯爵家に返すの?」
「それが契約だ」
「そう……」
それ以上は言わない。
クロエとルシアンが結んだ“契約”は、セリーヌがここを去るまで。
最後の思い出として……。
それがルシアンの選択なら、それでいい……。
だが、ルシアンがさらに口を開いた。
「……でも、セリーヌの選択によっては変わってくる」
クロエはくすりと笑ってしまった。
「つまりは、クロエを助ける用意があると?」
「選ぶのは彼女たちだ」
「素直じゃないわね、ルシアン」
「僕は素直だよ」
ルシアンが膨れる。
クロエは微笑んだ。
「姉のジャンヌの件、どうするの?」
「保留……。情報は本当だった。騎士団の詰所に、昨夜のうちに間者を潜り込ませて、彼女が提出した報告文を確認させたよ」
「それで?」
「教会の聖印が刻まれた抑制具──本来は性欲を抑えるための魔道具を、快楽具として転用する《セレノア・ルーン》の流通に関する記録が報告に含まれていた。……認可された魔道具の用途外使用。王国法では禁忌級の重罪案件だ。かなり正確に情報を掴まれてた」
「でも、それってジャンヌの意思じゃないのよ。命令されたから調査して、上に報告しただけ」
「わかってるよ、ソニア姉ちゃん。彼女は与えられた任務をこなしただけ。けれど──そこに“正義”は感じていなかった。だからソニア姉ちゃんに情報を漏らした。“反抗”じゃない。“警告”としてだ。彼女なりの意思表示だったんだと思う……。だから、保留……」
保留……。
つまりは、少なくとも、セリーヌみたいに強引には、ドミエンヌには放り込まないということ。
セリーヌは、報復という大義名分があったけど、ジャンヌにはその理由がなくなったからだろう。
残念……。
あのかっこいい友人が、ここでよがり泣くのを見たかったかもしれない。
「……それはともかく、セレノア・ルーンはどうする? 一度全部閉じる?」
「いや、いい。それに、どうせ、セレノア・ルーンなんて、財閥の末端だし。純血派の狙いが魔道淫具のフォルニア潰しであるわけない。そもそも、あっちの顧客は上級貴族だし。ドミエンヌと一緒。潰されても困るのは向こう。でも、連中の狙いは別にある」
「じゃあ、純血派の貴族たちは、なにを狙いに本格的に動き始めてるの?」
「この財閥そのもの。魔道晶石精錬技術。その乗っ取り。王国に不可欠な財閥を、貴族が見張るべきものに引き下ろそうとしてる」
ルシアンが言った。
「つまり、違法行為をしているセレノア商会を、レヴィニア財閥と結びつけて、そこから魔道晶石精錬技術に手を伸ばそうということ?」
「そう。彼らは、僕たちを潰すに足る“悪“として定義し直そうとしている。快楽と支配に満ちた退廃のドミエンヌの館も、違法魔晶石を使った《セレノア・ルーン》も、そこへ至る証拠として並べられているにすぎない」
「すでに、セレノア商会とレヴィニア財閥は結びついてる?」
「そうでなければ、動かないよ。でも動いた。つまりはそういうことさ。だから、いまさら、セレノア商会を隠しても仕方ない。むしろ、財閥を追い詰める材料にされる」
「ふうん……。ところで……純血派の中枢って、セリーヌの父──ヴァランティーヌ侯爵なの?」
ソニアの問いに、ルシアンが首をはっきりと横に振った。
「違う。あれはただの傀儡だ。かつては高潔な貴族を気取っていたが、いまは財政難に喘ぐただの看板にすぎない。娘を青くない血──財閥系子爵家の僕に、一時的とはいえ婚約させた時点で、それだけ追い詰められているということだ。あれが首領のわけがない」
「つまり、もっと黒い意志が背後にあるのね。でも、まだ見えてない……」
「ああ。今のところ僕たちは、その首魁にまだ手が届いていない」
「わかった。探す。首魁の存在を……」
「無理はいいよ」
「無理じゃないわ」
「そう……」
しばしの沈黙が落ちる。ソニアは少し身体を前に倒し、寝台の端から手を伸ばした。
「ルシアン……ねえ、いま……していい? 朝からだけど……お願い……。したいの……」
ルシアンは軽く笑って立ち上がると、ソニアの顎に指を添えて見下ろした。
「いいけど。……泣いても知らないよ?」
「……うん。あなたになら、泣かされてもいいの……。ううん、死んでもいいわ」
言葉を終える前に、彼の唇が覆いかぶさった。鋭く、深く、食い込むような口づけ。舌が割って入り、唇の奥を抉るように絡め取る。
ソニアは甘く息を呑み、指を彼の背に食い込ませた。
「ん、ルシアン……もっと……」
その声は熱に震え、快感に溺れはじめていた。彼の手が胸元をなぞり、腰に回ってスカートをめくりあげる。
「ソニア姉ちゃん……お仕置き、されたい? いや、お仕置きって、必要だよね。セレノア・ルーンのルートが漏洩したのは、ソニア姉ちゃんの失敗。絶対にお仕置きしなくちゃ」
「して──。セリーヌみたいに意地悪して。あたしが泣きべそかくまで。毀れるまで──」
その囁きに、ルシアンは手を離し、寝台の横の木箱を開けた。中から、丁寧に束ねられた縄束を取り出す。
ソニアの目が、大きく開かれる。
ルシアンは無言のまま、それを彼女の足元へ放った。
ぱさりと音を立てて床に落ちた縄束が、照明の下で艶めいた光を放った。
「……ああ……ルシアン……」
ソニアの膝が崩れ落ちた。甘く、震えながら、ルシアンの足元へ身体を沈めていく。
寸止めに泣き、喘ぎ、貫かれて絶頂したセリーヌの姿が、焼きついて離れなかった。
自分でも気づかぬうちに、あの光景に強い嫉妬を抱いていたのかも。
──だからこそ、縛られて泣かされたいと思った。
あの子と同じように、壊れる寸前で、やっと満たされてみたかった。
心から、欲しかった。