※この作品はR-18です。

侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従   作:ドン・ドナシアン

3 / 67
3   稚拙で卑劣な要求

 王都南区、騎士団詰所にもほど近い一角にひっそりと佇む、香茶サロン《ルミエール》──。

 貴族街の外れにあるこの店は、外からの視線を遮る植栽と魔道防音結界に守られ、上級貴族の密談の場として知られている。

 

 セリーヌ=ド・ヴァランティーヌは、緊張を隠すようにゆっくりと店の扉を押し開けた。

 外套を脱ぐと、学園の制服姿のままだが、胸元のベンダント式の通信具が表に出る。そして両手の手袋の下には、侯爵家特製の緊急信号指輪が装着されている。

 それらが、わずかばかりの安心感を与えていた。

 

 クロエが準備してくれたものであり、通信具はこの部屋の会話を常続的に外に流すとともに、両方の親指に嵌めている指輪は、ふたつを強く重ねることで、大音響が鳴り響くだけでなく、簡易的な魔道の防護獏がセリーヌの周りに展開することになっている。

 通信具を通じても、緊急信号の指輪の警告音を通じても、念のために店には入らせずに、外で待機しているクロエに届く。

 そうしたら、クロエにはすぐに警備団に知らせてくれるように頼んでいる。警備団には姉のジャンヌもいるし、必ず対応してくれるだろう。

 できる手は打って、ここにやってきたのだ。

 

「こちらへどうぞ」

 

 外套を店の者に預けると、奥に通された。

 店は個室の区域とホールに分かれていて、セリーヌが案内されたのは個室側だ。また、ホール側には十数人の男の客がいた。

 案内された個席にはすでにひとりの男性が座っている。ほかにひとりの綺麗な大人の女性が立っている。給仕役のようだが、店の女性というよりは、彼の侍女という雰囲気だ。

 だが、どうにも男性については、顔がぼやけて見えない。

 視線は合っているのに……なぜ?

 いや、顔がわからないわけではない。しかし、なぜか顔を覚えられないという感じだ。

 セリーヌの動揺を察したのか、男性はゆっくりと耳元の小さなイヤリングを外し、手のひらに置いて見せた。若く感じるが経験豊富な落ち着きもあり、年齢は三十すぎだと思う。

 

「《認識阻害具》。この場にふさわしくない手段だったかもしれませんが、身元が明かされるまでは慎重にいきたかったのでね。後でお渡ししましょう。あなたには必要でしょうし……。ルシアン=モントレフォールです」

 

 その瞬間、視界が澄んだように、男の顔がはっきりと見えた。

 黒髪の前髪は整えられ、表情には貴族らしい洗練と余裕が滲んでいた。だがその眼差しは、どこか深い闇のようなものを宿していた。

 この人が……ルシアン=モントレフォール……。

 不思議と目を逸らせなかった。

 それはともかく、その認識阻害具がセリーヌに必要?

 どういう意味?

 

「ようこそ、セリーヌ嬢。お会いできて光栄です」

 

 ルシアンが口元に微笑を浮かべ、軽く一礼する。

 その柔らかい声音と洗練された所作に、セリーヌの胸の鼓動がひときわ高まった。

 だがそれは緊張のせいだけではなかった。

 くっ……。まだ……身体の火照りが……。

 気づかれぬように膝の上で指を組み直し、内腿をきゅっと閉じる。

 指輪は、身体の前で重ねても緊急信号は出さない。誤作動を防止するためだ。縛られてしまう場合もあるので、背中側で重ねないとならない仕掛けだ。

 

「……本日は、お時間をいただき恐縮です」

 

 ルシアンは湯気の立つ茶器に視線を落とし、しばしの沈黙を置いた。

 その表情は、穏やかにも、底知れぬものを秘めているようにも見える。

 一方で立ってるとても美しい女性がセリーヌの前に紅茶を準備して注ぐ。

 もちろん、口にするつもりはない。なにが入っているかわかったものじゃない。

 

「彼女は僕の侍女です。名はソニア。覚えてください」

 

「はじめまして……」

 

 とりあえず、挨拶をするものの、なぜわざわざ侍女を紹介したのだろう。セリーヌは少し当惑した。

 

「……ところで、セリーヌ嬢。貴女は、僕との“婚約”のことを、覚えておいでではないのですよね」

 

 セリーヌは軽く顎を引いた。

 

「はい。つい最近まで、モントレフォール家という名前すら記憶にありませんでした」

 

 それが事実だった。

 彼との間に婚約があったとしても、それは彼女には知らされていなかった。

 改めて、眼の前の彼を見る。

 おそらく、二十代後半から三十歳くらいではないだろうか。十六歳のセリーヌとかなり年齢差はあるが、政略結婚としては珍しくはない。いまの婚約者のベルモント伯家のルネとも十歳程度違う。

 しかし、本当に彼とセリーヌが一年間婚約関係だったのだろうか?

 

「貴女にとっては、些細なこと。──だが、僕は……」

 

 ルシアンは指輪を嵌めた左手を、軽く机に触れさせながらそう言った。

 その指には、両手で六個の指輪があり、いずれも家紋のような図柄のある銀の印環が光っている。

 全部、魔道媒体だろう。魔道は魔道具に刻まれている紋様に、媒体を通じて魔素を注ぐことによって発現する。媒体は身体に接するものならなんでもいいが、指輪は一般的だ。

 セリーヌの指にも、親指の緊急信号用の指輪のほかに、媒体としての指輪が右の人差し指にある。

 

「僕が侯爵家と縁を結ばれたのは、侯爵家の要望によるものです。多額の金銭支援と資本提供の引き換えに。ところが、それにより侯爵家が持ち直すと、今度は一方的に婚約を破棄したのです。僕が拾い児だったという理由で」

 

「拾い児?」

 

「僕は貴族の血は引いていません。生まれつき魔道力が大きかっただけの孤児です。いまはモントレフォーレという独立の子爵となりましたが、もともとモントレイユ伯爵家の養子なのです。隠してはいませんが、公にもしてません。あなたのお父上は、婚約の契約を無視する理由になると考えたようですが」

 

「無視?」

 

「婚約破棄にあたり、僕が投資した金銭と資本提供は返還しないそうです。拾い児が一年間とはいえ、侯爵家と縁が結べたことで十分な恩恵を受けたはずだと主張するのです」

 

「それは……」

 

 セリーヌの眉をひそめた。

 知らなかった。いや、知らされていなかった。

 そんな不誠実なことを父がするはずがないとは、とても言えない。

 いかにも父がやりそうなことだったからだ。

 血統を重んじる父は、貴族の血を引いてない平民を心の底から軽んじている。彼が言うことが事実なら、父は資金援助と資本提供だけ受けて、婚約は最初から破棄するつもりだっただろう。なにしろ、いまのセリーヌと、ベルモント伯爵家のルネとの婚約は一年間前から話が持ち上がっていたのだ。

 

「貴家は僕の“出自”を理由に不当に縁を切った。形式的な謝辞すらもありませんでしたよ」

 

 静かに、しかし明確に語られる言葉は、恨みのこもった罵倒ではなかった。

 だが、そこにこそ──抜け落ちることのなかった、確かな記憶の重みがあった。

 事実なのだろう。

 セリーヌの指先がわずかに揺れる。

 しかし、それでも、セリーヌの胸の奥でくすぶっていた羞恥と怒りとが、再びせめぎ合った。

 

「……で、でも,それが、わたしを脅す理由になるのですか? あ、あんな……破廉恥なやり方で……」

 

 セリーヌは毅然と問い返した。

 顔の火照りは治まっておらず、身体の疼きは今も芯から残っている。だが、誇りだけは崩さぬよう、声に力を込める。

 すると、ずっと美しい彫像のように立っていた彼の侍女がくすりと笑った。

 セリーヌは訝しんで視線を向ける。

 

「破廉恥なのはあなたでは? 随分とオナニーに慣れているようですね。身体の疼きに我慢できずに学園の中でしてしまうくらいに」

 

 侍女が馬鹿にしたように笑う。

 セリーヌは、唖然となった。

 貴族通しの会話に侍女が横から口を挟むなど、常識以前のマナー違反だ。

 そして、かっとなる。

 

「なっ」

 

 セリーヌは声をあげた。

 

「オナニー好きの侯爵家のお嬢様、あなたの破廉恥な姿は静止画でも、動画でもたくさんあるのよ。隠し撮りは今日だけじゃないわ。あなたが夜な夜な寝室でやっている秘密の行為もちゃんと記録してるわ」

 

 侍女が笑った。

 セリーヌは、唖然として侍女、そして、ルシアンを睨む。

 ルシアンには侍女の無礼をたしなめる気配はない。悠然と紅茶を口にしている。

 

「か、隠し撮りって……。そ、そもそも、わたしが知らなかったことを理由にして、わたしのあんな姿を……。いえ、陰湿な真似をして。辱めて、追い詰めて。そんなやり方で、何を得ようというのです?」

 

 ルシアンは、杯を置いた。

 

「確かにやり方は稚拙で卑劣だった。だが、あれは君に気づかせるためだ」

 

「気づき……ですか?」

 

「貴方の立場だ。そして、侯爵家が謝罪に値する行為をしたこと……。あの卑劣な脅迫を僕が躊躇わなかったほどのね」

 

「あ、謝ります。侯爵家の者として謝罪します。でも、それと、これとは別です。あなたのしていることは犯罪です──」

 

「侯爵家のしたこともね。それと、そんな口だけの謝罪は不要です。謝罪は行動でしていただきたいですね。それを話し合うために、あなたをお呼びしたのです」

 

「行動って……。ち、父には申し伝えます。でも、あんなことをするのは……」

 

「侯爵家については、ちゃんと報復をしますので、ご心配なく。僕が要求するのは、あなた自身の謝罪です。あなたは一応は僕の婚約者でありながら、別の男と婚約して身体まで許した。これも不誠実で犯罪的ですよね」

 

「し、知らなかったんです。そ、それに、あれは魔合わせで……」

 

 なにもかも知っている……。

 その情報力には唖然するほとともに恐怖した。まさか、魔合わせのことまでも知られているとは……。なにしろ、魔合わせは両家の一部しか承知していない密儀的な行為なのだ。

 

「知らなかったら罪を犯しても、人の心を踏みにじってもいいと? 貴族の血を引いてない拾い児の虫けらには、どんな無礼も非礼も許されると? あなたもお父上と同じ主義ですか?」

 

「そ、そんなことは申しません。で、でも……。い、いえ、謝罪いたします。心の底から……」

 

 セリーヌはその場で頭をさげる。

 しかし、返ってきたのは、苦笑のような吐息だ。

 

「本当にわかってないですね。誠意のない……いえ、誠意がこもってようと口だけの謝罪には意味がありません。謝罪と反省は行動で示してくださいと言ってるでしょう」

 

「行動とは、なにを……。わたしのできることなど、そんなに……」

 

 セリーヌは困った。

 口だけの謝罪に意味はないという彼の物言いはもっともだ。

 しかし、セリーヌでは、侯爵家を動かせない。なにもできない。父親に抗議しても、あの純血主義の父が今回のことを反省して、なにかの行動に移すとは考えられない。

 むしろ、さらに過激に対応しかねない。

 

「あなたにもできますよ。いえ、あなたにできる謝罪の方法を準備しました」

 

 すると、ルシアンがにっこりと微笑んだ。

 だが、セリーヌにはそれが、ぞっとするほどの不気味なものに感じてしまった。

 

「な、なにをすればいいと言うのですか……」

 

「奴隷になってもらいましょう。辱められ、凌辱され、汚される快楽の性奴隷に。期限は十日間としますか。十日後にあなたが望めば解放してあげましょう。それが僕からの要求です」

 

 セリーヌは絶句した。

 そして、すぐに両手を背中に回して、親指を重ねて魔道を注ぐ。

 

「えっ?」

 

 しかし、鳴るはずの大音響が発生しない。

 それどころか、金属音がして親指同士が完全に密着して離れなくなった。

 どういうこと?

 セリーヌは焦った。

 

「クロエ、助けて──。警備団に向かって──」

 

 セリーヌは叫んだ。

 クロエが店の外でペンダントの通信具を通じて、セリーヌたちの会話を傍受しているはずだ。

 すると、個室の扉が開いて、人が入ってきた。

 その人物を見て、セリーヌは目を見開いた。

 クロエだ。

 外で待機することを命じたクロエがなぜここに?

 とにかく、手筈と違う──。

 

「クロエ……。な、なんで。逃げて──。そして、警備団に駆け込んで」

 

 セリーヌはクロエに怒鳴った。

 

「ふふふ、お嬢様、焦らなくても大丈夫ですよ。そのペンダントの通信具は作動しておりませんので」

 

 そして、クロエが指輪のために後ろ手の拘束のままのセリーヌに近づき、背中に隠していたらしい首輪をセリーヌの首にがちゃりと嵌めてしまった。

 

「ど、どうして……。クロエ、どういうことなの──。あんっ」

 

 あまりにもびっくりして頭が回らない。

 どうして、クロエがセリーヌの首に首輪をつけたのか?

 ルシアンも侍女も動じる気配もない。

 また、首輪には細い鎖がついていて、それを引っ張られてセリーヌは強引に椅子から離されて立たされる。

 両親指の指輪のために後手拘束状態のセリーヌには全く抵抗できない。

 

「ルシアン様、いかがなさいますか?」

 

 クロエだ。

 しかも、セリーヌの首輪に繋がっている鎖の根元を握ってセリーヌを立たせたまま、ルシアンに命令を仰ぐように彼に顔を向ける。

 

 なぜ……。

 どうして……?

 セリーヌは混乱した。

 

「そうだね。まずは上品に欠けるドロワーズは脱がせようか。それと、いくらなんでも、スカート丈は長すぎるな。綺麗な脚を隠す必要はない。全部出してくれ」

 

 ルシアンが事も無げに、紅茶を再び口にしながら言った。

 

「かしこまりました。ソニア、手伝って」

 

「わかりました」

 

 クロエが侍女に声を掛け、侍女はあらかじめ準備していたのか、裁断鋏を持って近づいてくる。

 

「や、やめてえっ」

 

 ソニアと呼ばれた侍女に制服のスカートをまくられ、セリーヌは悲鳴をあげた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。