※この作品はR-18です。

侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従   作:ドン・ドナシアン

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26  第二の選択−破滅か、絶望か

「お選びください。いかがいたしますか? ……これは、“自由意志”に基づく選択です」

 

 クロエの声は、朝の静かな風のようだった。どこか事務的で、感情の起伏をそぎ落とした、研ぎ澄まされた声音。

 その手には、黒銀色に光るものがひとつ、静かに握られていた。

 

 決定的な何かが、そこにあった。

 それだけは、セリーヌにも分かった。

 

 アルフェ──。肛門用調教淫具……。

 そして、《シスト=カレイド》……。呪いのような絶頂再現淫具……《アモン=カレイド》と対になり、その機能を無効化するもの。ただし、あの怖ろしい掻痒剤のイルヴィア液入り……。

 

 セリーヌは、小さく息を吸い込んだ。

 喉の奥が急に乾いた気がして、水分がどこかへ逃げていくのを感じる。

 指先に、細かな震えが宿っていた。止めようとしても、止まらなかった。

 

 場所は、正門の裏手だ。

 登校する生徒たちの視線を避けるように、ふたりは校舎の影に隠れていた。朝の光が生い茂る植え込みにやさしく揺れ、制服姿の学生たちが、何事もない日常を踏みしめて歩いていた。

 

 その傍らで、クロエは静かに──ひどく静かに、セリーヌに選択を迫っていた。

 セリーヌの身体には、すでに《アモン=カレイド》が挿入されている。

 膣の奥でじくじくと疼いているそれは、魔道紋様の熱と刺激を、遠慮なく送り込んでくる。

 そして、クリトリスと乳首には《レコル》があった。

 微細な振動が絶え間なく流れ、感覚の境界線を濡らしていた。

 いまでも、耐えがたい刺激が股間を……乳首を苛み続けている……。

 

 それだけでも、十分だった。

 それだけで、もう無理だ。

 十分すぎるほどに、支配されている。

 ──だというのに……。

 

 今度は「痒み」だという。

 

 イルヴィア液。

 

 ただの掻痒剤ではない。

 それは、肌に触れた瞬間、粘膜へと静かに染み込んでいく。

 快楽と痒みがねじれ合い、思考の芯を、ゆっくりと軋ませていく。

 

 セリーヌは、その“効き目”を、もう嫌というほどに知っていた。

 

 選択肢は、ふたつだ。

 

 ひとつは、《アモン=カレイド》によって、いつ訪れるとも知れない遅延絶頂を抱えたまま、学園生活を過ごすこと。

 その最中、予告もなく──誰の前であっても──快楽の果てに崩れる可能性があるということ。

 

 もうひとつは、新たな《シスト=カレイド》をお尻に受け入れ、イルヴィア液による痒みを耐えること。

 誰にも言えない苦しみに、終わりなく責め苛まれるという選択だった。

 

 どちらにも逃げ場はなかった。

 ただ、前者には“終わり”がある。

 後者には、ない。

 

 セリーヌは唇を噛み、震える膝に手を置いた。

 目を閉じ、呼吸を浅くした。

 

 熱い……。

 痺れる。

 怖い。

 けれど──。

 

 終わらせてしまいたい。

 この曖昧な疼きに惑わされ、羞恥だけを抱えて歩く日々よりは。

 快楽に呑まれても、その先に何かがあるなら、そこに触れてみたいと思った。

 

「……お願い。イルヴィア液入りの……アルフェを……。シスト=カレイドを……」

 

 震える声が、朝の雑踏に溶けていった。

 クロエは、微笑まなかった。

 

「承知いたしました。それが、お嬢様の選択ですね」

 

 そして、静かに頷く。

 その静かな所作が、すべての始まりだった。

 

「では、衛生室に参りますか」

 

 クロエはそう言って、何かを確認するようにセリーヌの目を見た。

 けれど、セリーヌは頷けなかった。身体のどこかで許可が下りなかったのだ。

 代わりに、視線を落としたまま、小さく一歩だけを踏み出す。

 それで充分だった。クロエは何も言わず、その背中を追うように歩き出した。

 

 やがて、校舎の裏手にある、目立たぬ棟が衛生室に着く。

 簡素な扉が開き、ふたりでそこへ吸い込まれるように中へ入る。

 

 中は、ひどく静かだ。

 物音も、風の通り抜けもなく、ただ整えられた白い空間が広がっていた。

 ふたつ並んだ個室のうち、奥の扉をクロエが開く。

 

「こちらへ」

 

 その声に従って、セリーヌは歩いた。

 自分の意思というより、身体が勝手に動いた感覚だった。

 気づけば扉が閉じられていて、外の気配はきれいさっぱり消えていた。

 個室の壁と床には、魔道処理が施されているのだという。

 音も、振動も、外へは伝わらない。

 まるで世界から切り離された箱庭に閉じ込められたようだった。

 その沈黙は、ある種の安堵を与えてくれるようで──同時に逃げ場を奪うものでもあった。

 蓋を閉じた便座を椅子代わりにして座らせられる。

 

「では、始めましょう。まずは、アルフェを濡らしてください。唾液で」

 

 クロエの言葉は、相変わらず丁寧で、事務的だった。

 まるで、試験の手順を読み上げるかのように。

 そして、その手にあるものが──銀の艶を帯びた、男根のような形状の器具が──セリーヌの唇の前に差し出された。

 

「え……?」

 

 思わず声が洩れた。

 これを、口に含めと?

 その姿勢の意味が、瞬時に理解できたわけではない。

 けれど、拒否の余地がないことだけは、直感的にわかった。

 

 セリーヌは目を伏せ、唇を開いた。

 銀の冷たさが舌に触れる。

 その触感は、異質だった。ひどく生々しくて、けれどどこか──儀式めいていた。

 

「ついでに──少し、奉仕の練習をいたしましょう」

 

 クロエの声は静かで、どこまでも優しかった。

 けれど、それは決して“同情”ではなかった。

 クロエは、アルフェの柄をしっかりと掌に収めながら、銀の先端をセリーヌの唇へと押しつける。

 

「形状はかなり男性のものとは異なりますが、それは想像力で補いください。まずは、口づけからです。歯を当ててはいけません。舌の裏で円を描いて……そう、丁寧に」

 

 まるで銀細工の手入れでもするような口調だった。

 傷をつけないように。摩耗させないように。

 セリーヌは、ゆっくりと唇をすぼめ、柔らかく銀の根元に触れた。

 

 冷たかったはずの器具が、唇の熱で徐々に馴染んでいく。

 舌先が、滑る。

 唾液が滲む。

 銀のかたちを、口の中でなぞりながら、その存在に“従って”いく。

 

「……吸い上げるときは、音を立てずに。息は、鼻からです。うん、そこで、舌先を根元から巻き上げて──」

 

 クロエの声は、ほんの少しずつ、囁くように近づいてくる。

 

「もっと、丁寧に。優しく、愛情を込めるのです。……眼の前にルシアン様がいらっしゃると、そう思って」

 

 セリーヌの喉の奥が、ひく、と震えた。

 その名前に反応してしまった自分を、叱るようにもう一度舌を這わせる。

 

「ルシアン様の表情を見て、どこをどうすれば気持ちよくなっていただけるのか、ちゃんと確かめてください。……そうです、目線は前──彼の目を見て」

 

 その言葉に従って、セリーヌはゆっくりと視線を上げた。

 見えるはずのないルシアンの顔を想像する。

 その想像だけで、背中にひやりとした熱が走った。

 羞恥だった。

 けれど、それだけではなかった。

 

 命じられ、それに従うこと。

 その“構造”そのものが、セリーヌのなかにひとつの甘美な痺れをもたらしていた。

 セリーヌは、もう一度、深く吸い込んだ。

 唇をすぼめ、舌を沿わせる。

 舌先が下から巻き上がり、唾液が、静かに銀の表面に広がっていく。

 

「そう、とてもお上手ですよ。……では、喉の奥まで、ゆっくりと──」

 

 アルフェの軸が、少し深く喉奥へと押し込まれていく。

 

「……ん、んんっ……」

 

 喉が狭くなる。息が詰まる。けれど、嫌悪感はなかった。

 むしろ、その“塞がれる”感覚に──どこか、安堵があった。

 閉じられた喉の奥で、声にならない息が小さく揺れた。

 

「もう少し、奥まで。……口をすぼめて、口全体で締めつけてみてください。それも、有効な技巧です」

 

 クロエの言葉に、セリーヌは応じた。

 知らぬ間に鼻から荒い息がもれていた。

 呼吸が早まるにつれ、頬に熱が集まってくる。

 下腹部が疼く……。

 股間の振動が……気持ちいい……。

 

 唇が吸い上げる。

 舌が根元をなぞる。

 深く……、ゆっくりと……、その形を覚えようとするように──。

 

 それは、快楽ではなかった。

 けれど、悦びに似ていた。

 従うこと。認められること。その繰り返しに、身体が反応していた。

 

 どれくらい続けただろうか。

 喉が軽く痛んでいた。唇は濡れ、舌の付け根が少し痺れている。

 

「……そのくらいで、よろしいでしょう」

 

 クロエがやさしく告げた。

 その声を合図に、セリーヌは口を離した。

 顔が、自然に熱を持っていた。

 

 ……夢中になっていた。

 

 自分のしていたことの意味を、ようやく思い出した瞬間、ひどく赤面した。

 

「さすがに唾液だけでは潤滑が不十分です。お尻側にはこちらを使いましょう」

 

 クロエはそう言って、小さな容器を掌に収めた。

 中には、淡い光沢を帯びた半透明の膏が詰まっていた。

 

「セルア膏といいます。特製の潤滑剤で、痒みはありますが、それ以上に感度を高める作用があります。発情はしますが、痒みはイルヴィア液ほど激しいものではありません。むず痒い程度です」

 

 セリーヌは思わず、肩を強張らせた。

 薬剤、という単語だけで身体が反応する。

 それが快楽を呼ぶものであるほどに、むしろ警戒は強まっていた。

 けれど、クロエの所作は変わらない。

 恐れや羞恥を、一切、相手に反映させないまま、指先で膏をすくい上げる。

 

「壁に手をついて、脚を少し開いてください。……はい、そう、そのまま」

 

 柔らかく、逆らいようのない声だった。

 セリーヌは、ふらりと一歩前に出て、個室の壁に手を置いた。

 石造りの壁は、肌に触れるとひどく冷たかった。

 制服のスカートが、ふわりとめくられる。

 

「んんっ」

 

 次の瞬間──指が触れた。

 臀部をなぞる感触が、静かに、けれど鮮やかに、背筋を這い上がってくる。

 膏は冷たかった。

 それが指先の温もりと混ざって、じわりと柔らかな粘膜へと塗り込まれていく。

 外側から、螺旋を描くように。

 そして、中心へと──。

 

「……力を抜いて。……そう、深く息を」

 

 クロエの声はまるで、静かな旋律だった。

 抵抗という概念を排してしまうほど、均整の取れた響き。

 そのなかで、セリーヌの身体は、ゆっくりと緩んでいった。

 

「あっ、ああ……」

 

 指が沈んだ。

 肛門の内側へ、やさしく、しかし確かな圧を伴って、塗布されていく。

 

「はっ……ああ……あっ」

 

 ぬめりが、粘膜の襞をなぞるたびに、セリーヌの身体がわずかに反応する。

 腰が逃げようとする。けれど、脚がそれを止めた。

 羞恥のなかで、それでも身体の奥は、確かに熱を帯びていた。

 

「くっ、んんんっ」

 

 唇を噛む。

 声を飲み込む。

 喉の奥で、なにかが微かに震える。

 

「……終わりました。綺麗に塗布できています」

 

 クロエがそう言って指を引いたあとも、セリーヌの内側には、湿った痺れが残っていた。

 感覚の尾のようなものが、そこにじんわりと絡みついている。

 

「ひとつだけ、注意点を。……セルア膏は、イルヴィア液と混ざると、痒みを倍加させる性質があります」

 

 その一言が、まるで針のように突き刺さった。

 セリーヌの背筋が、反射的にこわばる。

 混ざる──。

 つまり、いずれ“混ぜられる”ということだった。

 恐怖と羞恥と、そして……言葉にできない期待に似た疼きが、胸の奥で微かに揺れた。

 そして、クロエの気配が、すっと背後に回り込むのが分かった。

 セリーヌは、呼吸を整えようとした。けれど、息はどうしても浅くなる。

 

「では、挿れますね。深く息を吸って……吐いて……。もう一度、ゆっくりと」

 

 セリーヌは、頷けなかった。

 その代わりに、目を閉じずにいようと決めた。

 羞恥と恐怖が、そのまま眼の奥に宿ることを、なぜか自分に許したくなかった。

 

「あっ、ああ……」

 

 銀の先端が、そっと触れる。

 粘膜の入口が、ひやりと反応する。

 ぬめりの残る膏が、その侵入を受け入れる準備を整えていた。

 ゆっくりと、圧がかかる。

 内側の筋肉が抵抗し、けれど拒みきれない。

 押し広げられる感覚が、じわじわと神経を這い上がってくる。

 

「あっ、くっ、ああ……」

 

 口ではない。膣でもない。

 ──別の場所に、異物が挿し込まれていくという現実。

 それだけで、セリーヌの背筋は、小さく震えていた。

 

「そうですよ。よい感じです……。力を抜いて……。わたしを信頼して……」

 

「うう、ああ……」

 

 押し込まれるたびに、下腹がひくつく。

 皮膚の内側で、ゆっくりと輪郭が変わっていく。

 異物が、そこに“いる”という存在感が、じんわりと根を張っていく。

 痛みではなかった。

 だが、心地よいものでもなかった。

 ただ、耐えるべきものだった。

 

 いや──。

 それ以上の何かを、身体の奥が知ってしまっている。

 その予感が、恐怖に似た疼きとなって、セリーヌの喉を詰まらせた。

 

「はい、大丈夫。綺麗に収まりましたよ」

 

 クロエの声が、背後でやさしく響いた。

 その声は、すべてが終わったことを告げているようで──。

 同時に、すべてがこれから始まることを教えてくるようでもあった。

 

 深く息を吐いたつもりだったのに、肺の奥にはまだ硬い空気が残っていた。

 どこまでが自分の身体で、どこからが異物なのか。

 その境界が、曖昧になっていく。

 

 ──まだ、始まってもいないのに。

 すでに、なにかに“犯された”感覚だけが残っていた。

 

 そして、──痒み。

 いつ始まるのか、それが問題だった。

 イルヴィア液は、すでにセリーヌの身体に仕込まれた。

 あとは、挿入されたアルフェから、いつ染み始め、どの瞬間にそれが“反応”するのかだ。

 粘膜の奥で、セルア膏が静かに熱を帯びる気配がある。

 それは、内側のどこかが、じんわりと痺れていくような──そんな、かすかな予兆だった。

 

 逃げ道はなかった。

 羞恥と疼きと、逃れられない予感。

 それが肌を撫で、背中に影を落としている。

 セリーヌは、ゆっくりと膝を正した。

 逃げ出したいという思いはあった。けれど、それはどこにも届かない。

 制服の中に潜むものが、否応なく、自分を現実に引き戻す。

 

「参りましょう、お嬢様」

 

 クロエの声は、揺るがない。

 その静けさが、かえって重かった。

 衛生室の扉が開くと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 廊下の空気は、朝の光とざわめきを運んでいた。

 それが“日常”という名であることを、セリーヌは知っていた。

 

 けれど、いまのセリーヌには、それが異界の風のように思えた。

 制服の下──そこには何もない。

 肛門には、《アルフェ》が嵌まり、膣の奥には、《オルフェ》が静かにうずくまっている。

 歩くだけで、そこが動く。

 動けば、擦れる。

 擦れれば、疼く。

 

 スカートの裾が風に揺れた。

 ただそれだけのことで、セリーヌの背中に、冷たい針のような羞恥が走る。

 でも、立ち止まることはできなかった。

 もう後戻りは、できなかった。

 クロエの背中が、廊下の先にゆっくりと進んでいく。

 その後ろ姿は、なにかの儀式を導く司祭のように思えた。

 

 すれ違う生徒たちの気配があった。

 誰も何も言わなかった。誰も気づいていないのかもしれなかった。

 けれど、それでも──セリーヌの羞恥は、燃え上がっていた。

 スカートの中で、微かなずれ。

 歩くたび、異物が、内側をわずかに擦る。

 それだけで、膣奥が痺れる。

 肛門が、熱を帯びる。

 だんだんと痺れるような疼きも拡大する。

 これはセルア膏の熱さか。

 いつ、死ぬような痒みに変わるのか……。

 

 息が詰まる。

 心臓が、どくん、と鳴った。

 どくん。もう一度。どくん。

 

 セリーヌは思った。

 ──もう、戻れない。

 

 そのとき、教場の扉が視界に入った。

 そして、世界が、再び“普通”の顔をして、そこにあった。

 扉をくぐると、数人の令嬢が、息を飲んだような顔でこちらを見た。

 

「セリーヌ様、その制服……」

 

「本当に着てこられたのね……」

 

 敵意は、なかった。

 あったのは、戸惑いと──少しの憧れ。

 

「最近、話題になってたの。レヴィニア財団が、制服を無償提供するって。希望者には誰でも、って。わたしたちも家計が助かるし……」

 

 セリーヌは、静かに目を伏せた。

 知っていたはずの世界が、知らないことばかりでできている。

 その事実に、心がざわめいた。

 

「でも……セリーヌ様が着てらっしゃるのを見たら、少し勇気が出ました」

 

「わたしも……申し込もうかなって……」

 

 そのやわらかな言葉が、セリーヌの心に、少しだけ風を通した。

 けれど、身体の中は、すでに疼きに支配されていた。

 

 座るたび、異物が膣と肛門を擦る。

 セルア膏の効果が、じわじわと浸潤してくる。

 快感には届かない。だが、予感のような疼きが、意識の奥を叩いてくる。

 

 ちら、と向けられる男子の視線が、それに拍車をかけた。

 羞恥が波打ち、胸の奥に焼けついていく。

 

 ──それなのに。

 

 そこに、なぜか似たものがある。

 羞恥と、悦びの境界線。

 セリーヌは、その輪郭が、崩れはじめていることに気づいた。

 

 ──おかしい。

 どうして、こんなことで……。

 

 鐘が鳴った。

 授業が始まる。

 女教師が教室に入ってくる。中年で、厳しい表情の。

 

 セリーヌは、窓際の席に腰を下ろした。

 隣には、クロエが静かに座る。

 

 教師がセリーヌを見た。

 その視線は冷たく、薄く笑っていた。

 

「侯爵令嬢ともあろう者が、そんな制服を着て……。平民に迎合するとは、感心しませんね」

 

 空気が、一瞬、凍った。

 

 セリーヌは、立ち上がりかけて──やめた。

 かわりに、低く、けれどはっきりとした声で言った。

 

「……それは、違います」

 

 そう言ったとき、自分の頬がわずかに熱を帯びていくのを感じた。

 でも、視線は逸らさなかった。

 

「……わたしがこの制服を着ているのは、誰かに媚びるためじゃありません。……自分で、そうしようと決めたんです」

 

 声は震えていなかった。

 震えていたのは、むしろ空気の方だった。

 自分でも、こんなふうに話せることに驚いていた。

 

「……わたしは、これまで……ただ与えられるだけでした。立場も、衣服も、ものの見え方さえも。貴族だから、それが当然だと思っていたんです」

 

 一度、呼吸を整えるように、目を閉じる。

 そして、再び目を開けた。

 

「……でも、それは違う。……何も知らないまま、貴族のふりをして生きていくことが、誇りだなんて……違うと思ったんです」

 

 声は、どこか遠くへ向かっていた。

 けれど、それは自分の内側へも向けられていた。

 

「……だから……見たいんです。この制服が、誰に何を与えているのか。わたし、自分の名に誇りを持ちたい。……そのために」

 

 静寂が降りた。

 それは拒絶ではなく、たしかな“受容”の沈黙だった。

 ひとり、またひとりと、女生徒たちの掌が音を立てる。

 拍手は大きなものではなかった。

 でも、それで十分だった。

 セリーヌにとって、それは、自分が“自分で選んだ”最初の肯定だった。

 講師の顔が少し歪んだ。

 不快というより、理解できないといったような、曖昧な表情。

 

「……そうですか。では、授業を始めましょう」

 

 そう言って、教本を開く。

 誰もが、それに従うように筆記具を手に取った。

 そして、教場は再び、日常のふりを始める──。

 

 一時限目は、何事もなく終わった。

 いや──“何事もないように”、終わった。

 

 セリーヌは、胸の奥にしんと残る熱を抱えたまま、窓の外に視線を流した。

 風が揺らす梢の向こう、光は穏やかだった。

 けれど、その静けさと裏腹に、自分の身体の奥では、別の季節が芽吹こうとしている気がした。

 

 ──疼き。

 

 まだ明確な“痒み”ではなかった。

 だが、肌の下、粘膜の奥、そのさらに深いところで、何かが小さく目を覚まし始めていた。

 

 セルア膏の残り香。

 レコルのかすかな振動。

 膣の奥では《オルフェ》が微かにうずき、肛門には《アルフェ》が静かに根を張っていた。

 

 なにもされていないのに、何かがうごめいている──そんな錯覚。

 

 それは、いっそ幻想ならよかった。

 でも、これは現実だった。

 そして、これから本当の現実が始まることを、セリーヌの身体は予感していた。

 

 二時限目の講師が教室に入ってくる。

 初老の男性で、いつもはゆるやかな口調の魔道学担当だ。

 彼の穏やかな声が教場を満たしていく──はずだった。

 

 けれど……。

 

 その瞬間だった。

 

 ──来た。

 

 身体の内側で、なにかが滲み出した。

 粘膜の奥、アルフェが触れるその“向こう側”から、湿った熱がじわじわとにじみ出し、神経をひとつずつ濡らしていくような感覚。

 

 最初は違和感だった。

 やがて、それが“痒み”という形を持って動き出す。

 じっとりと、肌を撫でるように。

 

 ──ちがう。

 

 単なる痒みじゃない。

 これは、もっと遥かに越えたもの──。

 想像を絶する程の巨大な痒みだ。

 その瞬間、セリーヌは自分の選択が誤りであったことを悟った。

 でも、ほかにどんな選択があったのか……。

 

 とにかく、熱くて、痺れて、掻きたいのに、触れられない。

 場所が、深すぎる。

 触れられても、まさかここで掻くわけにもいかない。

 教室から逃亡することは、横のクロエが許さないだろう。

 触れられない場所で、確実に何かが膨張していく。

 

 セリーヌは思わず、膝の上で手を握りしめた。

 爪が掌に食い込む。

 けれど、その刺激さえ、痒みの上には届かない。

 

 まるで、脳の奥が痒いような──そんなおかしな感覚。

 いや、脳じゃない。

 肛門と脳の間にある何か、身体の奥底に“もうひとつの肉”が芽生えて、そこが疼いている。

 誰にも知られず、誰にも届かないまま。

 

 唇を噛む。

 背筋を伸ばす。

 でも、姿勢を整えたことで、椅子に押しつけられた異物が動いた。

 ──ぴくりと、疼いた。

 

 だめだった。

 

 これ以上、続けると壊れてしまう。

 そんな予感が、確かな実感へと変わろうとしていた。

 

 呼吸が、うまくいかなかった。

 胸が持ち上がるたびに、どこかで熱がひっかかる。

 その熱が、脈を刻むたびに痒みへと変わり、奥へ、さらに奥へと沈んでいく。

 

 ペンが手から落ちた。

 気づいたときには、指先の力が抜けていた。

 

 隣のクロエがそれを拾い上げ、そっと机に戻してくれた。

 けれど、セリーヌにはもう、礼を言う余裕もなかった。

 その瞬間、自分の中で何かが“擦られた”気がしたのだ。

 

 ──擦られてる。

 

 肛門の奥で、アルフェがわずかにずれて、粘膜の襞をこすっていた。

 数瞬どとに肛門の中の痒みが拡大する。

 それが、膣内の激しい疼きにまで波及していく。

 

 動いてはいけない。

 でも、動かないと、気が狂いそうだった。

 

 椅子に押しつけるように、腰が、ゆっくりと揺れる。

 ほんのわずかに。

 けれど、そのわずかな動きだけで、快楽の片鱗が立ち上がる。

 

 ──いや。

 

 快楽ではない。

 まだそこには届いていない。

 けれど、そこに“至りそうな何か”がある。

 届かない場所に、呼吸のような刺激が繰り返し触れてくる。

 

 その繰り返しが、心を侵していく。

 

 ──お願い。

 もう、やめて……。

 

 その言葉が喉の奥で滲むと同時に、何かが視界の端に差し入れられた。

 

 メモだった。

 白く、小さく、折りたたまれている。

 クロエの指先がそっと離れたあと、紙はセリーヌの目の前に残っていた。

 

 震える手で、それを開く。

 

 

《どうしても耐えられないときには、このカードの丸い部分に触れてください。淫具を強く動かせます。

 ただし、一度動かせば、達するまで停止しない仕様になっています。》

 

 

 すぐに、その横にカードが置かれた。

 白い小さな板。

 中央に黒い魔道触媒がはめ込まれ、周囲には精緻な魔道紋が刻まれていた。

 見た瞬間、胸が冷たくなった。

 あまりにも静かで、あまりにも明確な“罠”。

 

 けれど、それは同時に──救いだった。

 

 再び、紙片が差し入れられる。

 

 

《救済は講義中に限ります。

 何度でも使えますが、講義の最中でなければ作動しません。》

 

 

 講義中のみ有効──。

 つまり、誰かに見られている“今この瞬間”にしか、使えない。

 

 羞恥と快楽と、自己判断。

 

 その三つを同時に背負ったまま、セリーヌは、カードをじっと見つめた。額から落ち続ける脂汗がぽたぽたとそのカードを濡らす。

 黒い円。

 そこに触れれば、終わる。

 そして、始まる。

 いまとは別の何かが。

 

 けれど、触れるかどうかを決めるのは、誰でもない──自分だった。

 

 脂汗で制服を濡らせながら、束の間、セリーヌは目の前の一枚の魔道紋カードを見つめた。

 狂いそうな痒みで叫び出したい悲鳴を懸命に耐えながら……。

 

 そして……。

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